「くすぐりの塔2」 -勇者降臨編-
     




 -第九章 魔獣空間-

 キーンが5階を制覇するのには、かなりの時間を要した。
 ひらけたシンプルな空間で、妨害者もたった一名のみであったのだが、その一名が問題だったからである。
 それはかつての同胞であり、師であり、目標でもあった人物・・・・
 それが障害として立ちはだかり、かつて無い高レベルな闘気士同志の闘いが繰り広げられた。
 激闘の末、キーンは勝利したものの、避けることの出来なかった同胞同士の闘いに、彼の心は重く沈むのであった。

 その精神的ダメージから回復するための時間も加わったため、構造上、最も簡単と思われた5階の攻略に予想以上の時間を要したのであった。
 それでも、一度気を取り直したキーンは強かった。割り切ったと考えれば良いが、彼はそうする事によって、行動に支障をきたす事を避けていたのである。
 6階へと続く階段を昇り終えた瞬間、キーンはいきなり身構えた。
 そのフロアに今までにない違和感を感じたためである。自然と鳥肌が立ち、例えるならいきなり生き物の体の中に入ってしまったような、妙な感覚であった。
「・・・・・・何だ?ここは・・・・」
 未知なる物に対する恐怖感は誰にも消す事は出来ない。知らないが故に、勝手にありもしない驚異を想像し、その予想に対し己自身が警戒心を抱くためである。
 無論キーンも、かつてない異質の空気に、例えようのない警戒心を抱き、構えをろくに解く事が出来ないでいた。
 何もないはずがない。今までの経験からそう判断したキーンは、不慣れな状況ながらも、周囲に気を配った。
 気配は感じられた。それもあちこちから。だがキーンはそれが実体ではなく、意図的に歪められた様な感覚を感じ、すぐには反応を見せないでいた。
 実際、キーンは判断に迷っていた。闘気士として肌(本能的なもの)で感じる気配と、忍者として物音・空気の振動で感じる気配とでは、それぞれに感じる位置が異なり、本来重なっていなければならないそれが、一つも感じられないため、何らかの力の関与を認めざるを得なかったのだが、その正体が掴めないでいたのである。
 敵意そのものは感じられなかったが、異質なる気配は、妙な細工を施され、確実にキーンに伝わっている。
 更に言えば、今彼は、開けた空間に立っていたのだが、その視界内に気配の源である存在が、影も形も見受けられなかったのである。
真っ先に考えたのは魔法による幻影であった。それによって、本来の姿を覆い隠している可能性が大いにある。
 今の乏しい情報から、それ以外の仮説を見いだせなかったキーンは、最も手っ取り早い手段で、その確認を行った。
 気孔弾の投擲。
 彼は、気配を感じる方向の一つに向けて、無造作に気孔弾を放ち、その様子を窺った。
「・・・・・・・なっ!?」
 妙な反応・気配の変化が無いかと、気を配っていたキーンは思わず唸っていた。
 自分が放った気孔弾が、ある空間で何の前触れもなく、全く反対方向、即ちキーンの方めがけてターンしたのである。否、ターンと言うよりは、ボールが壁に当たって跳ね返ったと言う方がこの場合は適していた。気配の変化もなく、気の乱れも生じる事なく起きた現象に、彼は思わず躊躇する。
 予期しなかった気孔弾の反転に対応が遅れたキーンは、結局かわせないと判断し、その攻撃を自らの腕によるガードで受け止めた。
もともと牽制目的の一撃であったため、大きな破壊力を秘めておらず、ダメージには至らなかったが、意表を突くと言う闘いの基本においては、先手を取られたと言って良かった。
 キーンは今の一撃に乗じての攻撃を考慮し、素速く身構えたが、敵の追い打ちは襲ってこなかった。
「・・・・・・・どういう事だ?」
 彼にしてみれば有難かったが、敵対者の対処としては甘すぎる現象に、彼の抱く疑惑は自然と大きくなっていった。
 不可解な空間に不可解な反応。攻略者にとっては情報不足により躊躇する所であったが、今の彼は反応が単純であった。
 彼は横移動しながら、先程と同じ空間に向けて何発かの気孔弾を放つ。この行為に攻撃の意図はない。例え目標に命中したとしても、下級モンスターを倒せるか倒せないか程度の威力しか無い。
 時間差で放たれた気孔弾は、別角度でそれぞれ先程と同じ空間に達すると、これまた先程と同じように方向を変え、逆戻りを起こす。だが、それはあくまで正確なターンであり、キーン自身を狙ってのターンでは無かった。それを見て、彼は納得したように頷いた。
「単純に、攻撃ポイントに反射させるだけか」
 次々に床に着弾し、消える気孔弾を見て、キーンはその特性を悟り、後はいきなりその空間に突進をかけた。
 得た情報は、あくまでも少ない。にもかかわらずこの行為に至ったのは、ある種の自暴自棄的な意識があったのかも知れない。キーンは雄叫びを上げながら槍を突き立て、気配のする空間=気孔弾を反射させる空間に向けて突進する。
 剣などの直接攻撃であれば『反射』はされないだろうと、何の根拠もなく考えていた彼は、記憶している『反射』ポイントに達すると同時に、引いていた槍を勢いよく突き出した。
 槍の切っ先が問題の空間に達すると、空間がまるで水面の様に波打ち、突き立てて行くに連れて槍の穂先がその中に消えていった。
「やはり幻影魔法か!」
 確信したようにキーンは言ったが、槍にはまるで手応えは無かった。そう、幻の壁のすぐ先に敵がいなければならないと言う常識も無いのである。
 勢いがついていたキーンは、そのまま止まることも出来ず、自らもその空間の中へと飛び込んで行ってしまう結果となる。
 偽りの景色によって覆い隠されていた空間内に転がり込んだキーンは、体勢を立て直すと同時に、身を強張らせた。釈然としなかった異質なる気配が今、はっきりと身近に感じられたのである。幻影魔法によって視覚と同時に覆われていた気配が今、遮る物が無くなった為、直に感じられる様になったのである。
「何だ!?何がいる?」
