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 言葉の語調というものは、他人を愉快にもすれば不愉快にもし、勇気を与えることもあれば、意欲を挫くこともあるという具合に、我々の喜怒哀楽の感情を大きく左右するものです。そうゆうわけで、言葉遣いは語り口も含めコミュニケーションの潤滑油なのです。潤滑油が汚れてくればコミュニケーションも劣化してくることになります。「おはようございます。」「こんにちは。」「こんばんは。」「おやすみなさい。」等の基本の挨拶はもちろん、公共の乗り物での席を譲る際の「おかけください。」譲られた側の「ありがとうございます。」、混雑の中を降りる際の「降りますから通してください。」、他人の足などをうっかり踏んでしまったおりの「失礼しました。」等々は家庭・通勤・通学・職場・学校等々で人と人との関わりを寛容にし、心がささくれ立たないように癒してくれます。

 ところが最近ではこうした言葉の潤滑油が家庭・通勤・通学・職場・学校等々の社会生活の場で劣化してしまいました。それに代わって、礼儀知らずの無言と強引と自己中心主義が街のあちらこちらで、人の心をささくれ立たせています。こうした事例としてよく児童・生徒や青年のマナーの悪さを例にあげますが、そこを集中攻撃しても潤滑油は復活しません。それはなぜでしょか?

 理由は簡単です。そうした児童・生徒・青年を育てた親達が言葉の潤滑油をクリーンに保っていないから、困った子ども達が育ったわけです。よいお手本がないところに、学習は成立しません。『学ぶ』は『真似ぶ』が語源ですから、真似(まね)るサンプルが劣化していれば、子ども達は悪しきことを学ぶことになるのは道理です。

 考えてみてください。今日生きている人間にとって今日は昨日の続きですが、明日は今日の続きではありません。というより、自分の明日が続くかどうかは今日の自分には予測できないのが現実です。鴨長明の方丈記はその事実(この世は無常であること)をみごとな名文・名調子で綴っています。ですから、今日の自分が明日につながり、明日が今日として実感できることになった事実は『ありがたいこと』であり、『有難き(有ることが難しい、稀有な)こと』なのです。こうした“今日在ること”への謙虚な感謝の気持ちとしての『ありがたさ』を念頭に子育てをすれば、生きていることが他の人々の『お蔭様』であることは、支えあう人間の一人として自ずとわかってくるはずです。そうすれば自己中心的でマナーの無い傍若無人な児童・生徒・青年等を無数に見かけるはずがありません。

 無からは何にも生じない道理で、有る事実は在る者から生じたのです。我々は今の世の中のひどさを嘆く前に、我々大人達の為してきた悪行を率直に認め、より年上の者はより年下の者のよいお手本になるように、社会での振舞いを改めるべきです。


 今の世の中はやはり息苦しい。息苦しく気持ちの救いがないから人が死を選ぶ。
 最近、仕事で電車に乗っていると、ある週によっては毎日毎日『人身事故』の車内アナウンスが流れる。乗車客は口にださないけれども心の中で『あぁ〜、また誰かが自殺したんだ・・・』と呟いている。なにしろ日本の社会はうめき声だらけなのだ。仕事がない、仕事があっても給料が安い、明日が見えない、将来が予測できない。子どもの学費をどうしよう。家のローンの支払いをどうしよう。学校がつまらない、職場がつまらない。学校でいじめにあう。職場でいじめにあう。受験勉強でノイロゼーになりそうだ。就職したくても就職先が見つからない。医者に行くたびに病気の数が増える。救いの手が届かない老人世帯が増え続けている。親の介護でへとへとだ。休みをとりたくても有給休暇がとれる雰囲気にない。子どもが引きこもった。子どもが暴力をふるう。夫のドメスティックバイオレンスで家に帰るのが怖い。子どもを生んでみたが扱いがわからない。子育てが面倒だ。今日もパチンコ屋で一日中過ごして10万円も損をした。金がないから、サラ金に手を染めた。支払いができないから逃げまくっている。・・・・・、

 我々の暮らす生活の場ではこうした人々の悲鳴が渾然一体となり、猛暑の夏というのに‘うそ寒い’空っ風となって吹き荒れている。『人という文字は、人間がお互いに支えあって生きる存在であることを示しているんです』などといっても、近頃では自分のことを考えるのに手一杯で、他人のことなどあまりかまっていられないというのが社会全体の雰囲気なのだ。しかも世の中を見渡していると、いろいろな埃が目に入ってくるので、世間には背を向け自分の中に閉じこもり、チリ除けをしている者もさほど珍しくない。そうした連中のたどりつくところは、世間のことは『見まい』『聞くまい』『話すまい』の精神である。論より証拠、この方向に直進する『うざいこと嫌い』の若者達は、家でも、路上でも、車内でも、ひょっとすると職場でも・・・?イヤホンを両耳にぶち込んで、ポータブルゲーム機やiPODの仮想世界(おらだけの世界)にのめり込んでいる。人が前から歩いてこようが、電車が到着したホームの崖っぷちを歩いていようがまったく気づかない。もちろん、それゆえの事故はいろいろ起こすが、それで懲りた様子もない。驚くことに、最近ではこうしたオタクのプロゲーマー(デジタルゲームの賞金稼ぎ)も続々誕生しているというから、中毒は麻薬だけ取り締まっても埒があかない。

 こんなふうに、受験に偏重する学習効果で、普通でない大人へのキャリアアップをめざすのと同様、いろいろな普通ではない人間づくりに、家庭も地域も学校も行政も経済界も血眼になっている。だから、世の中で普通ではない人間による、普通ではないことがいろいろ起き、普通ではない社会ができあがるのはなんの不思議もないのだが、そうした社会になってしまった今日、普通ではない社会を作ってきた人々が普通でない社会に困り果てている。そして、このへんてこさに気づいている大人は思いのほか少ないようだ。

 結局、今の世の中は普通の人に育って、普通に暮らすことが一番難しいのかもしれない。しかし、この『普通の人』論を強調すると「普通ってなんですか?」などと質問されてしまう。普通は一人ひとりの素朴な感性の中で解釈されるべきことだと思うのだが、やはり『普通についてのマニュアル』が必要なのだろうか。

 原発事故の深刻さを突きつけられても、国民の健康より従来型の経済発展に重点を置く経済界、国民に約束した選挙公約を守る気のない政治家達、広島・長崎の平和祈念式典で、官僚の書いた建て前の核武装放棄メッセージを棒読みし、原爆と原子力発電とは別の次元の話しだというニュアンスのもとで、エネルギー政策の見直しを玉虫色に表現する原発推進派首相『野田』のうつろな瞳と感動のない挨拶口調等々、2012年8月9日(長崎への原爆投下記念日)現在も日本社会は普通ではない社会に向かってますます暴走している。

 週末に毎週、首相官邸や国会を取り巻く『原発反対』の大規模デモだけが、唯一『普通であること』の証明として、心を励ましてくれている。



【2012年3月】

 東日本大震災の惨禍に心を痛めながらも世間の関心は、3月ともなれば幼稚園から小中高・大学に至るまで、“お受験”の成り行きに移り、親子して一喜一憂する季節となっています。毎年繰り返される年中行事とはいえ、年ごとに親(特に母親)の喜怒哀楽が受験生を包み込む霧のように濃くなり、子どもそのものの存在を朧(おぼろ)にしているのは、光化学スモッグなみに害が大きいように思えます。

 こうした傾向が最近とみに加速してきた結果、大学受験はもとより、子どもの就職や結婚にまで母親の果てしない関与が津波のように押し寄せ、我が子の自立心を死滅させつつあるのはまことに憂慮すべき事態です。かかる過干渉の子育てと、点数の評価だけが重視される教育を経て、身体だけ大きくなった子ども達は、受験や通信簿のような単純な点数評価には馴染まない社会活動の現場で、評価されないことえの苛立ちをつのらせたり、職場の人間関係にいともたやすく挫折したり、哺乳類としての母性の未熟さゆえに、育児に励む本能を十分発揮できず、ノイロゼーになったり、我が子に暴力を振るったりと、殺伐とした事件を起こす例が多いようです。

 そして、かくもひ弱な時代を反映してか、最近、病院へ行くと、心療内科に多くの若い男女が群れをなしています。この群がる人物達を観ていると、その健康そうな体形から、『これがどうして病人なのか』と、いぶかる風景が多いのに愕然とします。しかも彼等は父とか母とかを同伴者にして来院している者も多く、ここでも親達が“子育て”に大活躍という図式があります。誤解を恐れずにいえば、もし仮病を使うことさえも心の病と定義するならば、最近の巷には健康な人などいなくなりそうな勢いです。しかし、こうした考え方は世の中に普及する心理学的発想の悪しき運用であり、なにかあるとすぐに自分は病気であるかのように錯覚する人間の在り様は原子力平和利用の詭弁と同じように日本の危険な未来を暗示しているように思われてなりません。

 筆者はこれまでも、ことあるごとに述べてきましたが、人間の一生はある場面を切り取ってみれば、『自分が勝者である』ように見える画像があります。そしてまた別の場面を切り取ってみれば、『自分が敗者である』ように見える画像もあります。しかし、そうした画像は無常を生きる人間にとって、永続的なものであるはずがありません。結局、一人の人間の全人生を俯瞰すれば、最後には勝ちも負けもないプラス・マイナス・ゼロの道筋があるばかりです。しかもそれは、生まれ、生き、そして死ぬというこの世の生物に平等の一貫性であるわけです。親の過干渉が過ぎれば、子ども達は宇宙の一部である人間のこうした荘厳な摂理に気づかぬまま、そしてそうした摂理を受け入れることができないまま、哺乳類の中で“生きることに素直さのない”最もレベルの低い生き物としてその命を終わることになるのです。ですから、勝ち負けにこだわる親達は、まさにそうした煩悩の地獄に子ども達を突き落とす手助けをしているのではないでしようか。

 また最近、教育を論ずる一部の人間達が『将来食える子ども達を育てる教育』などということをいいだしていますが、これとてもやはり、その言葉の背後にあるものは『勝ち組・負け組の思想』であることに変わりはありません。大震災で多くの国民が難渋している今日、『将来食える子ども達を育てる教育』などということを、いたずらに誇張してはなりますまい。今日的政治状況の腐敗のなかで、民主主義の非能率さに業を煮やした教育への異常な行政介入も含め、勝ち組思想の氾濫はおぞましき限りです。


【2012年1月】

明けましておめでとうございます。
 東日本大震災や大型台風の重なる来襲等々で多くの人々が亡くなり、多くの家屋が破壊され、今後の人生設計や生計の目処がたたない人々が日本国中に満ち満ちた西暦2011年を通過して、我々は西暦2012年に生きることとなりました。しかし、政治・経済・社会・教育等々、我々の生活を担うあらゆる分野には希望よりも絶望の色が濃い新年です。

 自称どじょうの日本国首相の“民意を無視した”ナルシスティックな独断専行、信楽焼きの狸のような経団連会長がどじょう首相と歩調をあわせてポンポコポンと打ち続けるTPP狸囃子、マニフェスト全滅をこれまでの自民党政治のつけと嘯く民主党議員、自分達の政治的大罪を棚に上げ、政局ばかりを演出する自民党議員、自己満足の一人芝居に終始する弱小野党、日蓮上人が怒っているのではないかと呆れる法華の太鼓政治集団。まともに基地問題に腹を立てているとは思えない日和見主義の沖縄県知事、橋下大阪知事と橋下大阪市長を誕生させた大阪市民のタレント依存症、そこに湧き上がる政治屋小泉2世のような“橋下オンステージ”の大阪都構想と教育改悪論。はたまた原子力発電の恐怖をこれほど味わった後でも、“原子力の恩恵”詭弁にすがりつく経済神話依存の人、人、人・・・・・。なにがあっても怒らない国民となにがあっても上昇しない選挙投票率等々、まだまだあげればテンプラ“かす”のようにわいてでる“社会の動脈硬化を助長するコレステロール因子”群。嗚呼!この国はどうなっちまうんだろう?

 上記のごとく諸事万端に、今は亡き人類学者・梅棹先生が予見した“人類転落の道筋”がまさに現実となりつつある今日、我々はただただぺシミステックにしか生きられないのでしょうか。・・・・いやいやそうではありますまい。先人の洞察にすがりついてでも我々がまだまだ検証すべきことはあるようです。例えば、梅棹先生の予見する“『理性』を主体とした人間の活動が生み出す悲惨な未来”・・・。これを回避しうるわずかな光明としてこれまた梅棹先生が提示した『英知』の正体を、我々一人ひとりは今こそ見極めなければならないのではないでしょうか。

 NHK教育テレビが2011年6月5日にオンエアーした番組『暗黒のかなたの光明〜文明学者梅棹忠夫がみた未来』の中で、あるノンフィクション作家が理性とは左脳的世界(理論や理屈)であるとし、その対極にある右脳的世界を『英知』と推測していましたが、これはなかなか洞察力に飛んだ視点であると感じます。例えば、アメリカ的な思考や評価、行動はコンピュータ(デジタル)と共存できる“理性や理屈で構築されたサイエンスの所産”とみることもできるでしょう。しかし、それは人間能力の一面にしかすぎません。我々はこれとは対照的なよりアナログ的世界をもう一度見直す必要があるのです。言い換えれば、20世紀には軽視されがちであった“心”とか“ひらめき”とか“情念”とか“夢”といった感性が機能する『曖昧模糊たる感受性を司る頭脳領域』に着目せよということです。そうすればデジタルパワー(理性・合理性・理屈)で疲弊した社会の傷口を治癒し、左脳と右脳のバランスを保ちながら人間を再生し、日本社会を復興へと導く新たな世界観や人間観が復活してくるように思えるのです。


【2011年10月】

禁煙についての笑い話に「禁煙なんて簡単だよ、ボクなんかもう何度も禁煙しているよ!」というのがあります。あほらしいといってしまえば、それまでのことですが、この笑い話はなかなかに笑い飛ばせない側面をもっているように思います。例えば、最近の話題でいうなら、福島第一原子力発電所の放射能漏れ大事故で高まる原子力平和利用への拒否反応と、それを意識した産業界や行政による原子力利用の必要悪論の台頭です。そこにはどうやら、くだらない『禁煙話』に通ずる臭いを感じます。

ちなみに、822日発表されたあるマスメディアの世論調査によると、『原発の段階的廃止』を75%の人々が支持しているといいいます。「将来は原発から撤退すべきであるが、急には無理だよ!」という発想です。

ここで禁煙に話しを戻してみましょう。禁煙に取り組む際、少しずつ減らす禁煙を目標に掲げる人が多いようです。つまり、12箱吸っていたタバコを1箱にする。1箱吸っていたのを10本にするといった調子での禁煙からの段階的撤退です。しかし、その健気な取り組みは、3日で・・・、1週間で・・・、1ヶ月で・・・・挫折に追い込まれた照れ話をよく耳にします。一方、禁煙を宣言したその日から、1本も吸わないという荒行に取り組む人は思いのほか、禁煙に成功する場合が多いようです。つまり、タバコに未練を残さない取り組みの方がニコチン依存から抜け出しやすいということです。かくいう筆者も、30年以上前に禁煙を志したおり、即座に喫煙を断つ荒行で3ヶ月を過ごし、いまでは喫煙者の傍にいるのもいやな人間になっています。正直のところ、少しずつ減らす取り組みにもチャレンジしたことがありますが、これはものの見事に失敗しました。そして不思議なもので、一度やめてしまえば、何であんなものにあれほど依存していたのかまったくわかりませんし、なにも不自由していません。

おそらく、いやまちがいなく、人間のメンタルな面からいえば、原発依存症も同じようなものでしょう。少しずつ段階的に原発を利用しないようにするなどという発想は、原発利用は今後もやめない、やめられないという症状を加速していくだけです。そして、十分な電力確保ができなければ日本の産業が衰退し、雇用も確保できないなどという『国民に向けた脅し』のような主張が際限もなく増幅されていくでしょう。我々は今回の原発大事故を契機に、日本をこれまでのような経済を中心に構築される社会ではなく、国民の幸福を最優先に発想する社会に造り替える強固な意志とビジョンをもつべきです。そうして、脱原発をチャンスと捉え、代替エネルギー開発等の課題に勇気を持って取り組めば、世界に先駆けた新たな産業モデルを提示し、世界の平和と安定に貢献できる可能性は十分にあるはずです。

そのためには、マスメディアも本来の使命感に立ち戻り、勇気ある言論・行動に踏み出してもらいたいものです。今や、国家に放送の許認可権を握られ、多くの大手産業からの膨大な広告収入で金儲けすることしか頭にないように見える大手マスメディアのわけのわからぬ“庶民感覚から乖離した取材自主規制”は、エリート意識ばかりが際立つ時代劇のお代官様みたいなお主も悪よのう!のお先棒を担いでいるようにしかみえないことが多々あります。そんなわけでマスコミ各社は先日行われた6万人規模の脱原発デモ取材にも自主規制が存分に発揮された“通り一遍の記事扱い”に終始したようです。これでは戦前のマスメディアとどこに違いがあるというのでしょうか。猛省を求めたいゆえんです


【2011年8月】

【日本人よ、冷静を装うなかれ!】

 今年3月11日に発生した東日本大震災を引き金とする人災『福島第一原子力発電所の崩壊』とその結果としての放射能汚染が、深刻化する最中、日本国中に原子力発電反対の叫びは大きくなりません。1年を通じて大小の地震が頻発する国の地下いたるところに地震を引き起こす活断層があるというのに、合計54基もの原発を設置してしまった愚かさを、マスメディアも真正面から報道しようとはしないのです。それどころか自己抑制の効いた筆致で、『今後の課題は原子力発電を維持するにせよ、脱原発へと舵しを切るにせよ、将来のエネルギー政策をどちうするかというマクロな視点で、国民も含めて議論すべきだ』などといった調子の日和見をきめこんでいる始末です。

 おりしも、夏の節電を呼びかけてきた東京電力の電力消費は毎日、ピーク電力消費が70%台で推移し、大雨災害で水力発電の供給能力が落ちた東北電力へ電力を融通できるほどの節電実績をあげています。このちくはぐさを国民は・・・メディアは・・・疑問に思わないのでしょうか。また、原子力発電が停止したことによる影響の甚大さをことさら大げさに演出するための節電であったりする行政や業界のプロパガンダの臭いを、嗅ぎ取らずにすましてよいのでしょうか。

 我々が国外から褒められる『自制心が効いたよい国民』を演じている間に、ここのところ、保守政治家とそれを擁護し活用することに徹してきた経済業界トップ達が、我々庶民を巧みな話術で脅す手法を積極的に打ち出してきています。その武器は『このままで、いくと産業界の電力需要をまかなえなくなり、製造業の多くは海外に移転していかざるをえなくなり、日本の産業空洞化が進み、いまでも厳しい雇用がまかなえなくなる』という論調です。しかし、こうしたいかさまな論調は、これまで日本がたどってきたとおりの経済を基軸とした社会展開を前提とする想定内の脅しです。日本国民がこうした脅しに屈しているかぎり、高齢者の生きがいクラブになりはてた財界老人パワーの詭弁に振り回され続けるでしょう。経済の発展という側面では資本主義の成熟期に入ってしまった日本が、中国、韓国、印度、ベトナム等々の新興国の目覚しい発展に負けじと頑張るのは、中高年が競走で青少年の体力に競り勝ち、過去の栄光を再び手にしたいと希求するようなものです。そのような勝ちパターンはありえません。日本がこれからなすべきは原子力発電も含め、成熟した国家が陥った負の現実とどのようにしっかり向き合うかということです。民主党政権下の仕分け作業のスパコン研究予算獲得の攻防ではありませんが、なぜ我々が経済を優先したNo.1をめざす道筋を今後もたどらなければならないのでしょうか。経済という視点で世界をみるとアメリカもヨーロッパもがたがたにみえますが、人としての社会生活あるいは人生の価値という視点から世界をみれば、絶頂期を過ぎた欧米にも、発展途上から抜け切れないといわれているアジア諸国にも、日本よりはるかに心豊かな人生や社会生活を送っている人々はたくさんいます。

 視点を変えていえば、経済の発展を基軸に、限りなく発展(あるいは暴走)し続ける科学技術を牽引力に、社会構成や国家経営を考えるかぎり、現在の成熟した日本社会の閉塞感を打ち破る方向性は切り開けないというのが実感です。むしろ筆者はこうした日本国の最大ピンチを転機とみなし、原発に依存しないエネルギー技術や産業構造を提案できる国家を創造することこそ、我が国が『東日本大震災』から復興し、世界の安定と平和に寄与する最善のシナリオだと考えるのです。そして、このようなシナリオを描くためには今こそ、原子力技術平和利用といううさんくさい『新興宗教』からの脱皮が必要なのです。広島市で開催された平和記念式典で菅首相は脱原発路線を明言しましたが、地方行政の長が明確な脱原発宣言をだせなかったのはまことに“従来からの現実にすりよる地域・地方の姿”であり、多くの市民にとっての悲劇です。

 なお、このように述べたからといって、筆者は菅直人びいきではありません。がしかし同時に、彼の評価が今のマスコミや政界、そして世間の低レベルな論調の枠におさまるものでもないとも思っています。我々は次の原発事故に直面する前に、選挙民たる国民のしてきたこと(例えば、一つの保守党を60年間以上も無批判に支持し続けた過去の不始末や地域住民をも巻き込んだ原発設置への異常な寛容さ等々)もひっくるめて、この国の『来し方』を冷厳に評価し、“経済というファウストの悪魔”と取引しない『行く末』の指針をみいださなければならないのです。


【2011年5月】

 東日本大震災を格好の材料に、政治家(や)の社会は権力闘争に明け暮れています。あらゆる発言が国民のため、国家のための行動だそうです。守る(民社党)も攻める(自民党)もレベルが低すぎてついてゆけません。戦前の大政翼賛会になれとはいいませんが、震災の対応ではいましばらく心を一つにして呉越同舟で国政を運営し、近未来への展望を開いて欲しいものです。

 それにしても、政治家は謝りませんね。誰一人率直に今回の東日本大震災に関連した各種の人災がこれまでの政治や、目下進行中の政治の結果であるという認識で、国民に反省の言葉を述べようとしません。もちろん、民主党が政党の未熟ぶりをさらけだし、内紛で自滅の道をたどっているのは醜態ですが、戦後60年以上も政権担当の座にあった自民党も、菅内閣を口汚く罵倒するばかりで、今回の大人災の責任が厳しく問われる側にいるという認識がまったくありません。ひどいものです。

 また、そうした政党政治の表と裏で活躍してきた官僚も、知らぬ顔の半兵衛をきめこんでいます。そしてまた、大新聞・大テレビ局も政治家や官僚およびその組織の犯してきた過ちについて、小沢一郎追及に見せた異常かつ過剰な情熱をもって、追求・論説することもありません。テレビ放送等の許認可権を国家ににぎられているので、政変が起こった後の利害を考え、民社党ばかりか、自民党にもはっきりものが言えない組織になっているかのようで、高いのは志ではなくプライドばからです。第二次世界大戦時の責任をほうかむりして、戦後から今日に至るまで、自らを総括してこなかった覚悟のなさが、今日的社会状況でも鳴かず飛ばずの報道をしている遠因でしょう。

 復興はやはり、国民相互の連帯と地域の努力の積み重ねが一番正直に役立っているようです。大震災被害にも冷静・沈着に、勇気を持って対応している日本国民に海外諸国の賞賛が集まっているそうですが、歴史的に災害の多いこの国の人々は『無常観』と『諦念』を体質の中にもっているのではないでしょうか。日本人自身はこの点を明確に認識しなければなりません。そうした『無常観』と『諦念』が強力に機能して、平静を装っているのです。そして、政治屋や行政の仕組みはそうした国民の特性の上に胡坐をかいて、反省と指針なき無秩序、いいかえれば国政なきカオスを生み出しているのです。

 情け無いことではありまが、当面は日本国に生を受けた一人ひとりの覚悟のなかから、地道にかつ勇敢に奮闘し、復興の道筋を切り開いていくほかなさそうです。弱小政党から大所帯政党まで、現在、政治がリーダーシップをとれる状況にはありません。彼等は国民の努力のあとから、急ぎ足でついてこさせる他しかたのない存在です。もちろん、罰当たりな連中です。


【2011年4月】

 今日、我々の日常生活に溢れている飲料水等についていえば、アルミ缶が電気の缶詰などといわれているように、1製品につき、中身の液体原価は1円〜2.5円で、人件費と製造コストが大半を占めているといわれています。そしてペットボトルも似たりよったりの大量電力消費製品です。他にも大量電力消費を天井知らずに拡大し続けているものの象徴としては、マンションやオフィス用の高層ビル群、オール電化住環境、さらには24時間満艦飾の眠らない都市機能やテレビ・ラジオの24時間営業等々があります。

 人間の生活にとって『便利』という言葉に集約される、こうした際限なき欲望の肥大が電力需要の不必要な拡大を助長しました。そして、こうした欲望を満たす電力需要の確保は“低価格でクリーンな原子力発電によりはじめて可能になる”という理屈が、原発に懐疑的であったり、明確に反原発を表明する相当数の“国民の意見”を無視し、電力会社を手先に、国策として一方的に罷り通ってきました。

 世界で初めて原子爆弾を投下された惨状を体験した反省に立つはずの日本が、戦後長期化した実質的な自民党の一党支配のもとで、『科学の進歩と原子力の平和利用』というプロパガンダと地域への恩恵(地域への莫大な金銭投下)を組み合わせた懐柔策により、原発設置の全国展開を促進しえた理由は一体なんだったのでしょうか。

 もちろん、米国主導のグローバル化戦略(すなわち、アメリカ化)に歩調を合わせて科学技術立国を謳い上げた日本の先端技術に原子力利用が位置していたのは確かでしょうが、その他に、日本の将来における核武装化の可能性を担保したい保守政治(現民主党も大同小異です)の覇権主義が根強くも“安全性に目をつむった原子力平和利用の裏の顔”となってきた事実を我々は見逃すべきではないでしょう。

