大白法

平成9年7月1日号


主な記事

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◇体験発表 日々の唱題で尊い功徳を実感

功徳寺支部 牧野幸美

私は平成3年の6月に御受戒を受け、御本尊様を御下付いただきました。当時30代に入ったばかりの私は、これから一体何を糧にどう生きていけばいいのだろうかと、毎日思い悩んでいました。そんな私をみかねた友人の一人が色々な宗教に連れ出したのですが、私はどこに連れて行かれても「これも違う」と思うばかりで、その友人とも自然と疎遠になりました。そんなある日、日蓮正宗に巡り合い御住職様の「この宗教はタナボタ式ではありませんよ」との御言葉に心を動かされ、1ヶ月半後には入信させていただきました。私の父の兄弟は、父以外すべて学会員であったことから、両親も以前折伏を受けたことがあるそうですが、父が「池田教なら断わる」と、入信を拒み続けて今に至ります。母がちょうど私を妊娠中の時だったと聞きました。今、私がこうして日蓮正宗の信徒であることに、何か因縁を感じます。そんな私が入信4年目の一昨年に、今後わたしが信心していく上での、大きな糧とも誡めともなる体験をいただきました。

私の平成7年は「去年もまた、恩ある大切な両親を、即身成仏の正しい信心につかせてあげられなかった。今年こそ本当の親孝行をさせていただきたい」という気持ちでスタートしました。そこで一日も早く両親がこの信心につけるように、その旨を毎日お寺の御本尊様にお願いにあがろうと決意して、1月24日より、子供を学校に迎えに行った帰りに一時間の唱題をするために参詣させていただくことにしました。

そうして唱題に通い始めた二日目のことです。入信以来、下種先こそあるものの、一人として折伏させていただかなかった自分が恥ずかしく人を思いやる慈悲の心もないのかと懺悔の心が湧き、御本尊様に向かって、思わず声も出さんばかりに「どうか、折伏させてください」と祈っていました。するとその翌日、大塚里佳さんという方が仕事の用件で訪ねてこられました。それまでは、ほんの挨拶程度で、会話らしい会話をしたことはなかったのですが、「最近どうですか」という私の一言から、会話が始まりました。彼女のお母さんが、神社への初詣で足を骨折されたとの話に、この信心の話を少しして、翌日お母さんを交えて話をさせてもらうことを約束して大塚さんは帰られました。一時間程経っていたでしょうか、教学らしいものを何一つ身につけていなかった私自身が、事の成り行きに一番驚いていました。すぐに、これは御本尊様が、「ここにこんな人がいるよ」と連れて来てくださり、話をさせてくださったのだと感謝いたしました。そしてその週末には、御住職様が彼女に親しく信心のお話をしてくださいました。両親も大塚さんも、共に御本尊様からいただいた大切な縁です。気を抜けるはずもなく、毎日お寺での唱題も続けました。


雪の日も雨の日も、時間の許すかぎり毎日、折伏成就のお願いにあがり、両親へ信心の話に行き、またお寺へという日々で半年が過ぎ、子供たちは夏休みに入りました。唱題の時間はたっぷり取れます。息子二人は8月に総本山で行われる少年部大会参加に向け、より一層の唱題をとはりきっていた矢先のことでした。7月27日、海水浴中に、あろうことか二人とも溺れてしまったのです。とりわけ二男は、肺まで海水が入っており、意識不明の重体でした。

本当なら今ごろは、いつも通りにお寺にいて元気に唱題しているはずなのに、病院で酸素マスクをつけた二男は、手を握りかえすこともなく、コツリとも言いません。私はただ御本尊様におすがりするしかなく、お寺にむかいました。遅い時間だったにも関わらず、御住職様が御祈念して下さって、翌朝には二男の意識もすっかり回復していました。そして当初は一ヶ月の入院と言われていましたが、心配されていた肺炎・脳障害も何も無く、六日間で退院させていただくことができました。

病院の医師から、生きていること自体ほとんど奇跡ですよと言われた事、また、都合によって海の監視を前日に交代していた保護者二人が人工呼吸の出来る方で、しかも一人は現役の看護婦さんだったので、殊のほか対応がはやかったこと等、どれ一つ取りあげてみましても、御本尊様の御加護以外の何物でもないことが多々ありました。

