大白法

平成14年3月1日号


主な記事

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奉安堂のある風景

奉安堂3月1日


御法主日顕上人猊下御言葉
宗祖御誕生会・お塔開きの砌

皆さん、おはようございます。毎年2月16日の大聖人様の御誕生日に、この総本山五重塔のお塔開きを行っております。そして、法界不思議の地水火風空の五大の扉より、妙法蓮華経の大法をもって日本乃至、世界の人々の悩み、苦しみを救う、末法下種の御本仏である大聖人様が御出現あそばされるという意義において、大聖人様の御誕生をお祝いする次第であります。

この五重塔は寛延2(1749)年に、第31世日因上人の代に建立されました。その前から、25世日宥上人、26世日寛上人、27世日養上人等の御先師が、なんとか五重宝塔を造立したいというお考えであった記録がありますが、直ちに建立することができませんで、代を重ねて、非常に苦心のなかにおいて建立されたと伺っております。そして、この五重塔が建立されたのは、今から253年前になりますが、それ以来、このお塔開きの行事が行われておるのであります。日因上人は、この五重塔が建立されたことで、総本山に七堂伽藍(がらん)のすべてが完備したということを、たいへん喜ばれておるような記録もあります。


さて、大聖人様がお生まれになった「2月16日」ということについては、これは日蓮正宗のみならず、日蓮大聖人の全門下、また、あらゆる史伝のなかにおいて決まっておることなのです。しかし、大聖人様の四百数十篇の御書のなかのどこにも、2月16日に生まれたということは、お書きになっていないのであります。

しからば、どの文献により、大聖人様が2月16日にお生まれになったかということが伝わっており、また、それが正確であるかということが問題となります。これは、大聖人様、日興上人、日目上人、その次に大法を承けられました第4世日道上人という方がいらっしゃいますが、このお方は大聖人様の御入滅から約60年後、また日興上人の御遷化の年であります正慶2(1333)年から8年経った興国2(1341)年に御遷化あそばされておるのであります。ですから、大聖人様滅後の60年ほどの間ですから、大聖人様、日興上人、日目上人の御伝記が非常に正確に伝わっていたものと思われます。

大聖人様の御伝記については、古いものでは、身延の行学院日朝という人が大聖人様滅後197年に書いた『元祖化導記』という書があります。それから、そのあとのものとして『註画讃』や『元祖蓮公薩■略伝』『本化別頭仏祖統紀』『本化高祖年譜』というような書物もありますが、これらは、200年、300年、400年、500年後に出来た伝記なのであります。そして、みんなそこには、大聖人様は2月16日にお生まれになったということが記されてあるのです。しかるに、その一番の元になっておるのが日道上人がお書きになった「三師伝」であり、これを『御伝土代』とも言いますけれども、ここに存するのであります。

大聖人様、日興上人、日目上人の三師の伝をあらあら土台(土代)として書くという意味の『御伝土代』という文献のなかにおいて初めて、「2月16日たんしやうなり」(歴全1-253頁)ということがあるのです。これは、日興上人、日目上人、そして日道上人という次第ですから、大聖人様が2月16日に御誕生になったということは、絶対に誤りはないと思われるのであります。その伝記をまた他門の人達が全部受けて、今日、2月16日となっておるのです。ですから、その一番の元は、本宗の日道上人がお書きあそばされた「三師伝」に存するという次第であります。


御塔開き(30kb) さて、2月16日という日について考えてみますと、インドの釈尊は2月15日に入滅されておるのです。ですから、その次の日に日本の国に、下種仏法の仏として大聖人様が御誕生になっておるという不思議な“順序”が拝せられるのであります。ただし、釈尊は同じ仏様ではあっても、脱益の仏様と拝するのであります。それに対して、本宗の法義の上から大聖人様は法華経のなかの下種の法をお弘めになる御本仏ということが、特に伝えられておる次第であります。

その点について大聖人様は、「但し彼は脱、此は種なり。彼は一品二半、此は但題目の五字なり」(御書656頁)と仰せのとおり、釈尊の脱益の仏法と、大聖人様の下種の仏法との違いをお示しになつております。また、「此の妙法蓮華経は、釈尊の妙法には非ず。既に此の品の時、上行菩薩に付嘱し玉ふ故なり」(同1783頁)ということが『御義口伝』の「神力品」に説かれておるのも、その意味に当たります。そして特に、総本山に格護されておる『諌暁八幡抄』という御書において、脱益の仏法と下種の仏法との違いがはっきり示されておるのであります。つまり、「天竺国をば月氏国と申す、仏の出現し給ふべき名なり。扶桑国をば日本国と申す、あに聖人出で給はざらむ」(同1543頁)と、この点についてはっきりおっしゃっておるのです。そして、「月は光あきらかならず、在世は但八年なり。日は光明月に勝れり、五五百歳の長き闇を照すべき瑞相なり」(同頁)という御文があります。

ここで、お釈迦様の仏法は月のような意味で、光はあったけれども明らかならず、在世はただ8年だけであったと仰せであります。この「八年」とは、法華経を説かれた八年間を意味するのであります。この法華経は、中国から日本に来たって、初めて弘まったのであります。もっとも釈尊の法華経も正法・像法時代に一往は弘まっておるのでありますが、しかし今日、釈尊の法華経の教えによって人々が利益されておるという姿はほとんどなくなってしまっておると考えられます。そこで「月は光あきらかならず、在世は但八年なり。日は光明月に勝れり」ということをはっきり仰せになって、釈尊の仏法を月に、大聖人様の仏法を日輪に譬えられ、日輪の仏法は末法万年、尽未来際まで利益し、衆生を導くということが『諌暁八幡抄』の今の御文等においてはっきり拝せられる次第であります。ですから大聖人様の南無妙法蓮華経の三大秘法の仏法こそ、末法の闇を照らし、万年を照らしていくところの姿と拝するのであります。

ところで、大聖人様の御出現になった貞応元年、これは西暦で言うと1222年になりますが、その約20年前に、インドにおいて伝えられておった釈尊の仏法が、イスラム教徒の侵入によって根こそぎ、壊滅させられてしまったのであります。彼らがあらゆる仏像を破壊し、経巻を焼き、僧尼等を殺戮したことによって、インドから本当に仏法はなくなってしまったのです。そして、その時代について釈尊は「白法隠没」と、自ら予言されておるのです。その予言のとおりに、釈尊の仏法はインドにおいて一切、なくなったのです。これは実に予言のとおりであります。

これに対して、日本国に出現する日輪の仏法たる大聖人様の妙法は、法華経の広・略・要のうちの要の法体でありますけれども、末法万年、尽未来際の衆生を導いていくのであります。このことについて仏様が、仏語虚しからざる意味をもって、絶対になくなることなく、未来永劫に向かって多くの人々を導いていくということをはっきり仰せになっておるのであります。

その意味から、日輪の仏法、それはまた大聖人様の御名乗りである、「日蓮」というお名前に通ずるのでありますが、この大聖人様から仏法の法体をお承けになったのが、六老僧のなかで日興上人、ただお一人なのであります。日興上人の御境界において御本尊の法体が今日、正しく伝わっておりますけれども、また大聖人様の深い仏法の内容が、ことごとく日興上人によって承けられておるということであります。


そのなかで特に、不思議な文証でもあり、また大聖人様の本地をお示しになったところの、非常に大事な『産湯相承事』という御書があります。大聖人様は仏様でありますから、下天・託胎・出胎・出家・降魔・成道・転法輪・入涅槃という8つの相が、必ず備わらなければならないのであります。そのなかの特に、下天、託胎、出胎等において色々と重大な意義が存するのでありますが、本日は省略いたします。

