山田風太郎の記念すべきデビュー作。探偵小説専門誌「宝石」の第一回懸賞当選作品。創刊号早々の宝石を田舎の友人に送ってやるついでに自分で読んでみて「この程度のものならおれにだって書けるサ」とばかり、敗戦翌年の暑い夏に、書いたものだという。(「私の処女作」)。少し時をおいて、大坪砂男、香山滋、島田一男、高木彬光らと「戦後派五人男」と称され、探偵文壇が活躍の場となる端緒となった作品である。
ちなみに、この時の他の入選作品は、飛鳥高「犯罪の場」、鬼怒川浩「鸚鵡裁判」、独多甚九「網膜物語」、岩田賛「砥石」、島田一男「殺人演出」、香山滋「オラン・ペンデグの復讐」の6編で、同時に7編という大量受賞であった。
未読(うっ)。
海沿いの街のキャバレエ「モロッコ」、まだ若いヴァイオリン弾きとダンサーの稚い愛。ちょっと気恥ずかしくなるような設定だが、そこに、手相見の妄執に憑かれた娘の母が絡んで「青春とは残忍なものである」という主題が浮上する。ただ、全体になぜ「手相」がモチーフなのか判然としないし、怪老人の役割も物足りない。月光の下に繰り広げられる若き日の風太郎のロマンチシズムに吹かれるべきか。雑誌掲載第2作。
・Comment
永禄年間(16世紀半ば)に材を求めた時代もの。その間然とするところのない構成の妙は、芥川龍之介の王朝物さえ思わせる。
天皇陵の盗賊という「嘘」を用いた孝子の復讐譚だが、話し手の語りの中の語りという構成が本編以降の風太郎作品の時空全体に及ぶ語り=騙りの構造を暗示する。天皇陵における金銀財宝の3頁にも及ぶ描写は、嘘であるがゆえに、あまりにもまばゆく快楽的である。