「くすぐりの塔2」 -勇者降臨編-
     




 -第二章 悪戯勇者-

 荒廃した・・・と言ってよいだろう城下町をキーンは黙々と歩いていた。本来なら救国とも言える目的に向けての出立であるのにも関わらず、見送りは一人としていない。
 通り過ぎる家屋の奥から、微かに視線を感じることで国民の存在を実感できたが、やはり王宮の人々同様、『男』と言う存在に対しての評価は無きに等しいものだと言うことを実感せずにはいられなかった。
 キーンの今回の仕事場となる、自称魔王の『塔』は城よりも高々とそびえ立っていたため、迷う事なく向かうことが出来たものの、そんな彼の背後をルシアが同じペースで追っていた。
「・・・・・なぁ、何でついてくる?案内は不用だと思うんだけど」
 返答の内容をある程度予測しつつも、暇だったキーンは、あえて尋ねてみた。
「王女から監視を仰せつかりました」
 ルシアも事情は知られているだろうと思い、済まなそうに言った。
 王女はキーンを正式に雇ったにも関わらず、その働きを信じてはおらず、それどころか装備を得て逃げ出すのではないかと勘ぐっていたのである。したがって、少なくとも彼が塔に入るまでは監視せよとの命令を下していたのだ。
 又、ルシアのような直接的なそれの他に、現在この国から出る唯一の出入り口である結界の『穴』にも見張りがつけられてもいる。当然これもキーンの逃亡の可能性を考えての事だった。
 だがルシア自身は、少ないながらもキーンと会話を交わすことによって、その心情の一端を知り、逃げ出す事はないと信じていた。だからこそ自分の意と異なる行為を行う事に抵抗を感じていた。
「俺も質問いいか?」
「結構です」
「この国は何でこうなんだ?」
 その一言でルシアはキーンの言わんとしている事が理解できた。国全体の、異性に対する嫌悪とも言える態度。他国ではあり得ないだろう状況の原因を、彼は聞いているのだ。
「・・・・・その昔、国の存亡の危機に、要であった兵士・・・すなわち男が全く役に立たなかった事件が発端だと聞きます。その後、軍備の建て直しの際、男性陣が全く無能だったと言う事で、国から全ての男性を追放したそうです」
「おかしいじゃないか?それでよく国が維持できるな。男無しじゃ、一代で国民は全滅なはずだろ」
「自然の摂理から言えばそうです。ですが、ここに至っては例外なんです」
「『繁栄期』の遺物の力か?」
「はい。魔獣・秘宝の件で察しはついているかもしれませんが、この国は遙か太古の文明遺跡の上に建国されています。故に幾つかの魔法道具も発掘されていまして、その中に『子宝の宝玉』と言う物があり、それを女性が体内に入れることによって、男性がいなくても懐妊するんです。しかも宝玉を選択することによって出産の性別までも決められるのです」
 ルシアの説明と、それによってキーンが想像した物には多少の違いはあった。実際の所、これは古代に作られた遺伝子操作された精子のカプセルであり、健康で優秀な子を出産するために作られたもので、当時は当たり前のように生産されていたのだが、現在に生きる彼等がそんな事実を知る由もない。
「男が役立たず・・・・か・・・何時の時代もそうだって訳じゃぁ無いんだがな・・・」
「はい、私もそう思います」
 キーンのささやかな意見にルシアがぽつりと呟くようにではあったが、確かに同意した。これに彼は妙な違和感を感じ、くるりと振り向き、真正面からルシアを見た。
「な・・・何か?」
「君は・・・えらく違うな」
「は?」
「いや、この国の連中は、誰もが男をみる様子が、異種族・・・と言うか、下等生物を見る目つきなのに、君にはそれがないなと思ってな」
「多分それは、私が忍者である事と、生まれついての国民では無いからでしょうね」
 やはり素振りでも分かってしまうのだなと、思いつつルシアは言った。
「私は数年前に、二つ先の山間で遭難した難民団の生き残りだったんです。何故、難民団がそこにいたのか、どういう経緯で難民団になったのかも知りません。ただ、生き残っていた私はこの国の国境パトロールに運良く見つけられて保護されたのです」
「・・・・だから、この国独特の思想に染まりきってもいなかった・・・か」
 生き残った運の良さを誉めるか、身の上の不幸に同情的な態度をとるか、反応に躊躇したキーンだったが、その思考は突如中断され、彼自身の歩行も止まった。
 二人は結界設置部の間近まで到達し、そのすぐ先には魔王の塔ががっしりと地面から伸びていた。
 本来なら出入り口である門もその姿を見せるべきであったが、今はそれが不可能な状態になっていた。そこには俄には数え切れない程の数のモンスターが待ち構えていたのである。
 オーガー・トロル・ミノタウルスなどのメジャーな種からレア種まで、大小様々なサイズのモンスターが塔の前で壁となっていた。
 種としても統一の無い集団であったが、唯一、全モンスターの90%以上がヒューマノイド形態である事が唯一の共通点だと思われた。
「この国とは違って、えらい歓迎だな」
 右から左へと、モンスターの群を一瞥すると、キーンは呟く。数を見る限り、どう考えても一人では勝ち目のない戦力差であったが、本人はその件を全く意に介さなかった。当面の問題があるとすれば・・・
「ルシア、俺はどうやって結界から出るんだ?」
