僧侶向けページ



040  「新寺建立の障害」の誤解 


「新寺建立の障害」の誤解

 2000年10月28日付「中外日報」に以下のような記事が出ておりましたので、元都市開教専従者であった私の意見を少し述べさせていただきます。
 まず中外日報の記事です。(原文は縦書き。段落をつけました。)


 新寺建立の障害除け
●本願寺派: かつて山陰教区の山間部の同派寺院が過疎化の波に晒されて消滅する過程をリボートした特集番組がNHKで放映され、宗門内に大きな衝撃を与えたが、「農山漁村依存型」とされる宗門にとり過疎、そして過密への対策は今後の教線拡張にとって避けて通れぬ問題だ。
 第二百六十回定期宗会(武野以徳議長)の通告質問に立った村永行善議員(真生会)は「過疎寺院対策はここ三十年来の懸案。委員会等で検討という段階ではない。具体的な行動が必要だ」と、具体的な過疎地寺院対策の必要性を訴えた。
 同議員は「宗門の寺院の五二%が農山漁村にある。都市圏では都市開教で寺院数が増えているが、過疎地寺院の約二○%が解散や移転を考えているのが現状。昭和三十七年から現在までで寺院数の増減を調べてみると九十九ヵ寺の減少となる」などと具体的な数字を挙げて宗門のおかれている窮状を指摘。
 「都市部で寺院を新たに建立しようとすれば組長の承認印が必要だが、これが新寺建立のネックになっている」と法規の改正を要望、また、「宗派が都市部で我が宗門の寺が少ない地域に寺院を建立し、寺として活動してゆける見通しがついた時点で過疎地寺院に有償で譲渡してはどうか」などと提案、総局の見解を質した。
 蓮清典総長は、総長就任以前は築地別院輪番、東京首都圏都市開教対策本部長として都市開教の現状をまとめた「都市開教現在帳」を作成するなど都市開教の推進に取り組んでいたが、「(都市開教は)人口流動に的確に対応することが基本。そして、都市開教に従事する僧侶に本当にやる気が備わっているかである」等と答弁。
 また、宗派内の“縄張り意識”が新寺建立の障害となっているとの村永議員の指摘については「別院にも周囲の寺院から『新たに門徒を作らないこと』等の条件が付けられることがあるが、こうしたことは残念なこと。法規の整備が必要」との見解を示した。
(中外日報 2000.10.28)


 新聞記事ですので、定期宗会での質問と答弁は詳しく載っておりませんが、内容は大筋推測できます。
 過疎・過密の問題ですが、村永議員のご指摘の通り、宗派内に、特に僧侶の“縄張り意識”が垣間見えます。それは過密地域だけの意識でなく、過疎地域におきましても「自寺の区域」「他寺の区域」といった意識があるように思われます。
 記事では議員が、「宗派が都市部で我が宗門の寺が少ない地域に寺院を建立し、寺として活動してゆける見通しがついた時点で過疎地寺院に有償で譲渡してはどうか」などと提案。とありますが、これはでは過疎対策にはならないのではないでしょうか。
 過疎対策については、宗派が過疎地の寺院を支援(具体的には寺族の生活費を援助)する考え方がベターだと思います。
 それは、どんな未開の地にも人がおれば入り込んで教会を建て、人材を派遣するというキリスト教の伝道スタイルです。門徒が一人でもいるかぎり教化活動の手を抜かないという体制が望まれます。このような伝道スタイルを取ることが出来ない宗派内の実情が、すなわち議員の指摘する“縄張り意識”であると思うのです。
 次に、議員の「都市部で寺院を新たに建立しようとすれば組長の承認印が必要だが、これが新寺建立のネックになっている」と法規の改正を要望。ですが、どのように改正するおつもりなのでしょう。
 私の知る限り、新寺建立などの大きな案件に対して、組長は組の意見を取りまとめた上で承認印を押しております。議員は組長が受け入れを拒絶する働きをしていると断定しておられるようですが、事実は組内を調整し組として積極的に受け入れる働きをしているのです。鎌倉組の場合も、一番新しい大船教会が設立されようとしたとき、私たち(10ヵ寺4布教所)は何度も会議を開きました。そして、組の総意として受け入れを決定したのでした。
 組長の承認印が新寺建立のネック(障害)になっているとはとても思えません。もし新寺建立の障害があるとすれば、それは東京教区内に野放し状態となっている未包括寺院(いわゆるもぐり寺院、50カ所程度ある)の存在と、教区外寺院所属の衆徒が教区内でリベートを通して葬儀社と手を組んだ宗教活動の問題です。
 議員が問題にしているのは東京教区内にある未包括寺院への組長の承認印のことだと思いますが、宗派の過密地域への対策として、東京首都圏都市開教対策本部が築地別院内に設けられ、新寺建立のために努力していることをご存じないのでしょうか。
 対策本部は組と都市開教希望者の間に立ち、布教所がスムーズに設立されるよう懸命の努力をしております。
 組長が新寺建立の承認印を押さないのは、そんな対策本部と組、そして正式に対策本部を通して布教所活動を希望する者の努力を無にするような、組内における未包括寺院と教区外寺院衆徒の得手勝手な宗教活動があるためです。
 正式なルートを通した新寺建立の申請であれば、組は受け入れてくれるでしょうし、組長も承認印を押すはずです。
 最後に、議員ご提案は、過疎対策と過密対策を絡めての提案でありますが、それは寺院の経済的側面からのみの意見に思えてなりません。教化的側面からは、過疎対策と都市開教は別個に考えるべきであると思います。
 特に過密地域への対策としては、寺院建立後の「寺として活動してゆける見通しがついた時点で過疎地寺院に有償で譲渡」でなく、蓮総長のご指摘のような「本当にやる気が備わっている」都市開教希望者に最初から任せることです。そして、そのような都市開教希望者は過疎地寺院出身者でなくても良いと思います。過密地出身者でも在家から得度した者でも構わないと思います。要はその人の「やる気」だと思うのですが…。
 村永行善議員の法規改正要望は、現場の都市開教従事者にとりましても少々見当違いな意見と思われ困惑しているのが現実です。受け入れる側の組の問題として捉えるのは誤りです。まず、東京教区内に野放しとなっている未包括寺院と衆徒の現実を正確に認識していただき、未包括寺院と衆徒の問題を改善するための法規の改正を検討して欲しいと思います。
 都市開教の根本問題はここにあると思います。


橋本正信 (2000.11.16)

僧侶向けトップページに戻る