-伝記4 魔導忍者 楓-



 満身創痍の生還者。あの塔に潜入したパーティは必ずそれを一人二人残した後に消息を絶つ。
 今回もまた、ミア達のパーティが壊滅状態となっただけではなく、極秘に調査を命じた間者二名も一人が重傷を負って、任務半ばで撤退となった。そしてなにより痛烈だったのが、国内最高位の精霊使いシリアが、独断により単身、塔に潜入したあげく帰還しなかった事だった。
 未だ全貌のわからぬ塔であったが、彼女の強さを知る王宮戦士達にとって、シリアはある意味、闘いにおける希望の一つと言えた。それが軽々と崩れてしまったのである。御前会議の場でその情報を聞かされた彼女達の動揺は今までにないものであった。

「・・・・・シリアの件は彼女の軽率さが招いた結果です。当面はあきらめるしかありません」
 王女フレイアは報告を受けた後、そう呟いた。
 列席した戦士達は苦々しい思いを感じたが、実際その指摘は事実であり、激情に任せて塔に潜入しても結果は同じであろう事を悟っているだけに、反論する事がなかった。
「あなたの遭遇したその男、どう見ます?」
 フレイアは報告を終え、控えていた間者に問いかけた。
「はっ、僅かな触媒のみで気孔剣を作り出す精神力に、予備動作もない光弾・・・・・戦闘技術の一端だけしか垣間見ませんでしたが、おそらくあの男、実力のみで判断するならば魔王・・・・もしくはその側近クラスと考えます」
「我々に勝機はあると思いますか?」
「その判断はしかねます」
 間者は率直に思ったことを誤魔化し無く述べた。フレイアはしばらく考え込んだ。今、彼女に残された手は少ない。迂闊な判断は破滅につながるため、自然とその判断は慎重にならざるをえない。
「楓!」
『はっ』
 主の呼びかけに、王座の陰から一人の黒装束姿の少女が姿を現した。
 その姿に一同は息を呑む。魔導忍者団頭領の楓・・・その名は王宮内に知れ渡っていたが、ほとんどの者が姿を見た事がなく、一部では架空の人物ではと噂されていたのである。その幻の人物が、彼女等高位戦士達の前にその姿を現したのである。
「貴方にも相手の力量を調べる手助けをしてもらいます。上忍三人衆と共に塔に潜入し、噂の男の正体を突き止め、可能なら倒しなさい」
「仰せに・・・・・」
 頭を垂れたまま、楓は応えた。
「それとレイラ」
「はい」
 今度は戦士団最前列の少女が、呼びかけに応じ一歩踏み出た。
「あなた方、近衛も同目的で出陣してもらいます」
「はい!」
 周囲がざわめいた。
 レイラ・・・その肩書きに、王宮近衛騎士団々長と言う国内最高位の武人の証を持ち、剣技においては実力№1とされる女性であった。
 レイラと楓、表と裏のトップが共に行動するなど誰が考えただろうか。
「魔王なる人物がモンスター達の偶像では無いかとも思いましたが、今回の件で少なくとも要である人物が存在することがはっきりとしました。現状は苦しいものではありますが、組織だった存在であれば長を仕留めれば勝機はあります。レイラ、楓、貴方達は言うなれば切り札・・・・・・頼みましたよ」
「「はい」」
 二人の少女はそろって応えた。王女の絶大な信用を得ている二人には彼女の心情がよく分かっていた。これ以上の犠牲者を出したくはない・・・・・なればこそ、最強の手駒を放ち、一気に勝負をつける。それは、この二人にも共通する意志でもあった。
 だが、全く異なる意思を持つ者もこの場には居た。
『そうそう上手く行きますか?』
 戦士達の中からそんな声がもれた。
 レイラと楓、そして王女の視線が戦士達へと注がれる。戦士達は今の発言が自分の物では無いと言いたげに視線を逸らし、体を引いた。身に覚えが無い者が次々とそうしていくうちに、集団の中に小さな隙間が完成し、そこにありふれた鎧に身を包んだ少女が一人残されていた。
 少女は発言を認めているらしく、うつむいたままかすかな笑みを浮かべていた。
「魔王を倒せ・・・・・か、そうして次々に来てくれれば都合はよかったんですけど、実際聞いていると・・・・・やっぱり腹が立つよなぁ!」
 周囲にいた一同が一斉に退いた。発言の無礼さにではない、目の前の少女が不気味にその容姿を変貌させたかと思うと、鎧を自らの肉体で吹き飛ばし、モンスターである本性を現したためである。
「あの方を倒すだぁ!?やれるのかよ!お前等が!やれるものならやって見ろ!」
 忠誠心過多のモンスターは、主人に対する暴言を許せず、「潜入」と言う本来の任務を忘れ激情に任せて王女へと迫った。素早く一足飛びに玉座の一歩前まで迫ったモンスターだったが、それ以上の行動は起こさず、その場に硬直していた。
「何ぃ!」
 モンスターは我が身に起きた事が信じられないような声を上げた。少なくとも、自分の意志で硬直したのでは無い事は認識していたのだが・・・・・
 ふと見ると、自分の胸の中央に小さなニードルが刺さっていた。人間であればあるいは致命傷になり得るだろうサイズの物だったが、モンスターにはお世辞にも効果があるとは思えなかった。にもかかわらず、自分の全身が麻痺して硬直している。それから判断される事はただ一つ。何らかの術か魔法を加えられたのである。