 そしてその結果が東日本大震災による大津波を起点とする福島原発の大事故です。しかし、いまだ混乱の最中とはいえ、福島県民から目立って明確な『反原発』の主張は聞こえてきません。また、近い将来の東海地震を踏まえた予防的措置として政府から要請された浜岡原発停止について中部電力は、時間をかけることで政府からなにがしかの有利な条件を引き出そうとする駆け引きでもあったのか、即答を避け、正式回答までの数日間は、『最終的には首相の要請を受け入れることになるにせよ、原発停止による電力需給の問題点や火力発電にシフトする際のコスト高、燃料確保への対応等を検討してから返答する』といった旨のフェイント発言に終始しました。また、浜岡原発が存在する地域住民のなかも賛否両論にわかれているようで、原発の足元からの『反原発』宣言が大きく聞こえてきそうにもありません。

 おそらく地域のインフラが思いがけず夢のように整備され、地元の雇用にも大きく貢献し、個人の家々まで新築できてしまったような例が含まれる“原発誘致サマサマ”の棚ボタ恩恵と決別するのは現実に自分の地域で原発災害が発生するというリアリティーがない限り、なかなかに難しいのでしょう。TVのニュース番組に登場した住民の「原発で働けなくなったら、政府が仕事をちゃんと斡旋してくれるのだろうか」といった趣旨のコメントに、人間がぬるま湯に浸かることの危険性といただき物の処世術、そして自立的に物事を考えられなくなっている地方行政の疲弊と諦めにも近い他力本願を垣間見み、この国の社会に潜む蛸壺的なけだるい深層心理を実感せずにはおられませんでした。

 しかし、国民として次世代の未来を見つめるとき、自然災害が日常的に多発する国土に原発が50基以上もあることの不見識および危険を国民レベルでしっかり認識することは当然のことです。そして、地方選挙や国政選挙の場で原発推進に賛成する議員候補者を全員落選させ、原子力発電とは異なる電力確保の新たな道筋を切り開いていくことが子々孫々への重い責任であると認識すべきでしょう。もちろんそれは、ペットボトル、アルミ缶、高層ビル群、オール電化住環境、24時間眠らない都市機能、テレビ・ラジオの24時間営業等々との“過剰なライフスタイル”と決別することでもあります。なにしろ今回の原発人災は『喉元過ぎれば熱さ忘れる』ではすまされない未来再考の一大事なのですから。


【2011年3月】

【鎮魂合掌】

 歴史的な大災害となった東日本大震災は、地震が多発する国“日本”に暮らす人間の宿命を、筆者をも含めた一人ひとりの国民に痛感させました。東北地方から関東地方にかけた太平洋沿岸地域に壊滅的な打撃を与えたこの災害はその死者および行方不明者の数においても悲劇という言葉意外に表現のしようがありません(合掌)。そして、その悲惨を思い、友人や知人と語るのが胸苦しいほどです。さらに、地震が引き起こした巨大津波は気の遠くなるような広域の地域社会を引き裂き、在る物すべてを瓦礫の荒野にしてしまいました。我々は生き残った被災者の方々が“現状に打ちのめされ、将来への展望が開けず途方にくれている実態”への思いを強くし、さまざまな支援の輪をひろげる必要があります。

 しかし、人はなにがあっても生きなければなりません。なぜなら人は一生物として命の続く限り生きることが自然だからです。すでに、さまざまな避難所暮らしの人々から復興に向けた逞しい決意の言葉が日増しに多く聞かれるようになっています。また、避難所生活そのものの中からコミュニティーを作り、心の癒しと前向きに生きる感覚を取り戻そうとする地道な取り組みが枝を広げてきているようです。こうしたことは感動的です。人は一人では生きられません。言い尽くされたことですが、人と人の間に在って人間は人間たりえる事実が、今行なわれている大小さまざまな助け合いのなかに幾重にも凝縮されています。ともすれば物質的豊かさに執着しがちであった日本という国のありようを、人とのつながりという視点から見直す起点として、国民一人ひとりがこの大震災の国難を、被災者の方々と共に生きることが大切だと考えます。

 その一方、今回の災害では、天災と人災の区別も明確にしていく必要があります。防災を前提とした村づくり、町づくりがいかにずさんであったか。とりわけ、原子力発電に依存した、首都機能一極集中のリスクが語られ続けていたにもかかわらず、時の政権やそれを担う政党、およびそれを巨額の財で支援し続けた経済界の物欲・金銭欲が一丸となって、『リスクは全くありえない』かのような“広報活動”と“啓蒙教育”に邁進し(特に原発建設の地域にはこれが徹底された)、狭い国で放射能の被害から逃げる術(場所)もない国土の“地震の巣”の上に、55基もの原発を造ってしまったのです。

 そして、事故が起きればあいかわらず『想定外』の言葉です。かつてホリエモンなる一時代の寵児が『想定内』なる言葉を流行させたことがあり、やがて彼を取り巻く想定外の成り行きで捕縛されましたが、こうした言葉が責任逃れの詭弁であることは自明のことです。とりわけ、人智を超える威力(あるいは破壊力)を持った未知の物資の摂理がもたらす現象(反応)が人間の想定内に取り込めるわけなどないではありませんか。地震から3週間ほどたった今日になって、すでに、TV番組に顔を出すのが常套手段の政治家達やジャーナリス諸氏から今回の原子炉事故に関する、“過剰なマスコミ報道”への批判(控えめに過ぎる弱虫報道のどこが過激なのか筆者にはわかりませんが)や、これまで、原子炉設置に反対し続けてきた人々への先制攻撃、すなわち『こんな時期に、“我々は反対してきたのに、電力会社と政治がそれを進めてきたから、やはり恐れていたことが起きた”などといっても仕方がない、今は原子炉の危険の収束に向けた議論をすべきだ』との論理のすりかえがはじまっています。確かに、目下、優先すべきは原子炉事故の終息ですが、今だからこそ声を大にして原子炉に依存した政策の誤りをたださなければならないのは自明の理でしょう。そして、長年にわたり反対の声を圧殺されてきた人々は今こそ怒りを持って、原発政策の過ちをどら声で、時には冷静に指摘すべきです。

 原発事故発生以来、TVに映し出される記者会見の雛壇に鎮座した政治家、東京電力の社員、原子力安全委員会のスタッフ、有識者各位、TVの解説番組に登場する専門のジャーナリストや学者のあの能面のような淡々とした会見やコメントに違和感を感じ続けた人々は多かったのではないでしょうか。しかし、あの無感情さが原子力行政の実態なのだということを、我々はしっかり認識すべきです。ああした人々にいまさら好き勝手なことを述べさせていてはだめです。

 ちなみに、政治資金調達の下心がからんで原発基地誘致に奔走した政治家達は日本中にたくさんいますが、この原発事故以来、雲隠れしているようにさえ思えます。そして、福島原発誘致に手段を選ばず大尽力をした政治家のホームページを見ると、大震災のお見舞い程度の記述に終始しています。世界初の原子爆弾被爆国として辛酸をなめてきた多くの被爆者を抱える日本が、チェルノブイリに続く規模の自国内原発被害で再び放射能にさらされるとはなんたるテイタラクでしょう。核の無い世界をめざして地道な平和運動を展開してきた人々の尊い努力にツバするような結果ではありませんか。現在彼等(原発族議員等)は、少し世論が落着いてきたところで、TVに登場したり、選挙に立候補して、口角泡を飛ばして述べる言い訳の草稿づくりに専念しているにちがいありません(もっとも草稿も秘書まかせですか・・・・!)。我々市民は今度こそ、選挙を通じて、そうした連中を全部落選させなければならないと考えます。

 なお、今回の災害で苦しんでいる方々の映像を見ると、何かをしなければと思いつつも、何もできないようなあせりの感情に翻弄される若い方々も多いかと思いますが、自分の在る場所で、自分本来の仕事や役割に真摯に取り組むことが、間接的ながら(これはとても大切なことです)、やがて災害地の復興にも役立つということを心に留めて欲しいと思います。このホームページを共用するアウルファームの農場主も知人や肉親と関わりのある震災地への思いをはせながら、奮闘11年目の有機野菜づくりに取り組む春を再び迎え“意気軒昂”です。筆者もまた己の仕事と切り結びつつ、被災した少年少女達の心に向けた思いも込め、伝えたいあれこれの事柄について執筆活動を続けようと心に決めています。



【2011年2月】

 先日の財界主催新年会を取材した新聞記事で、経済界のボス達が『日本は技術立国をめざす政策を強力に推し進めるべきである』といった趣旨の年頭挨拶をしたことを知りました。

 思えば1980年代の半ば、日本における半導体技術の開発がまだ熱を帯びていた頃、“LookWest”の焦点であったカリフォルニア州の半導体バレーを取材しようと筆者の背中を押したのは、エレクトロニクス産業を軸に連日好況を伝える日経新聞の記事であったような気がします。取材を終え、ホテルのブールに浸かりながら、同じプールで泳いでいた何人かのアメリカ人と世間話をしていたおり、彼等の口から異口同音に、日本の飛躍的な経済的繁栄(やがてバブル崩壊へとつながっていく虚栄)の蔭で、「米国の景気がリセッションに苦しんでいる」苦悩が語られていたのを記憶しています。

 まだ、今日のようにインターネットの一般利用も実現しておらず、電話・FAX・手紙のやりとりで、取材先とコミュニケーションをとるような、今から思えば“牧歌的”な時代でしたが、その時期の日本も政府・業界が呼応して、超高集積半導体、第五世代スパーコンピュータ、人工知能等々、先端技術に投資さえすれば将来の日本は豊かな社会になり、人々は幸せになるといった空想を国民に抱かせつつ、『科学技術立国』を標榜していたのを思い出します。<BR>

 しかし現実には、それから10年もしないうちに、日本のエレクトロニクス事業はアジア新興各国の技術立国力により市場から押し出されはじめ、やがて異常に加熱した投機意欲の急速な冷却が資産価格の収縮の引き金となり、出口の見えない長期不況のトンネルへと“失われた10年”を体験することになりました。そして、その時間的経過のなかで、鳴り物入りの科学技術立国論は影を潜めたのです。

 そうしたかつての反省を踏まえているのかどうか、西暦2011年正月の今日、日本が直面している“不況・雇用確保”を盾に、再びの科学技術立国論が政府の事業仕分け(科学技術振興に対する予算の出し渋り)を恐喝すように財界から“提言”されはじめたのです。しかしこのニュースを大見出しで掲載した新聞各紙の論調を横目で見ながら、筆者にはそれが、国民の間で共有しうる明確な国家観のないままに経済活動に突っ走る『もうかりまっか!』の“歪んだ社会正義論”にしか思えませんでした。

 いうまでもなく国の文化は科学技術だけで成り立っているわけではありません。心を育み、日本人の生活を底支えする“科学技術のみに固執しない多種多様な教育”や“各種の芸術”、“職人や芸人という言葉に集約される伝統の技”に対して、科学技術立国論者は一言も触れずじまいです。彼等はそんなことに関心がないのでしょうか。それとも 「そんなことは(科学技術のみを重視せよとは)いっていない!」といった言い訳の視点しかもっていないのでしょうか。悲しいかな、現在の日本社会の不安・不幸・不平・不満・不信の実感は、政財界の主張する『科学技術立国論』が踏みつけている足の裏の実態そのものだというのに・・・・・。</ADDRESS>


【2011年1月】

 深刻な不況のもと卒業を控えた学生諸氏の就職が氷河期を迎えているといいます。青年達の抱える現実、親の期待、それぞれの家庭における事情等々に思いをめぐらすと、なんとかならいものか、なんとかしてやりたいものだという思いを共有しますが、古今東西、青年達にとって世の中は思うようにならないものだというのが現実でしょう。特に、勝った負けたの評価が強調される今日、ちょっした挫折が大変な人生の痛手でもあるかのように錯覚されること自体がたいそうな不幸です。というのは、誰にとっても、人生の半分以上が大小の痛手で埋め尽くされているからです。しかも苦しい現実や思い出は大きく重く感じられますから、とりわけ若い頃は自分がなんらかの成功体験を実感するまでは、意気消沈しがちです。

 そんなおり、人は他人と自分を比較して、家が貧しいことや、縁故に頼れない不幸を嘆くこともあるでしょうが、どんな場合でも、現実からいろいろと学ぶことを大切にして欲しいものです。というのも、無いものをあるように錯覚したり、夢を現実と取り違えたりせず、自分という人間を客観的に観察し、あるがままの己を把握することが大切だらかです。月並みな言葉ですが、“無からはなにも生じない”とはよくいわれることです。ですから、自分の人生を悲しんだり、呪ったりする悪夢からいったん目を覚まして、自分に“あるもの(備わっているもの)”から出発することにしましょう。わらしべ長者の話はそうした意味で、なかなか含蓄があります。ささやかなものでも自分に備わったものを持って歩みはじめれば、その“あるもの”がなにかに出会わせてくれることをアドバイスしているからです。もちろん、そこには努力とか根気とか勇気というエネルギーの消費も必要になるでしょうが、まさにそうしたエネルギーの燃焼(奮闘)が自分の実感するかけがえのない幸せに続く一本道なのです。
 
 ちなみに、文学部などという日本社会では評価の芳しくない学部を卒業した筆者なども、世の中の好況・不況にかかわらず、食べるための職にありつき難い氷河期をなんどもなんども体験しながら今日に至っています。さりながら、思うに任せない自分の状況を敵にまわさずに、なかよく現実と付き合っていけば、めざましい成果にはほど遠くても、自分の等身大の足跡(筆者の場合は何冊かの書籍ですが)が残ってゆくようです。筆者が大学生になった時分は学生運動の盛んな時期で、汗臭い学生無頼がキャンパスに満ちみちていましたが、そうした新入生のある日、哲学の講義をしていた教授が突然「君達文学部の学生は気楽でいいな、サラリーマンになろうなどと考えていたらこんな学部には入学しないのだから、就職についてあくせく考える必要はないだろう。だからそのぶんせいぜい学習に励んで欲しい」といった趣旨の訓辞をたれたのです。これには正直驚きました。しかし、筆者は人生の苦境に立つたびに、なぜかこの教授の戯言を思い起こして、前向きになることができたのです。「たかが“文学士”、されど“文学士”」といった自虐的な開き直りだったのかもしれませんが、今でもなぜかニャリとしたくなる言葉です。


【2010年12月】

 首都圏の電車に乗っていると、日本における今日的人間の在り様がすべてぎゅう詰めにされていることがよくわかります。会社内や特定のイベント会場でもないのに、認証タグを首にかけたサラリーマン達の異様。ベルトがあるのにズボンがずれ落ちそうなファッションの学生無頼。周囲でなにが起きていても携帯電話や小型ディスプレイの画面でゲームに没頭する老若男女。音が漏れるヘッドフォンやイヤホンで音楽に陶酔し、手足を小刻みに揺するノイズメン&ウィメン。電車のドアが開くやいなや降りる人を押しのけ闖入し、座席探しに奔走する中高年のオバサン達。混雑した車内から無言で人並みを押し分け、小学生までどつきながら降りてゆく人・人・人・・・。奇抜な音楽の大音響にびっくさせられる不特定多数の着信音。朝から他人の肩を枕にする居眠り女と居眠り男。羞恥心のかけらもなく、日本人には馴染まない熱愛風景を繰り広げる若い男女。座席にすわるやいなや顔に化粧塗料を塗りこむ数少なからぬ女達。おそろいの学習塾バッグでお菓子をほうばり続ける小学生の一団。カバンを投げ出して床にへたり込む中・高生の群れ。ラッシュアワーにベビカーを折りたたみもせず乗り込むヤングママグループ、子ども達の目の前で女性の裸体が陳列されたイエローシートの“享楽記事”に読みふける中年男・・・。
 ・・・まだまだ例をあげれば枚挙にいとまなしですが、こうした“unmoral”・“inmoral”な淀んだエネルギーが電車のドアが開くたびに、車内から街に吐き出され、街から車内に吸い込まれてきます。しかし、乗客の一人ひとりの顔の表情はもはやひからび、そうした在り様をただただ通りすがりの風景として見ながすばかりです。感傷的にいえば、そこにあるのはただ“畜生”という言葉に象徴されるかもしれない侮蔑と悲哀と諦念の汚泥にまみれた“生き物”搬送の日常であり、虚無としかいいようのない人間群像のたそがれです。
 我々大人達は礼儀も会釈も心の柔らかさもないこの現実風景が示唆する意味を思慮深く読み取り、この壊滅的風景の行き先に何があるのかを自らに問い、その危うさに戦慄して気づかなければなります


【2010年10月】

 マスメディアが得意とする世論調査という“魔術”が世論を誘導している事実を、当事者達は知らずにいるのでしょうか。いや、おそらくは百も承知のうえで、世論調査の魔力から抜け出せないでいるのがマスメディアで飯を食う人間達なのでしょう。特に、ここ10数年ほどこの魔術により世論の誘導は政治・経済・教育等々、あらゆる分野に威力を発揮してきました。つまり、この手法は刺激の少ない世論の流れに飽き足らず、ある種の過剰な反応を引き出す起爆剤として使われがちです。振り返れば、かつて首相を務めた“小泉氏”が多用したような劇場型の社会操作術も記憶に新しいことです。おそらく同氏はマスメディアのこの伝家の宝刀に気づいて、自己流にアレンジしたのでしょう。おかげで、日本人は彼の政権下でことの本質を見極めることなくおおいに踊りかつ狂い、それぞれのトランス状態から“宴の後”のようなカタストロフィの後、湯のぼせのけだるさと閉塞感を味わいました。
 にもかかわらず、国民はその仕掛けに気づかずにきました。その一方、かかる閉塞感をマスメディアが見逃すはずもありませんでした。彼等はそれから今日に至るまで各種の世論調査の魔術により、国民を啓発するかのような装いで、さらなるとめどない劇場型社会へと日本国民を導いてきているのです。
 この手法の危うい側面はいろいろありますが、一番問題なのは個々人が自分の目で見、耳で聞き、自分なりの人生観でことの本質を見極めるという時間的余裕を与えないことです。それはまるで政財界のちょっとした発言や風評でたやすく乱高下する株式市況のように、大衆の心に敷き詰められた欲得の駒を黒や白にたやすく反転してしまいます。そして、メディアはそうした状況を“世論の動向”という虚偽の客観性に仕立て、論評の後ろ盾に使いまわし恥じることがないのです。かつて日本のマスメディアは世論という言葉を盾に戦争推進の背中を押し、国民を戦争へと駆り立てる進軍ラッパの役割をした事実を忘れてしまったのでしょうか。民主主義は衆愚政治ともいわれますが、衆愚政治への落胆や衆愚政治の油断が、新たなファシズム的政治手法を生むことがないよう、我々は民主主義を基盤として生活する市民であることの自覚を再確認し、その使命を取り戻さなければなりません。


【2010年9月】

 負け嫌い(“負けず嫌い”ともいう)という言葉を聴くと、なにか、前向きに生きる人を肯定する褒め言葉のように感じますが、広辞苑を調べてみると『強情で、他人に負けることをとりわけいやがること。』と記述されています。“負け嫌い”とはどうやら褒め言葉ではないようです。これと似た言葉には、勝気、まけん気、きかん気等々があります。これらの言葉の表現に共通しているのは、人生の勝ち負けにこだわっている人間の姿です。しかし、こうした言葉を肯定的に捉える人が多いということは、人間という生き物が勝ち負けにこだわる性質を持っているということでしょう。確かに、若い時分には勝つことへの野心を持って猪突猛進していくことが、生きるうえで避けがたい状況は沢山あるのも確かでしょう。そこで、若者達を前にした訓話や講演の中でよく登場するのが明治の昔、札幌農学校(現北海道大学)の初代教頭だったクラーク博士が述べた言葉です。
 
 “Boys be ambitious !”

 一般には“少年よ、大志を抱け”と翻訳されているようですが、ambitiousには通常、野心的とか意欲的とかいう訳語があてられています。そして日本語の『野心』には、狼の子は人に飼われても山野を忘れず、馴れ親しまないで、飼い主をも害しようとする荒々しい心をもつとろこから、“人に馴れ服さないで、ともすれば害しようとする心”の意味や、身分不相応の大きな望みの意味があります。若者を叱咤激励するスピーチの中で使用される “Boys be ambitious !”も、野心ということばに含まれている我武者羅さに焦点があたっている場合が多いようです。つまりそこには、人生の勝ち負けにこだわらせようとする大人達の思惑があります。
 しかし、クラーク博士のスピーチについて、ambitiousを大志と翻訳しているのは、『野心』という言葉の意味に“大きな飛躍を望んで、新しいことに大胆に取り組もうする気持”という意味があるからです。それは博士のスピーチの“Boys be ambitious !”に続く言葉から理解できます。すなわち博士は次のように語りかけています。

Boys be ambitious !
Be ambitious not for money or selfish aggrandizement , not for that evanescent thing which men call fame . Be ambitious for the attainment of all that a man ought to be .

【訳】

 少年よ、大志を抱け。
 しかし、金や自己の栄達出世を求める大志であってはならない。
 また、名声という、はかないものを求める大志であってはならない。
 人間としてあるべきことすべての達成に向けての大志を抱きなさい。

 これでambitious(野心的)が何故、大志と訳されているかが分かります。“Boys be ambitious !”は決して負け嫌いな根性を発揮せよとの“尻叩き用語”ではないのです。大人である我々の役割は学問や実践を介して、人生の荒波の中で“負けず嫌い”な生き方へ邁進しがちな若者達に、クラーク博士の語ったambitiousの意味をしっかりと教授することでしょう。しかし、友人・知人を見渡してみると、還暦を過ぎてもなお『大志』と『負けず嫌い』の区別がつかず、勝気を前面に、まけん気、きかん気で人生を押し通し、若者に見当違いの“愛のムチ(実態はI<私>の無知ですが・・・)”を振るっている“裸の王様”ともいうべき者が少なくありません。勝ち負けからは何も生み出せない人生の無常からすれば、まことに嘆かわしい現状です。


【2010年5月】

 新緑の季節がやってきました。生命感に溢れる黄緑(きみどり)の世界は美しいのですが、健康な人々の心を活性化する一方で、健康に恵まれない人々の気持ちをくじくほどのパワーを秘めているようです。

 こと皆さように、ものごとににはすべて二面性があるのでしょう。人が利便性を求める結果として築いてきた文明にも光と影の部分があります。わずかなともし火を使って夜を過ごしていた地域に電線が張り巡らされれば、昼ともみまごうまばゆい光が夜の生活を活気づける一方、電化生活が浸透し、自給自足に近い生活も消費経済への依存度を増します。その結果、農民の出稼ぎが盛んになり、農村は過疎化し、消費経済活動の中心となる都市は過密化します。そして、都市の過密化はその解消のために都市の分散化や開発を促し、自然の大規模な崩壊につながります。

 また、消費主体の生活では“金”がものをいう社会が出現し、労働者と資本家といった立場が弱者と強者に大別され、それぞれがまた、気づかぬうちに、さまざまな格差のレベルへと位置づけられてゆきます。こうした不平等の社会で、ある種の公平さをイメージづけようとすれば、競争の正当化や評価のデジタル化(数値化)の喧伝に拍車がかかります。そこでは何故、競争が正義なのか、数値による評価や対価および判断が公正なのかの“誰もが納得できる説明”はなにもなされません。すべては既成の事実として、強者の詭弁による受け入れが強要され続けます。

 しかも、こうした本来持っていたはずのホモサピエンスとしての能力を退化させつつある成熟文明の翳りをさらに色濃くするものとして近年、その影響を拡大し続けているインフラの一つが、デジタル世界の仮想現実を“現実視”させる情報の蜘蛛の巣『インターネット』です。この仕掛けには、実際上、額に汗して打ち立てたような創造の産物はなにも無いにもかかわらず、これに捕獲された人々に、『何でも可能にする“魔法の杖”』のような錯覚を与えます。しかもその錯覚は巨大な文明の“翳(かげ)り”として、様々な社会およびその構造に浸潤してきているのが現実です。その結果、このツールは今や、なんでも可能な魔法の杖を装いながら、現実には“何でもあり(社会の正義に照らして問題となる行為の意味)”の社会を根深く広く構築しつつ、人間の純粋に働く意欲さえ喪失させつつあります。

 西暦2010年5月28日金曜日現在、こうした仕掛けのさらなる展開を助長するアメリカの発明品“iPad”なる製品が日本で一斉発売されました。これからの日本人の少なからぬ部分がこのiPadに象徴されるようなをITツール手にする一方で、人間としての大切な何かを失ってゆくことでしょう。


【2010年4月】

 未曾有の就職難ということで、企業の大小にかかわらず、募集をかけると、多くの学生が応募してくるのが現状です。おきまりの黒や灰色系のリクルートスーツで身支度し、眉毛を形成し、破裂しそうなヘアスタイルを整髪料でどうにかほどほどに押さえ込んで、生真面目な顔をしつつ面接に臨んだりするのを、顧問先の企業等で垣間見ていると、その非日常的な変身ぶりになんとなく微笑を禁じえないというのが正直なところです。
 しかも、その面接での会話を耳にしていると相当な訓練をしてきているのが感じられます。それもそのはずで、インターネットをはじめとする各種のメディアで『世の中が求めている人材』という、よく考えるとどこから抽出してきたのかわけがわからない“基準”らしきものができあがっています。

 @仕事を積極的に進めるアイデアマンで周囲の人々を明るくし、自社の活性化に役立つこと。
 Aダブルスクールなどの学習手法で、入社しようとする企業に役立つなんらかの資格を持っていること。
 B基本的な新人教育などはしなくても、入社したその日から役立つ能力を備えていること。
 C入社を希望する企業の文化や方針に適応できる人・・・・・

等々、正直にいって筆者などはたとえ若い時分であったとしても、とても歯が立つ基準ではありません。しかも、追い討ちをかけるように面接のパーソナルなチェック基準が突きつけられます。あるメディアに列挙されていたものを紹介しますと、以下のようです。

 @誠実さ・態度の良さ(真面目/責任感/落ち着き/人との応対/服装/清潔感/敬語)
 A一般常識・専門知識(学歴/職歴にふさわしい常識・知識) 
 B表現力・理解力(面接などでの対話力/説得力/聞く力/観る力)
 C積極性・協調性(実績/目標達成の志/協力する社会性)
 D判断力(自他に関する評価力)
 E問題解決能力

