「くすぐりの塔2」 -勇者降臨編-
     




 -第七章 魔王胎動-

 再び塔内に入り、その身を緊張感で満たしたキーンは、ふと自分の身体に違和感を感じた。
 周囲の気配の感じ方、闘気士としての気の高まり方が今までと異なり、自分の身体では無いように錯覚したためである。しかもそれはマイナス面ではなく、むしろ今までよりも向上している感じだった。
 これは先程のラーベルクの一件が深く関与していた。あの一件で生じたキーンは暴走は、当人の目論見であった、「王宮内の一同の心証を良くする」と言ったものとは全く逆の、「恐怖を植え付ける」と言う好まざる結果となって終了した。
 一見、彼にとって、何も得る事のない散々な出来事の様に思えたが、唯一、利益となったのが、この、彼自身の強化であった。
 ラーベルクの魔法で開放された本能は、その抑制を離れ、生まれて初めて『全開』を出す事となった。本来なら自分の肉体の損傷を考慮して抑える本能的手加減すら行わず、我が身に対する配慮すら行わない、本当の意味での『全開』。
 そのコツと自身の限界を身体が覚え、一度目覚めたそれが、そのままキーンの実力として定着していたのである。
 もちろん今は理性の抑制があるため、素手でダイヤを殴るような馬鹿な真似は行わないし、手加減もする。だが、一度高まった気孔の最上限値は変化しない物なのである。技術的な変化は見られなくても、闘気士であるキーンには目を見張るパワーアップと言って良かった。
 それに加えて、ルシアと共有する忍者としての技能も加わり、より単体としての実力を上げていたが、当人がそれを実感するには、もうしばらくの時間が必要であった。
 実際、彼がその原因をどこまで理解しているかは問題であったが、闘気士としての能力が上がっている事だけはなんとなく実感していた。

 こうしてレベルアップを果たしたキーンの、第2次塔攻略が始まった。

「・・・・道が変わってやがる」
 歩みだして早々、キーンは愚痴った。勘違いではない。最初来た時、十字路であった分岐点が無く、いきなり一本道が延々と続いていれば気づくのが当たり前である。そのため、相手を露骨に罠に誘い込む目的では無く、どこかへ誘導しようとする意志が見え見えであった。
 攻略者に選択権は大抵無いため、この場は誘導に従うのが普通であったが、キーンはそんな常識に従うのが、なんとなくだが嫌だった。
 率直にひねくれ者と言う意見もあったが、とにかく人の思惑通り動く事を良しとしない彼は、おもむろに自分の槍を壁に叩きつけた。
 その途端、壁から耳障りな悲鳴が起き、槍の食い込んだ部分から血がほとばしり、壁ががらがらと崩れ去った。
 ブロッカーモンスター。
 迷宮の悪戯者とも呼ばれる石ブロック状のモンスターの変異種。その存在をルシアから説明をされていたキーンは、早々にこの現象の原因を察して、悪戯者に過激な鉄槌を下したのである。
「ちょっかいは、相手を見てからするんだな」
ブロッカーモンスターの逃げ散った後に残った、本来の通路の中を進みながらキーンは言った。