 不可視の壁を目の前に、キーンは問う。これが出来なければスタートすらままならない。
「あ、済みません。これを持ってて下さい」
 そう言ってルシアは懐から取り出したペンダント状の物をキーンに手渡した。
「これは?」
「所有者を結界の魔力から守る働きをします。出入りの際は身につけておいて下さい」
「了解した」
 キーンは早速ペンダントを首に下げると、早速結界の壁を越え、モンスターの集団に向かった。
 モンスター達は敵対者が一人である事で、全く警戒もせず余裕の笑みを浮かべたまま相手の出方を待った。一方のキーンも、三桁に達するモンスターの群を前にして、いささかの混乱も見せなかった。
 そんなキーンのもとに、一匹の小柄なモンスターがよって来た。
 大きさは人間の子供程度で、カエルと人間のハーフのような、コミカルな姿をしたそれは、まっすぐにキーンの前に来ると立ち止まり、ピタリと右腕の指先を彼に突きつけ、不敵に笑った。
「男には用無い。女だけ置いてとっとと失せろ」
「判りいやすい主張をどうも。でも俺も、あんたの御主人に用事があるんだ。手間は取らせないから取り次いで欲しいんだけど」
「用など無い!」
多対一を気にもせず、自分の用件を伝えた相手に代表となったモンスターは僅かながら気分を害した。彼(?)は、キーンが脅える事を期待していたのだ。
「用はこっちにあるんだって。代理人でもいいよ。それか、警備の責任者でも・・・・今後のいざこざを無くす為には必要な処置だろ?」
「帰れ!さもなくば死ぬぞ!」
モンスターは、目の前の自分がキーンの眼中に無い事を知り、ますます怒気を上げて言った。
「どうしても通してくれないか?」
「くどい!!」
モンスターがついに焦れて実力行使に移ろうとした矢先、突如としてその動きが止まった。そして硬直したモンスターの脇を、キーンは悠々と通り過ぎ、待ち構えるモンスターの群れへと歩を進める。
「!?」
 何事かと戸惑うモンスター達に応える様に、今までキーンと対話していたモンスターが崩れ落ちた。胸に大きな切り傷を残して・・・・・
「!!!」
誰もその瞬間を見た者はいなかったが、この男の仕業である事は明白だった。モンスター達はキーンの無謀とも思える反抗に、一気にざわめき殺気立つ。
「ルシア、結界の内側にいろ。まさか塔の入り口で一騒動起きるとは思わなかったよ」
指示を受けたルシアは、それに従うかどうか判断に迷った。
あまりの戦力差を前に、一人で相手をしようとしているキーンの手助けを、微力ながらでもすべきではなかろうか・・・と、主の命令に従い、冷静に行動するはずの忍者が今、迷っていたのである。
「馬鹿が、死ね!」
ルシアのそんな躊躇をよそに、モンスター達が一斉に雄叫びを上げ、動き出す。
俊敏性を誇る、ケンタウロスが一匹突出し、手に持つ槍をキーンに突き立てたが、カウンターで放たれた蹴りをまともに受けて吹っ飛び、後方にいた仲間を数匹巻き込んで地面に激突した。
「!?」
思いがけない展開に、モンスターの動きが一瞬乱れ、その隙にキーンは相手集団の左側へと移動する。万が一を考え、ルシアから離れる意味もあったが、何より相手集団が一列状態になっている方が都合がよかった為であった。
キーンは適当な場所で立ち止まると、隊列が変化しつつも迫るモンスターの集団に向かって右手の平を突き出した。
「・・・・・・・・!!」
彼の集中に伴い、右手に『光』が集中して行った。
「はぁっ!!」
次の瞬間、キーンの気合と共に右手に貯えられた『光弾』が一気に放たれた。
それは並の数倍の直径で、真っ直ぐに突き進みながら、その進行上にある全てのモンスターを貫いて・・・・と、言うより飲み込んで行った。
生き残ったモンスター達の凶悪な威勢は、瞬時に驚愕へ恐怖へと変化していった。野生の本能が人の形をした魔人から逃れる事を薦めるが、その矢先に、今度はキーン愛用の槍が闘気によって強化され、回転しながら飛来し、光弾同様に触れるものを次々と薙ぎ払っていった。
この行為で、瞬く間に8割近くのモンスターが冥土の門をくぐった。
一瞬の出来事に、最高だったモンスターの士気は最低にまで落ち込み、勝敗は決した。
それでもキーンは、両腰の大型ナイフを引き抜くと、嬉々として残党の中に飛び込んで行った。
モンスターの集団の中でナイフが躍るように煌く度に確実な死が生まれ、地面を多彩な血が覆って行った。そして数分後、死を生み出す舞が終わる頃、キーンとルシア以外にその場に立っている生物は存在しなかった。
「他愛無い・・・・」
キーンはナイフを腰の鞘に戻し、血まみれになって落ちていた愛用の槍を拾うと、手近なモンスターの着衣から適当なものを選び、こびり付いた血糊を拭き取った。
成り行きを見守っていたルシアは地面に両膝をついて震えていた。当初助太刀するかどうかと言う迷いは綺麗さっぱりと消え失せただけでなく、僅かな時間での出来事であったにもかかわらず、彼女の時間感覚すらも麻痺させていた。それほどまでにキーンの戦いは衝撃的で圧倒的だったのだ。
王宮を襲った敵を撃退し、装備や手並みを垣間見て、彼の実力をある程度知ったつもりでいたルシアであったが、それは誤りであった事を痛感すると同時に、一個人の戦闘力の常識を超越した存在を眼前にして底知れない恐怖も感じていた。だが同時に魔王に本当に対抗できるかもといった相反する希望の様な感情も抱いていた。