 これらもまた、筆者にとっては面接会場から引き返したくなるようなハードルです。そんな低ランクの『私』ですが、この六十有余年、人並みに世の中の荒波にもまれながらも、社会人として人生をまっとうしてきました。なぜそんなことができたのかと振り返ってみると、今日よりはスローライフの時代に青年期を過ごしたせいでしょうか。世の中が上記の“基準”のようなことに若者達が気付くのを気長に待ってくれていたように思えます。ありがたいことでした。
 その一方、中小企業や教育現場の人材教育にも携わってきた実感からいえば、面接で突きつけられる選別のハードルをクリアできるような人間力や人間性を備えているリーダー達には肩書きがなんであれ出会ったことがないし、さっぱりみあたらなかったように思えます(もちろん、小数の例外はありますといわないと世間から叱られそうですが)。つまり、面接をしている側もこうした“基準”をクリアーした“人格”には育っていないということなのでしょうか。だとするなら、面接に特化した人材選別“基準”はないものねだりの奇妙な選別方法といわざるをえません。
 とはいえ、大学三年生のころから、学業よりは当世流行の面接訓練を積み重ねてきた少なからぬ若者達が、この“できレース”のごとき採用の仕組みにみごとにチャレンジして“栄冠”を勝ち取っていきます。ただ問題はその後です。かかる面接訓練を経て、自分が“基準”か“基準”以上であることを見せる過剰なパフォーマンスを続ける中で、自分が“超(若者用語ですが)”優れた人材であると本当に思い始める(錯覚し始める)ことです。それはもちろん幻想ですから、その自信たっぷりの“何もできない若者達”は現実の職場の中ではやがて挫折に継ぐ挫折を続けてゆきます。しかも、人間としての若者を育てる日本の風土は年々、荒廃し続けていますから、お金にめざとく倫理観の薄い人物や世相を現出させるのが関の山です。
 さてさて、いろいろ羅列してきましたが、結局、人が長い年月をかけて育っていく存在であるかぎり、どんな時代であろうとも、社会が“育ち”を助け、“育つ”を待つ忍耐と寛容さを持たないかぎり、若者達の未来など創れるはずがありませし、素晴らしい人材が輩出するわけもありません。つまり、はじめから“優れた人材”を獲得しようということ自体が、社会全体の怠け心の反映としかいいようがないと考えるのです。


【2010年3月】

 スローライフという言葉が流行っていますが、その解釈は人それぞれのようです。筆者の場合もスローライフを重視しており、『住んでいる地域は可能なかぎり徒歩で行く』『食べ物は可能な限り手づくりする』『壊れたものは直して使う』『できる修理は自分でおこなう』『不必要なものは買わない』『空調設備へ過度に依存しない』『早寝・早起き基調の生活をする』等々を心がけて暮らしています。それはそうした暮らし方が自分の身体のリズムにちょうどよいと思えるからです。

 最近、過労死とか精神疾患も多く、少なからぬ人々が自殺に追いやられるケースも日常化していますが、おそらくその遠因は社会の生活実態が人間の受け入れ可能な生活のリズムを逸脱しているからでしょう。とりわけコンピュータ機能が手を変え品を変え、社会のミクロからマクロまでの多種多様なフェーズに組み込まれ、通信網や情報網とあいまって、世界の地理的、経済的、そして地政学的環境に驚異の変革をもたらしてきたここ30年あまり、あらゆる生活の細部に数値による評価とスピード化が要求され、人間に過酷なストレスをもたらすようになるなかで、動物(ホモサピエンス)本来の自然体を養生してきた体内時計が狂いだし、ホルモン分泌等のアンバランスが肉体細部への異常として日常化するようになってしまいました。つまり、人間が人間らしく生きる環境が完全に否定されつつあるわけです。こうした環境が客観的事実としてあるかぎり、自らが人間らしく生きようとすれば、成果主義を基調とする強制的スピードの社会枠から可能な限り離脱する方向を選択するしかありません。筆者にとってのスローライフはまさにそのための実践なのです。

 一方、“偏差値偏重”教育などもまさに、数値に支配された成果主義が強制するスピード教育の典型であり、本来の人間育成の場として多様性を認めるべき教育の役割を変質させ、子ども達の人格形成に深刻な打撃を与えています。これまでのコラムでも過去何回か記述しましたが、あるべき教育の場とは自ら考え、足りないものを創意工夫によって克服し、自らの発見を育ちの糧として成長していく環境そのものです。ですから最近の保護者が学校選択等で物色する至れり尽くせりの快適空間は子ども達の思考停止と創造的勤労の放棄を助長する最悪教育環境なのです。逆に、自然と適度な不便が共存し、子ども達の育ちの多様性を偏差値等で輪切りにしない教育環境(スローライフな教育環境)こそが、今の日本の人間回復に不可欠な最適環境なのです。

 ちなみに、幕末の頃、坂本竜馬に象徴される土佐藩は全国一といってよいほどの偏差値が低いお国柄であったそうです。しかし、幕末から明治維新にかけて、自ら考え、自らの思想を著述して世に問いかけた人物が土佐藩に多かったことも事実なのです。このことがなにを意味するのかを現代の我々も熟考する必要がありそうです。


【2010年2月】

 猿芝居というものがあります。いわずと知れた猿に衣装を着せて演じさせる見世物です。源流はおそらく猿回し(猿曳−サルヒキ−ともいう)でしょう。武士が歴史の舞台に立った鎌倉時代にはすでに登場していて、厩を巡回して、猿に舞を行なわせ馬の無事を祈祷したといわれていますが、今では、希少伝統芸能となり、文化財としての高い評価を受ける猿つかいの芸人も出てきています。しかし、猿芝居という言葉自体は“あさはかで吹きだしたくなるようなしわざ”を意味することが多いのは衆知の通りです。

 このごろの例でいえば、民主党の小沢幹事長に関する政治資金規正法違反にまつわるどたばた劇などがそれに当たるでしょう。政権の攻守ところを変えた旧権力グループ自民党が現政治権力の足元をおびやかさんと国会審議の大半をこのゴシップの審議追及という政争に費やしています。まさに“めくそ、はなくそを笑う”はたまた“はなくそ、めくそを笑う”類の茶番です。叩けば埃の立つ者同士がおおまじめに猿芝居を展開しています。

 それに加えて、検察という国家権力の一隅が旧政権や官僚との関わりをプンプン臭わせながら、これまた“正義”の猿芝居をしているのも顰蹙ものです。しかも、そうしたバトルの背後にある情報戦に従軍記者としての役をかってでている新聞・雑誌・TVを初めとするメディア業界の日和見的な“超正義”ぶりも失笑をかうところです。もっとも第二次世界大戦へ軍部が猪突猛進する尻馬に乗って当時の大手新聞メディア(今日もその時分の新聞大手は生き残っています)が『行け!行け!モード』で後押し宣伝をし、販売部数の売り上げ合戦に狂奔したことを思い起こせば、今回の猿芝居も『想定の範囲』なのかもしれません。

 まったく、こうした国民を馬鹿にした低俗な魑魅魍魎の口先合戦には食傷気味になりますが、我々選挙民はこのさい襟を正し、一世を風靡した真剣勝負の若狭猿回しゲイニン(太郎・次郎さん)に負けぬよう、ポーズだけでない、心からの反省を胸に、夏の参議院選挙の投票行動では政界再編成をもたらす激烈な結果を導き出したいものです。


【2009年12月】 
高等学校を卒業してから半世紀近くにもなろうかという今日、同期会の知らせがくるといそいそと出かけるようになりました。小学校も中学校も大学も昔の顔に出会うのは懐かしさに変わりはありませんが、なにか高校時代の旧友には今日につながる源流のような懐かしさが沸きあがります。

 おそらくそれは、社会人として出発点にあたる時期に遭遇した「これから俺たち(私たち)はどうなるのだろうと」と自問自答している青春真っ只中にあったからだろうと思います。ですから、同期会も宴たけなわとなり、いろいろの話をしているうちに、“彼は変わった”とか“彼女は変わらない”といった友人に対する昔との対比がひとしきり話題になりますが。社会人としての人間の顔が作られていく素材の粘土(ノッペラボウ)といってもよい時代に出会い、それぞれに学び舎を巣立っていったわけですから、“変わった”とか“変わらない”というコメントはあまり意味がなく、昔の面影を脳裏に描いていた「私」の前に、今日(こんにち)の「君」の顔が衝撃的に表れたという驚きが楽しいのでしょう。もちろん土台となる面影はあるわけですが、その完成形?に興味津々となるわけです。

 一方、こうした同期会にでかけたくなる年齢になってみると、自分の中にもギラギラとした欲望が薄くなっているのを感じます。他の人々と競争し、成功と失敗のいちいちに一喜一憂していた日々が遠のいていくのです。私自身の場合は、50歳を少し過ぎたころの或る日、ふと、自分を他人と比べて暮らすことの空しさに気づく機会がありました。そんなことに血道をあげているよりは、しっかりと自分と向き合い、1年前、1ヶ月前、1日前、1時間前、一分前の自分と現在の自分を向き合わせて人生を修行するほうが、よほど自分のためであり、世のため人のためであると思えてきたのです。多分、やたらに他人との比較をしたり、他人をうらやましがったり、嫉妬心を感じたりするのは、自分としっかり向き合う(人間の実態と対峙する)覚悟がないからだと考えるのです。このような人生観になってからは、随分と気持ちがすずしくなるとともに、いわゆる生活全般にわたって“slow life”が営めるようになり、新聞を読んだりしても、世の中の本音が読み取れるようにもなりました。

 そうした生活の中で、去年、ニュースに接して面白かったのは、ほぼ60年以上も続いた旧政権から新政権交代への交代により、世の中が右往左往したことです。大小を問わず企業のトップも、経済人や政治家たちも、そして地方の行政機関やその担当者、マスメディアの連中も、政権が変わったことへの自覚がもてず、旧政権への対応でなれきったメンタルとチェンジなき社会観で、奇妙奇天烈な発言や不満を発したり、とんちんかな記事を書き続けました。おそらくこの傾向は今年も尾を引くにちがいありません。そして、その笑い話的象徴が科学予算の削減に物申すいわゆる“ノーベル賞学者”の面々です。彼等はまだまだ自分と向き合うよりは他人との競争に血道をあげる方が大好きなようです。そして、そうしたなかにある醜さが戦後65年間の日本の経済的繁栄と社会的歪、および人間力の劣化を生んできたのです。新政権が好きにせよ、嫌いにせよ、私はこのチェンジが“日本人一人ひとりの人任せでない諸般の意志決定”に少なからず役立っていくと信じています。 


【2009年11月】

 昨今のように就職が難しい時代になると、学生諸氏の就職活動もなかなか思うようにいきませんから、あの手この手で自分をアッピールしようとします。しかし、いわゆる“高学歴社”のこと、中小・零細企業といえども採用する側は大学や大学院を出た程度のことでは、いまどき感動しません。その結果、青年達が企業に持ち込む履歴書には、あれやこれやと自分が得意とするところや、資格試験取得の箇条書きがこれでもかと詰め込まれることになります。そして、こうした履歴書の束を企業側は有名校・学科成績・取得資格(あまり即戦力にはならない飾り)の種類等々で、まず容赦なく篩い落として後に、おもむろに記述されている自己アッピールの文面を斜め読みします。もちろん、顔写真の印象も大切です。かくて、採用担当者のメガネにかなった履歴書と、採用担当者が篩い落としたなかから運よく幹部や社長の“落穂拾い”で復活した履歴書が試験や面接といった最終選考に回されてゆくのです。

 しかし、人を見る目というものがどの程度の信頼性を持っているかの客観的尺度などはありませんから、最終的にはタレントや役者のオーディションと同様、審査に当たる人々の主観的かつ趣向的な判断が採用を決定することがほとんどです。少し言い過ぎかもしれませんが、選考結果は“当たるも八卦、当たらぬも八卦”と受け入れるほかないでしょう。要は採用した企業に人材を育成する姿勢と実践があるかどうかなのですが、いまどきのせちがらい世の中のこと、長期にわたり従業員を育てていく余力などほとんどの企業にあるわけがありません。結局は人材育成も幹部や社長の気まぐれや自己満足に終わってしまう例も少なくないのです。また、自分の生活を最優先する若者達がどれほど長期に自社に勤務するかも予測不可能ですから、その点でも人材育成という美辞麗句に時間を費やしている“ゆとり”はありません。もちろんだからといって、派遣で人材を確保するという流行に乗るのも派遣の実態を知るかぎりその信頼性に疑問が残ります。

 「じゃあ、一体どうするんだ!・・・・・・・・」

 そうした嘆きにうまく答える術はありませんが、私見ながら一つだけいえることは野草のような生命力を備えた若者を根気よく発見して、働く仲間に加えていくことではないでしょうか。日の当たる場所ばかりを求めない、環境に自らを適応させてゆく、自分というものの生命力を、与えられた場所で最大限に発揮してゆく。葉は枯れても根は腐らない、風雪に耐えて自分の花をしっかり咲かせる。しかし、野草ならごく自然に無理なく成し遂げているこれらのことを、人間に当てはめて考えると、とたんに不可能に思えるのはなんとしたことでしょうか。おそらく人間にとっては、とりわけ働き盛りの人間になるにつれて、あるがままに生きることが最も難しいことになっているのです。それにひかえか、若者一人ひとりは本来、野草のごとく『無一物 即 無尽蔵』な存在です。自分達が捏造してしまった閉塞感に満ちる世界で窒息しかけている大人達は、若者のこうした特性の一点にこそ組織や企業活動の突破口となるエネルギーを実感し、有形無形の投資をすべきでだと考えます。
  もっとも、公衆トイレの鏡の前で髪型や服装いじりに余念のない若者がうようよしている最近のこと「野草のような青年など何処にいるんだ」と吠え噛み付かれると、ワンとも答えようがありませんが・・・
 


【2009年10月】

 筆者の子どもの頃は、プロフェッショナルな料理人は別として、男が料理を作るなどということは、社会が公認していなかったように思います。明治気質の筋金入りといった表現がぴったりの我が母も、サヤエンドウのスジをとったりする程度のお手伝い以外に、男児が料理に直接かかわることを嫌いました。つまり『男子厨房に入らず』という旧来の価値観を頑固に守っていたわけです。

 ところで、日本において『男子厨房に入らず』が固定観念となったのは江戸時代以来とのこと。男子の威厳を保つためだったようです。しかし、本来は中国の故事からの由来で、かつての厨房では生きた動物を屠殺するのも料理の一環であったため、動物達の断末魔の悲鳴を聞くことのためらいがこうした言葉を生み出したともいわれています。

 といっても、第二次世界大戦終結の間際に疎開地(農業を営んでいた母親の実家)で生まれ、その地で七歳まで育った筆者には、この説明はあまりしっくりきません。幼い頃に見聞きしたことから知りえたことは、かつての日本、とりわけ農村においては、“かまど”を中心とした厨房は家を守る神(へっついの神様)のいるところで、一家の主婦はその神を祭る主役であり、厨房は神様をお世話する神聖な場所だったのです。ですから、そうした女性の聖域に男がうろちょろすることは家に災いをもたらすと深く信じられていました。私の祖母も竃の神様をとても大切にお祭りしていましたから、日本における『男子厨房に入らず』の理由はこんなところにあったのだと思います。

 ところで、筆者は今日、母親が望まなかったこの厨房へ積極的に進入することを楽しみにしています。そのきっかけは自営業の現場となった今から6年前までの16年におよぶワンルームマンションでの生活でした。最初は昼飯用に弁当を持っていったり、外食に頼っていたのですが、数年が過ぎる頃から、こうしたことに飽き飽きしてしまって、自分で昼飯を作ることに目覚めたというわけです。なにしろ自分が食べればよいだけのことですから、Try & Errorの苦痛もなく、見よう見まねでいろいろ料理しているうちに、煮たり焼いたり蒸かしたりできるようになり、今日に至っています。もちろん魚のさばきかたなどは知りませんでしたが、これは妻から教えてもらってなんとかできるようになりました。今日では家族がではらっていても、自分の食事は自分なりにバラエティー豊か?に調え、空腹を満たすことができますし、介護でエネルギーを消耗している妻の役に立つ惣菜を作ったりもします。しかしだからといって、さらなる研鑽を積んで自称料理の達人になるつもりはありません。

 友人・知人達の中にも料理が得意な人々がいて、うんちくを傾けると際限ない自慢話に発展することもありますが、筆者はこうした“うるさい”素人の料理人になることは望みません。今のまま可もなく不可もなく、時々、妻の役に立っていればよいといった塩梅です。その理由の一つは自分にとって料理という行為は仕事の合間のストレス解消だからです。それはまるで休憩時間にラジオ体操の類をするのとなんら変わりません。あるいは下手な水泳でも泳いでいる間はなんにも考えずに魚のような気持ちになっているのと同じかもしれません。とはいうものの、一つ気おつけていることはあります。それは“男子が厨房に入ると料理の後におびただしい汚れと乱雑が生じ、主婦を悩ますという事態”を極力解消するようにしているということです。親しき中にも礼儀ありといいますが、気晴らしの後に、他者のストレスを増幅するようなことはやはりマナー違反だと考えるからです。
    * * * 
「さて、本日も、粉でも練るかな・・・」


【2009年9月】

 西暦2009年8月30日の衆議院選挙での各政党の獲得議席は、民主党 308、自民党 119、公明党 21、共産党 9、社民党 7、国民新党 3、みんなの党 5、改革クラブ 0、新党日本 1、新党大地 1、無所属 6 (合計 480、投票率:69.28%)という結果になりました。

 この結果、戦後半世紀以上も政府与党として君臨し続けた自由民主党は“大敗”し、民主党に政権の座を明け渡すことになりましたが、同党に“負けた!”との明確な自覚はなく、目下、混迷・混乱・歯軋り・怨嗟の渦の中に沈没しそうになっています。いうまでもなく、無自覚な長期政権がやがて腐敗することは歴史的にも自明の理であり、地盤・看板・カバンを錦の御旗に、利権確保とそのための権謀術策に狂奔することが政治家の使命となってしまった末路は醜態以外のなにものでもありません。そして、こうした腐敗の連鎖を放置した責任は第一義的に選挙民にあることも間違いない事実です。個々の政治家の役割を“地域へ利益を誘導する家業”にしてしまったツケは、まったく唐突で納得のいかない日本国の財政逼迫を露呈し、小泉政権の聖域なき改革という数値目標が独り歩きする社会保障制度や雇用制度の改悪に拍車をかけ、日本社会の底力となってきた共生の理念を行過ぎた市場原理主義と格差の刃でずたずたに切り裂いてしまいました。

 しかも、国民から預かった年金を政府官僚が無責任な投資やおびただしい箱物建設に浪費したり、個人的にネコババしてきた実態が暴露されるに至って、“世界中で一番おとなしい”“政治家や政府にどんなことをされてもなんの怒りも表さない”“権力者にとってはこれほどちょろい相手はいない”と思われてきた国民をついに怒らせたようです。

 「今回の結果はオセロゲームで、白・黒の石の布陣が一瞬にして攻守ところを変えるのにも似た前回選挙の反動である」と論ずる人々も少なくありません。確かに、前回の選挙結果の議席数が民主党と自民党でほぼ逆になったのですから、固陋頑迷な保守政治支持者としては、とりわけこのような論調でここしばらく腹立ちを抑えるのも人情としては分からぬこともありませんが、そうした日和見的な批評ばかりに固執していると、今回の政治異変の本質を見誤るのではないでしょうか。

 今回、民主党に投票した人々の多くはおそらく、相当に腹をくくった投票行動にでたと思えるのです。すなわちそこには、民主主義の基本である政権交代を実現しなければ、日本における現在社会の閉塞状態を打破できないという覚悟があるのです。これは、戦後民主主義のなかで、日本市民がはじめて民主主義のなんたるかを個々に熟慮し、その権利と義務を行使した軌跡であると考えるべきでしょう。

 しかし、ことここにおよんでも、“前回選挙の単なる揺り戻し”とか“民主党政権は小沢一郎氏による政権の二重構造に陥る”とか“実績のない民主党政権には不安材料がいっぱい”とか述べる政治家・政治評論家・学者達・マスメディアの記者達もいますが、彼等の思考回路はきっと短絡していて、いわゆるステレオタイプのコメントの内に自らの身の振り方を逡巡しているのでしょう。つまり彼等のような人物達は政権交代への道筋を選択した選挙民の覚悟に追いつけないでうじうじしているのです。そうした状況の最中、はやくも自民党から民主党への擦り寄りを開始した変わり身のはやい言論人やマスコミ人も少なくありません。常に体制におもねって生活を維持しようとする輩です。あさましいかぎりです。我々は今回、政治家のみならず、そうした輩にも厳しい監視の目を注いでいかなければなりません。そして茹で蛙になる前に“慣れ親しんだ無関心と諦めの浴槽”から飛び出した意気込み(エネルギー)を、夢と希望のある若者達が育つ社会の創設(創り直し)に注ぎ込もうではありませんか。

ちなみに、このように述べたからといって、筆者は民主党のシンパではありません。


【2009年8月】

 第二次世界大戦前の日本は軍人が行政も牛耳る軍・政表裏一体の天皇制のもと、『自己中心的優位性希求』と『国際情勢に対する認識の欠如』に起因する軍人社会の暴走を、マスメディアやいわゆる知識人も含め“国民の大多数”が許したことで、明治維新以来、約四十年を費やして築き続けた近代国家の屋台骨をその後約四十年にわたってぶち壊し続け、原爆投下も含めた甚大な戦争被害を敗戦という形で国民へもたらすことになりました。戦後はそうした反省に立って、国民主体の国体を選択し、民主主義の道を歩みはじめましたが、戦争責任の国民的総括をあいまにしたため、日本を第二次世界大戦参戦に導いた軍人や政治家の『残念無念』の心境が色濃く残り、「戦争では負けたけれど、経済では負けない」との踏ん張りのもと、経済大国への道を歩み続けました。そのため、国家の経済的繁栄のみに目が奪われ、民主主義のなんたるかの国民的議論や理解はおざなりされたのが実状でしょう。こうした弊害の典型は日本国憲法や教育基本法の理念の学習が戦後の学校教育の中であまり真剣になされてこなかったことに見て取れます。その結果、敗戦を契機に獲得した民主主義はたかだか六十余年で形骸化の崖っぷちに追い詰められてしまいました。その現実が日本の今日的政治・経済・社会状況です。

我々は常日頃、民主主義と軽い口調でよくいいますが、これを社会の基礎基本として人間生活を営めるようになるまでには、世の東西を問わず、長い歴史とその確立に関わった無数の人々の汗と涙と血が流されているわけです。世界中には今なお非民主主義国家がより多く存在し、為政者の独善性により、多くの国民が流血の惨事も含めた途端の苦しみにのなかに忍従していることを見ても、そのことはよくわかります。しかしその一方で、民主主義を『空気』のように感じている現代の日本社会では、民主主義は戦後における『GHQ(General Headquarters, the Supreme Commander for the Allied Powers :連合国最高司令官総司令部)』からの贈り物といった程度の間違った解釈が少なからずあり、教育基本法の見直しが行なわれたり、自主憲法の制定が声高に叫ばれたりして、右傾化の道(日本を敗戦に導いた“いつか来た道”)が視野にちらつくようになっています。

これはまさに危険な状況です。そして戦後六十年以上も続いた一つの政党系列による国会支配が今後も日本の政治の主流であり続けたり、選挙の投票率が50%を超えると「今回は投票率が高い」といったり、低投票率で若者にインタービューすると「選挙なんて興味がないよ」という反応が多かったり、人間の顔が見えない経済指標や世論調査ばかりがニュースをにぎわしたり、国民が政治・経済評論家の意見を鵜呑みにして自分の目や耳で社会状況を見聞きし、自分の頭で社会の在り様をあれこれと考えることをしなかったりする状況が続けば、国民一人ひとりの厳しい自己管理のもとで義務を全うし、権利を行使する“自由という不自由”でしか維持・発展できない民主主義は限りなく形骸化し、自由の不自由をうとましく思う人々の『勝手にしたい』『勝手にすれば』『勝手でしょう』等々の言葉が世の中に蔓延することでしょう。そして『勝手にしたい』『勝手にすれば』『勝手でしょう』等々の言葉に含まれる民主主義破壊の退廃的エネルギーが多種多様な勝手気ままのプロパガンダを生み、ある種の自由な空気の中から誕生したヒットラーのような独裁者の再来を誘発しかねないのです。

2009年8月の総選挙において我々はこうしたことを念頭に、民主主義発展(あるいは民主主義のルネッサンス)の視点から、投票行動を行なわなければならないでしょう。特に今回の選挙では、ディレクターである国民個々が、かつての敗戦を『残念無念』と思う人物やそうした人々のDNAを受け継いでいる政治家を国会という舞台から引き降ろし、『国民主体の政治』と『平和な社会を切望する』ことにためらいのないアクターおよびアクトレスの登場を用意しなければなりません


【2009年7月】

人は親の世代の道具やその利便性をあたり前に受け取り、“文明の利器”の存在の意味や意義を検証することもなく、空気のように無自覚に消費しています。例えば、私の世代でいえば、戦後の高度経済成長期のシンボルとなった電気冷蔵庫、テレビ、電気洗濯機等は少年時代の家庭にはないものでした。テレビを見るときは街の広場に設置された街頭テレビを大変な人だかりに紛れて覗き見するといった生活でしたから、高校生になって、貧しい我が家にもそうしたモノが一つひとつ購入されるようになると、その便利さや楽しさに目をパチクリしたものです。しかし、ラジオなどはすでに当たり前のように家庭に常備されていましたから、明治生まれの父や母やのように、ラジオの登場に驚愕した思い出などはなく、幼年時代からまさに空気のごとく、ラジオという存在をごく当たり前に受け入れていました。

