「くすぐりの塔2」 -勇者降臨編-
     



 ―序章―

 とある山奥。
 山道からも外れ鬱蒼と草木の生い茂る森の中から、女性の切なげな声が漏れていた。
 それは苦しげであり、時折、何かを懇願する声もかすかに漏れていた。
 その発生源は森の奥・・・・・既に使われなくなって久しい旧山道のすぐ脇からであった。トンネルを含めた大きく安全な新山道が完成されて依頼、旧山道の利用者は極端に激減した。険しく、山賊のアジトも近い事が最たる要因だったが、希に先を急ぐ者が距離的には近い旧山道を使用することもある。そして何割かの確率で山賊に遭遇してしまうのである。
 声の発生源は妙齢の女性であった。
 その女は全裸で樹の枝にロープで吊されていた。両手をそろえて縛られ、丁度、人の頭の高さに引き締まった腹が来る位置で宙吊りにされ、両足首も揃えて縛られ、その先に手頃なサイズの石がくくりつけられ、全身を縦一文字状態にされていた。
 そんな恥辱的状態の女のすぐ傍らには、一人の戦士風の男が立っており、無防備状態で全く抵抗できない女の肢体をわきわきとくすぐっていた。
「あ・・・ああっ・・・あいっひひひひひひひひひひひ・・・・」
 女は脇腹に指が食い込み、蠢く度に引きつった笑い声を漏らす。先程からの声はくすぐりによって、生み出された彼女の苦悶の声であった。
「あひひひひっひひひひひひひ・・・や、やめろぉ・・・あああひははははははは・・」
 足にくくりつけられた重しのため、無慈悲にくすぐりを続ける男を蹴飛ばすことも出来ず、彼女は苦しげに笑い続け、時折痙攣を起こしながら体を左右に振った。だが、所詮その程度のことで逃れれられるはずもなく、男の指は止まることを知らず彼女の全身を這い回った。
「こんな・・・・あっはははははははは、こん・・な・・あひひひひひひひ」
(こんなはずじゃなかった)
 彼女は悶え苦しみながら、己の行為を思い起こしていた。


「おい、そこの旅人さんよぉ!」
 静寂だった旧山道はその一言から賑わいを見せ始めていた。
 おそらく大半の人が旅の冒険者だろうと判断する風貌と装備をした人物の前に大男が立ちはだかり、ただでさえ狭い山道の行く手を遮った。
「・・・・・・」
 旅人と称された人物は、突如森から現れた邪魔者の前で足を止めた。するとそれに呼応するかの様に、周囲の木々の影から何人もの男達が姿を現し、旅人を十重二十重と取り囲んだ。
「山賊か・・・・・・・」
 ぶっきらぼうに旅人は言う。集団である山賊が商人の馬車等でなく一人の旅人を襲うのは非効率と思われそうだが、実はそうでない。
 旅人はその路銀を金貨などではなく、大抵は宝石や高価なマジックアイテム(魔法付加品)にして所持し、荷物の量を軽減しているため、意外な大金を所持している場合もある。 そういった面を考えれば、護衛を雇っているだろう商人達を襲うより、一人歩きしている旅人を襲った方が逆に効率がよい場合があったのである。
 だが、山賊達は気づくべきだった。相手が、山賊が出没する可能性の高い旧山道を一人で進んでいた意味に・・・
「分かってるんだったら話は早ぇ、無駄な抵抗はやめて武器を捨てな!」
 最初に立ちはだかった大男が、手に持った曲刀をちらつかせ威圧的に言い寄ってきた。
 山賊に囲まれた男は、無言のまま手にしていた槍を脇に投げ捨てた。
「よ~し、いい子だ。死にたくなければそのまま・・・・・・」
 相手が無抵抗なのを見て、大男は上機嫌になった。が、脅しの言葉は語尾になるにつれて口調は弱まり、視線は上がっていった。
 目の前に獲物が自分の脅しに合わせるかのように、背中に背負っていた剣を右手で引き抜き、ゆっくりと掲げたのである。そして台詞が中断された時、大男の時は永遠に止まった。振り上げられた剣が何の躊躇もなく振り下ろされ、大男の顔面に食い込んだのである。大男は要求を最後まで言えぬまま仰向けに倒れた。
「て、てめぇ!」
 相手の思いもよらなかった抵抗に周囲の山賊は一斉に殺気立った。
 それに対し、男は不適な笑みで応えた。