 感じる気配からして生物である事は確かであった。だが、キーンは今までこの様な気配を感じたことがない。
 本能的に視線をその方向に向け・・・・・・彼は硬直した。
 そこには巨大で異質なる物体が鎮座していた。
 『それ』は無数に蠢く丸太のような触手と、そこから無秩序に枝分かれする大小様々な触手・・・・それが大半を占めていた。いわばイソギンチャクの先端部分だけが巨大化しているようなものであった。
 成体のドラゴン並の大きさのそれは、確かに生きている事を証明する様に脈動してはいたが、無礼な侵入者であるキーンには気づかないのか興味を示していないのか、全く動きを変化させる様子を見せなかった。
「何だあれ?あんなの見た事がない・・・・」
 今までとは全く違った意味で、キーンは塔内で良く言う台詞をもらした。
『貴公の捜している物の一つさ』
 おもむろにキーンの視界外から声がした。パターンであれば、素速く臨戦態勢を取るところであるが、今まで不意に声をかけられる事ばかりであったキーンは、その状況に慣れてしまったのか、全く動揺する素振りも見せずに、目の前の巨大生物を見上げていた。
「捜している物の一つ?」
 平然と声の主にキーンは問うた。
『王女から依頼を受けているのだろ?戦闘続きで目的を忘れたか?』
「ああ・・・・・」
 言われて思い出し、ポンとキーンは手を叩く。
「これが『秘宝』なのか・・・・さすがにでかい・・・・」
『『魔獣』の方だ』
 キーンの誤認に、声はさり気ない訂正を加える。
「分かってる。冗談だ」
 冷静な相手のツッコミに、キーンも素速く切り返す。
『余裕だな・・・・あれに襲われる事を心配しないのか?』
「ここに来て今だに襲われないって事は、無差別な殺戮を行う生き物じゃないんだろ?危険度だけで言えば、何時襲ってくるのかも知れない、あんたの方がよっぽど・・・・」
『たった一人で、塔を蹂躙している貴公こそが、最も危険・・・と、私は思うがな』
 キーンの主張を不本意に思ったのだろう、声は彼の意見が言い終わるよりも早く反論を述べた。
「それは噛みついてきたらの話だろ。素直に道を空けてくれれば、こっちは何もしないさ。そもそも、最初に塔の外で大勢の歓迎を受けたときも、代表者に取り入ってくれって平和的に頼んだんだが、聞いてもらえなかった」
 今更ながらに門前払いを受けた件を持ち出すキーン。やはり、話も聞いてもらえなかった事を根に持ている様である。
『それで、全員を始末した訳か・・・・・』
「向こうもそのつもりだったからな。数からして違ったってのに、手加減なんかしている暇もないだろ」
『向こうに言わせてみれば、降伏する暇も無く、殺された・・・・と、言うだろうな』
 妙に事情に詳しいなと、キーンは思った。少なくとも、現場にいたモンスターは全て処分したつもりであったため、相手は『生存者』ではなく『目撃者』であろうと言う認識で会話を続けた。
「・・・・あんた、見てたのか?ところで悪いんだが、もし、あんたが恥ずかしがり屋でもなく幽霊でもなく、自分に少しでも自信を持っているんなら、そろそろ姿を現してくれないかな?こうして見えない相手と喋っていると、なんだか怪しく見えてしまう・・・」
『これは失礼。微かな気配に対しても、いきなり攻撃を仕掛ける御方なので、不用意に姿を見せると、その瞬間に殺されそうだったので、つい、警戒していた』
 声がわざとらしく言うと、キーンの正面、数メートル先の空間が歪んで水面の様な波紋を発生させる。そしてその波紋の中心から、周囲の風景に溶け込むかのような配色が施された全身鎧に身を包んだ一人の男が姿を現した。
「おお、人間!?でも、こんな異質の幻影魔法を使うから、又怪しげな姿に変身したりするのかな?」
 わざとではない。姿を現した相手が人間の形態であった事に、キーンは本気で驚きを見せていた。
「そこまでの芸達者じゃない。俺は光と影の関わり、そして空間をほんの少し操れるだけにすぎない」
 人間では到底不可能な事を、目の前の『人間』らしき人物はしれっと言った。
「で、その芸を極めた、あんたの名と肩書きは?」
「名はミラー。以前は、とあるフロアの警備責任者をしていたが、今は単なる、魔獣の管理人だ」
「管理?それが必要な程の生き物なのか・・・・これ?」
 キーンは蠢く巨大ミミズ玉を指さし、問いかけた。
「無論、建前さ。結果から言うが、こいつの戦闘力は皆無だ。生命力も低いと言うわけでもないが、実際には今、王宮に残っている程度の戦士達にでも、倒そうと思えば倒せる見かけ倒しなのさ」
「だから、外敵から隠すようにしていたと?でも、それだけじゃ、こいつが『魔獣』と呼ばれる理由がない・・・・他にあるんだろ?」
「もちろんだ・・・だが、こいつを魔獣として実感できるのは、女性だけだがな」
「?」
「今、その目で見せて説明しよう。きっと気に入るぞ」
 ミラーは自分の言葉に戸惑いを見せているキーンを見て、楽しそうにそう言うと、顎で上を見るよう促した。
 それに従い、キーンが上に視線を移すと、魔獣の称号を持つミミズ玉の上に、幾つものガラスの破片のような物が集中し大きな塊と化すと、その中央部が平らに変形して大きな鏡へと変貌する。
「何の真似だ?」
「質問は、最後まで見てからだ」
 ミラーが軽く右手を捻った。それを何かのリアクションと感じたキーンは、再び宙に浮かぶ即席の鏡を見やった。すると、鏡に一人の少女らしき人影が映っているのに、彼は気づいた。
「!」
 一瞬こちらの死角、魔獣の影に少女が囚われでもしているのかと思ったキーンであったが、それはすぐに間違いである事に気づいた。もしそうであれば、少女と共に必ず映っていなければならない魔獣の姿が、その鏡には映っていなかったのである。
(鏡を利用した転移ゲートの一種か・・・・)
 彼の予想は正しかった。鏡に映る少女はだんだんと大きくなり、まるで上から落ちてきたような勢いで鏡面に達したかと思うと、そのまま素通りし、魔獣の上へと落下した。
 キュアァ!