ことごとさように、自分の世代の当たり前を自分の子ども達が無自覚に享受していても、なんの疑問も持たないのは人間の避けようもない運命(さだめ)なのかもしれません。

とはいえ、子どもの教育がこれほど愁眉の問題となっている今日、時代の価値観や利便性への疑問をもたざるをえない側面があるのも確かです。青少年を取り巻く諸々の課題は山積していますが、児童・生徒の間に日常化している『携帯電話』、『塾』、『小遣い』等もそうした火種の典型かもしれません。ちなみに、私のような世代にとっては、携帯電話も塾も小遣いも青少年時代どころか青年期にも無縁のものでしたから、個人的には、児童・生徒にとってこれらのものが不可欠であるとは今もって考えられません。それどころか、携帯電話は“face to face ”のコミュニケーション(直接対面する会話)能力の劣化、そして、塾依存は家庭の教育力低下、さらに小遣いは勤労意欲の減退に負の貢献をしているとさえ思えるのです。

もっとも、世間でこんなことをいえば、現代の若者達からは携帯電話は“face to face ”コミュニケーションでは対応できないさまざまな情報交換の機会を提供してくれるとか、家庭の教育力が低下しているから塾が必要なのだとか、小遣いに対する反対意見は小遣いをもらえなかった世代の僻(ひが)みだとかいっような猛反論を受けることまちがいないでしょう。そしてそれは至極当然です。なぜなら、すでに携帯電話依存症や塾づけ受験体験の中で青春を過ごし、下校時にコンビニに立ち寄り、スナック菓子やジュースをたんまり買っては夕食前の空腹を満たす習慣が日常化していた親達から生まれた子ども達がほとんどですから、親の吸っていた無自覚な文明の空気を子ども達もみごとに受け継いてしまっているのです。しかも、“快適”と“快楽”を求める傾向は親の世代よりも確実に倍加しています。

こうした現状を「いかんともしがたいこと・・・」と残念がる大人は多いのですが、残念がるだけで問題が解決するわけではないということも自明の理です。なにしろ、教育に最適な環境とは『なにごとにおいても子ども達自身が自ら考え、行動しなければ必要が満たされないちょっと“不便な状況”』なのですから。というわけで、教育の“正常化”にはなによりもまず、親が過度の快楽と快適を求める心と決別することが先決です。そしてちょっと不便な環境が教育の理想であるという時代や文明を超えた教育の真実に目覚め、『文明のムードや利器に翻弄されているなかで進行する教育の退廃』としっかり向き合う必要があります。


【2009年6月】

 天南星(てんなんしょう)という植物があります。本州以西の野山のどちらかというとう下草が群生する薄暗い日陰で見かけることができる多年草で、地下に球形の地下茎があり、その周辺に小さな子球ができます。2枚の葉の鞘(さや)は多肉で筒状をなし、背丈は30〜60cmになり、5月〜6月頃花がさきますが、その花を包むラッパ状の苞がユニークです。実は天南星という呼称は最近は使われず、“マムシグサ”と呼ばれています。というのも仮茎が緑に紫のブチがあるため、まむしに似ているのです。以前は“テンナンショウ科”という分類があり、ヤムイモ類、タロイモ類、サトイモ、コンニャク、ザゼンソウ、ミズバショウ等々はみなこの“テンナンショウ科”に分類されますが、現在では、“テンナンショウ科”とはいわず“サトイモ科”と呼んでいます。サトイモ科に属する植物は上記のとおり、個性的な多年草が多く、そのままで食べられるものもありますが、食べるにはひとてまかけて“解毒”しなければならないものや、有毒なものも少なくありません。ここで、紹介したマムシグサは有毒です。しかし、漢方では塊茎をかわかしたものを煎じて痰を除去したり、痙攣を鎮めるのに用いたりします。

ウラシマソウ

 なぜこんなことをとりあげるかというと、今年、我が家の庭にウラシマソウが元気に成長しているからです。このウラシマソウは昨年、近所の山道で見つけた小さな球根を植えつけておいたものなのですが、葉がまたたくまに萎れてしまい庭の下草に覆われて、腐ってしまった様子でした。そんなわけで、植えつけた記憶さえなくなっていたのですが、今年の春に突然、元気にユニークな葉を伸ばし始めたのです。実はこのウラシマソウはマムシグサととてもよく似ている仲間です。ただし、葉は1枚で、葉柄は直立し、高さ30〜50cmほどの複葉になっており、花を包む苞は暗紫色です。また、花軸の先は40〜50cmの細長い糸状になります。ウラシマソウの由来は花軸の先を浦島太郎のつり竿の糸に見立てたところにあります。このウラシマソウもかつては普通の山野でよく見られたものですが、最近では見かけるのがとても珍しくなりました。もちろんそれは宅地造成等々で里山が毎年ひとつふたつと消えていっているからです。

 人間にとって有用であるとかないとかいう視点ではなく、動植物に限らず、このようなユニークな個体が一つ一つ数を減らし、地上から姿を消していくのはいかにも残念なことです。それはとりもなおさず、人間が“生きる地球上の仲間”を一つまた一つと失っている悲劇的な現実そのものなのです。



【2009年4月】

従来の雑誌・新聞といった紙媒体に加えて、多様な映像メディアが発達しはじめころ、故大宅壮一氏がメディアの“現状”を批判し「テレビに至っては、紙芝居同様、いな、紙芝居以下の白痴番組が毎日ずらりと列んでいる。ラジオ、テレビという最も進歩したマスコミ機関によって、『一億総白痴化』運動が展開されている」と語りました。この発言はマスコミを巻き込んだホットな論争にも発展しましたが、今日の世相をまのあたりにするにつけ、先見の明があったと思うことしきりです。

そんなわけで、いまさらあらためてテレビ番組のくだらなさをあげつらうのもなんですが、テレビ媒体が垂れ流す時間潰しの番組を毎日なんとなく受け入れている生活や、無いものを有りそうに見せるインターネット媒体への“過剰な期待”および“のめり込み”等々、『一億総“薄智化(筆者の造語です)”』のうねりは今日、その当時より一層深刻になっているようです。

そして、こうした“薄智化”が進んでいるせいでしょうか、多くの若者は深く考えることもなく、メディアに露出する芸能人やスポーツ選手に人生の“勝ち組”を感じとり、“有名になりたい”、“テレビや雑誌にとりあげられたい”といった露出願望にとりつかれます。しかも露出願望が高じるともう手段を選びません。なんとかして自分を社会で晒し者(さらしもの)にしょうと血眼になってゆきます。まるでそうしなければ生きている意味がないと考えているかのようです。

論より証拠といいましょうか、最近流行のムカつくという言葉に圧縮された八つ当たりや母性や父性の消滅、家族の崩壊、地域社会の形骸化、そして受験を起点とした競争原理主義への傾倒等々が引き金となる雑多な事件や事故では“めだてない”ことへの焦燥感としてのマグマ溜りがあり、常に、暴発の危険にさらされていた日常が類推されます。社会が“薄智化”してゆく帰結として、こうした異常な自己顕示欲から短絡的な行動にでることはいかにもありそうなことです。

しかしこれまでのコラムでも何度か述べたように、人生に勝ち負けはありません、勝ったように思うシーンと負けたように思うシーンがあるだけで、その人の心を本当に納得させるのは自分なりに『一生懸命生きた』とか『誠実に生きた』とか『やるべきことはやった』といった充足感です。世の中が不況感一色に塗りつぶされている今日、政財界も含め現実社会は大人達の無能・無策ぶりは棚に上げ、若者達になお一層の頑張り(励ましという名のもとに行なわれる意味不明の尻たたき!?)を求めていくでしょうが、若者達には少し視点を変え、かつて自分と素直に向き合い、『雨ニモマケズ 風ニモマケズ』と生きた宮澤賢治のような“淡々とした”人生観があったことにも注目して欲しいものです。

* * *

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラツテイル
一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ小サナ萱ブキノ小屋ニイテ
東ニ病気ノコドモアレバ行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニワタシハナリタイ

(宮澤賢治)


【2009年3月】

巨大な借金経済を軸に実態のない投機バブルで虚の繁栄を享楽したアメリカ経済が崩壊して1年も経たぬうちに、世界中が経済破綻の度合いを深刻化している今日、アメリカがクシャミをするとすぐ風邪をひくような経済体質の日本は、肺炎に陥りそうな悪寒を伴う不況感に日本国民全体がさいなまれています。そして、くちぐちに政治や経済の現状に対する罵詈雑言をあびせています。

確かに今日的状況を生み出した政治家や経済界が槍玉にあがるのはいたしかたのないことですが、そうした人々や社会を容認してきたのは国民一人ひとり、もっと具体的にいうなら、選挙権を有する大人達一人ひとりであることを自認すべきでしょう。戦後日本経済の高度成長が進軍ラッパのように鳴り響いた一時期を過ぎ、東大安田講堂の興亡で学生運動が徹底的に圧殺された以後は大人達、とりわけ学生達の政治状況に対する批判精神が骨抜きにされ、いわゆるノンポリ化や現状を無気力に肯定する傾向(そして、それを若者の保守化と称する傾向)が蔓延してきました。その結果、選挙での投票率は低迷の一途をたどり、社会と向き合うことのない自己中心的かつ自閉的な生活に充足する大人達が激増したのです。

民主主義というものは、大衆の無関心がつのれば、おのずと権力者達が自らの利益のみを追求し、屁理屈をこねながら自分勝手な方向性に社会を引き摺ってゆきます。それはドイツにヒットラーが登場した経緯を思い浮かべれは自明のことです。ましてや日本の場合、多少の離合集散があったとはいえ、第二次大戦後の四半世紀以上を同じ体質の保守政治が地域エゴに飴玉をくれながら専横し続けたのですから、“魚は頭から腐る”の例えどおり、政治経済の権力者達の腐敗・不徳がつのり日本社会全体が機能不全に陥るのも自明の理です。

つまり、今日の日本における社会の閉塞感を生み出した根源は選挙民自身の無気力な投票棄権行為、そして、『自民党もあまりよくないけれど、他の野党のどこが自民党に代われるのだ?』という常套句的詭弁です。民主主義体制は変化への勇気を持たぬかぎり健全には維持できません。与党や野党という既製品の着まわしで、社会を身づくろいしようとすることこそ“変化”を阻む病根なのです。民主主義社会を維持するには不足しているものや、欠落しているものがあればそれを補うことが求められます。しかも今や、既製品に頼らず、新たに創り出す“生きる力”こそ、現在の大人達、とりわけ次世代を担う若者や学生達に求められているのです。チェンジはキャッチフレーズではなく、魂の叫びを持った国民一人ひとりの行為でなければならないのが、まさに日本の現状だと考えます。



【2009年2月】

 かつて、公務員の倫理が問われる不祥事が続いたおり、“リンリ虫 季節を問わず 鳴きつづけ”という風刺の効いた川柳が紙面に紹介されていたことがありましたが、最近では児童・生徒・学生の教育をめぐって、大人達が道徳教育の必要性をかまびすしく喧伝(けんでん)し、リンリ(倫理)りんり(倫理)と一年中“鳴き通している”状況があります。教育の土壌を耕さずに畑の隅に学科教育の促成栽培温室を作り、徳育も含めた教育改革の突破口にしようとしている教育再生委員会なる奇妙な思考形態の“政府審議会”もそうしたかまびすしい井戸端会議の一例です。教育といえば受験の話題に終始する父母や業者の多種多様なおしゃべりも似たようなものでしょう。

 しかし、教育という学びの場(まねから始まる場)では、まずさまざまな『よい手本』がなければなりません。議員や公務員が不正を働いたり、不公平を助長したり、行政が国民の年金をデータ改ざんしたり、不正運用したり、ネコババしたり、法に携わる者達が倫理のタガを外したりする事例が頻発するいわゆる“大人の社会”をこれでもかこれでもかと青少年達に見せつけておいて、彼等のみへ居丈高に道徳教育の必要性や勤勉などを強調するのは滑稽を通り越して、末法の世の悲劇さえ感じさせます。さらに日常生活の場でも、中高年や高齢者の立ち居振る舞いは、かつての時代のように立派ではなくなりました。電車・バス等の車内や各種公共の場などでの人々の立ち居振る舞いを思い出していただれればそれは誰にでもわかることです。それもこれも子どもや青年達は横目ですべて見ながら、自分の立ち居振る舞いの“お手本”にしているのです。

 中国の古典である老子(ろうし)に『大道廃れて仁義あり(だいどうすたれてじんぎあり)』という言葉があります。これは『無為自然の大道がすたれてきたので、道徳をかまびすしくとなえる儒教の仁義の教えがでてきた』という意味です。つまり、人間に都合よく作った道徳的な価値判断にとらわれるのは永遠の道(自然の摂理)に逆らうことだという考えに立つ老子の思想では、仁義という価値判断が世の中でワイワイ取り沙汰されるときこそ、人間が永遠の道(自然の摂理)を自ら捨て去ったか忘れてしまったときだというのです。信ずる宗教等の有無にかかわらず、自然の中の一つの現象にすぎない人間とその営みが謙虚さを欠くことを戒めた“耳の痛い言葉”です。


【2008年12月】

『去年(こぞ)今年(ことし)貫く棒の如きもの』
 これは高浜虚子の“詩(うた)”です。
 筆者はなぜかこの詩が好きで、折節のエッセイにも何度か登場させた覚えがあります。この詩にはどこか修行に邁進している禅僧のような心の響きがあります。筆者にとって“貫く棒” とは私(一人ひとりの人間)のことと思えてなりません。つまり忘年会も新年会も所詮は世事に過ぎず、煩悩を抱えた“私”は旧年と新年の狭間を矛盾だらけの自分自身を抱えて去年も今年もズーンと突き進んでいるという印象です。
 こんなふうに書くとなにか、太宰のごとき文学模様の愚痴をこぼしているように感ずる人々がいるかもしれませんが、そうではありません。現在の世の中がアメリカ発の不況に見舞われいたり、黒人初の米国大統領オバマに大きな期待がかかっていたりするといったことも、忘年会や新年会の類で“去年今年を貫く棒のようなものだ”と実感している自分にとっては「世事に過ぎない」という真実の思いを述べたかっただけです。
 もちろん、アメリカ発の不況に世界中がてんてこまいをしていることも、非正規雇用の労働者の皆さん(文筆家といものは非正規労働者の一人です)が政治や経済のご都合主義に翻弄され、生活・生存の危機にさらされていることも深刻に受け止めています。そして、そうした方々を支えようと必死に活動している方々の献身にも心底頭が下がります。
 また、こうした国内の状況を招いた遠因が、“民主主義の有り難さ”を酸素の存在に気付かぬのと同様に、ボーッと見過ごしてきたに国民一人ひとりの“驚くべき暢気さ”にあることや、選挙の際に投票場へ足を運ぼうともしなかった無気力、すなわち“なんでもかんでも成り行き任せ、他人任せの『無関心』”にあることも痛切に実感しています。
 それでもなお、筆者が新年に当たり申し上げたいことは、“私”を突き詰め、追い込んでいく、つまり『貫く棒であること(自らに立ち戻り、毎日を一心不乱生きること)』が、現代の『社会再生』『人間復活』の核となるという思いです。人々はよく一貫性といいますが、自分自身にとってなかなかに手ごわいのが『一貫性』への向き合い方なのです。


【2008年10月】

 最近、競争しているものを見るとなんだか自分の心に馴染みません。とはいえ、受験勉強の話題はもちろん、オリンピックやパラリンピック、株価の乱高下、政治家やサラリーマンの地位争い、近隣スーパー同士の販売合戦等々、爛熟腐敗しかけた資本主義社会に競争の種は尽きないのも一つの現実です。そしてそんなことをいう自分自身も、競争社会の中で長年にわたり編集活動や文筆活動を続け、十分に競争と挫折を味わってきましたし、ある時期などは勇んで競争の中に身をさらして、なにがしかの充実感さえ味わっていたような気がします。
 しかし、中高年期も還暦を過ぎたころから、自分にとって競争することの意味がよくわからなくなってきました。競争の対象が一体何で(あるいは何者で)、何が勝ったことになり、何が負けたことになるのかが皆目理解できなくなってきました。そんな五里霧中をしかたくなとぼとぼ歩きしているうちに、少しずつ競争していた相手といものが、実は自分の投影した自分の影であるように思えてきたのです。つまり、自分の影におびえたり、挑んだり、傷ついたり、威張り散らしたりしていたのではないかと思うようになってきました。
 といっても、悟ったわけではありませんから、あいかわらず煩悩にふりまわされることは多々あるのですが、それでも以前と比べると観るものの姿がより素直に網膜に写るようになったように思えます。花を見ればどれもこれも独特の美しさが目にしみます。子ども達や少年・少女達の素直な喜怒哀楽の瞬間に立ち会うと、そうした感情を歪曲せずに受け入れることができます。
 ですから、最近“加齢臭”などという言葉が流行して、中高年のオジサン達は少し落ち込んでいますが、私は加齢臭があっても加齢することはなかなかよい面もあると思っています。というのも不思議なことに、記憶の中では小学生や中学生、そして高校生や大学生の時代が昨日のことのような鮮やかな彩りで、私の脳裏にしばしば蘇ってきますから、加齢によって老いたとはとても考えられません。むしろ新鮮かつ素朴な心持で新たな人生の道筋に歩みだしていけるように思えます。その新たな道筋とはなにかと問われれば、いわゆる“スローライフ”というのかもしれません。そして私にとってのスローライフとは早起き早寝で、他人と自分を比較せず、自分の等身大の人生をさらに紡いでいくことであるように思えます。このごろ休日の午後には、季節の草花が風にゆれる我が家のささやかな庭先で水割りを飲みながら、手づくりのスモーカーを活用して燻製品づくりに励んでいます。安価な食材を燻して、美味しく食べるのも私にとっての“忙中閑あり”、すなわちスローライフです。


【2008年8月】

 漫画本やタレント本が出版の主流となっているせいでしょうか。書籍の執筆に取り組む我々が、編集作業の段階で必ずといっていいほどでくわす言葉が

@内容をわかり易すくしてください。
Aタイトルが硬いです。
B文章の量が多すぎると思うのですが。

といった意味の“小言(こごと)”です。もちろん、その表現の仕方はさまざまなのですが、簡単にいってしまえば@〜Bの指摘に終始します。
 この場合、出版社サイドの人間とよくよく話してみると、@の小言についてはとどのつまり『今時の読者に読ませるのに哲学や思想は邪魔になる』ということであり、Aの小言は『今時の流通業者や読者は本のタイトルで選別するからタイトルが一番大事』という理屈であり、Bの小言は通勤電車の中で読み終わってしまう程度の分量が売れ筋の条件だという市場原理主義の幻想です
 つまり、本づくりで想定されている読者像は“駅内や駅近くの書店でちょっと面白そうだと思ったタイトルの本を手にし、パラパラとページをめくってみたら、行間がひろくて、面白いイラストもあり見やすく読みやすい。しかも、理屈っぽくないちょっと気がきいた本に思えたから購入して、電車の中で読んでみる。通勤電車の中で十分読み終える文章量で満足。読み終えたらもういらないので、電車から降りたらゴミ箱へポイ捨て”といったサラリーマンのイメージです。そして、そうしたコンセプトを如実に表しているのが“0円雑誌”の流行です。詳しい説明はしませんが、昔から『タダより高いものはない』といわれる道理を、“0円雑誌”愛読者はよくよく考えるべきでしょう。
 いうまでもないことですが、この程度の本作りの意識しかないとしたら、日本の出版業界の使命は終わっているといって間違いありません。そして、各地の書店は短時間で廃棄物となる運命の厚化粧した紙のゴミをもったいぶって陳列しているだけです。そんなわけで、結局のところ売れているつもりの著者も出版社も書店も、自らの実態を見つめる目を失った、そのばしのぎの裸の王様にすぎないのです


【2008年7月】

 
最近では、からすとんび(烏鳶)という言葉もあまり聞かれなくなりましたが、筆者が子どもの頃はスルメのヘソを食べて、からすとんびを取り出すのが楽しみでした。若い人々の中にはなんのことをいっているのやらチンブンカンプンの人がいるかもしれませんから説明をしますと、スルメはもちろん烏賊(いか)の干物で、そのヘソとは干乾びた口の部分のことです。ここをしゃぶっているとやがて、なかに隠れている烏賊の顎板が上下一枚ずつ合計二枚とりだせるのです。黒光りのするこれら上下の顎板は一方が烏の頭部に、そしてもう一方が鳶の頭部にとてもよく似ていて、子ども達はからすとんびと呼んでいました。からすとんびは鳥でいえば嘴(くちばし)のようなものですから、相互に上手くかみ合って餌どりに威力を発揮しているわけですが、実際の烏と鳶はそんな風に仲良くはありません。
 筆者の住んでいる横須賀は三浦半島に位置してしていますから、海と隣り合わせで、鳶も烏もたくさんいます。この地に引っ越してきた当初、羽を広げると1メートル位にもなる鳶の勇姿を身近にみかけるなかで、この鳥は“向かうところ敵なし”の王者にちがいないと確信していたのですが、毎日々々、この鳥の飛ぶいろいろなシーンを見続けているとそうでもないことがわかってきました。まず第一に鳶は狩猟がとてもへたくそなようです。海で泳いでいる魚を見事に捕獲するシーンなどはめったにおめにかかりません。それどころか、おおかたは拾物をしているようです。つまり、魚の死骸とか、ゴミあさりとか、烏のカー公とたいして変わりはありません。しかも朝な夕な、烏に追いかけられ拾った餌を横取りされています。間違っても、鳶が烏の餌を横取りしたり、烏を追いかけたりすることはないようです。今や人(人間)は見かけどおりの時代になりましたが、鳶と烏は見かけどは大違いで、鳶は常にいじめられっこです。
 しかし、その風貌はやはり堂々としていて、早朝、高い電信柱の天辺に静かにとまっていると、まるで山頂で瞑想する哲学者のように思えます。また、冬の最中に寒風に耐えてうずくまる姿は修行僧さながらです。だからといって筆者はこの猛禽?に心を許しているわけではありません。ついせんだっても、観音崎で船の写真を撮りながら昼食を食べている最中、背後から音もなく襲い掛かってきた彼奴にハンバークをまるごとさらわれたばかりです。もちろん筆者から奪い取ったハンバーグを、いつもどおりに間髪いれずに追いかけてきた烏に半分以上横取りされていました。これからは海のレジャーが本番となります。皆さんも、行楽地では鳶のひったくりにくれぐれもご用心くださ。悪い奴は空にもいるのです。とはいえ、それもこれも餌付けをし続ける思慮深さを欠いた“悪い悪い”人間達がいるからです。


【2008年6月】

 我が家の庭の太陽が昇る位置に、2メートルを超えるようになった幹の太さ10センチほどの枇杷の木があります。この木はもともと“タネ”でした。今から約14年ほど前に、家人が地元の仲間達と食事会を開いた際に出された見事な果実の見事なタネを持ち帰って育てたものです。発芽してなんとなく可愛らしい時期をへ、頼りない若木の日々を何年も過ごし、やがて庭の東端に移植されてからは、それなりに樹木としての風格を高めつつぐんぐんと成長していきました。とはいえ、葉が茂り、四方八方に枝を伸ばしはじめると、おおぶりの葉を密集させる特徴もあって、他の草木の邪魔になったり、不必要な日陰をつくったりし始めました。
 そんなわけで、「いつ実がなるかどうかもわからない“ウドの大木”をこのまま伸ばしておくより、さっぱり切ってしまって、なにか花木を植えよう」という提案が何度となくだされたのです。しかし、それを頑固に拒否して幾年月、藪椿をも圧倒するこの“ウドの大木”の増長ぶりが気になりだし、昨年の秋口ついに、他の草花や潅木にも心地よく木漏れ日が降り注ぐよう、思いきった剪定を施しました。するとどうでしょう。枇杷の木はしょげるどころか、身も心も解き放たれたかのように、11月から12月にかけて蕾を出し、花を咲かせ、寒空に実を着けるまでになったのです。そして、春から初夏にかけた太陽光を燦燦と浴びながら、6月上旬にはすべての果実が完熟しました。その実はいたって小ぶりでしたが、風味甘味は抜群で家族が残らず感動したほどです。もつとも、実生の枇杷の木であっただけに、思いもひとしおだったのかもしれません。
 さてさて、この枇杷の木の変身から思うことは、家庭の子育ても、学校教育も、はたまた社会人教育も、タネから植物を育てるのと同じことなのかもしれないということです。あせらず、騒がず、比較せず、一人ひとりの育ちを大切にしながら、待ち続ければいつの日か必ず『一つの個体(一粒のタネ)は一つの個性(一本の木)として』実りの日を迎えるに相違ありません。もちろんそれは、人を思い通りに育てることではなく、育った個性を認め、慈しみつつ、社会の一員としての自覚をより高めるよう指導する道筋としての“気長な対応”ということです。



【2008年5月】

 大人達がときおり「青二才のくせにタメグチを利くとは」などと腹を立てているシーンをみかけるが、『タメ』とはもともと、賭博用語の『同目』のことであるという。この俗語が転じて、いわゆる不良少年達の間で五分五分、対等の意味で使われるようになった。そんなわけで、タメグチとはなれなれしい口の利き方をすることをいうのである。ほかにもガクラン(学生服の意味)とか、シカト(無視することの意味)、シャブ(覚醒剤の意味)、スケ番(女番町の意味)、チクる(密告するの意味)等々の今や日常化している俗語のルーツはアウトローの世界の隠語である。

 どうしてこうゆう隠語が数多く日常生活の俗語内へと侵入してきたかはよくわからないが、ひとつにはマスメディアとりわけ漫画やTV等の画像や映像メディアの影響が甚大なのではないかと推測される。論より証拠で、こうした媒体に接していると、その言葉遣いの荒っぽさや卑俗さにあきれることがしばしばであるし、事実、アウトローの世界を誇張して描いたドラマも多い。

 しかも、そうした劇画的ストーリーを描いたドラマや中身のない安上がり番組“バラエティー”なるもの等に垂れ流し出演する意味不明のタレント職業人についていえば、アウトローかそれに近い生活をしていた事例が少なくない。なぜそんなことがわかるかといえば、本人が自らの赤裸々な告白を公共の電波にのせて全国津々浦々に配信しているからである。その語り口に滲ませるのは、「若い頃は暴走族をしていたが、芸能界に入ってがんばって立ち直り、今は有名人として売れています」といった意味内容である。