 山賊のライフワークである襲撃は実現する事は無かった。
 戦闘能力差が圧倒的に違っていたのである。一対一では論外であり、束になっても全く勝機が無かった。
 一人では何も出来ないが故に徒党を組み、山賊と化した一同が、よってたかって勝てないような人間が存在するなどと言う事を、考えてもいなかったのである。
 男は、殺気だった相手には容赦なく剣を叩き込み、強気な相手には手持ちの武器を破壊し、逃げ腰の相手には一瞬の迷いもなく剣の腹で当て身を行い気絶させていった。
 結局、三十人程いた山賊達が生死を問わず全員が地に伏すのに五分の時間を要さなかった。
「身の程知らずが・・・・・」
 剣を収め、投げ捨てた槍を拾いつつ男は呟くと、気絶で済んでいた山賊の一人を蹴り起こし、槍の切っ先を突きつけた。
「っひぃ!」
 目が覚めた途端に突きつけられた槍を見て、情けない悲鳴を上げた。
「頭領は誰だ?まさか最初に出てきた大男じゃないだろうな?」
 有無を言わせない雰囲気を漂わせる相手の問いかけに、山賊はぶんぶんと左右に首を振った。
「ならどいつだ?生きてる奴の中にいるのか?」
 山賊は辺りを見回し、倒れている仲間達の中から目的の人物を捜し出し、震える指で応えた。
「ん・・・あいつか?」
 示された人物を見やって男は少し当惑した声を上げた。示された相手が女だったのである。流石に彼も女が山賊の頭領になっていたとは思ってもいなかった。
「まぁいいか・・・・」
 そう呟くと、男は眼前の山賊には目もくれず頭領の下へと歩む。確かに相手が女だった事で手加減をして、当て身だけで済ませているために死んではいなかった。
 男は辺りの山賊達の所持品から手頃なロープを見つけると、それで女頭領の両手首を縛り付けて手頃な枝から吊り下げた。その行為の途中、相手が気づきはしたものの、すかさず腹に一撃を加えて再び気絶させると、さっさと吊し上げを済ませ、最後の反撃も封じる為、足にもロープをくくりつけ下にあった大きな石で重しとした。

「さてと・・・・形式が済んだ所で、女頭領さん。一つ取引と行きましょう」
「こんな状況で何が取引だよ!」
 自分達のライフワークを再現されている事に気づいているのかいないのか、女頭領は怒りを露骨に表して叫んだ。
「その身の自由と引き替えに、金目の物をよこす・・・・・ごく自然な取引だろ」
「馬鹿言ってんじゃないよ!山賊から金を奪うなんて正気かい?」
「敗者が偉そうに言うな!こっちはあんた等に構って貴重な時間を費やしたんだ!その分を請求しても問題ないだろうが」
「屁理屈言ってんじゃないよ。だいたい、金目の物を持っているくらいだったら、山賊なんてやってないさ」
「・・・・・確かに説得力あるが・・・・それだって十二分に屁理屈じないか」
 男の抗議に女はふんっと鼻息を荒げそっぽを向いた。
「・・・あ、そう。払うつもりも払う金も無いか・・・・・それなら・・・・・」
 吊されながらも、女頭領は不機嫌・気丈・反抗心をミックスさせた表情で、取り合う様子を見せなかったが、不意に身体をびくりと震わせた。
 表情も見る見る上気し、目をつむり、歯を食いしばり、息を止め、小さな痙攣の用な反応を繰り返し何かに耐えていたが、ついに限界に達し、
「あっあっ・・・あ~~~っっははははははははははははははははは!!!!」
 けたたましい笑い声を上げて悶えだした。
 それもそのはず。目の前に立つ男が全く無防備になっている彼女の身体をこしょこしょとくすぐっていたのである。
「それなら仕方ない・・・あんたの身体で楽しませてもらって代わりにさせてもらうよ」
 そう言いつつも男の指は一時の休みも無かった。
「あはっあはっ!こ、こんなので・・・あひひひひ・・代わりにするなぁ~~いやっはははははははははは!!」
 吊されほとんど固定されている彼女に、その指使いから逃れる術もなく、少しでも楽になろうと必死で身体を捩る仕草も、責める側から見れば誘っているかのようにも見えた。その為か、本人は意識していないのだが、その責めは徐々に激しいものになっていた。
「こ、この変態、あひひゃはははははははは!!ふ、普通なら・・・いっひひひひひひひひひ!!」
 こみ上げる笑いでまともに抗議の声すら吐き出せない女頭領であったが、男にはだいたいの事が予想できた。
「あいにく、普通に犯して相手も悦ばせる様な事はさせないさ。もっとも、このくすぐりってのも、やりようでは気持ちよくなるそうだがな」
 そう言って、男は相手を苦しませるためのくすぐりを集中的に行った。それは特に注意や技術などを要する事でもなく、とにかく相手が激しくくすぐったがる場所を思いっきりくすぐり、反応が鈍化すれば別のポイントに指をずらす。それによって相手に息吐く暇を与えず笑い悶え続かせるのである。
 責める方は楽しいが、受ける方は地獄でしかない。その行為が延々と、男に気が済むまで続けられるのである。