 その事にモンスターが気づいた直後、彼の体は真っ二つにされていた。
 呪文が精密に書き込まれた細いニードルを投げつけて相手の動きを止め、直後に聖剣で息の根を止める。楓とレイラによってその行為が一瞬に行われたのである。
「な・・・・・」
 当事者である二人を省く全員が息を呑んだ。モンスターと「男」に対して絶大な効果を発揮する結界内に侵入し、その巨体を城内の兵士に擬態させるだけの能力を持った、モンスターの実力と・・・・・それを瞬時に葬った二人の更なる実力に・・・・・・
 今まで訓練で目の当たりにしていたのは、実力の一部でも無かった事を知った少女達はにわかに勝利の希望を抱き始めていた。


 レイラと楓の二人はそれぞれの持つ、最高の装備を携えて城門へと向かって歩いていた。すれ違う侍女・新兵が黄色い声と羨望を込めた視線を送っていたが、二人の気を引くだけの事は無かった。
「貴方と私、表裏一体となって作戦を行うことはあったけど、同一人物の討伐に向かうのは初めてね」
 レイラは視線を前に向けたまま、横に並ぶ僚友に語りかけた。
「そうですね。しかし本来は我々の任務と言えるのですが・・・・・・」
「正規軍による正攻法でも、少数精鋭の暗殺でも、心許ない・・・・と言う事でしょうね。貴方はどう思ってる?」
「私も同じ考えです。実際、情報が多いようで肝心な点は全く分かっていませんからね。部下の遭遇した相手が本当に敵の重臣かどうかも確認はとれていません。あるいは、単なる近衛騎士の一人にすぎないのかもしれませんし、予想通りなのかもしれません」
「聞く所による実力では、最高幹部か魔王本人と考えたいけど・・・・・・実は・・・って事もあるし・・・・・」
「同感です。正直、僅かな触媒だけで気孔剣を操る者を相手にはするのは一度で十分です」
「そうよね。貴方や私にも出来なかった事を軽々するのが雑兵だったなんて、考えたくはないわ」
「そんなに高い可能性ではないでしょうが、相手は人間外です。我々の範疇を越えた常識を持つのも事実です」
「私達だって、世界で言われる女の実力を越えてるわよ」
 悪戯っぽく笑んで見せるレイラ。
「承知してます。後は、どちらの実力が総合的に強いかです」
「剣技だけなら自身あるんだけどな・・・・」
「ええ、それで決着が着くのでしたら、多分我々が有利です。ですが、相手の・・・モンスターの特殊能力はやっかいです。我々が知る物よりも奇怪な能力の報告もあるだけに、油断は出来ません」
「人間の常識だけで判断するなと言う事ね」
「はい」
「分かってるわよ。私だって、あんな塔の連中に捕らわれたくはないわ」
 ふん、と気合いを入れるレイラ。城門はすぐ前に迫っていた。
「ところでレイラ殿、くすぐられる事に慣れてますか?」
 今まで同様、全く表情を変える事なく楓が問う。
「な、何よ唐突に?」
 今までと全く毛色の違った質問に、レイラは戸惑った。
「くすぐり・・・です。長時間のそれに耐えられますか?」
 ちなみに楓自身はあらゆる刺激に耐えるための訓練を、魔法がらみで受けているため、自らの意志で触感を断ち切ることも可能としてる。だが、レイラはそんな訓練を受けてはおらず、思わずその光景を想像して身震いし、身体を窄めた。
「だ、駄目駄目!私、そう言うのに思いっきり弱いのよ」
「でも、敗れれば・・・・それが待っていますよ・・・・・」
 その一言にレイラが硬直する。楓なりの冗談だったのかもしれないが、当人にとってはとても笑えるものでもなかった。妙なところでプレッシャーを受けたレイラはとりあえず気を持ち直し、脳裏に浮かんだ敗北時のイメージを振り払うと、先に進んだ楓を追って城門をくぐった。
 そこでは、それぞれの部下がそろって待機していた。


 楓を含む魔導忍団4名と、レイラを長とする近衛騎士団5名は塔内入るや否や別行動を取った。正面切って前進する近衛と、気配を一切断ち切り侵入する忍団。どちらが囮かと問われれば、どちらとも言い難い状況だった。ともかく二人は不慣れな即席の共同戦線をとらず、得意分野で前進し双方の活路を開く道を選んだのである。
 状況的には雑魚モンスターとの遭遇率の殆どない隠密組の楓達の方が前進していく形となっていた。もちろんレイラ達も、雑魚に後れをとるはずもなく、どこからともなく現れるモンスター達を片手間のように片づけては、着実に歩を進めて行く。それでも、経験値の大サービスとばかりに現れるモンスターは、少なからずペースを遅らせる要因にはなっていた。
 レイラが、楓との差がかなりのものに達しただろうと思った時、あるいはそれが目的なのでは?と言う考えに至っていた。だが、連絡の手段もなく、モンスターとの会話もままならぬ状況では確証の得ようもなく、結局は己の範疇での戦いに没頭せざるを得なかった。
 実際の所、レイラの考えは的を得ていた。今回、塔に潜入した連中の戦い方が大きく二種類に分類されることを知った「男」は、捕捉の困難な楓達をあえて捜索させず、まずはレイラ達を足止めし、戦力の分断を行った。まとまっていても負けはしないと思う「男」だったが、こちらの方が都合がいいと判断したのである。