 いきなりの落下物による衝撃に、魔獣が唸り声を上げた。だが、それだけでは済まず、更に二人が続けて鏡から落下し、同じように魔獣の上へと落ちて行った。
 少女達三人は、落下のダメージよりも、自分が何の上に落とされたかを知ってショックを受け、悲鳴を上げながらそれぞれに逃げ出そうとした。
 本来なら、キーンも助けに行くべき所であったが、戦闘力皆無とされるあの巨大生物が、『魔獣』と呼ばれる秘密を知りたいと思うがあまり、その行動を抑制していた。彼の目的でもある『魔獣』と『秘宝』に関しては、今でも情報は足りていないのである。
 少女達は、うねる触手の上をバランスをとりながら移動していたが、魔獣も自分の上に獲物である『女』がいる事を察知して、反応を見せた。
 巨大な触手が大きくうねり、少女達に襲いかかると、くるりと巻き込んで、取り押さえてしまった。触手はその巨大さに見合わず、力加減は絶妙で、少女達は逃げることは出来なくなったものの、その身が過剰な力で圧迫され、苦しくなると言う事はなかった。
 だが、だからと言って、彼女達の身が安全であると言う訳ではない。むしろ、これから何が起きるかが分かっているだけに、彼女達はより一層、焦りを感じるのだった。
「ああ・・・いや、いやぁ!」
「だ・・・だめっ!よして!!」
「誰かぁ~!助けてぇ!!」
 少女達はあらん限りの力を込めて身を捩り、自由な手足を振り回しては胴に絡みつく触手を殴打して、触手を振り解こうとしたが、効果は全くなかった。
 魔獣は、そんな彼女達の無駄な抵抗にも悠然と構え、自分の本能に従った行為を着実に開始し始めた。
 彼女達を捕らえた触手がそのままの体勢で三人を上へ持ち上げ、一時的に本体との距離をおくと、彼女達の真下に当たる位置に、別の触手が移動して止まる。
「・・・・?」
 当然、何か意味があるのだろうとキーンが見ている中で、その触手は変化を見せた。
 表層が、ボイルしたソーセージのようにパリッと裂けて捲れると、裂けた中から人間の平均的指先よりやや太い程度の触手が姿を現した。それも一本や二本ではない。捲れ上がった部分全体がその小さな触手で埋め尽くされていたのである。おそらくは太い触手の全てが、小さな触手で覆われており、その上に表皮のような物が被さり、保護している様になっているのであろう。
 姿を現した小さな触手は、それぞれが個々に生きているかの様に、うねうねと動き始める。見るからに身体がムズムズしそうなその動きは、上にいる少女達を要求するダンスにも見えた。
 そして準備が整ったのか、少女達を捕らえていた触手は、表皮から姿を現した小さな触手が蠢く所へと、獲物をゆっくりと降ろし始めた。
「いや、いやっ、いあやぁ!」
 少女達が狂ったように悲鳴を上げて藻掻いた。両足を上に上げ、少しでも遠ざかろうと抵抗して見せても、現実的にはその距離は縮まる一方であった。
 そして、彼女達の身体が触手のほぼ真上に来ると、どこからともなくロープのように細い触手が何本も伸びてきて、彼女達の足首に巻き付き、閉じられた脚を大きく左右に広げた。
 三人の脚が、本人の意思とは無関係に、強制的に開かれたのと同時に、身体を持ち上げていた触手から拘束力が失せ、彼女達は小さな触手が蠢く触手の上に、跨るような体勢で落ちて行った。
 女体の訪問を受けた小さな触手は、待ってましたと言わんばかりに顕著な動きを始める。特に、女体の触れている部分は一層活発に蠢き、内股・股間と言った接触面を積極的にまさぐりだした。
「はぁっ!?あああああっ!い、いやぁ!!!!!」
 自分達の想像を遙かに上回る危険な快感を股間に受け、少女達は悲鳴を上げた。
 このまま快楽を送り続けられれば、自分達は例外なくそれに流され、行きつく先は、目にも見えず、実質的には何の拘束力もない精神的縛鎖による永劫の隷属となってしまう事が分かっていた。故に跨ぐ状態から逃げ出したいと思いはするものの、彼女達の両足首に巻き付いた触手がそうはさせじと引っ張る力を強め、逆に彼女達の股間をより強く、触手に押しつけるようにしていたのである。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!は、はぁっぁぁぁぁぁぁ!・・・・あああぁぁぁぁ・・・・」
 休む間もなく股間を責められ、必死に悲鳴を上げ、そして身悶えて、自己を見失わないようにと努力する彼女達であったが、その抵抗も秒単位で弱々しくなっていくのが、キーンにも手に取るように分かる。女性でないため、その快楽に実感が持てなかったものの、どの様な女性でも、この魔獣の前では陥落してしまうだろうと彼は思った。
 一人の少女は両手を股間と触手の間にやり、最も弱い部分を懸命にガードしようと試みた。だが、滑りのある触手はその先端をクネクネと器用に震わせ、そのガードの中に潜り込んでしまう。
また一人の少女は、自分の跨っている触手に手をついて力を込め、腰を浮かせようと試みたが、力が加わる度に、足首を引っ張る触手も同等の力を発揮し、腰を浮かせようとする力を相殺させていた。
 また一人の少女は、身体を思いっきり傾け、跨っている触手からの落下を強引に試みた。しかしそこでも足首に絡まっている触手が、微妙な力加減を発揮して、その行為を妨害した。
 魔獣は、少女達の抵抗をその都度妨害していく中、止めとばかりに更なる責めを開始する。
 股間を懸命にガードしようとしていた少女の両手首に細い触手が巻き付き始め、彼女がそれに不安を感じた直後、触手がグンと彼女を後方へ引っ張り、その身体を仰向けに倒す形となった。
 触手は限界まで彼女の両腕を引っ張り、その結果、少女は、触手に仰向けの姿勢で抱きつくような奇妙な体勢となった。これは少女にとって最悪の体勢であった。
 背に密着した状態となった触手の群が活動を開始し、少女の背中全体を刺激し始めたのである。
「はひっ!はっ・・・・あああっ!!」
 突如背中全体を襲った感覚に、少女が息を詰まらせる。触手の群の無軌道な動きは、多感な少女にマッサージに似た快感と、ムズムズとしたくすぐったさを同時に与えていた。だがやがて、その感覚は、くすぐったさが勝るものとなった。
「やはぁ、ああ・・あはっ、やはっ、く、くすぐったいぃ!」
 少女は腹筋に力を入れ、背中を襲うくすぐったさから逃れるため、身を起こそうとした。だが、両腕に巻き付き、引っ張る触手の力を上回る事が出来ず、僅かに腰を振る程度の抵抗しか出来なかった。
 更に、それだけでは飽き足らないのか、彼女の背の下に位置できなかった周囲の触手がそのリーチを伸ばし、まだ触れられていない、両脇下から腰、そして太股の両サイドに群がり、遠慮なく撫で回し始めたのである。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!あああっ~っははははははははははは!や~っっはははははははははは!やっ、やめっ、やはははははははははははは!きゃぁぁぁぁぁぁ!」