 しかし、常識を持って、少し考えて欲しい。過去に、アウトローであったなどということは、公共の電波に乗せて語るに値することであろうか。いやいや、そうしたパーソナルヒストリーを天下に晒すのは恥ずべきことのはずである。少なくとも、そうした事実は自分の心の内にしまって、今の自分を謙虚に生きることこそ大切であろう。しかるに、その実態は過去のアウトローぶりを勲章のようにぶら下げ、ジャリタレ(子どものタレントの隠語です。失礼!)から中年のオジサン、オバサンタレントになるにしたがって、仕事仲間や視聴者に態度や言葉の狼藉を働きながら、自分の存在をアッピールし続けることが生き甲斐を通り越した使命であるかのように振る舞い続けている。そんな調子だからだろうか、後続する若きタレントやそれを見る若き視聴者達はその姿を手本にして育つというこれまた悪循環に巻き込まれることになる。その結果、芸能界は無論のこと、メディアを介して芸能界の虚像から大きな影響を受ける青少年達はまるで、“良かれ悪しかれ”有名になることが人生の目標のすべてであるかのような錯覚に陥っている。

 もっとも、こうした有名病はお受験の熾烈な競争や、少年野球・少年サッカー等々のスポーツ、バレーや日舞や楽器等の習い事にも共通しており、いやはや、まさにこの世は他の人を蹴落としても自分が有名になりたかったり、自分の子どもを有名にしたかったりする有名病症候群“群像”の展示場のようなものである。これではいじめや格差のない、皆が共生する社会など実現するはずがない。確かに、社会の人々の役割には結果として、目立つ役割と目立たない役割があるが、今の日本に必要なのは平凡に社会生活を営む人々の慎ましさ、誠実さ、勤勉さ、そして目立たなくとも社会を支えているよき市民であるという自負心である。ちなみに、『凡(はん)』とは『おしなべて』という意味をもつ言葉である。つまり平凡とは“おしなべて平らか”なことであり、卑屈に思うようなことではないし、このことこそ人々が共生するのに欠かせない社会の風景ではなかろうか。


【2008年4月】

 例年のことながら筆者は受験シーズンの妙な熱気と悲壮感が大嫌いです。まるで、人生の一大事にでも取り組んでいるかのような親子の妄執に出会うと人生に『受験』程度の課題しかもてない、この国の“国民の品格”に愕然とします。希望通りの学校に“入れた”とか“入れない”とかが若者達の長い将来の中で、どれほどの意味を“持ち続ける”ことになるというのでしょうか。人生も半ばくらいになれば、そんなことがどうでもよい現実にぶち当たる日々が続くにきまっています。それは人生が受験という成功体験だけで成り立つものではないからです。
 生涯を通してみれば、人は成功体験よりもはるかに多くの失敗体験をし、数限りない挫折からより多くを学び、人格を構築することになるのです。ですから自分の人生体験に“勝ち続けてきたイメージ”しかもてない人々のおごった態度や物言いは、勝気まるだしの幼児性から抜け出せない人格形成未熟者の戯言(ざれごと)といっても過言ではありません。具体的な例をあげれば、最近話題になっている新東京銀行の破綻危機で、自分の責任を認めたがらない一連の人々などの発言はその典型でしょう。
 人生をさまざまな場面で切り取ってみれば、ある場面は勝者にも見え、ある場面は敗者にもみえるものです。そうした場面々々を自分の都合のよいようにことさらモンタージュしても、所詮はまやかしの猿芝居にしかなりません。いうまでもないことですが人間はすべて裸で生まれてきます。そしてどのような人生の経緯をたどろうと、最期は浮世の厚化粧をことごとく剥がし、ほぼ裸同然で自然にかえって行くのです。中途半端に虚栄に満ちた奇妙なソロバンをはじかなくても、行き着くところ“プラマイゼロ”で人生の帳尻はあうようにできているのです。
 そんなわけで、我々がせめでなしうることは、子孫も含めた後世の人々の少しでも役に立つように、今日一日を真剣かつ精一杯に生き、世の中がよりよき方向に進路をたどれるよう、さまざまな課題へ自分なりに取り組み続けることです。


【2008年3月】

 戦後の窮乏期であったことも確かですが、私の小学生や中学生時代は学習塾なるものはありませんでした。子ども達にとって学校が学習の唯一の場であり、家に帰ればいろいろな手伝いをしながら、自分で予習や復習をしました。そして、勉強ができるとかできないとかいっても、親達が過激に競い合うこともなく、子ども達はみな友達と通う学校へ行くのが大好きでした。今から振り返れば牧歌的な教育の光景で、大人達の多くは我が子も他人の子も分け隔てなく、地域で大切に育てようという気持ちを共有していました。また、大人達の多くが子ども達に求めていたのはよき社会人になることでした。
 そうした時代の風景の中で育ってきた人間の目からみると、受験教育が人生の一大事となり、社会性よりは進学の学科力が学校教育の最大目標となった現在、公立校の校長までもが塾と提携し、一握りの優秀(?)な生徒のさらなる学科力向上に校舎の教室を提供し“夜スペ”なる父母総動員の過保護とも思える夜給食付き特別高額有料授業をビジネス展開する事態は、異常な教育現場の風景に見えるのですが、世の中の少なからぬ人々がこうした取り組みを公教育の建て直しに役立つと“温かい目”でみる向きが多いのには驚かされます。
 筆者にはこうした光景は決して“温かい教育の取り組み”には見えません。それどころか学ぶという行為が社会性の薄い、なおかつ選択的柔軟性のない極めて近視眼的な視野でとらえられている数値評価主義として映るのです。そして、学ぶことが労働することの喜びや楽しみに直結しない、それどころか学ぶことで額に汗して労働することが忌避される若者達の人生観を助長しているように思えてなりません。
 ところが、政財界から教育およびマスメディアの領域まで、受験教育にどっぷり首まで浸かって育ってきた人間達が世の中を牛耳るようになってきた今日、筆者の目に映るような数値主義をベースにした極端な差別主義は彼等にとって、おそらくなんの疑問もない日常風景であり、それに警鐘を鳴らす者達は勝ち組をねたむ負け組みにしかみえないのでしょう。
 しかし我々がこうした“社会に無批判な現状”にとどまるかぎり、日本人が長い歴史の中で生み出してきた高邁な思想や文化遺産にみられる驚異的創造性を受け継ぎ発展させることなどとてもできるとは思えません。そして悲しいかな、地球温暖化といった地球存亡の危機にさえ“排出ガスの取引”が持ち出されることでもわかるように、生活実感から切り離された数値主義がさまざまな詭弁によって正当化され、多くの国民が現実社会を真正面から見据える目を持ちえぬまま、権力者達に都合のよい仮想の現実に取り込まれていく悲劇を、過去に学ぶことなく再び繰り返していくことになるののです。


【2008年1月】
謹賀新年

 年頭に当たり、日本全国の若者諸君に、『反体制』の視点と見識で西暦2008年を生活することをお勧めしたい。もし反体制と聞いただけで、「右翼か、左翼か」とか、「共産党か、自民党か」などという選択肢が頭に浮かぶようでは、それこそいわゆる“55年体勢”をまったく抜けきっていない大人のDNAを引き継いだなさけない受け売りのワンパターン思考といって間違いない。
 ここで反体制という言葉をあえて使うのは、『現実や現状を疑うことの勧め』である。マスコミ報道によると昨年は“偽”という言葉に象徴される1年であったとか。確かに、政治・経済・教育・宗教・文化の至るところで、不誠実や偽(いつわ)りが日常茶飯事のように報じられ、「またか」「またか」と慨嘆する日々であった。しかも、頭を下げたり、謝罪の言葉に終始した舌の根も乾かぬうちに、同じ人々や会社・組織がさらなる不誠実や偽りの上塗りをするという体たらくは、民主主義の消費期限(賞味期限ではない!)さえ感じさせる危険性に満ち満ちていた。
 こうした閉塞状況を打破するにはなによりも若者達の反体制の視点が大切である。自分を取り巻くあらゆる現状を見つめ直し、「これでよいのか」「これはおかしいぞ」と声を発することで、従来の自らの行動をさえ再チェックし、青年本来の生きる意志である『理想』を追求する思考と行動のスイッチを“ON”にしてほしい。
 今年は衆議院選挙も行われる年である。他の政党を選びたくても自分の思うような政党がないから、「従来の保守党に投票する」とか「選挙に行かない」とか「野党にもっとしっかりしてほし」等々、選挙のたびに耳にする選挙民の繰言は、民主主義を主体的に生きえない、体制依存症の現われである。選挙民の“変わることへの勇気”を見出しえないこのような状況が続けば、日本の社会は、全体主義やファシズムの“いつかきた道”に逆行しかねない崖っぷちに立つことだろう。
 人々は年齢を重ねるごとに変わることを好まなくなる体制依存症になってくる(つまり、限りなく保守化する)。だから、せめて若い肉体と精神を生きる時期には、かぎりなく反体制であってほしいし、そして、そのことが、民主主義社会の健全性に大きく寄与することなのである。
 青年諸君!既製品の情報(形骸化したテレビメディアを通じて垂れ流される政治評論家とかベテラン政治記者といった与党勢力の細部に寄食する事情通達のなんの意味もないインサイダー情報等々)に惑わされることなく、君達の五感に鋭いアンテナを立て、自ら収集した情報を知恵と理性で脳みそに送り込み、多くの人々が共に生きられる社会のビジョンを築こうではないか。


【2007年12月】
 教育分野に関わるあれやこれやの仕事の中にはいろいろなイベントをビデオ撮りする作業などもあります。ハンディータイプの機種での撮影ですから、さほど大げさなことはないのですが、モニター画面を見ているとさまざまな新しい発見に遭遇します。つい先日も中高一貫校受験をめざす小学校6年生達の模擬試験風景をビデオに収録した際、そうした発見がありました。
 試験会場は本番さながらの雰囲気を作り出していますから、受験生達も真剣な面持ちです。やがて試験開始までのさまざまな手順が説明され、答案用紙への受験番号や氏名の記入が行われると、開始時間までのカウントダウンが行われます。「開始10分前!」、「開始5分前!」・・・といった具合です。モニター画面にはこうした告知のたびに子ども達の小刻みな緊張の動作が映し出されます。筆記用具をちょっと揃えてみたり、机の上に置いた手を膝に移してみたり、姿勢を直してみたり、ちょっと貧乏ゆすりをしてみたりと十人十色といったところです。
 しかし、緊張度の高まりは映像以外からも生々しいさを伝えてくるのでした。それは装着しているヘッドフォーンからの音声情報です。一方向性マイクを装備してありますから、カメラを向けた地点からの音声がストレートに耳元に届き、開始時間のカウントダウンが進むたびに咳払いやハナすすり、そしてなによりも息づかいの激しさが増していきます。平常心などといいますが、事にあたっては、大人もできないような平常心をこうした年齢の子ども達が保てるはずがありません。せいぜい少しオマセな子ども達が平常心を装ってみせるていどのことです。
 しかも、この年齢の子ども達には“ほんき”と“うそんき”の区別などもないのであり、模擬試験は本番さながらであるというよりは、模擬試験もまさに受験本番なのです。お母さんやお父さんが気軽に送り出す多種多様な模擬試験の場へ、子ども達はそのたびごとの緊張を抱えて参加し、その結果について、親の期待にてらして一喜一憂しているのでしょう。
 現在の社会は親の決める学習目標に沿って子ども達が育って行くことが『勝ち組』への道となり、こうした受験体験の積み重ねの上に日本の学歴社会は成立し、今やその学歴社会は熾烈な学力(正しくは学科力)競争社会へと移行しつつありますから、そこには多くの『落ちこぼし』が生まれます。しかも、ミレーの絵に描かれた『落穂ひろい』のようなよい習慣もありませんから、教育の落ちこぼしはこぼれっ放しになります。そして人々はそれを『負け組み』と呼びはじめています。運命共同体“宇宙船地球号”の限りある資源の中で共生するという考えとはほど遠い格差助長の現実であり、温暖化防止対策の目標値達成のためにいわゆる“先進国”と“後進国”の間で行われているガス排出量取引にも似た矛盾の露呈です。どうやら中高一貫校受験生の息づかいどころか地球全体が息苦しくなっているようです。


【2007年11月】
 社会人教育で、『褒めて育てる』ということはよくいわれることであり、これまで出会った会社の経営者や組織の幹部が自分の指導方針として『褒めて育てる』を実践していると話すのを頻繁に耳にしてきましたが、そうした人々の日常指導や心の有り様を観察していると、なかなか自分でいっているほどには褒めて育てることができていないか、ぜんぜんできていないのが実態のようです。
 つまり、自分はよい指導者であると主張したいがために、このワンフレーズを多用しているのであり、本当は『自分の好みのタイプ』に育てようと言葉や行動で無理強いして、人材育成をだいなしにしているのです。思うに人材育成では(あるいは教育といてもよいのですが)“男の料理”は考え直した方がよいでしょう。どういうことかというと男の料理は自分の作りたいモノを作るため、手元にない素材(場合によっては高級素材)をやたらと買い求めたり、買いたがったりします。つまり、手元の素材で自慢をせずに(己の器量を隠して)上手に料理することができないのです。
 そこへいくと女性の料理は手元にある素材の個性を生かして工夫しながら、美味しい料理を創り上げます。つまり、手元にある素材(さまざまなオプション)を最適化しているのです。ケース・バイ・ケースといえばそれまでですが、日本社会に生きる中小企業で栄えている事例では、間違いなくこうした最適化がベースになっているのを実感します。
 『褒めて育てる』を声高に唱えながら、部下を一応人前では褒めて育てているように扱いつつも、その部下のいないところでは、くそみそにけなしているようでは、会社も組織も硬直した自分好みの『男の料理』しかつくれないのは当然のことです。
 評判のよい企業や組織を訪れるたびに、経営者や指導者に求められることはあくまでも己の器量を隠し、手持ちの人材の長所をよりよく活用(最適化)しながら、会社および組織の目標を一歩一歩と達成することなのだなあとつくづく感じ入る次第です。


【2007年10月】

 長年にわたり教育現場や教育に携わる人々を取材していると、学校や教師に対する世の中のバッシングとはおよそほど遠い、多くの“優れた教師”や“教師の養成に携わる優れた指導者”に出会うことが少なくありません。そこで、そうした素晴らしい出会いを無駄にしないためにも、出会った人物達の人柄や教育手法にをノンフィクションとして書籍にまとめる取り組みを続けてきました。
 しかし、このような活動をいくつか経験してみると、そうした人物達に対する期待の大きさゆえに残念な思いにもかられます。というのも、“優れた教師”や“教師の養成に携わる優れた指導者”達の多くはあちらにぽつり、こちらにぽつりとささやかな活動の場を見出しているばかりで、その活動が線や面に展開することはほとんどないからです。
 その原因はいろいろですが、共通していることは、持論にこだわり過ぎ、小異を捨てて大同につくことができにくい気質を持っていることです。また、あらゆる教育の課題を自らの理論構造や論理展開の中だけで説明し尽くそうという意欲が強すぎ、お互いの考えを活用し合うという柔軟性に欠ける場合が多いのです。
 教育を語る場合、親と子の、子どもと教師の、地域の人々と子どもの“学び合い”とか“育ち合い”といったことがよく話題になります。もちろんそうした話題の取り上げ方は間違ってはいませんが、教育を啓蒙的に語りうる人々がお互いに学び合えない排他的競争心や主導権争いに駆られていては本末転倒といわざるをえません。
 ささやかな国内外の取材経験からいえば、自分の家や地域や国の食文化にこだわって好き嫌いを口にし、現地での食事の場を共有できないでいると、取材先の人々とのコミュニケーションや友好は築けないという確かな経験があります。これは前述した学び合えない、あるいは育ち合えない教育の姿と同じ課題だと考えています。こうした課題を解決するには、教育に関する優れた思想や実践を点から線、線から面へと発展させるための仲介者、つまり、つながりにくい“点”相互を線から面へと展開するコーディネータのような存在が必要なのかもしれません。
 しかし、そのてっとりばやい手法としてマスコミを利用したり、マスコミに利用されたりしすぎると、その素晴らしい(あるいは、独特ではあっても、それなりの見識を持った)教育者や指導者およびその実践の本質が変質し、薄っぺらく、俗悪になることは政府主導の教育再生会議を構成するメンバーの行動や発言および“脳トレブーム”の主役達を観察すれば一目瞭然です。教育に関わる人々にとってはやはり、地道な取り組みによる学び合いや育ち合いという時間をかけた日常生活での“あきらめない”チャレンジが不可欠であることは確かです。


【2007年9月】

 日本のお茶の間をにぎわしている最近のニュースに“横綱・朝青龍”の問題があります。名古屋場所で優勝した後、彼は腰の疲労骨折ということで相撲協会へ夏巡業の休場届を出しましたが、帰国したモンゴルの地で、引退後暇をもてあまして世界漫遊中の中田英寿(かつてのサッカーヒーロー)氏達とサッカーに興じ、身体の柔軟性と敏捷性をいかんなく発揮しつつ、笑顔満面で天晴れなシュートをしたシーンを運悪くもビデオ撮りされてしまいました。もちろん、この意地悪な映像はスクープとして日本全国にオン・エアーされましたから、そのことで彼の“仮病疑惑”がもちあがったのです。
 疲労骨折している腰をいたわることなくあれだけ見事なプレーをする映像を見れば、『なるほど奴は仮病を使って、夏巡業をずる休みしたな』という実感を持つのは視聴者の極めて常識的な受け止め方ですから、そうした事態に相撲協会が“厳しい制裁決議”を発動したのも納得するところです。もっとも、そのあとのメディアと朝青龍・高砂親方・相撲協会のドタバタは、なんでもショーアップしたがるマスコミ同士の消耗戦的取材合戦の常套手段ですから、一視聴者としての筆者はすでに食傷気味なのですが、個人的にはこのニュースの別な側面に興味が沸きました。
 それは最初に朝青龍に疲労骨折のお墨付きを与えた医者とそれを真に受けた協会のいいかげんさであり、『ああ・・・、相撲取りの休場というのはその程度のことが多いのか』という新たな認識です。そしてさらに、“制裁決議”が出た後、ひきこもり戦略に突入した朝青龍が国内治療をごねて、モンゴルへ帰国する方向で画策し始めたおり、いろいろな心理学の医師が登場し、朝青龍にさまざまな病名を献上し、母国で“治療”する道を切り開くことに尽力したことへの驚きです。ここであらためて筆者は心理学の“あやうさ”を再認識しました。
 もちろん、仮病と知りつつ病名を献上した医師は心理学を悪用した確信犯ですが、本当に病気だと思った医師は自分の思い込みで患者を作り出したことになります。どちらも始末が悪いのですが、後者の思い込みはつくづく困ったものです。こうした心理学者や心理療法的なアプローチが好きな人々が自分の思い込みで、あの人もこの人も病人にしてしまうことがよくあります。つまり、『最近の人間はみな病人だ』と思い込むとあらゆる人々を病人としてみなし、自分流の治療を試みることになるでしょう。心療分野にはこの種の思い込みに起因するトラブルはつきものなのも事実です。心理学者に人格を求めても無理なのはわかっていても、その危うさには警戒を怠らないようにしたいものです。


【2007年8月】

 書籍を上梓したおりに、何人かの友人や知人に献本すると、必ずまず本文の校正ミスを指摘する人がいます。気付かずに出版してしまったわけですから、なんとも有難い話で、刷り増しする時には訂正の利便となるのは確かですが、こうした校正ミスの指摘に情熱を燃やす人にはある種の傾向が見られるような気がします。それはまず評価をマイナスの視点から始めるという傾向です。
 つまり、この種の人々はどんなに工夫された料理を食べても、どんなに魅力的な演劇や絵画を観ても、どんなにさわやかな人物にあっても、まず“けなし言葉”が先行するのです。そして、その次には婉曲ながら自分自身の行いや能力(料理の腕前、表現力や人柄等々)が優れていることを“ほのめかす言葉”が続きます。
 おそらく、彼等は競争心や闘争心や自己顕示欲が人並み以上に強いのでしょう。そして、常にリーダーとして人を上から指導するのが自分の使命だと考えているようです。こうした傾向に占星術や血液型の人物評価、および錬金術隆盛の時代によくあったような怪しげな科学的論拠が練りあわされたスパイスが加われば得体の知れない『人間力』がその人物から幽体離脱しはじめ、人心を惑わすことになります。
 しかしもっと不可思議なのは、そうした得体の知れないキャラクタの出現をいつの時代も大衆が待望したり、頼りにしたりする傾向があることです。おそらく独裁政治や新興宗教(キリスト教もかつては新興宗教であったことでしょう)が世の中の淀みに芽吹くのもこうした人間の性(さが)と無関係ではないでしょう。
 人間はそんなものだとうそぶいてしまえば、それだけのことかもしれませんが、大衆に迎合した最近のマスコミ劇場に登場する政治・経済・文化・教育領域のけばけばしい先陣争いや果実なき議論の羅列、さらにはそれによって引き起こされる混乱(まちがっても生命力に溢れた混沌ではありません)を俯瞰して見ると、かつてはマイノリティーであった“校正ミス発見に情熱を燃やすような人々”がいまやマジョリティーを形成しつつあるような気配を感じ、大人から子どもまで、いじめが蔓延する日本社会の在り様も頷ける次第です。無論そうはいっても、自分のミスや自分の属する組織の長年のミスについては“単なるマスコミのあらさがし”として意に介さず、ありもしない民意の支持をさもあるかのように錯覚し、ひたすら手前勝手な『美しい国』づくりに邁進しようとする現日本国首相・安部晋三さんのような醜い人が居座る社会を見過ごせるはずがありません。
 どうやらに我々は常日頃から人々の発言に対する注意を怠らず、批評・批判の質を見極める眼力を養い、そうした輩に真の民意を知らしめる市民パワーを発揮する時期にきているようです。


【2007年7月】

 職業が役割別に細分化されている時代ですから、教育の専門家というものが存在し、ある程度機能している時代であることは否定しませんが、教育への取り組みはすべての成人の義務であり課題でもあるとの認識が専門家への依存よりも優先すべきでしょう。
 我々の来し方を振り返ってみればわかることですが、結婚して子どものある人はいうまでもなく、我が子を持たない人々でも年月を経て様々な社会的役割を担えばになうほど、自分以外の人々、とりわけ後輩達を指導・教育する機会が多くなります。つまり、このような実生活の視点からすれば、一人前の社会人で教育者でない人などは皆無なのです。
 ですから、教育を話し合うさまざまな場面で「私は教育についてはずぶの素人ですが」などと前置きして発言する必要はありません。それどころが、今日的教育の現状を鑑みるに、そうした社交辞令的な常套句を無意識に多用してる間に、我々は教育者としての当事者能力を鈍らしてきてしまったことに気づくべきでしょう。
 これまでも繰り返して述べてきましたが、教育の基本は学びであり、『学ぶ』の語源は『まねる』ですから、我々一人ひとりの社会人が教育者としての役割に目覚めたそのときから、我々は若い世代の人々が模範とするに足る生き方を心がけなければならないことになります。教育については『子は親の背中を見て育つ』といったことがよく語られますが、それは親や大人(あるいはより年かさの社会人)を模範として自ら育つという意味でしょう。つまり、教育の基本は大人の“育てる野心”にあるのではなく、子ども達が大人を模範として“育つ意欲”にあるのです。
 ですから自らが教育熱心と自負する人々が「自分がこんなに一生懸命教育しているのに思うように育たない」と我が子や組織のスタッフの在り様を慨嘆するのは見当違いです。それは育てる野心が邪魔をして、子ども達や若者達の糧(模範)とはならず、彼等の育つ意欲に結びついていないからです。とりわけ、自分の価値観や人生観を絶対視する『育てる野心』からは多くの若い心が離れていきます。我々大人達は今日の教育を嘆いたり、制度や規律による強制に教育再生の方向性を求める前に、自らの日常生活や人間観および人生観に鋭い反省のメスをいれるべきでしょう。


【2007年6月】

 インターネットの情報活用が多様化し、ブログに代表されるように、誰もが自分の言葉を手軽に発信したり、他人の記述からコピー/ペースト機能で利用できてしまう状況が氾濫してしまった結果、他人の記述した意見や論評および解説を寄せ集めて、にわか学者になったり、にわかカウンセラーになったりする者が続出するようになっています。

 専門的な学問や研究をするよりは、他人の書いたお手軽な実用書に付箋をやまのように貼って、あとから、必要部分をコピー機で複写し、切り張りすることで、一冊の本を“編集”してしまうといったようなやり方はかなり以前からありましたが、ある意味で、世界規模の百科事典となりつつあるインターネットの多種多様な情報サイト(いい加減なものも過剰に氾濫しています)を誰もがパソコンで手軽に利用できるようになってから、その傾向が加速している実状です。現在、書店をにぎわすハーウツー本や、用語解説本のなかにもそうした形式での出版物が雨後の竹の子のように顔を出しています。

 こうしたタガのはずれた情報利用の混乱と騒乱を押しとどめることは、神がノアの洪水でも再び起こさない限り、おそらくもはや誰にも不可能でしょう。ですから、あらゆる領域の情報化が進む今日、我々一人ひとりが情報の質や真偽、情報を提供する人物の人格を自らの五感と理性で判断しなれればならないという事実をしっかりと認識しなければなりません。

 そして、情報へのそのような向き合い方が苦手な人々は不確実な情報に右往左往したり、プライバシーを侵略する魔の手に自分の心をかき乱されたりもてあそばれたりするか、ある人物が発信した情報をあれこれ考えずに信ずるしかなくなるでしょう。昔から『鰯(いわし)の頭も信心から』といいますが、今日、新興宗教や新興宗教まがいの占い、およびカウンセリングが幅をきかせているのも、情報の氾濫に対応できない人々が世の中にあふれているからかもしれません。悲観的ですが、これからもインターネットという空っぽの箱に詰まっている無尽蔵のフィクションが人心を惑わす数限りない新興宗教や新興宗教もどきのカウンセリングの温床となっていくことでしょう。


