「くすぐりの塔2」 -勇者降臨編-
-第三章 美女との遭遇-
(妙だ・・・・)
キーンが塔に入ってから、薄々思っていた事を本格的に意識し始めたのは、1階で捕らわれていた少女を解放して2階に上がり、十数匹の雑魚と二体のストーンゴーレムを撃退してからであった。
塔内のモンスターの不自然な法則を感じたのである。
それは、全てがある程度の知能を持つ、ヒューマノイド型ばかりであり、定番と言われる単に大型化したような下等生物が全く見かけられないと言う事だった。
魔王と称する者に率いられていると考えれば理由付けにはなっただろうが、トロル、ミノタウロス、リザードマンなど、異種族間では連携には無縁の種族ですら、混成部隊に混じっているのが違和感を抱く結果となっていた。
そして何より、傭兵として旅を続ける彼が、見たことも聞いたこともないモンスターが多いと言う事も、気がかりになっていた。
1階で遭遇したレーザーモンスターはもとより、フクロウのような目、コウモリのような耳、ゴリラのような体型に熊のような爪を持った、どう混血しても発生不可能と思われそうなモンスターもいれば、イグアナのような皮膚に包まれ、トロルのような恵まれた体を持ち、額から正面に向けて一本の角が突出した、サイのような無茶な外見を持つモンスターも存在した。
その上、それらは全て合成生物(キメラ)の様な人為的合成をされた不自然さが見受けられないモノだったのだ。
これが、どこかに僅かに生息する希少生物だったにしても、それらがこの塔に集まっている事自体が疑問として残る。
塔内に、何かしらの生態系が維持されているのか、新たな錬金術・生物合成技術があるのか・・・・
思えば疑問は尽きる事がなかったが、何よりも問題なのは、その未知なる生物はどんな特殊能力を持っているか分からず、それが闘う上ではどうしても気がかりになってしまうと言う点であった。
したがって、本人は慎重に行きたいと思っても、相手もそうだと言う訳は無い。向こうは向こうで相も変わらず、ポピュラーなモンスター達が群れてキーンを狙い襲いかかっていた。
出てきては多くの仲間達が群れ単位で葬られているのにも関わらず、そう変わらぬ規模で新たに攻め込んできては返り討ちに合う。
この光景を見ていると、同じ敗退を延々と繰り返す連中に、本当に知能が存在するかが疑わしく思うキーンであったが、その評価を数分後には訂正させられる事になろうとは、この時点のキーンが知る由もない。
「奴をこの先に追い込め!」
そう言いながら、通路一杯に横一列となって盾をかざしながら突進してくるケンタウロスの集団と遭遇した時、彼は敵が自分を倒すことにではなく、追い込むことを目的としている事を悟った。
確かにそれならば、犠牲はあっても「殺す」事よりは不可能では無いだろう。
キーンは素速く気孔弾を作って放ったが、盾は相当な業物らしく、中途半端な威力しか持たなかった気孔弾を容易くはじき、傷一つ見せなかった。
馬の下半身を持つ、ケンタウロスの突進速度は速い。
「ちっ!」
キーンは忌々しげに舌打ちすると、槍を横にしてケンタウロスの群に向けて構えた。
一本の槍による通せんぼが、盾の集団と激突する。
当初、ケンタウロス達が勢いに任せてキーンを押し込んでいたが、距離を進めるにつれ、その勢いは衰え、ついには目的であった部屋の手前でピタリと止まってしまった。
「そんな馬鹿なっ!」
馬の脚力をもつ自分達の数人がかりの突進を、たった一人の人間が止めた。常識的にあり得る話では無かったが、現に目の前の男はそれをしている。最も間近で相手の顔を見ることが出来たケンタウロスは、人間であれば中年男性位であろう顔を戸惑いによって歪めさせた。
「こいつ、槍を壁に!」
中央のケンタウロスには分からなかったが、端を担当していた者にはキーンの手段が分かった。
彼は、自分の体力だけでは到底、彼等の突進を止められないと判断し、横にした槍の切っ先を壁に突き立てブレーキ代わりにして、自身に受ける力を軽減させたのである。その証拠に、激突地点から停止地点までに生々しい傷が、一直線に壁に刻まれていた。
「なんて奴・・・・」
言ったケンタウロスの頭が、キーンの放った気孔弾によって吹っ飛んだ。
迂闊に槍を抜けば、再び押し込まれる為、密接した状態で、更には溜めの無い気孔弾であったが、通常の魔法弾と同程度の物を、彼は放つ事が出来る。
続いてもう一体の頭部を吹っ飛ばした時、キーンが予測しなかった力が、後方からかけられた。
「うおっ!?」
槍のつっかいも虚しくキーンは、ケンタウロスとその死体もろとも、奥の部屋へと押し込まれた形となった。勢いが若干ついていたため、彼は床を転がるように転倒していた。
「しまった!」
バランスを失った形となっていたキーンは、素速く体勢を立て直し、周囲に気を配る。犠牲を問わずここへ導いた以上、モンスター達が自分を倒し得ると信じる何かが存在するはずであった。
