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98.6までのレヴュー
98.3までのレビュー


(満点:星5つ。ただし、辛口のつもり。★は星半分というか要注意本)

《ミステリ》 《その他》
「家族の行方」  矢口敦子 「謎のギャラリー 特別室」 北村薫
「かぐや姫連続殺人事件」 谷口敦子 「謎のギャラリ−」 北村薫
「本格推理10」 鮎川哲也編 「人形になる」 矢口敦子
「眼の壁」  マーガレット・ミラー
「パーフェクト・マッチ」 ジル・マゴーン
「地下室の殺人」 A・バークリー  
「ノックは無用」 C・アームストロング
「猟死の果て」  西澤保彦
「邪馬台国はどこですか?」 鯨統一郎
「機巧館のかぞえ唄」 はやみねかおる
「逃げたした秘宝」 D・E・ウェストレイク
「探偵宣言」  芦辺拓



《ミステリ》

8.10

「家族の行方」 矢口敦子 ☆☆★ 東京創元社(94.10) 図書館

 第5回鮎川哲也賞最終候補作。(このときの受賞作は、愛川晶『化身』)。解説にあるように、一読すれば、受賞に至らなかった理由も、出版された理由も明らかである。本書は、普通の意味のミステリではないが、達者な筆は読む者を物語の渦中にひきずり込まずにはおかない。
 失踪した息子を探してほしいという依頼を受けた女流作家は、大学院生の息子とともに、調査に乗り出すが・・。失踪物の定石に則った関係者のインビューと事件現場への遭遇までが3分の1、事件現場に残された失踪者が書き込んだものと思われるフロッピーが3分の1、現場に転がっていた二人の正体を含めて事件の真相が明らかにされるまでが3分の1という構成。人物造型、文章ともに水際立っており、特に中段のフロッピー部分の予断を許さない展開や読者が最終的に見せられるヴィジョンは、ある種、衝撃的である。失踪した予備校生の選択が、(またしても、)「変流文学論」で巽孝之が印象深げに披露している実話に限りなく近似しているのも、作者の視線が現代の先鋭的な部分に届いているということの証しでもあろう。現代的なテーマを内包しつつ、「失踪」ものに新たな可能性を付け足したという意味でも、ミステリとしても記憶されるべき作品。


「かぐや姫連続殺人」 谷口敦子 ☆ 講談社ノベルス(91.4) 図書館

 矢口敦子のデビュー作と思われる。(著者紹介のふりがなに「やぐち」とあり、次作『家族の行方』では、矢口名義になっているから、読み誤りのないように改名したのではないかと推測される。)
 現代版かぐや姫といわれる美少女が山荘に5人の求婚者たちを集めて、宝探しの趣向を凝らす。宝探しの最中に、足跡なき殺人事件が発生して・・。お話としては、当時のノベルスに期待される水準以上のものでも以下のものでもなく、探して読むような本ではない。ただ、ジュブナイル風の設定にも、美少年、同性愛やら近親相姦、家族の血といった後の作品に繰り返し現れるモチーフが絡んでいることには、注目しておく必要がある。よく知らないけど、この辺いわゆる「やおい」系の作家とよって立つところは同じはずで、作品の深化と考え会わせると興味深いものがある。

 『本格推理10』 鮎川哲也 ☆★ 光文社文庫(97.7)

 一年前の本。初期の頃のように、ひどい出来もない代わりに突出した奇想もない。トリック、登場人物が印象深い守矢帝「冷たい夏」、謎と文章がまとまっている城平京「飢えた天使」、作者の一種シニカルな視線を感じさせる「SNOW BOUND」が面白かった。

「眼の壁」 マーガレット・ミラー ☆☆☆☆ 小学館文庫(98.4)

 精神分析医と家庭に問題を抱える女との微妙な心理的駆け引きから幕を開ける冒頭から、あの鬱々としたミラー的世界の展開が予想される。しかし、ここで読むのをやめてはいけない。崩壊寸前の家庭の悲劇を描くとみせて、話は大きく旋回していく。この予想もつかない展開がなんとも面白い。最終的な収束は、大仕掛けを秘めた本格ミステリ。サンズ警部の造型もいい。的確な比喩が作品世界を大きくしている。堪能。


 『パーフェクト・マッチ』 ジル・マゴーン ☆☆★ 創元推理文庫(97.6)

