-伝記3 精霊使い シリア-



 五人の少女達を陵辱し終えたワードックの群の満足げな表情を、殺気を含んだ視線が射抜いていた。
「なんてことを・・・・」
 辺りに同化したその存在は闇の中で怒気を含めた口調で小さく呟く。
「敗軍の女性はああなる・・・・人間もモンスターも結局は同じね」
 同じ闇の中でか細い声が通る。普通であれば確実に聞き逃してしまうであろう小さな声でも、彼女達には十分に聞き取ることが出来た。
 ワードックと共に、闇の中に消えたミア達を2つの存在は音もなく追っていく。出来るものなら今すぐにでも助けに行きたい衝動を、二人は賢明に堪えていた。
 それが彼女達の任務だらである。
 彼女達の存在はミア達にも聞かされてはいない。彼女達は、相手の真の目的と情報を集めるべく、王女に特命を受けたスパイだったのだ。
 二人はまず、侵入者をほぼ殺さない事を知り、同時に捕らえた者達をどの様に扱うかを知ってしまった。
 これが我が身であれば・・・・と、考えると、思わず身震いする二人だったが、さらにその後、何処に幽閉されるかを知っておく必要があると感じ、気配を完全に消して後を追い始めたのだった。

 ワードック達は尾行者に全く気づくことなく通路を、幻影の壁を、隠し扉を進んで行き、やがて大きな石版で閉鎖された部屋の前までやってきた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
 ワードックの一匹が小さな声で呪文、おそらくは合い言葉であろう、言葉を口にすると、石版は唸りをあげて右にずれ、出入り口を開放した。
「よし、運び込め」
 ワードックの一匹が指示し、中に入ろうとした時、その動きが止まった。部屋の奥に誰かがいたのである。
「誰だ?」
 ワードックが威嚇をかけると同時に、奥の何者かが歩みだし、その姿を現した。
「!?」
 姿を隠したまま様子を伺ってい二人は目を見張った。
 出て来るのは相手の仲間、すなわちモンスターと予想していたのが、意外にもそれは人間だったのだ。
 全身フード付きのマントを深々と身につけ、顔すらも判別できなかったが、その体型と体つきは間違いなく人間のそれだった。
「あ、貴方は・・・・・なぜここに・・・・・」
 全てのワードックが狼狽する。素人目に見ても彼等が緊張していくのがよく分かった。
「気にするな。暇だったので動いてみたくなっただけだ。それとも、ここにいては邪魔か?」
「い、いえ、とんでもありません・・・・・」
 直に話をせず、膝を折っているだけのワードックすら萎縮し震える相手に、間者(スパイ)である二人は戸惑いを感じていた。全身を隠しているため、相手の実力の目算すら出来ない事もあったが、フードの人物に対し、ワードック達がああも萎縮するだけの威圧感を、彼女達が全く感じなかったのが大きな原因だった。
 そう、彼女達が実戦で得た経験が、あのフードの人物に対し全くの危険を感じていないのである。
「た、ただ、貴方様がこんな下層に来られるなど思ってもいなかったもので・・・・・」
「上まで来れる奴等をただ待っているのも暇だからな。今まで来た奴等がどんな者かを見に行こうかと思っただけだ」
「それでは、この者達を運び込むついでですので、御一緒されれば」
「いや、いい」
「は?」
 男の即答にワードックは、躊躇した。
「別の暇つぶしを見つけたのでな、そっちの方は今はいい」
 フードの陰から僅かにのぞく口が、微妙な笑みを浮かべた。
「左様で。では、護衛を・・・・・」
「いらん」
 またも即答する男。
「ですが、我々の領域内とは言え貴方の御身は・・・・・・・」
「貴様、この国の連中ごときに私が遅れをとるとでも、本気で思っているのか?」
 ほんのわずかに感情のこもった口調で男は言った。
「い、いえ、とんでもない」