 触手の無慈悲な全身ソフトマッサージに、少女は瞬間的な抵抗も見せる事無く、笑い悶えた。顔を苦しさで歪めさせ、狂ったように悶笑しながら反射反応のように身体を震わせ、辛うじて動く腰を振り乱して、少しでもこの地獄から逃れようとのたうち回る。
 しかし、そんな抵抗すらも嘲笑うかの様に触手はうねると、彼女の身体が頂点になる位置で、なだらかな曲線を取った。
 これによって、彼女の身体は仰け反る形となって身体が伸びた状態となり、腰を振り乱すことさえ困難になってしまった。
 そこへ、こことぞばかりに小さな触手が殺到する。
「ああっ!はぁん、いやっはははははははははははは!ひゃっははははははははははははは!いっはははははははははははははぁ!」
 少女の悲鳴と喘ぎの入り交じった笑い声が更に甲高くなったが、それに対して身体の動きはほとんど無くなっていた。だが、彼女の身体を襲う感覚は秒単位で激しくなっている。その事を、彼女は激しく首を振り回す事によって表現していたが、誰にもどうする事は出来なかった。
 間もなく彼女の意識は、くすぐったさと快楽に呑まれてしまうであろう。

 もちろん他の少女にもその悲劇は訪れていた。
 腰を浮かそうと懸命になっていた少女の両手首にも触手が絡み、こちらはそのまま前へと引っ張る力が加わり、彼女は手を滑らせて前のめりになり、先の少女とは逆に、跨いでいる触手に抱きつくような体勢なった。
 そして同様の現象が起きた。即ち、俯せ状態となった身体前面に対する触手の撫で回しが。
「あっああああああああぁぁぁぁぁぁ!」
 腹・胸・脇腹・脇の下・臍・下腹部などが一斉に責められ、堪えようもない刺激に少女は悲鳴を上げて身体を痙攣させ、吐ききった息の中で、クックとしゃっくりにも似た笑い声を漏らす。
 縛られた手首が暴れ回り、開いたり閉じたりしてその刺激の強烈さを物語る。身体がびくびくと震えていたが、既に触手の一部が彼女の腰の辺りに伸び、跨っている触手に押さえつけて、僅かな逃亡さえも許さなかった。その様相は、触手と彼女が互いに抱き合っている様にも見えたが、無論、少女の方にそんなつもりなど無かった。出来るものなら、一瞬でも早く、この地獄から逃れたいと思っていたが、彼女の力ではその願いは実現不可能であり、ただ一方的に送り込まれる激しいくすぐったさと快楽に翻弄されるだけだった。
「ひゃっっっっっはははははっはははははは!あ~っっっはははははあっははあはははは!ああっああっはははははは!・・・・・はぁっひゃっっはぁん」
 触手に抱きついた格好のまま笑い悶えていた少女の声質が突如、艶やかな物になった。
 今までくすぐり的な力加減で蠢いていた触手の動きが一部変化したのである。押さえつけられ潰れた乳房を撫で回していた触手が、突如その数を増やして乳房をこねくり返すように揉み回し、更に細い触手が敏感な乳首を転がし始めたのである。
 突然の快楽に少女は身悶えしたが、快楽の発生源である触手から逃れることも出来ず、良いように弄ばれ続けた。
「はひっ・・・・は・・・はぁ・・い、いやぁ・・あはぁ・・」
 少女は両手を握りしめて送り込まれる快楽を堪えた。だが、触手が胸の周りを蠢く度に彼女の口からは堪えきれない吐息が漏れ、握りしめられた手からは力が失せていった。
 彼女の意識もまた、呑まれるのにさほどの時間は要さない事だろう。

 そして、床に落下してでも逃れようとしている少女には、左右から触手が襲いかかって両腕を捕らえると、そのまま一杯にまで左右に引っ張り、全身で『大』の字を作る体勢にした。
 だが、それだけでは到底済まず、前後からも触手が伸びて腰と腹の辺りで巻き付き、負担になる寸前の力加減で前後に引っ張った。これで彼女は、前後左右から均等な力で固定され、かなり身動きが制限された状態に陥った。
 そして、大の字でろくに動けないことを良いことに、数本の触手が蛇のように鎌首を擡げたような体勢をとって、彼女の周囲を取り囲んだ。
 その先端はうねうね蠢きながら、無防備状態となっている彼女の脇の下や脇腹を狙っていた。
「あ・・・あ・・・あ・・ああぁぁぁん!?」
 周囲に陣取った触手が何を考えているかを悟った少女は身震いしたが、突如、既に接触状態であった股間と内股部分の触手がぶるぶると震えるといった、今までにない動きをして責め立て、不意を突かれた彼女は、思わず喘ぎ声を出した。
 ビクリと僅かに身体が跳ねたが、それ以上の事は出来なかった。大の字にされたまま身体を震わせて、必死に快楽を堪える少女に、更なる責めが加わる。
 彼女の死角である背後にいた触手が、その滑りのある先端で、彼女の背筋を撫で上げたのである。
「ひゃあぁっっは!」
 股間の方に神経を集中させていた彼女は、この不意打ちに全く無防備で、思いっきり仰け反った。とは言え、前後の動きも制限されている状態のため、実際には僅かに腹を突き出した程度の動きでしかなかった。
 それでも、彼女の注意が背中に回ったのは確かで、触手はそんな彼女の注意の移り変わりを的確に見抜き、今度は反対側の腹をツンツンと突き出した。
「やはっぁ!」
 再び身を震わせ、出来うる限り腹を引っ込めるように反応する少女。すると今度は右脇下から右脇腹にかけてのラインを連続して突っつかれ、これにまた悲鳴を上げて反応すると、反対側である左脇腹から左脇の下までを同じように連続して突かれる。
「やはっ!・・・・あっ・・・・・・・・はぁっ・・・・あんっ・・・・・・・・・やっ!・・・・くぅっ!」
 彼女が身体を突っつかれて身悶えする度に、周囲の触手は異なったポイントを責め、決して一斉に襲いかかることをせず、単発的な不意打ちを繰り返した。
 まとまったくすぐったさは無かったものの、一撃一撃の瞬間的な刺激は確かに彼女の肉体を刺激し、堪えようと試みる肢体をピクピクと反応させ続けた。
 そして、彼女が身悶えする度に、比較的自由度のある下半身が揺れ、結果的に自らの股間を触手の上で擦らせる結果となる。
 股間が触手の絨毯の上を滑る度に、彼女は吐息をもらし始め、突っつかれるのとは別の感覚を堪えなければならなかった。
 だがそんな理性も徐々に崩れ、上半身を突っつかれるペースが変わらないのにも関わらず、彼女の腰の動きは淫靡で激しい物へと変化しつつあった。
 彼女の理性が完全に崩れ、快楽に没頭するのも時間の問題となっていた。


 その様な、見ているだけでは酷とも言える痴態をじっくりと眺め、ある程度の区切りをつけたキーンは、惜しいと感じながらも視線をミラーに移し、本題に入った。
「なかなかの見せ物だけど、意味があるのか?」
 今まで同じ様に成り行きを見守っていたミラーにキーンは問いかけた。
「まずは魔獣がどんな行動をとるかを・・・・・」
