ハイブリッドカーバトル@2009年

今回は、数年ぶりのスペシャルバージョンです。パソコン、インターネット系の話題からはずれていますが、ま、広い意味の電機系の話題ということで。ハイブリッド車は、特別新しい話題ではないのですが、2009年は、ある意味、自動車の歴史においても変曲点になるかもしれないという意味で、書いてみました。データは自販連のデータに基づいていますが、分かりやすいように加工しています。データの解析で間違いがあれば、ご指摘ください。さてと、次に更新されるのは何年後かな。

2008年は、暫定税率の期限切れと復活によるガソリン価格の乱高下、それに続く投機マネー流入による石油高騰、さらにはサブプライムローン問題の影響を受けた消費低迷。自動車業界にとってさんざんな年でした。そして、それに続く2009年前半、依然として低迷する自動車業界の中で、救世主のように売り上げを伸ばしたのがハイブリッド車です。6月にはトヨタの新型プリウスの登録台数が、軽四輪までも抑えて一番にまでなるほどの躍進でした。マスコミも、急上昇した新型プリウスの注目度に便乗して、思いっきり舞い上がった報道をしていました。彼らの表現を借りれば、プリウスは、2月に売り出されたホンダの新型インサイトの無謀な挑戦をものともせず、最終的な大勝利を収めたことになっています。でも、本当に、プリウスはインサイトのシェアを叩き潰してトップになったのでしょうか。新車登録台数の統計データは違うことを言っています。

ホンダの新型インサイトは、価格が189万円と、ハイブリッド車として初めて200万円を切ったことで、ホンダの予想以上に売り上げを伸ばしました。発売直後のインサイトに関する報道は、運転感覚はガソリン車から乗り換えても違和感はなくて走りは軽快、ただし内装は安く作られた感じがある、といった、いたって客観的なものだったと記憶しています。もちろん、ハイブリッド車らしくないところでは、評価が割れていました。そこへマスコミ全体を巻き込んだ、トヨタの反撃が始まります。まず、3月12日の報道で、5月に売り出される新型プリウスの価格が205万円であり、さらに、継続販売される旧車種のプリウスの価格をインサイトと同じ189万円にすると発表しました。3月中旬にトヨタが報道関係者を富士サーキットに招待して、新型プリウスの試乗会を開いてから、一気に報道はプリウスにバイアスしていきます。もちろん、燃費の数字比較でプリウスは勝っているし、内装も乗り心地もクラスが上です。当然、205万円で買えれば割安感もあるので、単純な文字の上の比較でもプリウスに分がありました。そして、5月に新型プリウスが発売されると、トヨタはホンダへの直接攻撃を開始します。報道発表イベントでは、自社のハイブリッドシステムがホンダより優れていることを寸劇でアピールし、カタログではもっと「分かりやすく」ハイブリッドシステムはトヨタが理想であると宣伝しました。あまりの分かりやすさが、逆にマスコミの話題になるくらいでした。

こうして、2月から5月までハイブリッド車をめぐる騒ぎが続いたわけですが、結果として、4月にインサイトの登録台数は1万台を突破し、「軽四輪を除く乗用車販売で初めて1位になったハイブリッド車」という記録を手にしました。その後、プリウスの登録者数は6月に2万台を超え「軽四輪も含めた乗用車で初めて1位になったハイブリッド車」という記録をとりました。6月の売り上げではインサイトの倍以上ものプリウスが新車登録されているので、マスコミとしては、2つのハイブリッド車の戦いはプリウスに軍配が上がったという総括になったようです。この先、これまでネタを享受してきたマスコミは、さっさとこの話題から去っていくことでしょう。しかし、彼らは、まだ本当の総括をしていません。それには、ある点についてちゃんとした説明が必要です。それは、プリウスの急激な売り上げ増加は、本当にインサイトのシェアを奪って実現しただろうか、ということです。1月には5730台しか新車登録していなかったプリウスが、6月には2万台の登録台数を記録しました。一方で、その間も、インサイトは月8千台レベルで新車登録されているし、ホンダ車のシェアは減るどころか増えているのです。では、新型プリウスの増加分、1万5千台に相当するシェアは、誰からか奪ってきたのでしょうか。

