「くすぐりの塔2」 -勇者降臨編-
     




 -第八章 闘気士vs闘気士-

 未知なるフロア5階。
 そこは今までに無いくらい、シンプルな構造であった。
 だだっ広い空間にそれを取り巻く客席・・・・ただそれだけの部屋であった。
「闘技場か・・・・」
 一目で分かるそれを見回し、キーンは呟く。天井も十分広く、間違ってもジャンプで届くものではなかった。
 彼は入場門をくぐり抜け、闘場に入る。自分が来た方向には上への階段が無い以上、違うブロックへ進む必要があり、そこへ赴くには別の入場門へ行く必要があった。
 実のところ、遮蔽物のない空間に出るのは気の進まなかったキーンであったが、待っていて事態が好転するはずが無いため、彼は前進するしかなかったのだが、案の定、敵は仕掛けてきた。
 突如、床が地響きを上げ闘場の各所から無秩序に大小様々の石柱がせり上がってきた。おそらくは闘場の趣向であり、単純な『決闘』ではなく『死闘』を目的とした仕掛けであることは明白だった。
「また何か来るか・・・・」
 ここに至っては雑魚であるはずがない。そう確信したキーンは、無難な所で立ち止まり、周囲の気配を探る。そして一つの微かな気配を察知した。
「先手ぇ必勝ぅ!」
 叫ぶとキーンはおもむろに構えると、既に気を十分に込めていた槍を、気配を感じた方向に向けて思いっきり投げ放った。
 その進行上には石柱と言う遮蔽物があったが、気孔付与により光の矢になった槍は、立ちそびえる石の壁を容易く貫通して行った。
 遮蔽物で隠された所で激しい爆音が轟く。槍が命中したのか否か、ともかく何かを粉砕した音ではあったが、キーンのいる位置からそれを確認する事は出来ない。
「やったか?」
 確認のため、手近な石柱に登ろうとした矢先、彼の本能が警告を発した。
「!!」
 危険を感じる方向に視線を向けるキーン。それは一つでは無かった。左右から二つの光弾が正確にキーン目指して迫っていた。
 咄嗟に光弾同志を直撃させようと思い立ったキーンは、反射的に後退したが、次の瞬間、その目を見張った。同士討ちになると思われた光弾が衝突直前、キーンに向けて同時にコースを変えたのである。
「気孔弾!?」
 魔法弾の類であそこまで極端な動きをする物など聞いたことが無いため、思わず口走ったが、キーンは自分で言っておいて、その言葉を信じきった訳ではなく、ついで言うと今はそれどころでも無かった。誘導性を持ったそれが、眼前に迫っていたのである。
「くっ!」
 キーンは咄嗟にショートソードを引き抜き、振り抜きつつ刀身に気を込め、同時に迫る光弾を同時に切り払った。
 一発目は散々に砕け、二発目はそのコースが変わりキーンに命中することなく、脇の壁に着弾したが、同時に彼のショートソードも瞬間的にかかった負荷に耐えきれず、刀身が砕けてしまった。
「やっぱり、気孔弾か」
 受けた手応えでそれを察し、僅かに冷や汗を流すキーン。あてのない闘いの旅を開始して初めて遭遇する自分以外の闘気士である。しかもそれが敵として・・・・
『やるじゃないか、今の捌き方といい、さっきの一撃といい、思った以上だ』
 周囲の石柱の反響を利用して声が轟く。声のみを頼りに捜索しようとすれば間違いなく惑わされる状況だったが、己の存在を隠そうとしない相手の気配を察知していたキーンは迷う事無く一方向、先ほど槍を投擲した方向に意識を集中していた。
「じ、自分以外の闘気士なんて初めてだよ」
 役に立たなくなったショートソードの柄を投げ捨て、いよいよ本番とばかりに剣を抜いて構えるキーン。
『嘘を言うな』
 刹那、注目していた石柱が爆裂し、粉々に砕け、その破片が襲いかかった。
「なっ!」
 降り注ぐ石飛礫に、キーンは全面に気孔障壁を展開して防御する。ありふれた攻撃ではあったが、彼はその影に潜む次の手を敏感に感じ取っていた。
「せりゃぁ!」
「やはり上!」
 雄叫びと共に男が剣を振りかざして降って来る。それを予期していたキーンは、身を翻しつつ剣を振るって相手の刃を捌く。
 二つの刀身が火花を散らし、初手を交えた二人はほぼ同時に体勢を立て直す。
「貴様が幼い頃は、闘気士など身近な存在だったはずだ」
 姿を見せた男はキーンに向かい合うなり、そう言った。
 最初キーンは、相手が何を言っているのか全く分からなかった。だが、遠い過去の記憶が、対峙する存在に懐かしさに似た感情を抱かせていた。過去の記憶をしばらく思い起こし、そしてようやく彼は思い当たる物に辿り着いた。
「まさか・・・・・・・・カール・・・さんか?」
 震える声で問いかけるキーン。言った本人がその事態を信用しきれないでいる。それでも、彼の抱いていた記憶と目の前の対峙者の姿は多くの点で合致している。だが、彼の知るカールなる人物は既にこの世にいる人物では無かったのである。
「一体何年になるかな?よく、生きていたな」
「今度は幻術士か何かか?」
 目の前の人物に緊張しながらも言い放つキーン。その心境は複雑であった。
 目の前の存在が嘘か誠か?誠であれば、死に絶えたと思われた同胞の存在は喜ぶべきであったが、今のカールは敵なのか味方なのか?敵ならば早々に闘う事になるが、幼少時代の指南でもあり、過去一度として勝ったことのない人物を相手に勝算があるのか?そう言った感情が入り乱れ、交錯していたのである。
「本物だ。お前、村が全滅したとき、俺の死体を見つけたのか?」
 いっそのこと幻術であれば良かったと願うキーンの目論見は、早々に消え去ったと言える。何しろカールの問いかけの答えは『ノー』なのだから。
 死を実際に確認していない以上、生きていても不思議はない。
 どう対処すべきかを迷っているキーンに、今度はカールの方から問いかけが行われた。
「それより、お前こそ生きていたんだな。あの襲撃で一体どうやって生き残ったんだ?」
「それはこっちも聞きたいですね。あなた方、成人だった仲間は全員、戦闘に駆り出されて全滅したと思っていたのに・・・・・」
「お前の事を先に話してくれれば教えよう。こっちは至って単純だからな」
 出来れば思い出したくないと思っていたキーンであったが、カールの事情を知りたいと言う好奇心も手伝って、彼は重々しくも口を開いた。

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 あの日、最強の傭兵村最後の日、折しも村ではちょっとした伝統行事が行われていた。
 俗に『参戦の儀』と呼ばれていたそれは、十歳を迎えた子供達が大人と共に戦場に出られるかを試すもので、内容は至って単純。村に隣接する地下遺跡に丸一日いると言う物であった。
 だが、内容と実施では大きな差があり、決して参加した全ての子供全員がクリアできる物ではなかった。
 地下遺跡はかなり広大で深く、今だその全容があきらかになっておらず、モンスターの存在も確認されてあり、成人者の修行の場としても使われる時がある程の場所だったのである。
 もちろん子供達には確実に危険地区と判明している区画や、未開の区画への立ち入りは禁止しているものの、遙か昔から居座っていただろうモンスターの存在は、子供達の大いなる障害であった。
 やむなく地上に逃げ帰る者、不運にも命を落とす者、それらの理由から決して、全員合格となる年は無かったのである。
 そして試練を耐え抜き、合格した者は大人と共に戦場に赴き、本当の戦場の空気を知り、剣を受け矢をかわし、生き残ることを課題とされながら、機会があれば躊躇わず敵を倒し、傭兵としての本格的な一歩を歩む。
 不合格者は、来年の儀式まで訓練を積み、次のチャンスを待たなければならない。
 そんな過酷な振り分けによって、村は最強の傭兵団としての地位を維持し続けたのである。
 キーンも、儀式に参加できる年齢となり意気揚々と参加したのであった。
 彼には自身はあった。指南役のカールが『訓練』と称して、他の指南が行っていない、遺跡内での講義を行ったり、彼自身、無断で遺跡内の『探検』をしていたりして、初めての事では無かったのである。

