「くすぐりの塔2」 -勇者降臨編-
-第一章 雇われし勇者-
男が街の入り口前でガッツポーズを取って数分。達成感の余韻に十分浸った彼は、荷物を再び抱えて前進を再会した。
「とにかく今はまっとうなベットで休めれば十分!」
男は一軒はあるだろう宿屋に期待をよせつつ、城下町に入ろうとしたその瞬間、激しい衝撃が彼の体内を駆けめぐり、大きく弾き飛ばされていた。
「がはっっ!!ぐ・・・・な、何だってんだ?」
全身に痛みを覚え、外傷のない痛みに体をさすりつつ、身を起こす男。周囲は相変わらず変化は無い。
この現象に心当たりのある男は、左腕を正面に突きだし、そっと城下町に近づいて行った。やがて彼の腕がとある所まで進んだ時、指先にビリッとした感覚が走り、瞬間的にだが目の前が光の壁で覆われた。
「!・・・・やっぱり結界か・・・・」
男は若干痺れの残る指先をさすって呟いた。ここに至る道中で遭遇したモンスターの強さを考えれば、侵入防止策としては当然だろうと男は一人納得した。
が、納得できない点もやはりあった。
この世界で使用される結界は『聖』『魔』どちらかの属性を持っている。このどちらを利用しても、結界の内容に指向性を持たせる事が出来たのである。
すなわち、結界に反応する種族等が設定可能なのである。
仮に目の前の結界がモンスターに対して張られているのであれば、自分が反応するはずが無かったのである。
「・・・・・・・・」
男は再び結界のフィールドに掌を近づけ、反応するのを確認すると、一人確信した。
「何か・・・・根本的に普通ではない基準設定が施されているみたいだな」
そしておもむろに右掌をフィールドに触れさせ、反発する力に堪えて見せた。
「ぐ・・・ぉ・・・ふ、ふざけやがって!こんな辺境で旅人をないがしろにする国があっていいのかよ!!」
この国の事情を聞けば納得するかもしれまかったが、今のところ、彼が門前払いされるいわれは無い。その上、人っ子一人として姿を見せない現状に、疲労感も加わった苛立ちを感じたのである。
しばらくの間、結界との力比べを(?)をしていた男だったが、限界にきたのか、自らその腕を結界から遠ざけた。
「洒落にもなってないな。聖魔両方の術を併用して結界をはってやがる」
掌越しに感じた『力』を確認して男は驚愕した。
基本的に聖なる結界の場合、相手に対し磁力の反発のような反応を示し、魔の属性の結界の場合、接触者に苦痛を与えるようになっている。その両方の特性がこの結界にはあったのである。
普通、こんな結界を城下町が張るはずもなく、男も常識的に考え、これは外部の何者かによるものと判断した。
男はほとんど中身の無くなった背負いバックを地面に置き、杖代わりにしていた槍を地面に突き立てると、X字に背負っていた2本の剣の柄をそれぞれ手に取り、ゆっくりと抜き放った。
右手の黒っぽい剣を魔剣「デラー」と言い、左手の白銀色の剣を聖剣「クレアル」と言った。
この2本は対になっていたものではない。彼が旅の途中で見つけた武具の一つで、共に長さがほぼ同じであったため、彼の戦い方に合っているので背負っていたのである。
男は2本の剣を揃えるようにして、大きく右肩越しに振りかぶった。
男の表情が緊張で強ばり、辺りでのどかに鳴いていた小鳥も微妙な気配の変化に気づき、警戒し始めた。男は呼吸を一定のリズムで取り始め、結界との距離を徐々にすり足で縮めて行く。
ある距離に達した時、彼の動きは止まり、しばしの間が訪れる。そしてややあって、彼の気が弾けた。
「聖・魔・滅封!!!!」
気合いを込めた2本の剣が同時に振り下ろされた。男の一撃は不可視のフィールドに触れ、激しい光を放った。
「くあっ!」
腕に予想以上の反発力を感じつつも一気に剣を振り下ろし、すかさず今後は左肩越しに剣を振りかざすと、同じ要領でもう一降りした。
パキィィィィィィィン!