 97年評判作。身構えすぎていたせいか、途中でからくりが見えてしまった。要するに本書の特色は、「からくりがある」ということ悟らせないための技術にある。謎が謎として完全には立ち上げないで見慣れた大技をもってくるもんだから、すれっからしほど、やられたという思いになるのだろう。何も考えずに、読むぺき、か。


7/29

「地下室の殺人」 A・バークリー ☆☆☆★ 国書刊行会(98.7)

 イギリス本格黄金時代の最重要人物バークリーの本邦初訳長編。1932年作。「毒入りチョコレート事件」「試行錯誤」「第二の銃声」「ピカデリーの殺人」、アイルズ名義の「殺意」「犯行以前」と、翻訳作品がことごとく傑作という驚異的な作家なのだが、本書は、それらの域には達していない。新婚夫婦の家から、掘り出された女性死体。しかし、身元の手がかりが全くない。警察の懸命の捜査により、一筋の光明がさしてくる。ここら辺、後の警察捜査小説に通じる味わい。事件の鍵は、探偵シェリンガムが過去に臨時教師をやっていたプレップスクールにあるらしいとわかり、当時シェリンガムが学校の人々をモデルに書いていた小説が挿入される。このメタ的仕掛けによって、被害者探し・犯人探しとなる前半が実に秀逸。小説部分も、英国流ユーモアの効いた人間観察が行き届いていて、滑走を続けるのだが、最終的にメタ的仕掛けが結末に響いてこない。「第二の銃声」のはなれ技を期待しすぎていたせいもあるのかもしれないが・・。
 しかし、「殺意」と同年に書かれていたという歴史的意義を抜きにしても、前半にパークリ−が繰り出した試みは本格の可能性として珍重に値し、この作品を様々な角度から論じるべき価値のある作品にしていると思われる。


「ノックは無用」 C・アームストロング ☆☆★ 小学館文庫(98.8)

 大信田礼子でも、大阪府民の怒りの声でもない。マリリン・モンロー主演同名映画の原作。1950年作。いまどき、なぜ訳されるのかが不明なのだが、訳されただけで星一つおまけ。金持ち夫婦がパーティに出かけるために、投宿中のホテルでベビーシッターを頼んだが、この無表情な女性には、
精神的な問題があって・・という一幕物を思わせるサスペンス。ささいなことからケンカする恋人達、幸せなアッパー・ミドルの家庭の肖像、善意の人たち、よくも悪くも50年代の産物だが、カットバックを多用してサスペンスを盛り上げていく手腕は、堂にいったもの。女同士の乱闘という、この時代には珍しいと思われる見所も用意されている。


7.9

西澤保彦 『猟死の果て』  ☆☆ 立風書房(98.7)

 西澤保彦『九尾の猫』に挑戦!目次を見ると、『十日間の不思議』も意識しているのかな。卒業を間近に控えた女子高生連続殺人のミッシングリンクとは・・。謎解きには、力がこもっているし、現代のアブない人たちの肖像も描き込まれていて、力作には違いないのだが・・。どうも、この背景で、この解決は、無理筋に思える。筒井康隆的会話文+エルロイ風?文章(城田は、柵を越えて川沿いの道に出た。増水した川。濁流。雨粒が茶色の川面を叩く。はじける。はじける水。)も、ちぐはぐな印象。


鯨統一郎 「邪馬台国はどこですか?」  ☆☆★ 創元推理文庫(98.5)

 仏陀は悟りを開いていなかった、邪馬台国は東北にあった・・など奇想天外な仮説を冒頭において繰り広げられる「歴史検証ミステリ」の短編集。読みやすく、面白い。中では、聖徳太子と蘇我馬子という2人の人物を偽造した動機がミステリ的快感に満ちている「聖徳太子はだれですか?」が気に入った。でも、早乙女静香、新進の歴史学者にしては、物知らなすぎでは?