こうした疑問をクリアにするためには、中立なデータが必要っです。この半年に乗用車市場で何が起きたのかを、マスコミの主観を入れずに見る指標はないでしょうか。そこでチェックしたのが、新車の登録数の推移です。1月から6月までの自動車登録台数の推移を統計データから眺めてみれば、比較的、客観的に見ることができるでしょう。自動車登録台数は日本自動車販売協会連合会(略称 自販連)という社団法人が毎月一般に公表しています。この数字は、あくまで統計データなので、どのメーカにも偏らない中立な指標だと思ってよいでしょう。たとえば、右上の「小型車+普通車登録台数」というグラフは、1月から6月までの普通車と小型車を合計した登録台数の推移です。いわゆる軽四輪を除いた乗用車の数で、傾向をつかみやすいので、以下でもこのカテゴリを使って登録台数を数えます。この傾向をみると、ずいぶん乱高下しているように見えますが、これは、年度末の在庫処分とか、ボーナス商戦にむけた企画車の投入とか、自動車会社の戦略が影響た季節的な変動です。こういう登録台数の変動を取り除いて、メーカー間の売り上げ動向を推測するには、月ごとのシェアを指標にしたほうがよいでしょう。

次のグラフ「メーカ別のシェア」は、トヨタ車の合計、ホンダ車の合計、それ以外の会社の合計の3つを、その月の全登録台数で割って出した、登録台数のシェアです。もちろん、ここでも、軽四輪以外の普通車と小型車のカテゴリで計算します。あくまでハイブリッド車の動きを見たかったので、すみませんが、トヨタとホンダ以外のメーカは、まとめてその他に入れてしまいました。悪意はありませんので、日産、マツダ、富士重工をはじめとする他社ファンのみなさんは我慢していただきたいと思います。ここで、大雑把に気がつくのは、1〜2月と5〜6月の比較をすると、ハイブリッド車を持たない、その他のメーカのシェアは、世間が騒ぐほどには下がっていないということです。この図でみてもせいぜい1%です。むしろ、ハイブリッド車が看板になっているトヨタの方がシェアを下げています。一方で、ホンダは、ハイブリッドが出ていない1月に比べて6月は、3%程度シェアを伸ばしています。この図を見ても、トヨタの勝利と宣言してきたマスコミは、ハイブリッド車だけの一面を見ていたとしか思えません。では、本当にトヨタで何が起きていたのか。それについて知るには、トヨタブランドの各車種のシェアを見ると分かりやすいでしょう。

自販連では、全メーカを含めて、新車登録された数が多い順に30位までの車種を毎月公表しています。つまり、この30車種は各会社の売れ筋、稼ぎ頭と言ってもよいでしょう。3番目のグラフ「トヨタ車の月別シェア」は、全新車登録数に対して、プリウスの台数と、プリウス以外で上位30以内に入ったトヨタ車、それに、30位に入らなかったその他の車種を、他社も含めた全新車登録台数に対するシェアで示しています。トヨタ全体と書いた線は、ひとつ前のグラフと同じ、トヨタのシェアを示していて、図のように新型プリウス発売以降も、目立った伸びは見えません。プリウスについては、当然ながら、登録台数が1万台をこえた5月、2万台を超えた6月と、シェアを増やしています。こうした傾向が意味するのは、プリウスを買った人たちは、他社の車の愛用者が移ってきたのではなく、これまでトヨタの別の車種を愛用してきたユーザが中心だったということです。さらに、プリウスが売り出された5月以降、登録台数で30位以内に入っている主力車種のシェアが減少傾向にあるのに、30位に入らない車種の減少が比較的少ないところから、新型プリウスを選択したトヨタファンは、これまで売れ筋であった車種を選んできた人たちであるということではないでしょうか。