 それからしばらくして、キーンの過激な行為と、それに含まれる殺気が同胞全体に伝わったのか、彼の進路を妨害する行為は行われなかった。
 現れるモンスターも微々たる物で、それも異質で強力な存在ではなく、良く知られたごく普通のモンスターだけに止まっている。
 そんな程度の戦力で、キーンの進行を止める事ができるはずもなく、ほぼ順調に彼は4階に到達する事となる。
 4階は一度到達していたと言う事実はあったものの、ファーラの一件で3階の到達と捜索を優先したため、実質的には半分の捜索も済んではおらず、フロアガーディアンが存在するパターンを考慮すれば、決して気が抜ける状況では無かった。
 キーンは記憶を頼りにして、未開拓部分まで進んで行く。
 この塔で、あてにならないのが『常識』と『記憶に残る塔内マップ』であったが、無い壁は叩いて通る相手には無効と判断されたのか、4階のレイアウトは記憶そのままの状態が保たれていた。
「本格的に評価が変わってきたかな?」
 先の一件で、自分の戦闘力が、相手の想像の上限を凌駕していただろう事はある程度予想できた。闘うにつれ、敵側の評価は正確な物に修正されていく事は事実であったが、出来ることなら最上階近くまではその評価を得たくないとキーンは思っていた。
 油断してもらった方が、実戦時につけ込みやすいからであったが、これは彼の思惑であり、各ポイントに配置されている部隊長クラスのモンスターをことごとくうち破っていたり、雑魚とはいえモンスターを群単位で葬っていれば、嫌でもその実力に注目されてしまうと言うものである。
 ラーベルクの一件が早々に伝わっていれば、もう相手は油断をしてはくれないだろう。今後キーンが敵と対峙して、その相手に余裕が見受けられる時、それは対峙者がラーベクル(+従者×5)より身分が上か、強い存在であるかのどちらかであり、実力主義であろうこの手の現場の場合、大抵は両方の条件を兼ね備えている。
 先の実績で、ラーベルクチーム級の敵とは戦える事は明白であったが、その上位の実力者がどの位の力を持っているのか、そしてどの位存在するのかが、今、彼の気になる点であった。
「自称『伯爵』だったから、上位は侯爵、公爵・・・・皇帝・・いや、魔王か・・・それに同格の伯爵にも色々あるだろうからな・・・・スカウト専門なら、伯爵中、最低実力者だ・・・・なんて言うパターンもあるだろうし・・・・」
 歩きながら考えていたキーンは、そこで足を止めた。廊下が終わり、広い広間に辿り着いた所で、その進攻先に敵がいるのを認めたためである。
 それは、またも記憶にないモンスターであった。だが、決して見慣れないと言うわけでも無かった。それは、全体的なシルエットに前例があるためである。
「カマキリ人間か・・・・」
 同じものを大勢が見て、おそらく九割近くがそう答えるだろうイメージを相手は持っていた。二足歩行化した蟷螂。それ以外に表現方法のない存在であった。
「ルキュウスと言う。お前の剣技、試させてもらうぞ!」
 相手が剣技と言って、キーンはほとんど反射的に腰の剣を抜いて構えた。敵が外見通り蟷螂の特性を得ているとすれば、その動きは俊敏と予想される。その上、蟷螂の特性上、近接戦闘になる事は容易に予想されたため、ある程度の間合いが必要な槍ではなく、剣を選択したのであった。
 キーンは構え自体はオーソドックスに、切っ先をモンスターに向けていたが、彼の視線はその後に集中していた。モンスターの後の壁に一人の女性らしき人影が吊され、拘束されている事に気づいたためである。
「・・・・・あれが今回の御褒美かな?」
 不敵な笑みを浮かべるキーン。
「無論、勝った方のな!」
 一目見て切断用の武器と分かる両腕の釜を振りかぶり、ルキュウスと名乗ったモンスターはキーンに襲いかかった。そのスピードは予想通り俊敏で、まさに蟷螂の外見に相応しい勢いで獲物との間合いを詰める。
 キーンも剣を構えて応じる体勢をとる。
 間合いが双方の攻撃可能距離に入ろうとした矢先、不意に床下から熱線が立ち上がった。
「!?」
 キーンには見覚がある。1階のフロアガーディアンであったレーザーモンスター(仮名)の放つ生体レーザーと同じタイプの熱線が、足下から天井へと流れ、その通過地点にいたルキュウスを焼き、一瞬で灰にしてしまったのだ。
「何っ!?」
 キーンは反射的に飛び退いた。床石を貫き、相手を灰にするその威力は、少なくてもレーザーモンスターのそれと同等かそれ以上。その上、攻撃者が見えない以上、一定の位置にいる止まっている事は危険でしかない。
 案の定、熱戦の第二射が再び床を貫き、キーンが数瞬いた所を通過した。
「やっぱり俺が狙いか!」
 最初に蟷螂人間を葬った事から、僅かながら味方の存在を期待していたキーンであったが、やはり彼は塔内では孤独だった。
「ならば!」
 味方でない以上、遠慮は不要。キーンは転がりながら放置していた槍を拾いつつ、左手から連続して三つの気孔弾を作り出す。それは数秒間の間、彼の意志に従って周囲を旋回したかと思うと、いきなり弾け飛び相手の作った穴に飛び込んでいった。
 ややして・・・キーンの予想よりも遙かに遅れて、着弾音が三つ響いた。
「深いな・・・・」
 真下の階層(3階)からの攻撃かと思っていたキーンは、その意外さに眉をひそめた。気孔弾の速度と着弾音の時間差で考えれば1・2階からの攻撃と思われ、そうなると攻撃してきた熱線は、それだけの数の床・障害物を貫いた事になる。それが事実であれば、相手の攻撃は1階のレーザーモンスターを確実に上回る威力を秘めている事になる。
「厄介な・・・」
 こんな芸当が出来る以上、野放しには出来ないと判断したキーンは、下層に戻る事を嫌いながらも、最短コースである、攻撃によって生じた穴に身を投じた。
 目的地に着くまでに攻撃を受ける可能性を心配していたキーンであったが、幸いにしてそれは杞憂に終わった。
 その事で彼は確信した。先の攻撃は自分を呼び出すことが目的だと言う事を。
「ちっ!結局、最下層か・・・・」
 階層を確認しながら降り立ったキーンは、床に穴の開いていないフロアに辿り着き、そこが1階である事を知って、忌々しげに舌打ちした。
『貴様がこちらの招待を蔑ろにしたからだ』
 キーンの背後で声がした。戦場では致命的な状況であったが、彼は慌てなかった。相手に明確な殺意がなかったためである。その上、語りかけてきた以上、何らかの会話を行いたい意志があるのは明白であった。
「どちら様かな?招待を受けた記憶はないが?」
 ゆっくりと振り向いてキーンは問いかけ、そして表情に出さずに驚愕した。
 やはり見た事のないモンスターがそこにいたのは予想した通りであった。だが、そこにいた相手は今までの相手とは、その迫力が違った。少なくとも彼の本能はそう感じた。
 サイズは2メーターを少し超す程度の、モンスターとしては標準的なサイズではあったが、全身は蟹を思わせる硬質な甲羅状の物で覆われ、強固さを思わせる上に、体のバランスは格闘戦向きな形態をしている。人間で言えば筋肉質と言えるだろう。先ほど放った気孔弾の着弾痕であろう黒い煤らしき物が三つ付着していたが、傷らしき物は一切ついていない。
 だが、特徴はそれだけではない。
 両肩は鍾乳石のような突起が大小幾つも突出し、腕は甲の部分辺りから大きくなり、ハンマーとしての利用も可能であろう。その上、指にあたる部分には、凶悪な三本爪がきらめいている。そして頭部。これも現存するモンスターに類似する物ではなかったが、あえて言うならトカゲ類に近い形状をしており、人間で言えば額と両耳に位置する部分に、触手とも触角ともつかない物が蠢いている。
 ただ、この時に彼は疑問に思った点がある。打撃向きと判断した腕の甲の部分に大きな魚眼のような物体が幾つか埋め込まれていたのである。表層の様子からしても強度があるとは思えず、せっかくの腕の特徴が台無しになっている感じがしたのである。
 疑問はともあれ、相手から感じる威圧感・殺気は凄まじいもので、ラーベルクの言っていた古代の高等戦闘生物と言う言葉が実感として得られた様なものだった。
「1階で直通コースを設定していたんだが、待てども客人は訪れず、部下の話では早々に壁を壊して上層に上がったと言うではないか・・・・だからこそこうして、多少乱暴ではあったが御足労願ったわけだ」
 重みのある口調でモンスターは経緯を語る。キーンの疑問をはらしてやろうという親切心かもしれなかったが、彼にしてみれば、手法以前に招待そのものが迷惑な話であった。
 もっとも、無断侵入の上、暴れ回っているキーンも、塔側から見れば十二分に迷惑な存在では合った。
「あの伯爵といい、あんたといい、なんでそう言う招待のしかたばかりするかな?それで、御方の名は?」
「我が名はゼル。魔王直属の親衛騎士団の総長をしている」
 嘘か誠か、その肩書きを聞き、キーンは相手に対し二度目の驚きを得た。
「いきなり、凄い身分のお出ましだな。普通、そんな階級の奴は、もっと後に出番なはずだろ」
 そして彼は相手の動きに緊張した面持ちで備える。
「お前の強さを知ってな・・・・主に闘う許しを得た。久しく敵に恵まれなかったが、貴様なら楽しめそうだと思ってな」
「そんな、見るからに物騒な体をしているから、みんな怖がって敵を失うんだ。敵がほしけりゃ、もっと弱々しい姿でないとな・・・・・」
「貴様のように・・・か?」
「そう言う事!」
 刹那、キーンが床を蹴って一気に間合いを詰めた。並の相手や、油断していた相手であればまずその動きを見失うほどの素早さで。
「せいっ!!」
 突進の勢いも利用して槍を突き出すキーン。今後も魔王と会うまでは長丁場となるため、余計な時間はかけず一気に勝負を決めるつもりであったのだ。
