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【現実社会の視点で問い質す】実践・教師の学校

川村史記 著

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【講座】

 戦後一貫して、経済優先の政策をとり続けてきた日本は、一九八〇年代後半のゆき過ぎた金融緩和政策の結果、地価や株価の資産価値が、理論の枠を超えて高騰し、経済の実態がないのに景気のみが煽られる、まるで泡(バブル)のような活況を演出してしまいました。日本列島の何処も彼処も、モノへの執着とカネの話ばかりで、当時、有り余る資金はアメリカやヨーロッパの大規模不動産へと投資され、日本人は国外のジャーナリスト達からエコノミック・アニマルなどという有り難くない呼び名をいただいたものでした。やがて、さすがのバブル景気も、八九年からの金融引締め政策ではじけ、日本はバブル経済の浮き沈みをいやというほど実感したのですが、そのときから十年余の歳月を経て、失態から賢く学んだかといえば、どうもそうではない人々が多いようです。
 というのも、改めて言及する必要はないことですが、バブル経済の破綻で手ひどい目にあっても、自分達や自社の得失しか考えない官界、財界、あるいは産業界の体質は、市民レベルの倫理観をも狂わせながら今日なお、モノとカネに執着したモラル欠如の殺風景な事件ファイルをニュースとして、次から次と全世界へ配信し続けています。こんなていたらくでは、日本人に浴びせられたエコノミック・アニマル(経済のみに執着する動物)の汚名を返上できるはずがありません。
 しかし皆さん、ここでちょっと考えてみましょう。本来、経済活動とはそんなに悪いことなのでしょうか。それよりもなによりも、私達は『経済』という言葉を本当にしっかりと理解しているのでしょうか。実は、私達が日頃から何気なく口にしている『経済』という言葉は、

 ○経世済民(あるいは、経國済民)

を短縮した造語なのです。傍らに辞書のある人は、経世済民という熟語を引いてみてください。『世の中を治めて、民を救うこと』といったような説明がなされているはずであり、決して『モノやカネを我先に求める活動』とは書いていないはずです。そして本来の経済活動が『世の中を治めて、民を救う』という高邁な活動ならば、経済活動によって、政治が腐敗したり、教育が歪んだりするようなことはありえないのです。にもかかわらず、日本人の間には、経済活動が盛んになると、政治が腐敗し、教育が歪んでしまうとの解釈が横行しています。これは我々の『考え違い』に相違ありません。
 というのも、あらゆる社会的行為の担い手は人間ですから、その一部にでも、問題が生ずるということは、社会的行為に関わる人間の人格(意識が明らかで、義務と責任を果たす能力のある個人および個人の資質)に欠陥があると診るべきだからです。そのような観点に立つとき、経済活動によって、政治が腐敗し、教育が歪むのではなく、人間を育てる行為(すなわち、教育)が歪んでいるから、経済活動も政治も腐敗すると考えるべきでしょう。
 最近、大人達の中には、教育崩壊の原因をあれだこれだと責任転嫁し『鶏が先か卵が先か』のような論争に明け暮れている人々もいますが、いやしくも教育者を自認する人々は、こうした不毛な論争に巻き込まれるべきではなく、教育問題の遠因がいくつもあるにせよ、自らの責任を明確に認識すべきです。
 そして、そのような自覚のもとに人間教育を展開している人物の一人に、上里龍生氏(愛知県豊橋市の仔羊幼稚園園長)がいます。上里先生は、故人となった父親の上里吉 尭氏(仔羊幼稚園前園長)とともに、学校における生徒の落ちこぼれ問題を長年にわたり憂慮しつつ、独自の教育理論を提唱してきましたが、落ちこぼれ問題がマスコミに取り上げられ始めた当初から、「あれは『落ちこぼれ』ではなく、『落ちこぼし』である」と断言してきました。つまり、教師の指導力低下が直接の原因であるというわけです。
 上里吉尭・龍生両氏が構築した教育論は、子どもがどのような生き物かという観察を通して、子ども達が真に自由自在に生きるための日常的指導の在り方を、教育現場の実践から抽出しています。その労作は今日、上里式教育理論として多くの人々の賛同と支持を得ており、『幼時鍛練』(著者・川村史記 監修者・上里龍生 発行所・中央教育研究所株式会社)にもその概要がまとめられています。今回、地域コンサルテーション企業であるSee:早友グループから出版することになった本書『−現実社会の視点で問い質す−実践・教師の学校』は、その上里式教育理論をバックボーンする一方、ビジネス社会で生きる人々や教育産業で未来を模索する人々の視点も重要な支柱として据え、深刻な課題である教師の指導力低下を克服するための処方箋を多面的に提示するのが目的です。具体的には西山勇二氏・上里龍生氏および筆者(川村史記)を中心に企画・開講している講座『教師の学校』からのレポートや、多くの教師が抱える課題への提言、および実際に役立つ教育見直しの要点等々をコンパクトに網羅しています。
 いうまでもないことですが、教師は教えることが専業の商売人ではありません。教師は教育コンサルテーションの専門家であると同時に、自らも学びつつ(このことが大切です)、子ども達とともに成長し続ける(このことも大切です)ことができる教育の実践者でなければなりません。そして、そのうってつけの舞台がまさに『混乱している教育現場の今日的状況』なのです。教育現場で奮闘している指導者の皆様!現実から目を反らすことはやめましょう。そして、従来教育の常識に疑問を投げかけつつ、あるべき姿の教育環境を実現する取り組みを今すぐ始めてください。我田引水かもしれませんが、そうしたおりふしに、前記の『幼時鍛練』と今回の『実践・教師の学校』をご一読いただければ、著者として、これにまさる幸せはありません。