剣が振り下ろされたと同時に甲高い金属音が響き、彼の両手に握られていた2本の剣がほぼ同時に粉々に砕けた。
「おおっ!?」
男は驚愕した。だが、結界の方も無事ではない。剣が振り下ろされた空間にX字の『傷』が生じ、周囲が曇りガラスの様によどんでいたのである。やがて傷ついた空間は結界の触媒だったのだろう、木でできた小さな神像と古めかしい札もろとも白い炎を上げて消えさった。
「あ~あ・・・・結界一つに剣2本か・・・・・・・・・すっげぇ出費だ・・・」
すでに鉄屑となり果てた両手の柄を投げ捨て、男はぼやいた。
この時代、通常より高い攻撃力を持つ剣や特殊な能力を付与されている剣を『聖剣』『魔剣』と呼称し、その特性によって聖魔の区分がされている。
一般にそれらの武具を作る技術は失われていたが、かつて繁栄期と呼ばれた過去に作られたそれらが、遺跡や古代戦場跡から発見されることがある。
彼の持っていた2本の剣も、とある遺跡にて見つけられた物で、余談ではあるが、捨て値でも小さな館がメイド・執事付で生涯雇えるほどの高価なものであった。
彼はそう言った古代遺産を探し求めて旅を続け、気に入った物以外は全て高価な宝石に変えて旅の資金にしていた。
「どっちにせよ、ここまでの結界をはる理由があるはずだな・・・・・」
男は必要以上にそう納得しようとしていた。無惨に散った2本の愛剣のために。
彼は意を決して城下町に入った。
そしてそこで『出迎え』に遭遇する。
「その者か?」
王女フレイアは武装を解除された上、数名の女兵士に威嚇され、床に座り込んでいる男を王座から見下ろして言った。
「は・・・・」
兵士団長であるのだろう、兜の形状が一部違う女性が跪いたまま答えた。
「その者、男の分際で、何の目的で、何よりどうやってこの国に侵入した?」
王女としての威厳と威圧感を存分に示しながらフレイアは問う。
「何の目的・・・・・って、旅人が道中の街に立ち寄るのは当然だろうに。しかも、この一帯何もなく、モンスターもうようよしているとなると尚更だろ」
「この国にはモンスター・魔族・男性を拒む強力な結界が施されています。見え透いた嘘など・・・」
「あ、あの結界・・・・・この国が張ったのか?」
王女の言葉の終わらぬうちに男は口を挟んだ。この時彼は自分の判断ミスを悟ったのだた。あの結界は『人間』に反応したのではなく、彼女が公言した通り『男』に反応したのである。何故かは理解できなかったが、これで納得はいった。
「もう一度問います!」
話が中断され、王女はにわかに不機嫌となって声を荒げた。
「どうやってこの国に侵入しましたか?」
「その・・・・結界が・・・・結界がこの国の物ではなく、外部の『敵』の仕業かと思ったんで、ぶち破っちまった・・・・」
かなりばつの悪そうな表情で男は答える。
「何ですって?」
王女が小さく呻き声をもらし、控えていた女兵士達もどよめき合った。
「聖魔複合のあの結界を貴方一人で?」
普通であればとても信じられる物ではなかった。だが、こうして現実に結界の『対象』である男がこの場にいる以上、それは虚言ではなかった。
そもそも聖魔複合結界は、相対する二つの性質の術をバランスよく合わせ形成された物で、例え一方の性質の結界が解除されても、残った一方がそれを補い修復する特性を持っており、解除には二つの結界に対し解除の術や呪文を、同時かつ、同等の力で長時間かけなければ不可能なのである。
「確かに2つの結界の複合で強烈だったけど、やっぱり人間の施す事だからな、完璧じゃぁないさ」
「が、容易に破れるものでもありません。答えなさい、何をしたのです!」
何はともあれ、勘違いによって結界を破壊した気負いが彼にはあり、やや横暴とも思える王女の態度にも反抗する意志がわかなかった。
「俺の技の一つに結界を『斬る』やつがあったんで、聖剣と魔剣の同時使用によって文字通り切り崩した・・・・・おかげでこっちの剣もパァだ」
