「くすぐりの塔2」 -勇者降臨編-
-第四章 水中戦-
点々と続くモンスターの血と屍。あたかも道しるべかのように続くその終着地点のすぐ先に、キーンは佇んでいた。
その眼下には当面の目的地でもあり、煩悩の発散される事がほぼ確定している下層3階へと通ずる階段があった。
先刻ファーラという女戦士によってかき立てられた欲望を考えれば、既に下へと降りているのがごく自然な状況であったはずだが、不思議な事にキーンは今、ここで躊躇していたのであった。
原因は階下3階にあった。
喜々として駈け降りたかった階段がものの見事に水没していたのである。何気なしに見た程度では、室内にある貯水施設にしか見えない。そんな状態でなみなみと水が貯まっており、これらの様子から、3階はほぼ水没していると見て間違いはなかった。
ある意味、これは部屋の貯水施設ではなく、塔内の貯水施設であるかもしれない。
ファーラが誤って3階に降りた際、戻れない状況に陥ったと言っていたのは、単に追跡者がいたという事ではなく、この事を言っていたのだと言う事をキーンは悟った。
「まずいな・・・・・」
キーンは一人呟いた。
多対一と言う状況下であっても、ウェイト差が格段にあっても、未知なる敵であっても怯まず闘うことが出来る彼が、この時初めて、躊躇していたのである。
もちろん理由は『水』である。
ファーラの話から推測すれば、当初3階には水は無かったものと考えてよかった。一時的にせよトラップにせよ、水が無かったために勘違いをして3階へ降りたのである。その後、水によって後戻りが出来なくなったと言うが、水によって行動範囲が制限されはしたものの、彼女自身が溺れていない事実があり、区画によっては水没してない所があると言う事実も、仮定ながら確実と思われる。
状況と事情はそれで説明がつく。だがそれは大した問題ではない。問題なのは、この状況下でファーラに追いつき、今も彼女の下半身に羨ましくもある悪戯を行っている相手が存在していると言う事である。
秘密の通路の存在もあり得たが、相手が水中活動型のモンスターであると考えた方が良いだろうと、キーンの思考は警告を鳴らしていた。
例え化け物じみても彼も人間の属性である。長時間の水中活動は不可能な上に、適応した体型もしていない。率直に言うなら、水中戦は苦手であると言う事である。
彼もこればかりはその例に漏れず、経験に乏しいものだったため、出来るなら遠慮したいと言う思いが強かったのである。
キーンはしばらくその場で迷っていた。水中戦となれば使用できる武器が極度に制限される。彼の場合、愛用の二本の大型ナイフと隠しナイフ数本。それに王宮でもらったショートソードが辛うじて使えると言った所で、当然、投擲など不可能である。
相手によっては苦戦は必至であり、場合によっては敗北すらあり得る。慎重にならざるをえない状況であったが、その一方で、早く現場に辿り着き、『役得』にありつきたいとの考えも今だ健在であった。
結局キーンは幾つかの『最後の手段』を考案して、3階に挑む事を決意した。
決心をつけた主な理由が色欲であった事は明白であったが、自身の命を賭けた色事と、傭兵として請け負った仕事の最終目的の二つを天秤にかけて、色欲が勝るのであれば、まだ安心と言えるのかもしれない。
「とっておきだったんだがな・・・・・」
キーンは懐から15センチ程度の棒状の物体を取り出した。直径が3センチ程のそれは、腹の中央に、ゴム状の突起物が付けられており、これをくわえる事により一定時間の水中呼吸が可能となる。
かなり以前に、立ち寄った某都市のアイテムショップで購入した『オージェの護り』と呼ばれる古代文明の遺品であった。
高価だったため、使用をしぶっていたアイテムだったが、使うべき時を心得ているキーンは、ついに希少品であるそれを使う事にしたのである。
キーンは、購入時に説明を受けた通りに『オージェの護り』を操作すると、口にくわえ呼吸が出来る事を確認した後、今回は使用不可能な愛用の槍を壁に立てかけて残し、3階へと降りていった。
水はキーンの予想以上に澄んでいた。濁りの全くない水は遠方まで続き、周囲の光苔は変わらず周囲を照らし続ける。そのため、今の所、呼吸困難の心配のないキーンはあたかも重力の束縛を逃れ、通路に浮遊している様な錯覚に陥っていた。
だが、そんな幻想的な体験も長くは味わえなかった。
音か臭いか、早々にキーンの侵入を察知したモンスターが早速現れ、フロアで浮遊するキーンを取り囲んだ。
その数五匹。全てが、鱗で覆われた人間の男性の様な上半身に、その体型に見合った魚の下半身と言う、誰もが話しには聞く『半魚人』であった。
更に厳密に言うなれば、男性型である事から『マーマン』と言う名称で知られている。
(マーメイドの方が視覚的には嬉しかったんだがな・・・・)
周囲のそれを見回し、キーンは思う。
女性型半魚人、俗に『マーメイド』言われるが、大衆の間では『人魚』とは、そちらの方を示しており、絵画でも描かれるような、美しい女性の上半身に、魚の下半身と、(人間主体ではあるが)視覚的美しさにおいて、同族であるはずのマーマンとかなり差異があった。
肌に鱗の有無がある事で、別種であると言う意見もあったが、交友も捕獲も難しい種族なため、はっきりとした調査はなされていない。
一説では、鱗は人間の男女の体毛と同じようなものであろうと言う意見もあったが、これにも確証は無い。
敵である以上、どちらが相手でも違いはなかったのだが、気分として美しく、色っぽい方をキーンは望んでいたのであった。
(あんまり、友好的な様子でもないな・・・)
既にマーマン達は、自分達の主武器である槍を構えて体勢を整えていた。今回ばかりは闘いを極力避けたいと思っていたキーンではあったが、逃げられる可能性も低いと分かりきっていたため、仕方なく右手でナイフを抜き、オーソドックスな構えに移った。