 結果、レイラ達はけしかけられた雑魚の集団に、前進を妨害され、楓達は忍者故に「男」の放つ異様な気配を感じとり、それをたどって最短コースで塔内を進み、互いの間隔をどんどんと引き離して行った。

 そして楓達は何の抵抗も受けないまま、前人未踏のフロアへと侵入した。
 そこは今までのフロアとは全く異質な空間だった。
立ち並ぶ無数の水晶の柱と板。それらが輝きを放ち、周囲の物を鏡の様に写し出し、単調であるはずの空間を幻想的に見せていた。誰もがその光景に見とれてもおかしくはなかったが、侵入者である楓達は緊張の面もちで周囲を見回していた。
 あるはずのない空間に道を写し出し、天井・床にも見せかけの空間を広げるこのフロアーは、誰が見ても格好の待ち伏せ場所といえる。だが、それにも増して、立ちこめる殺気に彼女達は反応したのである。それも待ち伏せているものではなく、今にも襲いかかろうとしているそれであった。
 忍団は円陣を組んで周囲を警戒した。慣れないフィールドに対し、警戒する方向を分担し奇襲に備えているのである。
 と、その時、水晶の中で何かが動いた。正確には水晶の向こうなのだろうが、確かに楓達以外の存在が動き出したのである。
「正面やや右!」
 敵を肉眼で確認した上忍 紅(くれない)は叫ぶや否や、三枚の十字手裏剣を同時に投げ放った。
 それに他の仲間が注目することはなかった。全員が一点に注目し、死角を生み出す愚を彼女達は犯さなかったのだ。
 紅が放った手裏剣は水晶の柱に命中した途端、爆裂し周囲の物と共に粉々となった。
『おおっ!?』
 爆発の煽りを少なからず受けたのだろう、姿こそ見せなかったが、男と思われる低い呻き声が微かに聞き取れた。
『物騒な・・・・そんな小さな物に爆裂系の魔法を付与しているのか・・・・・』
「化け物相手にはこれでも不足よ!」
 紅が応えつつも、声の主を求めて視線を辺りにさまよわせる。
「こっち!」
 紅の真後ろに位置していた鈴(りん)が、叫ぶと同時に両手に巻き付けていた鞭を解き放ち器用に前方で回転させた。すると、水晶の背景に紛れて飛来してきた、数本の小さなつららのようなクリスタルニードルが次々と弾き飛ばされた。
『ほぅ、今のもしのぐとは・・・・・一人くらいは命を落とすかもと思ったが、なかなかやる』
「様子見は時間の無駄よ。私達を止めたいのなら遊ばない方が効率的よ」
 王宮戦士が使う剣に比べれば、やや短い曲刀を抜き、楓は言った。
『・・・・・・確かに・・・・・見くびっていたことを詫びよう』
 落ち着き払った声の後、楓の真正面の柱の影から人影が現れたかと思うと、先程とはうって変わって無防備な状態のまま「敵」がその姿をあらわにした。
 鏡のように磨き込まれた白銀の鎧に身を包む騎士がそこにいた。
「貴方・・・・・一人?」
 頭部までも鎧で覆い、一見すると顔だけが水晶の壁に飾られているようにも見える相手を慎重に伺いながら、意外そうに楓が問う。
「その通り、ここは俺のステージ。他の者には向かない戦場だ。邪魔になるようなものは最初からいらん」
「では、貴方を倒せばここは安全なのね」
 相手が嘘を言っていないと、特に根拠もないまま楓は相手の言葉を信じた。相手の放つ気迫から、実力とその自身の程を感じ取り、少なくとも部下を使っての騙し討ちを行うような相手ではないと判断したのだ。
 だが、それは相手がかなりの実力者である事を認める事にもなる。
「そうだな・・・・・だが、俺が生きている限りここでは安心・油断・気を抜く事は出来ない」
「早々に決着をつける!多対一でも遠慮はしないわ」
「御自由に、地の利は俺にある。数などハンデにもならん」
「では!魔導忍者団頭領 楓・・・・・参る!」
「幻影騎士 ミラー・・・・・受けてたつ!」
 楓が抜き放った魔剣と、ミラーのクリスタルから削り出したような長剣が独特の響きを上げて交差した。どちらも一歩も退かない一撃であった。双方が相手を押し切ろうと力を剣に集中させる。
 その瞬間的間隙を突いて、三人の上忍が一斉にミラーに襲いかかる。
 ミラーは床を蹴って紅の一撃をバックで交わすと、間髪入れず伸びてきた鈴の鞭を剣で捌き、返す剣で自分を追ってきた楓のニードルをはじき飛ばした。
「やるっ!!」
 瞬時の攻防で、楓は素直にそう思った。
「氷塊散斬!」
 一同の中で唯一、攻撃のタイミングを遅らせていた雪(ゆき)が、大振りに刀を振るった。振り回された刃から無数の氷の飛礫が発生し、ミラーに向かって降り注いだ。
「おおっ!?」
 ミラーは体を捻って避けようとしたが、数が多すぎた。直撃こそなかったものの、幾つかの飛礫は確実に彼を捕らえ、溶け込むように周囲を写し出していた白銀の鎧の所々に歪みを生じさせていた。
「流石に・・やるな・・・・」
 ミラーは正直に相手を評価した。ここまで辿り着いた事といい、自分に手傷を負わせた事といい、実力は間違いないと言えた。
(全員を捕らえるのは難しいですね)
 ミラーは慎重に構えをを取ったまま、その場にはいない人物に対して意志を送った。
(お前にそう言わせるとは大したものだ。『犬』共でもよこそうか?)