 ガキィッ!
 鈍い金属音が鳴り響き、キーンの目が驚きで見開かれた。
 必殺のつもりであった槍の切っ先が、並の大型のモンスターであれば確実に貫通している一撃が、ほんの僅かしか刺さっていなかったのである。
 確かに『ゼル』と名乗ったモンスターの表皮は甲殻状の装甲で包まれている。それを考慮しての攻撃だったのだが、相手の頑強さはキーンの想像を上回っていたのである。
 いや、この場合はゼルの頑強さを誉めるべきか・・・
 そんな一瞬の驚愕の隙に、自身の強度に絶対に近い自信を持っていたゼルは、迷うことなくその巨大な腕でキーンを殴りつけた。
 圧倒的な力によって突き飛ばされたキーンは、勢いよく後方に吹っ飛び、遠慮なく壁に叩きつけられた。そして彼はこの時ようやく、周囲が戦闘に適した広い空間である事を知る。ゼルの存在ばかりに気を取られ、周囲の状況に気が回らなかったのである。
「つぅっ・・・・洒落にならん硬さだな」
 殴られた部分をさすりながら立ち上がり、キーンは唸る。骨折などは起こしていなかったが、身体の痛みだけはどうすることも出来ない。
「・・・・・・・・・洒落になっていないのは貴様だ。あの程度の踏み込みで我の外皮を傷つけたばかりか、今の一撃で即死もせず、その程度のダメージとは・・・人間の範疇で出来る芸当ではないぞ」
 表情には表れなかったが、ゼルも十分相手に驚愕していた。そして主が全力で闘えと言った意味を、この時初めて理解した気がした。
「いやいや、人間にもまだまだ可能性があるって事さ」
 身体を動かし、異常がない事をこれ見よがしに確認したキーンは、再び槍を構え直して言い切った。
「戯言・・・と言いたいが、貴様を見ていると確かにな・・・・その『可能性』とやらもまんざら嘘でないように聞こえるな。それにも興味がそそられるが、敵である以上、そんな危険な存在は早々に処分させてもらう」
「もちろんこっちは抵抗してやるさ」
 先程の軽い一手で、互いに相手が強敵だと見抜いていた。キーンは、強敵相手に手堅い戦法、即ちカウンターアタック法を仕掛けようと待機していたのだが、ゼルはそんな誘いには乗らず、ゆっくりと両腕を突き出し、手の甲をキーンに向けた。
 見た目からパワーファイターである彼が何をするのかと眉をひそませるキーンであったが、次に瞬間、思い当たる事があり、横っ飛びした。
 それはまさに間一髪であった。ゼルの両腕から放たれた熱線が、つい今し方までキーンの立っていた空間を通過し、背後の壁をいとも簡単に融解させた。彼が最初に不審に思った手の甲の魚眼状の物体は生体レーザーの発信器官であったのだ。
「て、てめぇ!格闘馬鹿っぽい外見して生体レーザー持ってるとは卑怯だぞ!!しかも1階にいた奴よりコンパクトで威力がでかいじゃないか」
 そんな訳の分からない抗議を思わずしたくなる程、ゼルは格闘タイプに見えたのだ。以前戦ったレーザーモンスターの様に、それらしき器官も突出していないにも関わらず同等以上の熱線を放つ事実は驚異でしかない。腕の肥大化は打撃ハンマーとしても機能するが、それ以前に、内封された生体レーザーの器官だったのだ。
 だが最初に『招待』された方法を思い起こせば、他にモンスターの存在が見かけられない以上、ゼル自身が砲撃したと考えて当然だった。見かけの迫力に気を奪われ、砲撃の事をすっかりと忘れてしまっていたのである。
「そう言う批判は、今の攻撃でダメージを受けてから言ってもらいたいな」
「ダメージって事は、ほとんど致命傷だろうが、それじゃぁ言いたくても言えないだろ」
「それにしても、よくもその危険を察知して避けられたな。伊達に傭兵で生きてはいないと言う事か?」
「そう言う事だ!」
 先程と同じ台詞を言い放って、またもキーンは突進した。だが今度は突きではなく、大きく振りかぶっての振り下ろしであった。槍の先端の重さと腕力、それに振り下ろす速度が加わった一撃。この手の武具が最も破壊力を発揮する使い方がこれであった。
(速い!)
 表情からでは分からなかったが、先の一撃をも上回る突進の早さにゼルは焦りを感じた。
 彼自身も、自分の外郭の強度がどれ程のモノかは把握している。その彼が、キーンの大振りの一撃は危険と感じたのである。
「貴様、本当に人間か?」
 そう言いつつゼルは腕を振り上げ、自ら槍の一撃を受けにかかった。そうする事によって槍が振り下ろされる瞬間、即ち、最大限の威力を発揮する瞬間に達するのを妨害した。威力が不十分であれば耐えきれると判断しての事だった。
「よく言われるよ。特にモンスターからは」
 必殺の一撃が失敗するや否や、キーンは槍の間合いを保ったまま、連続した攻撃を開始する。突きを主体にした攻撃に時折、振り降ろしを含ませた連続攻撃は、今し方のゼルの問いかけに、口答とは裏腹に行動では否定で応える様な結果となった。
 しかしながら、無数に繰り出される一撃一撃に、ゼルを殺傷する威力は全くなく、それどころか大したダメージにすら成り得ていない。
 それでも、3回に1回の割合で、僅かながらも外郭に傷をつけてはいた。それが蓄積されれば外郭も強固さを自慢してはいられないと、ゼル自身思うのだが、この結果に至るまでに、どの位の時間をかけなければならないか?
そしてそれにつき合う義理など無い彼は、蠅を振り払うかのように腕を振る。
「ひょっ!」
 体が大きい分、諸動作が分かりやすいのか、キーンはバックステップでかわして、凶悪な打撃の間合いから離れた。
 だがこれもゼルの狙いであった。間合いの取れた相手は生体レーザーの格好の標的となる。
「死ねぃ!」
 突きだした左腕から閃光がほとばしった。
 相手が並の人間でなくとも、これの直撃を受ければ大抵は死に至る。耐え切る相手も見てみたいという微かな欲求もあったが、現実的には不可能に近く、又、実際には出会いたくもないのが本音である。
 迫り来る熱線に、キーンは床を蹴って反応した。1階の時同様の対応である。飛ぶ能力を持たない人間に対しては、どうしても上へ逃げるだろうという発想が浮かばないのかもしれない。
 だが、今までの戦いを知っていたゼルは違った。人間離れした相手が、常人には不可能な回避をするだろう事は予想していた。だからこそ、『右腕』を使わなかったのである。
 ゼルは天井すれすれにまで跳躍したキーンに向けて、右腕を突き出し、時間差で熱線を放った。
 命中する!ゼルには確信があった。鳥のように空中で自在に動けない限りは避けようがない。
「このっ!」
 キーンは身を捩り、ジャンプ時の慣性を利用して下半身を上に持っていくと、少々無理な姿勢ではあったが、天井を蹴った。
「!!」
 ゼルは目を見張った。壁を蹴った反動と重力とによって、キーンの体は慣性の法則を越えて急速に落下し、その結果、直撃するはずだった熱線をかわすことに成功したのだ。
 が、やはり加速のついた落下に対応できるだけの間は無かったのか、キーンはバランスを崩したまま、床に着地・・・・と言うより落下したが、熱線を受けた場合のダメージに比べれば遙かにましなものであった。
「信じられんな・・・・」
 まさかあんな避け方をされるとは思ってもみなかった。打ちつけた身体を痛そうにさするキーンを見やってゼルは一瞬、呆然となる。
「周りの状況全てを利用するのが傭兵さ。それともう一つ忠告!本当の闘いなら、敵を倒すまで攻撃の手を緩めない方がいいぞ」
 キーンは立ち上がると同時に左手を突き出し、五発の光弾を言葉と共に放った。
 そのサイズは拳大程度で、塔の外で披露した凶悪な光弾とは明らかに違い、室内での使用と速射性を考慮して放たれた物だった。彼はこの程度のサイズの光弾であれば、呪文詠唱の様な力の溜め無しで放つ事が出来る。
「貴様、闘気士か!」
 この時初めてゼルは相手の正体を知り、その頑強さに納得した。
 光弾は直進せず、弧を描き時間差をとってゼルに迫る。
「ぬうっ!」
 それがコントロールによる一点集中攻撃と読んだゼルは、腕を眼前で交差させ、防御の態勢をとった。彼は闘気士の能力を持っていなかったが、意識を集中する事によって自慢の外郭の強度を幾分上げる事が出来る。
 直後、光弾が着弾し、ゼルの全身を揺さぶる衝撃が断続的に続いた。
 同ポイントに的確に五発。だがゼルの強靱なボディはその攻撃に耐えきった。
(勝てる!)
 ゼルはそう判断し、反撃とばかりに自分の生体レーザーの準備にかかった。コンパクト故に連射効率が悪かったが、後数秒で発射は可能であった。
 しかし連続攻撃の点ではキーンに分があった。ゼルが防御に集中している間に彼は自分の槍を振りかぶっていたのである。
(あの光弾はフェイント!?)
 光弾に弧を描かせ、コントロール弾である事を見せつける事により、ゼルを受け身にさせ、尚かつ着弾時間を遅らせる事により、槍に気孔を込める時間を稼いだのである。
「喰らえ!」
 キーンの気孔が付与された槍が、渾身の力によって投げ放たれた。
 当たれば間違いなく貫かれる。ゼルの本能がそう警告した。
「冗談ではない!!」
 ゼルは咄嗟に両腕を振り上げ、飛来した槍をはじき飛ばした。勢い余った槍は天井に突き刺さって止まる。
「ふん、残念だったな」
 敵の最大の武器を奪い、更に勝利を確信するゼル。そこに油断が生じていた。
「まだまだぁ!」
 槍に気を取られていた隙に、キーンは一気に間合いを詰め、ゼルの懐に潜り込んで来た。
「!?」
 反射的に振り上げた腕を振り下ろし、眼前の敵を叩き潰そうとするゼル。
 しかしキーンは身を捩って紙一重でそれをかわし、腰の剣を引き抜きざまに振り上げ、掬い上げるようにしてゼルの左腕に斬りつけた。だがその剣は、城で王女に頂いた剣ではなく、出発当初に調達した片刃のショートソードの方であった。