この時、いつものナイフ二刀流にしなかったのは、片手は防御と水中移動に使用するだろうと思ったためである。
マーマン達もキーンの行為が、敵対意志ありと見て、猛然と襲いかかってきた。
水の抵抗を意に介さず、突出して1匹のマーマンが迫り、両手で構えた槍を大きく横に振るった。
鋭い先端に同化したような横刃は、突く攻撃と斬る攻撃の二種の用途が行える形状となっており、基本的にキーン愛用の槍と同質のものであった。ただ、水中の使用を考慮してであろう。その刃の厚みは極めて薄くなっていた。
天井近くに浮遊していたキーンは左手で天井を押し、その反動で下へと下がりマーマンの初手をかわした。水中適応生物とはいっても、やはり水の抵抗を無視できる訳ではなく、その動きは十分に目で追えたのだ。
だが、見えているのと、身体が動くのとは別問題であり、彼の動きは敵より遙かに緩慢である事は変えようない事実であった。
(最初の一匹は手早く・・)
キーンは床に辿り着くや、その床を蹴り、反動で再び上へ移動した。
そこには先程のマーマンがいた。一発でしとめようと振るった槍をかわされ、慌てて追い打ちをかけようとした矢先の出来事であった。
「!」
まさか人間が水中において攻撃的行為を取るとは思っていなかったこのマーマンは、一瞬反応が遅れ、結果、キーンにしがみつかれる事になる。
マーマンは暴れたものの、キーンはしっかりとしがみついて離れず、頼りの槍も密着状態では有効に使う事は出来なかった。
だが、キーンの方は違う。彼は背後から両脚でマーマンの下半身を挟み込み、左腕で首を絞めながら右手に持っていたナイフを、その背中に思い切り突き立てた。
「!!!!!!!・・・・・・・・・」
マーマンは大きく痙攣したかと思うと、後はぐったりとなり動かなくなった。
(まずは一匹・・・・)
ナイフを引き抜くと、マーマンの赤黒い血が流れて水に混じり、煙の様な筋を作ってゆっくりと拡散した。
「@@@@@@@@@@@@」
キーンの耳に聞き慣れない音が聞こえた。おそらくはマーマンの言葉か、水中における彼等のコミュニケーション手段であろう。その音に含まれる意志には、明確な殺意が含まれている事を、彼は敏感に察知していた。
(さぁ、出来るだけ正攻法で来いよ・・・・)
キーンはなるべく隙が出来ないようにゆっくりと床の方へ降りながら、自分の背に壁が来るように移動する。反応が遅れる背後からの攻撃を考慮してである。
マーマンは相手が以外に手強いことを悟り、左右に展開しながら退路を断ち、状況が整ったと同時に、一匹が突進してきた。
槍を正面にかざしながら、自身は体当たり覚悟で突っ込んでくる。
キーンは左右を見て、回避方向を定めようとしたが、左右そして上にもマーマンが控えており、彼がかわした瞬間を狙う準備を済ましていた。
(となれば・・・・・・)
槍の先端がキーンの胸板を捉える寸前、彼は左のナイフを引き抜き、いつもの二刀流になると、ナイフを正面でクロスさせるようにしてその先端を挟み込み、振り上げる勢いで槍を上方向に反らした。
ガシッ!
重い音がキーンの後頭部で響き、マーマンの槍が背後の壁に食い込んだ。
「@@@@」
マーマンが唸り、その表情が恨めしそうに歪む。
キーンは素速く左腕のみを大きく振り回して槍を払う動作で、槍を支点とした移動を行うと、左側の位置に来た槍のポール部分を自分の左脇で押さえ込み、正面のマーマンの次の行動を制した。
「@@@!!」
待機していた三匹のマーマンが駆けつけるよりも、そして、正面のマーマンがキーンから離れるよりも早く、彼のナイフが的確にその腹を突いた。
(これで、二匹目・・・)
キーンは血で濁り始めた水から離れるべく、マーマンの死体を蹴って互いの距離をとった。
その行為が仲間の冒涜と映ったのか、マーマン達の表情は更に険しいものとなった。
そして何やら相づちを行うと、残った3匹はキーンの周囲を旋回するように泳ぎ始めた。
(持久戦で来たか・・・・)
キーンは相手の意図を冷静に読みながらも、内心焦りを感じ始めた。今、彼に水中活動を可能としている『オージェの護り』は、その効果を永続させるものではなく、一時間前後の効果しか無いと聞かされていたのである。
そうなれば、彼の溺死は確実なものとなり、そうなる前に、存在するだろう水のない区画に辿り着くつもりだったのであるが、早々の戦闘で状況的危機に陥っていたのだった。
キーンが床を蹴って推力をつけ、手近なマーマンに斬りかかったが、その攻撃はあっさりとかわされ、逆に別のマーマンからの一撃によって、危うく胴を薙ぎ払われるところであった。
マーマンも、迂闊な攻撃は逆撃を被ると理解し、現状で間違いなく勝っている水中活動能力をフルに利用して、確実な勝利を得ようと目論んだのである。
それは、戦法としては正しいものであった。
キーンの間合いには決して近づかずに周囲を旋回し、隙があれば無理をしない程度に攻撃をかける。相手はもともと陸生生物であるのだから、いずれ活動の限界に達すると予想し、当人達にはやや不本意ではあったかもしれないが、時が来るのを待ち、自然と訪れる勝利を待つことにしたのであった。
そして、全く逆の立場であるキーンは、延長すらない限られた時間内に、マーマン達を振り切るか、倒さなければならない。だが、水中での行動力が著しく劣る彼が取り得る戦法はカウンターアタックしかあり得ず、向こうが責めてこない限り、勝機はない。まして、こちらからの攻撃など、隙をさらけ出す危険性の方が大きい。
現状維持が最も愚作である事が分かるだけに、キーンの焦りも小さくは無かった。
(どうする!?)