しかしながら、特に託胎の時の御母・梅菊女が御覧になった夢は、比叡山の頂に腰を掛け、琵琶湖の水で手を清浄にして、そして東にそびえる富士山より日輪が出現したのを見て、その日輪が懐(ふところ)に入るというものでありまして、それから月水とどまりて御懐胎されたということであります。このことは御母が、日輪が出現して自らの懐に入ったという夢を実際に御覧になって、この夢の内容を大聖人様にお話しされ、大聖人様がさらに日興上人にこれを伝えられて、このことがきちんと文献として書き残されておるのであり季ます。

このあとの出胎という時においても、御母が不思議な夢を御覧になっておるのであります。つまり富士山の頂に登って十方を見ると、十方ことごとくが清浄にして明るく、そして竜王が蓮華を持ち来たり、その蓮華の茎(くき)から水を出し、この清水をもって産湯をまいらせるということであります。この御夢のなかに蓮華という意味が出てまいりましたが、大聖人様の御名が不思議にも「日蓮」ということは、御母の託胎、出胎の時の御夢の瑞相としてはっきり顕れたということが、『産湯相承事』に示されておる次第であります。

このように、大聖人様は実に不思議なお振る舞い、不思議な行者としての妙法の仏様のお姿をお顕しあそばされておるのであります。

更に、御父君の夢に虚空蔵菩薩が御出現になって、貌(みめ)よき稚児を肩に乗せられ「この方こそまさに上行菩薩様である。そしてこの方が一切衆生のための三世常恒の大導師である」ということを言われ、今これを汝に授けるという御夢を見られたということでありますが、これもまた不思議であります。

大聖人様が御幼少の時に、「日本第一の智者となし給へ」(同1077頁)という祈願をあそばされた虚空蔵菩薩は現在、あの清澄寺には残っていないそうであります。いつの間にかなくなってしまっておるのです。今日、本尊になっておる虚空蔵菩薩は江戸時代に造られたものだそうです。

ところで、この清澄寺は大聖人様が御年12の時にお上がりになって、僧道に入られたゆかりの寺でありますけれども、この寺の元はそれより約450年前に不思議法師という人が虚空蔵菩薩を彫刻し、開創したのであります。この不思議法師という名前の「不思議」ということが、また非常に不思議なのです。この不思議は妙法の妙ということで、いわゆる、「妙は不可思議に名づくるなり」(同94頁等)と御書にもお示しでありますが、この不思議法師が造った虚空蔵菩薩が昔、清澄寺にあったのです。これは、大聖人様が久遠元初の御本仏として末法に御出現になりましたが、一往、凡夫のお姿から御修行あそばされる上において、その一つの手継ぎとし、そのお悟りが開かれるべき因縁として、不思議法師が虚空蔵菩薩を造り、その虚空蔵菩薩に対する祈念によって妙法の正しい仏法をお悟りになったという次第であります。

ですから、その意味においても大聖人様の妙法があらゆる衆生を導く次第であり、また大聖人様の仏様としての妙法のお姿を、信心をもって常に拝していくことが大切であると思います。そして、皆様方が大聖人様の仏様のお振る舞いを拝しつつ南無妙法蓮華経を唱えて、一人が一人の折伏をしていくところに、仏様の尊いお振る舞いが皆様方の命のなかにはっきりと顕れてくるのであり、このところが仏法護持の尊い所以であります。

本年は、宗旨建立750年という重大な意義に当たっておる年でありますから、皆様方もこれから本年において、いよいよ大法を根本として、正法護持、御精進あらんことを心よりお祈り申し上げまして、長くなりましたが、以上、本日の御挨拶といたします、御苦労さまでした。


御法主日顕上人猊下御説法
『聖愚問答抄』(専唱寺復興新築落慶法要の砌)

爰(ここ)に愚人意を竊(ひそ)かにし言を顕はにして云はく、誠に君を諌(いさ)め家を正しくする事先賢の教へ本文に明白なり。外典此くの如し、内典是に違ふべからず。悪を見ていましめず謗を知ってせめずば、経文に背き祖師に違せん。其の禁(いまし)め殊(こと)に重し。今より信心を至すべし。但し此の経を修行し奉らん事叶ひがたし。若し其の最要あらば証拠を聞かんと思ふ。

聖人示して云はく、今汝の道意を見るに鄭重(ていちょう)慇懃(おんごん)なり。所謂諸仏の誠諦得道の最要は只是妙法蓮華経の五字なり。檀王の宝位を退き、竜女が蛇身を改めしも只此の五字の致す所なり。夫以れば今の経は受持の多少をば一偈一句と宣べ、修行の時刻をば一念随喜と定めたり。凡(およ)そ八万宝蔵の広きも一部八巻の多きも、只是五字を説かんためなり。霊山の雲の上、鷲峰(じゅぶ)の霞の中に、釈尊要を結び地涌付嘱を得ることありしも法体は何事ぞ、只此の要法(ようぼう)に在り。天台・妙楽の六千張(ちょう)の疏(しょ)玉を連ぬるも、道邃(どうずい)・行満(ぎょうまん)の数軸の釈金(こがね)を並ぶるも、併(しかしなが)ら此の義趣を出でず。誠に生死を恐れ涅槃を欣(ねが)ひ信心を運び渇仰を至さば、遷滅無常は昨日の夢、菩提の覚悟は今日のうつゝなるべし。只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪や有るべき、来たらぬ福や有るべき。真実なり甚深なり、是を信受すべし。

愚人掌を合はせ膝を折って云はく、貴命肝(きも)に染み、教訓意を動かせり。然りと雖も上能兼下(じょうのうけんげ)の理なれば、広きは狭きを括(くく)り多は少を兼ぬ。然る処に五字は少なく文言は多し、首題は狭く八軸は広し。如何ぞ功徳斉等ならんや。

聖人云はく、汝愚かなり。捨少取多の執須弥(しゅみ)よりも高く、軽狭重広の情溟海(めいかい)よりも深し。今の文の初後は必ず多きが尊く、少なきが卑しきにあらざる事、前に示すが如し。爰に又小が大を兼ね、一が多に勝ると云ふ事之を談ぜん。彼の尼拘類樹(にくるじゅ)の実は芥子(けし)三分が一のせい(長)なり、されども五百輌の車を隠す徳あり。是小が大を含めるにあらずや。又如意宝珠は一つあれども万宝を雨(ふら)して欠くる処之無し。是又少が多を兼ねたるにあらずや。世間のことわざにも一は万が母といへり、此等の道理を知らずや。所詮実相の理の背契を論ぜよ。強ちに多少を執する事なかれ。汝至って愚かなり、今一の譬へを仮らん。

夫(それ)妙法蓮華経とは一切衆生の仏性なり。仏性とは法性なり。法性とは菩提なり。所謂釈迦・多宝・十方の諸仏、上行・無辺行等、普賢(ふげん)・文珠(もんじゅ)・舎利弗・目連等、大梵天王・釈提桓因(しゃくだいかんにん)・日月・明星・北斗七星・二十八宿・無量の諸星・天衆・地類・竜神八部・人天大会・閻魔法王、上は非想(ひそう)の雲の上、下は那落(ならく)の炎の底まで、所有一切衆生の備ふる所の仏性を妙法蓮華経とは名づくるなり。されば一遍此の首題を唱へ奉れば、一切衆生の仏性が皆よばれて爰(ここ)に集まる時、我が身の法性の法報応(ほっぽうおう)の三身ともにひかれて顕はれ出づる、是を成仏とは申すなり。例せば篭(かご)の内にある鳥の鳴く時、空を飛ぶ衆鳥の同時に集まる、是を見て篭の内の鳥も出でんとするが如し。(御書405ページ)