トラップか?とっておきのモンスターか?緊張した面もちで周囲を見回す。そこには生きたケンタウロスが二体と、ミノタウロスが二体・・・・あれが闘牛の牛のように突進し、ケンタウロスを後から後押して諸共にこの部屋へと押し込んだのであろう。
そのモンスター達はこの部屋の意味を知っているのは明白だった。その姿は恐怖に震え、目の前にいるキーンの存在すらも忘れて、この場から離れたい一心であることが容易に見受けられる。
モンスター達が一目散に逃げ出そうとしたその矢先、突如として横殴りに大きな鉄球が飛来し、四体のモンスターをまとめて薙ぎ払った。人形のように軽々と飛んだモンスター達は、壁に叩きつけられ、二度と動く事はなかった。
「やはりトラップ!?」
そう思ったキーンはその場で踏みとどまった。
だが、通常の数倍ある天井と、広間のように広い部屋。そして自分が背にしている石柱の影から微かに聞こえる息づかいが、その考えを瞬時に改めさせた。
「!」
再び鉄球が空を切って飛来した。またも横殴りで、しかもキーンめがけて。
直径だけでも二メートル近くあるそれを、正面きって受けるつもりのない彼は、素速く前方にダイビングし、鉄球の起動から逃れた。
「物騒な武器だな・・・・・今度はスーパーヘビー級か?」
石柱の影から出たキーンの眼前に、一つ目の巨人サイクロプスが荒い息をたてて仁王立ちしていた。
「武器なんて全部、物騒な物じゃないかい?」
相手から放たれた声は意外にも軽いものだった。
「何だ、おまけ付きか」
キーンは落胆したように呟くと、サイクロプスの顔から方へと視線を僅かにずらし、そこに腰掛けた小柄な生物を見やった。
「おまけとは言ってくれる。これでもこいつのパートナーなんだよ」
その生物は人間で言えば子供サイズで、カエルとカメレオンの融合体を連想させる体と皮膚と顔とを持っており、塔の門前で最初にキーンに斬られたモンスターに酷似していた。おそらくは同種であろう。
「パートナー?道具の間違いだろ。お前に不足しているウエイトを、そいつを利用する事によって補う・・・・単体ではろくに戦えない弱小種族だろ」
「貴様のような何の特徴もない人間に、弱小呼ばわりされる筋合いは無い!仲間達の敵、取らせてもらうぞ!!」
その小モンスターの怒りに呼応して、サイクロプスが唸り、手に持っていたスパイク付き鉄球のついた棒を大きく振りかぶった。属に『モール』と呼ばれる武器で、刃物などと違い、打撃による衝撃によって相手を粉砕するため、難しい技術を必要としない武器だった。
先程の攻撃もこれによるものであり、その威力は先程のモンスターの死骸を見れば一目瞭然だった。
さすがにモンスター四体を軽々しく薙ぎ払うパワーを秘めたそれを、正面から受け止める勇気の無かったキーンは、振り下ろされる鉄球を回避する事に専念した。
「この大きさだ。かすってもただじゃ済まないな」
「その通り、無駄に抗わず、さっさと死ね」
逃げるしか手段のないキーンを、小モンスターがせせら笑った。
「勝手な事言うな!そもそも、仲間達の敵ってのは何だ『達』ってのは?俺はお前みたいな奴は一匹しか斬ってないぞ」
「ふざけるな!その直後、巨大な魔法弾で仲間を皆殺しにしたのを忘れたと言うのか!俺の仲間はアレで全滅したんだ!」
「知るかぁ!!」
思わずキーンは怒鳴った。
「姿を見せる前に消えた奴なんて覚える以前の問題だ。その他大勢に何の感慨がわくか!」
正確なところ、巨大気孔弾を放つ前のモンスターまでしか記憶に無い。その後の虐殺はほとんど本能的に『敵』と認識した物体を斬っていたにすぎなかった。
「だが貴様が敵であることには変わりは無い!さっさと死ね!!」
あの小モンスターはとにかく、何があってもキーンを倒したかったのである。理由としては仇討ちと言う正当に見える理由もあったが、そもそもの発端を思い起こせばキーンに非があったとは言えない。つまりは、戦闘などと言う行為はそう言った物なのである。
どちらが正しいなど明確な理由がはっきりしている方が珍しい。だからこそキーンは得意の戦闘で儲ける手段に、一国の騎士や戦士ではなく、金で雇われ「正義」の束縛のない傭兵を選んだのであった。
彼等傭兵と言う人種にとっては契約が正義であり、その遂行が義務となる。
そして今、彼は、この塔内の主を倒す契約を結び、その障害となる物を実力を持って排除しなければならなかったのだ。
「傭兵には誇り高き死とか、名誉は二の次なんだ」
「何?」
「生き残って、そして勝ったか負けたかで価値が決まってしまう。只でさえ尊大なあの王女の事だ。今ここで倒れたら現実より遙かに酷い酷評をするに決まってるからな。それだけは御免被る」
言って、キーンは跳躍し、振りかぶった槍の斧刃をサイクロプスの胸板に叩きつけた。
肉が裂け、骨が砕け、血飛沫が散り、激痛に耐えかねたサイクロプスが狂ったように咆哮を上げた。だがそれでも、致命傷には至っておらず、逆にキーンに対する憎悪をかき立てる結果となった。
「バカめ!中途半端な攻撃でこいつが倒せるものか。痛い目を見る前に諦めた方が楽に死ねると言う事が分からんか」