ガキッ!

 鈍い音と共に、スピーディであったキーンの動きが静止した。またもゼルの強固な外郭に阻まれ、切断には至らず、僅かに刃を食い込ませるだけに止まっていたのだ。
「・・・・こちらの隙をついた見事な攻撃だったが・・・・惜しかったな。その剣にも気を込めていたんだろうが、そんな無理な姿勢からの一撃では、十分な威力には至らんよ」
「悪いが批評は、攻撃が最後まで済んだ時にしてくれ!」
「何だと!?」
 ゼルの対処より速くキーンが動いた。剣はそのままに、その刃の背を、彼は思いっきり殴り上げたのである。この行為が目的であったが為に、片刃のショートソードを使用したのである。
 もともと多少なりとも食い込んでいた刃は、加えられた一撃に後押しされてゼルの腕に沈み込み、更に第二撃として加えられた蹴りによって刃は障害物を通過し、ゼルの左腕を切断した。
「ガッ!ガアァァァァァァァァァァ!!」
 初めて体験する激痛にゼルが咆哮に似た悲鳴をあげる。
「きさっ、貴様ぁ!!」
 ゼルが吠えた。手負いとなった野獣は憤怒の意識をキーンに叩きつけたが、肝心の相手は既にその場にいなかった。相手の腕を切断したと同時に、真上にジャンプしていたのである。
 そして天井に突き刺さっていた愛用の槍を手にかけてぶら下がっていた。
「!」
 ゼルが気づいた瞬間、キーンは天井に足を着け思いきり踏ん張った。
 それによって突き刺さっていた槍が抜け、落下が始まった瞬間、彼はまたも天井を蹴り、ゼルに向かって落下し始めた。
「くらえっ!」
 加速のついた落下速度に上乗せされる形で、槍が振り下ろされた。
 ゼルも迎え撃つべく右腕を振ったが、僅かな差でキーンの攻撃が先に届き、彼の肘に槍の最も重い斧刃が叩きつけられ、あえなく切断された。
「グアァァァァッ!」
 再び全身を貫く激痛に呻くゼル。両腕の切断面からは鮮血が流れ、勝敗は誰の目にも明らかとなった。
 だが、『両腕』という相手の攻撃手段を奪った事により、今度はキーンに油断が生じた。
 この時、相手が人間外の存在である事を忘れていたのである。
「おのれぇ!!」
 怒りに燃えるゼル。その顔の周囲にある三本の触手が蠢いたかと思うと、その先端から無色の液体を放った。
 不意を突かれてしまった形となったキーンは、それを完全に避けきる事が出来ず、僅かではあったが、それを右腕の手甲と槍の腹に浴びてしまう。
 その途端、手甲と槍から白い煙が立ちこめ、見る見るうちに腐蝕を始める。そしてあっという間に手甲の装甲を貫通して、装着者の腕に達した。
「!?うあちぃっ!」
 肌を刺す刺激に、思わずキーンが唸った。
「溶解液!?色々持っている奴だな」
「貴様は俺が殺す!必ずだ!闘気士だからと言って、人間ごときに負けてたまるか!今度相対した時こそな!!」
 逆上しても、自分の現状を知るゼルは、歯がみして後方へと退いた。
「逃がすか!」
 勝てたからと言って、この手の敵と何度も戦わないに越した事はないと判断したキーンは、少なくても一回分の戦闘を回避するため、目の前の敵にとどめを刺すべく、斬りかかろうとした。
 だが、溶解液を発射した器官が、今度はスプレーのように霧状に溶解液を放出したため、キーンは突進を断念せざるをえなかった。
「焦るな!すぐに帰ってきてやる。それまで生きていやがれ!」
 その言葉を最後に、ゼルは通路の奥に消えていった。
 逃がした・・・・ある種の後悔の念もあったが、それは長くは続かなかった。腕を刺す痛みが身体を駆け抜け、キーンに思考するゆとりを与えなかったのである。
「あぐぁっ」
 キーンは既に半分近く融解した右腕の手甲を、強引に引きちぎり、投げ捨てた。
 焼け爛れたようになった皮膚を押さえ、ある程度痛みが治まるのを待ってから、彼は傷の手当てに移る。

 手持ちの軟膏と包帯によって応急手当を済ませたキーンは、早々に上階へ戻ろうとして愕然となる。
 自身の傷ばかりに気が行ってしまって忘れていたのであるが、彼の愛用の槍にも溶解液はかかっていたのである。その結果、槍の腹には大きな穴が空いてもはや彼の武具としての機能を果たせる状態ではなくなっていた。
「あっちゃ~・・・・・掘り出した硬質鋼で鍛えてもらったお気に入りの一品だったのになぁ・・・・・」
 オーダーメイドだったそれは実になじんでいた物であり、常日頃、塔内においても主武装として使用している事から、その愛着は容易に想像できるだろう。
 激闘の場を出ていくキーンの背中は、どことなく寂しさを漂わせていた。