【2007年4月】

 戦後に“個性を尊重する時代”などといいだしてから、半世紀以上が経過した我が国の現状はどうでしょうか。

 最近、日本人は子どもの受験(幼稚園に始まり大学にたいるまでの受験)から、公立校入学、企業就職、職業選択、嫁/婿探し、居住地物色、レストランツアー、衣服調達等々に至るまで、一見根拠がありそうで実は情報の捏造さえ日常茶飯事化している“とてもあやしげ”な情報ランキング(マスクコミが旗振り役をする市場調査、世論調査、アンケート調査等々のランキング)を妄信し、多数派・勝ち組・大樹のプラカードへと群がる無自覚かつ無批判な日常を送り始めています。こうした“人々のふがいなさ”は第二次世界大戦という悲惨かつ残酷な大流血事件を経て日本社会へ導き入れることができた民主主義の根幹を揺るがしかねません。

 その顕著な例の一つが選挙における投票行動でしょう。投票率が50%を越えでもしたら、マスメディアが『高い投票率』を声高に速報するような体たらくです。民主主義はまず一人ひとりの国民が積極的に社会参加することです。言い換えれば、個々の社会人が自分で能動的に考え行動することです。それがどうでしょう、切実な課題を抱えた小数の地域選挙以外、ほとんどの選挙区では、候補者のキャラクターのみに注目した一部の選挙民による人気投票に終始しています。

 これでは歌謡ベストテンや人気タレント高感度ランキング選びとなんら変わるところがありません。かかる事態の意味するところは、国民の多くが自ら考え・評価し・決断することを放棄しているということなのです。おそらく戦後60数年の平和呆けのなかで、日本の民主主義はありまりに日常化し、大衆化し、衆愚政治へと転落し始めたのでしょう。

 恐ろしいことに、このような世相の只中では個性は埋没させられ、小数意見は価値のないもの(あるいは勝ち目のないもの)として、安易に無視されたり、放棄されたりしがちです。しかし、世界の歴史から学べばわかるように、未来への警鐘を鳴らす英明な人物達の卓見や洞察力は常に当初“小数意見”とか“偏見”とかいうレッテルを張られて社会の片隅に放逐されるものです。ですから、民主主義の社会をより健全に維持・発展させるためには、国民一人ひとりの感性を鋭敏にし、多数の蔭に隠れがちな意見や思想の電波をきめこまかにキャッチしなければなりません。なぜなら、そうした微弱な電波の語りかけの中にこそ未来に向かって生きる力となるエネルギーやヒントが潜んでいるのです。

 しかし現実は悲しいかな若者達の感性は鈍るばかりです。そして、中身を検証しないキャッチフレーズのみの個性尊重を喧伝するうちに、好き勝手に伸びほうだいに伸びる青年達が日本全国で野草のように繁茂してしまいました。危機を素早くキャッチすべき彼らの感性はあまりにも鈍く、民主主義の終焉を警告する微弱な電波を感知できないようです。このような社会状況下にある日本の民主主義を再生するためにも、我々は今こそ“現在進んでいる政治および経済の方向性”に厳しい監視と批判の目を向けなければなりません。


【2007年2月】

 多くの人の場合、考えたり行動したりしている自分を見つめている“もう一人の自分”というものがいます。そして、その“もう一人の自分”が常に、偽りで装っている自分を一刀両断に切り裂いては『正気』に戻してくれます。しかし、最近、いろいろなゴタゴタで世間を騒がしている人物達を見聞きしていると、こうした“もう一人の自分”が十分に機能していない場合が多いようです。ですから、自分に都合のよい結果は全部自分の努力と人徳、そして都合の悪い結果は全部他人のせいにして誇ったり、笑ったり、怒ったり、泣いたりしているのです。
 もちろん、都合の悪いことは全部他人のせいや親のせい、はたまた祖先や地域のせいにすることはその場しのぎの慰めにはなるでしょうが、その身勝手さゆえに周囲の人々の共感や助力を得ることもできませんから、自らが直面している、そしてそれによって現実に起きている事態の解決にはひとつもつながりません。そこでますます苛立って、さらに『強弁』をオブラートで包んだ『巧言』を繰り返したりしているうちに、しばしば事件にさえ発展するゴタゴタを世間にさらすことになるのです。我々はよく人間を十把一絡げにして「人は・・云々」などといいますが、いいかげに見えても世間はそう甘いものではなく、人一人を言葉で説得したり、納得させたりする試みは不首尾に終わっている場合がほとんどです。しかし、強弁や巧言を弄する人物達は相手が二、三度頷いたり、押し黙ってしまうと「してやったりと」心で勝利宣言をしがちなのです。しかしそれは相手が強弁や巧言を聞いているのにうんざりして、コミュニケーションを一方的に遮断してしまった姿にほかなりません。まさに『巧言令色鮮し仁』というところでしょうか。 人を説得することはさほど簡単なことではなく、むしろ日本人の場合、今日でも、以心伝心で語る『言の葉』の方が機能することが多いとさえいえるのです。
 そんなわけで、国会討論の質問/答弁、不祥事を起こした会社役員の謝罪/釈明、役人のコメント、もろもろの訓示・訓話・訓戒につていもよく耳を傾けていると、“もう一人の自分”を放逐してしまった巧言が数多く見いだされる今日この頃です。しかも、一方で国民は劇場型の刺激(あるいは洗脳的刺激)に感染しやすくなり『一犬、形に吠ゆれば、百犬、声に吠ゆ』の態です。・・・さてさて、我等の国の軽佻浮薄はどこまで漂い続けるのでしょうか。


【2007年1月】

 『世襲』という言葉があります。歌舞伎や能役者の世界などを想像するとなにやら文化的な高貴の匂いを感ずる人々がいるかもしれません(それがあくまでも幻想であることは、梨園の子孫達が次々と引き起こすスキャンダルで衆知の通りです)が、世襲という言葉は日本の伝統的『家族制度』に由来するもので、家の地位や財産および職業を嫡子の子孫が代々受け継いでいく『お家大事』を主張する利権の在り様を表しています。
 ちなみに、明治時代には世襲財産の規定があり、王侯貴族・華族・朝鮮貴族にのみこれが認められていました。つまり、『代々その家の継承者が相伝え、所有者の自由処分が許されない財産(広辞苑より)』です。第二次大戦後はこうした制度は廃止されましたが、血縁・地縁の利権構造が根深い日本では各地方や地域に世襲という利権のシミがいたるところに付着し、いまだに増殖しています。
 最近の政治・経済・行政・学術の分野で頻発する不正の多くも、こうした世襲=利権の構造の中で種が播かれるもので、露見するそうしたシミは氷山の一角といえます。ですから、政治家・商人・役人・学者が何らかの事件を起したときに、すべからく『利権』という言葉をあてはめてみるとすんなりと理解できます。つまり、それは世襲という言葉に代表されていた利権ののシミが単なる血縁・地縁にとどまらず、人脈・気脈を通ずる者達の間にまで浸潤しはじめたことを意味しているのです。
 ライブドアや村上ファンド等のインターネット事業を天子様に祭り上げた“現代の楠正成”とでも揶揄したい新しい悪の形の『悪党』どもが、その商売の手法につまずいた理由のひとつはこうした世襲利権の輩(やから)の危機感(従来の自分達の利権を失うかもしれないという危機感)をおあり、その逆鱗にふれたからにちがいありません。悪党は悪の芽をいち早く察知するものです。そうしてそうした世襲利権の構造に密着しぶら下がりはじめ、応援団になりさがったマスコミが事件の原因や遠因となり、その結果をニュースとして空騒ぎする事例も少なくありません。まさに世も末、人間界にいくたびか訪れたはずの末法の世が再びおとずれているのです。
 新春を寿ぐべきエッセイの『書き始め』にこうしたことを記述する無粋はいかがなものかとは思いますが、良識の府?“参議院”の選挙が行われる今年、悪貨が良貨を駆逐する前に人々が選挙権を行使し、悩める世襲利権の流れに歯止めをかけることこそ不可欠であると筆者は考えるのです。


【2007年12月】

 学ぶことの元々の意味は【真似る】です。つまり、真似て習うことが学習という言葉になったのです。ですから、子ども達が学ぶ根本には大人達を真似る行為があります。
 ここまで話せば簡単な理屈ですが、よい手本が多ければ子ども達の教育は素晴らしいものになりますが、悪い手本が多ければ子ども達の教育は惨憺たるものとなります。
 さて、昨今槍玉に上がる子ども達の教育や学校ですが、なぜここまで荒廃したのかは簡単な理由です。それは大人達が子ども達に社会で共生するよい手本を示せなくなっているからです。今、大人達が子ども達に示しているのは独りよがりの勝ち負けの手本であり、子ども達はこの世の中には勝つか負けるかしかないのだといった、まるで戦国時代のような乱世の処世術を目の当たりにして暮らしています。しかも、戦後の民主主義の中で『個性』という言葉の取り扱いにつまずいたために、個性が『なにをやっても勝手』という妄想に結びつき、社会的な活動を阻害しがちです。
 本来、社会活動を共有するためには、ある到達点で個性を折る(あるいは、個性を折る協調性を自覚する)必要があるのです。というのも、一人ひとりの人間はもともと生き物としての共通部分と全く他とは相容れない個性という『我』でできあがっていますから、個性の部分のみを強調し限りなくこれを野放図にすると、個性同士が強くぶつかり合って収拾のつかない状態に陥るのです。
 我々日本人は第二次世界大戦後の厳しい状況をわきめもふらずしゃかりきに乗り越えてきたことは確かなのですが、戦争の敗因に学ぶ反省よりは、荒廃した戦後の暮らし向きを建て直すことのみに固執し、我武者羅に邁進してしまったため、社会生活を前提とした人間の学びの本質や民主主義社会と個性の関わり方を深く追求する思慮深さを棚上げにしてきてしまいました。そしてついに、すでに失敗例として語られることの多い、しかも歴史的・宗教的・文化的背景も全く異なる米国社会(全国民の数パーセントのみが勝ち組で残りの人々は経済的にも社会的にも取り残されているといわれる格差社会の典型)の思想の真似事を経済活動のみに限って、無原則に模倣学習してきたのです。その結果、我々の眼の前には悪しき米国的社会の勝ち負け思想に汚染された醜態、しかも政財界・治安・教育・文化の要となる人々が次から次と権益・利益をむさぼり犯罪を引き起こす醜態が晒されています。子ども達は今思っているのです『なんだ大人という奴は全く信用できない薄汚い連中だらけじゃないか』と・・・・。
 こんなていたらくで、教育行政が制度や技術の改変に暴走しても、子ども達の教育がよくなるわけがありません。ましてや日の丸・君が代だの愛国心だのわめき散らしても、子ども達には馬耳東風でしょう。なにしろ、一番だめなのは教育改革を声高に喧伝している大人達なのですから。


【2006年9月-11月】 休筆


【2006年9月】

 最近ではテレビ番組を観るのが煩わしくなったという中高年者が増えています。とはいえ筆者の場合、ドキュメンタリー番組やニュースの特集、あるいはドラマのなかに、どうしても観たい気持ちにさせる作品がときどきみつかるのも確かです。しかし、我々の生活に入り込んでいるテレビ番組の多くは観るに耐えない粗製濫造のコンテンツを垂れ流しになっているものが多いのも現実でしょう。

 もちろん表現の自由を確保するためには、無節操な情報の垂れ流しや、いかがわしい表現の自由もある程度『めこぼし』されなければならない痛し痒しの側面があるのは衆知の事実です。なぜなら、安易に良い番組/悪い番組の二者選択で色分けをすると、『表現の自由とはいえ、それには限度がある』といった最近よくある論調に誘導され、表現の自由は真綿で首を絞められるように圧殺されていく傾向にあるからです。今の日本社会は一見平穏無事そうですが、戦前のナショナリズムの流れを汲む政治的思惑に集う人々によって、かつて来た途に逆戻りしかねない静かな扇動行為がなされ、少なからぬ国民の心の内へその思想の影が刷り込まれている恐ろしい状況に直面しつつあります。にもかかわらず、そうした世相を百も承知のはずのマスメディアそのものが、権力の側につけいる隙を与えかねない自堕落な番組や現体制におもねる番組作りを放置しているのです。民主主義を標榜する日本社会および国民として、これを愚行といわずしてなんというのでしょうか。

 ではどうしてこの様なしまりのないメディア業のご乱行がまかり通っているかといえば、そこには哲学することがない『視聴率こそすべて』という経済原理主義ともいうべき利潤追求に邁進する企業行動の実態があるからです。つまり、広告(コマーシャル)収入を確保し、放送企業としての増益を図るにはテレビ桟敷で番組を見ている視聴者数をエンドレスに増やし続けなければならないというゼニゲバ妄信です。いうまでもなく、コマーシャルを提供する経済業界の各社はドラマやニュースやバラエティー番組に付随して放映される自社の製品広告が視聴者の目に焼き付き購買意欲をかきたてる効果に期待して番組のスポンサーとなわけですから、コンテンツの質が高くても観る人々が限定されているような番組に広告投資するわけがありません。こうして、いまや果てしない広告宣伝の谷間にぶつ切りで投げ込まれたニュースやドラマやその他もろもろの番組は質よりも興味本位に照準を合わせています。つまり視聴率の獲得できる過剰・過多・俗悪・低劣なコンテンツ作りを最重要目標にしながら、競合他社とのシノギを削っているわけで、かつてあったはずのマスメディアの社会的使命は建前論のみの空手形になりつつあります。

 しかもそうした企業姿勢への批判を反らすために、テレビメディア各社は自社番組に対する評価プログラムを用意し、識者も含めた月例の検討委員会での論議を番組として視聴者に届けるスタイルを採っていますが、そうした議論の場でも各番組の過剰・過多・俗悪・低劣を直視する鋭さは鈍りがちで、曖昧模糊とした態度(すなわち、我々はよい番組作りに向けて努力していますというパフォーマンス作り)に終止しています。こんなていたらくですから、テレビ番組に露出されているアナウンサーやニュースキャスターといった広告塔達も、テレビ番組に映ることが人間のステータスであったり、テレビ番組で発言している自分の姿が権威の象徴だといった錯覚に陥っています。そして、そうした錯覚に陥った者にしかなしえない失言や放言を繰り返しています。しかも、そうした失言や放言の後始末をなにやらぎこちない『強いる笑い』や『ざれごと』で誤魔化すといった吉本プロダクションのような開き直りで終結させるのも眉をしかめざるをえないところです。つまり、マスメディア業界の顔とみられる人々そのものが人間や仕事のあるべき姿や価値を歪めているのです。その結果、かつて愁眉の課題であった“ワイドドショー”的手法はすべてのニュース番組やごった煮情報番組(ニュース番組とバラエティーショーを混在させた番組)のスタンダード路線となってしまいました。しかも、慣れとは恐ろしいことで、テレビ放送の現状に対して多くの視聴者は、NHKは有料だが、民放は無料で見られるといった程度の理解しか示さず、NHKも含めたテレビ放送の抱える問題だらけの現状には気付いていません。

 思い起こせば、筆者等がまだ大学生であった約40年前に、大宅壮一氏がテレビの将来を予見して“テレビは一億総白痴化の道具になりかねない”といった趣旨の発言で話題を呼びましたが、今日のテレビと視聴者の関係が醸し出す『情報の垂れ流し元禄絵巻』を観ていると、彼の洞察力の確かさにただただ驚くばかりです。しかしこんな感心の仕方をしていても、日本の現状は変わりませんから、若者からうっとうしがられている熟年といわれる人々は筆者も含め、そろそろテレビ座席から起立しようではありませんか、そして朴訥かつ平凡な日常生活の内側から、人間の思考力や闘争力、そらには品格および品性を取り戻さなければなりません。


【2006年8月】 休筆


【2006年7月】 不安な時代なのでしょう。占いや透視術や神通力に関する商売や言動にことかかない昨今です。筆者も平凡な人間なので、苦しい時の神頼みや仏頼みは数限りなく行ってきています。しかし、何かの成果を本当に期待してそんなことをしたかというと、さほどでもありません。つまり、「なるようにしかならない」という自分の中ではいつも決まっている結論に達するまでの過程の『心のストレス』をそうした行為に置き換えることで軽減していた場合がほとんどです。

 今後もおそらくそんな調子の一生なのですが、最近、中高年層といわれる年代での生活をしているうちに神通力がなくてもより確かに見えてきたものはあります。それは自分の心と他人の心の在り様です。この透視力は始末のわるいほどいちいちの事柄の本質をよく見せてくれます。しかし、それは透視力といういうよな筆者自身にはありえないまやかしではなく、単にものごとがより素直に目に映るようになっただけの話なのでしょう。

 その結果、見えて嬉しいことも、見えて苦しいことも、見えて梅雨空のようにうっとうしいことも多くなってきているのですが、そのいちいちを昔のようにバッタバッタとなぎ倒して進んでいこうとも思わなくなりました。もちろんこのような心の変化は無気力な諦観の世界に陥ったためではなく、自分の人生にとって不必要なものは、時間とともに自分の心から自然に淘汰されていくことに気付いたからです。

 さて、『巧言令色鮮し仁』といいますが、加齢とともにその功罪を一番痛感してくるのは我々自身です。議論を戦わせて相手を打ち負かそうとするよりも、議論を交えて、自分の考えは明確に発言し、勝った負けたは相手の心のままに(筆者は人生に勝ち負けなどない確信しています)、自分の生き方と生活の中で自分のありようを実践していけば、おこないすました修行僧のようなわけにはゆかなくとも、自分なりの心の安寧は得られますし、より多くの人々と語り合うことができます。そしてなによりも、そこから多くを学べ、お山の大将にならずとも社会へ働きかけるこが可能となります。


【2006年6月】 休筆


【2006年5月】
 新入生や新入社員が希望に胸ふくらませ、そしていささかの不安を抱えながら過ごしてきた初めての学校や職場における生活も、はや一ヶ月を経過しようとしています。学校や組織に馴染むスピードは個人差が大きなものですから、この時期は五月病の季節ともいわれています。

 五月病とは新しい環境の変化に対応できず、具体的な目標も見出せないまま、心がスランプに陥る状況と時期を季節にからませて名づけたもので、誰もが何月でも何時でも罹りうる病なのです。しかし、人間が成長する過程では何歳であろうと悩みはつきものですから、なにも五月病をマイナスに捉える必要はありません。なぜなら、問題を抱え、それを課題として取り組めば誰もが間違いなく何度も悩みに突き当たるからです。

 つまり、悩むということは我々にとって新たな道筋を自ら切り開いていくためには避けることができない関門なのですから、人生修行にはある程度、一人でもがき苦しむことも大切なのです。とはいえ、自分で自分をもてあますほどの場合は、友人・知人・教師・家族等々に相談してみるのも解決への道筋になるでしょうが、医者に相談するほどの深刻な状況でない場合はあまり焦らずに、そうしたスランプを自分を見つめなおすよい機会と捉えることです。具体的には自分とよく対話してみることをすすめることも周りで見守る大人達の分別かもしれません。

 とはいえ、自分と対話するという心への向き合い方が具体的によくわからない若者達も多い世の中ですから、そうしたおりには、古今の名著を読書するようすすめるのも一案です。最近は目先の損得や勝ち負けを面白可笑しく料理した薄っぺらな新書本が『うんちく好き』な人々の通勤・通学の読み捨て本になっているようですが、いくつもの時代を読み継がれてきた名著には目先の奇抜さはなくとも、著者が生きた時代の中で、自分とどのように向き合っていたかが文章および行間に滲みでています。それは何度読んで感動的で、生きるものに勇気と思慮深さを与える時代を超えたメッセージに満ちています。五月の連休を旅行やレジャーで過ごすのも悪いとはいいませんが、いやいや過ごした受験勉強の中で、日本や世界の名著の作者と作品を線で結ぶような訓練ばかりをしてきた若者達に、実際にそれら作品の内容(コンテンツ)を読んでみるよう『学問のすすめ』を行うことも、大人達の責務ではないかと考える今日このごろです。



【2006年4月】 休筆



【2006年3月】 もう口にするのも嫌になってきたライブドア事件ですが、この事件についてのコメントを求められると、政治家・ビジネスマン、評論家達の多くが決まって、彼(堀江容疑者)のやったことはよいところもあったが、結果としてやりすぎてしまったというようなことを述べる例が多いようです。つまり、多数の日本人の心のなかにそうした社会活動を容認したり、憧れたりするバブル経済以来の『やりどく』無罪論が蔓延しているのでしょう。少なくとも、アメリカ型の資本主義の普遍化を世界の潮流とみる人々にとっては、ライブドア・ケースは起業の発想において正しく、企業の活動において不正であったという評価を固定化したいのだと思わざるをえません。

 ところで、アメリカのロビストそのもののような人々が日本の現政権を構成し、シンパの取り巻きが熱烈に応援する状況においては、いわゆる『抵抗勢力』やそもそも最初から小泉政権の誕生に疑問を感じ続けてきた人々の意見はひよりみなマスコミ報道もあって無力化しているように見えますが、そうした閉塞感にもかかわらずライブドア事件が図らずも明確にした一つの側面があります。それはインターネットというもののあざとさです。筆者はこれまでも機会あるごとにインターネット上には『何も目新しいものや創造的なものはない』と指摘してきましたが、何か目新しいものや創造的なものがあると見せかけるトリックにインターネットを活用することが有効であるということは間違いないようです。それはあたかも、人気の手品師のエンターテインメントのようなもので、科学的技法やオカルトおよび錯覚等の心理学的手法をごちゃ混ぜにする『超マジック』が人の心を惑わし、夢中にし、不可能を可能にする能力として深層心理にすり込まれてゆく恐ろしさに似ています。

 念を押しますが、インターネットは情報を伝える手段としては活用の幅が広くとも、それ自体が創造的な価値の『打ち出の小槌』になることは金輪際ありません。しかし残念ながら、この危うさやあざとさは、なんど注意を喚起しても同じ手口の多種多様なバージョンにひっかかる振り込め詐欺同様、インターネット犯罪のビジネス手法として、今後ともおおいに活用されることでしょう。

 さて、振り返ってみると、インターネットマジックは教育をビジネスとして位置づける学校経営等にも登場しつつあります。つまり、『いつでもどこででも、あなたのお好きな時間に自分の部屋で勉強できる』とか『全国津々浦々一斉に受講できる』とかいったキャチフレーズでインターネット活用のメリットを強調する教育プログラムの氾濫です。しかしこうした事例の多くは最大の売りがインターネットを使っているという事実だけで、素晴らしい価値を提供すると謳うアピールには超マジックほどの説得力さえもなく、インターネットでの部屋探しを最先端ビジネスであるかのように宣伝する不動産業とどこが違うのか?と首を傾げるばかりです。しかしここでも、“インターネット=価値の創造”とするイメージのすり込みが機能し、多くの被害者がでるに違いありません。いうまでもないことですが、教育の成果はトリッキーなデジタル世界ではなく、純朴なアナログの世界でこそ芽吹くものです。


【2006年2月】 偽りの構造設計によるマンションやホテルの倒壊危機を引き合いに出すまでもなく、人間の決めた基準や尺度などという言葉ははなはだ怪しげなものばかりですが、世の中では疑いもせずある種の神聖なものとして受け入れている例が少なくありません。現代社会におけるそうしたものの極めつけが『グローバルスタンダード』という外来語です。これを日本語訳するとどうなるのか、人それぞれでさまざまな訳が生まれそうですが、一般常識の語感で翻訳すれば地球規模の基準すなわち『国際基準』ということになるのでしょう。

 確かに技術やサイエンスの分野では度量衡のグローバルスタンダードといえるものがなければ技術者も科学者も困り果ててしまうのは想像に難くありません。しかし、政治や経済や文化といったものにまでグローバルスタンダードが求められるとなると、なにやらきな臭さが漂ってきます。なにしろ世界中のあらゆる国や地域での政治や経済や文化の仕組みをできるだけ同じようにしようというのですから、そこには力の強い国や地域の思惑が色濃く滲み出ることは明らかだからです。具体的にいえば、現在、世界最強の国はかつてのローマ帝国も凌ぐといわれるアメリカ合衆国ですから、世界のグローバル化という言葉は世界のアメリカ化と理解してよいでしょう。
 そうでなくても、戦後からアメリカ好き一辺倒に陥った日本の政治・経済はアメリカ化への舵を積極的にきってきました。節度なき民営化や展望なき小さな政府論もそうした枝葉の議論です。そして今や文明を通じて日本文化の世界にまでグローバル化の津波は押し寄せてきているようです。インターネットやトリッキーな株取引でボロ儲けをする人々の多弁なことは『巧言令色鮮(すくな)し仁』の典型であると同時にアメリカ化の権化ですし、勝ち組や負け組みを口にする人々の増加はアメリカ化の悪しき人生観が庶民の日常生活を蝕み始めたなによりの証拠です。
 そんな時代の背景があるせいでしょうか、最近ではよく儒教の思想と老荘の思想が曲解され、両者が勝ち組と負け組みの人生観を代弁しているかのような誤解をもって語られたりしますが、それはとんだ間違いです。筆者が考えるに、儒教の教えは働き盛りの人々が家族や社会を支えつつやむなき競争をして生き抜いている時期の処世観であり、老荘の思想はそうした時期を終えた人々が競争ではなく共生をめざす人間性回復の処世観です。ちなみに、無常観を伝統とする日本の文化には本来、勝ち組とか負け組みなどはなく、『どう生きようとしているか』『どう生きつつあるか』『どう生きたか』が一人ひとりの課題としてあるばかりです。これは子ども達の教育のあり方についてもいえることです。勝ち組・負け組の人生観は子ども達の育ちを阻害します。学校と生徒が受験一色のこの時期、勝ち負に拘ったグローバルスタンダードの応援歌を大人達が熱唱するのだけはやめたいものです。