上位30台のリストを1月と6月で比較すると、トヨタブランドの車種は、1月に18車種載っていたのに、6月には、半分以下の13車種に減っています。2月以降に30位以下に下がった車種の中には、マークX、プレミオといった、プリウスと類似のセダンが目立ちますが、上位に残っているカローラも1%以上シェアを落としているのが気になります。マークXとカローラは異なるグレードの車種ですが、プリウスが価格を下げたために、両方のグレードに乗る購入希望者が、共にプリウスを選択肢に選んでしまったと推測できます。もちろん、この間、逆にシェアを伸ばしている車種もあります。しかし、それらは、ノア、ヴォクシー、ヴェルファイアといったワンボックスカーに限られ、明らかにユーザーの購入目的が異なります。もちろん、この見方には私の偏見が入っているでしょう。しかし私から見える、一番の懸念は、プリウスがあれだけ話題になって、顧客が販売店に集まったのに、その人たちはプリウス以外の車種を選んでいないということです。プリウスの、納車に時間がかかるので買い控えたという見方もできますが、それは、今後の推移で見えてくることでしょう。

こうしたトヨタ車の傾向に対して、ホンダ車の推移は、右のグラフ「ホンダ車の月別シェア」のようになっています。もともと、ホンダのシェアはトヨタの半分にも満たないのですが、誤解がないように、縦軸の表示範囲はトヨタのグラフと同じにしています。トヨタとの大きな違いは、新型インサイトの登録台数が急変した4月以降も、インサイト以外の上位機種のシェアが減少する傾向がないところです。4月以降にインサイトの登録台数が減少傾向に見えますが、5月、6月の登録台数は、8.1千台、8.8千台と推移しているので、ボーナス商戦で登録者の総数が増加した間も、コンスタントに出ているというのが実際です。いいかえれば、ハイブリッド車の供給能力は飽和しているので、今後、全体的な登録者数の改善があるとすれば、逆に、ハイブリッド車の割合は減っていくことも予想されます。強いて、インサイトの影響があるとすると、30位以下の車種の割合が1%程度減少しています。残りは、これまでホンダ以外の車を選んできた人たちが初めてインサイトを選んだということのようです。興味深いのは、主力機種でインサイトと競合しそうなストリームが逆に0.7%程度シェアを上げているところです。もちろん、フィットやフリードといった人気機種は、コンスタントにシェアを確保しています。

こうした、新車登録台数の変化を乱暴に表現すれば、6月の段階で新車を買った100人の内4人がホンダの新型インサイトを買い、その4人の内、1人はホンダ車から、2人はトヨタ車から、残りの1人はそれ以外の会社の車からの買い替えでした。プリウスは、1月に100人中の4人が選んでいましたが、新型に代わってからさらに6人増えました。一方で、トヨタの売れ筋車種を買っていた人は8人減っているので、その内の6人はプリウスに買い替え、残りの2人はホンダ車を選んだようです。その結果、トヨタを選ぶ人は、100人に48人から46人に減っています。半年の間に、ホンダを選ぶ人は、14人から17人に増えました。増えた4人の内、インサイトを選んだのは3人、上位車種を選んだのが1人です。インサイトを見に来たユーザーが、フィットを買っていったということでしょうか。さらに意外なのは、マスコミではハイブリッド車を持たないと勝負にならないかのように言われていた他社のダメージが、トヨタほどではないということです。

新車登録台数から見えてくる結論は、トヨタのプリウスはインサイトに勝ったのではなく、自社のマークXやプレミオに勝ったということです。むしろ、他社のシェアを奪ったのは、インサイトの方。これが事実だったのではないでしょうか。さらに言えば、ホンダをはじめとするトヨタ以外の車を選ぶ人達は、理由があってその車を選んでいるのでしょう。だから、インサイトが出ても、ホンダの他の車種に大きな変化を見せないし、トヨタ以外の会社の車も、プリウスがあれだけ話題になったのに、数%に及ぶような大きなシェアの下落は起きなかった。一方で、トヨタのマークXやプレミオを選んでいた人は、設計やスタイルに思い入れがあって買っているというよりは、ステイタスシンボル的な意味で買っているのではないでしょうか。だから、話題がプリウスに移ると、一斉にプリウスに殺到した。でも、それは、トヨタにとってはうれしい話ではありません。2009年度の予約が埋まっているプリウスの出荷台数が増えないとすれば、トヨタの勝負は、プリウスなしでどれくらい、他の車種のシェアを伸ばせるかになります。いい加減、プリウスをあきらめてくれないかというのが、トヨタの本音でしょう。

2009.7.20
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