小モンスターにはそんな行為が無駄なあがきにしか見えなかった。
「それは知性体の諦めた理屈だ。野生の生き物なら、例え腸がはみ出した状態でも、闘う時は闘うし、逃げる時は動けなくなるまで逃げるもんだ。なまじ状況判断が出来る知能があるから、変に先を考えて無駄なんて結果を出してしまって諦めたりするんだ。生死をかけた行動なら、死ぬまで抗う方が生き物いとって正しいあり方だろうが!」
小モンスターは圧倒的なパワーを誇る相棒サイクロプスを前に、勝ち目など全くあり得ないはずの人間が、全く戦意を失っていない事に気づき苛立った。
怯えきって逃げまどう相手を追いつめ、サイクロプスの肩から見下し、冷笑を浮かべて慈悲の一撃を加え、最高の優越感を満喫したかったのだが、キーンは一向にその素振りを見せず、あまつさえ逆に勝つ見込みがあるかのように振る舞っている。
確実な勝利を確信している側にとって、相手のこの不敵さはかんに障るものでしかない。
「生意気なことを言う人間め!ならば抗ってせいぜい苦しめ」
後悔させた上で最高に苦しませてから殺してやる。そう思い、小モンスターはなぶり殺しを決めた。圧倒的パワーを持つ身なれば、それは即ち、即死させないように手加減する事になる。
それがこのモンスター達のミスとなる。
体格差が戦闘能力の差であると誤認した事もあったが、自分より遙かに小さい存在に対する手加減は、かなり難しいもので、今回それがキーンに対し隙を作る事になった。
モールが振り下ろされるが、直撃すれば即死は確実なため、命中させる事が出来ず、脅す事を目的に近辺を砕くしかなかった。
殺意の失せた攻撃は自然と緩慢となる。キーンはその隙を逃さず、叩きつけられたモールに飛び乗ると、手持ちの槍を脇に投げ捨て鉄球・ポール・サイクロプスの腕と、一足飛びに移動すると、眼前にまで移動し、顔面の1/3を占める巨大な一つ目に気孔弾を叩き込んだ。
「ゴガァァアアアアア!」
サイクロプスの悲鳴があがった。先の斧刃の一撃より遙かに威力の低い一撃であったが、脆い眼球を破壊するには十分な威力であった。
光を失った恐怖と痛みと怒りでサイクロプスは我と、肩に座るパートナーの事も忘れて暴れ始める。
理性を失った大型モンスターはフロアーの番人から破壊者へと一瞬で変貌する。
このまま放置しておいてもキーンには支障はなかったが、アレを放置しておくつもりは無かった。
「こっちだ、一つ目巨人!」
打ち下ろされたままのモールの上に立ったキーンが声を張り上げた。
視力を失っても聴力は健在だったサイクロプスは、キーンの声に反応し、自分から光を奪った憎い相手に報復すべく、武器であるモールの柄を手探りで探し当て、それを握ると闇雲に振り回す。
当然モールの上にいたキーンは、振り払われた様な形となって吹っ飛ばされたが、もともとそれを狙っていた彼は、中空で身を翻し体勢を整えると、叩きつけられるはずだった壁に『着地』し、間髪入れずそのまま反動をつけてサイクロプスめがけて跳躍した。
「二刀一閃!」
キーンが両腰の大型ナイフを同時に引き抜き、正面で交差するように振るった。本来は左右に別種の武器を持ち、それを左右から同時に斬り(叩き)つけて二種類のダメージを同時に与える技で、ある意味、先にこの国の結界を切り裂いた技に似ている。
『聖魔滅封』が対魔法用の技なら『二刀一閃』は物理攻撃の技と言える。
もちろん、両手に同じ武器を持っていたとしても、威力に何ら問題はない。
「何!」
本能的に恐怖を感じて、小モンスターはしがみついていたサイクロプスの肩から飛び降りた。その直後、キーンの放った左右同時の斬撃は、的確にサイクロプスの喉元を捉え、頭部と胴を分離させた。
暴れ狂っていた巨体は、途端に糸の切れた人形の様に倒れ、短い痙攣の後、動かなくなった。
「まさか、まさか!たった一人の人間がサイクロプスを倒すだと!」
驚愕と怒りが混在した声を上げ、パートナーの死体を見据える小モンスター。
「常識の通じない存在もいるって事だよ」
いつの間にか詰め寄っていたキーンが、小モンスターに向け手に持っていたナイフを突き出していた。
「特にこの塔にいる連中はみんなそうだと言ってもいいんじゃないか?」
小モンスターは歯噛みした。余裕を見せていた自分が逆に追いつめられ、対する相手は全く素振りに変わりが無く、先程の一戦ですら片手間仕事だったような印象があったからである。そう、まるで眼中にない通過地点であったかのように。
敵対者の戦闘能力は予想以上であった。それでも、小モンスター自身の戦意はまだ失われてはいなかった。
「その通りだ!我々特殊な進化を遂げた亜人類やバトルクリーチャーはもとより、只のモンスターであってもあの御方の力によって、新たな力を得ているからな」
「なら、そんな力、発言される前に片づける!」
キーンはナイフを容赦なく振り下ろした。
「遅いな」
小モンスターは不敵に笑んだかと思うと、自身の足下に空間の『穴』を形成させ、その中に沈み込んだ。