そう思いながら、闇雲に気孔弾を放つキーン。魔法などと違い、水中での制限も無かったが、やはり空間密度の抵抗だけは避けられず、そのスピードは大きく落ちていた。
だが、それが偶然、マーマンの一匹を直撃し、肉体を一瞬で四散させ、周囲が一気に血の色で染まった。
まさかあの手の攻撃が水中で行われるとは全く予想していなかったため、剣の間合いの外であると油断しきっていた結果であった。
これはキーンにとっては都合の良い事態であったが、流石に残った二匹はそれも警戒しだし、誘導式の気孔弾を放っても命中させるのは困難に思えた。
(数は二匹だが・・・・逃げられんな・・・・)
自分の動きと相手の動きを相互比較して、キーンはそう判断した。
そして暫く膠着状態が続いたが、『オージェの護り』の効果が無くなり始め、息苦しさを感じ始めた時から、キーンは追いつめられ、決心せざるを得なかった。
『最後の手段』の一つを実施する事に・・・・
それがもたらす結果を想定して、僅かに躊躇するキーンだったが、現実に近づく敗北に後押しされる形となって、結局、敢行する事となる。
(耐えろよ~・・・・)
そう思いながらキーンは、いつもより大きい気孔弾を右手に形成させると、警戒態勢を取ったマーマン達の方へ放った。
「@@@@@@!」
「@@!」
二匹のマーマンは何やら言って、それを難なく交わし、得意げに笑ったが、対するキーンも同様の表情をしていたため戸惑った。
その瞬間、水中に衝撃が走った。外れた気孔弾が進行方向先の壁面に直撃したのである。
そして人為的異変が生じた。
今までその場で漂い、徐々に視界を悪くしていたマーマンの死骸と血が、徐々に動き始めたのである。
「@、@@@!?」
基本的に、この水中フロアに水の流れは存在しない。あるとすれば、定期的な水の入れ替えの時のみであるが、それはつい数時間前に完了したばかりである。と、すれば、あり得る事は・・・・
マーマンはある可能性を感じ、背後を見て、愕然となり、同時にキーンを呪った。
外壁に亀裂・・・と言うより穴が生じ、水が流れ出していたのである。先程の彼の気孔弾は、外壁を破壊し、このフロアの水を排出する目的で放たれたのであったのだ。
水が流出するにしたがい穴は破損個所を徐々に広げて行き、それに伴って水流も激しくなる。そしてついには、水圧に負けた石のブロックが次々に流され、直径1メートル程もあろう穴となり、それに見合わせた急激な流れが、マーマンやキーン達を吸い込もうと猛威を振るった。
(おぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!)
この事態の予想をしていたキーンではあったが、実際に直面すると、その流れは途方もないもので、彼は両手のナイフを床に突き立て、全力で抗った。
一方、マーマンの方にはそんな余裕もなく、流れに逆らって泳ぐしか出来ない状態であった。だが、水中活動に富んだ彼等にしても、現状で自在に泳ぎ回る事など出来ず、位置を止める事で精一杯だった。
(き、きつっ・・・・)
水流が更に勢いを増したのか、キーンの身体が突き立てたナイフごと、じりじりと穴の方へと吸い寄せられていく。この危険性があったからこそ、彼はこの手段の行使を躊躇したのである。
とにかく耐えるしかない状況の中、ついにマーマンの一匹が勢いに負け、穴の外へと流されてしまった。瞬間、マーマンは底力を発揮し、滝の様に流れ落ちる水流を泳ぎ、フロア内に戻ろうとしたが、鮭の帰省する河とは根本的に規模が違う流れに結局は敗北し、流され、その姿は見えなくなった。
その時、残る一匹も力尽きて流され、咄嗟に穴の縁に手をかけてしがみつこうと試みたものの、手をかけた石が脆くも崩れ、仲間の後を追う事になった。
(当面の敵は撃退・・・・)
必至にしがみつきながらも、それを見ていたキーンであったが、彼にも同様のお誘いが訪れる。水流に流されるキーンの身体を支えていたナイフが突き立てられている石畳が、その抵抗に負け、剥がれようとしていたのである。
(おおっ!?)