 はやみねかおる「機巧館のかぞえ唄」 ☆☆★ 講談社青い鳥文庫(98.6)

 ジュブナイルなのにファンの間で評判の高かった、はやみねかおる、読むのは本作が初めて。怪談をミステリ的に読み替えてしまう第1部からして本格マインドに溢れていてなかなか。第2部「夢の中の失楽」は、構成といい、霧の描写といい、鞠夫というネーミング(これにも意味がある)といい、「匣の中の失楽」へのオマージュめいていて、かなり楽しめた。
 作品冒頭の登場人物表を見ていたサイ君が、内容読まずにかなり重要な肝をいいあててしまったが、この辺注意が必要かも。
 

 D・E・ウェストレイク「逃げたした秘宝」 ☆☆☆ 早川ミステリアス・プレス文 庫(98.3)

 今回は、トルコの秘宝のルビーの指輪をドートマンダーがそれとは知らずに盗んでしまったことから巻き起こる大騒動。ルビーのせいで警察はもちろん、諜報機関や暗黒街の仲間たちからも追われるハメに。相変わらず、マローニ警視正やザカりーFBI捜査官など人物の造型も冴えまくり。ウェストレイクの小説の背後には結構苛烈なアメリカの現状認識があると思うが、それをコメディーでしゃれのめすのは、まさに大人の所業。ウェストレイクがいる限り、アメリカは大丈夫だ。


芦辺拓『探偵宣言』 講談社ノベルス(98.3) ☆☆

 森江春策物の初の短編集。web上の本格ファンにいま一つ受けが悪いらしい芦辺拓。ごたごたしすぎ。然り。文章が古い。然り。登場人物に魅力がない。然り。博識が邪魔。然り。でも、この方は、それらの欠点を凌駕する本格マインドの持主。やり方次第で傑作になったのにと惜しまれる「殺人喜劇のXY」の奇想、「毒入りチョコレート事件」と「偶然の審判」をスライドさせて、恐れ入った解決をつけた「殺人喜劇のC6H5のNO2」のセンス、出来合いの短編をつないでそれまでの構図をがらりと変える「殺人喜劇の森江春策」の手管、すべて優れた本格ミステリ作家に必要なものなのだ。後は、小説方面だけなのだが・・。文体の方は確信犯みたいだしなあ。



《その他》

北村薫 「謎のギャラリー 特別室」 マガジン・ハウス(98.7) ☆☆★

 下記「謎のギャラリー」に出てくる短編のうち入手困難なものを集めたアンソロジー。したがって、アンソロジーとしてのテーマ性みたいなものはないが、収められた個々の作品の出来は、さすが。心に沁みる童話、別役実「なにもないねこ」、描写の芸というものを思い知らされる、里見(とん)「俄あれ」恋する小学生の心の振幅を描いてぐらぐら来る、阪田寛夫「歌のつくりかた」がマイ・ベスト3か。ライスのマローン物の掌編「煙の環」も怖いぞ。

北村薫 「謎のギャラリー」 マガジン・ハウス(98.7) ☆☆

 北村薫が架空の女編集者と会話しながら、アンソロジーの編纂をめざすという趣向の名作探訪エッセイ。テーマは、リドル・ストーリー、中国公案小説、こわい話、賭事、恋、謎解き物語。とにかく、中国公案小説から、メリメ、ヘンリー・カットナーまで古今東西の物語を引き合いに出し、読みの勘所を教えてくれるので、読者は、円紫さんと話す「私」のように啓蒙されてしまう。すぐ読み終わってしまうのが難。同時に、同書に出てくる名作を集めたアンソロジーも出ており、こちらの方も買わざるを得ない仕組みになっている。


矢口敦子「人形になる」  中央公論社(98.4) ☆☆★

 「矩形の密室」でマイブームとなった矢口敦子のH9年度女流新人賞受賞作「人形になる」と、書下し「二重螺旋を超えて」所収。渡辺淳一が誉めているからといって侮ってはいけない。表題作は、身動きもできない重度の身体障害者の恋を描いたあまりにも切ない作品。なのだが、サイボーグ・フェミニズムやら被虐的想像力といった現代の批評用語が当てはまりそうな先鋭的な作品とも読めそうだ。「二重螺旋を越えて」にも驚かされる。三十代半ばの「行き遅れ」女性の家庭や恋愛を描いた日常小説がラストで予想もしないカタストロフを迎える。ここには、SF的道具立ては何も出てこないが、おそらく、作者の目論見は、SF的思考による日常の異化にある。これは、他の現代の有能な作家の描き出す世界とも共振する世界だろう。
 この作品で初めて明らかにされた作者のプロフィールには、1953年函館市生まれ、先天性心臓病のため、小学校5年生で修学猶予されたとある。