男の証言に周囲が再びざわめいた。結界を斬るなどと言った、にわかに信じがたい事をさらっと言ってのけたからである。だが、それでも『男』がここにいる事実に偽りは無い。
「では、それが事実なのであれば、貴方にはその責任を取ってもらいます」
「・・・・・って、そう言うのなら、もう少し状況を説明してほしいな」
責任云々は、自分のミスと分かった時から受ける覚悟はあった。だが、現状に至った原因を知らなければ落ち着けはしなかった。そんな意志を込め男は王女に問いかけた。
「いいでしょう・・・・・」
王女は応える。
「この国は代々『秘宝』と『魔獣』を封印していた地でした。ですが、昨年より魔王を名乗る者が現れ、我が国の抵抗を物とはせず、その封印を解き放ちました。主力を失った我々は魔王・魔獣・秘宝から身を守るため強固な結界を張り、籠城を行っていましたが、その城壁ともいえる結界を貴方が破壊したのです」
「よくある話だが、よく分かったよ。深刻だって事はね・・・・で、秘宝ってのは何?」
ある意味、遺跡を探し回り古代の武具を漁る事を生き甲斐としているような生活をしていた男はその単語に敏感に反応した。
「分かりません。むやみに人の使うべき物ではないと言い伝えられ、封印されていました。我が国の者でも、その封印を破り見た者はいません」
「で、魔王には破られた・・・・と?」
「いえ、魔王と言えど不可能でしょう」
「?でも今、破られたと?」
「封印を施された宝箱が奪われたと言う事です」
その言葉で男は、秘宝と呼ばれる物が意外に小さい物であることを悟った。
(でも何故、封印は無事だと言い切れるんだ?このお嬢は・・・・)
心に僅かな蟠りを残しながら男は質問を続ける。
「では、魔獣は?」
「わかりません」
「・・・・・・おい・・・・・」
「ただ・・・人の精神を食い物とし、魂を虜にする恐ろしい存在である事は・・・・間違いありません」
そこまで言って王女はほんの僅かに頬を染めたが、それに気づいた者は一人もいなかった。
「じゃ、最後に・・・・・俺の責任ってのは何処までだ?」
「失われ結界の代わりです。新たな結界が構築されるまでの2週間、そこで侵入してくるモンスター達と闘ってもらいます」
「ちょ、ちょっと待てぇ!14日間?理不尽だろうが!!」
「原因は貴方です」
「・・・な、なら提案だ!モンスターの親玉を倒せば結界も何も要らないだろ?」
「魔王を倒す?」
意外そうな王女の復唱に呼応するかのように周囲からも失笑が漏れた。
男自身も、無謀な発想に笑われているのだろうと思っていたが、若干事情は違った。
彼女達は、この様なみすぼらしい姿の男が、身の程を知らないと言う、根本的な外見で判断し嘲笑していたのである。
「その通り。でもって、魔獣を処分して秘宝を取り返せば、14日なんてかけなくていいだろ?」
「出来るのですか?貴方に?」
「そんな事、やってみなければ分かるはずもないだろ。実施させてもらえなければ可能性は無いし、チャレンジするなら可能性は0じゃあ無い」
王女にもその論理は判る。しかし、
「私にしてみれば、得体も知れない男風情に国の運命を・・・」
と、その時だった、謁見の間の大扉が砕け、二人の女兵士が吹っ飛んできた。
「何事だ!」
「て、敵襲です・・・・結界の穴から魔王の直属隊が・・・・」
吹っ飛ばされた女が、苦しげに喘ぎながら報告した。
「左様・・・」
男と大差ないふてぶてしさを含んだ声が壊れた扉の奥から聞こえた。
「王女にはお初目にかかる。我が名はアルカード、魔王騎士団長を務めさせてもらっている者です。長らく籠城されていたようですが、我が主がお待ちです。ご同行願いますよ」
来るべき時がきた。悟りながらも王女の顔は青ざめた。
「なに、一度魔獣の能力の一端を知った貴女です。一度本体と相見えれば、その素晴らしさが判るはずです」
(何だ?王女は魔獣を知ってる?)
