ローテクがハイテクに並ぶ時代

スーパーコンピュータというと、一品豪華主義で、これでもかと、すごい技術を駆使して高速な計算をやってのけるものというイメージがありますが、アメリカのロスアラモス国立研究所ではパソコンを70台ネットワークでつないで、世界で315番目に速い計算機を作ったと発表しました。315番目がなんだと言ってはいけません。このレベルの計算機は、どれも高速にデータを処理するために特別に設計されたスーパーコンピュータなのです。驚きなのは、そうしたものが、個人でも(1台分ならね)買えるパソコンのマザーボードを使ってできてしまうということなのです。この先、21世紀は、戦艦ヤマトで大砲をぶっぱなすような技術ばかりでなくて、パワーはなくても頭は使いような技術が、私たちの生活を豊かにしていくのかもしれませんよ。

今回発表されたスーパーコンピュータはアバロンという名前で、70台のAlphaPC 164LX Motherboardを高速な回線で結んだものです。CPUは533MHzで動いているので、パソコンとは言っても超ハイエンドなものではあります。これらを結んだのが、3comのSuperStack II Switch 3900とSuperStack II 9300なるイーサネットスイッチで、これらを組み合わせて、CPUの間をfast ethenetという、LANでも使っているネットワークで結んでいます。パソコン側のイーサネットアダプタは、kingstonという会社のものを使っています。ここでも分かるように、使っているものはメーカーから買えるものばかり。だから、マスコミは手作りスーパーコンピュータと報道しているわけです。多分、技術者の腕の見せ所は、こうしたパソコンをつないで、プログラムの処理を効率良く分散し、データの転送速度限界まで全体の計算速度をあげるというプログラミング技術なんでしょうね。アバロンのホームページに載っている写真を見ると、単純にパソコンをならべて、ケーブルでつないだだけのようにしか見えません。(開発者らしいおっさんも写っているけど、髪形を変えるとノートンおじさんに似ていなくもない:笑)

このシステムについては、良くある質問コーナー(英語)に書いてありますが、この最後に、なぜ彼らがこれを作ったのかという点が書かれています。つまり、彼らは、計算機を研究しようとしたわけでもなんでもなく、ただ、物理シミュレーションの計算をするのにスーパーコンピュータが欲しかっただけのようです。ただ、お金がないので、ハードだけ買い集めて、システムを動かすソフトは自分たちで作ってしまったのです。ちなみに、このコンピュータに使ったお金は、152,000ドル(2千万円)です。彼らが言うには、同じくらいの性能を持つシリコングラフィック(SGI)の64プロセッサ195 MHz版のOrigin 2000という機種は1,000,000ドル(1.4億円)位すると言っています。ちなみに、この製品は、SGIに買収されたクレイ(こっちの名前の方が日本人にはなじみがある)が作っています。また、アバロンが動作しているOSは、パソコン用の無料配付UNIXとして有名なLinuxです。もっとも、彼らがこれを選んだのは、無料だからではなく、ソースコードが公開されていて、インターネットの上で他のユーザーから情報が得られるからだそうですが。

この話は、コンピュータのハードに興味が無い人には、何がすごいのやら分からないかもしれません。でも、昔ワンボードマイコンを自分で組んで、16進数のプログラムを手で入れては、1から10までのたし算ができたと喜んだ記憶のあるおじさんや、マザーボードを買ってきてはパソコンを改造しているマニアの皆さんには、なんか心躍るものがあるのではないでしょうか。つまり、2000万円あれば、1.4億円相当のスーパーコンピュータが自分でも作れてしまうかも知れないという可能性です。(ほとんどの人は、2000万円あったら、マイホームローンの返済に回すだろうけど。)どの部品も、手に入るものばかり。OSはネットワークからダウンロードできる無料配付ソフト。あとは、それらがちゃんと動くようにするプログラミングのテクニックが、腕の見せ所。これはチャレンジングではありませんか。プログラミングはできないが、システムを組んでみたい人には、そのうちに、スーパーコンピューターキットとかいうのが、売りに出されるかも知れませんよ。東京の秋葉原あたりの店頭で叩き売りされる。それを組みたてて上手い具合に世界で300番目の性能が出たら、家で流体シミュレータを回して天気予報をしましょう(笑)。

こうした安いスーパーコンピュータは、なによりも、予算がとっても少ない大学の研究者には朗報ではないでしょうか。もちろん、筑波大学のように、世界で6番目に速い計算機を持っておられる所もあります。(順位表はここを見てください。)でも、そんな所は一部の恵まれた研究施設です。そもそも、スーパーコンピュータとは言っても、何人もの人が同時に使うと、人数分の一の速さしか感じることはできません。だから、もし数分の一のパフォーマンスだけど、値段は一桁安いということになれば、安いものを複数台買ってばらまいたほうが、一人あたりの計算時間はかえって短くできる計算になります。多分、これから21世紀に入ると、一台10億円のスーパーコンピュータを買って計算機室に祭るよりも、2000万円の廉価版スーパーコンピュータを部門ごとに置くようになるのではないでしょうか。で、スーパーコンピュータのマザーボードが壊れたら、学生のパソコンからボードをこっそり抜いて使っちゃう。「先生、パソコンが動かないんですが。」「え、おかしいねぇ、修理に出しといてあげるから、しばらく我慢してね。」とかいう具合。話は違いますが、CGだけで映画を作ってしまったトイストーリーなんかも、複数台のSUNのワークステーションを回線で結んで計算させたと言っていましたね。これからの時代、こうした安いスーパーコンピュータは、科学技術計算ばかりでなく、どんどん我々の生活に近いところで使われるようになるでしょう。そのうちに、プレイステーションを100台接続して、めちゃリアルなシミュレーションゲームを実現する技術が発表されたりする。でも、どうやってそれだけ集めるかが問題か(^_^;。

1998.07.10
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