異変に気づくキーンではあったが、この水流の中では、もう一度ナイフを突き立てる力が入るはずもなく、逆に一本でもナイフを抜けば、残った一本に全ての圧力が加わり、流される事は必至だった。
何ら手段も取れぬまま、キーンは数秒耐えたが、結局、石畳に限界が訪れて砕けてしまい、遂にキーンも流されてしまった。
それでも、彼には運があった。もともとかなりの時間耐えていた事もあり、フロアの貯水量がゼロになったのである。水位は急激に降下し、キーンの身体もそれに伴って下がり、穴に到達する直前、彼の身体は床に触れ摩擦を起こして止まったのである。
「・・・・・・・・・・・・・・」
運が良かった。それは実感できた。だが、危うく落下する危険のあった状況からの奇跡の生還に、キーンはしばし突っ伏した姿勢のまま、動こうとはしなかった。
暫く後、気を取り直したキーンは、通常フロアーヘと変貌した3階の捜索を再開した。目的地は彼女が悪戯されている部屋。より率直に言うと、ファーラの下半身である。
もともと水生型モンスター達のフロアだったのだろう。今までのような執拗なモンスターの襲撃は無く、時折通路に、先程のマーマンと同種の半魚人の死体が転がっていた。
「どうやら、エラ呼吸しか出来ない種族だったみたいだな」
半魚人と言えば、水陸どちらでも呼吸が出来るものと思っていたキーンであったが、その認識を改める場を得た形となった。
だがそれが、彼の今後の闘い・生活に影響してくるかと言うと、そうでもない。単なる雑学程度でしかない。
案の定、キーンは新事実をあっさりと記憶の片隅に追いやって、先に進んで行った。
ややして、ある頑丈そうな扉の前を通り過ぎようとしたキーンが、その足を止めた。微かに扉の奥から人の声が聞こえたのである。
ファーラ救出を優先させていたため、確実に違う部屋は全て通り過ぎており、実際、彼女がいるはずの部屋はまだ先のはずだったため、ここも素通りしようとした矢先の出来事であった。
何にしても、何かがいるのであれば話は変わってくる。キーンはそっと扉に近づき、トラップがないことを確認すると、頑丈そうな鉄製の扉にそっと耳をつけた。
『・・・・・・・・・・・』
『・・・・・・・・・・・』
『・・・・・・・・・・・』
『・・・・・・・・・・・』
「・・・・・・・聞こえん・・・・・」
扉は防水の為なのか分厚く出来ているらしく、声らしきものが微かに聞こえるだけで、その内容は全く聞き取れなかった。
キーンは、色々な想定をする上で、幾つかの危険性も考慮した。だが、塔の状況とパターンを考慮すると、どうしても期待感が溢れ、見過ごしていく事が出来なかった。
早速、中を覗こうとして、とある疑問が浮かんだ。扉を開けるべき取っ手となるものが無かったのである。もっとも、奥が気密室の用途を持っているとしたら、水が満載されている外部からの開閉が出来るようになっていないのは当然ではあった。
と、すれば、別の出入り方法があるはずだが、残念ながら彼には、この扉に関する知識は無かった。
「仕掛けが無いはずは無いんだが・・・・」
手探りで扉を調べるキーン。ひょっとしたら、上からの出入りがメインなのかもしれない。そんな事を思った矢先、扉に変化が生じた。
扉中央に設置されていた、トラらしき顔を描いた大きな銀製レリーフが、突如、液体のように軟質化し、鏡の様になったのである。
「!」
2階での戦闘の際、突如襲ってきた変質床の一件を思い出し、キーンは反射的に飛び退いたが、それは特に攻撃的な変化を見せず、鏡のように縦に平面を維持したままだった。
「アレとは違うか・・・・」
雰囲気から、微妙な違いを察したキーンは、警戒したままそれを観察しだす。
『誰だ?』
不意に声がかけられた。あきらかにキーンに対する問いかけであったが、その姿は無い。だが、彼にはその発生源が分かった。
自分の正面。即ち、鏡からである。
キーンは無言で戦闘態勢を取った。右手にショートソード。左手にナイフを持ち、相手の奇襲に備える。
『見た事のない奴・・・・お前が今、塔内を騒がしている奴か』
再び声が響く。そして、キーンの予想通り、相手は鏡の中から現れた。
と、そこで、キーンは硬直した。姿を現した『敵』が予想を超えた姿をしていたためである。
「あ、歩くタコ・・・・?」
それを、彼はそう表現した。
だが、古いSF小説に出てくる『火星人』の様に、巨大な頭に何本もの触手のような細い手足で身体を支えているようなタイプではない。それならばまだ、納得(?)のいく範囲であった。
この塔のモンスターには常識外れな存在が多い。そう認識していたはずのキーンが思わず絶句するほど、そのモンスターはふざけた形状だった。
キーンの目の前にいるそれは、全裸の人間が、頭を丸ごとタコに取り替えた様な姿をしていたのである。
全裸であっても生殖器が無い事から、間違いなく人間ではなかったが、体型は成人男性のそれに酷似しており、頭部も、人間が中身を抜いたタコをマスクにでもしているのでは思える様な雰囲気だった。あるいは、タコが人間の頭を乗っ取ったか・・・・・と言う表現である。
ともかくそれは、人間の身体にタコの頭(身体)、そして首の辺りから吸盤付の触手状物体を何本も生やしていたのである。頭の部分をタコとして認識した場合、その触手の長さがアンバランスになり、タコとしての定義からも外れ、人間の頭をタコが乗っ取った説も否定され、あきらかに、あの形状で誕生した一個の生物だったのである。