 頭の中に直接声が響く。彼の唯一の主からであった。
(御冗談を・・・・難しいだけで、不可能ではありません。多少は手荒になりますが・・・ね)
(ならば頼む。生きていれば治療は出来る。そろそろ、生還者など必要も無くなってきたからな、侵入者は全て利用したい)
(仰せのままに・・・・・)
 そう言って、ミラーは会話をうち切った。四人の強敵を前にしての会話だったが、彼等の念話は直接的な意志の疎通であるため、この程度の会話は実際の時間では一瞬にも満たなかったのである。
「では、今度はこちらから行くぞ!」
 ミラーが魔法で水晶の氷柱を精製し、雪に投げつける。本来、剣技が得意な彼ではあったが、彼女達を相手に一対一の鍔迫り合いなどしていては不利になる一方であると判断し、飛び道具を利用して間合いを取るようにしたのだ。
 楓達も多対一の近接戦闘が有利であると十分に理解しているため、相手の意図を見抜き、積極的に攻撃を開始した。
「はっ!」
 楓がニードルを放ちながら突進をかける。ミラーも今度は剣を交えることなく後退し、水晶の柱の陰に身をよせ、相手の牽制をしのぐ。
 と、そこへ紅が回り込み、刃を横殴りに一閃した。魔力を帯びた一撃は、柱の向こうのミラーも一緒に両断している・・・・はずだったが、その手応えが感じられず、必殺の一撃が不発に終わった事を悟った。
「紅!退がって!!」
 鈴が叫んだが遅かった。今、紅が切断した柱が粉々に砕け、その破片が彼女に襲いかかったのである。近距離にいた彼女はそれを避けることも出来ず、幾つものかけらをその身に受けて倒れた。
「この!!」
 雪が再び氷の飛礫を放った。と、同時にミラーも左拳で手近な柱を砕いて水晶の飛礫を放ち、雪のそれを相殺した。そして、切り込もうとした楓に対しても飛礫を投げつけ、次の行動を遮った。彼はこの時点で彼女達の攻撃のタイミングを見切っていたのである。
 機先を制され、タイミングを崩した楓と同時攻撃を行うはずだった鈴が単独の攻撃にでた。
 二本の鞭が的確にミラーに迫る。
 だが、ミラーは剣と左腕で難なくそれを受け止めると、あたかも自分の鞭のようにスナップを利かせて鞭を操ると、うねった鞭が逆に鈴の腕に絡みついた。
「なっ!」
 驚愕した鈴の腕が、強い力で引っ張られた。ミラーがそのまま強引に鞭を振り回したのである。鞭を解くことも出来ない鈴は良いように振り回され、水晶の迷宮の奥へと投げ込まれ、ミラーも後を追うように姿を消した。
「鈴!」
 二人の後を追って踏み込もうとした楓だったが、半歩出たところで躊躇った。鈴とミラーが姿を消した迷宮の奥は、ここよりも遙かに水晶の柱が密集していた。それはすなわち、相手にとって有利なフィールドであることを意味している。鈴をそこへ投げ込んだのも、彼女達を誘い込む意図があった事は疑いなかった。
 ここは鈴を諦めて体勢を立て直す。忍者として訓練を受けた楓の判断はそう言っていた。だが一方では、貴重な戦力である鈴を救助すべしと言う思考もあった。それは忍者と言う存在からしてみれば、甘さ以外の何物でもなかったが、先の四人の攻撃をかわされた事が、彼女を知らず知らずのうちに弱気にさせていたのである。
 紅も雪も結局は同じ心境であった。二人の視線が自分の判断を待っている事を悟った楓は、最終的な決断をした。
「追うわよ!」
 頷く二人。一蓮托生の運命を選んだのである。

 三人は勘を頼りに水晶が生い茂る迷宮へと突入していった。
 程なくしてミラーと鈴を見つけだすことが出来たが、この時既に鈴は戦闘不能状態となっていた。両手両足をある程度開いた状態で水晶の中に閉じこめられていたのである。
「鈴!」
 思わず叫ぶ雪の声に、ミラーとそして鈴が反応した。水晶の中は空洞になっているらしく、彼女の身体が動いている事が見て取れた。しかしながら両手足首から下は水晶に固められているらしく、まともな動きは出来ないようだった。
「やはり来たか」
 全ては予想通りと言いたげにミラーは笑った。
 それに答える変わりに手裏剣を投げる楓。それをミラーは難なくかわしたが、そこへ紅・雪が斬りかかり、一瞬タイミングを遅らせていた楓も加わって、三人の刃が立て続けにミラーに襲いかかる。
次々に繰り出される刃をミラーはことごとく回避していたが、それは楓達の望んだ事であった。十数回目の刃がかわされた時、ようやくにして楓の望む位置にミラーは立った。
 同時にミラーも、自分の背に水晶の柱が触れた事に気づき、自分が追い込まれた事を悟った。
「もらったわ!」
 楓・雪・紅の三人が同時に三方向から迫った。逃げ道を断っての同時攻撃は確実に相手を捕らえ、一撃必殺を約束し、最悪でも致命傷にはなるはずだった。
 だが、この塔ではそんな常識は通用しなかった。
