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臨済録をめぐる断章 自己確立の方法

書名:臨済録をめぐる断章 自己確立の方法
著者:西村 惠信
発行所:禅文化研究所
発行年月日:2006/11/17
ページ:280頁
定価:2300円+税

師をも殺し、仏も殺す。キリストを殺したのはニーチェ。ニーチェは神なんていないという無神論者、自己の確立を提唱。でもこの場合の自己とは。臨済禅師は「師をも殺し、仏も殺す」と唱えている。しかしニーチェとは全く違う。『臨済録』はもともと禅門修行者のためのテキスト、本来禅宗は教本、教典で教えられるものではないが、それは入門書的なものはあった。また臨済宗の祖とされる臨済禅師、しかし本人が臨済宗を唱えたのではない。これは他の宗派もおなじで宗祖されている本人はその宗派を唱えたところはほとんど無いのでは。

『臨済録』は碧巌録に比べて、その格調はすこぶる超俗的である。それを一般人のために優しく、平易に解いてある。一般の人にも判りやすい。(本当は深い深い奥が隠されているのですが)本です。著者は仏教ばかりではなく、西洋哲学、インド哲学、キリスト教などの研究もされており、その知識、見識から判りやすい言葉の中にも奥の深い言葉が響いてくる。

無依道人(平常無事)について本書より
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臨済によれば、私たちは普段と違った特別な生き方をする必要はまったくないということです。ただ平常のままでどんな状況のなかへでもどんどん入って行って、その場その場を仏の世界にすればよいということです。つまりその場その場の状況を自由に創造し、かつ空に戻すという仕方で、状況の主体であれ、ということですね。
仏陀の生涯を見ると、確かにそういう生き方が証明されているというわけです。なるほど仏陀はわざわざこの世に生まれてきたのでもなく、この世に別れを惜しみながら死んでいったのでもなかった。何故ならば仏陀には、初めから生滅ということもなく、出入りとか去来いうようなわざとらしいこともなかったからです。
仏陀は、この世界のあらゆる存在は、ただ縁起によってできあがっている仮の現象であって、何一つ実体と言えるものはないのだということをよく洞察したおられたからであります。