 そしてそれは、ほぼ丁度半日が経過した時に起きた。
 激しい爆音と、岩の崩れる音。どこか遠くで聞こえる同期生の悲鳴。自分自身にも襲いかかる岩崩れ・・・・・・・・
 運良く土砂に押し潰されず、数ヶ所の打ち身程度で済んだキーンが気がついた時、まずは戻ってみようと上層へと向かった。だが、遺跡の中は激変していた。多くの通路が土砂に埋もれ、新たに出来た亀裂が進路を塞ぐ。事の原因が地上にあるのであれば、上層へ行く程に被害が大きくて当然であっただろう。
 キーンも『儀式』の範囲に指定されていた区画にいたら、無事ではなかったかも知れない。
 そう、彼は『儀式』のため、成人者の遺跡内立ち入り禁止の状況を利用して、普段は入れない未開拓ゾーンに侵入していたのである。規定を破った事が今回は命を救った結果となったのである。
 地上に戻ろうと試みたキーンは途方に暮れた。最上層(地下1階)は壊滅的で、階段から埋もれていたのである。数日、助けを待ったが上からは何の変化も無く、また遺跡内での仲間とも出会えずに、更に数日を過ごした時、彼は自力での脱出を試みた。
 それは容易ではなかった。未開拓ゾーンに入り、新たな出口を捜す一方で、村に向かうコースを優先的に選択し、村の地下室や井戸に繋がっている事に希望を託していた。
 襲いかかるモンスターの肉で飢えをしのぎ、その血と僅かな水滴で渇きを潤し、長い時間を闇で過ごした。
 そして三ヶ月以上を費やし、村はずれの枯れた井戸に辿り着く事が出来たキーンは、まずは村に向かい、そして呆然となった。
 そこにあるはずの村が無かったのである。家は焼け落ちて原型を止めておらず、あちこちに倒れている死体は腐乱し、装飾品以外での身元判別方法が無い状態にまでなっていた。
 キーンは手近な死体を恐る恐る確認していったが、知識・経験共に未熟である彼が死体から状況を推察できるはずもなく、結局分かった事と言えば、不自然な形で破損した死体が多かった事から、戦闘による結果であると言う事だけだった。
 地下での異変時に事が起きたのだろう事は推測できたものの、一体何が起きたのか全く分からず、その上、三ヶ月以上の月日を隔て、ようやく惨状を知り得たキーンは、全く実感の持てないまま故郷と仲間と肉親を失い、数日を補いようのない脱力感に満たされたまま過ごした。
 放っておけばあと数日で仲間のいる世界へ赴けるだろう時になって、彼は突然決意した。
 仲間の仇を討つ事を。
 それは極限状態に陥った為の幻聴が導き出したものかも知れない。それでも彼は、それを目的として生きる決意をしたのである。
 幸いキーンの戦闘技術は同年齢の中では上位に位置していたし、実戦経験の無い村の子供でも、駆け出しの戦士程度のレベルを維持している。
 村の風習に照らし合わせた場合、生き残る事に関しては既にクリアーしていると言えた彼は、戦場の場を知る機会として、やはり傭兵家業を求めたが、さすがに十歳の子供一人を傭兵として雇うはずもなく、地道な冒険者や、そのメンバーの一人として参加するしか無かった。
 悔しさもあったが、成人ですら勝てなかった相手に、今の自分が勝てるはずもない事を十分理解していたキーンは、目標達成が長期に渡る事を覚悟した上で、相手の正体を突き止めると同時に、自分を鍛える事を生涯の課題としたのである。
 そしてそれは誓いとして、埋葬された全ての同胞に捧げられた。

 それから十余年、キーンは誓いを守るため、闘い、生き残り、そして強くなっていった。

 まだまだ教育が必要な頃に、いきなり大人の世界に乗り出し、肌で世間を体験したためか、若干、性格の構成に問題が残った兆しがあるものの、現在に至る・・・・・・
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「と、こんな事情ですね」
 説明し終わった後、憂鬱そうに、キーンは息を吐く。
「苦労したんだな」
 その言葉が形式であることは容易に想像できる。当事者でなければ判らない事なのだ。
「単に生きる上でなら、それ程苦労はしていません。苦労というなら、村の遺跡からの脱出の時と、傭兵に行った先で、頭っからこっちをスパイと決めつけた某国の王と将軍の謀略で、敵陣の中心地で置いてきぼりをくらった時だけですね」
「復讐という目的を考えなければ、生きていく事に関しては十分だったと?」
 少し意外そうにカールが問うた。当時十歳の子供が判断するものとしてはかなり大きく思えたからである。
「ええ、単なる冒険者家業で集めた宝だけで十分、暮らせます」
「なら何故、そうしなかった?」
「そうしたくなかった・・・・せめて仇を討つまでは・・・ね」
 だがそれは明確なゴールとして存在してはいない。今まで旅をし続け、その片鱗すらキーンは見つけてはいなかった。
「そんな事、誰かが頼んだのか?我々の生業は傭兵だ。頼まれて闘うことが信条だったはず。それを忘れたか?」
 カールは、よくもその様なあてのない目標を維持できたものだと、半ば感心しながらも、その反面では呆れた。
「無論、覚えています。色々世間を見てきましたからね、基本的にはただ働きはしません。ただ、これは俺個人の問題です。いきなり村を襲って焼き討ちされて、笑顔でいられるほどに聖人じゃいられいんです」
「『感情で動くなかれ、それを忘れたとき、傭兵は傭兵にあらず・・・・・』」
 身を震わせて語るキーンに、カールは呟く。それは二人がかつて教え、教えられた言葉でった。
「『まして人、殺めしは殺人者なり・・・・・・』覚えていますよ。村の訓辞でしょ。『闘うときも殺すときも依頼主の意志にそって・・・・』己の感情を優先して動くはタブーってね。でもこれは依頼主も存在しない、個人的な事。極端に言わせてもらえば、『この前、噛みついて来た犬を見かけたら蹴ってやる』ってレベルの問題なんですよ。実際ね・・・依頼者がどうこうの問題じゃないんです」
「確かに、内容のレベルはその程度かも知れないが、規模は大きいんじゃないか?蹴られた犬が怒って、噛みつき返し、そっちはそれを口実に火蓋を切る。『犬』が一匹とも限らないのにな・・・・・」
 それは、キーンの仇が大きな組織であった場合を暗に伝えていた。だが、その問題はかなり以前に考えられていた事でもある。
「それはどうでもいいんです。群であってもなくても・・・・結果的に目標が達成できるのであれば・・・・ね」
「村の信条に反しているとは考えないのか?」
「だから、俺の問題なんですって。それに、肝心の村は既に存在もしていないのに、村の信条のみが生き残ってるのは不自然です。他に、村の連中が生き残ってるなら、いずれ俺のした事を批判してくれればいい。そして、本当に大きな過ちなら、死と死後に償いをしますよ。正直、俺の目的だけは地獄行き確定でも、やり遂げないと気が済まない・・・・」
 これ以上議論無用とばかりに吐き捨てると、キーンは改めてカールに視線を戻し、自分の疑問を投げかけた。
「それで、カールさんはどうやって生き残ったんです?」
「言っただろ、俺の方は単純だと・・・・・」
 そう言って意味ありげに笑む。
「一言で済むほどに?」
「ああ、雇われたんだよ」
「は?誰に?何を?」
「村を襲った連中に」
「!?」
 思いもしなかった一言にキーンの目は大きく開かれた。目の前に立つ、かつての師は以前変わることはなかったが、全く異質の存在に変質したような錯覚を感じ始めていた。
「何故です・・・・」
 驚愕と共に漏れた言葉は実にか細く、その口調は質問と言うより確認と言った様相であった。
「最強の傭兵団って肩書きを奪いたい連中が持ちかけてきたんだ。方々に散っている村の連中が最も村に集まっている時期ってのを教えてくれとな。それで俺は儀式の日と予定を教えると同時に、そいつらの仲間入りを求めた」
「何故です・・・・」
 再びキーンが問いかける。元々、村は最強と呼ばれており、反旗を翻すような真似は不要である。あえて寝返る利用を彼は問うていた。
