A: なぜ漢文のお経を読むのかというご質問ですが、まず最初にお経を読む意義を知らねばなりません。お経を読むことは、古来インドにおいて主にお経の意味内容を理解し、仏の教えを実践するために行われていました。また、記憶し布教するためにも大いに読まれたようです。
そして、仏教が中国へと伝えられ、お経がインドの言葉から漢文に翻訳されてからは、祈願や追善廻向のために読まれることも多くなったようです。日本におきましても、当然中国の仏教を下地にしておりますので、同じようなことが主として言えるようであります。
さてここで、浄土真宗におけますお経を読む意義について考えてみましょう。浄土真宗では、朝夕のお勤めやご法事などは、全て阿弥陀如来の仏徳を讃嘆し、必ず仏に成らせていただく身の幸せを喜ぶ報恩感謝のいとなみであります。従いまして、お経を読む意義は仏恩報謝に尽きるわけです。私たちは、お経の中に説き明かされております阿弥陀如来の本願力を信じ、人に伝えて共に喜びお念仏の報恩生活をするのみであります。
とはいえ、ただ単にお経に書かれていることを、意味も理解せぬまま口に出して読むだけでは、決して十分であるとは言えません。インド以来の仏教教団の伝統に従いましても、やはり内容を理解した上でお経を読ませて頂き、報恩感謝の生活をしていきたいものです。ですから、決して漢文で読まねば意味がないわけではありません。
実際、親鸞聖人は漢文で書かれた難しいお経の要旨を、当時の人々に解りやすいようにご和讃としてお示し下さいました。自分にとって解りやすい言葉でお経を読ませて頂くことが、仏の教えを実践し布教するためにも大事なことであると言えます。
しかし、昔から漢文のお経を読ませて頂いてきた歴史も無視はできません。お経の読み方は、これからの仏事を考える上で、僧侶にとってもご門徒の方々にとっても重要なことであります。仏教を次の世代に伝えるために、共に考えさせていただきたいことであります。
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回答者: 伊東 昌彦
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【参考文献】
『望月仏教大辞典4』 世界聖典刊行協会
『真宗事物の解説』 西原芳俊著 東方出版
『仏事の話』 経谷芳隆著 永田文昌堂 |
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