競馬学校教官の指導に寄せて

レースでの注意


 生徒に教えておくべき重要な課題のひとつがゲートからのスタートで、この練習に若駒を使うときは、騎乗者とともに馬も調教しておく必要があると思うかもしれない。しかし若駒は学校に着くと、練習のあとで毎日スターティング・ゲートを歩いて通らされているので、ゲートに対しての抵抗感は少なく、むしろあまりにも繰り返してゲートを出たり入ったりさせると、素早く飛び出すことを教えにくくなる。
 すでにスタートを経験した馬の場合はまた問題は別で、経験者は馬をリラックスさせ、機敏にゲートから出ることが要求される。それには馬の頭をきちんと制御して手綱を絞り、ゲートが開いたときにバランスととるために手綱でブリッジを作っておき、身体はやや前方に出すようにする。そして最後の馬が入ろうとするときまでには準備をしておくべきで、もし最後に入るのが隣りのゲートだったならば、スタート直前になって自分の馬がそちらに首を向けたりしないように注意したほうがいい。
 横を向くのはよくやることで、まさにそのときにゲートが開いたりすると、大きく出遅れることになる。スターターはおそらく、付き添っていた者が離れたときにスタートを切ることにしているので、もし馬が後ずさりしたり、首をめぐらしたり、ゲートのなかで真っ直ぐに立っていなかったりするなど、準備が整わないことがあれば、騎乗者は急いでその旨を知らせるべきである。スターターも一斉にスタートさせたいと思っているので、手こずっている騎手からの合図にはこたえるだろう。それでもスタートは静かなことが最も好ましいので、あまりにも大きな声で叫んだり、呼びかけたりしてはいけない。
 また競馬場では、スターティング・ゲートから出たあとも採決委員が監視していることを騎手は忘れてはならず、それゆえできるだけ真っ直ぐに走らせなければならない。最初のカーヴでのポジションをとろうとするとき、内に入ろうとする前には振り返って、他の馬を邪魔しないことを確認してから馬を寄せるようにすべきだし、最初のカーヴをまわったあとで他の馬を後ろからかわしたいときには、ゆっくりと、しかもいつもコースをよく確認しながら進出すべきである。
 レースにおいては、先頭の馬のすぐ直後は、かならずしも好ましいポジションとはいえないだろう。あまりにも離れずに追走すると包まれることがたびたびあるからで、先頭の馬がペースを落とせば他の馬に追いつかれ、そこから動くことはできなくなる。若い騎乗者は、いつもレースの流れに乗っている馬の後ろにつけるべきで、さもなければ先行馬群の外側につけると良く、そうすることでいろいろな選択肢が生まれる。本当に上手い騎乗とは、自分の馬にとって最高の乗り方をできるような自由を確保しておくことである。
 レース中は騎手の体重がかかっているので、肩のあたりで動いたりせず、できるだけ静かにしておいたほうが馬は楽に走れる。また騎乗した馬とは、またがった瞬間から仲良くし、良く言い聞かせて、彼が敵でなく味方であることを教えるべきで、話しかけたりすれば、神経質になっているかもしれない馬は喜んでその声に反応するだろう。さらにレース中はいつも、少しでも馬に自信を持たせるようにしたい。
 スピードを上げるように合図したとき、馬がすぐに反応しなかったとしても、次を急いではいけない。即座に加速できる馬もいれば、すぐにはできない馬もいるからで、騎手は自分の乗る馬の加速する能力を知って、それに合わせたレースをすべきである。
 反応に時間のかかる馬に騎乗したときには、負担とならない程度に、先行集団の中か、その近くでレースをすべきだが、無理してその位置を維持しなければならないとしたら、ペースが速すぎるということで、やがて脱落してしまうだろう。また最初のカーヴで好いポジションをとろうと馬に無理をさせる騎乗者が往々にしているが、反応に時間がかかる馬はたとえ好い位置につけられたとしても、無理がたたってすぐに疲れるので、最初のカーヴでの好いポジションなどあきらめ、スタート・ダッシュには加わらないほうがいい。バックストレッチが長ければ外に出せるだろうし、コースを損することなく最終カーヴを回って、少しずつ先頭との差を詰めることもできる。中距離か長距離向きの馬に騎乗するときは、オーヴァー・ペースにならないように気をつければ、直線の伸びはさらに良くなるはずである。
 その反対に、すぐに加速できる馬に騎乗したときは、ペースはスローなほうが好ましく、ゴールが近づくまでスピードをあげずに好いポジションをキープできるだろう。そしていざスピードアップのボタンを押すときに、まわりを見てみれば、ほかの馬がすでに苦しそうにもがいている姿が飛び込んでくる。騎乗した馬に加速する力があれば、あるいはレースの初めのほうでは先頭から離れたところを進み、人気馬がどこにいるかを見ながら、スパートするときのコースを見極めることもできる。先行する馬群がかたまっていて、外によれるような馬もなく、間隙ができそうもないなら、大外を回れるように少しずつ外に出していってもいいし、騎手が先を読めるなら、前をいく馬が埒を頼らないことを見抜いてその直後を追走し、一番良いタイミングで内から抜けだすこともできる。
 しかし、すぐに加速できない馬にはそういう選択の余地は残されていない。じっとして間隙ができるのを待っていて、実際そうなったところで、抜けていくことはできないからで、こういう馬に騎乗すると騎手はいろいろなトラブルに巻き込まれる。間隙ができても、すぐに閉じてしまって間隙はたちどころにポケットに変わってしまい、そこでひとたびスピードを緩めてしまうともう一度ペースをあげるには時間がかかり、ようやくあげたとしても、すでにそのときにはライヴァルは射程外にいってしまっている。馬があまりにもハミに逆らうときには、騎手はしばしば意図的にポケットに入れることがあるが、これなら馬にハミを譲り、リラックスさせられるので、レースの後半までそのスピードを蓄えておくことができる。こういう馬は、あまりにもいきたがる馬に多く、彼らはきっと、速く走りすぎて自分を燃焼しすぎてしまうのだろう。

− 12 −


前のページへ  次のページへ

目次に戻る