 僅かに見える光明・・・・それは、この国のみならず、ルシア自身との両方を意味している。
「ルシア」
彼女を呼ぶキーン。
「今から塔に入る。見届け役ご苦労さん。ついいでで悪いが、依頼者の王女様には今の一戦もアピールしておいてくれ」
 冗談めかして言ったつもりであったが、ルシアの反応は無かった。まだ現実離れした状況を容認するだけの余裕が出来ていなかったのである。
「・・・・・すまん・・・驚かせたな。アレが俺の戦い方だ。どんな状況下でも生き残る事を前提にして戦い続けたあげく、手にした力だ・・・・」
 言って、心配そうな表情でルシアに手を差し出すキーン。
「・・・気功術・・・・闘気士だったんですね」
「まあな、見るのは初めてか?」
「ええ、外界でも多いとは思えませんけど」
 差し出された手を取り、ゆっくりと立ち上がったルシアは、彼の正体を垣間見た。
 -闘気士-
 己の気と生命力を操り肉体・武具を強化し、集中させたそれを魔法弾のごとく放出する事の出来る、魔法戦士とはまた違った万能戦士と言える。
 闘気士には決まったスタイルが存在しない。己の肉体のみで闘う者もいれば、愛用の武具に力を込める者もおり、魔法使いのように放出系の技術を得意とする者もいる。つまりは気功術を駆使して闘う者全てが闘気士と呼ばれるのである。
 しかも、駆使する者の発想によって、その手法は様々であり、他の武術のように制限と呼べる物が極端に少ないのである。
 ルシアが見る所、キーンは万能型の闘気士であった。剣技においては王宮で見せた様に武具を強化し、防御においては軽装のレザーアーマーである事が重装の金属鎧を必要としない事を裏付け、更には肉弾戦の妨げにならない事を考慮している。その上、先程見せた圧倒的な光弾(厳密には気弾)は率直に彼の闘気士としてのレベルを物語っている。
 外界と情報が隔離された環境にいた彼女でも、最低でも彼が一国最強クラスの実力であるに違いないと確信する事が出来た。
 信じがたい事ながら事実に直面したルシアは、彼になら全てを託せると、以前から抱いていた思いを実現する事にした。
「あの、キーン殿」
「何だ?改まって・・・・それに、キーンでいいよ」
 実のところ、彼女に名前で呼ばれたのは初めてでもある。
「頼みを聞いては頂けませんか?」
「・・・唐突だな。今から赴く『塔』に関連しているのか?」
「はい」
「それで王女の依頼とは関連していないのか?」
「いえ、関連はしています・・・・・ですが、正式に依頼には含まれてもいません・・・」
「?」
「私達の仲間達・・・王宮の兵士達を助けて頂きたいのです」
「助ける?塔に仲間が生き残ってるのか?」
「はい・・・・・全員捕らわれてはいますが、死んではいません。これは王宮内の者であれば誰もが知っています」
「じゃ、何で王女は依頼に含めなかったんだ?内容的にその位の事はついででやってやるのに・・・・」
 実際の所、ついでで行うには難しい内容かもしれなかった。だが、キーンにしてみればそうなのである。
「貴方に・・・いえ、『男』に自国の醜態を伝えられなかったのです。精鋭と言われるメンバー全てが捕らわれ、正体不明の・・・しかも『男』に頼る事に、王女は抵抗を感じていらっしゃるのです。そのプライド故に・・・・・」
「分かった・・・・・もういい」
 ルシアが自分と王女の間にあり、両方に対して喜ばしくない発言をする事に抵抗を感じている事に気づき、キーンは言葉を遮った。
「塔内で見つけたモノに関しての自由は頂いている。任せてもらおう。それに、親分を倒せたら後は簡単かもしれないしな」
「・・・有り難うございます」
 畏まって頭を下げるルシアに、照れたキーンがぱたぱたと手を振った。
「構わんよ。だけど、塔の住人は何でわざわざ敵を生かせておくんだ?」
「それは・・・・」
 照れ隠しに言い出した質問であったが、これにルシアは僅かに反応を示した。
「何か知ってるのか?」
 ちょっと意外に思いいつつ、更に問うキーン。
「ええ・・・・」
「情報として教えてはくれないか?」
 その問いかけに躊躇したルシアであったが、隠しておくのも良くないと判断し、答えようとしたが、その口調はたどたどしかった。
「その・・・モンスター達の・・・・・ご、娯楽や・・・・・魔獣の糧に・・・」
 それだけでキーンは納得が言った。
「ああ、なるほど・・・・・考えてみれば、お約束だな」
 モンスターが人間同様の意味合いで『娯楽』を行っているのか、それとも別の趣向なのか、多少疑問や興味もあったが、それを突っ込んで問う事にも気が咎めたキーンは、見れば分かると意を決して、塔の中に入ろうとした。
「事情は分かった。それじゃ・・・」
 その時、それをルシアが再び呼び止めた。
「待って下さい。まだ交渉が・・・」
「交渉?」
 思いもしなかった事に、キーンはその意味が理解できず、ただ復唱するだけだった。
「キーンさんは傭兵のはず。私の『依頼』の報酬の件が・・・・・」
「そんなのいいよ、片手間仕事で報酬を要求するのはこっちの気がひける」
 律儀な娘だ。彼女の発言に、キーンは心底そう思った。
「あ・・・・あの、それじゃぁもう一つお願いしてもよろしいですか?」
 ズルッ!
