仏教ちょっと教えて 




018 信仰
 Q:  キリスト教徒がイスラム教徒を攻撃したり、同じ仏教徒同士でも宗派がちがうと他を攻撃するようなことがあるようです。
 信仰をするということは、お互い人間同士が愛したり、和していくものなのではないでしょうか。信仰を持つことの重要性というのはどういうことなのでしょうか。

 A:
  あなたは信仰を持つということの重要性をたずねようとされていますが、もし私が「先入観を持っている人には答が伝わりません。」と言うと「いえ、私は信仰に対して先入観などありません。」とお答えになるのではないでしょうか。それほど、自分のもっている先入観とは、気づきにくいものなのです。
 何が先入観でしょう。それは、「信仰をするということは、お互い人間同士が愛したり、和していくもの」という思いこみです。驚かれるかもしれませんが、お互いが愛したり、和していくことを大切であると説くのは、何も宗教の専売特許ではありません。倫理や道徳がよく説くところです。そして、心がけましょう、立派になりましょうと崇高なスローガンを掲げます。無論、それはそれで素晴らしいことだと思います。そうした心をまったくもたずに生きていることより、持った方が人生を生きるのにより重要で、また人生生活に役に立つものです。
 しかし、仏教が示す信仰はお互いが愛したり、和していくため、そういう世界を作るために役に立つものでもないし、なくてもあってもいいがあった方がよりましな道具や手段となるものではありません。あるいは、仏教のいう信仰は、心を操作して、そう心がけましょう、立派な良いことをしましょうというところで、良かったね、素晴らしいねという教えではありません。それでは、この世の中の道徳の提灯持ちをするのが仏教ということになってしまいます。
 もちろん、さまざまな宗教の中には、いかに社会に役に立つのかという一点を強調するものもあります。また、戦争中など多くの仏教教団はいかにこの戦争の為に自分の宗派の教えは役に立つかということを声高に吹聴した間違った教学のために社会に対して大きな誤解を生んできたという反省すべき点を見逃してはなりません。そうした反省を踏まえて、本来の仏教は社会の迷いの姿を厳しく見届け、その中で振り回され、自分を見失っている人間に目覚めをもたらそうと温かくかかわってくれる教えなのです。
 つまり、それはあってもなくてもいいが、あった方がましであり、あった方が人生生活が有意義になるというものではありません。仏教の信仰をたずねていくと、なるほどこれなくしては本当の私のいのちを生きることはできなかったとわが身をもってうなずくものです。また、心がけてそう思うというような小手先の操作でなかったとうなずけるものです。
 これを質問にそってお答えしますと、お互い人間は尊ぶという意味で愛したり、また和していくことを願い求めているのも嘘ではないでしょう。しかし、現実には自分の都合にあわない条件に出会うと、相手を拒否し、裁き、あげくの果てに見下します。あるいは、これは正義、正しい、あれは不正義、間違いと線を引きながら、いつでも自分自身はその線の内側になるように壁を作るような自己中心性をもっているのではないでしょうか。そうした自分自身を通して、この世の掲げる倫理や道徳の限界性に気づかされていく教えが仏教の信仰にあるといえます。
 親鸞聖人という方は自分の煩悩は「臨終の一念にいたるまでとどまらず、きえず、たえず」とおっしゃり、如来の教法(み教え)に出会うことで、はじめてそのような姿をしていることに気づかされるのだと示して下さいました。そして、そうした己の愚かさや自己中心性の故に傲慢に生きている生き方が砕かれて、究極の平等と平和のあり方(浄土)へ向けての歩み(往生)が始まるのだといわれています。
 自分の姿に触れずに、どこかよそ事のように争いのない良い世界を築こうと論じることほど傲慢な生き方はありません。もっとも、そのことに気づけないような考え方が世間の「常識」となり、私たちはその中にどっぷりと浸かってしまっているのでしょう。仏教の信仰とは、狭い自我の殻の中に生きている自分自身にそろそろ気づきなさいよ、という如来の願いに呼び覚まされていくことであり、相手を認めようとしていない自分の生き方が自ずと問われていくことです。すると仏教にであうということで自分が関わる社会の中で、お互いのいのちや人権を認め合うようになり、非戦・平和を求めるようになるのです。さらには、誤った政策が作り出した戦争という方法によって殺された犠牲者を宗教の名で褒め讃えていくことの愚かさにも気づかされていくのです。そのような形で私に深い目覚めをもたらしてくれるのが仏教の信仰です。
                     本多 静芳
     (『法話情報大事典』雄山閣より転載)


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