「そうじゃない」
「?」
「魔獣なるものが、ああ言う行為を行う事・・・それ自体の意味を聞いている」
 人間ならまだしも動物的要素が大きい魔獣が、女を嬲る欲求にかられてあの様な行動をしているとは思えず、魔獣なりの理由があるのが常識であると思っていたキーンは、この不可解な行為の真意を問うていた。
「要は、本題・・・・だな」
 おどけて見せて、ミラーは説明を続けた。
「あれは、魔獣にとっては食事に相当する行為なんだよ」
「食事?」
「ああ、正当な理由だろ。あの魔獣にとっては、人間がああ言う状態、つまりは性的快楽を感じた時に発する精神波こそが、食事なんだよ」
「と、言う事は、まだ成長するのか?」
 キーンには、アレに対する知識は持ち合わせてはいない。見た目はドラゴンサイズではあっても、まだ幼生と言う可能性も十二分にあるわけである。
「いや、アレはもうほとんど成体だ。したがって、食事は自身を維持するための行為だ」
「じゃ、間近にいる俺達が襲われないのは?」
「アレは女しか襲わない・・・・・女性専用なんだ」
「それじゃまるで、女性用の大人の玩具だな・・・サイズがでかすぎるて携帯には向かないが・・・・それで、アレのどこが魔獣として恐れられる?」
 この国の一同が魔獣と称し、恐れていた物の実体を知って、若干目眩を感じつつキーンは質問を続けた。
「見ての通り、その能力故にだ・・・・」
「?」
「見ていて気づいただろ。アレは比類無きテクニシャンだ。その上、小さな触手から徐々に分泌される粘液に含まれる催淫物質の影響もあって、一度アレに犯された女は例外なくアレによる快楽の虜になってしまう。アレにしてみても『餌』を手放さないための当然の処置だ。そして、快楽に捕らわれた女は、触手に捕らえられていなくても、アレが求めれば自らの身体を差し出してしまう。否、『餌』を求めていなくても、快楽を求めて女の方から身を差し出すケースもある。もちろん、他の人間による快楽では絶対に満足は出来ない。女にとっては性の牢獄。男にとっては女日照りの原因・・・・・・それが『魔獣』と呼ばれる所以さ」
「・・・・・・・・それだけか?本当に?」
 ミラーの力説を、キーンは呆然と聞きつつ確認を取った。
「ああ、実際、こんなのが世間で増殖して見ろ。数十年後の人類の存続の危機に陥ってしまう」
「くっ、くだらん!」
 真顔で言うミラーに、キーンは即答した。
「くだらんかな?」
「ああ」
 キーンは心底思った。確かに世界的影響から考えれば問題のある生物ではあるが、実際、『魔獣』と呼ばれるほとんどの生物は、大昔に人間が創造した物である事は、ある種の専門家の中では常識となっている。
 したがって、この魔獣も、時の男共がちょっとしたプレイ用に創造したと言う可能性もある。創造時から今までにどの様な変質があったかは分からないが、戦闘能力が皆無という事実は、アレが戦闘目的で創造されたのではない事を如実に物語っていた。
 そんな物を封印し、詳しい事情も知らずに恐れていたこの国そのものにキーンは呆れを感じずにはいられなかったのだ。
(だが、『女だけの国』にしてみれば驚異かな?殺さず封印していたのも、外見で勝てないと判断したからか・・・・それとも、まだ男がいた時代に、楽しむために残そうとしたのか・・・・いや、それよりも用途からして・・・・)
「質問を続けて良いか?」
 ふと、とある疑問が浮かび、キーンは再びミラーに視線を移す。
「どうぞ」
「『魔獣』としての存在価値は思いっきり低いが、ひょっとしてこいつを操る方法・・・・持っているんじゃないか?」
「何故そう思う?」
 ミラーは面白そうにキーンの反応を待った。
「わざわざ封印を解くくらいだから、こいつの正体は知ってたって思う方が自然だろ。と、すれば、自由に操れるのがパターンだから・・・ってのが、大きな理由だけど、更に考えてみれば、戦力としては望み薄の魔獣をわざわざ復活させてるって事は、その『能力』の方をを欲しての事だと思うな。・・・・実際、この国の住人を奴隷化するにはうってつけの存在だし・・・・・・もっとも、あんた達の戦力なら、こんな物なくても十分だろうけど、要は使える物は使うって程度で復活させたって事かな?」
 キーンの予想を聞き終わった時、ミラーは盛大に笑い声を上げた。
「お見事。おおむね正解だ。しかり、パターンだから・・・・・か、いや、確かに。確かに我々はこの国に眠る『魔獣』の正体を知っていた。そして本来の用途も。あれは夜の楽しみの為に創造された愛玩生物だ。人間に快楽を与え、その時に発する精神波を糧に生体を維持する画期的な生物だ。ただ、長い時を経て野生化したせいで、貪欲に糧を求めるだけの生物になってしまったがな・・・・・・」
 やはりとキーンは思う。結局の所、この魔獣も世間で蔓延っているモンスターと境遇は同じだった訳である。
「・・・・・・今、人間に快楽を与える・・・と、言ったが性別は関係なかったのか?」
「その様だ」
「では現在、『餌』対象が女性のみとなった理由は?」
「男より女の方が『餌』としての質が高いからだと、あの御方は言ってたな。快楽を得た時に発せられる精神波・・・要は快楽の度合いが大きいからだと・・・」
「成る程・・・・じゃ、最後の質問」
「好奇心旺盛だな」
「こいつを使ってのメリットは何だ?コレの方が効率が良いのは分かるが、奴隷化したりするなら、自分の手でやった方が楽しいのが道理だ。何に必要だったんだ?」
 今までスムーズに質問のやりとりを行っていた二人であったが、この質問に関しては『間』が生じる事となった。
「難しい・・・質問だな」
 おもむろにミラーは言った。
「どこがだ?」
「返答して良いかどうかが・・・・だ。理由は当然ある。だが、それを語って良いか、判断しかねるな・・・・」
「少なくても、あんたの意志じゃないって事か・・・・」
「無論だ。我々の行動の全ては、あの御方の意志によるもの。私的な意志を介入させている者など・・・・・」
 そこまで言ってミラーは口を閉じる。それからしばらく考え込んだ後、再び言葉を続けた。
「失礼、一人、個人的感情で動き出している者がいた。貴公も遭っただろ。ゼルだ」
 ゼル・・・・その名を聞いて、キーンはうなだれた。
「あいつか・・・・やっぱり根に持ってたか」
「生身の人間相手にあの様な敗北をしたのではな・・・・・プライドの高い奴だった故に、きっと復讐戦を挑んでくるだろうな」
「あまり好ましくない情報だけど、その時はその時。で、話を戻して、あんたはどこまでの事情なら話してくれるんだ?」
 誤魔化せなかった・・・・キーンの話題転化に、ミラーは小さく舌打ちした。
「効率が良い・・・・と言う点は断言できるな。快楽・くすぐり責めは女性から情報を聞き出すのに有効だからな。それを利用した・・・・・と言っておこう」