「覚えているか?俺が強くなることを欲していた事を?お前もそうだったし、村の人間なら珍しくもない傾向だ。そんな俺にとって、向こうの傭兵団の方が魅力的に見えてのさ」
「何故?」
「村は基本的に依頼を受けて初めて動く。だが連中は自らの力をアピールし、積極的に自分達の力を誇示して依頼者を得る。時には冷戦状態の国を影で煽って闘いの場を作りもする。その方針が気に入ったのさ。より多い闘いの場に赴けるチャンスがある、連中の手口がな・・・・・・」
「村の襲撃は・・・要するに売名行為ですか」
「そう言う事だ。最強とうたわれた傭兵村を壊滅させた傭兵団の存在。ついでに、商売敵の排除も兼ねていたそうだが・・・・だが、子供が遺跡の地下に閉じこめられて、一人自力で生還するとは考えてもいなかったがな」
 それは誉め言葉なのかは容易に判断は出来なかったが、少なくともカールにとってはイレギュラー以外の何物でも無い事はキーンにも理解でき、決して再会を喜ばれているとは思えなかった。
「理由は分かりました。で、その貴方がこの場にいると言う事は、最強の傭兵団のメンバーとして、ここの魔王さんに雇われて、俺を抹殺に来たと言う事ですか?」
「鋭いな。そう言う事だ。あと、個人的には闘気士の存在に興味があって、正体を確認しに来た・・・・と言う所だ。まさか、お前だったとはな」
「俺は・・・・貴方の好奇心を満たしていますか?」
「ああ、十二分にな。だが、満足させるには至っていない。その為には・・・・分かっているな?」
 カールの手がゆっくりと腰の剣に触れる。それをキーンは言葉でおし止めた。
「最後に!最後にもう一つだけ質問!」
 無防備に手を上げ、問いかける相手を前に、剣を抜く事を一時中断するカール。
「何だ?」
「村が襲撃されたとき、貴方は仲間を斬りましたか?」
「・・・・・・・・斬った。人数など数えてはいないがな」
 その返答が、抑えていたキーンの感情を一気に爆発させた。最後の譲歩であった。ここで斬っていないと言ってくれさえすれば、裏切りではあっても、直接的な仇とは言えない。そう思うことで、かつての師と闘うことを避けたいと考えていた彼だが、もはやそうも言っていられなくなった。もはやカールは何よりも優先して倒すべき敵となってしまったのだ。
 キーンは狂ったように雄叫びを上げると、鋭い眼光で睨めつけ、ジャンプするように踏み込むと、振りかぶっていた剣を迷うことなく振り下ろした。
「炎一閃!」
「なんの!」
 気を込めて振り下ろされた刀身を、横に構えた剣で受け止めるカール。
「良い一撃だ!我流でよくぞここまで・・・・・」
 言ってキーンの剣を押し返すと、カールも剣を振り上げキーンめがけて振り下ろした。
「炎一閃!」
 気を込めた刃の一撃を、今度はキーンが受ける形となった。
「受け止めたか・・・・気を込めた武器を相手に叩き込む『炎一閃』、昔数回見せただけで、よく会得できたものだ」
「こんな力技、誰にだって!」
「言ってくれる、ならば経験の差と言う物を教えてやる」
 カールはキーンが剣を押し返す勢いを利用して、後方に下がると、大きく剣を振りかぶり、刀身に気を集中させた。
「昔言ったな。闘気士同志の闘いは、『気』の絶対量と使い方で勝敗が決まると・・・・今、それを見せてやる」
 カールが離れた間合いで剣を振った。
「激流一刀!」
 振られた刀身から、カールの気が放出された。同質の技はキーンも持っていたが、彼の場合、気を散弾状に放出するのに対し、カールの場合はその名が示すように、大波が押し寄せるかの様に怒濤のごとく気が固まって放出された。
 広範囲に放出されたそれを回避する術など無く、まともにそれを受けたキーンは、気の波に勢いよく流され、数個の石柱を砕きながら、かなり離れた壁面に叩きつけられた。
「かはっっっっ!」
 激しい衝撃を背に受け、息を詰まらせるキーンに、カールの追い打ちがかかる。
「これで終わりか、キーン!」
 ジャンプし、石柱を踏み台にして大きく跳躍したカールが、頭上からキーンに迫った。
「お、終わるか!」
 呼吸もままならぬまま立ち上がり、三発の気孔弾を放つキーン。だがそれはカールが予期して準備していた気孔障壁によってあっさりと弾かれてしまう。
「くらえっ!」
 カールの必殺の一撃が振り下ろされた。
 命中直前、キーンは横っ飛びし、カールの一撃を避けると、剣を横薙ぎに振って着地直後の相手の腹を裂こうと試みた。
 命中すると思われた反撃は対象に触れることは適わなかった。カールは着地と同時に間髪入れず再びジャンプして、その攻撃をかわしたのだった。その動きは着地の瞬間の慣性も無視したような動きであった。
 再ジャンプしたカールはキーンの頭上を舞い、ふわりと彼の背後に着地すると、無防備な彼の背中に剣を容赦なく突き立てた。
 確実な手応えはあったが、肝心のカールの表情はすぐれなかった。
 捉えたと思ったのもつかの間、それが先の一撃でキーン諸共吹き飛ばした石柱の欠片の一部にすり替わっていたのである。
「変わり身・・・・お前、忍者の技術まで得ていたのか」
 剣に突き刺さった欠片を引き抜き、意外そうにカールは言った。
「ついさっき覚えたばかりですよ」
 手近な石柱の上に移動していたキーンが応えた。厳密には、この技術は覚えたと言うより、身についたと言った方が正確であった。ルシアと共有した魔法の道具『魂の絆』による効果が早速、役にたったのである。
「さすがにゼルを退けただけの事はあるか・・・・・多少、手強くはなったな」
「これでも、何回かは地獄みたいな状況をくぐり抜けて来たんだ、昔の延長と同じと考えられては心外です」
「なら、その成果、もう少し見せてみろ!」
 カールが突きつけた剣の切っ先から気孔弾を放った。
 キーンは石柱の後に飛び降り、その影に隠れてそれをしのぐと同時に石柱を蹴って後方に退くと、その先にいるだろう相手に向けて、貫通能力を優先させた気孔弾を放つ。それは相手も考えていた事で、二人の放った気孔弾はほぼ同時に、両者を隔てている石柱を貫通して、互いの身体をかすめていた。
『ちっ』
 二人は同時に舌打ちした。どちらもが命中していないことを悟り、次の攻撃へと移る。カールは相手が着地した頃合いを見計らって、正面の石柱に気孔弾を放つ。一方で、キーンも着地と同時に正面の石柱に気孔弾を放つ。
 放たれた二発の気孔弾は前後同時に石柱に命中し、対象を粉々に粉砕した。
 破片が辺りに飛び散り、噴き上がった爆煙が二人のいる所まで広がる。と、同時に二人は床を蹴って爆心点めがけて突進する。
 二人の姿が見えなくなった所で剣と剣のぶつかり合う金属音が鳴り響いた。爆発による目くらましに乗じての攻撃。またも二人の行動は一致してしまっていたのである。
 互いに気を込めた刀身は刃を会わせる度に特有の衝撃を生み、舞い上がった埃と煙を吹き飛ばして行く。
二人は互いに相手の斬撃を自分の斬撃で受け止め、あわよくば剣ごと斬り倒そうという意志で剣を繰り出していた。だが、気孔付与により強化された剣の強度と所持者の技術がそれを許さず、一進一退を繰り返すばかりとなっていた。
「やはり伊達に生き残ってはいなかった様だな」
「伊達で仇討ちなんて考えてたまるか!」
 鍔迫り合いの形となって、至近で二人は言い合う。特にキーンは怒気をストレートに放っていた。
「だが、言うほど変わってもいないようだな。猪突じゃ、歴戦の手練れは倒せないと教えたはずだぞ」
 カールはそう言って、剣を支えていた両手のうち右手を離すと、右腰に下げていた剣を逆手で引き抜き、そのままの勢いでキーンの側頭部を狙って斬りつけた。
「覚えているさ!」
 キーンも剣を左手のみで握り、右手をフリーにすると同時に、タイミング良く右に側転を行って、頭部の斬りつけをかわすと、回転の勢いで繰り出した足で相手の両腕を払ってバランスを崩させ、一回転し終わったと同時に、バランスを崩して背を見せていたカールに向けて、剣を振り下ろした。
 ガキィ!