「何!?」
この様な能力を想定していなかったキーンは、ナイフの一撃を外され、相手の逃亡を許してしまった。
「あ、あいつは悪魔族か?空間に隙間を作って逃げたぁ?」
キーンは思いっきり驚愕した。空間を操り移動する能力を持つ生物など、信憑性の薄い古い文献か、異世界の住人である悪魔族しか知られていないのである。
『残念ながら、そこまで高等種ではない。お前自身が言ったはずだ。常識の通じない存在もいるとな・・・・』
声が響いた瞬間、キーンの眼前の空間に『穴』が生じ、その中から鋭い爪の伸びた小さな腕が突き出された。
「ぬわっ!」
反射的に身を仰け反らせかわすキーン。
『避けたか・・・・流石に簡単には行かぬか・・・・・』
空間の穴から顔を覗かせ、小モンスターはせせら笑った。
「当然だ!」
言いつつ気孔弾を放つキーンだったが、小モンスターは素速く異空間の中に逃げ込み、姿を消した。気孔弾は目標を失い虚しく瞑想した挙げ句、壁に着弾して破裂した。
「結構、厄介だな」
空間を自由に渡り歩くと言う意外な能力を持つ小モンスターに、キーンは先程までの侮りを捨て、全神経を周囲の気配に集中しだした。
敵も圧倒的力で相手を屈服させる事が適わなかった事に、十分不満を感じていたが、自分の能力を的確に使えば、決して敗北するはずはないと考えていた。
故に、肉体的には非力な彼が、力の象徴でもあるサイクロプスを倒された時に逃げ出さず、仇討ちの続行を考えたのであった。
異空間の小モンスターは、任意のポイントに出口を形成させ、そこへ鋭い爪を突き出した。
「!」
それはキーンの右肩を狙うポイントであったが、彼も素速く反応し、振り上げた右のナイフでその攻撃を払った。
だが、突き出された爪が再び空間の穴に消えるよりも速く、キーンの死角に形成された穴から新たな爪が飛び出し、彼の左脇腹を軽く切った。
「つっ!」
不幸にもそこは鎧の無かった場所であり、直接肉が切られたものの、深い傷でもなかったため、彼の出血はそこそこなもので止まった。
キーンはすぐに理解する。右腕と左腕に使用した穴の出口がそれぞれ違っていたのだ。自分にとってあり得ない位置からの攻撃であっても、敵モンスターにしてみれば、眼前に作った空間の出口に両手を突っ込んだにすぎないのである。それが空間を操る利点であった。
『そろそろ自分の限界が見えたか?』
「なんの、まだまだ!」
キーンはあえて過剰に言いはった。
「この程度の傷で死んでたら、人類なんてとうに絶滅してるさ。致命傷には程遠いな」
彼はそう言う事によって、とりあえず相手をむきにさせたかった。少なくてもその方が闘いやすいと考えての事だった。
それは結局の所、1対1では常識はずれな角度からの攻撃があると言っても、所詮は一人であり攻撃パターンは決まってくる。その上、攻撃手段が爪だけである限り、ヒューマノイドタイプの例に倣って、攻撃は『両腕』のみ。つまりは二ヶ所からしかあり得ず、2対1の闘いだと思えば、決して後れをとる程の敵ではなかったのである。
案の定、一撃必殺の腕力を持たない小モンスターは、手数に頼らざるをえなくなった上、キーンの挑発のによってむきになって攻撃を仕掛けた。
だが、冷静さを欠いた為もあるだろう。穴の形成と攻撃の一撃一撃に無駄な動きが生じ、全ての攻撃が捌かれ始めていた。無論、キーンも楽ではない。いきなり周囲に現れては飛び出す攻撃を、穴の形成時に生じる僅かな違和感で察知し、回避しなければならないのである。
防戦一方のキーンではあったが、彼にはそれなりの勝機があった。それがこうして待つ事だった。
実際、待っている時が訪れるのが先か、致命傷を受けるのが先かの勝負であったが、分はキーンにあり、可能性に準じ、程なくしてキーンの待っていた『勝機』が訪れた。
穴の形成時間が緩慢となり、攻撃が行われる前に、キーンの方が攻撃ポジションを維持する瞬間が来たのである。それは一秒にも満たない遅れであったが、キーンにとってはその瞬間で事が足りたのである。
この原因はやはり体格差にあった。特殊能力にせよ魔法にせよ、空間と空間を繋げる穴を形成する『技』を使用して、心身の消耗がないはずは無い。生物は何をするにしても疲労するものであり、激しい運動を長時間全開で維持すれば尚更である。。
だからこそキーンは待ったのである。穴からの連続攻撃の感覚が、相手の疲労により自分の追えるタイミングまで落ちる事に・・・・
そして肉体的に小型のモンスターは、むきになって連続攻撃し続けたため、平常よりも速く疲労し、キーンに付け入る隙を与えてしまったのである。
「もらったぞ!」
キーンはすぐさま両手のナイフを床に捨てると、両方の掌底を重ね穴の前にかざした。
掌底先に気孔弾が精製されると、それはすぐに穴に飲み込まれ視界から消える。
『がぁっ!』
キーンの背後で悲鳴と爆発が起きた。異空間で気孔弾の直撃を受けた小モンスターが、そのショックで異空間に存在するための精神集中を乱し、もとの空間にはじき飛ばされたのである。気孔弾の爆風と共に・・・・・・