自然の悪戯か一個人の酔狂か、どっちにせよ、その存在だけである種の衝撃を受けたのは間違いない。
ボディが人間そのものである事が更にキーンを困惑させたと言えるだろう。
「答えろ!貴様は新入りのバトルクリーチャーか?それとも噂の無謀者か?」
人間の両腕を腰にあて、妙に威圧的に言い放つタコヘッド(急遽命名:キーン)であったが、悲しいかな外見が伴わない。
「あの、こっちの質問にも答えてもらえるでしょうか?」
こちらもこちらで、妙に畏まって問い返すキーン。あの姿形で何故、あんなに高慢な態度がとれるのか疑問に思い、ひょっとして凄く偉い立場のモンスターなのかと言う思いと、一目見たショックから完璧に立ち直っていなかった為、ついそんな言葉が出たのである。「そっちが答えたならな・・・・」
表情はまるでわからなかったが、どうやらタコヘッドは意外に心の広い人物であったようだ。
「もう一度問う。貴様は誰だ」
「敵です」
端的に答えて、キーンは相手の出方を伺った。そして先方もキーンが敵対者であろうとは思いながらその質問を投げかけていた。
どちらも互いの不意打ちを警戒し、動くことを躊躇わし、場は妙な静けさを保っていた。
「では、貴様の質問とは何だ?」
おそらくは奇異なる自分に対する質問だと思っていたタコヘッドだったが、その予想は外れた。
「今、妙な出現の仕方をしたけど、あれ何?」
自分より、そっちの方に興味を持つのかと、タコヘッドは一瞬意外に思った。
「あれがこのフロアの扉の基本構造だ」
特に隠し立てする事もなく、タコヘッドは言った。
「本来ここは水に満たされたフロアだ。水中活動は出来ても基本的には陸で住む同胞のためにこの様な部屋もあるが、いちいち扉を開閉するわけにもいかん。従って、特殊な出入りの方法が必要となるわけで、それが扉中央にある、『銀の扉』だ」
「銀の扉?名称か?」
「そう呼んでいるだけだ。これは数秒間、生物が触れることによって水鏡の様になる。その時、身体が通す事ができ、水が流れ込むことなく出入りが出来ると言うわけだ」
「そんな便利な物があるのか・・・でも、こういった環境では必需品ではあるか・・・・ども、知りたかった事はそれだけです」
言って、いつもの調子を取り戻したキーンは両手の武器を構えて間合いを取りだした。
「ならば、こちらも敵を排除させてもらう」
そう言ってタコヘッドも戦闘態勢に入った。首の周囲から伸びる触手が鎌首をもたげ、キーンの方を向く。
先手はリーチの長いタコヘッドからだった。
有る程度の伸縮がきく触手を伸ばし、その先端でキーンを突こうと連続的な攻撃を開始する。スピードはそこそこあったが、キーンにとっては見切れない程でも無く、一撃一撃に大きな殺傷力が無いと思われた。
だが、ただそれだけの攻撃であるはずがないと判断した彼は、人間としての2本の腕の存在にも注意を払い、攻撃に点ずる瞬間を待った。
塔内のモンスターを外見のみで評価するのは愚作であると十二分に理解する彼は、一見そうは見えない触手の一撃をかすりもしないように、集中して捌いていた。
「早い!」
タコヘッドは唸る。相手に数倍する腕の数で攻撃を仕掛けているにも関わらず、まともに命中しないとなれば当然であろう。もしここが先程のような水中であったなら、勝敗は逆になっていたかもしれない。
「まだ先は長い。あんたには長々とかまってはいられない!」
キーンは後方にジャンプして一時間合いを取ると、右手のショートソードに気を集中させた。
「さっさと終わりにさせてやる」
剣を振りかざし、キーンは叫ぶ。
「気孔散斬!!」
タコヘッドの触手すら届かない距離で、気を込めた剣が振り下ろされる。
その瞬間、剣に集中されていた気が剣から離脱し、前方に向かって飛び出す。それは一つの固まりではなく、散り散りとなった極小気孔の散弾で、避ける間もなくそれを受けたタコヘッドは、全身をずたずたにされて床に倒れた。
気孔散斬。武具(主に剣)に込めた気を、振りと同時に細かな多数気孔弾として放ち、剣の間合いの外からダメージを与える技で、本来の用途は広範囲・多人数の敵に対して使用される。
一体のモンスターがそれを受ければ、大抵は原型を止めない程に、破壊される。
もう、確認の必要もなかった。
キーンはタコヘッドの死骸をさっさと越えると、先程の扉のレリーフ、タコヘッドが『銀の扉』と言っていた所へ戻り、早速そこに手を触れた。
彼は嘘を言ってはいなかった。レリーフは、キーンが触れたことにより、液状化し、鏡の様な状態へと変貌する。
「やったね!」
キーンは喜び勇んで、『銀の扉』に身体を押し込んだ。
水銀の中に身を投じたような感覚が過ぎると、彼は扉の反対側に出ていた。
中は特に変哲のない部屋だった。多少人間の使う家具の様な物もあり、ここが居住を目的とした部屋であることは間違いなかった。ただ、人間のそれと酷似しているのは、タコヘッドの形態が原因であったと思われた。
妙に人間くさい部屋を見て、タコヘッドの日常生活に少なからず興味を抱いたキーンであったが、すかさず本来の目的を思い出し、改めて周囲を見回した。
『はっはあぁぁぁぁぁぁ・・・・あっあははははあぁぁぁぁ・・ああぁ~~っ!!』
そんな矢先に、間違いなく女性と思われる悲鳴が隣の部屋から漏れてきた。
(いよっしゃぁ!)
キーンは心の中でガッツポーズをすると、すすすすっと、足音を殺す爪先走りで声の漏れてきたドアの所まで移動した。
何故、その様に自分の存在を隠すのか?