 ワードックは頭をたれ、床石に視線を固めたまま応えた。男の機嫌を損ねそうになった事がそれほど恐ろしいのか、全身が小さく震えていた。
「ならば貴様は自分の役割のみを的確に果たせ」
「は、おおせに・・・・・・」
 更に深く頭を下げるワードックを見るまでもなく、男は歩み始めていた。
 何事も起きずに済んだワードック達は揃って安堵の息を吐いた。
(あの男、幹部か何かみたいね)
(それも相当地位が高いみたい)
 気配を一切消している間者の二人が、常人では判別すら出来ない独特の発声法で会話を交わす。
((・・・・・・・・・・・))
 当初、ワードックを尾行し、仲間の所在を突き止めようとしていた彼女達だったが、その興味は自然とあの男に移っていた。
 あの男を捕らえるか倒すことが出来れば起死回生がなる。相手はモンスターではなくただの人間。もしくは攻撃的身体特徴を持たないヒューマノイド系の生物。しかも一人。時として暗殺も行うべく訓練されていた彼女達二人であれば負けない自信もあった。
 そして何よりの理由、彼は「男」である。
 そんな思考が一気に彼女達の脳裏をかすめたのである。
 もっとも、この思考はこの国のみの発想と言っても良かったが・・・・・
 二人は相談もせず互いに顔を見合わせると、小さく頷き、男の後を追っていた。


 男は我が家のごとく黙々と複雑な塔内を歩き続けた。
 その間、モンスターは一匹たりとも姿を見せず、まるで男の存在に怯えて姿を隠しているようでもあった。
 機会を伺いつつ後を追っていた尾行者達の興味が次第に男の正体から、男の目的地にさしかかった頃、彼は大きなホールにたどり着いていた。
 円形のその部屋は一見して闘技場にも見える。否、ほぼそうに間違いはない。間者である彼女達はそう判断した。辺りにこびり付く血の染みと臭いが無言のままにそれを物語っていたのである。
 その闘技場の中央で男は立ち止まっていた。
((?))
 意味もなく立ち止まったままの男に不信感を抱いた二人だったが、その時不意に男から声が発せられた。
「そこのお嬢さん方、そろそろ自分たちの存在が気づかれていると判断してほしいのだがな」
「「!?」」
「独り言かと思っているのなら、そっちに一撃入れてみようか?」
 そう言った男の周囲に2つの小さな光球が発生した。
 光球はゆっくりと男の周りを回転していたが、やがてゆっくりと、ある位置にポジションを固定した。そこは、彼女達と男の直線上の間に入る位置だった。
 小さな物ではあったが、彼女から男を守るような位置に浮遊するそれをみては、その言葉を信じるしかなかった。
「納得したなら降りて来い。これでは会話している気分にもならん」
 不意打ちの機会が無くなった事を悟った二人は、素直に男に従った。
「ほぅ、気配の絶ち方から、ただ者では無いと持ったが、意外に若いな。いや、その事実からしてただ者ではないか」
 闇から姿を現した女間者二人を目の当たりにして、男は微かに笑んだ。
「そちらも、フードを取って素顔を見せてくれないかしら?」
「やはり気になるか?」
 そう言って男は、言った側の彼女達さえ驚くほどの率直さでそのフードを両手でゆっくりと下ろした。
 そこには、何の特筆すべき点もないありふれた男がいるだけだった。あえて異質さを捉えるとしたら、その肌の色だろう。本来なら薄暗いこの場所で見分けがつきにくいものであったが、夜目がきく彼女達だからこそ気づき得たのである。
「どうかな?何か御感想は?」
「別に感動は無いわ。もっと凶悪かと思っていた分、意外さは感じたけどそれだけね・・・・・・ただ、まっとうな人間・・・・・って訳でも無さそうね」
「気づいたか・・・・色々と訳有りでな、多少魔族の血が混じっている。それで、そちらはずっと後をつけてきて何用かな?」
「別に、ただ単に貴方の正体が気になっただけ。高級幹部みたいだったからね」
