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岡田英弘著作集Ⅲ 日本とは何か

書名:岡田英弘著作集Ⅲ 日本とは何か
著者:岡田 英弘
発行所:藤原書店
発行年月日:2014/1/30
ページ:556頁
定価:4800円+税

歴史というと専門分化が進み、重箱の隅つつきのような詳論が多いが、この岡田英弘は世界史を鳥瞰的に捉え、総合的に理解していく。といって概略的、アバウトではなく、詳細な資料の分析調査を行っている。1人の業績としては幅が広すぎてついていくのに教養が足りない。シナ史、モンゴル史、満洲史、日本古代史を幅広く研究し、また日本語は勿論、英語、中国語、朝鮮語、モンゴル語、フランス語、ドイツ語など14カ国の言語に堪能で、それぞれの国の資料を読み解いて独自の「世界史」を打ち立てた歴史家。

邪馬台国論争は邪馬台国のあった場所探しに翻弄されて、古代ロマンとしては楽しいが、歴史的な視点はない。著者は邪馬台国の場所を云々する前に、「魏志倭人伝」は誰が何の為に書かれたものか?また当時の倭国、朝鮮半島、中国の情勢は、そんなところから論を進める。「魏志倭人伝」は魏という国の創業の正統性(中国の歴史はその王朝の正統性を書くことのためにある)を主張するために書かれたもの。中国の歴史書に倭人伝が何故必要になったのか?これは大月氏国の対抗として王朝内部の権力争いの結果、邪馬台国を遠くて大国、そしてそこからわざわざ使節が朝貢に来たという国内向けデモンストレーションのため。その意図が分かれば自ずと邪馬台国、「魏志倭人伝」の読み方は判る。距離、方向、人口などの誇張した表現なども理解出来る。邪馬台国は当時の倭国を統一した王朝でもなんでもない。ただ小国が乱立する中、魏に使節を派遣した一国に過ぎない。

こんな感じで、日本書紀の記述を詳細に検討して、日本国の成立、天皇の呼称の始まりを天智天皇の時代と断定している。また古事記については太安万侶が712年に天皇に献上したものではなく、その100年後に太安万侶の子孫で日本書紀を研究していた多小長が書いたもの。日本書紀が出来た720年以降に書かれた出雲風土記、因幡風土記などの記事も含めて古事記を書いている。と言っている。そして今まで古事記が712年成立としてまかり通ったのは古事記序文の記述(稗田阿礼に口承させて太安万侶が書いたと)

また日本書紀の分析では実在する最初の大王(天皇)は仁徳天皇の河内王朝(7代)で断絶、その後顕宗天皇の播磨王朝(3代)で断絶。次に継体天皇(仁賢天皇の娘と結婚して倭王となったとされる)、そして生まれたのが欽明天皇。ここから推古天皇、聖徳太子などは謎だらけ。推古天皇の同じ時期に「隋書東夷伝」に阿毎多利思比孤(あまたらしひこ)という男王(妻あり、皇太子もあり)の使節が隋の煬帝に朝貢した。これが有名な「日出ずる処の天子、書を日没するところの天子に致す、つつがなきや云々」で聖徳太子、推古天皇は中国の文献には何処にもない。このあたり今後の研究に待たれるところですね。

天智天皇の時、白村江の戦いで壊滅的に破れて、その後中国からの侵略の脅威から、倭国が統一する必要が出てきた。それまで倭国といっても倭人、高句麗人、新羅人、漢人、百済人などの帰化人、その子孫、倭人などが小さな集団で暮らしていた日本列島に激震が走る。天智天皇は大津に都を移し、日本という国号、天皇という呼称、近江令を制定した。その後を嗣いだ天武天皇が、7世紀の日本の建国を正当化するために日本書紀の編纂を命じている。日本書紀はその目的のために当時の役人が英知を絞って作ったもの。その前提を頭に入れながら読む必要がある。

この日本書紀の時期でハッキリしているのは舒明天皇、皇極(斉明)天皇、天智天皇、天武天皇、持統天皇、弘文天皇、元明天皇、これらの天皇が現在として書かれている。その前は継体天皇、播磨王朝、河内王朝、それ以前神武から応神天皇までの15代は日本書紀編者の創作、神武の事跡は天武天皇の壬申の乱のときの行動を元に描いている。神功皇后などは皇極天皇の事跡、ヤマトタケルなども天武天皇の事跡。また神話の部分の天照大神も、はじめて登場するのがこの頃、吉野から三重、伊勢を通って美濃の国に兵を集めた天武天皇が途中伊勢で天照大神を祭る神社に参拝したことに始まる。地方のローカルな神様だった天照大神が世に出たのは日本書紀によってはじめて登場する。それ以外にも取り上げられた神々もローカルな神様。この日本書紀を編纂のときの強い意図は父系で繋がる万世一系。したがっていろいろな処に矛盾が出てきている。それと日本の起源を紀元前660年に設定していること。これは秦の始皇帝前220年より古いいわれがあるとしたかった「みえ」だった。

また日本語の成立については非常に詳しく、表意文字の漢字を使いながら表音文字と表したり、かなを作ったりして人工的な日本語を作った。その成果は万葉集、古い歌と新しい歌を比べると日本語の成立の歴史が見える。中国の漢字とは決別した日本独自の言葉の誕生。その後明治時代になって再び西欧の言葉を説明することができない日本語を改革して明治の人達が日本語を作り直した。その1人夏目漱石などは新聞小説などを書いている。当時の新聞小説は実は日本語の教育のためと言っている。

「魏志倭人伝」はいかに読み解くべきか? 倭国をつくったのはだれか?日本はなぜ独立を守り通せたか? 最初の天皇はだれか?そんな疑問に答えてくれる本です。いままでの歴史書とは違った視点が多いまた全体の整合性が良い。部分部分も大事だけれど総合的鳥瞰的に捉える勇気も欲しい。岡田英弘はやっぱりこれだけの情報を分析する力、調査する熱意、創造する力、情報を処理する力、やっぱり天才なのでしょう。普通の人だとあまりにもいろいろな分野に入り込みすぎてパンクしてしまう。この本を読みこなすためには相当な知的訓練をして勉強しておかないと判らない。岡田英弘の集大成です。

本書より
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歴史は、人間が世界を見る見方を、言葉で表現したもの。・・・何よりもまず、過去の歴史はこうだったのであり、その結果、現在の世界はこうなっているのだという、各人の主張の表現・・・。歴史はけっして、たんなる事実の記録ではなく、何らかの立場を正当化するために書くものである。・・・歴史書は、(それが書かれた当時の)政治情勢を考慮に入れながら、その一つひとつの記事の価値を判断して、利用するしかない。これが史料批判というもので、歴史学の正当な手法である・・・