本日、仏知寺住職・誠昭房ほか檀信徒の方々の志によりまして、このように専唱寺が立派な寺院として改めて発足をすることになりました。この落慶入仏に当たり、住職より何か話をするようにということでありましたので、本日はこの専唱寺という名称にちなんだ意味も含めまして、ただいま拝読した『聖愚問答抄』の御文について少々申し上げたいと思う次第であります。

この『聖愚問答抄』は、ある程度長い御書で、ずっと聖人と愚人の問答によって示されてあります。ただいま拝読した所は、そのうちでもかなりあとのほうで、妙法蓮華経という法体を明らかにお示しになり、それに対する真理を指南あそばされるところであります。

初めのほうからずっと、愚人が世の中の誤った事柄を考え、その道を歩んでおる姿が述べられており、その一つひとつに対して禅・念仏・真言・律等の誤りを含めて破折されております。そして結局、それらの教えは方便であって、釈尊が本当に正しく衆生を導こうとされた道ではないと論じておるのであります。そしてこの前の所では、愚人が「あなたのおっしゃることはよく解りました」ということで、「法華経以外の教えを信じて、念仏を唱えたりすることが誤りであることは解りましたから、私はその教えに従って、私だけが正しい信仰に帰(き)そうと思います」というように言うのです。

ところが、それに対して「それは大変な誤りである」とおっしゃるのを聞いて、愚人は「やはりこれは自分一人だけが正しい信仰をするのではいけない。周りの迷っておる人々にもその正しい教えを示し、誤った教えによって不幸になる所以(ゆえん)を説いていかなければならない」ということを、はっきりと思うに至るのです。そこで、まだ愚人が正しい信仰について疑問に思っている問題について示されてくる所が、ただいま拝読した所であります。


まず、「爰(ここ)に愚人意を竊(ひそ)かにし言を顕はにして云はく」とありますが、これは対句になっております。大聖人様の御文は、『立正安国論』もそうですが、非常に格調が高く流麗であり、また内容の上からも、実に深い意義が述べられております。ここの所も「意」と「言」、「竊か」と「顕は」が対句になっております。この「意を竊かにし言を顕はに」するという意味は、聖人の言葉によって深くその意が解りましたということで、その受けた聖人の言葉を深く自分の身に秘めて、今度はその意をもって言葉にはっきりと表して言うということであります。

次の、「誠に君を諌(いさ)め家を正しくする事先賢の教へ本文に明白なり」というのは、要するに正しいことを聞いたからには、そこから見て、もし自分の主君が間違ったことをしておるならば、たとえそれが自分の主君であっても「それは間違っている」とはっきり言わなければならない。仮りに親が間違った信仰をしておるならば、その間違っておるということをきちんと言わなければならないということです。そのように主君を諌め、家を正しくするということは、先人・先賢も言われていることであり、そのことは今まで御指南いただいたところに明白である、ということを言っておるのです。

次に、「外典(げてん)此(か)くの如し、内典是に違(たが)ふべからず。悪を見ていましめず謗を知ってせめずば、経文に背き祖師に違せん。其の禁(いまし)め殊(こと)に重し。今より信心を至(いた)すべし」とありますのは、これは外典にこのようにあるということで、この場合の外典は主として儒教を指しておる意味があります。けれども、道教のような仏教以外の教えはすべて外典でありまして、それら外典においても因果の筋道の一分を正しく説いておる姿はあるのです。

しかし今、世の中で問題になっておるオサマ・ビン・ラディン氏等が言っておるような「アラーを絶対に信ずる」ということは、私は因果の道から外れているように思います。だいたい、アラーという神様自体がどこに生まれ、どのような振る舞いをしたというのか。ただ紀元六百年ころにマホメットという人が出て、そして天啓をもってアラーという神について言い出したことから始まっているだけであって、そこにはアラーがどういう修行をして、どういう悟りを得たのかということが何もないのです。

そのように仏教以外の教えは、因果の法則を無視したところに一番根本の神様を立てるのですから、その神様を信じるということの上からいくと、善いことも悪いことも区別がつかなくなってしまうのであり、それが今のような姿になってきていると思うのです。これは外典の教えもそうだし、内典の教えにもそういう上からのことがありますから、その因縁・因果をきちんと正しくしていくということが大事なのであり、それを知って諌めない罪は、まことに重いのであるということを仰せであります。


そこで、「但し此の経を修行し奉らん事叶ひがたし。若(も)し其の最要あらば証拠を聞かんと思ふ」と尋ねるのですが、この意味は、法華経が本当に正しいということを伺ったけれども、法華経は一部八巻二十八品、六万九千三百八十四字もあり、非常に広いのです。皆さん方のなかでも法華経を全部読んだという方は、あまりいないでしょう。だから、その一品一品について、この品はこういう意味があるということを知らない方のほうが多いと思うのです。そのように非常に広い意味がありますから、どこをどのように修行してよいか判らないということであり、そのなかで最も肝要な事柄があれば、その証拠を聞きたいと思うということであります。

それに対して、聖人がその要点をお説きになられます。「聖人示して云はく、今汝(なんじ)の道意を見るに鄭重慇懃(おんごん)なり」というのは、つまり今までの話の経緯によると、あなたの心が非常に丁寧で懇(ねんご)ろになっておるということです。

そして、「所謂(いわゆる)諸仏の誠諦(じょうたい)得道の最要は只是妙法蓮華経の五字なり」とあるなかの「誠諦」というのは真実の悟りという意味です。寿量品は最初、「爾時仏告。諸菩薩。及一切大衆」という文から始まりますが、そのあとに「諸善男子。汝等当信解。如来誠諦之語」とありますなかの、あの「誠諦」です。これは仏様の真実の悟りの言葉を信解すべきであるということで、ここの文も同じ意味であり、「得道の最要」つまり、道を得るための最も肝要なものは「妙法蓮華経の五字」であると、はっきりとお示しになっておられるのです。

まず、このように仰せになられ、このあと、それに対する色々な意味の背景、意義づけなどについて述べられております。そのうち、「檀王の宝位を退き、竜女が蛇身を改めしも只此の五字の致す所なり」という内容については提婆達多品に説かれてあります。これは法華経二十八品のうちの第十二番目ですが、この提婆達多品には大きく言って二つのことが説かれております。

一つは、提婆達多は今世において悪人として出てきたけれども、昔においては阿私仙人として世に出たことがあるのです。その時に釈尊は国王として出現し、鼓(つづみ)を撃って大法を持(たも)っている者を国中に求めたということであります。はたして、そこにおいて阿私仙人と会い、王位を捨てて阿私仙人に千年という長い間、仕えた結果、妙法蓮華経を得ることができたということが説かれているのであります。つまり「檀王の宝位を退き」というのは、釈尊が国王としての宝位を退いて仏道に向かったことを言っているのです。