 今までと変わらぬ金属音が響き、キーンが悔しそうに舌打ちする。
 躊躇いのない一撃だったが、カールはキーンに背を向けたままで、両手に持った二本の剣を交差させるようにして背に回し、背後を確認しないまま、今の一撃を受け止めていたのである。
 カールは剣を戻す勢いでキーンの剣を弾いて、次の攻撃のタイミングを狂わせると、その隙に向き直って、再び仕切り直しの状態へと戻す。ただ、今までの状況と異なっているのは、カールが二刀流となっている事だった。
「抜いてくれたな」
 嬉しそうにキーンが言った。
「何の事だ?」
「あんたの本来の戦闘スタイルは二刀流・・・・・一応、俺を認めてくれたって事だろ・・・・昔、俺に対して、訓練以外でその構えになってくれた事は無かったからな。今、ようやくこうして本気のあんたと相対する事が出来たって訳だ」
「そう言えば、そんな事もあったか・・・・だが、この構えになる以前に、お前は一度たりとも俺に勝った事は無かったんだぞ」
「何時の話だ?それでも今の俺とあんたでは、本気でなければ易々と俺は倒せないって事だろ」
「確かにな。成長度合いで言えば予想以上だ」
 カールはゆらりと二本の剣を構えた。
「だが、俺も以前の俺ではない。村を捨て、数多の戦場を駆けめぐり蓄えた実力、見せてやる」
 カールが一歩踏み込み、独特の構えから、彼独自の必殺剣が繰り出される。
「比翼流星!」
 二本の剣から凄まじい早さで断続的な攻撃が繰り出された。
 キーンは剣を正面に構え、最小限の動きで圧倒的な連撃の嵐を捌いて行く。久々に見たカールの技は、時の流れと共にキーンの中で若干の美化が加わっていたのだが、それに勝るとも劣らない鋭さを秘め、キーン同様に彼の技術も向上していた事を物語っていた。
 フィニッシュである一際大きな一降りを弾き返し、両者は再び間合いの外へと飛び退き、相手を警戒する体制に入った。
 キーンは、たとえ相手が本気でなかったにせよ、かつて受けきれなかったカールの技を捌く事が出来てとりあえず息を吐いた。一方でカールは、手加減したとはいえ、必殺であったはずの技を返され歯噛みする。
 手数では確実に責め手であるカールが勝っており、彼の思惑通りであれば、相手の防御を越えての連撃が剣をかいくぐり、少なからず肉体を傷つけるはずだったのだ。
 それでも、キーンは致命打を受ける事だけは避けていた。彼自身、カールの連撃を捌ききれないと判断したため、剣の刀身のみならず、柄や手甲をも利用してその刃先を受けていたのである。
「『比翼流星』・・・ようやくにして、受けきる事が出来たよ・・・・」
 手甲や腕に多少の傷はあるものの、行動に関して致命傷で無ければ捌いたと見なしても問題はない。
「そう言う受け方をするか・・・・・」
 今までの相手であれば、少しでも肉体を傷つくことを避けようとして、防具(盾)に頼る傾向があったのだが、その場合、ことごとくフィニッシュの一撃で、防具ごと相手を切り倒す事が出来た。
 だが、キーンは自分の肉体の損傷を最小限にする前提で、防御専念には変わりなかったが、思想的には異なる行動が、この結果をもたらしたのである。
「貴方程の人が放つ連撃全てを受け止めようなんて思う事が無茶なんです。なら、他の方法を見つけるしかないでしょう」
 運動能力が低下していないかを確認するかのように、手を動かし、キーンは言った。不可能なことや出来ないことは素直に認め、異なった方法を模索する、その姿勢がキーンの命を救ってきた要因の一つでもあった。
「だが、防戦一方では勝機はないぞ」
 気を取り直してカールは言った。技が捌かれたと言っても、防御に徹した結果によるものである。反撃が来ない以上、彼の敗北は有り得ない。
「それはまた、別の機会をうかがって見つけるさ」
「この俺を相手にか?」
 かつての教え子の、軽々しい発言に、カールは少なからず気分を害した。
「教えてもらった事を実践して行けばいずれは・・・・ね・・・・昔、そう教わった記憶もあるし、村を裏切った貴方に相応しいやり方と思っています」
「意気込みは見事と言えるが、何時までも過去に縛られていては俺は越えられはしない。ましてや、当時のお前が教えられた村の教えなどほんの一端だ」
 刹那、キーンが切り込み、カールがX字に構えた剣で受け止める。
「何を今更!それ以上の事を得られなくした根元である貴方に、言えた事か!!」
 キーンは剣を押し込み、相手の動きを降着させると無防備となった腹に蹴りを叩き込んだ。
「ぬぅっ!」
 不意の出来事に息を詰まらせ、カールは思わず引き下がる。そこへ追い打ちをかけるように、キーンが気孔弾を放った。
 カールも迎撃の気孔弾を放つ。二つの気孔弾は二人の中央で衝突し、相殺する・・・・はずだったが、キーンの気孔弾がカールのそれを弾き飛ばし、まっしぐらにカールに迫る。
「!!」
 これまた予期せぬ出来事に、慌てはしたものの、咄嗟に反応したカールは左の剣に気を込めて振るい、気孔弾をまとめて弾いて直撃を避けた。
「・・・・何故、俺の気孔弾が押し負けた?」
 自分もキーンも、気を溜めた時間は無いに等しかった。その状態での気孔弾の威力はほぼ同等で、決してあそこまで極端な結果が出るほどの差は無いはずだった。それがカールの心に疑問として残った
「教わった事を実践しただけだ!」
 叫びながらキーンが間合いの外で剣を振りかぶる。村に伝わる技『激流一刀』を会得しようとして失敗し、その亜種として偶然完成した技『気孔散斬』である。本来の手順である、気を剣に乗て大量に広範囲放出するコツが掴めず、散弾状に拡散させてしまうという違い以外は、ほとんどフォームは同じである。
 だが、この技の習得に失敗しているくせに、同じ放出し続けるタイプの『気孔波』は会得している所が、彼の我流の悲しさ及び可笑しさとも言えた。
「偽、激流一刀!」
 自分で言っててどうする、などと、苦笑しつつキーンは剣を振るった。
当然、見よう見まねの出来損ないの技でカールにダメージを与えられるとは思ってはいない。ただ、この手の技をどの様にかわすのか興味があったのだ。
「くっ!」
 迫る小粒の気弾の嵐に、回避が不可能だと判断したカールは、剣を正面でクロスさせて気を込め、刀身経由で前方に気孔障壁を形成した。
 一発一発の威力が微弱な気弾は、その障壁に阻まれ、目標へ到達する事が出来ずに終わった。
「・・・・見かけだけか」
「雑魚大勢には十分だ」
 カールの率直な批判に、むきになって言い返すキーン。
「あいにく俺は雑魚じゃない。それにしても、理論を教え、技を一度見せただけの『激流一刀』にしては上出来だな。・・・・・・そう言えば、実践で教えたのは『炎一閃』のみで、あとは年齢的にも肉体的にも無理だと言う事で、ほとんど存在しか教えてはいなかったな・・・」
「そう、見せてもらっただけなのが、『激流一刀』と『雷一掃』・・・・聞いただけなのが『疾風一陣』・・・・出来れば全て会得したかったんだけど、それも・・・・・」
 伝授者がいなければどうしようもない。唯一、知り得ていそうな人物が目の前にいたが、彼に今更教えを受ける事は、キーンの意地が許さなかった。
