競馬学校教官の指導に寄せて

鞭の使い方


 馬は人間と同じように一頭一頭異なった存在で、それぞれに好き嫌いがあり、それぞれに弱点と長所があるので、騎手はそれらを見分け、騎乗したときにはそれに適した乗り方を考えるべきである。いろいろな理由で思い通りにいかないことがたびたびあるが、そんなとき騎手は、実は馬のほうが圧倒的に主導権を握っていることを思い知らされるだろう。
 一般的にいえば馬は、騎手の手の内に入りつつも、何の強制もされずに自分自身で走ることを好むが、レースを進んでいくとペースをあげなければいけないときがくる。そのときはまず舌鼓でハミをとらせようとし、効果がなければ手綱を離さずに肩鞭を当ててみる。ただそれも、軽く押してスライドを伸ばさせながら優しく頼むべきで、ハミをとったなら再びリラックスさせるが、ときには強制しないことが馬に走る気を起こさせ、自信を持たせることもある。また、なによりも落ち着いた騎乗を心がけるべきで、他の騎手が鞭を使うのを見てもなるべく動かないようにする。それでも鞭を使わなければならないときには、できるだけスライドを大きくとらせ、鞭の腕の動きと手綱を持った腕の動きをいっしょにしながら鞭を見せるのがいいが、そのときには、鞭を持った腕が手綱を持った腕の動きより遅れないようにすべきで、そうしないと騎手の体重のバランスがとれなくなり、姿勢が崩れてしまうだろう。
 鞭の使用は厳密には腕の動きであって、それは7か8のスライドに1回にすべきだが、馬が反応するにはそれくらいが適当で、あまりに鞭を使いすぎると反応する時間がないので、おそらくよれてしまい、騎手は再び両手で手綱を持って立て直さなければならなくなる。しかも苛立った馬は走ることから注意が離れ、騎手と鞭を気にしてスライドが小さくなり、次第に遅れていってしまうだろう。馬が鞭に腹を立てたり、ペースをあげようとしないならば、騎手は使うことをあきらめたほうがよく、理由もなく鞭を使い続けるのは見苦しいし、むしろ両手で馬を押した方が効果はある。
 鞭は両手でうまく扱えるようにしておくべきで、片方でしか使えないような騎手は好ましくない。最も日本の競馬場は2つを除いて全て右まわりなので、左鞭が多く使われるべきだし、騎手もそうしようとしている。
 ゴールへ向かうときに騎手が、馬への心理的圧迫を極力少なくして、精神的には最も見苦しい状態にある馬を元気づけながら、勝つのはとても良いことである。こうして馬と騎手は、なんとか失いつつあった落ち着きを取り戻し、馬はレースで最高の走りを見せ、騎手は自分の騎乗姿勢を崩さないですむ。騎手というものはいつも注目の的であり、しかも最後の結果によってのみ判断されるので、勝つことはとても重要で、彼らもそのことをよく知っている。

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