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Keyboard Mania


二色成型 vs 昇華印刷
2021/10/02更新

キーボードの完成度が最も高かったと思われる1980年代後半〜1990年にかけて、文字形成方法には二色成型と昇華印刷の両者が採用されていました。それぞれに特徴があり、優劣を決めるものではないのですが、そのどちらが高品質、高コストなのかを(個人的に)検証してみました。

<見た目の品質>

昇華印刷はインクが樹脂に染み込むため、くすんだ色合いで滲んだようになってしまうのに対し、二色成型は文字の色を鮮やかにすることが可能で、エッジもくっきりしています。濃淡反転文字も二色成型なら可能です。漢字など複雑な文字はバランスがおかしくなりますが、それもレトロ調でいい味わいとなっています。NumLockキーなどLED透過窓がキートップに設けられる例がありますが、二色成型+透過窓は難しいようでそのキーのみ印刷になることがあります。またWin95時代のWindows関連キーもパターンが複雑なことから部分的に印刷を採用していることが多かったです。

<材料としての品質>

昇華印刷は熱と圧力により文字の転写をするため、耐熱性のあるPBT樹脂が使われます。PBT樹脂は表面が冷たく滑る感触なので、プラスチックの安っぽさを感じにくいです。二色成型は流動性の高いABS樹脂が採用される例が多いです。表面はしっとりとした手触りで手指に馴染みやすいのが特徴です。使い込んでいくと表面が摩耗してつるつるになりやすいですが、それも味わいであるとも言えます。また常に新しい表面が露出しているので文字がくっきりしています。PBT樹脂は摩耗されにくく、表面のシボ(ザラザラ)に汚れがたまっていくので使い方によっては黒ずんでいく傾向があります。またABSは経年劣化で黄変しやすい欠点がありますが、漂白剤と紫外線で元に戻すことができるようです(PBTは変色しにくいですが、若干黒っぽくなる傾向があり、前記の方法では元に戻らないようです)。最近は、より高品質なキーキャップを追求し、PBT樹脂を採用した二色成型も登場しています。

ABS樹脂は柔軟性が高いので薄く成型することができ、結果的に軽く安っぽいキートップになりがちです。PBT樹脂は硬度が高く、薄くすると割れやすいので、厚く重いキートップになります。

<文字消え>

使い込まれた昇華印刷のキートップで文字が消えかかっている例がありました。IBMの専用端末の実行キーで、摩耗しにくい表面のシボが消えるまでになっていましたので相当な使い込まれ具合だったのでしょう。二色成型は、PC-9801(V系)のReturnキーがすり減り、矢印の下地が露出するまでになっているのを見たことがあります。博物館(お米ギャラリー銀座)に設置された案内用の機械でキーボードにReturn等必要な部分のみ穴の開いたカバーがかけられ、そこだけ叩かれ続けたようです。

<コスト>

二色成型はイニシャルコスト(金型など初期の設備投資)は高くなりますが、一度金型を作った後は安価で大量に生産ができるので長期にわたり製造する場合に有利です。但しモデルチェンジの激しいPC業界では同じキーボードが大量生産される例はそれほど多くなく、実質的に一台あたりの価格に反映されます。昇華印刷はPBT樹脂を採用するので、生産数に関わらず一台当たりの材料コストは高いが、イニシャルコストはそれほど高くならないと考えます(PBTの場合、印字、転写という別工程が必要になるので、それなりの設備が必要になるか、外注するので割高になることも考えられます)。

<採用例>

昇華印刷: IBMのビジネス端末、MacintoshやSGI、DELLの付属キーボード(但しこれは発注先のALPSの企画設計によるものかもしれない)、現在では業務用としてはあまり見かけなくなりました。

二色成型: PC-9801、AX端末など国産の8ビット〜16ビットPCの多くに、米国では8ビット時代のものに見られます。PC以外では現在、カシオやシャープの高級電卓での採用例があります。

<メリットを生かした活用例>

昇華印刷が活用された例としては、米国IBM、日本IBMが販売した用途別の専用端末において、通常のPCとは異なる表記のキーボードが生産されていました。二色成型は、NECのPC-9801用として長期にわたり大量生産されたことがあります。

<変革の経緯>

昇華印刷→シルク印刷やレーザー印字、二色成型→シルク印刷やレーザー印字に切り替わる例は多くありましたが、昇華印刷と二色成型の間で切り替わった例は少なく、以下にその例を挙げます。

・PC-8801mkIISR/TR/FR/MRシリーズの一般キーは昇華印刷(濃淡反転の機能キーは二色成型)であったが、後継機のPC-8801FH/MH以降のキーボード(Aタイプと呼ばれる)は、機能キーが濃淡反転でなくなったにも関わらず二色成型を採用している。理由としては、88SRのキーボードは、米国版として発売したPC-8801mkIIAR用のキーボード表記(カナなし)に対応するための構成と考えられる。また、FH/MH以降のキーボードは、後に追加販売された88BLACK用として配色を変更する目的があったのかもしれない(但しキーキャップの地色がベージュからグレーに変わった程度なので昇華印刷でも対応できたはず)。一方、88SRの下位機種として発売されたPC-8001mkIISRは、全てのキーで二色成型を採用しているので、当時は二色成型の方が安価で製造できたという可能性も考えられる。

・DELLのAT101は極初期のみ二色成型、その後昇華印刷に切り替わった。同時期にALPSが生産していたSGIやMacintosh向けのキーボードも全て昇華印刷である。逆に、国産AX機では長らく二色成型での生産が続けられた。

・AppleIIGS用のキーボードは、日本製(ALPSオレンジ軸)が昇華印刷、台湾製(ALPS互換白軸?)は二色成型。前モデルであるAppleIIc内蔵のキーボードも昇華印刷であったことから、昇華印刷から二色成型へ移行したものと思われる。Macintosh時代になると再び昇華印刷(ALPS生産)に戻る。

・旧型の富士通製キーボード(濃いクレーのFMTOWNSくらいまで)は二色成型であったが、その後昇華印刷に切り替わった。

歴史を振り返ってみると、長期的には二色成型から新しい技術である昇華印刷に切り替わってきたようですが、両製法が同時に存在していた期間がそれなりにあります。PCが大量生産され一般家庭に普及していた米国では早い段階で昇華印刷となっている(外注により台湾やメキシコ産の二色生産の例はある)のに対し、日本では相対的にロット数が少ないにも関わらず比較的後期まで二色成型が採用されています(アルプス製のDellやMac、SGIに対するPC-88、X68000、AXの対比)。日本では筐体及びキーボードが濃色であったり、色違いのPCを出す傾向もあったので、純粋にコストだけの面で二色成型が採用されたわけではないとも考えられます。



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