また御住職様からは「子供たちを通して、御本尊様から大切なことを教えていただいたのです」との御言葉を頂戴しました。両親からは最高の信心をしているのにどうしてとの批判の声が聞かれるのではと、少々不安になっていたのですが、反対に「御題目で御本尊様に救ってもらったね」と、思いがけない言葉が返ってきたのです。御本尊様の有難さに、ただただ涙が止まりませんでした。ふと、

ただ心こそ大切なれ。いかに日蓮祈り申すとも、不信ならば、濡れたるほくちに火を打ちかくるが如くなるべし。励みを為して強盛に信力を出だし給ふべし(新編1407)

との御書の一節が心に飛び込んできました。そうだ!大聖人様は常にどんな時でも、私達をお守り下さっているのだ!たとえどんなことが起きようとも不安など何もない!それまでのほんの少しの唱題で、命まで救ってくださったのです。きっと何か深い意味があるのだと感じると、この事故そのものが御本尊様から頂いた功徳なのだと思われて、この与えられた時を、決して無駄にしてはならないと心から唱題をして、感謝の御奉公をお誓いいたしました。

御住職様に「折伏の相手は私たちにとって善智識です。一念が大事です」と御指導いただき、唱題が楽しくて仕方なくなった頃、母がいよいよ「この御本尊様を頼りにしていこうと思う」と決意してくれて、この年の9月16日に入信できました。そして11月の支部総登山にも、直前まで競って止まなかった魔を御住職様の御指導と唱題で打ち破り、共に参加することができました。


かねてから折伏しておりました大塚さんですが、年の瀬のあわただしい中、「最後の一日となっても諦めてはならない」と御住職様より御指導いただいておりました。「三十万登山に向かい、今年から共にご奉公させていただきたい」との一念と、御住職様の御記念、また支部の方々の唱題によって12月19日、大塚さんとお子さんは、御住職様の御導師のもと、講頭さんを始めとする支部の方々に見守られて無事に御授戒を受け御本尊様を御下附いただき、その日のうちに御安置できました。

その大塚さん母子と共に、昨年の春季総登山会に参加させていただき、これが彼女にとって初めての登山となりました。その頃、私もかねてよりの願いであった新しい仏壇に御本尊様を御安置させていただき、さらに入信以来の願いであった祖父の永代供養も叶いました。息子たちは、友達と遊びたい時もあるでしょう。でも、たとえお寺の行事や唱題で遊べない時があっても、一日中友達と遊べる日をちゃんと御本尊様からいただけます。また、自行の御題目で御本尊様に正しく躾け、導いていただいていると感じています。


「充実の年」の本年は、支部の少年部長という、今の私の身には過ぎた大役をいただきましたました。仕事も順調に倍増し、公私にわたり本当に充実したスタートを切らせていただいております。魔も多く強く襲いかかって止みませんが、「登山の度に魔が競って牧野さん、嬉しいじゃないか」という御住職様の励ましのお言葉を常に我が胸に刻み、今日よりはまた、夜一日も早く両親が御本尊様を御下附いただけるように、さらに、今下種している松本さんの折伏成就を願ってまいります。この体験で体得させていただけました、一喜一憂することなく常に前向きに、御本尊様・御法主上人猊下・御住職様にお供させていただく尊い唱題とその功徳を忘れずに、さらに一人でも多くの人に、語ってまいりたいと思います。

そして御法主上人猊下の、その時々の御指南を素直に拝し奉り、支部にあっては、御住職様の御指導を我見を捨てて素直に受け止め、視野を広げさせていただき、常に御本尊様の前で正直に御報告できる振る舞いで、平成14年には、大御本尊様・猊下様にたくさんの佳き御報告を持って登山できますように、地涌の菩薩の眷属の一員として、大地を震わせるがごとく折伏・再折伏のお手伝いをさせていただくことをお誓い申し上げまして、私の体験発表とさせていただきます。本当にありがどうこざいました。

(なお、文中の松本さんは6月18日に入信され、御本尊様を御下附いただきました)


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