 圧倒的な威圧感と雰囲気を放つ、塔最上階の一室。そこに設えた玉座に座る事を許されたただ一人の男、魔王を称する彼は可笑しさを堪えないような様子で、微笑みをもらしていた。
 その視線は塔内各所を自由に映し出す大きな水晶球に向けられており、つい今し方繰り広げられた、ゼルとキーンの一戦を見て以来、沸き上がる興奮を抑えきれずにいたのである。
「面白いな・・・・ゼルを倒せる程の闘気士だったか」
 時折もれる含み笑いが、ある種の不気味さえ催した。
「そんなはずはありません」
 おもむろに否定の声を上げたのは傍らにいた従者の一人であった。
「ゼル殿程の方を倒せる人間など存在するはずがありません。きっと油断されていたのでは・・・・」
 当初、水晶球に映し出された光景を驚愕の眼差しで眺めていたのだが、ゼルの実力を把握し、キーンの実力を実際に目の当たりにした事がない彼は、結果を受け止めず、ゼルに何らかの不備があったものと判断したのである。
「だとしたら・・・・奴に与えるは死だ」
「・・・・・・っ」
 主の放った予想外の、そして無慈悲な発言に、従者は思わず息を呑む。
「先だって闘いを希望した奴に、私は相手が、闘気士である事を告げてはいないが、全力で闘う事を命じた。それを遵守せず、油断によって敗退したのであれば、奴に私の右腕たる資格は無い。・・・・・でなければ侵入者の実力こそを評価すべきだな」
 それは、従者の認識を正す意味も含まれた発言だったに違いない。
 だが、当事者にしてみれば、にわかには受け入れ難い事実でもある。
「し、しかし信じられません。変身能力も持たないただの人間が戦闘生物を倒すなど、あり得ない事です」
「いかに奇異であっても、事実は事実。お前は闘気士がどの様な存在か知っているのか?」
「はっ?・・・いえ・・・・」
 不意な質問に、従者は首を左右に振った。もとより、彼は闘気士の存在を、数刻前まで全く知らなかった。
「あれは、戦闘生物と対を成す存在だ。戦闘生物が決まった戦闘形態を取る事によって、局地的な戦闘力を突出させた事に対して、闘気士は精神エネルギーを利用する事によってあらゆる状況に対応できる順応性を突出させている。ただ、人為的な改造で決まった能力を会得できる戦闘生物に対し、闘気士は改造こそ必要ないものの、その技能の会得自体が当人の資質に左右される上に戦闘能力も個人による差が大きいと言う欠点がある」
 常人が聞いただけであれば世迷い言と思われたであろう。だが、魔王は現実に戦闘生物の技術を再現させている。我が身でも実感する従者は、その言葉を疑いもなく信じた。
「それ故ですか。戦闘生物のみを登用なさっているのも・・・・」
 主がどこでその事実を知り得たのか、従者には想像もつかない事である。だが、主がそう言うのであれば、それが彼の真実であった。
「ゼルの様な資質者は別にして、どんな人間でも、ほぼ同程度の能力を持ったモンスターにできるのであれば、実戦に使えるレベルになるかも分からない闘気士を育てるより遙かに戦力としては手っ取り早いだろ?」
「仰せの通りです。採用基準の難しさが、闘気士の存在を希少にしてしまったのですね」
「そうだ。だがな・・・」
 従う従者に魔王は言った。
「闘気士の唯一の利点は、闘う毎に強くなっていく事だ。資質さえ良ければ目を見張るほどにな・・・・」
 意味ありげに笑みをこぼす主の表情を、従者は見る事ができなかった。だが、その言葉から、敵対者のキーンが、取るに足らない相手から、強大な存在になるのでなはいかと言う恐怖感を感じるのだった。
 自分が予想する事を主が考えつかないはずはない、あえてその問題を口にしないのは、相手が魔王にとって、まだ力及んでいないからだと思った。いや、思いたかった。少なくとも、ゼルですら退けた相手と闘って、勝てる見込みなど、『一般型』である従者にあるはずがないのである。
「それより、ゼニス達との魔鏡連絡を行ってくれ」
 近い将来、キーンと闘う事態におちいる可能性を考え、身震いしていた従者は、主の一声で現実に戻った。
「ゼニス殿!?あの方々の助力を得るのですか?」
 思いもよらなかった発言に、従者は驚きを隠すことすら忘れて問い直した。
「ゼルの一件のアフターケアを依頼するだけだ。早くしろ」
「は、はいっ」
 基本的に、逆らうことなど出来はしない従者は、慌てて命令を実行に移した。

 程なくして、魔王のもとに派手な装飾の施された大きな鏡(魔鏡)が持ち込まれた。
 魔王は魔鏡の前に歩み寄り、右手をかざして小さく呪文を呟いた。その呪文に呼応して鏡面が小さく波打ち、光の反射という鏡としての特性を行使しなくなると、変わって見知らぬ男達三人の姿を映し出した。
『お、おおっ?お前か!久しぶりじゃないか』
 同質の魔鏡を介しての魔法遠距離通信。この魔鏡に映し出されたという事は、相手側にも同等の魔鏡がある事を示している。映し出された三人の中で、いち早くそれに気づいた男が、魔王の方を見て不敵に笑った。
「三人揃っているとはな。揃って失業中か?」
 当人が一人いれば良いだろうと思っていた魔王は、意外に思いながら手っ取り早いと笑むのだった。
『とんでもない、今、野営地だ。ある国の国境紛争に参加している。最前線だ』
 物騒な事を世間話のように言ってのける男。彼等は古くから交友のある傭兵団の責任者をしている連中であり、一年のうち、戦場にいる方が多いという危険な者達であり、常に闘いを求めていた。
「その割には暇そうだな」
 実際、失業と問うたのは本心であった。でなければ、普通、魔鏡通話で姿を現すのは、連絡係の下っ端なのである。
『ああ、否定はしない。今は退屈だ。ろくな敵がいないからな。部下に任せっきりでも与えられた仕事はこなせてしまう』
 不満そうに一人の男が言った。自分の持つ強力な力を持て余している者の典型的な例であった。
「なら、暇つぶしを与えてやろうか?」
 好都合とばかりに魔王は本題に入る。
『以前、お前の言っていた何とかって言う女の国か?多少強くても、女なんぞとは闘わんぞ。あんなのはお前の兵隊だけでも・・・そもそもお前だけでも十分だろ』
 交友があるだけに、事情も承知していた相手は、その内容を聞くまでもなく、拒絶の意志を示す。
「確かにな・・・だが、助っ人の傭兵が現れて暴れている・・・・と言ったらどうだ?」
 でなければ、魔王も彼等には連絡などするはずもない。だが、相手の助っ人と言う情報も、先方の傭兵団を引き寄せる餌にはなり得なかった。
『くだらん・・・・どう言う経緯かは知らんが、お前の余興につき合うほど、俺達は暇じゃぁないぞ。それなら今の敵とじゃれ合っている方がましだ』
「お前さん達、お勧めのゼルが・・・・・敗北した・・・・としてもか?」
 魔王は奥の手、と言うより最大の要点をこの時初めて口にした。
 ザワッ!
 にわかに三人の様子が変化する。それを見て、僅かに笑む魔王。相手のそんな反応を期待していたのである。
『ゼルが敗北?』
 やはり相手の実体を知らない男達は、ゼルの評価のみを基準にして、判断を下していた。
「ああ、死んではいないが、両腕を奪われて退いたよ。無論、戦闘形態でだ」
『馬鹿なっ!』
『あいつは俺達の突出した戦闘能力には及ばないが、全体的なバランスは最も優れた奴なんだぞ。並大抵の敵集団じゃ、かすり傷すらつけられないはずだ』
 魔王の思惑通り、彼等は一気に興味を得て、態度を一変させた。こうなれば助力を得るのはほぼ確実となる。
「ああ、だから並大抵の奴じゃ無いんだ」
 意味ありげに語られた言葉に、相手もめざとく気づく。
『奴?まさか集団ではなく一人か?』
「ああ、若い傭兵だ」
『もったいぶるな!当然その説明には続きがあるのだろ?』
 ただの傭兵、若い傭兵と言うだけで、勝てるほど、世の中もゼルも甘くはない。
「もちろんだ。相手は闘気士だ」
『闘気士だと?それ程までの使い手がまだ残っていたのか?』
 予想の範疇外だった言葉に、男達がまたも驚きの声を上げる。だが、当然ながら実物を見ていないだけに、その口調は疑問を含んだ物となっていた。
「さあな・・・残っていたのか、成長したのか・・・・どちらにせよ、そっちが自信を持って送りつけたゼルが任務を全うできなかったんだ。そのカバーはしてもらえると思っていいのかな?それを確認しようと思って連絡したんだが・・・もし、当初の契約基準以上だと言うのなら、新たな依頼として、奴の討伐を依頼したいが・・・」
『骨のある奴と自由に闘わせてくれるなら、安くしといてやるが・・・』
 とは言うものの、彼等の気質から言って、キーンと闘えるのなら、無料でも喜んで引き受けるだろう事は、魔王には予測済だった。だが、意外な返答が魔鏡から返ってくる事となる。
『いや、その前に俺が先行して出向こう』
『カール!?』
 魔王より先に、男達が当惑の声を上げた。そして相手の正体を知って、またも意外そうに笑みを浮かべた。
「君もいたのか。てっきり前線かと思ってたが・・・・」
 確信を得た言葉の後に、相手が魔鏡の視界内に入りその姿を見せる。
『偶然だ。それより相手が闘気士なら、俺がその実力を見定めてやるよ。そいつが俺に負けるようじゃ、そっちが出張るまでもないだろ』
 カールと呼ばれた男は、隣りにいる三人の男達に向かって言った。
『お前、上手いこと言いやがって・・・・強敵と闘いたいのはお前だけじゃないんだぞ』
 魔王の目にも、カールの行為が横から獲物をかすめ取ったように見えたが、カールとキーンの組み合わせと言うのも興味があった。
「お前達は、闘気士同志の闘いというのも興味がないか?」
『よく言うぜ、だったら自分が出向けば早いだろうが・・・・・』
「それも考えたが、魔王を名乗る者は、最後が出番と言う暗黙のルールがあるからな、仕方がないんだ。それに、こちらとしては、闘うならそちら全員を倒してしまう程の実力者であってほしいと思っているからな」
『お前!俺達が負けるとでも思っているのか!?』
「いや、例えさ。どうせ闘うなら・・・・と言う、あくまでも例えだ。それで結局、どうするんだ?」
『俺が行って、ゼルのアフターサービスをしておこう。その上で、手に負えなければゼニス達本陣が赴く・・・それでいいだろ』
「ちっ、だがな、一度でも退いたら、お前の出番は無しだぞ」
『分かった。だが、物心ついた頃から傭兵として闘気士として生きてきた俺だ。相手がどれほどの使い手であっても、経験で勝つさ』
「大言壮語は、万が一の時、自分の立場を危うくするぞ」
『万が一などあり得んさ。そっちのスカウトマンに力を開放された俺だぞ』
「ならば、活躍を期待しよう」
 そこまで言って、魔王は言葉を殺した。後に続く言葉を聞き取った者はおらず、発言者自身の心中のみに止められた。
 ・・・・侵入者の抹殺。それと同時に侵入者が、自他共に実力を認めるカールの実力を秘めている可能性も・・・・即ち相反する二つの期待を抱いてる事を・・・・