「村の影を追うのもいいが、自らの技も技も磨け・・・・と、俺は教えたはずだが?」
「当然覚えているさ。見ることも出来なかった技を会得できると思うほど、こっちも楽天家じゃない。模倣し、越える技だって模索しているさ」
「さらばその成果を俺に見せてみろ!この『比翼流星』の様に!」
 カールが間合いを詰め、再び技を放った。今度の一撃は先程の様子見レベルではなく、確実に必勝を目的とした気合いを含めたものだった。
「雷一掃!」
 カールからの最初の左右攻撃が迫った瞬間、キーンも技を放った。
 『雷一掃』その名が示すとおり、稲妻をイメージさせる素速い左右斬り返しの技で、本来は近接状態にて、二人以上の相手と渡り合った時、同時に斬り捨てる為の技である。
 それをキーンは、カールの技の迎撃に使用した。キーンは左から右へ、素速い斬り返しでカールの剣を大きく弾き、連続攻撃が要である技そのもののタイミングを狂わしたのである。
「うおっ!?」
 よもや攻撃技で防御されるとは思ってもいなかったカールは思わず呻いた。
「炎一閃!」
 剣を弾き、強制的に防御の隙を作ったキーンが、引き続いて技を放つ。狙うはガードの空いた相手のボディ。
「おおっ!」
 カールにとっては間一髪。彼は寸前の所で剣の防御が間に合い、腹を薙ぎに来た刃を受け止める事に成功した。キーンも異なった技の連続使用に慣れていなかった為に、技の連携に若干の誤差が生じていたのである。
 惜しいと悔しがる暇は無い。必殺の一撃が止められるや否や、キーンは勢いを殺すことなく、逆に踏ん張る形で更に剣を強引に振り抜き、二本の剣を交差させて受け止めていたカールの身体を吹っ飛ばし、そのまま周囲の石柱の一本に叩きつけ、更に追い撃ちの気孔弾二発を放った。
 背中を痛打し、迎撃の気孔弾は到底間に合わないカールは、剣を使って気孔弾を捌き、そのコースを外してダメージを避けた。だが、気孔弾を受けた手応えは予想よりも重かった事にも気づく。
 先程の迎撃でも競り負けた事もあり、僅かに焦燥感を感じる彼に、更にもう一発の気孔弾が、今度は顔面めがけて迫っていた。
「っく!」
 対処が間に合わない為、首を傾ける事でかわすカール。そしてその時、彼は見た。気孔弾の中心にある鏃のような物体を。
「・・・・・なるほど・・・」
 それで理解できたと言わんばかりにカールは苦笑した。
 キーンは単に気孔弾を放っていただけではなかったのである。物体を『核』として利用し、気孔弾の破壊力を上げていたのである。
 基本的に、気孔が付与された物体は上限の差こそあるものの、その全てが本来の破壊力・防御力・強度が増加する。戦闘中の闘気士はほとんど本能的にそれを行っている。特に剣での闘いでは尚更である。
 そしてそれは、気孔弾にも言える事で、エネルギーの凝縮体である気孔弾に核となる部分を持たせる事によって安定性を持たせ、より強固にさせる事が可能なのである。
 気を込めた物体での攻撃や投擲が物理強化で、物体を気孔弾等に包んでしまい、核とするのが気孔強化と言う訳である。
 例えとしてはやや適切・・・と言い難いが、鉄骨の支柱入りのコンクリート柱とコンクリートのみで形成された柱の強度差・・・・と言えば分かり易いだろう。
 キーンはそうする事によって、気孔弾を強化しカールの気孔弾に競り勝っていたのである。ちなみに、彼が『核』として利用していたのは、隠し武器として所有している小さなくないの様な、菱形の手裏剣の一種である。
「なかなか姑息な真似をするな・・・」
 トリックを見抜いたカールが唸る。
「気弾強化・・・・教えてくれたのはあんただ」
 構えるキーンを見て、確かにと、彼は思った。そしてかつての弟子が予想以上の逸材である事を認めざるを得なかった。
 早々に収得していた『炎一閃』を始め、過去の記憶のみを頼りに我流で会得した『激流一刀』『雷一掃』。実際には類似品ではあるが、その技の要点は確実に捉えており、いわば現存する技を自分の技として工夫し直したと言ってもよかった。
 その点を考慮すると、まともに指導していれば早々に本来の技を会得することも出来たであろう事は疑いない。
 課せられた運命の過酷さが彼の能力を開花させたのかも知れない。その意味では、どちらが良かったかは確かめる術など無い。
 全く予期していなかった存在が、強さを求めるカールの前に立ちはだかっており、それがかつての弟子でもある事実に、彼の心は穏やかではいられなかった。
「貴様・・・・一体どんな生き方をすれば、そんな力を身につけられるんだ・・・・」
 本音であった。今、彼に敵対する力、それは彼自身が求めていた強さそのものだった。もともと会得者の少ない闘気士において、カールも他の追従を許さない存在であった。
 かつての同胞をその手にかけた時も、彼に勝ちえた者はいなかった。それが、つい先程、存在を思い出したキーンに追い抜かれようとしているのである。
 現実的な実感や認識はなかったかも知れない。だが、彼の闘気士としての本能は、確実に押されている事を悟っていた。
「何とかの一念、岩をも通す・・・・って、言葉もありましたね。かつて、貴方に教えてもらった・・・・」
 キーンはそう言うが、事ある毎に過去の教えにそっている事が、カールには腹立だしかった。師弟関係とは言っても、その期間は短く、実際には基本的な稽古や知識の伝授を複数の子供達の前で行った事しかなく、キーンの存在も特に目をかけていたと言うわけでもなく、グループ内ではまずまずの技術をもっているな・・・・程度の意識しかしていなかったのである。
 そう、当時のキーンの資質はその程度でしかなく、特に誰からも目をかけられていたわけでない、村ではごくありふれた子供でしか無かったのである。
「認めるものか!俺はその村を捨てて強さを求めてきたんだ。戦乱をかいくぐり、戦火を煽り、それこそ修羅となって闘い続けた!!全ては最強と呼ばれたいがためだ!今更、捨てた村の教えごときに負けてたまるか!」
 カールは絶叫した。捨てた物に打ちのめされるほど屈辱的なものはない。
 それを否定するため、彼は何としてもキーンを殺す必要に迫られていた。
「教えは、過去に積み重ねられた歴史であり、経験の伝授だ。決して馬鹿にした物じゃない。技として伝わる奥義もそこから来ている・・・・」
 これもまた、キーンの記憶にある教えの言葉であった。
「黙れ!全ては結果!先に相手に攻撃を当てれば全ては終わりだ!」
 キーンは否定しない、それも真理と既に知っているから。
「カールさん。俺は貴方を許したくない。強さを求めるのはいい。戦乱に身を投じるのもいい。闘いに生きる男の性みたいな物だから・・・・・でも、村全てを巻き込まなくてもよかったはずだ。あんた一人が村を捨てていればよかったはずだ」
 重々しい口調でキーンは言葉を続けた。その中には同胞と闘わなければならない己の運命に対する苦しみも込められていた。
「・・・・本当の事情は知らない。あっても知りたくもない。結果として村を滅ぼした敵として、俺は出来うる限りの事をして復讐する!」
「出来るのか!貴様に!!」