 彼女達はおどけて見せて、それぞれ腕を組む・腰に手を当てる動作の間に、手の中に小さな投げナイフを用意した。
「確かに幹部と言うのであれば、その通りだが、だったらどうするね?殺すか?」
「妥当だとは思わない?」
 彼女達からの殺気がにわかに強くなる。
「だが、それに至る実力があるのかな?・・・・・試させてもらうぞ!」
 その言葉を待っていたのか、不意に男の前に停滞していた光球が、その輝きを増し彼女達めがけて疾走した。
「な!?」
 男が動いた気配は一切しなかった。通常、この手の攻撃は体のリアクションが伴っているのが常である。それがなかったと言うことは手足の動きのによるコントロールは行わず、精神力のみで光球を操っていたと言う事である。それがいかに困難な事かを知る二人は相手の真の実力の断片を今、悟った。
 二人は猛スピードで迫る光球を寸前でかわすと、反射的にナイフを放つが、それらは全て旋回して飛来した光球によってはじき飛ばされてしまった。
「そんなちゃちなモノでは、一歩たりとも俺を動かせんぞ」
「そんな事、分かってるわよ!!」
 二人は剣を抜くと同時に男に向かって突進を開始する。
「では、どうする?」
 再び光球が攻撃に移った。
 それに対し、彼女達は突進を続けたまま、縦一列に並び前列の一人が飛来する2つの光球を剣と左腕の鉄甲で受け止めた。
 その瞬間、2つの光球は爆発エネルギーに変化し、巻き起こった衝撃はそれを受けた彼女の剣を折り、鉄甲を砕き、その体を突き飛ばした。
「あああああっ!」
 悲鳴を上げ床に叩きつけられる仲間には目もくれず、後ろに位置していた間者はそのまま男への間合いを詰めた。
 光球を受けた時点でああなるのは二人とも予想していた。だが、あれが男の攻防を担っているのであれば、一人が犠牲になることでそれを無効化させる選択を選んでのであった。
 事実、間合いは一気に詰まった。男が再び光球を出す間などなかった。
「もらったわ!」
 躊躇いなく、剣が男の左肩口を狙うコースで振り下ろされた。剣に手応えが走る。
 だが、彼女の目は驚愕で満たされていた。
 男は全くの無傷だったのである。そればかりか会心で放った剣も真っ二つに折れてしまっている。相手の肉体の強度によるものではない。剣が接触する直前、男の左手から光の剣の様なモノが発生し、彼女の一撃を受けたのである。それによって彼女の剣が折られたのである。
「ま、まさか気孔剣?触媒も無しに!?」
 気孔剣とは精神力で作られた剣で、魔法・闘気・妖術と色々な部類が存在するものの、共通して精神力でのコントロールを要する技だった。ただ、精神力をそのまま物質化する事は、個人レベルでは不可能であり、どんな術者でも触媒を必要とする。大抵は剣の柄を模した物(マジックアイテム)を触媒として使用するのだが、男の手にはそんな物は存在しておらず、今も尚、何かを握ったように構える左手から光の剣を発生させていた。
「ば、化け物・・・・・」
「失礼な・・・・触媒ならここにある」
 そう言って、男は左手の平を開けて見せた。よく見ると、その中指には何の変哲もない指輪がはめられており、そこから光の剣が発生していることがはっきりと見えていた。
「そんな物だけで事足りるなんて、やっぱり化け物よ!」
「そう思ってもらっても結構、どっちにしても、お前達ではやはり役不足だったと言う事だ」
 光の剣が彼女に突きつけられ、大きく振り上げられる。一瞬にして実力の違いを思い知った彼女は、逃げることすら断念していた。
 だが、その時、部屋の奥から凄まじい熱気を伴って鳥の形状をした炎が男めがけて迫って来た。
「何?」
 男は指輪を介して増幅された闘気を剣状から盾状に変化させ、その一撃を正面から受け止めた。
 男は盾を大きく振り、まとわりつく炎を振り払うと、辺りは一気に静寂を取り戻す。
「他にも術者がいたのか?」