 その後、多少の打ち合わせを済ませた魔王は、全員を退出させ、一人水晶球に見入っていた。
「さて、奴は今度はどの様に楽しませてくれるのかな?」
 淡い光を放つ水晶球の中には、キーンの姿が映し出されている。鎧を外し、傷の手当てをしている彼を眺める魔王の表情は、腹心の者でも見切れぬ複雑な笑みが浮かんでいた。


 ゼルとの闘いは激闘に値するものだった。打ち身による痛みは節々にあり、溶解液で受けた右腕の傷は、液の効果が失われた今、火傷のような状態となっていた。
 その他、霧状に散布された溶解液の影響も若干受けていたようで、露出した肌がぴりぴりと痛みを放っていた。
 そして何より、愛用の槍を失った事が何よりも、キーンには痛かった。
 最も酷い右腕の傷に包帯を巻きながら彼は、失われた槍の代わりをどうするかを真剣に考えていた。
 キーンはゼルが招待のため空けた穴を使って上階へと上がって行く。1階から2階、2階から3階へと上がったとき、彼は通路の影に潜む、『何か』を見て慌てて飛び退き、剣を抜いて戦闘態勢に入った。
 が、数秒後にはその緊張を解き、抜いた剣をもとの鞘に納めた。
 相手は既に死んでいたのである。キーンが見たそれは、3階特有の『水』であり生活環境を失って死んだマーマンだったのである。
「こいつか・・・・降りるときには気づかなかったが・・・・・」
 そう言いながらふと、連中とのやりとりを思い起こしたキーンは、ふと、ある事を思い出し、4階へ上がる事を中断して3階の捜索を始めた。
 それは特に困難なものではなく、とある小さな通路の角で、彼は目的のモノを見つける事が出来た。
「あった!」
 嬉しそうに言って、キーンはそれを拾い上げる。
 それはマーマン達が使っていた槍だった。キーンの槍同様、槍の先で突き、先端部分を一体化した斧状の刃で斬る事も出来る、俗に言う『ハルバート』と呼ばれる槍状武器で、特にキーンのそれと異なるのは、槍の反対側、つまり柄の先端に、漁師が魚取りに使用する返し付の鋭い穂先が装着されている事だった。
 全体的なサイズはキーンのそれよりやや大きいものの、その重さは遙かに軽い物だった。水中戦を考慮されて作られた所以だろう。
 軽く振り回して調子を見てキーンは思う。
「攻撃の早さは上がるかも知れないが、叩きつける破壊力は落ちそうだな」
 それでも、槍の代行品が見つけられたのは収穫だった。少し勝手が違ったが、使いこなそうと思うキーンであった。

※キーン現状装備-武装-
 主武装 :海人の槍(現地調達)/騎士の剣(戦利品)
 予備武装:ショートソード(調達品)/大型ナイフ×2/隠しナイフ×2
 秘密装備:謎(出番はあるか?)