「してみせる!それが生きていく糧だった・・・・・貴方には分かるはずもないでしょう。結果でそれを示して見せます!」
「過去を振り返るばかりの貴様に、日々進歩を求めた俺を倒せるものか!」
「振り返る事は立ち止まる事ばかりじゃない!」
 二人は己が信じた信念を吐き出し合った。そんなキーンの主張を打ち消すかのように、カールが必殺である二本の剣を交差させ、同時に振り下ろした。
「激流一対!」
「はぁっ!」
 カールの二刀流から放たれた『激流一刀』と、キーンの大型気孔弾が双方の中央で衝突した。放出された気の技の均衡はほんの一瞬で、気の放出量に勝るカールの技が、気孔弾を呑み込み、荒れ狂う奔流がキーンに迫った。
「しょせん過去の教えを反芻するだけでは、それ以上は望めないと言う事だ!それを悟って死ね!」
「闘気裂斬!」
 キーンがまた何かをしかけた。見た目では剣を左下から右上へ、抜き切りの様な太刀筋で振っただけに思えた。悪あがきと思うカールであったが、その判断は誤りであることはすぐに分かり、彼の表情は忽ち凍った。
 キーンは刀身に込めた気を、振りに合わせて放っていたのである。原理としては『激流一刀』と何ら変わる事はない。だが、放たれたそれは、本来の放出でも、キーンバージョンの散弾でもなく、薄い刃状だった。それは剣に込めた気がそのまま飛び出したかのような物で、カールが放った荒れ狂う気の流れから見れば、実に見分けのつきにくい物だった。
 その気の『刃』が、カールの放出した気を切り裂きながら直進してきたのである。
「何ぃ!」
 カールの放った技『激流一対』は今まで必殺であった。敵の反撃をも呑み込み、諸共に吹き飛ばし、決して我が身に危害が及ぶ事はなかった。それが今、瓦解したのである。
 咄嗟に身を捻り、迫る気の刃をかわすカールであったが、今まで技を放った直後、警戒すると言う習慣が全くなかったため、その反応は僅かに遅れ、彼は左肩を少し傷つけられてしまった。
 キーンの方は、先の技を放つ以外に、身をかわす動作を行わなかった。切り裂かれた気の流れはその傷口を大きく広げ、まるでキーンを避けるように左右に分かれてしまい、本来の目標を捉えることなく、周囲の石柱相手にその威力を披露するにとどまったのだ。
「だぁぁっ!」
 カールの技を切り裂いてやり過ごしたキーンが、吠えて床を蹴った。それしか目に入っていないかのように、まっしぐらにカールめがけて駆けると、剣を振り上げ、接触の瞬間を測って振り下ろす。
 カールはそんな、スピードと体重の十分に乗った一撃を流れるような動作でかわすと、剣が振りきられた瞬間の隙をついて、的確な動きで剣を突き出した。
 通常、空振りした場合、剣を構え直すか斬り返すか、もしくは一旦退くかして防御態勢を取るべきであるが、全力で振り下ろすと言った行為の直後には、それは不可能とまでは言わないが、かなり困難な事であった。勢いをつけた分、次の動作への対応がどうしても遅れてしまうからだ。
 大技の直後は隙が出来るというのは、こういった事なのである。
 -カウンターアタック-達人同士の闘いが以外に早く決着がつく場合のパターンの大半がこれだったりもする。必殺技を無碍に破られショックを受けていたカールであったが、闘いで身に付いた反射神経が自然と行動に移したのだった。
(勝った)
 今も攻撃の勢いの止まっていないキーンの姿を見て、彼の意志は確信した。このタイミングなら、体勢を整えようとした直後に、剣がキーンを貫く。客観的に見てもそう思える状態であり、悪くてもかなりの深手を負わせる事が出来るはずだった。
 だが、キーンの反射神経も尋常ではなかった。彼は剣を振り下ろした勢いを無理に止めようとはせず、逆に床を蹴って勢いに身を任せ、宙転を行い、突き出されて来たカールの剣に合わせるように、回転に乗せた蹴りを放っていた。
 当たると思われていた攻撃をかわされた挙げ句、思いもよらない攻撃を受け、カールは仰天した。蹴りを顔面に受けた直後、咄嗟に剣を振り回したが、結果は相手の足を僅かに切る程度の成果しか得られなかった。
 痛烈な一撃によろめくカールに、着地したキーンが更に踏み込みながら、剣を左から右へと横に振るった。こうして踏み込み、近づきながら剣を振る事によって、後方へ退こうとする相手に追いすがって斬ることが可能となる。
 カールは退くことを止め、左の剣でキーンの攻撃を受けると同時に、右の剣を突き出そうとしたが、剣に追いすがるように繰り出されていた相手の左拳に気づき、今度こそバックステップで退いた。
 横降りの剣と同軌道に合わせた拳など、姿勢的に大した威力は無いとも思われたが、相手が闘気士である以上、四肢の動き全てに油断は出来ない。気孔による肉体の強化はもとより、拳に気を込めたり、零距離での気孔弾発射と言う手段も存在するのだ。
「このっ」
「なめるなっ!」
 またも追いすがるように再び斬りかかってきたキーンに、カールが応じた。片方の剣で相手の剣を受け、今度は押し返し、相手が次の一手の構えに入るよりも早くもう一方の剣を繰り出す。
 押し返されたキーンは、通常なら一刻も早く踏み止まり、カウンターで迫る相手の一撃に対し、受けるかかわすかの対処を取るべきだったが、またも勢いに任せ、片足を軸に一回転すると、そのままの勢いで剣を振り、命中直前だった剣を捌いた。
 確かにこれなら、【踏み止まり→構え直し→対処】のパターンより若干早い対応となる。
 だがそれはあくまで若干であり、瞬間的とは言え、相手に背を向ける上に動向が視界から消える事となり、精神的な面で、おいそれと実施できる行動ではない。
「よくもまあ、そんな真似が出来る。勇猛と言うより無謀に近いな・・・・」
 その点をふまえ、カールは驚くよりもむしろ呆れを持ってキーンを評価した。
「闘いはどれだけ相手より無茶が出来るかで決まる・・・・って、持論を持ってるんです」
 ぶっきらぼうにキーンが応えた。
「常識を無視する事が奇策とでも思っているのか?」
「さぁ、そこまでは意識してません。だいたい、その常識ですら明確な範疇を得てはいないでしょうに」
「まともな生活の出来なかったお前の、皮肉か」
「そう思われて結構!だが俺は村をこの生き方に引け目は感じていない。今の俺は、この生き方のおかげで存在しているんだからな!」
 叫んで、いきなりキーンは手に持っていた剣をカールに投げつけた。
「!?」
 意図が読めぬまま、反射的にそれを弾いたカールであったが、剣には気も込められていなければ、何の細工もされていなかった。
 逆にそれがカールの注意を引く結果となる。
 キーンはカールがが気を取られている隙に、手近な石柱の上に飛翔すると、両腰から最後の武器となった二本の大型ナイフを逆手で引き抜き、石柱から飛び降つつ落下速度を加えながらカールめがけて迫った。
「これで、終わらせる!」
「させるか!」
 カールは有無を言わせず気孔弾を放つ。落下中でもあるため、その相対速度は急速に縮まる。過去、キーンはこの手の砲撃を、飛んだり天井を蹴ったりと、急な方向転換の形で回避を行ってきた。だが今はそれすらも出来ない状況下にある。