 意外な展開にキーンは思わず滑った。モンスターの血のせいでもあったが、何よりもキーンが思っていたルシアのキャラクターとかけ離れた発言がそれを誘発したのだ。
「な、何かな?」
 意外とちゃっかりしている娘だなと思いつつ、キーンは尋ねた。
「・・・この仕事が終わり、この国を出る時、私も連れて行って下さい」
 それはキーンの予想の全てを裏切る依頼であった。
「これは驚いたな・・・・この国に不満があるのか?」
「いえ・・・今回のことは例外として、国政は安定していますし王女も暴君ではありません。ですが、男のいない社会だけは間違っています。古代遺産の恩恵による父親のいない出産・・・これだけは・・・・」
 ルシアの声は、自国の批判を気にしてか、徐々に小さくなった。キーンもその意見に賛同した。だが、彼の場合、男である立場の意味合いも含まれている。
 ルシアは生まれついての住人ではない。それがこの国に対する問題指摘と批判の要因となったのであろう。そしてこの意見を押し通す権限もない彼女は、国の改革ではなく己を外界に出す道を選んだのである。
 ただ、幾つもの山を越える秘境にこの国が存在していたため、自力での脱出は不可能であり、協力してくれる仲間が必要だったのだ。
 この国でその思考に同意してくれる者などいるはずもなく、結局彼女は長い間、待っていたのである。外界からの来訪者を・・・・
「分かった、約束しよう。生きて帰ってきたら、出国の際、一緒に出よう。あくまで、俺が生きていたら・・・だけど」
「御無事を祈っています」
 そう言ってルシアはキーンに抱きついた。今、約束を交わした相手が幻でない事を確認するかのように・・・・
「そ、それで、依頼の報酬の事ですが・・・・」
 自分が報酬として差し出せる物は実質一つしかない。契約が第一とされる傭兵にその事を告げようとするルシア。
「ああ、まだいいよ。今、引き受けている仕事が終わっていないのに契約を交わす事はしないようにしているんだ。予約は受けるけどね」
 何やら言い出すのをキーンが慌てて止めた。実際の所、彼女が言わんとしている内容を悟っていた。出来るなら受理しておきたいと思う彼であったが、仕事の内容故に、いつ死んでもおかしくないため、条件が同一上に無い限り、複数の契約は交わさないように心がけていたのである。
「それじゃぁ、今度こそ行くよ」
「必ず生きてお帰り下さい」
 この国で唯一キーンの存在を必要とする者の姿がそこにあった。
 契約以外に達成しなければならない理由が出来たキーンだった。
 彼は今、いよいよ魔王の塔に挑みだす。


 門前払いを敢行しようとしたモンスターの集団を一掃したのが原因かどうかは定かでは無かったが、塔に入ってしばらくの間、キーンの前に立ちはだかる存在はいなかった。
 入る前から大群で待ち構えていた事もあり、当初は警戒していたキーンもしばらくするとその緊張も薄れ、塔内迷路の攻略に集中しだした。
 その途端、彼は新たな問題に遭遇する。
「・・・・・・地図と違うな・・」
 ルシアにもらっていた塔内地図と、目の前に立ちはだかる壁を交互に見やって、キーンは呟く。手書きの地図とは言え、後々のためにと制作されたそれは、実に丁寧に書き込まれており、余程の方向音痴でもなければ見間違えるはずのない完成度であった。
 冒険者をしている以上、自分がそこまで馬鹿でない事を自覚しているキーンは、これらの状況から塔内の構造そのものがリニューアルされたことを悟った。
「魔王殿はこまめな方らしいな」
 もはや意味を成さない地図を懐にしまって彼は歩み出す。0からのスタートとして・・・・・

 新たな出発と意気込んだのがきっかけか、又は異なるエリアに侵入したのか、あれからすぐにモンスターの出現率が増加した。
 増加したと言っても、キーンを狙っているため至極当然のことではある。その上、一度の遭遇で現れる数が多い事が襲われる側には面倒な事だった。
 現存するモンスターの亜種、噂で聞くモンスター、誰からも聞いた事のない未知なるモンスターと、しばらくの間は酒場の自慢話に事欠かない程、多種多様のモンスターがそれぞれの特徴を生かした攻撃を次々と仕掛けてきたが、あらゆる戦場で生き残る事を常としたキーンを、未だ倒すには至っていなかった。

「てりゃ!」
 キーンが槍の柄ですくい上げたモンスターを、返す刃で中空切断した。
 既に何匹目かと数えるのもやめた状況で、彼は忌々しげに槍の刃に付着したモンスターの血を振り払った。
「あ~もう、うっとうしい!一体この塔には何匹のモンスターが住み込んでるんだ?」
 ぼやきながらも殺戮のペースは衰える事なく、徐々にではあったが、確実にモンスターの絶対数は減少してはいた。
 更に小一時間が経過した。
 その間に戦場は徐々に移行していたものの、床はモンスターの血と死骸に埋め尽くされ、足下の石畳は全く見る事は出来ない状態におちいっていた。
 だが、そんな事を気にするゆとりはなかった。戦いは未だ激戦状態であった。
「貴様、本当に人間かっ!!?」
「そんな事くらい見て分からないかっ!」
 雄叫びを上げ突進してきたミノタウロス型モンスターの胸板を槍で貫いたキーンは、そのまま死体と化したモンスターを盾にするようにして、数歩下がった。ほんの僅かでも息を抜きたいが為の苦肉の策であったが、敵側の対応は遙かに鈍かった。今までのパターンであれば、間髪入れず襲ってきてもおかしくなかったために、この現状は有り難かったが、同時に違和感も引き起こす結果となる。
「?」
 不審に思ったキーンがモンスター達の方を見ると、何か躊躇うかのような様子でその場に止まっていたのである。
「罠か!?」
 そう思い、咄嗟に周囲を確認したが、そうではなかった。もし罠に追い込んだのであれば、モンスター達は喜々としてそれを作動させたであろう。
 だが今は、殺気だけが先行し、行動が伴っていない状況だった。
(入れない理由があるのか?場所が理由なのか?それとも・・・・・何かのなわばりか!?)