「誰から、何を聞き出す?」
「質問は最後では無かったのか?」
「あんな言われ方をすれば、新たな疑問くらい出来る!」
「それも道理だな。ま、この件はすぐ分かる事だから問題ないか・・・・」
 ミラーは独り言のように言うと、意味ありげにキーンを見て言った。
「王女から『秘宝』の在処を聞くために、あの魔獣を利用したのだよ」
 軽く言い放たれた言葉に、キーンは眉をひそめた。
「冗談だろ、王女を魔獣の『餌』にしたのか?」
「では、我らの手に『秘宝』がある事をどう説明する?王女より、聞き出したからこそだ。・・・もっとも、あの時点では完全覚醒していなかったので、使ったのは目の前の『本体』ではなく、『分体』だったが、効果はあったよ」
 キーンは当惑した。ならば何故、王女は今だ玉座に座っているのか?少なくとも自力で脱出した・救出されたという事は、あまり考えられない。
 ミラーは、彼のそんな様子を見て、その心中を悟った。
「聞いてなかったかな?ま、当然だろう。おそらくは側近にすら何をされたか語ってないだろう、あの王女は・・・」
 確かに・・・・キーンは妙に納得してしまう。『魔獣』『秘宝』に関して質問をしていた時を思い起こし、魔獣の正体を知らないと言いつつも、その存在に対し、断言的な発言があった事と、なんとなく様子がおかしかった事を思い出し、その原因がその一件にあるのだろうと予想した。
「それじゃ、何故、彼女を帰した?そのまま捕らえておいた方が、よっぽど効率的だっただろうに?」
「それには答えられんな。聞きたければ、我が主に問う方が早いだろう」
 ミラーは言い切った。
「なら、そうしよう」
 静かに言ってキーンは槍を構えた。
「試みに問うが・・・・何をする気かな?」
 返答は分かりきっていたが、あえてミラーはそれを問うた。
「あんたの役職を奪って悪いが、俺も仕事がある。依頼されたとおり、魔獣を処分して魔王に会いに行く」
 魔獣を上手く使えば、女を好きなだけ自由に出来る事をミラーは説明し、男の欲望をそれとなく煽ったつもりであった。だがキーンはそれには乗らず、己の任務を遂行する道を選択した。
 そんな選択が出来る彼に、ミラーは自分の主とは違った種類の尊敬の念を微かに抱くのだった。
「と、すれば、私は貴公と闘わなければならない。魔獣の管理者としてな・・・・・」
 そうなる事は、とうに分かっていたキーンは、構えた槍の切っ先を魔獣からミラーへと移し、相手の出方を伺った。
「あんた、強いのか?」
 ぶしつけな質問だった。だが、そう言いたくなる理由がキーンにはあった。目の前に立つ男の実力がいまいち把握できなかった為である。
「それが良く分からない」
 おどけてミラーは言った。
「なにせ、私の能力は敵対者に応じて、変化するからな・・・・・」
 そう言ってミラーは、自分の身体を微妙に傾け、自分の身体がキーンの真っ正面に来るように移動した。
「!?」
 その意図が分からず、警戒していたキーンであったが、ミラーの身体が真っ正面に来た時、思わず息を呑んだ。
 そこに自分の姿が重なっていたからである。
 ミラーの身を包む全身鎧は、鏡のように物を映せるくらい磨き込まれたもので、キーンの姿がそれに映っていたのである。最初に見た時、周囲の風景に同化してるように見えたのも、周囲の背景そのものが映っていたからであった。
「魔映闘法・・・私が映し出す姿は現実の物となって相手を脅かす。私は貴公となってその力を持って貴公を倒す」
 ミラーの手が今まで開いていた兜のフェイスガードを下げた。これにより、ミラーの身体はほぼ全体が覆われ、そこにはキーンの姿が映し出された。
「さぁ、始めよう」
 ミラーの手が印を結び、自分の右横に縦長の鏡を形成させた。そしてその鏡の中に手を潜り込ませ、ややして引き出されたその手には槍が握られていた。キーンと全く同じ物が・・・・
「しっ!」
「はっ!」
 二人が同時に槍を突き出し、その切っ先が互いの中央で火花を散らして弾かれた。スピード・タイミング共に全くの同じであった。
「成る程・・・・確かに同じだ」
 キーンは、手に入れて間もない槍に刃こぼれが出来たのを少し気にしつつ、事態を早々に認めた。だが、その表情にはまだ焦りの色は無い。
「認識が早いな・・・・」
 言って内心では驚くミラー。彼がこの技を使う事はそう多くはない。だが使えば必ずコピーされた相手は、それを疑い、しばしの戦闘の後、否応なしに事実を認識する事となる。だがキーンは、たった一撃のやりとりでそれを容認してしまったのである。拍子抜けしたと言っても良いだろう。
「今のタイミングを受けたのが偶然だと言う程、俺の認識は馬鹿じゃない。どうやってかは知らないが、本当に相手の技能をコピーしたんだな」
「それが我が名の由来だ」
 フェイスガードの奥からミラーの声がもれる。
「で、実際の所、コピーは完璧なのか?」
「それは貴公が自らの命で試すがいいさ」
「もっともだ。だが、俺の見た所、完全コピーとは言い難いな」
「?」
 ミラーは一瞬戸惑った。今までこの闘法に対し、その様な評価を下した者がいなかったためである。
「俺は俺で、あんたはあんた・・・だからな」
 ミラーには、その言葉の意味がにわかには理解できなかった。ただ単に、当然の事を言っただけなのである。だがその言葉も、他人の能力を真似て闘うミラーにとっては、妙に引っかかる一言であった。
「さぁ、結果を証明して見せようか!」
 ミラーが言葉の意味を解釈し終えるよりも先に、キーンが吠えた。
 槍を自分の正面でクルクルと回転させながら間合いを取り始め、相手との距離が適当になる直前、彼は槍を振りかぶって大きく左回転し、一回転し終える寸前、勢いに乗せて槍を振り降ろした。
「炎一閃!!」
 装備が槍のうえ、技のフォームも異なっていたが、基本的にこの技は力技のため、実際の所、ある一定の破壊力さえあれば武具やフォームは全く関係なかった。
「炎一閃!!」
 またも二人の動きが一致し、互いの槍が寸前でかわした二人の、立っていた床を粉々に粉砕した。
 ミラーは、コピーしたキーンの技能を駆使しながら、相手の対応に興味を抱き始めていた。
 早々に独り相撲の態勢を余儀なくされた現状を容認したキーンが、無意味な技の応酬を行うとは思っていなかったのである。今までの闘い同様、何かを企み、仕掛けてくる。かつて、この闘法で闘った相手の全てが、自滅と言って良い結果に終わっていただけに、キーンの行動が、ミラーに好奇心を抱かせていたのである。
「くそ、やっぱりやりにくいな・・・・」
 愚痴るキーンをミラーは満足げに眺めた。
「人は生涯、自分自身と直接対決するなんて事はないからな・・・・・今の俺の隙を突いて攻撃を仕掛けると言う事は、自らを傷つけるに等しい。今までの相手は、それを本能的避けていたが、貴公は少なくても事実を容認している。さぁ、貴公は己とどう闘うのだ?」