 カールは特にこの状況を作り出すことを意識したわけではなかったのだが、そう言った回避のしかたをすると聞かされていたため、この状況がチャンスと瞬時に判断し、行動に移ったのだった。無論、この一撃で致命傷に追い込めるとは思ってはいない。だが、受けざるを得ない事は確実で、間違いなく体勢は崩れる結果となる。そしてそれはそのままカールの勝機にも直結すると思われた。
 迎撃を行っても、その瞬間を狙って斬り込めるように構えているカールの頭上で、キーンがまともに気孔弾を受け、爆煙に包まれた。
「俺の勝ちだ!」
 カールは歓喜に満ちた叫びを上げた。そして爆煙の中から落ちてくる影に対し、一刀は突き出し、一刀は横振りの追い打ち攻撃を行った。
 二本の剣の同時攻撃が的確に目標を捉えた。手応えも確実だった。だがそれは人間の肉体ではなかった。
 感触でそれに気づいたカールは改めて自分が攻撃した物体を確認する。
「っ・・・またか!」
 それは、またしても石の塊、石柱の一部であった。キーンは、またも忍者の技術を用いてカールを欺いたのである。
「畜生っ!」
 カールは呻きながらキーンの姿を捜した。
 それはすぐに確認できた。彼は気孔弾が命中する直前に自らも気孔弾を作り、近距離で衝突させて相殺し、その爆煙で身を隠すと素速く、真横にあった石柱にも気孔弾をぶつけ、その一部を砕いた。そして一つの破片を素速く変わり身に使うと同時に石柱を蹴り、横合いの爆風も利用して真横に飛び、その先にあった石柱まで移動していたのである。もちろん、この動作は一瞬のうちに行われている。
 カールがキーンの姿を認めた瞬間、彼は石柱を蹴って反動をつけ、三角飛びのように斜め方向から落下に近い突進を敢行する。
「二刀一閃!」
 キーンの左右同時攻撃が放たれた。
「こざかしいぃ!!」
 キーンを発見するのが早かったのが幸いしたのか、カールが咄嗟に応じた二刀流技、『比翼流星』の一太刀が、自分の喉元を狙ってきた刃を受け止めた。一撃の威力は格段にキーンの方が上だったが、カールの剣はそれに耐えきり、完全に相手の動きを制した。
 そして、スピード面では勝るカールの剣技が弧を描いてキーンの大型ナイフを捉え、まるで掬い上げるかのような鮮やかさで、相手の両手から大型ナイフを弾き飛ばした。
「今度こそ、貴様の最後だ!」
 武器を失ったキーンに、今度こそとばかりに両手の剣が振り下ろされた。
 その時、キーンが床を蹴った。逃げるためではなく、間合いを詰めるために。
 カールはこの状況を、剣の間合いの更に内側、つまりは密接状態での、『拳』もしくは気孔弾攻撃と、読んでいた。だが、臆する事なく彼は剣を進めた。このままで行けば、キーンが懐に入るよりも早く、自分の剣が相手を斬っている。そう判断したからである。
 例え肉体を気孔防御していたとしても、それを予想した上で、カールも剣に気を十二分に込めており、相手の防御力を上回った攻撃となっている。
 キーンが突っ込んだ時点で勝負は決まった。双方がそう判断し得る状況であったが、キーンの目には自分が斬られると言う事態を想定した恐怖や怯えは微塵も無かった。
 カールはその目を見て、それが何を意味するのか、言いようのない不安を瞬時に感じたが、今ここで剣を止める事だけは止めず、そのままの勢いで、剣をキーンに叩きつけた。
 剣は完全に振り下ろされた。
 間合いもカールの間合いであった。
 手応えもあり、何より相手には所有する武器も無い。
 ・・・・・・・・それでも、スローモーションの様にも感じる自分の視界には、粉々に折られた自分の剣の破片が舞っていた。
 今、目の前で起きている現実が信じられず、呆然となったカールは、この直後、自分の腹に今まで体験した事のない感触を味わった。
「な・・・・・・」
 ゆっくりと視線をおろして自分の腹を見ると、そこにキーンの左手刀の先が数センチ突き立てられていた。
 これが単なる手刀であれば、さほどの傷ではない。だが、キーンの手刀は淡い光を放っている。
 カールには判った。それが気孔の類の光であると言う事を。
「き、気孔剣・・・・だと?」
 そう。キーンは手に気を集中させ凝縮し、手刀に乗せる形で放出させて、気の『剣』として構成させたのである。数十センチの長さで気孔波を放出し続けていると思ってもらえば良いが、この場合、状態を口で説明するのと、実行するのとでは雲泥の差が生じる。
 その最大の問題はエネルギーの消費量で、仮に一般人が何らかの方法で同じ事が出来た場合、おそらく一分もしないうちに精根尽き果て倒れてしまうだろう。闘気士であっても当然、長時間の使用は不可能であり、剣の形状に維持する事自体、技術的に困難でもあり、その理論は知れ渡っているものの、公式記録で使用例が記載されいる事は極希であった。
 ある意味、伝説の技法にもなっており、カールがこの種の攻撃を想定していなかったのも無理はない。
 だが、実際には、キーンの左手刀から伸びる気孔剣が、カールの腹を貫いている。そして右手刀にも、ショートソード程度の長さではあるが、はっきりと気孔剣が形成されており、キーンはまずこれを用いてカールの二本の剣を砕き、もう一方の気孔剣で刺したと言う訳である。
「・・・・俺の気を込めた剣を砕くほどの・・・・気孔剣・・・そんな・・馬鹿な・・」
 先の、『核』を持った気孔弾の理論同様、武器に気を込めた場合、その破壊力や硬度飛躍的に上昇する。その差は込められた気の量や、武器そのものの性能・強度によって変化する。
 同レベルの闘気士が気を込めた場合は、込めた物によって、込める物が同じであれば、闘気士の能力が、その勝敗を左右する。もちろん、気孔剣と違い、触媒に気を『まとわりつかせる』ため、消耗度も低く使い勝手も良い。
 今回の場合、カールと言う達人級の闘気士が込めた剣を砕くほどの気孔剣を何の触媒も無しに、しかも二刀流で行ったのである。
 およそ彼の常識を遙かに凌駕した技で、キーンは勝負を決めた事になる。
「なぜ、なぜ、俺が負ける!?激戦をくぐり抜けてきた俺が・・・・」
 力を失い、ぐったりと膝をつくカール。気孔剣によって貫かれた腹からは、鮮血が止めようもなく溢れ出す。
「くぐり抜けてきた戦場の差でしょうね」
 大きく息を吐いて気孔剣を消すキーン。さすがに触媒も無しに気孔剣を作り出し、彼の疲労度も高く、それは表情からも判別できた。
「何だと・・・?」
「貴方は強さを求め村を裏切り、積極的に動く傭兵団に加わったみたいだけど、結局は『最強』の知名度を広めるための闘いが主体だったって事だ。だけど俺は違う、例え何であれ、生き残る事が目的の闘いばかりだった・・・・『最強』なんて言うどうでもいい肩書きじゃなく、どんな状況下でも生還できる『純然な強さ』を求めた。その根底の違いが闘気士である俺達の闘いの結果に表れたんだ」
「俺の闘いが・・・ただの売名行為だと言うかっ!?」
「別に強さを認めてもらわなくても、実力があれば問題ないはずだ。だがあんたは強さを知らしめる方向に歪み、より強くなれる機会を失ったんだ。闘う相手さえ間違ってなければ、俺よりも強い存在でいられたはずなのに・・・・・」