また、もう一つの「竜女が蛇身を改め」というのも提婆達多品にありまして、八歳の竜女が蛇身を改めることなく即身成仏の姿を現したということが説かれております。

この二つのことを言われておりますけれども、結局、そういう功徳を得たことも、その元はこの妙法蓮華経の五字を護持したことにあることをおっしゃっておるのです。

それで、「夫(それ)以(おもんみ)れば今の経は受持の多少をば一偈一句と宣べ、修行の時刻をば一念随喜と定めたり」とあり、ここに「一偈一句」という言葉がありますが、一偈というのは経典によって文字数は色々ですけれども、偈頌(げじゅ)というお経のある形の一区切りを言うのです。皆さんの読んでいる「自我得仏来」という文も偈であり、「自我得仏来 所経諸劫数 無量百千万 億載阿僧祇」の四句で一つの偈になります。

大聖人様は、この自我偈のなかの「一心欲見仏 不自借身命」という、ごく短い二句・半偈について「『一心に仏を見たてまつらんと欲(ほっ)して自ら身命を惜しまず』云云。日蓮が己心の仏果を此の文に依って顕はすなり。其の故は寿量品の事の一念三千の三大秘法を成就せる事此の経文なり」(御書669ページ)と非常に大事な御指南をされておりますが、これは一四句偈の肝要をしっかり修行すれば、それだけの大きな功徳があるということを言われておるのであります。

また「修行の時刻」というのは修行する時間の長さのことです。阿合経等に説かれる小乗仏教の菩薩は三大阿僧祇劫という長い間、修行しないと仏に成れないのです。ところが、通教の菩薩は動踰塵劫といって、ややもすれば塵劫を越えるというような長さを修行しないと目的を成就できないとされます。大乗に入っても、華厳経等の別教の菩薩は歴劫(りゃっこう)修行と言いまして、無量劫という長い間の修行によって初めて目的のところヘと行けることになっておるのです。しかし、一往はそのように言われますが、実際にそこまで修行を進めて行ってみると、今度は梯子(はしご)がはずされてしまって道がなくなってしまうのであり、結局、法華経へ来なければならないことになるのであります。その辺のところは教義上、色々と難しくなりますから省略しますけれども、爾前経の修行は非常に長い意味があります。

では、法華経の時刻はどうかというと、これは一念なのです。つまり法華経をただ一念に信ずるところにそのまま因と果が具わる、仏因を修することによって同時に仏果を得ることができるということが説かれるのであり、随喜功徳品にはこの一念随喜の功徳が八十年の布施に勝れるとの尊いお示しもあります。

次に、「凡(およ)そ八万宝蔵の広きも一部八巻の多きも、只是五字を説かんためなり」とありますが、この「八万宝蔵」というのは八万四千の塵労門というものがあり、その八万四千の塵労門に対する教えとして、あらゆる経典が説かれておるのです。そのうちの四千を略して「八万宝蔵」と言うのです。ですから、これは八万四千の法門ということと同じです。この八万四千の法門は広いし、法華経の一部八巻もまた多いということです。これは共に「八」の字がついておりますが、すべて、ただこの「五字を説かんため」に説かれておるのだということです。

さて、「霊山の雲の上、鷲峰(じゅぶ)の霞(かすみ)の中に、釈尊要を結び地涌付嘱を得ることありしも法体は何事ぞ、只此の要法に在り」からはまた、もう少し深い意味でおっしゃっておられます。

まず「霊山」と「鷲峰」というのは同じことです。この「霊山の雲の上、鷲峰の霞の中」というのは、釈尊が要を結び、地涌が付嘱を受けたというのだから虚空会の説法のことなのです。したがって霊鷲山の上の虚空会になりますから「霊山の雲の上、鷲峰の霞の中」と表現されておるのだと拝せられます。

そこで、この釈尊が要を結び、地涌が付嘱を得た「法体は何事ぞ」といえば、「只此の要法に在り」つまり、肝要の法にあると仰せであります。釈尊は寿量品を説かれたあと、神力品において四句の要法を要に結んで地涌の菩薩だけに付嘱されております。そして、そのあとの嘱累品では、あらゆる菩薩方、全部に法華経全体、また一代経を付嘱されたのです。

釈尊は法華経の前に華厳・阿含・方等・般若とあらゆる方便の経典を説かれましたが、それらは全部、法華経から出て、また法華経に帰するのであります。それが法華経一部八巻の意味なのですが、神力品で上行菩薩に付嘱された部分だけは、要法でありますから一部八巻ではないのです。この要法ということは今年の講習会でもお話をしたところですが、すなわち神力品の「如来の一切の所有(しょう)の法、如来の一切の自在の神力、如来の一切の秘要の蔵、如来の一切の基深の事」(法華経513ページ)という四句に要法として結んであるのです。これを天台、妙楽は妙法蓮華経という名前において結んだと言われておりますけれども、その法体・実体はまだ明らかにしておられないのです。それを大聖人様が御出現になって、それはただ妙法蓮華経の要法にあるのだと明かされておるのであります。

次の、「天台・妙楽の六千張の疏(しょ)玉を連ぬるも」というのは、天台大師や妙楽大師が中国に出て、仏教の五千・七千の経巻の中心が法華経にあるということを、あらゆる面から述べておるのです。これは我田引水で、わがまま勝手に「自分がよいと思うから法華経が勝れておるのだ」などと言っているのではありません。道理の上からあらゆる経典を見て、大・小、深さ・浅さその他、様々な面から論証して法華経が最も勝れておるということを述べているのであります。

それが天台の『玄義』『文句』『止観』という三大部であり、また、さらにそれを解釈した妙楽の『玄義釈籤』『文句記』『止観輔行伝弘決』です。このように三つずつがあり、それをそれぞれ一千張と一往、概算でおっしゃっておりますから、その六つをまとめて「六千張」になります。それらは実に珠玉を連ねるようなすばらしい教えであるという意味の言です。

次に、「道邃(どうずい)・行満の数軸の釈金(こがね)を並ぶるも」というのは、この道邃と行満は二人とも妙楽大師の弟子であり、特に行満は天台の深い意義、要点を取ってまとめられた意味があるのです。それはもちろん、ここで言っている要法ということではありませんが、色々な意味から行満の述べておるものが伝えられておるのであります。これらの方々の釈が、そうたくさんはないが数軸ある。これも黄金を並べる如く光り輝くところの立派な教えであるということです。

そして、「併(しかしなが)ら此の義趣を出でず」というのは、これらの尊い釈なども、すべて南無妙法蓮華経によって必ずすべての人が救われるという趣旨から外れるものではない、と述べられておるのです。

ここまでは法について述べられておりましたが、今度は皆さん方の信心修行の心構えについてお示しになられます。まず、「誠に生死を恐れ涅槃を欣(ねが)ひ信心を運び渇仰を至さば」というのは、生きていくことにおいては様々な不安があるわけです。現在、世界の人々のなかには、あらゆる不安にさいなまれている人もいるでしょう。特に中近東のパキスタンとかアフガニスタン等の人々の気持ちは大変な不安と恐れにおののいていると思います。しかし、そればかりではなく、そのほかの国の人々にとっても自分自身の命、生死という意味においては非常に不安定であり、いつ様々な悩みや苦しみが起こってくるか判らないのです。

しかし、そういうように生死を恐れることも大事なことなのです。若者などで「なに、自分は大丈夫だ」と思って間違ったことをしている者がありますが、そういう者はそのうちにドカンと落っこちてしまうのです。そういう姿は日本の社会のなかでも、たくさん見受けられます。やはり生死を恐れ、正しい心をもって悟りの上からの安定の境界を得る、現当二世の観心と悟りを得ようとすることが「涅槃を欣」うということであります。また、それによって正しい仏法に信心を運び、そして渇(かつ)して水を求むるが如くに仰ぐということであります。