【2006年1月】最近のニュースで恐ろしく、呆れ、ばかばかしく、怒りを覚えながら悲しくなったのは、耐震性の強度を偽って日本各地に建てられた欠陥マンションやホテル等々の当事者や関係者達が、建築設計士も検査組織の責任者も建築会社の幹部も例外なくなんら自責の念にさいなまれていないことです。それどころか一部報道によると、これら関係者が一同に介して「ばれたらどうしよう」会議を開いていたメモまであるというのですからなんたる人心の腐敗でしょうか。そこには直接間接はわかりませんが、自民党員の国土庁長官経験者が関わっているかもしれないとかいわれていますが、もしそうならばこの政府機関の腰の引け方も想像にあまりありますし、小泉チルドレンの調教師を自認する小泉内閣『所属』超イエスマン自民党幹事長氏の「建設業は日本経済の牽引役であり、今回の事件の犯人探しばかりしていると経済に悪影響をおよぼしかねない」といった趣旨の発言も彼等の認識レベルではそうなのだろうと納得しきりです。やれやれ鳴り物入りのドンチャン騒ぎが好きな小泉改革も『改革の正体見たり枯れ尾花』なのです。 バブルがはじけて十数年にわたり日本の経済が沈没している間に、薄利多売の量販店商売が繁盛したり、インターネットを使った株取引での金儲けが憧れの的となっています。特に、株の売り買いを自動的に行う独自ソフトで一日に3万から5万円の利益を出すといったことが若者の怠け心をくすぐります。また、インターネットを商売のネタとして巨大資金を動かせるようになった企業が安っぽい社会観で大企業を買収するといったことが大きな話題になったりもします。それはまるで安価さと安易さ、もっと思い切っていえば軽薄さで金儲けすることが21世紀の美徳でもあるかのような風潮に拍車をかけているのです。 ちなみに、マンションでも各種の製品でも、最近は概観や筺体や包装紙のデザインが魅力的に作られていると中身もよいものと簡単に信じてしまう眼力のなさが、購入者(場合によっては消費者)の間の風土病になってしまいました。かつて日本はマスプロダクションの時代に安かろう悪かろうの製品作りから脱却するために大変な努力を傾けて技術立国になったにもかかわらず、喉元過ぎれば熱さ忘れるの愚を犯しているのです。考えてみれば消費の世界だけでなく、教育の世界にも表面ばかりとりつくろった耐震性の低い教育がまかり通っているようにも思えます。それは教育が使命ではなく消費世界のビジネス行為になりつつあるからでしょう。安かろう悪かろうの消費教育では人材が育つわけがありません。そして人材が育たなければ耐震性のもろい社会構造はさらに悪化するばかりです。
 いま日本は国家像や社会像を提示することのないワンフレーズ・ポリティークの軽率なリズムに乗って、民営化路線とか小さな政府路線へ猪突猛進しています。しかも先の衆議院選挙の大勝を受けた強気からか、そうした方針を進める政府の態度は『そこのけそこのけお馬が通る』といった感があります。もう少しざっくばらんに言えば切捨て御免の凄みさえ感じます。
 皮肉なことに、耐震性を偽った構造設計による豆腐のような骨なしマンションを購入した多くの都市型住人の中にも、小泉劇場の流れに沿ってむしろ積極的に自民党圧勝をもたらした投票行動へ走った人々がかなりいることでしょう。そうした個々人にとり、支持した政党の圧倒的勝利を享受する総理大臣のもとでまさか民営化のこんな弱点がこんな形で露呈するとは青天の霹靂だったにちがいありません。
 しかし彼等への深い同情は禁じえないにせよ、これも民営化の一つの形なのだということを我々日本国民は今こそ思い知ったのも確かです。そして、小泉劇場の民営化路線を熱狂的に支持した人々が今回の耐震性偽造マンションの人災に直面すると一転して、政府の支援にとことん期待してしまう姿はそのメンタリティーも含め、投票行動とはあまりにも矛盾だらけだと感ずるのは筆者だけでしょうか。民主主義の現実は容赦なく厳しく、国民の生命と財産を守るべき政府が展望なき民営化の落とし穴に転落したのですから事態はますます混迷を極め、深刻化していくのは確かです。
 にもかかわらず巷の言の葉以外にはマスコミも識者も政治家も経済界の人々も、なにひとつ真剣な怒りの声をあげない日々が続いています。これだけの不正が長年にわたって罷り通っていた背景には、政・財・界、あるいはアウトローの世界の一蓮托生があると考えるのが、日本という国に生まれ、その社会構造を幼い頃から見せられ続けてきた日本人にとっては極めて自然な理解なのではないでしょうか。議会の証人喚問も形式に流れ、巨悪の本質をえぐり出す意欲に欠けるとしたら、日本の民主主義は震度2や3の衝撃にも耐えることができないでしょう。そして、こんな大人達のていたらくを省みることなく、青年や青少年の自立や教育に口角泡を飛ばしてもなんの説得力もないのはいうまでもありません。
 さてさて賢明なる市民の皆さん、展望なき民営化路線と小さな政府化は今まさに始まったばかりです。これからさまざまな分野にもっともっと耐『信』性の低い問題が頻発するのを我々は覚悟しなければならないでしょう。どうやら日本という国は一度奈落の底に転落しなければ正気を取り戻すことができないレベルに至ってしまったようです。西暦2006年は日本全体がはやく奈落の底に落ちてしまって金や物に対する飽くことなき欲望から解き放たれ、そこから人生の一大事に向かってよいしょよいしょと這い上がる年にしたいものです。えっ! 『人生の一大事って何か?』ですって、『喝!』そんなことは自分が自分としっかり向き合って自らに問い、自らに答えることではないでしょうか。


【2005年12月】最近のニュースで恐ろしく、呆れ、ばかばかしく、怒りを覚えながら悲しくなったのは、耐震性の強度を偽って日本各地に建てられた欠陥マンションやホテル等々の当事者や関係者達が、建築設計士も検査組織の責任者も建築会社の幹部も例外なくなんら自責の念にさいなまれていないことです。それどころか一部報道によると、これら関係者が一同に介して「ばれたらどうしよう」会議を開いていたメモまであるというのですからなんたる人心の腐敗でしょうか。そこには直接間接はわかりませんが、自民党員の国土庁長官経験者が関わっているかもしれないとかいわれていますが、もしそうならばこの政府機関の腰の引け方も想像にあまりありますし、小泉チルドレンの調教師を自認する小泉内閣『所属』超イエスマン自民党幹事長氏の「建設業は日本経済の牽引役であり、今回の事件の犯人探しばかりしていると経済に悪影響をおよぼしかねない」といった趣旨の発言も彼等の認識レベルではそうなのだろうと納得しきりです。やれやれ鳴り物入りのドンチャン騒ぎが好きな小泉改革も『改革の正体見たり枯れ尾花』なのです。 バブルがはじけて十数年にわたり日本の経済が沈没している間に、薄利多売の量販店商売が繁盛したり、インターネットを使った株取引での金儲けが憧れの的となっています。特に、株の売り買いを自動的に行う独自ソフトで一日に3万から5万円の利益を出すといったことが若者の怠け心をくすぐります。また、インターネットを商売のネタとして巨大資金を動かせるようになった企業が安っぽい社会観で大企業を買収するといったことが大きな話題になったりもします。それはまるで安価さと安易さ、もっと思い切っていえば軽薄さで金儲けすることが21世紀の美徳でもあるかのような風潮に拍車をかけているのです。 ちなみに、マンションでも各種の製品でも、最近は概観や筺体や包装紙のデザインが魅力的に作られていると中身もよいものと簡単に信じてしまう眼力のなさが、購入者(場合によっては消費者)の間の風土病になってしまいました。かつて日本はマスプロダクションの時代に安かろう悪かろうの製品作りから脱却するために大変な努力を傾けて技術立国になったにもかかわらず、喉元過ぎれば熱さ忘れるの愚を犯しているのです。考えてみれば消費の世界だけでなく、教育の世界にも表面ばかりとりつくろった耐震性の低い教育がまかり通っているようにも思えます。それは教育が使命ではなく消費世界のビジネス行為になりつつあるからでしょう。安かろう悪かろうの消費教育では人材が育つわけがありません。そして人材が育たなければ耐震性のもろい社会構造はさらに悪化するばかりです。


【2005年10-11月】それは主役である国民一人ひとりが政治そのものの主体であることをサボタージュした状況において起こる危険性を暗示しています。それはどのようなことかといえば、政治を政治家にまかせきりにして、議会運営や審議の内容、決定されたことによる社会制度の変化や実効に関心を払わず評価もせず、選挙の日にも投票しないというようなことが常態化したとき、すなわち大衆が愚行に慣れきってしまったときに政治家達の緊張感が緩み、権力の行使に歯止めがきかなくなる政治形態でもあるからです。
 西暦2005年の9月に行われた日本の衆議院選挙は果たして民主主義が機能した選挙だったのか、それとも衆愚政治の台頭を許してしまった選挙なのか一人ひとりその評価に隔たりがあるようですが、私は衆愚政治の始まりであると考えています。それは近年さまざまな選挙で40%台〜50%台の投票率が珍しくなくなっていた状況を逆手にとり、異能の政治家(小泉純一郎氏)が選挙を劇場仕立てでプロデュースすることで、オセロゲームのように劣勢を優勢にひっくり返すシナリオ、すなわち勝つための調略を捻り出し、議会制民主主義の根幹を徹底破壊したからです。今回、多くの国民が踊らされた法案を可決成立するためにはなんでもありの手法は二院制の存在意義を疑わしくしたのみならず、体制翼賛的な政治構造を出現させることになりました。こうした在り方が日本が第二次大戦での敗戦に至る過程で経験した『いつか来た道』に繋がるのを危惧するのは、最近逝去された保守政治家・後藤田正晴氏ばかりではありません。彼が語っていた「私が左にみえるときは、社会が右に寄り過ぎているときだ」といった趣旨のコメントには長年政治の世界に関わりをもって生きてきた人物の深い洞察を実感します。しかも、今回の政治大歌舞伎を契機に、もののはずみやおだてにのって政治家先生になった新人議員達の上昇志向のとめどない強さを示す発言と生活実感のない面相は、選挙民(国民)の新たな政治離れとより一層の観客化を加速すること間違いなしといわざるを得ないほどです。
 もちろん、そうした政治大歌舞伎の意図に衆愚化した選挙民もマスメディアも気付くことなく、あるいは気付いていても気付かぬふりをし、踊る阿呆に観る阿呆といったのりで浮き身をやつし、選挙『夢』芝居の尻馬に乗って大はしゃぎしたことは歴史に残る汚点となるでしょう。一体全体、こうした政治劇がもたらすさまざまな国民への負担と悲惨を観劇の対価(チケット代)として末永く後払いさせられていく状況について、投票結果に大きな役割を『演じた』20歳代〜40歳代の人々はどの程度深く考え、その結果を甘んじて受け入れようとしているのでしょうか。私には祭りの後の空虚を引き摺った創造性のない混沌に向かうパラダイムシフトが湖面を点々と汚染する油の膜のように、あるいは迷走する大型台風のように人災の規模を限りなく広げていくように思えてなりません。
 ちなにみに、ヒットラーは『我が闘争』の中で次のように語っています。
『国民大衆は、小さなうそよりも、大きなうその犠牲に、容易になるものである。』
 自ら深く考えるという社会生活の基礎基本を放棄した人々の急増を前に、私はヒットラーの語るこの言葉の真実と恐怖を今ひしひしと感じています。


【2005年9月】今年の8月6日は広島に原爆が投下されてから60年目ということで、メディアもさまざまな取り組みをしているようですが、筆者にとっての8月6日は60回目の誕生日でもあります。いわゆる還暦を迎えたわけで、長い年月を一巡して再び生まれた時の干支に戻ることになります。
 日本人の平均寿命は今でこそ80歳を越えるまでに延びましたが、かつては人生50年と考えていたわけですから、60歳は長生きな老人の登竜門だったのでしょう。ちなみにかつての愛唱歌『船頭さん(竹内俊子作詞・峰田明彦補作・川村光陽作曲)』の歌詞にも『村の渡しの船頭さんは今年六十のお爺さん・・・』と書かれています。昭和20年生まれの筆者もこの歌は何回となく歌って育ってきましたが、子ども時分にこの歌詞の内容に違和感を覚えたことはありませんでした。論より証拠といいますか、当時、父の先輩達が50歳で定年となり、退職の挨拶などにやってくると、本当に白髪ばかりで、背も腰も曲がっているお爺さんの印象があったものです。
 一方、今日、自らが還暦の祝いに遭遇すると、なにか辻斬りに不意打ちをくわされたような気持ちで、一瞬身構えます。悟りが足りないなどといわれればそんなところかもしれませんが、どうやら筆者世代の人生観は父親の時代に還暦を迎えた人々との人生観とはあきらかに異なるようです。第一、ヒゲを剃るときに鏡を見ても、風呂場で身体を見ても、自分という人間の全体に老人臭さはどこにもないのですから、還暦=老人の等式は成り立ちません。そしてこれは筆者個人の想いではなく、同年齢の友人達が共有する実感でもあります。
 しかし、還暦を迎えることで一つの気付きの機会を得ることにはなります。それは、暦も一巡したところで、自分も第二ステージへとレベルアップしようかという気持ちです。昭和20年(1945)8月6日午前8時15分生まれの筆者の場合、特に思いを強くするのは、もし広島に母親が暮らしていたら生まれる寸前が、生まれる最中か、生まれた直後に死んでいたということです。おそらく、そうした運命に見舞われた同年代の御霊もたくさんおられたにちがいありません。ですから、筆者のレベルアップした第二ステージとは、競争に明け暮れた人生から路線を切り替えて、共生する人生行路へとシフトすることであり、同じ日に生まれて時代を共有するはずであった人々の無言の意思を生きることであると考えるのです。そして、その無言の意思とは、良い戦争や悪い平和はないということです。


【2005月8月】日本社会では競争が再び激化しています。幼児から大人まで、他人に負けたくない、他人を支配したいと考えたり、考えるように仕向けられています。
 もっとも、幼児や児童・生徒を不必要な競争にかりたてるのは、一方で子ども達を甘やかせながら、大人達が『勉強』の領域でのみノルマを課し、ムチを振るい、そのような状況に子ども達を追い込むからです。学校や公の教育セミナー等で現在の教育の歪みや塾に依存する教育の問題点を力説し、批判する大人達、特に、教育に関わる人々が私的な生活では、子ども達を有名塾に通わせ、生活実感のない(すなわち、真の意味での学習がない)子どもや若者を育てる受験戦争の主役やサポータを演じている姿が少なくありません。
 『大人達は嘘つきだ』子ども達の目をそう訴えています。悲しいことですが、子ども達には大人の嘘が見えているのです。だから子ども達は反発し、反抗し、暴力沙汰や犯罪行為でその歪みを露呈します。そうした反発や反抗をよかれあしかれはっきりと行為にあらわせない子ども達は、病気になります。『登校拒否』『引きこもり』『ニート』等々、現代を賑わす子どもや若者の病気は大人達の嘘の軌跡のうえに蝕まれた心の奈落です。
 ところが、奈落に直面した子ども達を前に、当事者の大人達は慌てふためき、社会や職場、教師や友人、夫や妻を糾弾します。しかしそれは、本当に、本当に、見当違いです。もちろん社会や職場、教師や友人、夫や妻に問題がある場合も多いかもしれません。しかし、一番糾弾すべきはその子ども達や、その青年達の一番近くにいて生活をともにしてきた大人達自身です。おそらく、このうようなことを言うと、思い当たる大人達はその理由を知りたがり、詰問するでしょう。「何故だ! 何故、私が責められねばならないんだ」と。
 わからなければ怒鳴り、他人に八つ当たりし、詰問すれば済むものではありません。私に言わせれば『その理由がわからない』こと自体が問題なのであり、その解答を突き止めることこそ、自らを問い、教育を問い、家庭を問い、地域を問い、国家や世界の在り方を問うことなのではないでしょうか。文明の異常な発達により、今や地球はあらゆる意味において狭い生活空間となりつつあります。あらゆるものが過剰である一方、人々はあらゆるものに不満足を感じおり、競争の果てになんとか充実を得ようとしています。まさに末法の世そのものです。しかし、競争の果てに満足が得られると考えるのは大きな誤りです。というのも、我々はすでに競争よりも共生を考えねばならない環境と状況に突入しているからです。我々は五感を研ぎ澄まし、理性の眼を見開いて現実を直視しなければなりません。


【2005年7月】 私のガーデニングは蔓草を自分の好きなように巻きつけたり、高所の枝を落としたり、歩くのに邪魔になる枝を紐で縛ってフェンスに固定したりする程度の手伝いに終止し、専ら口先(くちさき)ガーデニングで家内の手作業を邪魔するのが関の山ですが、それでも、四季の花々を観ていると思わぬ気付きがあります。
 その一つは、多年草系の草本や木本性植物の場合、ある年に突然、花をつけなくなるという事実があることです。つまり、ある鉢植えの植物のためを思って、大きな鉢に植え替えてやったり、小さな鉢から地面に移植したりすると、従来の鉢でそれなりに、見事に花をつけていたものが、ぴたりと咲かなくなってしまうのです。ちなみに、我が家でも、藤やオオテマリやノウゼンカツラ等でこうしたことを実際に体験しています。
 その理由を探ってみると、植物の少なからぬ種類が、危機感が薄れると花を付けなくなるらしいのです。つまり、窮屈な環境からのびのびした環境に変わると危機感が薄れ、のんびりと暮らしはじめる(つまり、図体を大きくすることに精を出す)ので、花を咲かさなくなるのです。考えてみれば、花は植物の生殖器官ですから、危機感がなくなれば子孫を残す努力もせず、のんびりと成熟の道をたどることになるのもうなづけるところです。
 これと同じことは人間の社会にも生じます。かつて孔子は「われ十五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲するところに従えども、矩(のり)を踰(こえ)ず」と語りましたが、最近の人間の心の修行と加齢との関係はこのような整合性を持ちません。恐らく、学に志すのが30歳、不惑の年が70歳、天命を知るのが80歳以上、あるいは学にも志さず、不惑の境地にも達せず、天命も知らずに終わる人も多いというのが実情かもしれません。
 ましてや若者達の世界の加齢は精神的な発達との乖離が大きく、青年の幼児化などという退行現象としても捉えられています。その理由は、衣食住の環境に不自由なく、努力しなくても学校に通え、青少年の頃から合法・非合法での小遣い稼ぎができる状況等が影響して生きる危機感を希薄にしているからでしょう。つまりなんとなく勝手に生きていても、命だけはながらえるような錯覚のある時代なのです。そんな世相ですから、小さな鉢から地面に移植された植物同様、花をつけなくなってしまいます。 
 人間の場合、花を付けなくなるに等しい怠慢とは、具体的には『働かない』『親離れしない』『結婚しない』『子どもを産まない』若者達のわけのわからぬ気ままなライフスタイルであり、それがアオコのように、日本社会全体を酸欠状態の湖や沼のような風景にしつつあるということです。しかも、そうした汚染を解消するのに役立つ若いエネルギーの本流を制度的、経済的に邪魔だてする様々な河口堰が、政財界の手で社会改革の名のもとに次々と増設されているのです。こうした現状を踏まえ、今や我々は覚悟しなければなりません。この社会を変えるためには現状に対するまっとうな怒りを爆発させなければなならいのです。つまり、我々は、戦前戦後を通じて褒め続けられたわけのわからぬ『おとなしく勤勉な日本人像』から一皮も二皮も脱皮しなれればならない時機にきているのです。


【2005年6月】 去る4月9日のニュースは、鹿児島市のある洞窟内で、4人の中学生が一酸化中毒死したと報じていました。この4人は探検遊びの最中、第二次世界大戦中につくられた迷路のような防空壕の中で焚き火をしていて、この事故に至ったようです。

 筆者の居住する横須賀もかつての軍港であり、山も多く、いたるところに防空壕の残骸があるといわれています。現に、私の友人である横須賀生まれの女性音楽家は、子どもの頃よくそうした洞窟を男の子達に混じって探検したようです。彼女達は蝋燭に火を灯して内部に入っていくため、前髪をこがしては、帰宅後、母親に叱られたそうです。

 しかし、この蝋燭を灯すことがとても意味のあることなのです。友人が語るには、その当時の子ども達は洞窟探検をするに当たって、年上の友達から口伝えに教わっていたことがあるそうです。それは、『洞窟に入る時は必ず蝋燭を灯すこと』という約束事からはじまって、点火した蝋燭の炎が@ 横になるようなら大丈夫/A 横揺れせずに、真っ直ぐな炎で燃える場合は気をつけろ/B だんだん消えそうな燃え方をするようなら危ないから外にでろというものだったそうです。つまり、炎が横になるということはベンチレーション(換気)があるということですし、炎が真っ直ぐ燃えるということは通風が十分でないことをあらわしています。ましてや、風もないのに炎が消えそうになるようであれば、すでに酸欠状態ですから、そんな洞窟に入れば危険極まりないわけです。

 その当時の子ども達がどうしてそんなことを知っていたかといえば、もともとはお爺さんやお婆さん、あるいはお父さんやお母さん等々の大人達から万が一の事故がないように教え込まれたに違いありません。そして、そうした注意事項がやがて、遊びという学習の場で、目上の子ども達から年下の子ども達へと遊びのルールとして伝えられていったわけです。

 最近の子ども達について『学ぶ力』の低下がよく指摘されますが、そのような指摘を受けた大人達がイメージするのは、『学科の到達度』というモノサシばかりになりがちです。しかし、実は『学ぶ力』の低下は『生きる力』の低下にも直結しているのです。社会生活の根本である地域で伝えるという文化活動が劣化している今日、今回鹿児島で起きたような痛ましい一酸化中毒事故の報に接すると、祭りや伝統芸能以外にも地域で伝えるべき情報活動がたくさんあることを改めて認識させられた思いがします。ちなみに、我々日本人は地震や台風や津波といった自然災害の経験をたくさんもっていますが、そうした体験がしっかり伝えられているかといえば、はなはだ疑問です。月並みな言い方ではありますが、メディアに頼らぬ口で直接伝える文化の大切さをお互いに再認識したいものです。一つの国に将来性とか希望があるかどうかを判断するモノサシにはいろいろあるでしょうが、子どもの育つ環境の在り様はそうしたモノサシの一つであると確信します。

 そこで、このモノサシを昨今の日本社会に当てはめてみると、子どもの育つ環境にはふさわしくない負の刻みが、尺度の大半を占めているようにさえ思えてきます。例えば、過剰な都市化の進行と自然な環境の喪失、家庭崩壊(両親の離婚、子どもに対する過剰な期待と失望、子どもの虐待、子殺し、親殺し、ひきこもり)、文部行政の怠慢と学校教育の劣化(生徒や教師の登校拒否、いじめ、教師や児童生徒の殺人も含めた犯罪、受験塾の繁栄による考えない頭脳の大量生産)、経済や政治の不正と腐敗の蔓延(少子化にともなう高齢化社会の進行、福祉政策の後退、重税化、公金の私物化、公共事業の談合体質)、世界有数の年間自殺者数等々、日本社会は次世代を担う人間育成の足をすくい、奈落に突き落とす要因にことかきません。

 しかも、勇気と冒険心を失ったマスメディアは、ほとんど連日、こうした負の刻み目をときには拡大し、ときには縮小して、大小のドラマを仕立てています。その反省のなさは、腐敗しきった政治・経済の世界と互角で、俗世の釈迦無二を気取る現体制の手の平のなかで、孫悟空のように自由に飛び回っていると錯覚しているだけなのです。

 こうして、現在の日本社会は真綿で首を絞められるように、戦後獲得したはずの本当の批判精神と自由な創造性を失い、文明開化という奇妙奇天烈な時代評価を喧伝した明治維新が産み落とすこととなった近代から現代へのいびつな道筋を再び遡り始めているような気がします。しかも、そうした先頭に立つ政治家達は、歌舞伎の世界も顔負けの世襲議員という精神的傀儡達です。彼等は明治時代から第二次世界大戦前後を生きた祖先の覇権主義の亡霊達に突き動かされて、再び民衆を踏み台にしようとしているのです。

 しかし、こうした絶望にも似た社会状況の中にあるからこそ、我々は自然体の子育てに取り組み、今の人間よりも健全な心を持つ子孫の育成に努めねばなりません。なぜなら一人の人間の命は、遡れば、無数の人間の生を継続する意思のバトーンリレーであり、創造的世界へのメッセージだからです。


 

【2005年 5月】 去る4月9日のニュースは、鹿児島市のある洞窟内で、4人の中学生が一酸化中毒死したと報じていました。この4人は探検遊びの最中、第二次世界大戦中につくられた迷路のような防空壕の中で焚き火をしていて、この事故に至ったようです。

 筆者の居住する横須賀もかつての軍港であり、山も多く、いたるところに防空壕の残骸があるといわれています。現に、私の友人である横須賀生まれの女性音楽家は、子どもの頃よくそうした洞窟を男の子達に混じって探検したようです。彼女達は蝋燭に火を灯して内部に入っていくため、前髪をこがしては、帰宅後、母親に叱られたそうです。

 しかし、この蝋燭を灯すことがとても意味のあることなのです。友人が語るには、その当時の子ども達は洞窟探検をするに当たって、年上の友達から口伝えに教わっていたことがあるそうです。それは、『洞窟に入る時は必ず蝋燭を灯すこと』という約束事からはじまって、点火した蝋燭の炎が@ 横になるようなら大丈夫/A 横揺れせずに、真っ直ぐな炎で燃える場合は気をつけろ/B だんだん消えそうな燃え方をするようなら危ないから外にでろというものだったそうです。つまり、炎が横になるということはベンチレーション(換気)があるということですし、炎が真っ直ぐ燃えるということは通風が十分でないことをあらわしています。ましてや、風もないのに炎が消えそうになるようであれば、すでに酸欠状態ですから、そんな洞窟に入れば危険極まりないわけです。

 その当時の子ども達がどうしてそんなことを知っていたかといえば、もともとはお爺さんやお婆さん、あるいはお父さんやお母さん等々の大人達から万が一の事故がないように教え込まれたに違いありません。そして、そうした注意事項がやがて、遊びという学習の場で、目上の子ども達から年下の子ども達へと遊びのルールとして伝えられていったわけです。