 あれからどれだけくすぐられたか?笑い悶えながら女頭領は襲った相手が悪かったと、今更ながらに悔やんだ。助かるためなら何でもすると懇願もしてみたが、旅をする男が縄張りが決まっている山賊の服従要請を受諾するはずもない。
 激しいくすぐったさで気が狂いそうな状況下で、女頭領はそれこそ必死になって考えた。そして記憶の片隅にあった事を情報として提供する事を思いつき、その旨を訴えかけた。
 本人すらマユツバ物のネタであったが、この内容は男の関心を得た。やや考えている間、しっかりと指を動かし続け女頭領をのたうち回らせていたが、やがて一つの結論に達した。
「その話、本当だろうな?」
 全く手を休める様子もなく、男が問いかけた。
「あひっ、あっあはっ、いひひゃははははははは!ほ、本当だって、きひひひひひひ、だから、だから、あ~っははははははははははっ!!!」
 そんな要望に答えてか、男はくすぐりの手を止めた。そして真偽を彼女に問おうとせず、周囲に倒れている山賊達の中から適当に意識を残している者を見つけて詰め寄った。
「ひっ!」
 近づいてくる男に山賊は恐怖した。今の彼らの目には、男は魔人同様に見えているに違いなかった。
「逃げるな、少し聞きたいことがある」
 言うまでもなく、逃げる気力も残っていなかった。
 眼前までやって来た男は、槍の切っ先をぴたりと山賊に向けると、有無を言わせぬ様子で問いかけた。
「今の・・・お前の親分の言った事、聞いていたな?あの話は本当か?」
 男にはそのつもりはなかったが、山賊には下手な嘘を言えば殺されると言った意識が根付いていたため、その返事は無様なくらい震えていた。
「ほ、ほっ、ほん、本当だ・・い、いや、本当です。と、頭領が女だって事もありやしたが、山賊・・俺達山賊じゃ、門前払いされるだろうって、噂してたんです・・・・し、信じてくだせぇ!」
 男はふと考え込んだ。話の内容を吟味し、今後の事を考え出したのだ。
 沈黙すること数分。結果を出した男は、視線を再び手前の山賊に向けた。
「・・・・・・!」
 信じてもらえなかったのか?一瞬山賊の背筋に冷たい物が走った。
 恐怖に駆られて逃げ出そうとする山賊を、男が取り押さえた。
「や、やめ・・・命だけは・・・・」
「何を勘違いしてる・・・・・・・・・・・・」
 男は山賊を引き寄せると、何かを耳打ちした。最初おびえていた山賊であったが、次第に緊張は解け、時折頷いたりして話に聞き入った。
「まぁ、これは俺の勝手な解釈だ。最終的にどうするかはお前達次第だ」
「た、確かに・・・・・・」
 山賊が頷くのを見て、男はその場を離れた。そして、吊されている女頭領の傍らを通り過ぎる際、
「あんたの話を買ってやる」
 そう言い残し、彼は荷物を全て拾ってそのまま山道へと戻っていった。