それは、聞こえてきた声が悲鳴ではなく、喘ぎに分類される種類の声だったからに他ならない。もしこれが苦痛を伴った悲鳴で有れば、後先考えず乱入して相手を倒し、対象を助けたであろうが、お楽しみの最中ともなれば、十分な状況判断が必要であった。
両者同意のもとによるものか、一方的なものか、判断を誤れば自分が悪人になってしまう可能性もあるため、キーンは状況観察に移ったのであった。
・・・・と、言うのはやはり口実であり、本音としては覗きたいと言うシンプルな理由が一つ存在するだけであった。
期待に胸をふくらませながらキーンは、草臥れた木の扉の隙間からそっと中を伺う。そこには、彼の期待した光景があった。
パンティ一枚のみと言うほぼ全裸の女が、ベットらしき物の上で一匹のタコヘッドに押し倒され、何本もの触手で全身を撫で回され、のたうち、悶えていたのである。
「はああああああああっ、ああぁ・・・・いやぁ!」
触手の先端は女の身体のあちこちを這い回り、その度に女体はのたうち回る。
その時キーンは、覗きと言う行為に興奮し始めながらも、とある点に気づいた。女が拘束をされていないのである。今は身を丸め、触手から身体を守るような行為をしていたため、ベットの上であるが、逃げようと思えば不可能では無さそうな状況だったのである。(ひょっとして両者同意の触手プレイ!?)
キーンは真顔でそう思った。だが、事実はそうではない。
女は自分を淫らな世界に引き込もうとする触手の責めから少しでも逃れようと、両腕で出来きるだけ身体をガードし、両脚をきつく閉じていた。
これは何度も行われて来た事だったが、その度に滑りのある触手の先端はいとも容易く身体と腕の間に潜り込み、その中でぶるぶると震え出す。
「あはっ、あははははははっ!くすぐったぁい」
その微妙な振動にくすぐったさを感じ、思わず腕のガードを解くと、すかさず触手が群がり、また全身を愛撫するのである。
触手は巧みに蠢いて女の身体を徘徊しては、敏感なポイントを探り当て、そこを責め立てる。女はその度に快感の波に呑まれ、その波に身を委ねてしまいそうな誘惑にかられたが、辛うじて残る理性が異生物との接触に嫌悪感を呼び起こし、はかない抵抗を見せていたのである。
だが、精神的にはまだしも、肉体的には陥落寸前と言えた。
両乳房の周りを先端で撫で回していた触手が、乳房を包み込む様にして絡みつき、一方が先端で乳首を撫で回し、一方が吸盤で乳首に吸い付いた時、長時間続いた抵抗も崩壊寸前となった。
「くっ・・・うっ・・あはぁぁっぁぁぁぁぁ!!」
女が一際高い声をあげ、身を仰け反らせた。あと、数秒も責めれば彼女も、抵抗虚しく快楽に呑まれていくところであった。人間の男性ならそれこそ征服感が満たされる瞬間と言える。
と、その時、邪魔が入った。
「まてぇぃ!化け物!」
ほとんど見計らった様なタイミングで、ドアを蹴破り、キーンが乱入してきたのである。「何だ貴様は!」
楽しみを邪魔されたと言う事実は、人間でもモンスターでも不愉快なものに変わりは無いようだった。タコヘッドは無粋な侵入者に、不機嫌そうな声を投げつけた。
「その女の味方、そして、お前達の敵、貴様のようなモンスターにおいしい所を渡してなるものか!」
後半、つい本音を口にしていたキーン。だが、動機はどうあれ、結果的には彼の戦意は高かった。
「人間風情が大きな口を!この俺は・・・・」
タコヘッドの威勢はそこで途切れた。一気に詰め寄ったキーンがショートソードを横に一閃して、首を切り落としたのである。そして更に落下する首を蹴り飛ばし、部屋の外へと追いやった。
「雑魚に時間をかける趣味は無い」
残され、倒れるタコヘッドの身体にそう言い放って、キーンは剣を鞘に納めた。
「さてと・・・・・」
キーンは今だベットの上で横になり、快感に身震いしながらも、自分を見つめる女の方に向き直って近づいた。
だがやはりキーンが不審に思えたのであろう。女は両手両脚を閉じて身を出来るだけ隠し、キーンを睨みつけた。
「あ~・・・・怪しく見えるんだろうが、そうじゃない。あんたの主の依頼でここの主を倒しに来たんだが、偶然この場に居合わせてね・・・・仕事には含まれてなかったが、見過ごすわけには行かず、助けに来た」
この塔で女に出会えば必ず言う事になる台詞を、とりあえずと分かりつつもキーンは告げた。
「信じないわ」
女の返答は早かった。
予想通りとは言え、あまりに難儀な事に、キーンはがっくりと肩を落とす。
「何でなんだろうね。出会う奴の誰もが信じちゃくれない。こっちは訳もわからんモンスター達と一人で闘ってるって言うのに・・・・せめてルシアやファーラくらいに公平な目を持ってはくれないかな?」
「ファーラ?ファーラを知ってるの?」
案じていた仲間の名前が出てきて、女はにわかに表情を変えた。
「ああ、4階で会ったが、ちょっとした事情で身動きできない状態になってる。それを助けに行く道中でこの場に出くわした」
「彼女は無事なのね」
「ああ、今の所は・・・それよりも、あんたは一体?」
ファーラに関しては、このままでは笑い死にか、悶え狂うかの可能性があるのだが、今の時点ではそれを語らなかった。
「私はミア。ファーラと一緒に逃げていたんだけど、はぐれてしまって・・・」
「ああ、あんたが彼女と一緒に逃げてたって言う・・・・で、こんな所で何を?」
「み、見て分からないの?それで助けに来たって言うつもり」