「そこかっ!」
キーンは振り向きざまに、床に放置したナイフの一本を拾うと、まだ宙に浮いた状態であった小モンスターめがけて投げつけた。
ナイフは一直線に突き進み、床に叩きつけられる寸前の小モンスターの胸板を捉え、その落下位置を横にずらした。
「・・・・・・・・・!」
小モンスターの呪いの言葉よりも先に、二本目のナイフが飛来し、今度は眉間を貫いた。
結局、今際の言葉も無く、小モンスターは事切れた。
「・・・・・死んだか・・」
これで生きていれば、とどめの気孔弾を放つ準備をしていたキーンが、ほっと息をついて突き出していた掌を納めた。
「空間転移か・・・本来は、悪魔属以外には、どこかの弱小生物の逃亡手段だったはずなんだがな・・・・・」
キーンは、そのどこかの生物の実物を見た事はなく、いつか見た文献のみの知識ではあったものの、おそらく目の前の屍となった生物がそうであろうと予感した。
逃げるための能力を攻撃に転用する発想は、知能を持つ生物ならではだったが、小柄で弱小故に得た、逃げるための能力が本質であったために、攻撃には不向きとなり敗北した。
一撃必殺の能力を持つに至らなかったのが、一歩及ばずの結果に至ったと言える。
「こんな無茶な戦い方、自分達で考えたとも思えんがな・・・・」
そう言うキーンであったが、屍はもはや返答はしない。分かりきっていた彼は、モンスターに突き刺さっている2本のナイフを無造作に引き抜き、刃にまとわりついた血を振り払うと、両腰の鞘に納めた。
そして、主武器である槍を拾おうとした時、異変が起きた。
突如、キーンの真下の床が粘土のように柔らかくなったのである。
「!?」
足自体は沈んではいなかったが、まるでウォーターベットの上に立っている様な感覚に襲われ、彼は躊躇した。だが次の瞬間には、床下に妙な危機感を感じて思わず跳躍していた。
幸いにも、変質をきたした床は、キーンを中心とした半径1メートル程度で、咄嗟の跳躍でも十分逃げることが出来た。そしてその直後、変質した床が盛り上がり、幾本もの氷柱のような鋭い突起を何本も構成した。
範囲内に横たわっていた小モンスターの亡骸は、それに貫かれ無惨な肉片へと化す。
「何だ、今のは・・・トラップか!?」
転がった槍を急いで拾い上げ、身構えるキーン。
「!!」
またも床が先程のように変質する。今までスライム状の何かが擬態していたのかと思われるように、的確にキーンの真下で変質を行う。
キーンは後へジャンプして位置を変えると、先程と同じように突き出した突起を槍を振って薙ぎ払った。
突起物の先端が何本か切断され、床がもとに戻る。その瞬間を狙って床に槍の斧刃を叩きつけたが、床は只の石畳の反応か示さず、無機質に砕けるのみだった。
「どうなっている?」
キーンは先程切り落とした突起を拾い上げて見た。不思議な事にそれは、最初からそう加工されていたかのように、何の変哲もない石だったのである。
「無機物に同化して、形状を変えさせる生物・・・・そんなのいたっけ?」
自分の記憶を探ってみるキーンであったが、彼の知識にも該当する物は無かった。一瞬、スライム系の生物が思い浮かんだが、あれらは同化ではなく、取り込んで分解し、吸収すると言う行為で、単純に言えば食事である。
自分の容積を遙かに上回る物体の場合、内部に浸透し、一見同化にも見える行為を行うが、それもあくまで食事であり、ましては形状を変形させる事など出来はしなかった。
未知との遭遇。一瞬、緊張するキーンであったが、最悪の事態は考えてはいない。どうも攻撃と思われるこの現象の直前には、どうしても物体が軟化する現象が起きる上、範囲が2メートル程度と狭いらしく、それを察知してからでも十分逃げることが出来るのを、先の回避で証明していたからである。
キーンはとにかく床に集中した。そして思った通り3回目の攻撃が訪れた・・・・・彼の予想を裏切った方向から・・・・
「し、しまった!」
変質突起はキーンに最も近い石柱から発生したのである。距離はそこそこあったのだが、突起は目標めがけて伸び続け、不意を突かれた彼は回避のチャンスを失っていた。
「ええいっ!」
回避を諦めたキーンは、またも槍を放り投げ、両手を体の上下に構え、気孔弾を形成した。
それは通常の球形ではなく、彼の前面を庇う盾のような楕円形をしており、直進してきた突起は、その表面に接触するや否や、乾いた土のようにボロボロと崩れ去った。
咄嗟に形成した変形気孔弾の壁が、攻撃をなんとかしのいだのを確認したキーンは、一変して盾として使用した気孔弾を押し込むように前面に撃ち込んだ。
気孔弾はやや低速で前進しながらも、前面に立ちはだかる突起物をことごとく粉砕しながら、やがて発生源である石柱を直撃し、半壊させた。
「さぁ、次はどこからだ!」
今度は不覚を取るまいと、周囲に集中し出すキーン。
「・・・・・・・」
