A:
お答えいたします。
お祝いや感謝で贈るにせよ、恋人に捧げるにせよ、お見舞いに持参するにせよ、花は手向ける相手に表側(咲いている方)を見せるのが普通です。
その意味では、本堂の内陣やご家庭のお仏壇に花を供える場合も、仏さまへのお供えなのだから、花の表側は私たちの方ではなく、仏さまの方を向いているべきと考えるのが当然と言えます。
しかし、内陣やお仏壇の花は、もちろん仏さまへのお供えではあるのですが、それだけの意味にとどまりません。
仏さまから私たちへのはたらきかけも表しているのです。
浄土真宗の依り所のお経のひとつ『仏説阿弥陀経』には、阿弥陀さまのお浄土の様子をたとえて、「池中蓮華 大如車輪(池の中の蓮華、大きさ車輪のごとし)」と説かれた一節が出てきます。仏国土の池の中から清らかな蓮の花が、大きな車輪のように咲きほこっているというのです。
また続けて、「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光 微妙香潔(青き色には青き光、黄なる色には黄なる光、赤き色には赤き光、白き色には白き光あり。微妙香潔なり)」とあります。様々な色の花が、それぞれあるがままに美しく咲いて、かぐわしい香りを放っているというのです。
振り返って自分自身を見つめるとき、濁りきった世界に生きる煩悩だらけの私がいます。いつも周りと比較して、やれ誰が上だ、やれ誰が下だのと、それぞれのあるがままの素晴らしさを認めることのできない私がいます。
そんな濁りの世界を離れ、清らかなお浄土に間違いなく生まれてほしいと、阿弥陀さまは願われています。ものごとを正しく見ることができずに、苦しみ悩むお前を必ず救うぞと、いつもはたらきかけて下さっています。
そんな教えに気づかせていただくとき、感謝の気持ち、ご恩に報いる気持ちから、仏さまに花をお供えさせていただくのでしょう。そして同時に、いつも私に向かってはたらきかけて下さる仏さまのお心を表し、お浄土の清らかさを偲ばせていただくために、花はこちらに向けてお飾りするのです。
|
回答者: 隆 康浩
|
|
|