 そしてその後も何の抵抗もなく、もとの場所に戻ってきたキーンは、最初に蟷螂男と相対した位置に立つ事により、壁に吊されたままの少女の姿を確認し、思い出したかと言わんばかりにポンと手を叩くのだった。
「ああ、そう言えば勝った方の御褒美って、話だったか?」
 厳密にはそんな約束事は成立してはいなかったが、ある種の餌として用意されていたのも事実であった。そして直後にゼルとの闘いとなったため、僅かしか目に入らなかった少女の存在などすっぱりと記憶から失せていたのである。
 だが、再び思い出した事により、これ幸いにと、スキップを踏むようにして少女の方へと近づいた。
 戦闘時と非戦闘時のギャップ。これもキーンの特徴の一つであった。
 近づいてみて初めて気づいた事だったが、少女は気を失ってはいなかった。役得を行使しようと企んでいたキーンにしてみれば、残念な事ではあったが、まさかそれを口にするわけにもいかず、努めて平静を装った。
 少女は裸・半裸と言うお約束の状態ではなく、その身をしっかりとしたラバースーツらしき物で覆っていた。露出しているのは首から上と、肘上及び膝上から下の部分だけで、この塔で囚われていた女性にしては、実に不自然な状態と言えた。
「な、何じろじろ見てるの!」
 様子を窺っていたのが不審に思われたらしく、少女はキーンを睨みつけた。
「いや、囚われの身で、よく無事だったなと思ってな」
 キーンは目線を反らしながら、抱いていた疑問を簡潔に述べた。
「無事じゃなかったわよ。それより早くこれを解いて」
 少女は自分の両手を拘束する枷をがちゃがちゃ鳴らしながら捲し立てた。
 口実があれば・・・と、考えるキーンではあったが、早々上手い手も思いつくはずもなく、彼は言われるまま、その枷に手をやった。
「早く早く!早くして、でないと・・・」
「でないと?」
 少女の言葉に引っかかる物を感じ、その意味を問いかけようとするキーンだったが、妙に急かす彼女の勢いにのまれ、結局、質問は出来ずにいた。
 何を焦っているのか、少女はキーンを急かし、その都度、枷が揺れるため、作業は捗らず、それでも、ようやくにして彼女の左腕を開放した時、それは起きた。
 少女は左腕が解放されるや否や、腕を自分の腰の後に回したかと思うと、いきなりナイフを取り出し、取り出した勢いのまま、両手を枷に集中させていたため無防備な状態となっているキーンの腹めがけて突き立てて来た。
「!!」
 少女の手に確実な手応えがあり、その感触の正体を知る彼女は、不快感から思わず目を閉じる。
「・・・・ってぇ~~何をするんだ」
「!?」
 断末魔の呻き声ではなく、予想以上に元気な声に少女は驚いた様子で閉じていた目を開け、状況を再確認した。
 確かに彼女のナイフはキーンの身体に突き刺さっていた。だが彼は、ナイフが腹に刺さる寸前、右腕を下げ、腕でナイフを受けたのである。
 少女がキーンの反応の早さに驚く隙に、彼は右腕を振って相手の手からナイフを奪った。
「畜生、モンスターか何かが化けているのか?事もあろうに、怪我した所にナイフを突き刺しやがって」
 キーンは擬態の可能性を示唆したが、目の前の存在は紛れもない人間の女性であった。
 実は彼女、ルキュウスと名乗った蟷螂男が用意していたトラップで、我が身が不利となった時、彼女を残して一旦退き、先程のように不意打ちをさせ、その隙を突くつもりだったのだが、肝心の彼は、実際には一太刀も交える事無くゼルの熱線によって消滅してしまった訳である。
 だが彼女は、それでも律儀にトラップとしての任を遂行したのである。
 キーンが腕に突き刺さっているナイフを抜くと、巻かれていた包帯がみるみる赤く染まっていく。彼は新しい包帯を上からきつく巻いて応急処置をすると、改めて少女の方を見やった。
 少女は、キーン暗殺が失敗すると、慌てて、自由な左手で、右腕を拘束する枷を外しにかかっていた。
「ちょっと待て!」
 キーンはそんな少女の左腕を掴み、その行動を止めた。
「や、止めて!離して!許して!」
 少女は精一杯身体を捩り、腕を振り回し抵抗を試みたが、根本的な体力差を覆せるわけはなかった。
「あのな・・・・いきなり人にナイフをて突き立てておいて、それはないだろ。一体何の真似だ?」
「仕方なかったのよ。私にはああするしか、だから許して、私を助けて!」
 少女の取り乱しは何かを恐れているようでもあり、追いつめられている様でもあった。
「一体、どういう事だ。もっと分かるように簡潔に話せ」
「貴方が死なないと、私が困るの。だから死んで私を助けて!」
 とんでもない事を簡潔に言って少女は更に藻掻いた。それは動いていなければ命が消えてしまうような焦燥感すら感じられる。
「前言撤回だ。もう少し事情を説明してもらおうか?」
 いくら彼が依頼されて動く傭兵だと言っても、死ねと言われてそれを実行する訳にもいかず、又、それを主張する相手が敵ではなく、ルシアの依頼に頼まれた救助すべき相手であったため、手っ取り早く斬り捨てる訳にもいかなかった。
「そんな暇無いのよ!私を助けてくれたら、教えてあげるから!」
 この場合、それは結局、死ねと言うのと同意語である。
「ふざけるな」
 額を引きつらせたキーンは、抑えていた少女の左腕を、今し方自分が外した枷に繋ぎ戻し、彼女を拘束し直した。
「いやぁっ!離して!離してぇ!!でないと私、私・・・・・」
 抵抗できなくなった少女は、それこそ半狂乱になって身を捩り、さけび続けた。それは尋常でない様相であった。
「あんたが任務に失敗したら何かが殺しにでも来るのか?だったら俺がそいつを倒せば問題ないだろ」
 キーンは、少女の怯えようから、とんでもない物が来るのであろうと予測し、彼女を背にして周囲を見回した。
「ち、違う、そんなんじゃない。とにかく私を離して。早く、はやっ・・・あっあああ~~!!!!」
 今までひっきりなしに喚いていた少女が、ひときわ高い悲鳴を上げた。それは、恐怖でも苦痛でも無い、艶やかさを含めた意外な悲鳴であった。
 思わず振り返るキーンが見た物は、艶めかしく腰・・・と言うより全身を激しく捩って悶える少女だった。
「いやははははははははははは!ひ~っっひゃっはははははははははは!あはははははあっっはははははははは!!」
「な、何だ!?」
 突然の出来事に、キーンは思わず少女との間合いを取った。
 彼女の悶え方は明らかにくすぐりによる、強制的な笑いであった。だが、肝心の、彼女を責めている相手が見あたらなかったのだ。
 はた目から見ると、彼女が一人で笑っているようであり、ある意味、不気味ささえ感じさせていた。
「まさか透明人間?」
 一つの可能性を思いつき、キーンは思わず後ずさる。
 やっている事自体は、低レベルなものではあったが、視覚的に見えないと言う点は、相手に予測の出来ない刺激を与える事が出来る。少女の悶えようがそれを証明していると言えた。
 それ以前に、戦闘の面でも優位である事には違いないが、その最大の特性は今、くすぐり責めに利用されている。
「あはっ!あはっ!きゃあはははっははははははははははは!」
「おい、余興は後にして、こっちとの勝負を済ませないか?」
「だ、ダメ、だめぇ~!ひゃははははははははは!ああああああっっっはははははははは!!」
「だから・・・」
「くっくすぐったいいいいいいい~!あははは!きょあっははははは!あぁっはははははははは!!」   
「頼むから、相手してくれ!でないと先行くぞ!」
「あひゃはははははは!ち、違うわよ、やははははははは、と、透明人間なんかじゃ、いひひゃはははははは!透明人間なんかじゃないわ!よく見て!あはああははっはっははっははっはははあああああぁ~!!」
「あん?」
 言われてキーンは少女を詳しく観察しだした。体は激しく動き続け、狂ったような笑い声は集中力を乱す要因となったが、少しばかりの時間をかけたおかげで、ある点に気づく事ができた。
 それは、彼女が着用しているラバースーツだった。彼女の身体にぴったりとフィットしていたそれの、あらゆる所がうねうねと生物のように脈動していたのである。
「誰も触っていないのに動いている?やはり透明人間!!」
「ば、馬鹿ぁ!違うって・・・ぎゃははははは、あはははははは・・・いひひひひひ・・・」
「冗談だ・・・」
 当事者の切羽詰まった状況を思いっきり無視してキーンは言うと、蠢く少女のラバースーツにそっと手を触れてみた。ただ、その場所が彼女の胸だったことは偶然なのか意図的なのかが問われる所であった。
「・・・・・・まさか、疑似生命体か?」
 触れた部分から生命の脈動を感じ、さらには知識的にこの様な生物がいない事を知っているキーンは、手のひらの下で今も蠢くスーツの動きを感じながら呟いた。
 そんな神妙なキーンのよそに、一部とは言え、スーツを押さえつけられたことにより、より激しく蠢きを味わう事になった少女が、更に激しく悶えるのだった。
「きゃあぁあはははははあああぁぁ~!!ちょ、押さえつけないでぇ~!!きゃあああぁぁあははああぁぁ!ああぁぁ!動きが、動きがぁああぁぁああ~!!」
「うむ、君の来ている密着スーツが体中を刺激しているのは分かったが、何でこんなものを着てたんだ?」
 ある程度予測がつきながらも、意地悪くキーンは問うた。
「いいいひっひひいい~!す、好きで、いあやぁ!くすぐったいいいいい~!!ひっひいひ・・あはっはっはははははぁ!!好きで着ているわけじゃないぃ~!あああっひひっひ・・・・こ、これが連中の拘束具のなのよぉ!あひいいいいい・・・いや・・・あははっはっはは!!」
 激しく悶えながら、必至に説明した少女の話はこうであった。
 この疑似生命体スーツは、捕らえた少女達の一部に着用させている拘束用のスーツであり、特に自由を奪う機能は無かったが、逃亡を企てたり、命令を聞かなかったり、命令を遂行できない状態に陥ったとき、スーツがそれを判断し、全体に振動・脈動を起こし、装着者の身体をくすぐるのである。しかも、肌に密着しているため、自由な手足でガードしても全くの無意味なのである。
 そして彼女は、スーツによる責めを受けたくなければ・・・・・と言う条件で、ある命令を受けていたのであった。
 それが、彼女を助けに来た『男』を殺せという命令であった。
 スーツにより、散々くすぐり、いたぶられていた少女は、すぐにその命令を承諾し、機会を待った。そして、一撃必殺とばかりにナイフを突きだしたものの、失敗に終わり、キーンによって抵抗できないように拘束されたため、スーツが任務達成不可能と判断し、彼女に『おしおき』を加えたのである。
 彼女の当初からの怯えも、スーツが何時発動するかと言う恐怖と不安に駆られての事であったのだ。
「そうか、つまり君は、我が身可愛さに、助けに来た俺を刺した・・・と、そう言う訳だな」
 事情は理解したにも関わらず、あえて少女の責任を問いつめる様にキーンは言った。
「あはっあはっ・・・・そ、それは・・・ひ~っひひひひひひひひひ!仕方なかったのよぉ~~~~あっはははははははははははは!お、お願いだから、なんとかしてぇ~!!」
 ここに至っては、自分を助けてくれるのは目の前の男しかおらず、少女は必死に懇願した。
「そんな都合のいい話が良くできるな。刺した相手に助けを求めて、相手が快く承諾すると思ってるのか?」
 そう言ってキーンはおもむろに少女の両腰に自分の掌を押しつけた。それによってスーツの中で蠢くモノが圧迫され、より激しい刺激を生み出す結果となる。
「ぎゃっっっはははははははははははははは!!!!いやっっはははははははははははは!!はな、放して・・・い~ひゃっははははははは!し、死んじゃう~!!!」
 少女の腰が狂ったように振り乱れる。出来ることなら全力でキーンを突き飛ばし、恥ずかしくてもスーツを脱ぎ捨て、全裸になって解放されたいところだろうが、それもかなわず、彼女はただ、笑い悶えるしかなかった。
 キーンは今回、技巧を駆使する必要はなかった。ただ、掌を少女の身体に這わせていればそれで十分な責めとなって、効果を発揮するのである。
「きゃあっははははははははははは!許して許して許して許して許してぇ~~!あ~っはははははははははは!」
 少女の身体は絶え間ないくすぐりに敏感に反応し、釣り上げられた魚のように、その身体を激しく跳ねさせる。少しでも、キーンの関与による苦しみから逃れたい一心であったが、どれだけ身体をくねらせようと、繋がれている彼女の基本的な位置は変わることなく、キーンの掌の範囲外に出られる事は無い。
 その上、例えキーンの関与が無く、拘束されていなかったとしても、少女(着用者)が自力でこの『疑似生命くすぐりスーツ』を脱ぐことは出来ず、そのくすぐったさから、自分で身体を庇う体勢をとってしまうと、逆に押さえつけられた部分に更に激しいくすぐったさが訪れるのである。
 このスーツを着せられた者に監視の目や拘束は必要なかった。命令を遵守することだけを伝えれば、それを破ったときの苦しみを知り、少なくても反意を行動に表す事もなく、仮にそうしたとしても、大した抵抗は出来ないのである。
 女奴隷の管理にはうってつけのアイテムと言えるだろう。
 キーンはそんなスーツの特性を見抜き、着用者以外に害が及ばない事を良いことに、あらゆる部分を掌で押さえつけ、その度に少女は激しくのたうち続けた。
「いひひひひひひひひ!あはははははははははははは!あああっはははははははははは!き、きっ、きゃっははははははははははははは!」
 汗と涙と涎にまみれた表情で少女は尚、笑い続け、自分の境遇を楽しんでいる男を見やった。本当は睨めつけたい所であったが、もはやそんな余力は残ってはいない。
「いひ、いひひひひ・・・・あ、あなた、何でこんな事を・・・あはっあはっはははははは!た、助けに来たんでしょう・・・くぅっふふふふふふふふ!」
「その通りだが、別に無傷でとか、条件はなかった。そのまま気絶してくれた方が、やりやすいと思ったんだが・・・」
 さも当然とばかりに言うキーンを見て、少女は絶望感を感じた。彼は生きていれば問題ないと判断している事を悟ったのだ。そして、自分におかれた状況からやむなく手を出した相手を良く知っておくべきだったと、今更ながらに後悔した。
 それからしばらくして、今までを遙かに越えた時間、スーツにくすぐられ続けた少女はとうとう意識が朦朧としてきた。
 苦しみの果てではあるが、これでようやく楽になれると少女は思った。
 そんな時、キーンが何の前触れもなく少女の枷を外しにかかった。
「もうそろそろ良いだろう。許してやるよ」
 少女は耳を疑ったが、その直後、自分を吊っていた枷が解かれ、彼女は床に膝を突いた。だがそれでも、身体を責めるスーツの動きまでは止まっておらず、彼女は床にはいつくばるような形で悶え、身体をくねらせ続けた。
「大丈夫か?しっかりしろ!」
 そこへわざとらしくキーンがやって来て、ほとんど抱きつくと言った表現の方が正しい体勢で、彼女を抱き上げた。それによって、彼のほぼ両腕全体と胸の一部が押し着けられ、今までを更に上回ったくすぐったさが、少女の身体を貫いた。
 もちろん、キーンはこの結果を想定しての事である。
「あひっ、あっ、はっ、あっはははははははは!!きゃあああああああっははははははははははははは!」
 少女がキーンの腕の中で激しく悶えた。その激しさのあまり、二人はバランスを崩して床に倒れたが、それでもキーンは少女を離そうとせず、床に倒れた事を利用し、自分と床のサンドイッチ状態を作り出した。
 通常であれば息苦しいなどの苦痛が優先する状況であったが、今の少女にとってはくすぐったさが何より優先した。
「きゃああぁぁぁぁあっっっはあはあははははははははっはははは!!!ああああぁぁぁぁぁ!も、もうだめぇ~!」
 少女が限界に達する寸前、キーンは頃合いを見計らって、自分の脚を少女の股間に押し当てた。
「はっ!?はああああああああ!!!!あああ~~っ!!!」
 少女は失神の寸前に、くすぐったさを上回る快感を股間に受けた。いや、くすぐったさを含めた激しい快感だった。限界に来ていた彼女がそんな激しい感覚に耐えきれるはずもなく、一際大きな悲鳴を発して、あっという間に意識を失った。
 ただ、意識を失った瞬間彼女が味わったのは、くすぐったさによる苦痛ではなく、まぎれもなく快感であった。それを彼女が実感するのは目覚めた後の事となる。