 ミラーは不適な笑みを浮かべると背にした水晶の柱の中に、その身を沈めていったのである。
「そ、そんな!?」
 あるはずのない背後への逃避を想定してなかった三人は、その現象に対応できるはずもなく、三人の武器は、本来ミラーがいるべき空間を虚しく通過するだけだった。
まるで水の中に沈む様に水晶内に身を委ねたミラーは狼狽する彼女等を見て、挑発的な笑みを浮かべて見せた後、水晶の奥へ消え去った。
「くっ!!」
 必殺の一撃を軽くあしらわれた紅は、屈辱感に身を震わせながら歯噛みし、思わずミラーの消え去った水晶を拳で殴った。ひょっとすると自分も中に入れるのでは?と言う思いもあった少なからずあったのだが、それはあまりに軽率な行為だった。突如、水晶の中から腕が現れ紅の腕を掴んだのである。透明感のある水晶の奥に敵の姿は無かったが、その腕は間違いなくミラーの物だった。
「紅!!」
 楓と雪の二人が、各々の武器を腕の生えてきた水晶に叩きつけた。見ようによっては水晶が腕に変化したとも見えたため、本体攻撃のつもりで仕掛けたのであるが、この攻撃も乾いた金属音を虚しく響かせるだけで水晶には傷一つつける事は出来なかった。
 楓は本体攻撃を断念し、肉体攻撃、すなわち「腕」を切り落とそうと判断した時、まるでそれを見越したかの様に、腕はその力を強め、紅を強引に水晶内へと引きずり込んだ。
「あああっ!」
 短い悲鳴を上げて水晶に飲み込まれる紅。楓・雪も反射的に後を追おうとするが、水面の様に紅を受け入れた水晶は、何故か二人の侵入は認めず、堅い透明な壁でそれを拒んだ。
「く、紅!!」
 彼女の姿が完全に水晶に消えた途端、その水晶が眩い光を放ち、一瞬辺りが光に包まれた。あまりの眩しさに目を覆う二人。
 やがて、光の洪水が治まると、二人は目を開け、そして何度目かの驚愕を感じた。
 そこに気を失った紅がいた。だが、無事と言うわけでもなかった。丁度彼女達の胸の高さ位の位置で、水晶からギロチンにかけられる囚人の様に両手と頭を突き出していたんpである。しかも、透明な水晶の中には彼女の身体は見ることが出来なかった。
『あと、二人だな・・・・・』
 どこからともなくミラーの声がしたかと思うと、紅の右隣の水晶に彼の姿が浮かんだ。
「!!」
 とっさには放たれた楓のニードルが的確に水晶に刺さり、爆散する。
『おしい!こっちだ!』
 今度は左隣に浮かぶミラーの姿。
 そこへ間髪入れず、雪の氷の礫が降り注ぎ、水晶をずたずたに引き裂いた。
『また、はずれだ。もっと的確にねらえ』
 嘲るような口調と共に、今度は辺り一面の水晶にミラーの姿が浮かんだ。水晶が鏡の役割をしているのか、まるで合わせ鏡のように無尽蔵な数だったが、どのミラーも等しく彼女達を見つめており、鏡を使った場合に必ず起こる現象である、「逆に写った像」は一つもなかった。
 それは物理的トリックではなく、魔術等の類による技であることを物語っていた。
「あ・・・・ああああああっっ!!!」
 周囲を幻覚とはいえ、強力な同一人物によって包囲された事が発端となったのだろう、雪が半ば半狂乱になって、周囲の水晶を手当たり次第に攻撃を始めた。一方の楓も、有効な手段が見いだせないのならと、一緒になって周囲の破壊に参加する。
 ともかくも、紅の封じられた水晶を避けての破壊は数分間続き、全力を出し続けた疲労と、辺り視界が砕け散った水晶の細かい破片によって、かなり悪くなった事でようやく終焉となった。
 大きく肩で息をする二人。おそらく、かなり広範囲にわたって水晶が粉砕されたであろうが、今は塵状にまで砕かれた水晶の欠片が空中に浮遊し、立ちこめているため、濃霧のように様に視界がきかない状態であった。
 そんな中で楓は意識を集中し、相手の気配を伺った。
 視界はほとんどゼロ。聞こえるのも雪の荒い息使いと紅の微かなもののみ。気配に関しては敵のものは全く感じられず、この結果のみで判断するのであれば、彼女達の勝利、あるいは退けたと行っても良い状況ではあった。
 だが、違和感はあった。
 何に対してなのか?正体の分からない漠然とした物が楓の心に引っかかっていた。冷たい緊張が立ちこめ、楓の頬を汗が流れた。と、その時、楓は気づいた。違和感の正体を。
 それは今、目の前に浮遊していた。
 細かく分散した水晶の欠片が、今なお浮遊し続けているのである。細かく塵状になったと言っても、先程から全く状態が変化していないのは異常だった。
「雪!まだよ!!」
 楓は警戒を促すために叫んだが、対処のしようがなかった。
『そう、まだだ!』
 何処からともなく響いたミラーの声と共に、浮遊していた欠片が一斉に渦を巻き、雪の周囲を取り囲んでその幅をどんどん縮めて行った。
 雪は恐怖に駆られて刃を振るったが、高速回転する水晶の欠片によって、その切っ先は見事に削り取られてしまう。