「いけっ!」
男が疑惑を抱いた瞬間、相手が実力行使に出たため、彼の思考は中断せざるを得なかった。
主であるアルカードの命を受け、彼の背後に控えていた2匹の人獣型モンスターが素早く跳躍した。
「王女!!」
周囲の兵達が集まり壁となったが、それはあっさりと弾き飛ばされていく。
「すでにこの国の主力は無いも同然。下っ端の兵士では足止めにもならん。潔く同行するが良かろう」
アルカードは余裕の笑みを浮かべ、配下の行動を見守った。だが、その瞳が瞬時に曇った。
2匹のモンスターの進行上に一人の男が立ちはだかったのである。
「ジャマダ!」
モンスターが唸って鋭い爪をきらめかす。
2匹は同時に男を引き裂こうと、勢いをつけた。2匹の、ほとんどが闘争心で占められている脳は、男が引き裂かれ、血の海に沈む姿を想像したが、それは幻想に止まった。
彼等の爪が目標に達するよりも早く、男が投げ放ったナイフが2匹の眉間を貫いたのである。靴に隠してあった物だった。
勢い余って派手に倒れる2匹のモンスターは、おそらくは何が起こったかを理解する前に絶命したであろう。
「何だ?直属隊って、あんたとこの2匹だけか・・・・」
「貴様、何者だ?」
意外な伏兵を目の当たりにしてアルカードが問う。彼が明言した通り、この国の兵力を知るからこそ、少数精鋭で攻めてきたのであるが、この男の存在は全くの計算外だった。
「ただの旅の傭兵だよ。契約が決まる直前だったんだがな・・・・」
「ほう、何の契約かな?内容によっては私が雇ってもいいぞ」
「あんたの親分を殺す事」
予想はしていた。だがここまではっきりと言われるとは思っても見なかった。だからこそ、彼には不愉快に思えた。
「小賢しい!」
何の前触れもなしに、アルカードが光弾を放った。
「お、おいおいっ!騎士団長のくせして魔法弾かよ!」
横っ飛びし、光弾をかわした男は、そのまま横滑りに倒れた兵士の所へ移動すると、彼女の持っていた槍をひったくった。
「借りるよ」
「死ねぃ!」
再び光弾が放たれた。槍を拾うという行為を行ったため、回避のゆとりは無いと誰もが思ったが、男は槍を回転させ、その切っ先で光弾を弾いたのだった。
「馬鹿な!」
アルカードは叫んだ。魔法弾を弾く行為は不可能ではない。だがそれには同じ魔法の関与があるか、武具にそれなりの仕様が施された時に限る。男が魔法を使った形跡はない。ましてや一般兵の所持する槍にそんな力があるはずもない。
「こんな事が・・・」
「目の前の事実は信じるものだよ」
アルカードの動揺をよそに、男が槍を投げつけた。
「なっ!」
その異様なスピードにアルカードは驚愕しつつも迎撃の光弾を放ったが、槍は光弾を貫き、勢いを衰えさせる事無く、彼を貫いた。致命傷であった。
絶命の直前、アルカードは男の力の正体を知った。
「き・・・きさま・・は・・」
アルカードは知り得た事実を誰に伝える事無く事切れた。
「さてと・・・・」
男は何事もなかったように王女の元へと戻る。
「さっきの話の続きだけど、俺自身は結界の穴を指定期間中護る自身はある。攻めてくるのがあんな雑魚なら尚更だ」
自分達を一蹴し、仮にも騎士団長を名乗ったアルカードを雑魚呼ばわりした男だったが、さすがに今回は失笑は出なかった。
「だが、傭兵として追加依頼してくれれば、俺は魔王とやらとも闘ってもいいが・・・・実際、いつまでも籠城って、わけにも行かないだろ?」
「追加依頼としての見返りは何です?」
王女はもう、実力に関しては何も問わなかった。少なくても、現在のこの国においては彼が最も強いという事実を認めざるをえなかったのだ。。
「そうだな、戦闘に関して俺の所持していた武具の返還と、目的達成時に相応の賞金・・・・・それと、依頼遂行中に敵陣で得たアイテムの所有権・・・・・もちろん『秘宝』とやらは省くとして・・・かな」