そして、そういうように進んだときには、「遷滅無常は昨日の夢」すなわち、未来に対する不明・不安の姿は昨日の夢のようなものとなるというのです。物事は必ずどんどん変わっていきますから、その変わっていくなかの真の常住を知れば、人は本当に正しい信解をもって、しかも常に深い境界の上から正しい生活を永劫にわたって積むことができるという意味であります。しかし、それを知らない人は遷滅無常のなかで不安定な生活を送っているのです。

また、「菩提の覚悟は今日のうつゝなるべし」とありますが、この「菩提の覚悟」というのは三世にわたって絶対に崩れない真の命を自ら覚知するという確信であります。そういう「菩提の覚悟」が「今日のうつゝ」であるというのは、目が覚めたあとの真実のことであるという意味です。

眠っているときに見る夢は、起きてからよく考えてみると荒唐無稽なことが多くあります。もちろん正夢(まさゆめ)もたまにはあります。たしかに、しっかり信心している人などは夢によって大事なことを覚知させられるような場台もあるのですが、これはそう頻繁にはありません。だいたいの夢は荒唐無稽で、目が覚めたら「なんだ、あんな夢」と思うような、自分の生活にはなんの関係も根拠もないものがひょいひょい出てくる形が多いでしょう。それに対して「うつゝ」というのは目が覚めて物事をはっきりと見定めることができるということですから、仏教の上からするならば、正しい教えを受けて初めて本当のうつつの心眼が開けるということがあるのであります。

その次は、その方法として、「只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪や有るべき、来たらぬ福(さいわい)や有るべき。真実なり甚深なり、是を信受すべし」と、きちんと断定あそばされております。世の中には、これが信じられない人が多いのです。それでも、皆さん方はこのところの確信を本当に掴(つか)むことが大切であります。

我々は生まれてからこのかた様々な罪を犯していますが、南無妙法蓮華経と唱えるところに過去遠々劫からの罪が消えるのです。しかし、罪が消えるということは特別なことがなければ消えることはないわけで、それが南無妙法蓮華経と唱えることにおいて消すことができるということであります。

また「来たらぬ福や有るべき」というのは現当二世ということが大事でありまして、まず現在の上において安心の境界を得る。そしてまた、さらに妙法の受持を続けることによって、未来における幸せが必ず得られるということであります。それが「真実なり甚深なり」つまり、これこそが真実のことであり、また非常に深い意味があるのだということです。

たしかに、南無妙法蓮華経を唱えるだけでどうしてそうなるのかということは、他宗の人にはよく解らないと思います。しかし、この御書はまだ佐渡以前の御書でありまして、大聖人様御自身が「さど(佐渡)の国へながされ候ひし已前の法門は、たゞ仏の爾前の経とをぼしめせ」(御書1204ページ)と『三沢抄』に説かれておりますように、大聖人様の教えを正しく拝し、深く知るためには、御一生における御化導を正しく拝さなければならないのです。つまり大聖人様は南無妙法蓮華経を唱えろとだけ言ったのだ、というような単純なものでなく、御一生を通して拝するところに本当の仏法の根本法体が顕れるのであり、それはすなわち三大秘法であります。ここに「真実なり甚深なり、是を信受すべし」とあります上には、この意味が篭もっておることを拝すべきであります。


次に、「愚人掌を合はせ膝を折って云はく、貴命肝(きも)に染み、教訓意を動かせり。然りと雖も上能兼下(じょうのうけんげ)の理なれば、広きは狭きを括(くく)り多は少を兼ぬ。然る処に五字は少なく又言は多し、首題は狭く八軸は広し。如何(いかん)ぞ功徳斉等ならんや」という問いを設けられております。これは、愚人も法華経の善いことはだんだん解ってきたけれども、法華経の全体ということを考えだ場合に八巻は広いし、そのなかには様々な尊いことがたくさん説かれている。広いところには狭いものが収まり、また多くのもののなかには少ないところも含まれる道理から考えると、南無妙法蓮華経の五字・七字は簡潔過ぎて、一部八巻の広さからするならば値打ちが落ちるのではないか、というような考えであります。

世間の人にも、このような考え方が多いのです。身延派の連中のなかには一部読誦をいまだにしているところもあると聞きます。だいたい一部読誦といっても、一部八巻を読誦するのは大変です。朝から晩まで一日中、読誦していなければなりませんが、しかし僧侶だからといってお経だけ唱えていればよいわけではありませんから、これを行うのは非常に大変なことなのです。

それはともかく、広い一部八巻の法華経こそ値打ちがあるのであり、お題目は簡単だからあまり功徳はないのではないかという考え方から質問をしているのです。つまり「上能兼下」は「上は能く下を兼ねる」ということで、一般にも「大は小を兼ねる」ということを言うと思います。そのように、広いものや多いもののほうが狭く少ないものよりもよいだろうといって、法華経の上においても同じように考えようとするのです。そして「五字は少なく文言は多」いのであるから、どうしてその功徳が同じであろうかということの疑問であります。


それに対して聖人は、さらに妙法蓮華経の五字の深い意義を説かれるのであります。すなわち、「聖人云はく、汝愚かなり。捨少取多の執(しゅう)須弥(しゅみ)よりも高く、軽狭重広の情溟海(めいかい)よりも深し」と、世法と仏法のけじめをつけて考えなければならないことを仰せであります。

たしかに今の民主主義ということからいくと多数決で決まるのであり、多いほうがよいことで少ないほうがだめだということに一往なります。しかし、これは世間法の上のことであり、仏様の教えはそのような凡人の考え方を超越し、さらに深く実相を悟られるのですから、その上からするならば、一人の仏様の実相に対する悟りというものは、百万人の凡人の考えよりも勝れておるということが言えるのであります。もちろん世の中の一切の人々が仏様のような勝れた境界や考えに到達していけば、世の中自体がなおよくなるということは言えますが、そのような上から、仏法が、単なる仏法を忘れた世間法とは違うのだということを考えなければならないのです。

だから、根本の仏法から見れば、あなたの少なきを捨てて多きを取ることの執着や、狭いことを軽んじて広いことを重んずる心は愚かな誤りであるということです。ここにある「溟海」とは「暗い大海」という意味ですから、あなたの考えは暗い大海よりもさらに深く暗い考え方であるということであります。

続いて、「今の文の初後は必ず多きが尊く、少なきが卑しきにあらざる事、前に示すが如し。爰(ここ)に又小が大を兼ね、一が多に勝ると云ふ事之を談ぜん」と示されます。つまり、必ずしも多いことが尊くて少ないことが卑しいわけではないことは前に示したところであるが、ここでは逆に小が大を兼ね、一が多に勝れることの例を示そうということです。

これは普通の考えからいうと少々おかしいと思うかも知れません。例えば、三と一では三のほうが多いに決まっているし、五と一では当然、五のほうが多いでしょう。ところが、少ない一のほうが多に勝れることがあると言うのです。これはやはり先程申し上げたように、仏様の尊い悟りは万人に勝れるという意味があるのです。

その一つ目の例として、「彼の尼拘類樹(にくるじゅ)の実は芥子(けし)三分が一のせい(長)なり、されども五百輌の車を隠す徳あり。是小が大を含めるにあらずや」と仰せであります。インドのほうに尼拘類樹という木があると言われます。ケシの実もかなり小さなものですが、この尼拘類樹の実は、さらにその三分の一で非常に小さいというのです。それでも、これが大きくなって木になれば五百輌の車を隠す徳があるのであり、これこそ「小が大を含めるにあらずや」とお示しであります。