 そう思った瞬間、キーンは背後に鋭い殺気を感じた。
「!!」
 反射的に伏せたキーンの頭上を熱線が走った。当初の目標を外した熱線はそのまま直進し、その先でたむろし、殺気立っていたモンスター達を一気に飲み込み、一瞬で蒸発させた。
 その威力はキーンを驚かせるには十分な威力を発揮していた。息を飲み、熱線の飛来方向を凝視するキーン。
「よく・・・かわせたな」
 姿が見えるより先に声が届いた。相手は通路の先の影の部分に隠れているらしく、姿が見えないまま、ぺたぺたと足音だけが近づいて来た。
 キーンは次の熱線に備え槍を構えた。
「一瞬で消してやるつもりだったのだがな」
 自信にあふれた台詞と共に姿を現したのはやはりモンスターの一種であったが、キーンも見た事のないモンスターだった。
 身長は一般人と同程度。独特の顔はリザードマンに類似したトカゲを連想させ、爬虫類がヒューマノイドに進化すればこの様になるのではと、思われる姿をしている。
 ただ、両肩に、頭の倍以上の奇妙な『瘤』らしき物が付着し、違和感をわき出させていた。
「初めまして。えらく物騒な技を持っているな」
 警戒をしたたまま、キーンは不敵な笑みで挨拶をした。
「技?技ではない。毒蛇の毒やドラゴンの炎と同じように、我が種族が当然のごとく持っている生命体の特殊能力だ」
 外見からは想像できないほど流暢に、モンスターは話した。
「今の熱戦が生物の固有能力?」
「信じなくても、今、見せてやる」
 そう言った途端、両肩の『瘤』が上下に開き中から目玉のような物体がせり上がった。
「!?」
 目玉に類似した器官は僅かに収縮すると、光を放ちだし、それは徐々に強くなっていった。
「なんか・・・・やばそうな・・・」
 その時、光が臨界に達し、先程襲ってきた物と全く同じ熱線が、両肩から放出された。「おおっ!?」
 驚きながらも、ある程度予測をしていたキーンは、先程盾に利用していたモンスターの死骸を槍で引っかけると、迫る熱線に投げつけた。
 熱線をまともに受けた死骸は瞬時に炭化し、崩れていった。
「あ、危ない・・・古代文明の生きた遺品と言われる生体レーザーか、初めて見た」
「確かに俺は古代文明が生み出した生体兵器の末裔だ。今となっては特殊能力を有した我々の数は激減したが、この通り生き残っている者もいる。しかし貴様、そんな事をよく知っていたな。」
「趣味で古代文明の事は結構、調べていたよ。だが、現物にお目にかかったのは初めてだ。だが、その末裔が何でこんな塔のフロアガーディアンのバイトをしている?あんたの能力はこんな密閉空間では不向きだろ」
「それぞれに事情と言う物がある。貴様にも、こちらにも・・・・」
 闘わなければならない事情が・・・・・
 両者はその言葉を飲み込んだ。 
 レーザーモンスターが身構え、同時にキーンも行動に移った。
 彼は知識として敵モンスターを知っていた。確かにあのレーザーは驚異ではあったが、生体器官によるものである以上、その発射は無尽蔵では無い。
 魔法と同様に体力と気力が必要であり、その上連射には向いてはおらず、本来は開けた空間での遠距離攻撃が主体の存在だった。
キーンはその弱点を突き、接近戦を仕掛けるべく突進した。
 だが、そう言う手段に出るだろうと予想していたモンスターの方が、準備は早かった。
「終わりだな」
 一直線の通路には遮蔽物はない。それでもモンスターは先程の様に伏せて避ける行為も想定し、やや低めにレーザーを放った。
 と、同時にキーンも床を蹴って大きくジャンプしていた。彼も又、モンスターの攻撃を予測していたのである。
 必殺の念を込めたレーザーは虚しく床を焼き、キーンの眼下を通過した。
「お、おのれ」
 狼狽しながらも再攻撃の体勢に入ったモンスターの両肩に違和感が走った。
 見てみると、レーザー発射器官である両肩の瘤に、キーンの放ったナイフが突き刺さっていた。
「!」
 生体レーザー器官は、生命維持に関しては不用の存在であったが、精密器官であることに違いは無かった。したがって僅かな損傷で機能に重大な支障を生じる事もある。それが例えナイフの些細な刺し傷程度であったとしても・・・
「き、貴様ぁっ!」
 一瞬で攻撃手段を失ったレーザーモンスターが唸った時、間合いを詰めきっていたキーンの渾身の一撃が相手の顔面を粉砕した。
 レーザーモンスターは格闘戦は得意ではない。よって、敵対者の戦法は理にかなっている。だが、人間より遙かに強靱なはずの自分が、拳の一撃で倒される事には納得がいかなかった。
(こいつは・・・・一体・・・何者・・・・)
 その思考を最後に、彼の意識は途切れた。
「・・・・こんな奴を用心棒にしているとはな、とんでもない塔だ」
 倒れたモンスターを見やってキーンは呟く。そして何やら考え込み、レーザーモンスターの瘤をいじくりまわしてみて、それが取り外し出来ない物と確認すると、ふとため息をつき、その場を離れた。