ミアは目の前の男が、からかうつもりで言って自分を辱めていると思い、声を荒げた。
「そうは言うが、俺の見た所、あんたは特に拘束をされてはいないじゃないか。なのに逃げようとせず、なすがままだった状況を考えれば、ひょっとして楽しんでたかもしれない・・・と、そう思ったわけだ」
そんなキーンの発言は、ミアを大いに動揺させた。
「だ、誰が楽しむものですか!好きで逃げなかったわけじゃないわ!!」
「じゃ、何で?」
「あのモンスターの触手には筋弛緩作用と、こ、興奮作用を引き起こす皮膚浸透型の体液が分泌されているのよ。それでろくに抵抗できなかったのよ。あいつらはああやって獲物を捕獲しては・・・・・も、弄ぶのよ」
成る程と、キーンは思う。イソギンチャクのような生物が持つ特性を、あのタコヘッドは持っていたと言う事だった。若干、用途は違っている様ではあったが・・・・
キーンは納得する素振りを見せながら、せっかくのこの状況を上手く利用できないかと考え、そしてひらめいた。
「それじゃ、かなり弄ばれて、身体が疼いているんじゃないのか?」
やや、オーバーなリアクションでキーンは問いかける。
「そ、そんな事は・・・・」
彼女の立場からすれば、事実であっても否定するのが当然の反応だろう。だが、この手の反応こそがキーンにとっては好機だった。
「いや、状況はいい。それよりも問題なのは・・・」
その返答は当然予想していた彼は、自分の言葉が終わらないうちに、ミアに追い被さり、先のタコヘッドと同様の状況を作り出した。
「な、何するのよ」
ミアは突然の事に戸惑った。まだ自由が利かない両腕を何とかばたつかせて抵抗を試みるものの、まだ筋力が回復していない彼女の力は弱く、キーンの左手一本で簡単に取り押さえられてしまった。
「暴れるな、今の内に処置しておかないとまずいんだ」
真顔で言って見せながらも、内心は煩悩全開だったりするキーン。
「処置?処置って何よ?」
「あんたは今までアレに、催淫効果のあるモノを併用されて嬲られ、よがっていたんだろ。イッたにせよ、そうでないにせよ、そんな状態で非人間的責めを受けて悶えていたら、今は大丈夫だと思っても、後々、身体がその刺激を求めてくるもんだ。その時、癖になった刺激を与えてくれる奴がいなかったら、あんたの身体は満足できずに、快楽を求める淫乱になってしまう。だからその前・・・身体が火照っている今の内に、人間で出来る刺激で絶頂に達してしまった方がいいんだ」
聞いてみれば胡散臭くも感じるが、同時に事実っぽく聞こえもする。特に当事者には、すぐに破棄するわけにはいかない内容だった。ましてミアは実際に絶頂直前にいた身でもある。
快楽を求めて身悶えるのはまだしも、その対象があのタコヘッドになると考えると、あまり楽しくはない。視覚的にあの姿は人間受けしない。だがそれに責められて、彼女は感じてしまっていたのである。事情があるにせよ、その事実は深刻な物となって彼女の心にのしかかった。
彼女が本気で躊躇したのを、その微妙な表情で感じたキーンは、しめたと思う。
相手が大なり小なり、自分の言った事を信じたのである。もっと強引に行動しても、目的達成はできたが、この手段を取る事によって、ミアにも『口実』を認識させたのである。
本人が承認した、しないの問題を通り越し、無理矢理的な行為を行った『理由』を先に彼女に説明して、決して欲望に満ちて彼女を襲ったのでは無い。れっきとした理由があり、逆に彼女のための行動であったと言う『言い訳』を前もって提示したのであった。
「そう言う訳で・・・・」
「な、何がそう言う訳よ・・・あっ・・はぁん」
まだ承認したわけでもない。そう言う抗議を使用とした矢先、彼女の口から切なげな声が漏れた。キーンの右手が軽く彼女の左乳房を撫で上げたのである。
ミアの身体がピクリと跳ね、ゆったりとした彼女の乳房が揺れる。やはり絶頂寸前でお預けを受けた身体は終局までの刺激を求めていたのである。
「ほら、心も身体みたいに素直になりなよ」
そう言って右手を全身に這い回すキーン。
「はぁぁっ・・・だ、誰が・・・こんな事・・・で・・・くうぅぅぅぅぅ!」
言葉では強がってみせるものの、出来上がっていた身体は当人の意志に反して、面白いように反応を示す。そしてそれは責め側であるキーンの男としての征服感を大いに刺激する。
「軽く触れているだけで、そんなに悶えていたら説得力もないぞ。別に恥ずかしいことでもないし、人として、女として、ごく普通の反応なんだから、無理するなって」
そう言って、耐える相手を陥落させる事も愉悦の一つであった。
キーンは一旦彼女の両手を押さえていた左手を離すと、ベットのシーツを引っ張り出してその一端を引き裂き、適度な帯状にすると、再び彼女の両手を取って縛り上げて頭上に押し上げ、ベットの柱に結びつけ、その位置で固定した。
「な、何よこれは・・・・・」
揃えられた両腕を振って抗議するミア。包帯程度のサイズに裂いたシーツで、本来ならば拘束具としての強度に不足があったが、今の拘束対象には十分であった。
「なに、あまりじっくり時間をかけて楽しむ事も出来ないので、手早く済まそうと思ってね」
意味ありげな笑みを浮かべながら、キーンは自分の両手をわきわきとして見せてた。
「ちょっ・・・やめてよ・・・・」
