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天馬、翔ける

書名:天馬、翔ける(上)
著者:安部 龍太郎
発行所:新潮社
発行年月日:2004/12/25
ページ:459頁
定価:1900円+税


書名:天馬、翔ける(下)
著者:安部 龍太郎
発行所:新潮社
発行年月日:2004/12/25
ページ:477頁
定価:1900円+税

平成13年から3年半かけて「小説新潮」に連載された『天馬の如く』を,平成16年末に『天馬,翔ける』と改題して出版されました。
奥州、東国、畿内、西国。言葉も習俗も違う民族が分離独立していた平安末期。都では平家の全盛時代、源義朝の仇を討って源氏再興を謀ろうと頼朝、義経が準備しているところから始まる。義経記です。
これまでもいろいろな作者によって取り上げられた題材平家の滅亡と鎌倉幕府の成立前後の物語です。この小説では奥州平泉に行った義経が、秀衡など平泉の人たちの会話をする場面でいちいち通訳を介している。同じ日本の中でも言葉が通じなかった。これは多分本当だろう。
吉野で静御前を助けた西行法師の言葉が義経の事を言い表している。

“天稟とは天に愛された者のみが授けられるものじゃ。それは重い役目を荷うことでもある。決して幸せなことばかりではあるまいが,気を強くもって耐え抜きなされ。衆生に恵みを施すことによって天の恩恵に報いれば,必ずいつかは良かったと思える日が来る"(本書より)

頼朝に比べると父義朝の仇討ちとしか考えていない義経、頼朝は武士の世を作るという志の違いが、いろいろな場面で描かれている。また陰謀、謀略、虐殺、そして疑い深い性格の頼朝が嫌らしいほどあからさまに描かれている。兄弟は他人の始まりを地でいくような展開。奥州、東国、畿内、瀬戸内海、西国を駆け巡った義経が描かれている。奥州への道として周山街道、小浜、能登、酒田港そして奥羽山脈を越えて平泉に逃げる。当時日本海側は海運が進んでいたので、陸地を行くよりも船を使っただろうという想定で物語を書いている。
物語を読みながら日本、各地を旅しているような感じを味わえる小説です。随所に和歌が挟まれていてなかなか趣のある小説になっています。
当時の倫理のことで、朱子学の言行一致を取り上げています。この時代にこの考え方が受け入れられていたか興味あるところ。

 “深い雪に閉ざされた奥州にも,ようやく芽吹きの季節がおとずれていた。はるかに遠くにそびえる栗駒山には厚い雪におおわれ,朝日を浴びて白銀色に輝いているが,三迫川ぞいの湿原にはつややかな若草が生い茂っている"(本書より)

ちょっと長い小説ですが、楽しく読めました。