次の、「又如意宝珠は一つあれども万宝を雨(ふら)して欠くる処之無し。是又少が多を兼ねたるにあらずや」というのは、この「如意宝珠」は様々な仏典のなかに色々に説かれております。ある仏典には如意宝珠は、竜の脳髄にある珠だと示されてありますし、また、そのほかにも色々な説があるのですが、要するに、この如意宝珠を得る者は万宝の功徳に浴することができるというようなことが経典に述べられておるのであります。

さらに、「世間のことわざにも一は万が母といへり、此等の道理を知らずや」と、一からすべてが始まるという意味からすれば一が最も始めであり、万よろずの母である。考えてみれば、二という数字も三という数字も一がなかったらありえないのです。つまり一があるから、二も三も百も千も万も出てくるのである。だから結局、一がすべての数字をことごとく具えておるという意味があるのであります。

特に法華経においては、方便品に「一大事因縁」という言葉があるのです。すなわち「諸仏世尊は、唯一大事の因縁を以ての故に世に出現したもう」(法華経101ページ)とありまして、その一大事因縁とは何かというと「諸仏世尊は、衆生をして、仏知見を開かしめ云云」(同102ページ)と示されるように、仏知見を開示悟入せしめることであります。この「一大事」の「一」について、天台大師の有名な言葉として「一は則(すなわ)ち一実相なり。五に非ず、三に非ず、七に非ず、九に非ず、故に一と言うなり」(学林版文句記会本上651ページ)と説かれてあります。この「三」というのは声聞、縁覚、菩薩の三乗で、「五」というのは、それに人乗と天乗を加えた五乗です。それから「七」は蔵教と通教の声聞、縁覚、菩薩と、別教の菩薩の七方便であり、さらに「九」は地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天、声聞、縁覚、菩薩までの九法界のことで、この九法界にはありとあらゆる衆生が入るので非常に広い意味があります。

仏界は仏様だけですから、十方と分身をまとめれば、たった一人です。しかし、仏様は十界の全体の内容と因縁因果の道理をことごとく御存じであるから、仏様お一人の境界において一切が具わっておると言えるのであります。したがって、そこにも「一は万が母」ということがあるのであり、そこで「此等の道理を知らずや」と仰せであります。

そして、「所詮実相の理の背契(はいけい)を論ぜよ。強(あなが)ちに多少を執する事なかれ。汝至って愚かなり、今一の譬へを仮らん」とありますが、この「実相の理」というのが今、申し上げたことであります。すなわち方便品に「諸法実相。所謂諸法。如是相。如是性。如是体」云々と説かれる諸法の実相たる十如は、ことごとく万物の存在の法であります。これは必ず、因と果と、縁と報があって物事が存在するということで、それをキリスト教やイスラム教のように「天にまします我らの神よ」というような思想を持つと、因縁因果の道理がはっきりしなくなってしまうのです。それらの人々は、何によって神様がそこに存在するのかは考えず、ただそう信ずるのだと言っているようですけれども、そういう無理な思想・宗教の考え方から大変おかしな問題も出てくるのであります。やはり正しい因縁因果の道理を説くところに仏法の正しい意味があるのであり、それがまた法界の全体に遍満しておるというのが「実相の理」であります。

また、この「背契を論ぜよ」ということは、「背」は背中、うしろということで、目の前に現れていない全部の姿ということです。一往、皆さん方は一人ひとりの人間の形として現れているけれども、現実に見えるあなた方の姿だけがあなた方かというと、そうではないのです。あなた方の命のなかには様々な徳もあれば、対人関係や仕事などもあるのであり、この「背」とは世の中全部の奥にある、目には見えない法という意味であります。そして「契」は、それをきちんと示されたところの印という意味でありますから、「背契を論ぜよ」というのは法界全体を本当に示すものは何かということを論じなさいということで、要するに先程から仰せになっているように、妙法蓮華経の五字を信じなさいということなのです。これは我々の凡眼凡智ではよく解らないかも知れないけれども、ただ妙法蓮華経を信ずるところに、この法界全体を知るという意味が存するということであります。

そしてまた「強ちに多少を執する事なかれ」ともう一遍おっしゃって、おまえさんは愚かだから、もう一つ譬えを挙げて解らせようということを、仏様の御慈悲の上から仰せなのであります。

「夫(それ)妙法蓮華経とは一切衆生の仏性なり。仏性とは法性(ほっしょう)なり。法性とは菩提なり」とあるなかの「仏性」というのは仏の性(しょう)ということです。色々な所に金山がありますが、外からはその金は見えません。しかし見えないけれども、そこに金が存在するのは間違いありません。それが、あらゆる人のなかに正(まさ)しく仏性が存在するという意味での「正因仏性」であります。また、山に金があるということを知るのは、そこに金があることを智慧によって知るのであり、これが智慧の性としての「了因仏性」であります。それからさらに、色々な混ざりものや土などを取り除いて金を取り出し、金の光がはっきり現れるところにその徳が顕れるのであり、これが「縁因仏性」であります。このように正因仏性、了因仏性、縁因仏性という三つの仏性があるのです。

少々難しいかも知れませんが、我々仏様以外の一般の人は、仏様としての姿が現れていない人が非常に多いのです。仮りに自分自身で仏だと言ったとしても、たまにそういう人もいるけれども、それは本当の仏でもなんでもないのです。本当の仏ということを考えると、これには非常に重大な意味がありまして、仏様としての姿が表に現れていないけれども、しかしながら必ず仏に成る性が万物に存在するということが法華経には説かれ、また特に天台、妙楽がありとあらゆる面から述べておるのです。天台、妙楽は草木国土と言いまして、一本の草、一本の木、一つの石といった非情の上にも仏性が存すると説いております。こういうもののなかにも仏性が存するということは、これらにも地獄や餓鬼、畜生があるということなのです。このことは理解しづらいかも知れませんけれども、そこがこの法華経に物事の真髄を述べられておる所以であります。

その意味からすると、妙法蓮華経は直ちに仏性を述べられており、その仏性とは法の本当の姿であるということです。この「法性」というのは本来具わっておって、改まることがないところの真実の法の性質を言います。その真実の法の性質を知るということは、そのままそれが真実の悟りの姿、すなわち「菩提」であるとお示しであります。

この菩提にも実は色々な菩提があるのです。声聞の菩提や縁覚の菩提、菩薩の菩提とあり、さらに菩薩でも色々な種類の菩提がありまして、十信以下の菩提や十住以上の菩提、初住以上は分身即の上からの菩提となるなど様々な姿があるけれども、本当の菩提は無上菩提なのです。皆さん方が自我偈の最後で「得入無上道 速成就仏身」と読んでいる、あの「無上道」です。この「無上道」とは仏の最高の道を言われるのであり、それこそが本当の菩提であります。だから妙法蓮華経とはその真実の菩提であり、また、それは我々すべての者の命に篭もっておるのであるということをおっしゃっておられるのです。

次の、「所謂(いわゆる)釈迦・多宝・十方の諸仏、上行・無辺行等、普賢(ふげん)・文珠(もんじゅ)・舎利弗・目連等、大梵天王・釈提桓因(しゃくだいかんにん)・日月・明星」までは、釈尊が霊山で法華経を説かれる会座に集まってこられた方々でもあります。宝塔品の「三変土田」の姿などの意味からいくならば、法界の全体が妙法のところにすべて通じ、その意義が浸透しておるということが拝せられるのであります。