 これは生体レーザーが脱着可能な物ではなかろうかと言う考えから実行された行為であったが、今回は期待が実現する事はなかった。

 その後、レーザーモンスターのいた先のみが未開の空間であった事を知ったキーンは新たな進展を期待しつつ、歩を進めた。
 そのエリアが彼(レーザーモンスター)のエリアだったのか、あれから無尽蔵とも思われた雑魚モンスターも殆ど現れず、キーンは塔内の捜索に専念できた。
 この時既に、上への階段を見つけてはいたが、彼(レーザーモンスター)程の存在が守っていたエリアに何もないのはおかしい・・・と、都合良く考えたキーンは、各部屋を片っ端から捜索し続けていた。
 無論、鍵のかかっている部屋もあった。だがそれも扉ごと破壊していくキーンの前に、障害やイベントとしての機能を果たす事は出来なかった。
 そんな調子で幾つかの部屋に達し、鍵のかかっていないそこを覗き込んだ時、待望のイベントが発生した。
 さして広くない部屋の真向かいの壁に、ほぼ全裸の女性が身動ぎもせず吊されていたのである。身につけている物は、元は法衣か何かだったのであろう、腰に巻き付いている僅かな薄い布のみで、後はいつぞやの女頭領と同じ様に両手を頭上に揃えた状態で、吊し上げになっていた。
 ここまではお約束と言えた。だが、一部不可解な点も存在する。
 それは、女体の周囲に設置された鳥の羽だった。壁から突き出たゴム状のアームにくくりつけられたそれが、女体を取り囲む様に、しかも触れる寸前の微妙な位置でびっしりと配置されていたのである。
「何かの儀式か?」
 これ見よがしに吊されている事が、罠らしくも感じられ、普段なら即刻助けに行く状況の中で、キーンは入口にも入る事すら躊躇して呟いた。
「誰?」
 キーンの気配を察して、吊されている女が声を上げた。
「人間だ。名前はキーンと言う。あんたの所の王女に雇われた傭兵だ」
 下手に隠れても何の進展もないだろうと悟ったキーンは素直に問いかけに応じた。
「私はエルよ。それにしても王女が傭兵に依頼?ほれが本当として、何故、姿を見せないの?」
 エルと名乗った女は、姿を見せない相手に不信感を感じつつ、出入り口の裏に潜んでいるのであろう相手に向かって言った。
「罠じゃないのか?美味しそうな餌を目の前に置いて、近ずく獲物を捕獲するとか言う・・・・裸の女がそんな所で吊されていたら、多少は疑うもんだ」
「馬鹿、こんなにわざとらしい罠なんか、あるはず無いでしょ。ここは奴等の懲罰房よ」
「懲罰?何か悪さでもしたのかあんた?」
 罠では無いと言う言葉を取り合えず信じて、キーンは室内に入った。
「馬鹿な事を言うな!私は敵である奴等のルールーに従わず、逃亡を企てただけだ」
「敗者なら当然と言えるな。で、結局捕まっておしおきか・・・・情けない」
「愚弄しないで!」
 格下・・・・・と、国がらみで定めてる男に呆れられ、エルは逆上し、思わず怒鳴った。が、次の瞬間、声を詰まらせ身を震わせていた。
「はうっ!」
 怒鳴った拍子に触れたのだろう、彼女の両乳房に位置する羽を支えるアームが僅かに揺れていた。それが微かに触れる程度の微妙なタッチで彼女の乳首を撫でていたのである。
「ふうっ・・・・く・・んん・・」
 エルは歯をくいしばって声を漏らすのを堪え、身を震わせながら乳首を襲うムズ痒い刺激に耐えていた。
(成る程)
 その様子を見て、キーンはこの懲罰房の趣旨を理解した。
 キーンは目をきつく閉じて、ぷるぷると身を震わせじっと堪える彼女の傍らに行くと、右脇腹に位置する羽のアームを掴んで自分の方へ引っ張って反らせた。そして、乳首の羽の揺れが治まり、彼女がほっと息をついた瞬間を見計らい、キーンはアームを掴んでいた指を離した。アームはゴム質の反動で勢いよく元の位置に戻り、勢い余ってエルの脇腹にピシッと羽が触れた。
「はひっ!」
 緊張の糸を解いた直後の不意打ちに、女は息を詰まらせ反射的に身を捩らせてしまった。その弾みで幾つかの羽がまともに彼女の体に触れ、ゆらゆらと一斉に揺れだし、彼女の体の各所を撫で回した。
「い、いやっ・・・あ、あひっ・・・・・っはぁ・・・あ・・うん・・っく、くぅん・・・よ、よく、よくも・・・・はぁん」
 全身を襲う羽に身を捩らせ悶えながら、事の張本人を睨みつけるエルだったが、体をソフトに撫で回し始めた羽は、そんな威圧も長続きさせなかった。
「はっ・・・あぁん」
 もう、堪える事など出来なかった。何本もの羽が体のあちこちを滑る度に声が漏れ、体が反応し、思わず仰け反ってしまう。そして体が強く反応し大きく揺れる度に新たな羽と接触し、更なる動きを促す事になる。
 そう、彼女が感じて悶える限り、その責めが終わる終わる事はない。責められる側には陰湿な責めであったが、見る側にしてみれば加虐心の煽られる光景であった。
「ふ~む、己の過敏さを戒める、恐るべき懲罰だな」
 妙な感心感をもってキーンは呟く。
「はひゃぁ・・・ん、あっ・・・か、感心してないで・・・・くぅ・・・助けなさい」