 少し意外だった様な素振りを見せて、男は炎の鳥の飛来方向に目を向けた。そこには動きやすさを重視したローブに身を包む女性が一人立っていた。手に持った松明に照らされた姿は本来以上の迫力を演出している。
「シ、シリア様・・・・・・」
 相手が応えるよりも早く、間者の女性がその名を漏らした。
「やはり、そちらの仲間か・・・・・それにしても、私に報告が来なかった所から察するに、つい今し方潜入してきたのだろう?どうやってここまでストレートにやって来れた?」
「案内を受けたのよ」
 不適な笑みをもらしてシリアは答える。
「案内?」
「二人とも、ここは任せて逃げなさい!」
 言うが早いか、彼女の持つ松明から異様に炎が立ち上り、その中から無数の炎の龍が立ち上り男めがけて迫った。
 炎の龍は瞬く間に男を取り囲み、収束して炎の球へと変貌する。並の相手であれば、この炎の球の中心で燃えかすとなっていただろうが、そうはいかないだろうとシリアは思った。
「行きなさい!」
 この一撃で勝負がついたのでは思いもしたが、シリアに気圧され、間者の少女は倒れている同僚を抱えて闇へと姿を消した。
「その程度でやられるような相手じゃないって、知ってるのよ!」
 炎に遮られ、まだ姿さえ見えていない男に向かってシリアは叫ぶと、さらに炎の龍を投げかけた。
 だが、新たな龍が命中直前、男を取り囲んでいた炎の球がはじけとかと思うと、男が振り上げた光の剣にまとわりつくかのように螺旋をいた。そして追加の龍もそれに巻き込まれるかの様にして分散し、やがて全ての炎が消失した。
「大したものだ。炎の召還術、精霊使いの様だが、一度にこれだけの数を放つとはな」
 ほんの僅か、光の剣にまとわりついた炎を振り払って、男は言った。
「それをあんなに軽々しく払った人に言われても素直には喜べないわ」
 軽口の裏腹に焦りを感じるシリア。あの男がただ者でないことは分かってはいた。この塔に入った際に聞いた精霊も、嫌と言うほどそれを語っていた。だが、自分の得意とする多重火炎精霊術でもダメージとなっていない事実は信じたくない事だった。
「だからか」
「?」
「精霊の案内でここまで来れた訳か」
 シリアの全身を悪寒が走った。彼女が感じた物ではなく、彼女の周囲に存在するあらゆる精霊達が男の波動に怯えていたのだ。精霊と精神的にコミュニケートを取ることが出来る彼女は、精霊の動揺を敏感に感じ取っていたのだ。
「あなた、一体何者?」
「お前の敵さ!」
 光の剣を振りかざした男が一足飛びに間合いを詰める。基本的に術士は格闘には弱いという事を見越しての攻撃だった。
「!!」
 シリアもそれは予測していた。が、その早さは予想を上回っていた。
 最初の一撃は何とかかわしたものの、ほぼ同時に繰り出された二撃目に防具の一部を切り裂かれてしまった。
「このっ!」
 シリアは素早く光の精霊を呼び出し、光球を形成させると直後にそれを破裂させた。まばゆい光の洪水が巻き起こり、周囲を一瞬照らしつける。
「ぬ!?」
 不意のめくらましに男は視界を奪われた。瞬時に攻撃に備えたものの、一向に攻撃は来なかった。
「・・・・・・・・・・逃げたか・・・・良い判断ではあるな」
 うっすらと回復していく視界の中には、無人となったホールだけがあるのみだった。


 シリアは精霊の道案内に従って、複雑な塔内の中をまっしぐらに走っていた。
 国内随一の精霊使いのとしては戦って勝ちたかった。だが、彼女の本能はあの時の僅かな手合わせで敗北を悟ってしまっていた。それに何よりも信頼する精霊までもがそう訴えていたのである。
「私が・・・何の役にも立たなかった・・・・・・・」
 シリアは歯がみしながら呟き、闇の中を疾走する。未だ負け知らずと言う身であればその屈辱も当然だった。