また、「北斗七星・二十八宿・無量の諸星」というのは外典から来る意味もありますけれども、これらは宇宙法界のあらゆる星です。これには何百光年、何億光年というような遠いところの星も含めて述べられております。そして、「天衆」は天の衆生で、「地類」は人間や畜生のような地面で生活する者達、「竜神八部」は天神等の仏法守護の諸神であります。さらに「人天大会」は法華経の化導の対告(たいごう)となったところの人天です。

次の「閻魔法王」については深い意味があるのです。御先師の御本尊のなかにも御相承の上から閻魔法王をお書きになっておる形もあるのであります。これをよく弁(わきま)えないで、創価学会が最近になって「閻魔法王と書いてあるのは謗法だ」などと莫迦なことを言い出しているようです。そんなことを言う輩には「では、おまえさん方の戴(たい)するところの初代会長の牧口常三郎さんも、第2代の戸田城聖さんも、みんな日蓮正宗の僧侶の導師によって、その御本尊にお経を唱え、お題目を唱えて成仏したのではないか。それを今になって謗法の曼荼羅とは、何を言っているのだ」と言ってやればよいのです。要するに、何もわけが判らないで、悪口だけ言っておればよいと思っている。しかし、大聖人様はこの御書で「閻魔法王」ときちんとお書きになっているではありませんか。

続いて、「上は非想(ひそう)の雲の上、下は那落(ならく)の炎の底まで、所有(あらゆる)一切衆生の備ふる所の仏性を妙法蓮華経とは名づくるなり」とありますが、「非想」というのは非想非非想処ということで、欲界・色界・無色界の三界のうち、無色界の一番上にいる天界の衆生であります。また「那落」というのは地獄のことでありますから、ここは地獄の炎の底という意味になります。そのあらゆる「一切衆生の備ふる所の仏性を妙法蓮華経」つまり、ありとあらゆる悩みを持っている一切の衆生にも、ことごとく妙法蓮華経の当体たる尊い仏性が奥底に具わっておると仰せであります。

したがって、「されば一遍此の首題を唱へ奉れば、一切衆生の仏性が皆よばれて爰に集まる時、我が身の法性の法報応の三身ともにひかれて顕はれ出づる、是を成仏とは申すなり」とお示しであります。お題目を唱える時には、それが法界全体の仏性を呼んでおるのであり、私達が判らなくとも法界全体と我々の仏性が互いに感応道交して一つになり、そのすべてが妙法蓮華経の徳として顕れるのであります。

さて「爰に集まる時」とありますが、その「爰」というのはどこだと思いますか。私は、まず一往は妙法のところだと思うのです。つまり南無妙法蓮華経を唱えますし、そこに妙法の所在が存するのだから、その妙法のところに一切が集まるのだと思います。

ところが、それにはさらにその元があるのです。先程申し上げた大聖人様の一期(いちご)の御化導の上からいくと、妙法蓮華経の法体は釈尊の久遠の根本の悟りにおいて三大秘法として存するのであります。そして、その三大秘法はまた人法一箇の御本尊として、大聖人様が佐渡以降、弘安に至って顕し給うところであり、その終窮究竟(しゅうぐくきょう)は本門戒壇の大御本尊様であります。その人法一箇の御本尊が根本となって妙法の功徳が成ずるということを、法の上から拝さなければならないのです。

そこにおいて「我が身の法性の法報応の三身ともにひかれて顕はれ出づる」というのは、人々の法性の因の立場においては仏性があり、すなわち正因仏性・了因仏性・縁因仏性という三つの仏性があるのですが、その正因仏性の体(たい)は法身になるのです。そして了因仏性は報身、縁因仏性は応身という仏様となるのであります。その「法報応の三身」がそのまま、妙法蓮華経の一つの篭(かご)のなかに存するわけです。その三身が引かれて顕れるところ、我々の凡夫の形がそのまま、一念をもって直ちに成仏するのです。そこで「是を成仏とは申すなり」と仰せになられているのであります。

そして最後に、「例せば篭の内にある鳥の鳴く時、空を飛ぶ衆鳥の同時に集まる、是を見て篭の内の鳥も出でんとするが如し」とお示しであります。これは外の鳥と内の鳥ということでありますが、その中心になるのは御本尊様です。ですから御本尊様を拝して題目を唱えるところに法界全体が妙法の御本尊のなかに人法一箇の御当体として篭もっているのでありますから、まず御本尊を信ずること。すると同時に、我々の命が御本尊の妙法の当体として顕れるのであり、また法界全体の諸相も功徳としてそこに顕れてくるのであります。

要するに、あらゆる功徳がそこに存するのです。我々は観念文の最後に「乃至法界平等利益」ということを願っておりますが、これは法界の一切に仏性が存する故に、我々の信をもってあらゆる衆生の仏性を喚起せしめ、その因縁においてこの仏道を成就せしめようという気持ちの上から行っているのです。そのような意義において、妙法蓮華経を唱える一行にすべてが具わるということを仰せになっておるのであります。

どうぞ皆様、本日の専唱寺の復興を機といたしまして、さらに信心修行を増進され、自行化他の功徳を成就されることを心から念願いたしまして、本日の法話に代えさせていただきます。


※この御説法は修徳院支部の川人さんの御協力により掲載いたしました。


御書解説
『上野殿御返事』(御書1358頁)

一、御述作の由来

本抄は、弘安2(1279)年4月20日、大聖人様が58歳の御時、駿河国富士郡上野郷(現在の静岡県富士宮市・総本山周辺)の地頭・南条七郎次郎時光殿に与えられた御消息です。

本抄を賜った時光殿は、幼少の頃より大聖人様に帰依し、長じて亡父の地頭職を継いでからも、日興上人を師兄と仰いで純真な信心に励み、真心からの御供養を申し上げ、外護を尽くされました。大聖人様の滅後は、日興上人に仕(つか)えて正法の興隆に努めると共に、波木井実長の不法により日興上人が身延を離山された折は、進んで上野の領地にお迎えし、現在の総本山大石寺を寄進した大檀那です。


二、本抄の大意

はじめに、大聖人様が遭われた数々の大難のうち、竜の口の法難と小松原の剣難は、まさに身命に及ぶ大難であることから、これに過ぎるものはないと仰せです。

また、忘れられないこととして、少輔房が法華経第五の巻で、大聖人様をさんざんに打ったことを挙げ、これが三毒より起こったものと示されます。そして昔、燃え盛る嫉妬(しっと)から、鬼のように変わった天竺(てんじく)の女人が、家内の様々なものを打ち壊した上、男が読誦(どくじゅ)する法華経第五の巻を取り上げて、両足でさんざんに踏みつけたために、臨終の後に地獄へ堕(お)ちたものの、法華経を踏んだ逆縁の功徳により、両足だけは地獄へ堕ちなかったという故事を述べられます。

ただし、天竺の女人の場合は、男への嫉妬心から法華経を踏みつけたが、少輔房は日蓮大聖人と法華経を憎んで打ち叩いたことから、両手もろとも無間地獄へ堕ちると示されます。しかしそれでも、不軽菩薩(ふきょうぼさつ)を誹謗した人たちのように、逆縁の功徳によって、ついには大聖人様に会い、仏果を成ずることになるであろうと仰せです。