 体をのたうちまわせながら抗議するエル。
「な~に敗者が偉そうに言ってる。それに、俺の目にはあんたが結構楽しんでるようにも見えるんだが?」
 腕組みをして、じっくりと彼女の痴態を観賞しながらキーンが反論する。
「何を・・・・・はぁぁ~ん」
「そんな声出しながらじゃ、説得力もないな。ここは正直に『この羽の感触に感じすぎて気が変になりそうです。どうか助けて、火照った体を静めて下さい』って頼めば助けてあげよう」
 はっきり言って卑劣であった。それはキーン自身実感している事であったが、格下以前に下等生物のようにしか男を見ていないこの国の女性に対し、やはり少なからず反感を持っていた彼は、このチャンスに相手を屈服させてやろうと、意地の悪い思いつきをしたのだった。
 対等に接してくれていたルシアに対しては気負いもあったが、それにも増して彼女達の対応には腹を立てていたのである。
「い、言えるわけないでしょ!」
 エルが怒鳴った。王女の依頼で動いているとはいえ、彼女から見て格下であるはずの男に対し、その様な言葉が出せるはずもなかった。
「ふ~ん、こうなっても?」
 彼女の反論は彼の予想通りだった。おもむろにキーンは、女の両脚を取ると、彼女に背を向ける体勢でその両脚を自分の両脇で挟み込み、無防備状態の足の裏に、スッスッと指を這わせた。
「はっ、あっ・・・あひゃっ!」
 突然襲いかかったくすったさに、エルがしゃっくりのような声を漏らし、身を震わせた。両脚は自由を得ようとばたついたがものの、男の胴と腕でしっかりと挟み込まれたそれは逃れる事が出来なかった。
 足首から下は、足の裏を這い回る指先から逃れようと可能な限り動き回ったが、キーンの指はその動きに合わせて巧みにくすぐりを続けている。
「きひひひひひひひいひひひ、やめ、やめろぉ・・あははははははははははは」
 首を振り乱し、体を何度もエビ反らせながらエルは笑い悶えた。だがそれによって、彼女の上半身を這う羽も、その動きを活発にして行き、その刺激は足の裏のくすぐったさに上乗せされ、今や彼女は全身をくすぐられているに等しい状況となっていた。
「あはははははははははは!あひっあひっ、やはははははははははははは!く、くる、くるしっ、ひゃっははははははははは」
「ほれほれ、くすぐったいか?苦しいか?わざわざ助けに来てやったのに、あんな態度をとるからこんな目に遭うんだ。素直な一言さえ言えば助かるんだよ」
「そんっ・・・・そんっ・・。あ~っひゃははははははははははは」
「ちょっ、ちょっと・・・くる、くるし・・・・やあやめっ・・・あっはっははははははははははははははは」
「止めてほしければどう言えば良かったっけ?覚えてるだろ」
「くっ・・・くすぐったぁあい!あははははははははは!気が、気が、きひひひひひひっひひひ!変になるからぁあっあっあっあ~っははははははははははは!だから、あひっひひひひひひひひひ、た、たす、助けて・・きゃははははははははははは!!」
 大きく体を反らせて女が悶絶した。だが、それでもキーンの責め手は衰える事は無かった。
「ん~?何か言ったのかな?ぜ~んぜん分からなかったけど?最初から笑わずに言ってくれないと聞き取れないな。多分・・・・」
「そ、そんなぁ、きゃあぁ~っははははははははははははは!」
 自分では何とか台詞を言ったつもりで、ようやく楽になれると心底期待していた女にとって、にんまりとした笑みで宣言された内容は悪辣極まる物だった。そんなキーンの責めに対し、彼女は抗議もろくに言えない状況下であり、抵抗すら許されなかった。

 それからどの位の時間が経過したか?笑い続け、呼吸も正常に行えない状態で意識も朦朧としてしばらく、ようやくにして彼女は言うべき事を言いきる事が出来た。
「はい。ご苦労さん」
 責めの張本人であったキーンはそう言って、労いの言葉をかけくすぐりの手を止めエルの両脚を解放した。
 女は吊されたまま大きく肩で呼吸し、ぐったりとしていたが、周囲の羽は今だ小刻みに揺れ動いており、時折彼女の体を撫でては、しゃっくりの様な呻き声を上げさせていた。
「ふ~ん、そんな声漏らして・・・・結構Hな事が好きみたいだな」
 ピクッピクッと小刻みに震える彼女の体を楽しそうに眺めながらキーンは言った。
「なっ!ち、ちがっ・・・・ずっとこんな事されたり、くすぐられたりして、体が敏感になっているだけよ」
 エルは現状の張本人に抗議したが、露骨な表情を表すのは避けることにした。抵抗できない状態での強固な態度は、余計な責めを我が身に及ぼす事を十分すぎるほど体で理解している為である。
 単純な肉体的拷問であればある程度耐えることもでき、相手に対する憎しみで緩和させる事も可能であった。だが、この男の、そしてこモンスター達の責めはそんな反抗心をものともせず、到底耐えきれるものでもなかった。そんな責めを受ける位なら、表面的には屈服した様に見せる方が良いと考えたのである。
