韓国のお祭り「宗廟大祭」を見て 【韓国旅行記】




01宗廟大祭とは?

 ゴールデンウィークに韓国を訪れる人は多いかも知れない。この期間中、各地でいろんなイベントが行われるのだが、その中の一つに「チョンミョデジェ」(宗廟大祭)がある。ソウルの中心地を東西に貫く大通 り「チョンノ」(鍾路)沿いにある宮殿「チョンミョ」(宗廟)で行われている祭りだ。毎年5月の第一日曜日に開催されており、これを報告してみたい。

 ソウルに住んでいる友達の「ユ・スンヒョン」ちゃんと一緒にチョンミョ(宗廟)に到着したのは、お昼の12時近くだった。既に正門前の広場に大勢の人が繰り出していて、大変な賑わいだった。家族連れや老人の団体など、老若男女を問わずに集まっている。

 このお祭りには、いろいろなイベントが用意されているようだった。でも、具体的にどういうものが行われているのかよく分からなかったので、まずはチョンミョ(宗廟)の中に入ってみることにした。

 普段は入り口横のチケット売場でチケットを買わなければならないのだが、今日は様子が違っていた。入り口の前に机がおかれ、受付をしていた。それに大勢の人が並んでいる。そこに並んで黄色いリボンをもらい、それを胸につけると中に入れるみたいだった。

 ところでこのお祭りは本来、朝鮮王族(?)の「全州李氏」のもので、今日のお祭りもファンセソン(皇世孫:王族の子孫)が祭りの主人公だ。そういう意味では「全州李氏」以外がお祭りに参加できるものなのかと心配したが、特に問題ないようだった。

 因みに「全州李氏」(チョンジュ イシ)って何?と思われる方も多いかも知れない。韓国に興味があっていろいろな本を読まれている方にはお馴染みなのだが、知らない人には何のことだかわらないだろう。これを正確に説明するには、かなりのページが必要になるので、大ざっぱに説明しておく。

 朝鮮民族は祖先からのつながりをとても重要視する民族で、かなりの長さの家系図「族譜」(チョッポ)というものを持っている。ものすごいのになると神話時代の登場人物が先祖になっていたりして、それが現代に至るまで綿々と受け継がれてきているのだ。そして「それらの集団・一族」を呼ぶ名称として「姓氏」の前に始祖の発祥の地「本貫」(ポンガン)などを冠して「全州李氏」などとしている。つまり始祖が全州出身の李氏という意味だ。「全州李氏」以外で有名なものとして例えば「金海金氏」(キメ キムシ)などがあるが、始祖は「首露」といい、新羅とか伽耶とかの時代の人だ。実に遠大な話だ。そしてこの「本貫」が現代でも社会生活を送る上でいろんな面 で影響を及ぼしている。最近はどうだか分からないけど、基本的にこの本貫が同じ者は結婚できない。何百年も前、つまり奈良時代の頃に祖先が一緒だった者同士は、現代でも結婚できないわけだ。僕ら日本人にとってはアホみたいな話だが、これもまた事実なのだ。反対に韓国人から見れば、従兄弟同士で結婚できる日本社会は、犬猫並なのだろう。とりあえず、韓国社会では、この「本貫」がなにか、どの集団に属しているかってのが、今でも重要なのだ。そして「全州李氏」は李朝時代の王族を出した一族というわけで、それこそ鼻高々だ。







ソウルの位置関係





宗廟大祭

02宗廟の中へ入ってみる

 ということで、「外国人なんです~」などといいながらリボンをもらい、中に入った。中にはいるといつもなら閑静なたたずまいを見せているチョンミョ(宗廟)が人で溢れかえっていた。そして道には「のぼり」が立てかけれられていて、道をあけるように促していた。ここを大名行列(いや、王族行列とでも言うべきか)が通るらしい。行列が来るまでまだ時間があるようなので、スンヒョンちゃんと二人でチョンミョ(宗廟)の中を歩き回ってみることにした。

 人垣に囲まれた石畳の道を避けるようにして奥の方に進むと、塀で囲まれた大きな建物が見えてくる。チョンミョ(宗廟)の中心地「正殿」だ。門をくぐって中に入ってみると、既にお祭りの用意がなされていた。正面に見える大きな建物の前に「銅鐸」のようなものがたくさんぶら下がった楽器や、その他何だかよく分からないものが並べられていた。いわゆる雅楽の合奏が行われるようだ。手前の空間が観客席になるらしい。テレビの中継スタッフも急がしそうに準備に追われていた。

 まだ当分始まりそうにないので、一旦人が群がっている道の方に戻ってみる。あとしばらくしたら行列が来るはずだ。

 しばらく待っていると行列が現れた。群衆がわれ先にと争うように走っていく。僕らも追いかけるよう駆け寄っていった。先頭はいわゆる「つゆはらい」みたいな人たちで、そのあとから「イmグm」(王様:mの発音は文字どおり母音のないm)が輿(屋根がない。蓮台みたいなもの)に乗って現れた。群衆たちが一斉に群がっていく。警備のおじさんに怒鳴られながら写真を数枚撮った。それにしても群衆たちはお構いなしに群がるし、警備員はマジ切れ状態で怒鳴るし、日本では見られない光景かも知れない。