「・・・・・・馬鹿言え・・・かつての師を・・・・お前が美化するのは勝手だが、俺にだって限界ってものがある。俺では、どうやったって、気孔強化された剣を破壊するほどの威力を秘めた気孔剣を作る事はできん・・・お前が尋常ではないんだ・・・・・そうでなければ、俺の面子が保てん・・・・一体どうすればそこまで出来る」
「無我夢中で闘う・・・・それだけです」
 率直に、本音で出た言葉がそれだった。
「幻獣・巨獣・魔族・竜族・国家、勝つにしても負けるにしても、とにかく強大な相手とね・・・・」
「そんな考え無しでよく今まで生きてきたものだ」
「もちろん勝てない敵も多かった。だからこそ最大の課題が『勝つ』のではなく『生き残る事』としたんだ。人間は鍛えなければ肉体的には脆弱な生物だろうけど、一度負けた相手でも、鍛えたり闘い方を工夫する事によって勝利を得る事が出来る精神的な図太さがある。進化と言う程の事ではないけど、それを積み重ねる事によって、強くなれる・・・・見ようによっては、他の生物と違ってかなり未完成な存在だと、自分では思っている」
 その言葉を聞いて、カールは過去を思い出していた。
(未完成な生物か・・・そう言えば、この塔で魔王を自称する奴も似たような事を言っていたな。奴は、その未完成ゆえに、戦闘生物への極端な改造が行えるんだと言ってたな。結局こいつは人為的な改造を施さず、自力で自らを強化してきたって訳だ・・・・)
「未完成が聞いて呆れる・・・貴様も十分、化け物の仲間だよ。よくもそこまでなったものだ・・・・」
「ここまでの力が必要でしたからね。復讐には・・・・・」
「とりあえず、その一端は達成できたと言う訳だ・・・さあ、俺に止めをさせ」
「断ります」
 カールの覚悟に対し、無碍に拒否を言い放つと、キーンは闘いで弾き飛ばされた大型ナイフを回収し始めた。
 そんな様子をカールは血の気を失った顔を歪ませ睨んだ。
「どういう事だ、今更俺に情けをかけるとでも言うか!?」
 その抗議に対するキーンの視線はひややかだった。
「人に頼らなくても、放っておいても貴方はじきに死にます」
 言われるまでもなく、カール自身それが分かっていた。だからこそ彼は、敵対者の手による死を望んだのである。
 徐々に訪れる死が恐ろしい訳では無い。闘い終わって死す事より闘いの場で死ぬと言う、戦士としてのプライドの問題だったのだ。
 そしてキーンも、その信条を見抜いたからこそ、人生をかけた敵討ちの一人であるカールに手を下すことを拒んだのである。
「貴様は、敵を野放しにするつもりか、甘すぎるぞ!」
 既に蒼白になりつつも、カールは怒鳴る。この時彼は、キーンに殺してもらうために、気力を振り絞って生きようとする、妙な状況を形成していた。
「もう貴方は、俺の敵には成り得ません。放置しておいて障害となる可能性なんてありません。時間の無駄ですから行きます」
 ナイフを回収し、投げ放った剣を見つけ、それらを鞘に納めると、キーンはカールを一瞥し、本当に無防備に背を向け立ち去ろうとした。
 無言のまま数歩進んだ時、キーンの左腕に何かが刺さった。苦痛に僅かに顔を歪め、それを確認すると、刃物らしき物が突き刺さっていた。それは剣の切っ先の一部であった。
 無言のまま、その投擲者の方に視線を向けるキーン。
 そこには、喘ぎながらもふてぶてしい笑みを浮かべるカールの姿があった。
「ば、馬鹿が、そんな甘い事を言ってるから不必要な怪我を負う羽目になる。俺はこの通りまだ、闘えるんだ・・・・」
「・・・・満足ですか?」
 カールの言葉が終わるよりも先に、キーンが問いかけた。
「な、何?」
「かつての弟子の一人に敗北し、戦士としての死を与えられず、あげくに卑怯にも背後から悪あがきを行って、それが致命傷どころか、ろくなダメージにもなっていない」
 キーンは腕に刺さった剣の破片を抜くと、一瞥した後、興味なさそうに床に捨てた。
「最強の肩書きを求めた貴方は、今、自分でその資格も誇りも投げ捨てたんだ。戦士の最後としては醜悪だな・・・・・」
 カールは歯噛みした。先程の攻撃に対する報復による死。それこそを望んでの行為だったのだが、相手はそれすらも行わず、結果として自分自身を陥れる結果となってしまったのだ。
「殺せぇ!!!!」
 最後の力でカールは絶叫した。
「貴方に、そんな祝福を与えるつもりはありません。これが貴方に対する、俺の出来る最大の復讐です」
 そう言い放ち、キーンは今度こそ本当にその場を去った。もはやカールに追い打ちをかける力は無かった。


 しばらく歩き闘技場の端に来たキーンは、そこで最初に投げた槍を見つけた。
 幾つかの石柱を砕き、闘技場の壁をも砕いていた槍は、その瓦礫に埋もれていたのだ。
 僅かにのぞいていた柄を握り、それを引き抜いたキーンは、槍を軽く振り回して構え、異常がない事を確認する。
 しばらくその場に佇み、何かを考えている様でもあったが、突如彼は雄叫びを上げたかと思うと、槍を正面にあった瓦礫の山に叩きつけた。
 その衝撃で瓦礫が方々に散り、鋭い破片などは周囲の壁や石柱に突き刺さる。
「くそっ!」
 呻いたキーンが今度は槍を横振りし、手近な石柱を砕く。
 彼は力一杯握っていた槍を見つめ、激しく震えた。怒りという感情が彼の体内を駆けめぐり、言いようのない苛立ちをまとわりつかせていたのである。
「ようやく、ようやく、俺の捜していた敵が出て来やがった!だが・・・だが、俺は・・・かつての仲間を倒さなくちゃならなかったのか・・・・畜生・・・」
 幼き頃のキーンに、仲間が裏切っていたと言う発想はなく、それ故、仲間は神聖化していた。その思いのまま現在に至っていただけに、彼にとって今回の一見は少なからずショックであった。
 早い時期から大人の世界を垣間見、色々と染まり、変わって生きていたキーンが唯一残していた部分が、無惨にも打ち砕かれたと言っても良かった。
 キーンはしばらくの間、沸き上がる苛立ち・怒り・悲しみの複合されたやりようのない感情を鎮めるように、周囲の無機物を破壊し続けた。もともと敵に対しての破壊衝動が大きかった彼は、それこそ幻に近かった『敵』の存在が現実的となり、力を開放するがごとく荒れ狂った。

 おおよそ、人間が行ったのでは無いだろうと思われるほどの破壊行為を終えた後、彼は落ち着きを取り戻した。傭兵としての仕事を再開しようと思い立ってはいたが、もはや状況は単なる依頼の遂行で終わる事ではなくなっていた。
 生涯をかけた目的が、達成されるか否かの問題となり、今まで遵守していた傭兵としての立場すら放棄しても厭わないと思い始めてもいる。
 この国に対する、責任を果たす事に始まった一件は、キーンの過剰な闘いによって、拡大され今まさに、人生全てを賭けた闘いへと発展していた。
 人間にはそれぞれの人生と言う道が存在し、多くは独立した存在である。
 だが、この塔はそれらを集約するがごとく、何人かの運命を揺るがしていた。そしてそれが行きつく先は、誰にも分からず、そして定まってはいなかった。     


つづく




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