「理想郷・・・・か・・・・」
 しばらくして、山道を進む男はふと呟いた。
 その時、彼の背後の遠いところで、女の悲鳴と笑い声が入り交じった絶叫がかすかに聞こえた。
 その正体を知る男は口元に僅かな笑みを浮かべたのであった。
 あの時、男は山賊に言った。
 お前達の敗北の原因は誰にある?俺の実力を見抜けなかった責任は誰にある?お前達の親分はその器か?お前達は女にこき使われる山賊か?もっと相応しい奴がいるんじゃないのか?今、親分はあのざまだ。地位交代の口実にもなりえる。暴力的行為が無くても、女を『説得』する方法は今、見ていただろ?
 などと言った事を・・・・・・
 事実上の煽動と言っても良かったが、積極的にたきつけてもいないので、どのような結果になるか、ある程度の興味もあった。が、やはり結果は彼の予想した通りであったらしく、煽った本人に罪悪感は微塵もなかった。
 もう既に、山賊達に対する関心は無かった。今、彼の心を支配しているのは、山賊達が証言した『理想郷』の存在だけだった。



 数日後、男は獣道ですらない道を歩いていた。
「ち・・・・畜生、あ・・・あの・・くそ山賊共!何が男の理想郷だ!何が谷間に隠れているだ!山二つ越えても何もないじゃないか!!」
 男は大きく呼吸しながら愚痴った。そうでもしなければやってられなかったと言うのが本音だった。
 あの時、山賊の女頭領は我が身の解放を、その手下達は命を、取引材料に『情報』を売り、男はそれを承諾した。つまりはその話を信じたのだ。
 曰く、
『この先の谷間に隠された『王国』があり、しかもそこは女性しか存在しない国だという。その国は今、何かしらの危機に直面し強き男を求めており、条件に見合っていれば聖戦士としてもてなしてくれるという、まさに男の理想郷である・・・・と』
 第三者の視点で聞けば怪しい事この上ない内容なのだが、死の恐怖に直面した山賊達があの場で嘘を言えるとは到底思えないと判断した彼は、かたくなにその言葉を信じ、示された方向へ黙々と進んでいたのである。
 道は一日目でとうになくなり、道無き道をひたすら進んだのもスケベ心の成す技である。意気揚々と進む彼だったが、道のりは険しく樹海となった谷間はとても国の存在する場所とは思えなかった。
 三日後、ひょっとして騙されたか?と思い始めたが、今更回れ右をして戻ったところで、山賊達はなわばりを放棄して逃げているだろうし、何より今更戻っても笑い者になるだけと判断した彼は、特にあてのない旅である事もあり、そのまま進む事にしたのであった。 そして現在、結局自分の意志とはいえ、こうも過酷な環境を進むのはストレスがたまるものであった。


 更に数日後・・・・
 幾つか目の山の山頂に辿り着いた彼は、ずっと先の谷間の陰に隠れるように存在する街らしき物を偶然発見した。
「いよっしゃぁー!!」
 一瞬自分の目を疑った男も、それが現実と分かると思わずガッツポーズ取っていた。
 あれが山賊が言う『理想郷』である保障は微塵もない。だが、今の彼は久方ぶりに目にした人の街そのものに感動していた。数日間続いた樹海の旅は思った以上に彼の心身に負担をかけていたのだった。
「いっくぞぉ~!!!」
 端から見ると蛮族そのものの雄叫びを上げて、男は山の斜面を駆け下りていた。視界に入ったとは言え、山頂からの視界であり彼とその街の間にはまだまだ広大な樹海が広がっていた。

「まともなベットで眠れる。まともな食事が出来る。質素でも人間の住処であればそれで十分!」
 ほとんど鼻歌のように呟きながら男はステップを踏みながら進む。目的地が見えた以上、間を隔てる樹海など精神的苦痛にはならなかったようである。その精神の高揚は肉体の負担すらも忘れさせていた。
 だが、彼の主観と現実とにはギャップがあり、この時の彼は気づかなかっただが、ある程度街が近いのにも関わらず、『道』と言う物が存在していなかったのである。しかも何故か上級モンスターやレアモンスターの遭遇が頻繁に発生し、それらとの闘いでさらに進行は遅れ、彼は疲労していったのである。

 高揚感に支配されていた彼が、どう考えても割の合わない道のりだと考え出してようやく、目的地に辿り着くことが出来た。
「・・・・・・・・・・・っ!!!!」
 誰もいない誰も見えない質素な城下町の門前で、男は一人勝手に達成感に浸り、高々と右腕を上げていた。
 謎の傭兵がこの街に、この国に辿り着いたのは単なる偶然か?今、彼の運命を大きく左右する出来事の幕が開けようとしていた。


つづく



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