男の提案に王女は僅かながら眉をひそめた。結局の所、そこいらの山賊と大差がないと思えたためである。相応の実力を持ちながら、仕官する事なくこの様に諍いの場に現れては、血生臭い行為を行い、そのどさくさに価値のある物を得ていく・・・・・生まれからして高貴な立場であった王女には、男の生き様がそんな風に見えたのである。
「・・・・・良いでしょう。その条件を呑みましょう。早速支度を・・・・・」
「は?支度と言っても・・・・・・」
男は投げやりな王女の言いように、戸惑った。だが、王女の説明不足を補う存在が彼の後に姿を現した。
「私が案内します」
黒装束に身を包んだ少女が頭を垂れながら言った。
「え・・・と、君は?」
「王宮忍者団、下人のルシアと言います。身支度の場に案内しますのでどうぞこちらへ」
「あ、ああ、宜しく・・・・」
ある意味、王女と全く異なる対応をされた男は、リアクションに戸惑いながら先を歩くルシアと名乗った少女の後についた。
謁見の間を出るまでの間、男は自分の背中に好意的でない視線を数多く感じていた。
ルシアの案内で男が訪れたのは、武器管理庫だった。
「こちらに貴方の武具も保管されています。それ以外に必要な物がありましたら一緒に選んで下さい」
「わかった」
男は頷いて、開けられた扉から中に入った。
室内には、剣・槍を始めとした武具が整然と並んでいたが、男はそれらには目もくれず、正面の台に保管されていた自分の装備に手を伸ばした。
その傍らではルシアが“忍者”の癖で、その行為を真剣に観察していた。男の存在が珍しいだけでなく、先程見せた戦闘能力に興味を持ったためである。普通なら『男』であると言う事だけで軽蔑の対象にされていたのだが、如何なる時でも相手の実力・現実をシビアに見つめるように訓練されている忍者故に、比較的冷静な評価を得る事が出来たのである。
その目に、男の装備は非常に独特な物である様に見えた。
身に着け始めた防具は一つ一つが手を加えられているらしく、胸部はハードレザー腹部はソフトレザーと組み合わされたレザーアーマーに、膝カバー付きの脛当て、左右非対称で左側がやや大きいレザーのショルダーパッド、チェインメイルの様な金属製の網を張りつめた右腕の手甲に、それよりやや大きく盾としても使えるのだろう左腕の手甲。頭には兜は被らず、青のはちまきがその代わりかのように巻き付けられている。
そして武装、先程の一騒動で使用した2本のナイフが靴に隠されているのを始め、ショートソードに近い雰囲気を持つナイフが2本、両腰に下げられ、ハルバートの様に『切る』『突く』『刺す』の機能を持った2メートル程度の槍・・・・・と言う、おおよそ知られている戦士の装備とかけ離れていた物となっていた。
「質問・・・よろしいですか?」
自分の武具の装着し、不足している『剣』の代わりを物色し始めた男に、ルシアは問いかけた。
「どうぞ~」
異国の剣を物珍しそうに眺めながら、男は応えた。
「見た所、かなりオールマイティな戦いをする事を想定している様ですが、そんな戦い方を何処で学ばれたのですか?」
「そんな事が判るのか?」
「相手を詳しく観察するは私達、忍者の癖です。戦士は剣、槍を使う場合は接近戦になった事を想定して鎧を強化するなど、ある程度の偏りみたいな物があるんですが、貴方の場合、どの様な状況にも対応できるような準備があるようですから・・・・」
「なかなかに鋭いな・・・・」
自分には無い特技だなと感心しつつ、男は話を続けた。
「知っての通り俺は傭兵だ。色々とこなすが、やはり多いのは戦争の参加だ。そこでは、敵を倒して幾らかの仕事だから、当然激戦区に赴く事になる。そこでは、流派とか、武器の質がどうかとか言う以前に、先に攻撃を命中させることが重要なんだ。そんな環境で生きてきたからな・・・・・・俺の戦い方はその帰結さ」