 その行列はさっきパフォーマンスの準備をしていた正殿に入っていった。僕らも後をつけて、もう一度正面入り口から中に入ってみると、客が広場に座り始めているのが見えた。どうやらこの広場で行われるパフォーマンスも見学できるらしい。

 僕らも早速観衆の一員となる。広場に次々とビニールシートが敷かれていき、そこに腰を下ろした。僕らの後ろからも続々と人が詰めかけてきた。そしてあっという間に広場は人で埋め尽くされてしまったのだ。僕らは真ん中より前の位置を確保することが出来た。

 真夏のような日差しがじりじりと照りつける中をひたすら待つ。しかし一向にパフォーマンスが始まる気配はなかった。パンフレットのスケジュールによると、12時10分より正殿で理事長の挨拶があることになっているのだが、

「今しばらくお待ち下さい」

というアナウンスが繰り返し流されるだけで、いつになったら始まるのか皆目見当がつかなかった。

「今しばらくって、どのくらいなんだろう? 30分? 1時間?」

 これが韓国なのかも知れない。


宗廟大祭
さあ、急ぐんだ

韓国ソウル 宗廟大祭
行列が現れた

韓国ソウル 宗廟大祭
あれが王様か?

03音楽パフォーマンス

 そもそも僕らがここに到着した時点で既に12時ぐらいだったわけで、つまり、既に始まりの時点で1時間ぐらい遅れているのだ。気長に待つしかないらしい。スンヒョンちゃんも「いつ始まるの~~」と、だれ気味だった。お肌を焼かないために日傘を差して待つ。実はスンヒョンちゃんはこの手のお祭りを見るのは初めてらしくて、期待満々だったのだが、さすがにこの暑さで長時間待つのは厳しいようだった。

 そして1時間以上の遅れでパフォーマンスが始まった。理事長が入場し、お付きの人々や音楽を奏でる人たち、踊りを踊る人たちが次々と入場してくる。それぞれパフォーマンスの違いによって色の違う服を着ていた。スンヒョンちゃんによると、踊りを踊る人たちは芸術学校の生徒だそうだ。なかなか面白そうだ。

 そして予定通り(?)の順番で、まずは挨拶があった。そしてパフォーマンスが始まる。音楽に合わせて踊りを踊るのだ。音楽の方はいわゆる「雅楽」の範疇にはいるのだが、やはり日本のものとは少し違うようだった。

 本当は最後まで見たかったのだが、このあと予定があったので途中で退場した。滅多に見ることの出来ないイベントなので、GWにソウルを訪れる方は、見学の候補に入れることをお勧めしたい。 

 最後にパンフレットに載っていた理事長の挨拶を日本語訳してみましょう。

 チョンミョ(宗廟)は、朝鮮王朝の歴代の王と王妃の位牌をおさめ、祭祀を行う祠堂です。王朝の国土と五穀の主神をお祀りし、國泰民安(クッテミナン)を祈るサジッダン(社稷壇)とともに、国家の象徴としての王の先祖に対する祭祀を執り行うところです。王宮の東にチョンミョを建て、西にサジッダンを建てるようになっていることから、チョンミョがキョンボックン(景福宮)の東である現在の位置にあるのです。

 朝鮮王朝時代には、祭祀を年に4回執り行っていたのですが、日本の植民地時代には中断されたりもして、現在では年に1回執り行っています。五月の第一日曜日にチャレアッ(祭禮樂)とイルム(イル舞)をあわせて、大祭を奉行してきております。かつての王朝の歴代の王と王妃の位牌をそのままお祀りし、昔からの格式で祭祀を執り行っているところは、世界で我がチョンミョ(宗廟)しかありません。(ほんまか?訳者注)チョンミョ(宗廟)のこのような文化的価値が認められて、プルグクサ(仏国寺:慶州にある 訳者注)、ソックラム(石窟岩:慶州にある 訳者注)ヘインサ(海印寺:訳者注)の大蔵経とともに1995年に世界文化遺産に登録されました。引き続いて、1997年には、世界文化遺産としてチャンドックン、スウォン(水原)のファソンが、世界記録遺産として訓民正音と朝鮮王朝実録が登載されました。

 今やチョンミョデジェ(宗廟大祭)は我々だけの行事ではなく世界人の行事です。世界人が見守る行事であるから、さらに敬けんなる祭祀と厳粛な雰囲気を守るように協調して下さるようお願いいたします。



韓国のお祭り「宗廟大祭」を見て 了
1998年5月3日(日)


宗廟大祭 音楽パフォーマンス
音楽パフォーマンスが始まる


宗廟大祭 ちゃっかり記念撮影
ちゃっかり記念撮影



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