次に、法華経第五の巻こそ、「一経第一の肝心」であり、それが『提婆達多品(だいばだったほん)』に説かれる、8歳の竜女の即身成仏と地獄の提婆達多の成仏にあるとして、無量義経の、 「四十余年には未だ真実を顕さず」(法華経23ページ)との文や、法華経の、「要(かなら)ず当(まさ)に真実を説きたもうべし」(同93ページ)「皆(みな)是(こ)れ真実なり」(同336ページ)との証明の文を経証として挙げ、即身成仏の大法は法華経に限ると断じられます。

そして、諸宗の徒輩がいかに爾前経に成仏があると述べても、それは千個の焙烙(ほうろく=素焼きの土鍋)も一つの槌(つち)に摧(くだ)かれるような道理であり、末法は法華経の題目を離れて成仏はないと喝破(かっぱ)されます。

さらに「古今能所不二(ここんのうしょふに)」との法華経の深意と、悪逆の提婆達多には慈悲の釈尊が師となり、愚癡の竜女には智慧の文殊師利(もんじゅしり)菩薩が師となって成仏に導いたことから、提婆達多・竜女のような日本国の男女は、大聖人様を師匠として成仏を期すべきであると仰せです。

次いで、三類の強敵(ごうてき)・忍難弘通(にんなんぐづう)が説かれた『勧持品』の二十行の偈(げ)は、大聖人様ただ一人が身読されたことを仰せです。特に「及加刀杖(ぎゅうかとうじょう)」の文につき、大聖人様の刀の難は、小松原の剣難と竜の口の法難の二度に及んだこと、また杖の難は、少輔房が法華経の未来記である第五の巻で打ったこととされます。

そして、学問をしない子に、槻(つき)の木の弓をもって打つ父を、子は憎く思うけれども、ついに修学して道を得、人を利益する身となって顧(かえり)みれば、父が槻の木で打ち教えてくれたお陰であったことを知り、槻の木で塔婆を建立して、父を供養したとの故事を挙げ、少輔房への恩、また杖となった法華経への御恩を吐露(とろ)されます。

続いて、『従地涌出品』が大聖人様にとって、「すこ(少)しよしみある品」と述べ、その理由として、上行所伝の妙法五字を、大聖人様が先駆けて弘通されていることを挙げられます。そして、とにかく法華経に身を任せて信をいたし、他の人々にも信心を勧めて、過去の父母をも救っていくべきことを仰せられ、 「日蓮生まれし時よりいまに一日片時もこころやすき事はなし。此の法華経の題目を弘めんと思ふばかりなり」との、大慈大悲の御境界を披瀝されます。

最後に、上野殿が臨終を迎える時には、大聖人様が必ず迎えに行かれること、また三世諸仏の成道は丑寅の時刻にあること、さらに仏法の住処は鬼門の方角にあるべきことなどを述べて本抄を結ばれますが、追伸として、基本的な信心の持ち方を教示されています。


三、拝読のポイント

<法華経誹謗は堕地獄の因>

第一は、法華経を憎む者は必ず無間地獄に堕ちるということです。法華経第五の巻を両足でさんざんに踏みつけた天竺の女人は地獄に堕ちたけれども、逆縁の功徳によって彼女の両足だけは地獄に堕ちませんでした。ところが、同じように法華経第五の巻をもって大聖人様をさんざんに打ち叩いた少輔房は、両手もろとも無間地獄に堕ちると仰せです。

これはどういうことかと言えば、大聖人様が本抄に、「たゞし彼は男をにくみて法華経をばにくまず。此は法華経と日蓮とをにくむなれば一身無間に入るべし」と御教示のように、偶然に不敬罪を犯したのと、心をもって謗ったこととの違いであり、少輔房は、貪・瞋・癡の三毒の命によって法華経と大聖人様を憎んで打ち叩いたことによって、両手もろとも無間地獄に堕ちるということです。しかしながら、これによって少輔房も大聖人様に逆縁を結んだことから、いつの世にか成仏することができるであろうことを示されています。

私たちは、このような法華経誹謗の罰の恐ろしさを知ると共に、今もなお池田大作の洗脳によって宗門を誹謗し続け、無間地獄への道を歩む哀れな学会員を、一人でも多く救っていくことが大切なのです。


<順逆二縁を結ぶ折伏行>

第二に、末法の衆生は大聖人様の法華経に縁することによって、順心の人は即身成仏を果たし、逆心をもって誹謗した人は一往地獄に堕ちても、その縁によって遠い将来、成仏が叶うということです。

『提婆達多品』には、釈尊が過去世に修行中、阿私仙人(あしせんにん)として釈尊の善知識となったのが今日の提婆達多であったとされ、そして今日においては釈尊がこの悪逆の提婆達多の師となって成仏に導き、天王如来(てんのうにょらい)の記別を授けたことが説かれています。これは師匠と弟子とは元来、一体不二であるという法華経の深意を顕しているのです。また愚癡の竜女には、文殊が師となって即身成仏の相を現じたことが明かされています。

しかるに大聖人様は、「文殊・釈迦如来にも日蓮をと(劣)り奉るべからざるか。日本国の男は提婆がごとく、女は竜女にあひに(似)たり。逆順ともに成仏を期(ご)すべきなり。是(これ)提婆品の意なり」と、末法の男女は、大聖人様を師匠として成仏を期すべきであると仰せです。

ですから折伏を実践する上においては、たとえいかなる反発に遭おうとも、順逆二縁を結ぶ尊い修行であるということを心得て、果敢に謗法を破折してまいりましょう。


<折伏相手は善知識ととらえよ>

第三に、折伏に励む私たちを詈(ののし)る相手に対しては、恨みを持つのではなく、己の信心を成長させてくれる善知識としてとらえることが大事であるということです。

少輔房が法華経第五の巻で大聖人様御自身を打ち叩いたことに対して、「日蓮仏果をえ(得)むに争(いか)でかせうばう(少輔房)が恩をす(捨)つべきや。何に況んや法華経の御恩の杖をや。かくの如く思ひつづけ候へば感涙を(押)さへがたし」と仰せられ、少輔房や杖となった法華経への御恩を吐露されています。

私たちも、折伏に歩く中では、御法門を心に入れようとしない輩から誹謗・中傷されることがあります。しかし、そこで大切なことは、感情的になってその相手を憎むのではなく、邪教に深く毒されたこの人を何とか救いたいという慈悲の念を持つと共に、それが自分の宿業を浄化し、また信心の上に一歩成長させていただける尊い修行なのだという確信を持つことです。

私たちもこの大聖人様の御精神を拝して、柔和忍辱(にゅうわにんにく)の衣を着てさらに折伏に精進してまいろうではありませんか。


四、結び

私たちは大聖人様の仏法を信仰することで、宗教に正邪のあること、不幸の原因が誤った宗教にあることを知ると共に、正しい仏法が私たちの生命を根底かろ救うことのできる教えであることを知りました。

折伏とは、私たちが相手を救うのではなく、幸せになる仏法を教えていくことです。ですから「自分にはできない」と思う心を乗り越えて、一言でも仏法を語っていく勇気を起こし、折伏を行じていくことが望まれるのです。

宗門僧俗待望の「宗旨建立七百五十年 法礎建立の年」の本年、この貴重な大佳節を誓願目標完遂をもって慶祝申し上げるべく、異体同心して悔いの残らぬよう力いっぱい精進してまいろうではありませんか。

※この原稿は修徳院支部の川人さんの御協力により掲載いたしました。



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