それから『待つ』にしてはそこそこの時間が経過した。だがあれ以降、一向に次の攻撃が来る気配が無かった。
「・・・・・・・・諦めたか?」
判断の材料も根拠もない。だが、いつもでもこうしてはいられない彼は、そう自分で判断し、さっさと次の未開エリアへと向かった。
並の人間では、立ち入ることさえ出来なさそうな圧倒的威圧感の立ちこめる塔の最上階。ここの主たる人物の私室と言っても良い空間に、二つの人影があった。
一人は自称『魔王』を名乗っている人物で、設えた玉座に座り、少し離れた所に浮遊する大きな水晶球の映し出す映像に見入っていた。
その水晶球には、通路を歩くキーンの姿が映し出されている。
『我が主よ・・・・何故、攻撃を止められましたか?あのまま続けていれば倒す事も出来たのではありませんか?』
もう一方の人影が遠慮がちに言った。その姿は水晶球の作り出す影に隠れ、はっきりとは見えない。
「かもしれん・・・・だがな、奴は思った以上に強い。倒せたかもしれんが、その前に追い込まれた奴が、フロア全てを破壊する可能性もあったからな、下層を破壊されては上層の私にも被害が及ぶ。だから秘宝での攻撃はもう止めだ」
魔王は、ピンポン玉サイズの宝玉らしき物体を手の中で弄びながら不敵な笑みを浮かべた。それが相手に対する賞賛か、新たな娯楽の登場に対する笑みか、同席している人物には理解できなかった。
『それ程の実力者とも思えませんが・・・・それに奴とて、いずれは隙を・・・・』
「では、下級の現住モンスターとは言え、外に派遣した連中が一時で全滅したのもまぐれと言うか?」
『はっ・・・それは・・・・』
魔王の指摘を受け、人影は言葉を失う。三桁に達するモンスターの群の全滅。けっしてまぐれで起きる現象では無い。
「隙を突くにも、奴は既にあの攻撃を目の当たりにして、警戒をしている。何時ともしれない隙が出来るまで、奴を監視するなどと言う事を私にしろと言うのか?」
『いえ、そう言う訳では・・・・・』
「結局、お前は信じていないのだろ・・・・あの男の強さを」
全てを見透かしたような魔王の一言に、相手は膝を折った。
『・・・・は、仰せの通りです。我が主が警戒するだけの実力を持っているのか、疑わしく思っております。ですが、御許可して下さるなら・・・・・』
キーンが行ってきた事は彼にも、実施不可能な事では無かった。むしろ、自分の方が早く完遂出来る自信があったのである。
「好きにしろ」
主の短い言葉は、彼の希望を承認した。
すなわち、キーンとの闘いを・・・・・
『有り難うございます』
至高の喜びを持って頭を下げる人影。
「ただし、条件がある」
人影は無言で主の次の言葉を待った。
「最初から真の力で闘え。出し惜しみすれば貴様は死ぬぞ」
『・・・・・御命令のままに・・・』
若干、命令に不満もあったが、突如として塔内に挑んで来た強敵と早々に闘える機会を得て、この男の心は久々に躍っていた。
キーンが塔内の主達の注目をにわかに集めだした頃、当の本人は不満げな表情で次のフロアーへの階段を歩んでいた。
何が不満だったかと言うと、先のフロアー全域を調べたのにも関わらず、囚われの少女・秘密のアイテムが何も見つからなかったのである。
何もそんな保証も約束も無かったのだが、1階目でそこそこおいしい思いをしたため、味をしめ、次の『役得』を一方的に期待していたのであるが、その甘い想いは、いとも簡単にうち砕かれた結果となったのである。
だが、前向きな思考回路なのか、まだ大勢の女戦士達が囚われていると言うルシアの情報を信じてか、彼の期待は次のフロアーへと向けられていた。
そして更に少し進んだ後、彼は次なるフロアーへと辿り着いた。
「・・・・特に何の変哲も無いか・・・・」
フロア毎に壁の形や形状、雰囲気が変わっていれば階層が判りやすいのに・・・・などと、不真面目な感想を述べつつ、キーンは周囲を見渡し、広いホールとなっているその部屋の出口を捜した。
「あそこか・・・・」
周囲一帯を見回した結果、出口は一ヶ所しか見あたらなかった。
隠し扉の存在の可能性もあったが、普通に行けるポイントから進んで見ようと判断した彼は、そのまま扉へと向かった。
用心して扉を開け中を覗き込む。先のフロアーでは、この瞬間、モンスターの大群が襲いかかり、修羅場と化したのである。ここでも大勢が活動するのに最適な空間だけに、自然と彼の警戒心が働いた。
「いない・・・・か」
覗いた先が、無人の通路と知り、キーンはいささか拍子抜けした表情となる。
とりあえず装備を再確認して、キーンは一本だけの通路を進み始めた。
そこは一本通路に時折、小さな部屋が左右に散在すると言う、一種の牢屋を連想させる構成になっていた。だからこそ彼は、余計に煩悩を刺激され、行く先々の小部屋をしらみつぶしに調べては、落胆を味わうと言う行為を繰り返して言った。
そして幾つ目かも忘れたある部屋の前で、キーンは扉を開けようとした手を止めた。
「何か・・・・・いるな」