「本当かぁ?」
 キーンは可笑しそうにエルの顔を覗き込むと、嘲笑したような表情を見せつつも、彼女の周囲に配置された羽付アームをナイフで切断にかかった。
「ま、約束はしていたからな」
 キーンは、公約通り彼女を責め立てる羽の除去は行っていた。だが一本一本掴んで切断する際、意図的にアームを揺らして羽を女の体に触れさせては、ピクリと身を震わせる様子を楽しげに眺めていた。
 エルも、男が助けるという行為のどさくさに楽しんでいる事を察してはいたが、実際に助けてもらっている手前、そして何より、抗議して相手の機嫌をそこね、再びくすぐられるのを恐れ、一本一本と言うじれったく繰り返される羽の感触に、歯をくいしばり、甘い呻き声を上げ、小刻みに・・・そして時にはピクリと跳ね返るように身を震わせながら耐え続けるのだった。
 吊された女が、身をくねらせ声を漏らすまいとするその姿は、Sの気があまり無い者でも、そそられてしまう程の艶めかしさがあった。
 それは単独行動であるキーンが悪意を芽生えさすには十分の状況であるのは言うでもない。
「よし、最後の一本だ」
 じっくりと時間をかけ、たっぷりとエルの悶える様子を観賞したにも関わらず、名残惜しそうに最後の一本を切断してキーンは言った。
「そ、そう、だったら早く開放して」
 全身にうっすらと汗を浮かべて彼女は言ったが、キーンはそれを拒否するべく、首を左右に振った。
「まだだよ」
「な、何故よ!?」
「まだ、『火照った体を静めて』やっていないだろ。今から満足させてやるから安心しな」
 そう言ってキーンは、今まで取り集めていた羽を束ねた物を、二つに分けて両手に所持すると、ゆっくりとエルの方へと近づけた。
「ちょっ・・・・まさか・・それで・・・」
 束ねられた二つの羽を見てエルは身動ぎ、逃げられないと知りつつも賢明に身を捩った。
「そう、君の好きなこの羽を使ってやるのさ」
 キーンは羽束をわさわさと揺らし、ゆっくりと彼女の無防備な体に近づけ、怯える彼女の反応を少しの間、楽しむと、おもむろに左右から撫で回した。
「~~~ああっ・・・あっ、あっ、やめ、やはははははははははははははは!はっあぁん!」
 今までの間、存分にくすぐられじらされして過敏になっていたエルの体は、腰から脇の下までを左右から軽く撫で上げただけで面白いように反応した。
 右脇腹を撫でると、それから逃れようと体を思いっきり左に捩り、その伸びきった体をもう一つの羽で、反対側から容赦なく撫で回す。そうやってキーンは左右交互に羽束を操り、彼女の体を右に左にとのたうち回らせた。
「や、やだっ!やははははははははっははははは!!やめてっ!あっあはっあはははははははははははははは」
 ここまでに至る責めで、彼女の『弱点』を調べ上げていたキーンは、的確に弱い所を責め、僅かな刺激で激しく感じるポイントをにみを的確に責め上げていった。
「はぁあああああん、んっふっふっふふふふふふふふふ、くっくっ、くふふふふふふふふふぁあっあっ、ああぁ~!!」
 しばらくすると、エルはくすぐったさと共に潜んで襲いかかる快感に身悶え始めた。懲罰としてここに吊され始めた時からその兆候はあったのだが、ここに至りそれが表面化してきたのであった。
 そんな感情に今、流されてはいけないと思うエルであったが、実際には抵抗すら出来ず、延々と続くとも思える状況に絶望感を感じ、ならばいっそ楽になった方がと言う感情が見え隠れしていた。そんな中で、男の前で墜ちる事は許されない。そう言った意志だけが辛うじて彼女を支えていたが、キーンの責めはしばらくの間、彼女の反応が希薄になるまで続いた。
 反応が鈍化したことで彼女の限界を悟ったキーンは、最後の責めに入った。
 だらりと下がった彼女の右足を持ち上げ、自分の左肩にかかげ腕で固定すると、右手に持った羽束で、あらわになった内股を撫で上げた。
「ひぃん!・・・・ひっあっ!!」
 もともと敏感であったそこを不意に羽で責められ、エルが悲鳴を上げる。しっかりと抱え込まれている事もあるが、もはや逃げる気力すら失った彼女は、身を震わす事しか出来ず、休み無く襲いかかる甘美な刺激に自我を保つので手一杯であった。
「はっ・・はぁっ・・・はあぁっっ!!」
 彼女の呼吸の乱れがある域に達したのを見計らい、キーンは内股を撫で回していた羽束を滑らせて無防備な両乳房をを軽く撫で、更に滑らせおもむろに股間へと差し込み、何度も前後往復を行った。
「あっ!?あっああああ~~~~~っ!!!!!」
 布で覆われているとは言え、今の状態の彼女にこの刺激は強烈すぎた。布越しとは言え、最も敏感な部分を柔らかい羽で何度も撫で回された彼女は、一際大きな絶叫を上げ、一気に失神した。

 意識を失い、ぐったりとなった彼女を見届け、キーンは満足そうに笑んだ。


つづく



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