 初めての敗北、かつて無い完敗と言う事実に気を取られ過ぎ、注意力が散漫になっていたのかも知れなかった。その結果として彼女がとある“異変”に気づくのに遅れたことは事実だった。彼女がそれに気づいたときには、もう手遅れとなっていた。

「変だわ・・・・・」
 自分がいる場所が、あからさまに記憶と感覚から割り出した位置と、大きくかけ離れていると感じたシリアは思わず立ち止まり周囲を見回した。
 壁・天井・床は今までと全く違いはない。精霊は平穏を保っており周囲に敵も存在しない。だが何か違和感があった。自分の本能だけが危険を感じ取り警戒を促しているようだったのだ。
「私が怯えてると言うの?」
 いつの間にか流れた汗を拭いつつ、シリアは緊張感を感じた。自分と精霊の感覚が一致していない事は初めてだったのである。
 何もできないまま進展しないまま、幾ばくかの時間が経過したとき、不意に通路の奥の闇から聞き知った声が響きわたった。
『どうやら、気づいたな・・・・・・だが・・・・・・・・遅い』
 あの男の声にシリアの緊張感が一気に最高潮に達し、精霊達もにわかに騒ぎ出す。ここに至ってようやく両者の感覚が一致したのだが、精霊側は自分のみの危険に対しての恐怖感を表していなかった。
シリアが身構えたと同時に通路の周囲の壁が全て崩れ、移動を始めた。この塔の構造を複雑化させているブロッカーモンスターだった。
「そ、そんな、精霊がこいつらに気づかなかった?」
 人間・動物が気づかないことは当然としても、全ての生き物・物質と密接な関係を持つ精霊がこの事を見過ごしていたのがシリアには信じられなかった。
 全ての壁が分解し、周囲の本来の姿が現れた。
(やはり、この男!)
 一瞬で大きな部屋へと変貌した中央にたたずんでいる男を見て、シリアは息を飲んだ。「どうした?かなり驚いた様だな」
 全てを見透かしてるかのように男が言った。
「あなた一体何者?精霊に存在を察知させないなんて、出来るはず無いわ!」
「確かにな。と、言う事は、お前が状況を理解していないと言うことさ」
「ど、どういう事?」
「精霊がこちらを察知できなかったのでは無い。精霊が教えなかったのだよ」
「そ、そんな・・・・・馬鹿な!」
 否定しながらも、そう考えればつじつまが合うとシリアは思った。ただ、常に見方だった精霊が自分を裏切った事がどうしても信じられないでいたのだ。
「全ての精霊が味方では無いと言うことだ。特にこの塔内ではな。もう少し相手を疑う事、自分を信じるべきだったな」
 精霊使いにとって精霊は唯一無二の味方と言って良かった。常に真実を語る存在、それが精霊だった。それ故に精霊を疑うという概念は精霊使いには存在しなかったのだ。
「せ、精霊が私を・・・・・・・」
 認めたくない事実が無情にもシリアにのしかかった。
「諦めろ・・・・・」
 男の無慈悲な言葉にシリアが反射的に身構える。
「せ、せめて一撃だけでも・・・・・・・」
「無駄だ、今のお前などただの精霊使い以下だ。集中力も乱れ・・・何より、後ろの敵にも気づかんではな」
「!?」
 男の言葉に、咄嗟に振り返ったシリアだったが、既に攻撃は始まっており無数の触手が彼女の体を絡め取った。
「な、何こいつは?」
 全身に絡みつく触手を振り解こうともがきつつ、シリアは相手の正体を見て声を漏らした。今まで見たことの無いモンスターが一匹、余りある触手を伸ばして彼女を引き寄せようとしていたのである。
「ろ、ローパー?」
 まっとうな生物を例にするならば、巨大なイソギンチャクと言う形容が近いそれを目の当たりにしてシリアは唸った。
 ローパーとは、本体と触手のみで構成された、まさしく巨大なイソギンチャクとも言えるモンスターで、その無数の触手で獲物を捕食する。
 中には精神力・生命力を吸収する亜種も存在するが、形状事態に大きな差は無い。
「ローパーか・・・・・・確かに形状も分類的にもそうなのかもしれんが、正確には違う。こいつは、私が作った魔獣の失敗作だ」