 これでは外の楓にも助ける術はなく、中の雪も、身を縮めていくしか出来なかった。
 やがて破片が一斉に雪に降り注ぎ、楓の視界から遮られた。そして程なくして破片は役目を終え、霧散して床に積もっていった。
 そこに残った物は、忍者装束の大半をずたずたにされ、首以外の全ての関節を水晶で固められ、立っている事しか出来なくなった雪だけだった。
「ゆ・・・・雪」
 勝てない。正直、楓は思った。「術」のレベルが違いすぎた。ミラーは楓達のように多数の術を持たない変わりに、水晶を利用した術を極めたのである。そんな彼と、この場で闘うことはあまりに無謀だったのだ。
「残るは、君一人・・・・・・何とか全員、生け捕りに成功したな」
 楓が思わず振り向く。いつの間にか背後に姿を現したミラーが、長剣を片手に立っていた。
「私はまだ・・・・闘える!」
 魔剣を構えて楓が唸る。
「もう諦めろ」
 ミラーの警告に楓は無言のまま魔剣を振り翳した。




「あっ・・ああぁーーーーっ!!」
 玉砕覚悟で挑み、完膚無きまでに敗北した楓が意識を取り戻したのは、どの位の時が経過してからだろうか?何事もなければ、まだしばらくは眠りの中であっただろうが、それは艶やかさを帯びた悲鳴によって、半ば強制的に覚醒した。
 気を失う直前、すなわち敗北の瞬間を明確に覚えていた楓は、すぐに事態を把握すべく周囲を見回した。案の定、彼女は拘束されていた。鍾乳石のように垂れ下がった水晶に両手足首を取り込まれ、X字の形で身動きを封じられていた。
 忍者には、間接を外すなどして拘束を解く手法があったが、このような事態では効果は望めなかった。
 脱出不能と瞬時に判断した楓は、現時点での脱出を即座に断念し、状況を確認した。
 それは容易にでき、そして彼女の想像の範疇にあったが、いざ、目の当たりにして迂闊にも驚愕の表情を漏らしてしまっていた。
 密封カプセル状の水晶に封じられた鈴が、水晶の柱に両手首と首だけを突き出した紅が、首以外の全ての間接を水晶で固められ身動きできない雪が、拷問に備えあらゆる刺激に対して自らの感覚を断つ事の出来る術を持つ上忍の三人が、狂ったように笑い悶えていたのである。
 無論、理由なしに笑い悶えているのではない。それぞれが小型モンスターによってくすぐられていたのである。
「信じられない・・・・・」
 思わず楓は唸った。見たところ、それ程激しくも、ポイントを的確に責めている様子もなく、単にじゃれている程度のくすぐりにも関わらず、選りすぐりの忍者がそれに激しく反応しているのである。
「だが事実・・・・・彼女達も所詮は女だった・・・・と言う事だ」
 その声にぎくりとなる楓。全く気配の感じなかった背後からミラーが語りかけてきたのである。
「どんなに鍛えようが決して逃れられない・越えられない性もある、見るが良い、これがその具体的姿と言って良いだろう・・・」
 楓の前に出たミラーは、悟す様に語ると紅達の方を促した。
 鈴の体の至る所には全長5センチ程度の緑色をした不定形の生物、俗に言う「スライム」が付着し、小刻みに震えていた。それが彼女にとって微妙なくすぐったさとなって、全身を襲っていたのである。
「あ、あっ、いやっ、いやぁっ!いやっははははははははっ!!あははははははは、もうやめてぇ~~~!」
 鈴は体を前後左右に見境無く、そして可能な限り振り回しスライムを振り落とそうとしたが、閉鎖空間に閉じこめられた身では十分な勢いもつかず、一匹たりとも落ちる様子はなかった。
 スライムの分泌物にその様な性質があるのか、付着したスライムの周囲の服・防具が徐々に溶解しており、中にはそれらの遮蔽物を突破し、素肌に接触したスライムも見受けられる。
「いやははははははははっ!いひっいいひひひひひひひひひゃはははは!く、苦しいぃ~へ、変になる~!やめてやめて・・・あはっあはははははは!!!」
 今まで体験した事の無い異質なくすぐったさに、鈴は忍者としての誇りもプライドも忘れ去り、ただただ本能のみで体を捩り続ける。
だが、彼女にとっての悪夢はこれからだった。彼女の閉じこめられた空間の天井から、ゆっくりと緑色の液体が滴り始めていた。それらは最初、水滴のように散っていたものの、意志を持っているのか、すぐに集まりだし、一定量に達すると全体をうねらせ動きだし、鈴の足を這い上って体の各所に付着していった。
 そう、これも、今彼女を笑い悶えさせて苦しめているスライムだったのである。
「きゃああっははははははははははははは!!あははははははははは!きゃははははははははは!!あっ!あっ!ああっ!!ああああっ~~~!!!」
 衰えるどころか、徐々に数を増やし激しくなって行くくすぐったさに、鈴は半狂乱になりながらも笑い続けた。