微かにではあるが、部屋の奥から何かしらの気配を感じて、キーンはようやく緊張感を取り戻した。
槍は小部屋では不向きなため、王宮で調達したショートソードを引き抜き、身構え、呼吸を整える。そして、一気に扉を開くと、間髪入れず部屋に飛び込み先制の一撃を繰り出した・・・・・所で、思いっきり踏みとどまった。
その部屋にはモンスターは存在していなかった。ただ、部屋の向かい側の壁近くの床から女性の上半身が生えていた。
・・・・・と、言うより、下半身が穴にはまった女性と言った方が正しい。
しかもその女性は事もあろうに、眠っていたのである。そのためだろう。キーンが微かにしか気配を感じる事が出来ず、モンスターか何かが潜んでいると勘違いしたのは・・・
「・・・・・・何なんだ・・・これはどう言った経緯なんだ?」
この塔は本当に驚きに満ちあふれている。彼が数年かかって得られる体験を、ひょっとしたらこの仕事だけで得られるのかもしれない。本気でそう思うキーンだった。
「お~い、起きとくれ~」
しゃがみ込み、ショートソードの腹でぺしぺしと女の頭を叩くキーン。
魔法によるものではない自然な眠りであったため、女は簡単に目を覚ました。
「・・・・・・・んあ?・・・なにぃ?」
「そりゃ、こっちの台詞だ」
「え・・・・あ・・・ひぃっ!!」
寝ぼけて目を覚ました瞬間、眼前に見知らぬ男が立っているのを見て、女は思わず息を呑み、仰け反った。おそらくは飛び退こうとしたのだろうが、穴に入った下半身では上半身が仰け反るしかない。
「落ち着け。驚くのは当然だが、敵じゃない。納得は出来ないのかもしれないが、王女に依頼された傭兵だ。名前はキーンって言う」
「あ・・・私はファーラ。王宮戦士よ・・・・それにしても王女が傭兵を?」
ファーラと名乗った少女は、疑わしそうにキーンを見やった。おそらくはキーンを値踏みしているのだろうが、彼もまた、同じ事をしていた。
彼女も王宮にいた戦士達同様、程良い年頃の少女であり、セミロングの髪を後で緩やかに三つ編みにした上品な顔立ちをした、美人と言って申し分ない存在だった。だが、その瞳はキーンに対する疑惑で溢れていた。
「信じろ。あんた達が不甲斐ないから、王女が藁にもすがったんだ。それよりあんたは何してる?」
彼女の疑惑に対し、キーンは強引に言い切って会話の主張件を自分へと持っていく。端的に事実を言いきれば、実際、成果無く囚われた彼女達に非難・疑問を持たれるはずがなかった。
「流石にこれは理解できないんだが・・・・まさか、穴に入って遊んでる訳じゃあるまい?」
キーンはファーラの胴から下の部分を指さし、露骨に変なモノを見る仕草で問いかけた。
「当たり前よ!」
ファーラは強い口調で言い返した。
「何が楽しくてそんな事するのよ。この下から上に行けるかと思って、この穴を通ろうと思ったんだけど、お尻がつかえて上にも下にも行けなくなったのよ」
(何やってんだか・・・・)
事情を聞いても同情できない状況に、キーンは内心ため息をついた。
「それで、何も出来ず途方に暮れて、気づいたら寝てた・・・・と?」
ある意味、度胸だと思いながら問いかけるキーンに、ファーラは頬を染めてそっぽを向き、間接的な肯定の意を示した。
少しは可愛いか・・・と思うと同時に、キーンはとある疑問が浮かんだ。
「ところでだ、今、下からって言ったが、俺は下から来て、あんたの下半身とは遭遇してないぞ?位置からしても確かにこの真下を一度は通過しているはずだが?」
「それは2つ下の階の事でしょ」
「?どういう事だ?」
「貴方は2つ下の階層から上がってきたのよ。階段が長かったでしょ。この塔の3階には4階から降りるしかないのよ」
「・・・・・・・何で?」
もっともな質問である。
「知らないわよ。建築者にでも聞いてよ」
これまたもっともな返答である。
キーンは額に指をあて、内容を整理し、状況を把握しようと努力し始めた。
「え~っと・・・・質問させてくれ」
「いいわよ」
「あんたは、どうしてここにいる?塔内にはまだ闘っている連中がいるのか?それと、この塔について知ってる事を出来るだけ・・・・」
「不本意ながら私も捕まっていたのよ。でも、モンスター達の隙を突いてもう一人の仲間と逃亡に成功したの。でも、はぐれてしまって・・・・私は、4階まで来た所で、下に降りる階段を間違えてしまって3階に行ってしまって、間違いに気づいた時には後戻りが出来ない状況になって、前進し続けたわ。それで、とある部屋に辿り着いて、そこで上の階が見える穴、つまりはここよ。それを見つけて、抜け出そうとして・・・・・」
「引っかかったか・・・・」
こくりと頷くファーラ。ちょっと虚しい気もしたが、聞いてみると見事に納得は行く。
「そ、それで、塔内の事情か何か分からないか?この塔は何か変なんだよ。モンスターが異種族間で連携はしてくるは、異質のモンスターはいるわ、無尽蔵とも思える数がいるわで苦労しているんだ」
「私も詳しくは知らないし、知りようが無いわ。でも、貴方の知らない情報を持っているかと言えば持っているわ」
