記事一覧

本に出会う

人生教習所

書名:人生教習所
著者:垣根 涼介
発行所:中央公論社
発行年月日:2011/9/30
ページ:458頁
定価:1700円+税

世界遺産小笠原諸島を舞台に、「人間再生セミナー 小笠原塾」が開催される。そんな新聞広告を見て応募してきた人生のおちこぼれ人間達が、過ごす2週間を描いた清々しい物語。
何をやってもダメな女性フリーター、引きこもりの東大生、やくざ稼業がいやになって南米に逃亡していた元やくざ、定年退職者の4人を中心に描いている。このセミナーは中間に試験があってそれに合格すると次のセミナーに参加出来る。不合格になると本土に戻される。最終合格者には就職を斡旋してくれる。垣根諒介の作品にはなぜか優しさがある。また強烈な彼の哲学がある。でも表現は何気ない。

「人生の確率」の講義では
(本書より)
「私が思うに、人生の事柄の大多数は確率論で説明ができます。最初に申し上げておきますが、これは良い悪い、という倫理観とはまったく別世界にある事象です。特に、ある事柄に関しての成功する可能性は、ほぼ百パーセント確率論で説明ができます。少なくとも私はそう思っています」

「人生の着地点」の講義では。
(本書より)
「この講義での『認知』とは、簡単に言うとですね」そう言って『心持ち』という言葉を、とんとんとペンの先で示す。「たとえばみなさんが、受験した学校の合格発表を見に行ったとします。行きはもうドキドキですよね。その学校へと至る道には桜並木があり、満開になっていたとします。でも、緊張と不安で心穏やかでないみなさんは、周囲の景色なんかほとんど目に入っていない」 なんだか異常なほどに滑らかな口調だと由香は思う。講談師のようだ。 「さて、みなさんは板に貼り出された合格通知を見ました。合格した人は、その帰り道に桜並木を見ます。満期の桜が、まるで自分を祝福しているように感じます。一方、不合格だった人も、帰り道で桜並木を見ます。満開の桜からほろほろとこぼれ落ちてくる花びら・・・まるで景色全体泣いてるように見えます。同じものを見ているのに、その見る人の心持ちによっては、全然違って見える。これが、すなわちここでいう認知の違いです。
「もうみなさんにはお分かりですよね。今、あなたに見えている世界は、あなた自身なのです。あなたの映し鏡です。ある意味、それは釈尊の仏教本来の教えでもあり、そこからやがて派生してきた禅の精神でもある----。自意識とは、認知とはそういうものです。

というような内容から始まる。今一度自分に問いかけすることから進む。そして小笠原諸島の歴史に移っていく、日本の属領でもなく、アメリカの属領でもないという曖昧な状態から1968年日本に返還された。そのとき子供達は英語で教育を受けていた。正規の日本語は知らない。物は豊富で、生活も豊か、これは米軍のお陰、返還されたとき本土から元住民が戻ってくるとともに、アメリカ人になって移住する人も沢山いた。特にグアムのハイスクールを卒業した人達はアメリカへ。親兄弟がバラバラの国籍になってしまった。生活も貧しくなってきた。今まで知らなかった小笠原の現状を詳しく説明している
。日本とアメリカを小笠原を通して鋭く見つめている。暗くなるような話題も多いが、何処か元気づけてくれるストーリー展開です。