「・・・・・ち~っとばかり、責めた気がしないが、ある意味、楽しめた・・・・かな?」
 気絶して尚、蠢くスーツに身をピクピクと痙攣させつつ深い眠りに落ちている少女を見つめてキーンは呟く。
 軽く楽しんだキーンは気を取り直し、スーツに意識を集中させると、その表面を観察し、軽く指先で触れたりしてその様子を観察し始める。そして彼は考え込んだ。
「失われた古代の戦闘生物に、魔族の関与もない疑似生命体・・・・・・か・・・何か、俺、とんでもない連中と関わってるんじゃないか?」
 今になってと言う訳ではなかったが、実感が得られたのは実の所、初めてであった。
「何にせよ、彼女をこのままにしておく訳にもいかないな」
 キーンはいつもの大型ナイフを取り出し、軽く気を込めると手早い動作でスーツのみを切断にかかった。
 一瞬、スーツが悲鳴でも出すかと危惧していたが、やはり装着者に対する責めだけを考えて生み出されただけあって、不要な声帯は存在せず、切り裂かれたスーツは数秒間、小さく痙攣した後、二度と動く事はなかった。
「わぉぅ」
 スーツを除去し、一糸まとわぬ姿となった少女の裸体を目の前にして、思わずキーンは感嘆の息をもらす。
 激しいくすぐりと、スーツ自体がサウナ効果を発揮し、彼女の身体は上気して汗まみれになっており、艶やかさを倍増させていた。
 その艶姿は、キーンにとって・・・・否、男性にとって、あまりに目の毒となる存在であった。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その後、キーンが手を出したか否かは定かではなかったが、数刻後、塔に最も近い結界の内側に、気絶した少女の姿があったと言う。

つづく



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