「教えて!」
キーンはファーラに詰め寄った。
「条件付でよ」
「?」
「分からない?私をここから出してよ」
「ああ!」
ポンと手を叩いて再び納得するキーン。今まで普通に会話していたため、彼女自身の境遇を理解していても実感していなかったのである。
「それじゃ、お手を拝借」
まずはオーソドックスな手段で引っ張り出す事を試みるキーン。
ファーラの両手を掴み、引っ張り始めるが、
「痛っいたたたたたっ、やっぱりつっかえてる。無理よ」
と言う彼女の主張であえなく失敗した。
「と、すると・・・・・・」
少し面倒くさそうに、呟くキーン。
「やっぱり、下から引っ張り出すしか無いわね」
やはり・・・と、肩を落とすキーン。状況的に遠回りを知る結果となったのだ。
「下からそこまで来れたのなら、戻れるのも道理だが、自力では行けないか?」
「無理よ、この体勢じゃ・・・・」
確かに、そうする事によって抜けられるのなら、とうの昔にやっていたであろう。
回り道ではあったが、ルシアとの約束もあったので、キーンはファーラの救出と言うイベントを引き受けるのだった。
「仕方ない・・・・で、下に行く通路はどっちの方にあるんだ?詳しく分からなくてもいいから、方向だけでも教えてくれ」
「えと・・・私の逃走ルートからだと・・・・・」
少し考えて、ファーラは左側を指さした。
「壁を無視して進めるなら、この方向にあるはずよ」
「結構、壁は無視できないが、方向さえ分かれば何とかなるだろ。あと、その通路は隠されてたりはしてないな」
「ええ、それは無いけど・・・・!!」
そこまで言って、突如、ファーラの身がビクリと震え、その上半身が床に突っ伏す様な姿勢となり、彼女の身体が小刻みに震えだした。
「何だ?どうした?」
キーンが不審に思い、彼女の顔を覗き込む。
「ふぅ・・・・っく・・・は・・・あ・・」
ファーラは震えながら顔を真っ赤にして歯を食いしばり、必至に何かを堪えているようであった。
「おい、何だってんだ?ひょっとしてトイレにでも行きたくなったか?」
「ちっ、ちが・・・うくくっくくっくく・・・・」
「だったら一体・・・・」
「あ~っ!もうだめっ!いやはははははははははははははははははははははは!!!」
ファーラは目の前にキーンがいることも無視して、いきなり爆笑し、激しく上半身を捩らせながら、両手でばんばんと床を叩いた。
「おい?気がふれるのは俺に情報を提供してからにしてくれ」
「ち、違うわよ!ひゃひひひひひひ・・・だ、誰かがああっあはっあはっ・・・誰かが下で私の、いひゃははははははははっはははははは!私のお尻や足を、なっ、撫でて・・・いひひひひ、触って、くすぐるのよ~あっっははははははははいやぁっ~っはっははははは!!」
ファーラは笑い悶えながら、今し方、無駄だと判明したばかりなのにも関わらず、床に両手を着き、下半身を引き出そうと試みたが、悲しいかな彼女のヒップサイズはそれを許さず、下の責め手に半身を委ねる事に協力していた。
「いやっ!だめぇ!そ、そんなとこくすぐらないで!きゃひゃひゃははははははははははははははははは!」
間近で笑い悶えるファーラを目の当たりにして、キーンは思わず生唾を飲み込んだ。くすぐりに弱いと言うのは女性の共通事項であるにせよ、壁を隔てた形で身動きが制限され、自分の見えない所で、どんな奴にどんな責め方をされているのか分からない事が、余計に妄想を駆り立て、興奮を引き起こしていた。
「あ~っははははははははは!や~っははははははははは!!」
当事者のファーラにしてみれば、逃げることも抵抗する事も出来ない分、事態は更に深刻だったであろう。
「なんかそそるなぁ」
キーンは思わず率直な感想を述べた。
「あはははははは、ば、バカな事言ってないで早く助けてよ。やはははははははははは」
「そりゃそうだ。とにかく急ぐつもりだけど、そっちも気を確かにな」
「うっくっ・・・やはっやっははははははははははは、早くしてぇ~!く、くるちゃう・・・あっはっははははははははは」
「ああ、分かってる」
そう言ってキーンは颯爽と部屋を出ていった。
辱めを受ける少女を救うべく、単身未知のフロアに挑む若き傭兵・・・・言ってみれば確かに事実であり、格好良くも聞こえるが、当の本人には更なる打算もあった。
それは、得体の知れないモンスターに嬲られる美少女の下半身を拝める事。そしてあわよくば自分がモンスターに成り代わって・・・・・
などと、そこまでに辿り着くまでに起きるであろう妨害を全く無視・・・・と言うより忘れて、結果の色欲に取り憑かれていた。
先のフロアーが苦労に反して不作であった事、ファーラの遭遇した事態が妙に色っぽかった事がキーンの判断力を曇らせたと言える。
今、彼は、自ら進んで危険地帯へと向かい、敵にある程度の時間の猶予を与えていた。
-つづく-
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