 最近の子ども達について『学ぶ力』の低下がよく指摘されますが、そのような指摘を受けた大人達がイメージするのは、『学科の到達度』というモノサシばかりになりがちです。しかし、実は『学ぶ力』の低下は『生きる力』の低下にも直結しているのです。社会生活の根本である地域で伝えるという文化活動が劣化している今日、今回鹿児島で起きたような痛ましい一酸化中毒事故の報に接すると、祭りや伝統芸能以外にも地域で伝えるべき情報活動がたくさんあることを改めて認識させられた思いがします。ちなみに、我々日本人は地震や台風や津波といった自然災害の経験をたくさんもっていますが、そうした体験がしっかり伝えられているかといえば、はなはだ疑問です。月並みな言い方ではありますが、メディアに頼らぬ口で直接伝える文化の大切さをお互いに再認識したいものです。


 【2005年 4月】 インターネットを魔法の箱でもあるかのようなイメージで捉えている人がいます。確かに、インターネットは大小さまざまな情報の収納庫を全世界規模で包括的にネットワーク接続していますが、蜘蛛の巣に取り込まれたように接続されているそれら無数の『情報箱』それ自体には、そこからあらゆるものを取り出せる魔力などありません。インターネットの『情報箱』はコンテンツがないかぎりただの『空箱(からばこ)』なのです。

 ではコンテンツとは何でしょうか。この言葉を辞書で調べてみると、容器の中身とか内容物といった説明がなされています。つまり、情報箱に情報という内容物が納まって初めて、収集された情報の拠点(データベース)が各地に生まれ、多数の人々が情報網で箱同士を連係して相互に利用しあう利便性が享受されるわけです。しかし、現実には、さまざまなデータベースが連係されているとはいえ、その内容が空箱にちかかったり、充実していなかったりする場合も少なくありません。

 そこで、インターネットのインフラをビジネス対象にし、情報を提供することで、金儲けをしようとする事業者達は、なんとかして大きな収益に結びつくコンテンツを手に入れようとやっきになります。なにしろ、コンテンツを作るということは一朝一夕にはできることではなく、さまざまな人間関係や創造的エネルギーを多様な時空間活動の中で発揮し、コツコツと蓄積していく作業ですから、単なる成金スピリットで短期間に情報網の一部権益を獲得したり、データベースの空箱を用意しても、積極的な事業展開はできないのです。

 最近話題のライブドアーとか楽天とかソフトバンク等、インフォメーションテクノロジー(情報技術=IT)の世界でなりふりかまわず荒稼ぎをする企業とその経営者が、日本放送とフジテレビのねじれた資本構造に目をつけて、ビジネスチャンスを虎視眈々と狙っているのも、フジサンケイグループには、文字情報や映像情報、つまり既存のコンテンツが溢れているからです。

 もっとも、コンテンツが溢れているといっても、社会的責任という視点からみれば、眉をひそめるような事業展開や放送内容の氾濫に終始しているのが実情で、ライブドアーによる日本放送株の大量取得に端を発した今回のドタバタ劇はこの時代に垣間見られる同じ体質を持った同じ穴のムジナ達によるチャンバラのようにも思え、インターネットがロクデナシな人々の権力・権益の道具になってきている日本社会の現実を突きつけられているようで、背筋に悪寒が走る思いです。

 立ち返って、日本の教育の現場を振り返ると、学校でもこうしたインターネットの活用を軸に情報教育が推進されてはいますが、パソコン操作の訓練に終始しているのが実態です。願わくば、このような状況からすみやかに抜け出し、インターネットが一部の人々の金儲けの道具ではないことも含め、インターネットに関する正しい理解を促し、インターネットのインフラをベースに、社会に必要とされるよりよいコンテンツを創造するためには知識をどのように智恵へと変換し、有形・無形のものづくりに取り組むべきなのかを一人ひとりの児童・生徒が考える学習に結び付けてほしいものです。

 ちなみに、インターネットで検索可能な情報は、基本的にすべて誰に見られてもよい情報ばかりで、なにかワクワクするような掘り出しものがあるわけではありません。ワクワクするような情報はあくまでも、個々の人々の努力と研鑽の中から、その人の頭脳の中に構築されていくものなのです。ですから、インターネットを語る人の中には、インターネットで検索できるような情報はカスばかりと極論する人もいるほどです。



 【2005年 3月】  米国の家庭教育学者ドロシー・ロー・ノルトが「子は親の鏡」とう詩を書いたのは1954年のことだそうです。当時、彼女自身にも12歳の娘と9歳の息子がいて、保育園で子育て教室の主任を務めるかたわら、地域の公開講座等やカリフォルニアの地方紙で家庭生活に関する持論を展開していました。50年代当時のアメリカでは、子どもを厳しく叱ることが親の役目だと思われていたらしいのですが、彼女は「子育てで大切なのは、子どもを導くことである」という確信のもとに、『子は親の鏡』という詩を発表したのです(もっとも、筆者は子どもを厳しく叱ることも、子どもを導くことに含まれていると考えますが)。

【子は親の鏡】

けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる

とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる

不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる

「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持ちになる

子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる

親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる

叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう

励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる

広い心で接すれば、キレる子にはならない

誉めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ

愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ

認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる

見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる

分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ

親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る

子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つ

やさしく、思いやりをもって育てれば、子どもは、やさしい子に育つ

守ってあげれば、子どもは、強い子に育つ

和気あいあいとした家庭で育てば、

子どもは、この世の中はいいところだとおもえるようになる

(PHP研究所 : ドロシー・ロー・ノルト著 : 「子どもが育つ魔法の言葉」)

 今回、皇太子の誕生日の記者会見において、彼の子育て観を語る中で、上記の詩が引用されたことにより、ドロシー・ロー・ノルトの書籍に『買い』が殺到しているというこですが、その程度の好奇心で、一、二度この詩を読んだだけでは、子育てにはなんにも役立たないでしょう。現に私もこれまで、各種の講座で何回かこの詩を引用したことがありますが、今回、そうした私の講座に出席していた人から、初めて知った『皇太子の引用した詩』に対する大感激のメールが何通か届きました。いやはやどうも、人々の多くは有名人がTVを通じた言葉しか耳に入らないのでしょうか。これはつまり、子どもを教育することを自分の頭で日常的に真剣に考えている人がいかに少ないかというよい実例かもしれません。情報に熱しやすく冷めやすい日本人の皆さんに告げたいことは、教育はキャッチフレーズではなく、『思想』と『行』とが表裏一体となった日常生活における実践そのものであるということです。少なくとも、ドロシー・ロー・ノルトはそのようにして生きてきた人なのだと確信します。


 【2005年 2月】人は五感のなかでも、視覚から大変な量の情報を得ているといわれています。ですから、目の不自由な方々はとても大きなハンディーを背負われるわけです。とりわけ、人生の中途から失明した場合に体験する『視覚情報からの遮断という現実』は筆舌に尽くしがたい苦難をともなうことでありましょう。しかし、そうはいっても、目が見えているから世の中が見えているともいえないのが現代社会に生きる我々の日常です。そうした現実の『論より証拠』はほとんどの人々が享受しているテレビ放送でしょう。

 かつて、テレビの受像機が全国に普及し始めたころ、これを活用した学習が山村の小学校や中学校で始まり、地域変革の一翼を担い始めたという実践報告があちこちから寄せられ、なかにはNHKのドキュメンタリ番組として注目を集めたものもありました。「もはや戦後ではない」という政治家の宣言のもとで、日本が第二次大戦後の不況から抜け出し、経済成長の階段を早足で登り始めたころでしたから、東京と地方および都市と農村が新しいメディアであるテレビ放送を軸に同じ情報を共有していく現実は、それまでの閉塞感を打ち破る起爆剤になったことは確かです。

 それから半世紀ほどたった今日、テレビ放送はどうやらそのマイナスの側面を反省する時期にきているようです。すでに故人となった大宅壮一氏が「テレビは日本人一億人を総白痴化する」と予言しましたが、テレビが世論をつくり、政治経済の動向を左右するばかりでなく、視聴率という摩訶不思議な指標で金儲け用のガラクタ娯楽番組を垂れ流し、戦争・事故・災害さえショーアップしながら、児童・生徒・青年の活字離れを加速させている現実を目の当たりにしていると、彼の予言はまさに的中したという思いがします。

 もちろん、いまでもテレビ放送の貢献はいくつも列挙できるのですが、その最大の課題は、視聴者の側がテレビ放送で流れる情報を常に受身で捉える習慣が体質化してしまっていることです。つまり、もっと簡単にいってしまえば、なんにも疑問に思わずに、垂れ流し状態になっている番組を傍観している場合が多いということです。それでなくても、テレビ放送と連動するインターネット等の『情報モンスター』が勝手気侭(きまま)な歩き方をし始めた今日、まず我々は、洪水のように押し寄せる情報を取捨選択するという能力を学習しなければなりません。といっても、それは難しいことではなく、家族とテレビ番組を見ながら、その放送内容にモンクをいったり、登場人物にヤジを飛ばしたりすることも含め、『ああだ』『こうだ』と自分の頭で考えてみるクセをつけることであり、そうした考えの場に子ども達を引き入れることです。そうした我々の意識変革の中でこそ、国民の受信料で成り立っている今日話題の放送局『NHK』の根ぐされをとめることも可能になるのではないかと思うのです。



 【2005年 1月】現在では、ニュースといえばテレビをイメージする子ども達が多いようですが、文字を読み取る体験の教育的効果に着目して、新聞教材開発研究会なる団体の活動も注目され、教育活動の中で一定の評価を受けています。とはいえ、新聞のニュースも最近では、テレビほどでないにしても、各社の思想的スタンスに加えて、『ある種の客観性をもって事実を伝える努力』よりは、何かを仕掛けたり演じたりしているのではないか、あるいは仕掛けたり演じたりする人々に利用されているのではないかと思われてもしかたがない事例が多くなってきているような気がします。

 そうしたニュースの一つとして最近気になったのは、『モハマド君』が地震被災者を激励した話題です。衆知のように、イラクで殺害された戦場のフリージャーナリスト・橋田信介さんと交流を持っていたのがモハマド君です。橋田さんは生前、イラクの戦争で目に損傷をうけたこの現地の少年を日本で治療する約束をしており、それが実現する運びになったことをはやく少年に知らせてやろうとして、危険な道を急ぎゲリラの襲撃を受けることになったといいます。ですから、橋田さんの意志を受け継いでその約束を果たすために奔走した彼の奥さんと支援者の活動は多くの人々に感銘を与えました。そして、第一回目の来日で、ある程度の視力を回復して現地に戻っていった時には、そのニュースを読む者の一人である筆者もどこかほっとした気分になったものです。

 そして、帰国後しばらくたって再来日して、さらに治療を進めるというニュースを知ったときには、きわめて単純に、「あァ、そうなのか」と思いました。ところが、再来日したモハマド君が、ちょうどその頃発生した新潟県中越地震の被災地である長岡市を突然訪れ地元の中高生や避難所にいる山古志村の人達に「一緒に頑張りましよう」と日本語で話したというニュースに接するといささか首を傾げてしまいました。もちろんニュースでは、「これはモハマド君自らが被災地訪問を希望したから」と記述していましたが、その行為が本人の意思とはかかわりなく画竜点睛の役割をせずに、むしろ、よけいな行為の描き込みになったような気がしたからです。

 破壊された街からやってきたモハマド君の気持ちは純粋でも、ニュースとして人の行為を報ずる際には、そのニュースが配信される世の中の状況や人心のありようが、もっとよく考慮されるべきでしょう。とりわけ、イラク戦争、自衛隊派遣、イラクと日本の関係等々、日本を賛否両論に分断する世論形成へのさまざまな策動がある最中に、モハマド君が震災でてんてこ舞いしている現地をお見舞いに訪れるというニュースを作り出す必要があるのかどうかも疑問の余地があるところです。もちろん、ニュースをどのように読み取るかは人それぞれであり、モハマド君の震災地激励のニュースがメクジラをたてる類のものでないことは確かですが、どんな小さな記事にも隠れている人間の見えざる意図を読み取るトレーニングは、児童・生徒の教育プログラムにも必要ではないかと考える今日このごろです。



【12月】筆者の場合、あるテーマをノンフィクション仕立てで書く際に、相当期間、特定の人物や関連する人々やモノ、さらには、それらの周辺を取材する必要がありますが、最近は、後輩に当たる人々へ『取材の対象』にあまり、惚れすぎぬよう、アドバイスすることが多くなりました。というのも、最近の若者の多くは好き嫌いに突っ走る取材が多いからです。もちろん、あることやある人をテーマに長文を書くわけですから、そうした取材対象に惹かれていくほどの情熱が持続できなければ、書籍としてはまとまらないわけですが、そのことと好きになりすぎるということは別のことだと思うのです。

 具体的にいえば、好きになりすぎると、取材対象の人物像が歪んできてしまうのです。つまり、好きという色眼鏡を透過して入ってきた情報の塊で文章を書くことになってしまうのです。このような取材では、取材対象が大嫌いになって取材を続けるのとたいして変わらない誇張や手抜き情報が乱獲されることになります。週刊誌の悪しき側面と同じです。対象の人物が好きでも嫌いでも、取材で大切なことは、観察しながら情報を収集することです。

 では『観察』とはなにかといえば、一定の距離を保って人やモノと接するということなのです。わかりやすくいえば、小学校や中学校で植物採集をしたり、顕微鏡を使って物事を調べる作業とにているといえるでしょう。それは作業に没頭していても、対象を観たり、論理的に分析したりする冷静な頭脳の活動が最低限持続する必要があるということでもあります。夢中になって取り組む様々な研究者もこうした冷静さがあって始めて報われる成果を手にすることができるのです。

 なかなか難題ではありますが『情熱』と『冷静』を背中合わせにして取り組まなければならない課題は取材意外にもたくさんあるような気がします。例えば、役者が役になりきるといいますが、それは我を忘れて役にのめり込むというのとは少しちがうようです。また、子育てで子どもを抱きしめるといっても、どう抱きしめるかは『情熱』と『冷静』の間のバランスが必要なのです。さらに、最近話題を集めたプロ野球新規参入における競合も 『情熱』と『冷静』の間がはたしてうまくとり仕切れたのでしょうか。私にはそこで展開された競合の後遺症が今後、日本では社会現象化するような気持ちさえします。

 慨歎すべきことに、近年、我が国のみならず世界各地でも、『情熱』と『冷静』そして人と人との間の距離のとり方が誠実さを欠くために生ずる負の遺産が累積してきているように思えます。我々大人達はこのような世の中の在り様が、子ども達の成長する土壌を汚染し続けているという事実認識を是非とも共有しなければなりません。



【11月】 今年のような自然災害の多い年は別として、台風シーズンが終わり秋も深まると、暑さはさすがに消え去り、吹く風が心地よく、学習や読書にも集中できるシーズンになります。また、そうした気分の切り換えの時期にあわせて、世の中では昔から読書や絵画・音楽の鑑賞等々のイベントも盛りだくさんに展開されるため、『芸術の秋』という言葉に集約される季節感が日本人に共有されることが普通でした。

 しかし、最近、内閣府が行った『文化に関する世論調査』のまとめでは、映画・音楽・演劇等に関心をいだかない人々の割合が大幅に増えているそうです。1年間にホールや劇場および映画館で公演や作品を鑑賞した人は約51%で、前回調査より約4ポイント減になっています。その内訳をみますと、映画が25%、音楽が23%、美術が18%、演劇・演芸が13%、その他となっています。

 また、鑑賞しなかった人の理由では、「時間がなかなかとれない」47%、「あまり関心がない」40%、その他となっているそうです。しかも「あまり関心がない」と答えた人の割合は、前回調査よりも約12ポイント増えているというから気がかりです。もっとも、こうした調査を受けた文化庁はいたってノンキなもので、「この結果は、国民の時間の過ごし方が多様化した結果ではないか」と寛容な理解を示しています。

 文化庁のいう『国民の時間の過ごし方』という記述を『レジャーの過ごし方』と書き換えてみると、いわゆる日本語のレジャーなる言葉には、余暇を楽しく過ごすという(英語の意味にはない)ニュアンスがあるので、さまざまなスポーツやテーマパークの話題に事欠かない日本の現状では、そんなものだろう(つまり、レジャーの多様化であろう)と肯定的に捉える人々も多いと思いますが、筆者はそれほど楽観的にこの調査結果を受け入れることができません。

 というのも、日本人としての『生きる力』を支える『学ぶ力』(単なる学力ではない)の低下が、日本語活用能力の低下や、それに起因するあらゆる表現能力の低下と連動し、文化に関する好奇心の希薄化という深刻な心の砂漠化に直面していると思えるからです。我々が日常よく目にする『感』および『観』という文字は心の砂漠に緑を呼び戻すキーワードです。この秋、子ども達と共に身近な鑑賞のオアシスに足を運び、さまざまな芸術にも心を向けようではありませんか。


【10月】


 実りの秋という言葉とは裏腹に、いじめ・虐待・自殺・薬物使用・教師の生徒に対する不始末等々、本来子どもを育む家庭・学校・地域等々の教育の場では、実りの無いニュースが荒涼とした風景を展開しています。

 なかでも、心を痛めるのは殺人にまで至る大人の子どもに対する虐待とか子ども同士のトラブルの多発です。こうしたニュースの洪水に直面して『昔だって同じようなもので、昔は今のようにマスメディアが発達していなかったので、皆が知らなかっただけだ』などと言ってみせる大人達も多いわけですが、そんな風にのんきに、しらけた時評を繰り返している間は、このような悲惨な状況を解決する糸口は見出せないでしょう。

 戦後の日本は社会全体が物が豊かになることを至上命題としてきた結果、家庭にあっては、お金を稼ぎ、たくさんの物を所有することが幸せのバロメータであるかのように錯覚してきました。その結果、物をつくり、享受する取り組みに熱中し過ぎ、『心をつくること』がおろそかになってしまったのです。こうした時代の惰性は、家庭の育児にも反映し、子どもの欲求に振り回されながら子育てする、かわいそう主義のかばい過ぎ、教え過ぎ、与えすぎの甘やかし教育が蔓延してしまいました。

 『生きる』ということは、それをしなければ生きていけないという状況に直面するなかから実感していくものですから、日本のような一見平和な社会で生活する子ども達に『生きる』ことを実感させるには、大人がそれなりの覚悟をした子どもに対する教育が不可欠なのです。それには、テレビゲーム(仮想世界)や豪華遊園地遊等の人為的に作られた環境で遊ばせることよりも、自然とあるがままに向き合う環境で暮らすことが理想でしょう。ちなみに、今年も、異常気象で、台風や大雨が日本各地に多大な被害を及ぼしましたが、そうした地域に生活する人々のなかには、おそらく悲しみや苦しみとともに、『生きる』ことを実感せざるをえなかった子ども達も多かったはずです。

 このように、本来、人間としてたくましく育つ学びの過程には痛みや苦しみや悲しみがつきものです。ところが今日の日本では、なにかと便利な都市化が進み、そうした都市化の波の中で、自然環境に背離するような『ぬるま湯』につかりつつ、安穏に甘やかし教育を受けて『子どもからなんとなく大人になった』人々(もちろん、そうでない人も多数おられます)が、親や教員や組織の長や政治家になっている時代を迎えています。ニュースに登場する子ども達の悲惨は、残念無念ながら、このような日本の社会状況と無縁ではないということを我々は幾度でも自省・自覚すべき時期にきているのではないでしょうか。 


【8月】
 ワンパターンの国・日本では、政治・経済のみならずあらゆる意味での教育もまたワンパターン化して出口を見つけられないで(あるいは、故意に、見つけないで)いて、焦燥感が募ります。

 しかし、先日、ラジオ放送の番組に耳を傾けていると、こうしたイライラに一筋のそよ風が吹いてきたようなやりとりが聞こえてきました。NHKが夏休み期間中に毎年放送している『子ども科学電話相談』です。同番組は、午前9時5分から11時半までの間、毎日放送するもので、これもまたワンパターンのマンネリ教育番組にはちがいないのですが、聞いているとなんとも新鮮なのです。

 その内容は4〜5人の専門分野の大人達が、全国の津々浦々から寄せられる子ども達の科学的な好奇心や疑問に属する質問へ、手分けして答えていくというものです。確かに、番組そのものは大人達が構成しているものですが、そこでやりとりされる質疑応答は大人達と子ども達の真剣勝負ですから大人達の思惑(思いの枠といってもよいかもしれません)を超えており、その素朴なやりとりに微笑みが沸くと同時に、展開される会話の迫力に圧倒されるのです。この番組に回答者として毎年招かれる専門家達は、『子ども電話相談室』が始まる夏休みが近づくととても緊張するそうです。

 いうまでもなく、電話を寄せる子ども達は一人ひとりの個性があって、思うように話せない子、愛嬌たっぷりな子、おませな子、しっかりとした論理性を身につけた子等々、いろいろです。しかし、そうした大人流の『第一印象評価』をせずに、その素朴な質問の持っている本質的な広がり・深さ・難解さと、それに可能なかぎり丁寧に答えていこうとする大人達の態度に耳をそばだてていると、学習することの魅力がぐんぐんと迫ってくるのです。

 多くのラジオの聴衆を魅了するこの番組は、質疑応答の舞台が広範な科学の分野、すなわち今日では教育分野からも忘れ去られてしまった感がある言葉、『博物学』の分野です。昔も今も変わらずに、子ども達はこの博物学の分野から、多くのことを体験し、人生を学んでいくといってよいかもしれません。NHKの『子ども科学電話相談室』は、そうした博物学と博物学から学ぶ子ども達の尽きない魅力を生絞りジュースのように爽やか鮮度で配達してくれ続けているマンネリ番組だと思うのです。
 


【 7月】

 一昔まえなら、田舎へでかければ、そこらじゅうに里山がありました。というより、農家にとって里山は生活の基本的環境、言い換えれば『生命線』であったといってもよいでしょう。

 里山は四季おりおりには、山菜・キノコ・獣の肉等々さまざまな食物の素材を提供してくれますし、それよりもなによりも、飲み水にもなる水源としても大きな役割をになっていました。その他に、落ち葉は堆肥の材料となり、枯れ枝は薪に、各種の雑木は炭焼きに、茅は屋根をふく素材にと利用されました。また、里山と接して広がる農地には、里山を仲介とする豊富な栄養が稲や農作物の養分が日常的に田畑に流れ込み、様々な水辺や水中の生き物との共生関係の中で、化学肥料に依存する農業では得られない良質の食物の生育を促していました。

 そして、こうした里山との共存関係の中で、各地の村々はその地域固有の生活様式を展開し、年中行事やシキタリ、そして互助の精神を育んできたわけです。それはまさに里山の文化とよばれる多様性の中の統一された源流であり、日本人の心の古里です。ですから、各地の村落に根づき伝承されてきた日本の祭り、伝統的芸能・芸術、民間文学もそれを担ってきた大河の一滴としての多数の人々が里山文化をヘソノオとして育み発展させてきたものなのです。

 しかし、里山といわれる自然環境(人と動物、そして植物が共生できる自然環境)はただ単に放置された山林とは異なります。すなわち里山の環境を生み出すには、地域に住む人々が山の恩恵に感謝し、過剰に収奪せず、愛情を持って、草刈りをしたり、適切な伐採をしたりすることが大切になります。つまり子育てと同様に手間(てま)暇(ひま)をかけることが基本なのです。

 先ごろ『たそがれ清兵衛』という映画が話題になりましたが、その中で主人公の貧乏な下級武士が「子育ては、野菜を育てるの同様に、実に楽しいものです」といった内容のことを語るくだりがありますが、その昔、里山文化を維持し育むことは、子どもを生み育てることと地域に生きる精神の深い深いところで、ヘソノオがしっかりつながっていたと思われます。夏休みに家族で里山のある故郷を訪れる皆さんは、自然と人との育ちあいに心を向けたいものです。


【 6月】

 『学力』は子どもにとっても、大人にとっても大切なものです。学力をいたずらに軽視することは社会生活を本質とする人間にとって、決して幸せなことではありません。では、学力があればそれでよいかというと、それだけでは不充分です。学力と並行して人格が育まれなければ社会人として機能しません。つまり、学力は必要条件ですが、充分条件ではないのです。一方、人格が育まれていれば、学力はどうでもよいのでしょうか?我々はこの問いに対しても、人格が育まれただけでは必要充分ではないというべきなのでしょうか?こうした質問には、少なからぬ人々がたじろくかもしれませんが、私はわりあいとあっさり、次のように答えることができます。

 『人格が育まれていれば、学歴はどうでもよい』

というのも、私が今日まで59年間生きてきた中で、人格者と他者が認める人々で『学力』のない人にはただの一度も出会ったことがないからです。いうまでもなく、人は生まれてくる親と場所と時代を選ぶことはできませんから、産み落とされた環境の中でさまざまな幸の度合いを体験して育ちます、なに不自由なく育つ人もいれば、なにかと不自由ばかりして育つ人もいるでしょう。ですから、その学びの環境も、家庭教師や塾通いの至れり尽くせり組みから、苦学・独学組、さらには学校に通わない、あるいは頼らない自主学習組みまで多種多様です。これは多かれ少なかれ、いつの時代にも共通することです。そんなわけで、今日のように、学力をつけることと学歴とをイコールで結ぶような発想が世の中で横行すれば、人格者が必ずしも学力があるとはかぎらないという短絡した話になってしまいます。

 何人かの例外はあるでしょうが、おそらくこれからも、人々のために活躍し、歴史にその名を刻まれるような生き方や仕事の足跡を残すような人物は、『学歴』へのこだわりのなかで過保護に育てられたような人々の中からは排出されないでしょう。特に、人間の偉大さの芽は、自分こそが地球の真中だなどとのぼせ上がっている都市型環境の人間群からは芽生えないのです。よく考えてみればわかることですが、それぞれの人にとっての地球の真中とは、自らが生活する地域であり、人を育てるのはその地域の環境の良し悪しです。よき水がよき酒を育てるように、よき環境が優れた人物の芽を育てるのです。そして、人の育つよき環境とは、物やお金がありあまる生活ではないということ、さらに言えば、立身出世とは世に自分の名声を売り込む算段でもないということを、よくよく心に言い聞かせておかねばなりません。