その構えから何が起きるかを過去の体験で熟知していたミアは、身を捩って逃れようとあがいたが、両腕をシーツに、両脚をキーンにまたがれて押さえ込まれ、逃れる事は出来なかった。
「さあ、これで心も体も素直にしてやろう」
うねうねと蠢く指先がゆっくりとミアの身体に近づく。
「あ・・・あ・・・・や、やめ・・・・」
ミアは身を強張らせ、怯えながらも訪れる刺激に耐えようと備える。そこへ容赦なく、キーンの指が襲いかかった。
彼の右手が彼女の脇腹を摘み、ぐりぐりと揉み回した。
「はひっ!はっ・・・あっあぁ!」
左脇腹に駆けめぐった激しいくすぐったさに、ミアは息を詰まらせ、その刺激から逃れるため、思わず身体を右側にくねらせた。
だが、その方向にはキーンの左手が指を突きだして待っていた。ミアはその指に自らの身体を押しつける形となって更なる刺激を受ける事となった。
「やはぁッ!」
右脇腹を突かれる形となったミアの身体が、反射的に反対方向にはじけた。そしてそこには、左手同様に指を突き出して待ち構えていたキーンの右手があった。
「あっあはっ!やっ・・・・・やはははははははっ!」
ミアはくすぐったさに身体を捩る度に、自分の方からキーンの指に身体を押しつける形となり、結果的に左右交互に脇腹を突かれる状況になっていた。
しかもキーンは、彼女の身体がはじける度に指の位置を変えるため、身体を突っつく箇所はつねに変わり、彼女に慣れという休息を与えなかった。
「はっ・・・はああ・・・んふふふふふ・・・はぁっ・・・・はぁん」
自らの過敏さが招いた悶えも、数分も続くと流石に疲労が現れ、勢いを低下させる。
既にタコヘッドによる責めによって疲労していたと言う理由もあっただろう。
キーンは、ミアが息を荒げてくると、左右に構えていた両手を離し、一時の間を彼女に与えた。そして、彼女の呼吸がある程度整うと、再び責めを再開する。
「結構、キクだろ?これで終わりにしてやるから、思いっきり悶えるといいよ」
不敵に笑って、キーンは最も効果的なポイントの一つである両脇の下に、左右の指先をそっと添えた。
「ちょっ・・・・や~っ!そこはやめてっ!!」
ミアの絶叫に近い懇願に、キーンは笑顔で頷いて答えた。
「駄目」
言って添えた指先をつつーっと、腰まで引き下げる。
「ひゃひぃっ!」
身体の両脇から脳天を貫くような感覚に、ミアは痙攣しながら仰け反る。
その反応に気をよくして、キーンは腰に至った指先を今度は脇下へと戻す。
「はっはっはぁ、あぁああっ!」
上から下と下から上の責めでは、感じ方に個人差がある。ミアの場合はかなり敏感状態になっている為か、どちらの反応も過敏なものだった。
キーンは、脇下から腰、腰から脇下への往復運動を繰り返し、ミアを悶え苦しませた。両手の動きは一定には至らず、早くなったり遅くなったりを不規則に繰り返す上に、指先もわきわきと蠢くため、彼女の身体は休む間もなくのたうち続ける。
しかも時折、指先が乳房の周囲や乳首、足の付け根のライン等を巧みになぞるため、ミアは単純なくすぐったさに加え性的快感も感じ始める。
そして、その二つの感覚は同時にミアの身体を駆けめぐるため、彼女は自分がくすぐられて感じ始めてるのようにも思えた。
「ほれ、人間による技も結構いい感じだろ」
のたうち回る女体を責め続け、キーンは笑みを浮かべる。
「はひひひひひひひひっ、こ、こんなの・・あっ・・あぁん・・・こんなのちがっっくふふふふふふふふ」
「こんなに良い反応していて違うわけないだろ」
全てを見透かしているように言うと、キーンは責めをいっそう激しく行う。今まで撫で回していた事により知り得たミアの弱点に対し、次々にくすぐりを始めたのである。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!いやっはははははははははは!!やめっやっはははははははははは!それだけは~~っははははははは!!!」
この塔に囚われの身となって依頼、何度も繰り返されてきた行為が今また、彼女を襲う。それにより自分がまた墜ちて行くことを何度も体験しているミアは、激しく笑い悶えながらも拒絶の言葉を吐いた。
だが、それでも彼女を飲み込むくすぐったさに伴う快楽は止めようもなく、その意識は心とは裏腹に、甘美な誘いに呑まれていった。
「あっああっああああああああっっっ!」
一際大きい悲鳴と共に、身体を大きく仰け反らせて彼女は絶頂に達し、意識を失った。
「・・・・道草になってしまった・・・・・」
キーンは恍惚の表情を浮かべ眠るミアを見下ろしながら、呟いた事が終わってみると、自分が欲望にかき立てられて周りが見えなくなっていた事が十分実感できた。
「ファーラ、大丈夫かな?」
このタイムロスで、どのような結果に至るか、少し考えて冷や汗を流すキーンだった。「ともかく行くか・・・・」
キーンは懐から宝玉の付いた短い楔を三本取りだし、それをミアの周囲に打ち込んだ。
床に突き刺さった楔の宝玉が光り出し、彼女の周囲に三角錐の光の障壁を形成した。
結界錨・・・・と、キーンが呼んでいるアイテムで三本以上の使用することで、簡易的な防御結界を形成する事が出来る。一時的に彼女を保護しておくには十分なものだった。
キーンは、結界が正常に形成された事を確認すると、早々に立ち去り、今度こそ目的の場所へと向かうのだった。
-つづく-
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