 スライムはその位置をほとんど動かす事は無かったが、震え方・蠢き方を巧みに変えて彼女の体を刺激しており、しかもその変化の間隔も個体によって違っていたため、とても慣れる事は出来なかった。

 一方雪は、首以外の全ての関節を封じられたまま床に横たえられており、戦闘でほとんどあらわになった体に二匹の「蛇」が巻き付いていた。
 もちろん、ただの蛇ではない。全長は2メートル近くあり、ちょうど体の半分くらいの所で二股に分かれ、その先端が頭となっている、「双頭の蛇」であった。そしてもう一つの特徴として、全体が鱗ではなく柔らかそうな毛皮に包まれていたのである。
 二匹の双頭の蛇は、全身をくまなく雪の体に巻き付け、全身の毛皮の流れるような刺激によって彼女を責め立てていた。
 もちろん4つの頭部も遊んでいるはずはなく、脇腹を中心にはい回ったり、時には突っつくように・こね回すようにと器用に頭を動かし続けた。
「いや!いや!いや!いやっ!いやっははははははははは!!だ、だめ、きゃはははははははははは、そ、そんなの・・・やめ・・・やはははははははは!!!」
 雪は少しでもその責めから逃れようと試みるが、関節を固めた水晶によって、まるで身動きがとれず、激しく笑うことによって胸と腰を震わせ、首を激しく振り回すことしか出来なかった。
「あああっ!いやっはははははははははは!!きゃはははははははは!」
 蛇達は小刻みに揺れる胸に興味を持ったのか、集中してそこへ頭を擦り付けた。両方の乳房の周りを何回も撫で回したかと思うと、反応が激しかった乳房の脇を執拗に突っつき、更には、破れた服の隙間からのぞく右胸の乳首と臍に対しても、細長い舌による微妙な刺激を与え始めた。
「きゃうう!?あ、あはっ、そんな・・んふははははははぁぁぁぁぁ!」
 体による表現は乏しかったが、その声と、仰け反る首が、雪の体を駆けめぐった刺激の大きさを物語っていた。
「だめ!!あっあはぁ・・・くひひひひひひひひひ・・・!!いやっ!いやっ!っひ!ひっっひひっひ!くふふふふふふ!!」
 今も赤く火照っていた雪の身体が更に赤くなり、全身から吹き出している汗とのマッチングが妙な色っぽさを演出する。身体の痙攣の様子からしても彼女限界も近いように見えた。

「きゃははははははははは!ひゃははははははははははははは!!あ~っはははははははははは!!!いひっいひっい~ひゃははははひゃはやはははははははっ!!!!!」
 現在、理解するのが困難なのは紅だった。首と両手首のみを水晶から突き出した格好の彼女の身体は、どういう訳か透明な水晶の中には見えず、何が起きているのか把握が出来なかったのである。
 が、雪・鈴同様、激しく笑い悶えている様子から、だいたいの予測は可能であった。ただ、彼女の反応が最も激しい事のみが妙に特徴的だった。
「ぎゃっははははははは!!!!いっひひひっっひひっ!き~っひひひひひひゃっはははははははは!!あっああああああ~~~~~~!!」
 もやは厳しい訓練の末に抜擢された忍者の上位に立つ者としての威厳もプライドもなかった。紅は今や、無様に拘束され「くすぐり」という単純にして残酷な責めに翻弄される哀れな少女に成り下がったのである。
「み・・・みんな・・・・」
 直属の部下達の痴態を目の当たりにし、楓の心は絶望感に溢れた。実戦だけでなく、精神的な面ですら完敗してしまったのである。
「あの娘の身体を包んでいる水晶は特別でな、異空間ゲートとなって別の場所に通じている。そして、そこでは、実力ではお前達に絶対勝てない下っ端達が、ここぞとばかりに楽しんでいるのさ。あの異常なまでの反応はその為だ」
 楓の真横に立っていたミラーが、これ見よがしに語る。
「そして当然、君にも同じ目にあって貰う」
 そう言ってミラーは無防備な状態となっている楓の脇腹を片手で軽く摘んだ。
「っふっ!!」
 不意に襲いかかった刺激に楓は思わず小さな呻き声を上げ、身を震わせた・・・・が、それだけだった。ミラーの脇腹責めは今もソフトに続いているが、彼女は笑い出すことなく無表情を保っていた。
 ここで楓は確信した。この程度、そして多少激しいくすぐりでも、自分は決して笑う事は無いと。確かに最初は不意をつかれ、声を漏らしてしまったが、来ると分かっていれば耐える事が出来ると実感したのだ。
 ミラーはそんな楓の無反応さに不満なのか、全身に両手の指を這わしたり、全身を指先でつついたり、あの手この手で楓をくすぐったが、それすらも彼女は耐えて見せた。
「そうそう思い通りにはならないわ!そんな低レベルな拷問には絶対屈しないわよ」
 せめて頭領としての意地か、あくまで挑戦的な態度で楓は言い放った。
「ふん・・・・あの三人も同じ様な事を言ってたが、あの結果だ・・・・どんなに抗おうが無駄だ」
「これでも私は魔導忍者団頭領よ」