「魔獣を・・・・作る?」
「聞いてないか?魔獣とは先人達の作った生物。ならば私でも作れないかと試みたのだ。復活には手間がかかるからな・・・・だが、結局先人達には及ばず、こんな程度の出来損ないしか完成しなかった」
「当然よ、先史文明といえば、今より遙かに優れた賢者達の集っていた世界、あなたなんかに理解できるはずもないわ」
「それは、認めよう。私の力では魔獣を誕生させることは出来ない。せいぜいこの程度だが、お前の相手には十二分だ」
「くぅっ!」
 男の言葉を理解しているのか、異質のローパーは触手の力を強め、一気に本体へとシリアを引き寄せ、短い触手で更に彼女の自由を奪っていった。
「こ、殺すなら早くしなさい」
「とんでもない、今までの連中も含め誰一人殺す訳にはいかん。大事な触媒だ」
「触媒?」
「当然、魔獣復活のな。時が来れば分かる。それまで出来損ないと戯れていろ」
 それだけ言い残して、不適な笑みを浮かべると男は煙のように姿を消し、だだっ広い部屋にはシリアと“出来損ない”と称されたローパーだけが残された。
「そんなのまっぴらよ!」
 シリアは抗い、体力的な事ではとうてい脱出不可能と悟ると、精霊術を使おうと試みた。あの男が相手では手も足も出ないが、このモンスターであればと言う考えがあったのである。
 だがそれは、使われる側が許しはしなかった。
シリアが精神集中に入ったと見るや、ローパーは彼女の体を持ち上げ空いている触手を器用に使って、彼女の体を撫で回したのである。
「はあっ!?」
 予期しなかった刺激にシリアは思わず息を吐き出し、精神集中を乱した。
 触手は相手の自由が利かない事を良いことに、脇の下・脇腹・腹・首筋・膝・膝裏・肘・内股などを遠慮なく撫で回し続ける。
「は、あっ、あっ、く、くくっ、くふふ・・・・・」
 触手の動きは巧みでシリアはくすぐったさと快感の入り交じった感覚に全身を襲われた。責めは若干くすぐったさを重視した物であったが、これまた適度な加減で彼女から理性を奪うほどの刺激でも無かった。
「く、くくくくく・・・・・ひ、ひひひ・・・・」
 何とか笑うまいと必死になって堪えながら、身を精一杯捩るシリア。そんな彼女をローパーは弄ぶかのように触手を這わし続けた。
 ローパーはまさにシリアで遊んでいた。彼女が気づかないようにゆっくりと責める勢いを加減しては、彼女がそれを“慣”れてきたと判断して攻撃のための精神を集中し始めると不意に責めを強め彼女を悶えさせ、それを妨害した。
 ローパーは捕獲した相手がそうやって、ピクピクと反応し悶える様を好んだ。より正確に言うと、その時、発生する精神波を好んでいたのである。
 ローパーは誕生したとき、初めてあてがわれた女性を捕獲し触手による色々な責めを試みて、その時に発する精神波を味わった。そして、自分にとって最も甘美で満たされる波動を生み出す手法を見つけだしたのである。
 それが、今、シリアが直面している事態であった。
「く、くくくくく・・・・・・こ、このままじゃ、ひゃはは、このままじゃ・・・・・」
 事態が一向に好転しない事だけは理解しているシリアだったが、非力にも身を捩るしか抗う方法を持たなかった。
 ローパーの手加減により、かろうじて笑い狂うことは無かったが、堪えるのももはや限界だった。
 それを目ざとく悟ったローパーは、次の行動へと移る。
 ローパーはシリアに対する責めはそのままにして、触手全体からぬるぬるとした粘液を分泌し始めそれを彼女の全身になすりつけ始めた。
「・・・・・何?」
 新たに加わった妙な感覚に不安を隠しきれないシリアだったが、その疑問はすぐに結果として解決した。着衣の溶解という形で・・・・・
「はあああ、ああっ、い、嫌ぁー!」
 シリアの顔が羞恥に紅く染まる。辺りに人間がいないと言っても、強制的に全裸にされる事にはどうしても抵抗があった。今までとは別の意味を込めて体を捩る彼女だったが、その身の自由を回復することは出来ず、結局ものの数分で彼女は一糸まとわぬ姿となった。