「何言ってる」
 ミラーの自信にあふれた演説を、キーンは容易く一蹴し、腕で軽く額の汗を拭ってから彼は言った。
「俺が闘っているのはあんただ。俺自身じゃない。己と闘うのは、心の中だけと相場が決まっているんだよ」
「今の私は、お前の写し身だ・・・・・分からないとは言わせなんぞ」
「ああ、それは認めてる。だが!『俺』じゃない!」
 きっぱりと強調をも加えて、キーンは言うと、位置は動かずその場で大きく振りかぶった。当然、その先では、ミラーが同じアクションを起こしている。
 キーンが槍の先に気を込めてそれを振るった。
「気孔散斬!」
「気孔散斬!」
 双方が振り下ろした槍から、極小の気孔弾が散弾状に放たれた。
 それを見て、ミラーは驚愕した。避けようが無いのである。
 彼は、相手の心を読んで技を模倣している訳ではなかった。魔術により、全身鎧に焼き付けた相手の行動がダイレクトに再現され、彼自身は術を施すための素材でしかなかったのである。
 そのため、実際はキーンの考えが読めず、もし読む事が出来たら、この様な行為の模倣を、黙ってさせるはずがなかったであろう。
 互いが放った気孔弾のシャワーは、的確に相手を捉えていた。広範囲に放たれたため、回避は不可能であったが、それ以前に、キーンに避ける意志がなかったのである。そのため、ミラーも回避行動を実施できず、気の散弾をまともに受ける結果となった。
「うぬぅぁ!」
 身を貫くような痛みに、キーンも呻き声を上げた。だが、そうしながらも彼は再び同じ技の構えを取り始めていた。
「な・・な?」
 ミラーも同様に動きながらも、その思考は混乱していた。その思考がまとまるよりも早く、二人は再び槍を振るっていた。
 再び襲いかかる気孔弾の雨に、二人は着実にダメージを受けていた。
 ミラーの鎧はあちこちに損傷を受け、鏡の様に映し出される像には歪みが生じており、もはや当初の均整は失われている。
「まさか貴公、鎧に映った『己』の像を消して、闘法を破るつもりか?ならば言っておくが、この闘法は、我が肉体に相手の能力を投影する術だ。表層の鏡の鎧を傷つけたところで、何の変化もないぞ」
 鎧のダメージを見て、ミラーはキーンの意図を察した気がしたが、それは誤りであった。キーンはそんな忠告も耳に入らないのか、三度槍を振りかざし、そして『気孔散斬』を放った。
「馬鹿な!」
 闘法に従って同じ行動をしながら、ミラーは驚愕の声を上げ、それを掻き消すかのように気孔散弾が降り注ぐ。
 一発一発の破壊力は決して高い物ではない。だがそれも蓄積されれば十分な驚異と成り得る。三度にわたる散弾は、着実に双方にダメージを与え、ミラーの鎧の一部にも欠損が生じていた。
 無論、状況はキーンも同様であり、彼の方は身につけていた鎧の大半がズタズタになり、ほとんど原型を止めていなかった。
 それでも彼は、懲りずに技を放とうと、槍をゆっくりと掲げ始める。
「しょ、正気じゃない!」
 ミラーは軽いパニックに陥っていた。
 今まで、この闘法に遭遇した敵は、己自身と終わりのない闘いを強いられた結果、自棄になって本来の平静さを失い、結果、その隙をミラーに突かれて敗北していた。
 キーンもまた、同じ結果に至るであろうと思っていた。
 確かに彼は自棄になった攻撃を仕掛けていたかも知れない。だが、誰がどう見ても共倒れ確実と分かる、この様な闘い方をするとは思うはずもなく、その真意を見抜けず、一撃一撃を放つ度に、自分も死の淵へ向かっている実感に恐怖した。
 掲げられた槍に徐々に気が集中していく。ダメージのためか、先程と比べその集中に時間がかかっていた。それがミラーにとっては、絞首台を上る階段の一歩一歩にも感じられるようになっていた。
「き、貴公!何をしているのか分かっているのか!」
 ミラーは思わず叫んでいた。
「ああ、『敵』と闘っている」
 虚ろな目で放たれた返事は、ミラーの判断に一定の方向を指し示した。
(やはり、正気じゃない、狂気に満ちている!)
 ミラーは咄嗟に自身に施していた闘法を解除すると、魔法による防御呪文を詠唱し始めた。その瞬間、キーンの瞳に生気が甦ったが、防御に集中するミラーはそれに気づく事はなかった。
 『気孔散斬』が放たれ、それがミラーに降り注ぐ直前、彼の呪文が詠唱し終え、彼の正面の空間が僅かに揺らいだ。
 直後、気孔弾の雨が襲いかかったが、ミラーに命中するコースだったそれは、彼の精製した魔力による、見えない力場によって跳ね返り、キーンの方へと逆戻りした。この、彼独特の防御障壁は空間を歪曲させ、特に魔法攻撃等の遠距離攻撃に効果を発揮する。
キーンがこの階に上がってきた直後、魔獣を覆い隠していた結界も、この魔法の系統に類していた。
 跳ね返した気孔弾はそれ程多くなく、到底致命傷には成り得なかったが、少なくとも時間は稼ぐことが出来る。僅かな時間でも、ミラーには並々ならない回復が備わっているため、時間の経過がそのまま勝率へとなり、彼が確実に勝利を得るには、その『時間』をしのげば良かったのである。
 そのためにやるべき事。それは受身でいる事であり、その判断は間違いではなかった。だが彼は、相手の状態を自分の尺度で判断すると言うミスを犯していた。
 ミラーは不覚をとらないよう、キーンの一挙一動に注目していた。そんな中でキーンは、我が身に返ってきた気孔弾に気づかないのか、全く避けようとせず、左手で槍を持ち、空いた右腕を正面に突き出して掌を広げた。
(迎撃か?防御か?反撃か?)
 闘気士には、そのリアクションだけでどの行為も実施する事が出来る。あの様子から回避はあり得ないと判断したミラーは、キーンの次の反応を慎重に待ち構え、そして我が目を疑った。
 突き出された右腕はその後、何のリアクションもなく、彼が予想したどの行為も行わず、その身でまともに気孔弾を受けたのである。
 直撃の衝撃でキーンが仰け反った。と、その瞬間、彼の右掌が強く握りしめられて引き寄せられた。
「!?」
 ミラーにはその行為の真意が理解できなかった。だが、その疑問は自身で知る事となる。
 突如、ミラーは背後から断続的な衝撃を受け、前のめりに倒れた。
 先程、方々に散って外れた『気孔散斬』が、鋭角状にカーブして背後からミラーを直撃したのである。キーンに反射した物を省く全てが、ミラーの背に集中したのである。そのダメージは、お互いに応酬しあっていたそれを上回っていた。
「馬鹿なっ!」
 床に突っ伏したミラーが呻き声を上げ、その直後、満身創痍と思われたキーンが踏み込み、彼の身体を蹴り上げた。
「がはっ!」
 予想より遙かに重い蹴りがまともにミラーの胸板を捉え、彼の胸骨を軋ませ、一部にヒビを入れた。彼の身体はボールのように弾け、もといた地点に弾き返されて背中を強打した。
「くらえっ!」
 そこへ、更に追い打ちの気孔弾を放つキーン!