「あの時、魔法弾を弾いたり、投げた槍に何らかの力を付与するのも・・・ですか?」
「そんなものだな・・・・戦場に剣士しかいないなんて保証は無いだろ」
どことなく、はぐらかしたかのような言い方だったが、ルシアは理解した。この男は見た目の年齢にそぐわない程、多くの戦いを経験しているのだと言う事を・・・
「よし、これにする!」
一瞬、思考がそれていた間に、男が武器を選び、ルシアは彼の選んだ武器を見た。
それは戦士が通常使う剣より若干短い片刃の剣だった。柄の部分から急角度で刃が突き出て、すぐに反対方向に反り返っている剣で、その形状故に若干重心のずれている剣だった。
この形状に深い意味はない。単なる制作者の思いつきによるデザインだった。もちろん選んだ男の方にも特筆する理由など無く、あえて言うのであれば、異質な形状が気を引き、彼が欲していた長さである事と、数打ちの量産品ではなく特別に手がけられている事を示す『紋』が刀身あることが選出の理由だった。
これについて、ルシアは意見を言うつもりはなかった。武具の好みなど、人それぞれであるのだから・・・・
準備の整った男を促そうとした時、それを彼が制した。
「?」
「すまん、ちょっと髭を剃って顔を拭きたい。水のあるところに案内してくれないか?」
ルシアは快く承諾した。そして、たった一人で行う大仕事を前にして、妙にマイペースな男に微かな興味を持った。
支度を済ませ、再び王女の前に姿を現した男は見違えた・・・・と、誰もが思った。単に装備を調え、山中の放浪中に伸びていた髭と汚れきった顔を洗っただけだったのだが、それだけ最初の姿が酷かった事を証明していた。
前後のギャップがあまりにも激しかったため、根本的に『男』を毛嫌いしていた一同の中に僅かながら評価を上げる者もいた。
もっともそれは、『薄汚れた男」から『単なる男』程度の違いでしかなかったが・・・
「それでは行って参ります」
最初の時とはうって変わって、恭しく片膝を床に着け頭を下げる男。相手を正式に依頼者として見た行為であった。
「貴方が口だけの傭兵でないことを祈りますよ」
これは、雇われたからには責任を持て。期待はしていないが・・・・と、語っている様なものだった。
普通の依頼者であれば、大抵形式的であっても期待していますよと、言う所であったが、やはりここは根本的に違うと、男は痛感した。
「少なくとも、王女が今、持たれている期待を越えて見せますよ」
男も僅かに皮肉を込めた一言を言って、立ち上がった。契約が交わされた以上、相手は依頼主であり、忠義を尽くす対象であった。過去の仕事の中には顔すら合わせようとしない依頼者もいたため、王女のように自分を格下と見なす相手にも慣れていた。
捨て石同様に戦地に送られた事もあったが、その時は文句は一切無かった。事前に説明があった上で、相応の報酬も支払われたからである。
だがもし、この王女が、自分の持つ『最低限のルール』さえ破ろうものなら・・・・・そう思い、今回の自分には味方はいないのだと言うことを再認識した。
「待ちなさい!」
出口に向かう男の背に、王女の声が投げかけられた。
振り向くことなく、ただ立ち止まる男。
「名前を聞いていませんでした。名乗りなさい」
本来なら、初対面の時にあってしかりの台詞である。これは本当に、この国が男を相手にしていない事を証明していた。
「キーン・・・キーン・ファストです」
首を傾け、僅かに視線を王女向け、男は、キーンは言った。
彼は救世主と成り得るのか・・・・
新たな魔王の片鱗か・・・・
この時点でその未来を知る者はいない・・・・
-つづく-
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