 そして頃合いを見計らい、いったん触手の責めを中断した。
「・・・・・・あ・・・?」
 意図不明の中断に戸惑ったシリアだったが、ようやくにして訪れた開放感に全裸である事も忘れ安堵の息を吐いた。だが、それは更なる責めの予兆でしかなかった。
 シリアがうなだれたまま、つかの間の休息を行っている間、ローパーの本体がゆっくりと開き、柔らかい突起物のびっしりと並んだ口をあらわにし、抵抗の術を持たないシリアの両脚のすねから下をその中へと包み込む。そして脚を挟み込んだ口は粘土の様に変形してピッタリと隙間無く閉じた。
「あ?・・・・・ああっーーーーー!!!!」
 今までと違った妙な感覚に気づいたシリアだったが、次の瞬間襲いかかった感覚に大きな悲鳴を上げた。
 ぬとぬととした口内に包み込まれた両脚が密接した突起物によって、信じられない刺激を受けたのである。それは先程まで全身を這い回っていたくすぐったさとは訳が違った。隙間無く包まれた脚全体が容赦なく、そう、それこそ全ての足の指の間まで、くすぐり撫で回されていたのである。
「ひゃああっーーーー!あっあっ、あはははははははははははは!!!」
 ついに限界を超えたシリアは大声で笑い悶えた。脚自体は口によって抑えられていて動かせず、一方の口内の足首は自由に動かせたものの、何処へ傾けてもそこにはおぞましい突起が待っていた。
「あははは・・・!だめ、だめぇ!!やめてぇ!!」
 何とか脚を引き抜こうともがくシリアであったが、触手と口に抑えられた体は望む結果につながらず、逆に徐々にではあるが、その体はローパーの中へと沈んでいった。
「いやぁーっはははは!!やめて、きゃはははははははははははは!!」
 もはやシリアに孤高な精霊使いという面影もプライドは無かった。今や彼女は人知を越えたくすぐりに悶え狂う少女でしかなかった。
 彼女の体は、膝から太股へと徐々にローパーに取り込まれて行き、その面積が広がるにつれ彼女の反応も激しくなった。
「やはははははは!いやっははははははは!よしてよして!ひゃははははははははは!!」
 間もなく下半身が完全に沈み込もうとしており、更に取り込まれていく体と、それに伴う刺激の強烈さを想像してシリアは恐怖感に襲われた。
「あはははははははははははは!!!だめぇ!!!!!!」
 必死の懇願空しく、ついに彼女の下半身はローパーに取り込まれた。
 そして容赦なく襲いかかる刺激。
「はあああああ!!!!あひゃ、あひゃははははははは!!はぁあああああ、あっあっ、ふひゃはははははは!!」
 シリアは半狂乱になって身を捩った。触手の拘束を解かれた下半身もローパーの中でばたばたと蠢いていたが、ローパーの本体は液体のようにピッタリとまとわりつき、僅かの隙間も見せる事はなかった。
 どんなにもがいても一向に衰える事のないくすぐったさに加え、股間と尻などに関しては快感さえ感じ始め、彼女の感覚は混乱を始めていた。
「ああああん、きゃは、きゃは、ひゃん、ひゃはははははははは!!」
 悶えまくるシリアを前にローパーも恍惚に酔いしれていた。
 いつ味わっても、女という生物のこの波動は自分に心地よい活力を与えてくれる。そんな思考のもとにローパーは更に彼女を本能のままに責め立てた。

「あああああああああああ!!!!!!」

 ひときわ大きな悲鳴が甘美さを交えて響きわたった。ローパーにとって、『食事』は始まったばかりである。
 まだまだ上半身と言う箇所が残っている状況は、一方にとっては更なる楽しみであり、一方にとっては終わり無き地獄の始まりと言えた。


  つづく



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