「もちろん知ってるさ。残された強者も残り僅かな事もな・・・・・まぁ、そんな事より、お前にも一つ余興を見せてやろう」
 そう言ってミラーは周囲から手頃なサイズの水晶の柱を見つけると、小声で呪文を唱えた。すると、水晶は根本が砕け本体がその場で浮遊する。そしてそれを楓の正面に持って来ると、意味深な笑みを浮かべながら先程とは別な呪文を詠唱する。
「?」
 魔術にも精通する楓だったが、ミラーの唱えた呪文が何かは分からなかった。そもそも水晶を自在に操る魔法そのものが彼女には未知なる技なのである、
 呪文の詠唱が終わると同時に一瞬、水晶が輝き、全体の質感を変造させた。
「・・・・・・・それだけ?」
 何かしらの意味があると知りつつも、楓は問うた。今、彼女の前にある浮遊水晶は透明度を失い、正面にいる人物(楓)を写し出していた。そう、つまりは水晶はいわゆる「鏡」となり彼女の姿を写していたのである。
「私の無様な姿を見せつけて、屈辱感でも煽るのかしら?」
「そんな事をしても面白味は無い。これは下ごしらえだ」
 楓の強がりとは裏腹に、彼女の内面の緊張感は増していた。身動きも出来ない状態で、一方的に相手の準備のみが進み、あまつさえその意図が分からないのであれば当然であろう。
「さて、いよいよ本番だ。こう言うのはどうだ?」
 言ってミラーは浮遊している水晶の中に自らの腕を沈めて行った。
 一瞬、楓は目を見はったが、今までのミラーの戦い方を思い出し、この程度は当たり前と平静を装った。
 ミラーの腕はなおも沈み込み、やがて水晶内に写る楓の姿に触れた。
「!!!!!!あっ!ああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!」
まさに唐突であった。予期してなかった刺激が身体を駆けめぐり、その感覚がくすぐったさと感じるまで一瞬ほどの時間も必要としなかった。
「あ・・・ああっ・・・・あひひっっひひひひひひひ・・・・な、何?」
 楓の身体にはミラーはおろか、他のモンスターすらも触れてはいなかった。それでも彼女の身体からはくすぐったさが泉のように沸き起こり、彼女を強制的に笑わせるべく全身の神経内を駆けめぐっていた。
 彼女は次々に沸き起こる感覚に、歯を食いしばって耐えようと試みたが、そんな努力も虚しく、許容量を遙かに上回る刺激に無力にも悶えるしかなかった。
「な・・なぜ・・・くひひひひっひひひひひひ!くっ、くっ、くひひひひ・・・ひっ、ひっひゃはははははははははは!!」
 考えられる事はただ一つ、ミラーの仕業であると言う事だけであった。
 笑い悶えながらも、楓はミラーを見据え、その行動と、おそらくは原因を見た。
「あ、あ、ああ、あああっ、ま、まさか・・・やはははははははははっ!」
 楓は沸き起こるくすぐったさと、ミラーの行為を確認して確信した。ミラーは水晶内に写っている楓の像をくすぐっていたのである。
本来なら、全く無意味な行為のはずなのだが、どういう訳かそれは彼女の身体を直接くすぐる以上のくすぐったさを与えていたのである。
「気づいたか?この水晶は単にお前の姿を写している訳じゃあ無い。魂そのものを写して具現化しているんだ。そして、これを直接責めれば肉体的なガードなど、無いも同様」
 自慢げに語った後、ミラーは両手を使って水晶内の楓の魂の像の全身を激しくつついた。
「はぁっ!!あひっ!!きゃっはははははははははははははははははははは!」
 耐える!などと言う事など出来るはずもない。直接神経と脳をくすぐられているような感覚が断続的に襲いかかり、楓は狂ったように笑い悶えた。もう、最初の耐えてみせると言う誓いは砕かれたどころか、思い出す暇さえ無かった。
「ぎゃはははははは!い~~~っひひひひひひ!!だめ~~~きゃはははは!よして、よし・・・っひひひ!くひゃははははははははは、あ~っっはははははははは!!!死ぬ!死ぬ~~~!!」
 楓は必死に身体を捩り、拘束から逃れようとしたがそれもかなう事無く、せめて身体をずらし、水晶に自分が写らないようにと努力もしてみたが、これでも状況は変わる事は無かった。
「きひひひひひひひひひ!!い~っひひひひひひひひっ!!」
 かつて無いくすぐったさに翻弄され続る楓にもはやまともな判断も思考も行う余力など残っていない。自然と沸き起こる感触に、激しく涙と涎を垂れ流し、ただ悶えるのみだった。

(かえで・・・・・カエデ・・・・・楓!)
 薄れる意識の中で楓は自分を呼ぶ声を聞いたような気がした。
「楓!!!」
 気を失う直前、彼女はミラーの背後でレイラの姿を見たような気がした。



  つづく



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