「!」
 ミラーは立ち上がるのも忘れて呪文を唱え、寸前の所で反射の魔法を再発動させ、気孔弾の直撃を回避した。反射された気孔弾はキーンめがけて飛翔したが、命中前に振られた槍によって四散された。
 再び一時の間が、周囲に生まれた。
「き・・・・貴公、一体、何をした!」
 痛む胸を押さえ、乱れた呼吸のまま、ミラーは叫んだ。
「放った気孔散弾をコントロールして、あんたの背後に当てた」
 しれっと、キーンが答える。先程のアクションは、その動作を示していたのであった。戦闘における自由度の高い闘気士にとって、気孔弾のコントロールは容易とまでは言わないまでも、不可能ではない。そして当然、その諸動作にも決まりなどはなかった。キーンのように手足の動作を必要とする者もいれば、その様な動作が全く不要な使い手も存在する。
 闘気士に対して多少の知識のあったミラーは、相手の端的な説明で事態を理解したが、どうしても状況は信じ切れずにいた。少なくても、気孔弾のコントロールには、放った規模に比例して、ある一定の集中力が必要となる。かなり小さいとはいえ、あれだけの数の気孔弾をコントロールするだけの力が今のキーンにあったという事実が、例え事実でも信じられなかったのである。そして彼は思った疑問を口にしていた。
「そんな満身創痍の状態でか!?」
「確かに見た目はボロボロだけど、闘えないって状態じゃないさ。技の応酬の時、あんたはそうなってかも知れないが、俺はそうじゃなかったって事だ。物事を真似ただけのあんたは、無謀な技の応酬で不必要なダメージを受けて混乱して、自らの戦法を放棄した。そこを狙わせてもらったんだ」
「それが狙いで、あの様な無謀な攻撃を・・・?」
「単純な剣技じゃ、永遠の鍔迫り合いだからな、お互いがダメージを受ける方が良かったんだ。そしてあんたは、共倒れの恐怖に対する根比べで俺に負けた。最初に言っただろ、俺は俺で、あんたはあんた・・・・って、結局それが勝敗を決めたんだ。技が同じでも、使う者が異なっていれば、結局は同一とは言えない・・・・あんたがこの戦法で勝利していたのも、その点からだろ」
 確かにそうである。ミラーは今まで行って来た、相手の焦りを誘ってその隙を突くと言う戦法を、キーンの豪快な方法で模倣されていたのである。自分が相手になったと錯覚するばかりに、自分にダメージ=相手のダメージと錯覚し、相手の余力を見抜けなかった為、したたかな反撃を受けたのである。
「・・・・・・・・正気じゃないな・・・」
 理屈を説明しても、実際に行うとなると、それは正気の沙汰とは言い難い。相手を模倣するミラーであったが、そこまでする度胸もなく、仮にあのまま技の応酬を続けていたとしても、耐久力の差で、先に自分が倒れていた事になる。
 あの戦法では、どうあってもキーンには勝てなかったのである。彼が主張するように、『相手が相手、自分が自分』である限り・・・・
「闘いは、どれだけ相手より無茶が出来るかで決まる・・・・・そう教えてくれた人がいてね、その通りだと思って常日頃、実践しているのさ」
 それにしても限度と言うものがある・・・・・そう抗議しようとも思ったが、ミラーはそれを行わなかった。現に彼は、その論理を自分で実践して見せたのだ。
「どれだけの闘いをくぐり抜けてきた?」
 これ程の事が出来る以上、並の傭兵として評価するのは危険すぎる。塔内におけるキーンの緒戦から今までの経緯をあらかた知るミラーは、それなりの評価をし、それ故、小細工をとばして最初から自分の持つ最高の闘法で挑んだのであるが、それでも評価は過小であった事を認めざるを得なかった。それは彼等の知らない所での、キーンの闘いの歴史の奥深さを物語っている。
「何十回か死ねると思える程・・・・」
 素っ気なく言ってキーンは槍をミラーに突きつけた。
「終わりにするか?続けるか?」
「まだ悪あがきはしたいな・・・・・」
 その返答の直後、キーンが槍を前に突き出した。引くと言う諸動作もない突きであったが、無防備な顔面を捉えれば、十分に致命傷を負わせる事の出来る一撃だった。
 しかし、そう来るだろうと予測していたミラーは、素速く槍の斧刃部分を右拳で殴って、そのコースを僅かにずらすと、自らも首を傾け、その一撃をやり過ごし、次の攻撃が来る前に飛び退いて、間合いを取った。
「ちっ!」
 至近距離からの一撃をかわされ、舌打ちしながらもキーンは獲物をしとめるべく床を蹴って、今尚、遠ざかろうとしているミラーへと追いすがった。
「さすがに早い!」
 切り返しと、追撃のテンポの速さにミラーは息を呑む。彼は率直に判断して、正面からやり合っては、自分はキーンには勝てないと判断した。
 だからこそ、戦法を変える必要に迫られ、彼はもう一つの得意戦法を使用することにした。
「クリスタル・レイン!」
 ミラーの呪文と共に、周囲に人間サイズを超す巨大な水晶の柱が何本も形成され、キーンに、そしてキーンの進行上に降り注いだ。
 キーンは飛来する水晶を身を捻るなどの最小限の動きでかわしつつ、進行上に突き刺さり、進路を妨害する水晶は槍の一閃、そして切り返しで粉々にしながら間合いを詰めて行った。
 視界を遮る数本の水晶を砕くと、ミラーとキーンの間合いは近距離に達していた。
「もらったぁ!」
 突進する勢いのまま、キーンが槍を突き出した。その切っ先は完璧にミラーの胸板を捉え、深々と突き刺さったが、それと同時に、ミラーの身体全身にひび割れが走った。
「な、何と!?」
 思わず声を上げるキーンを後目に、槍を受けたミラーの姿は、音を立てて崩れ去った。先の一撃は水晶に映し出された幻影を攻撃してしまった結果であった。
「まいった・・・・さっきの水晶攻撃はこの為の目くらましか・・・・」
 槍を構えたまま、油断なく周囲を見回すキーン。だが、肝心のミラーの姿はなく、周囲には彼の放った水晶の柱が無秩序に突き刺さって、さながら『水晶の間』を形成していた。
「今度は幻惑か?・・・・ミラーとはよくも言ったものだ・・・・」
 愚痴りながらもキーンの感覚は、視覚・聴覚・気配を敏感に察知しようと研ぎ澄まされていた。
 そしてキーンが周囲の水晶柱の何本目かを眺めた時、そこにミラーの姿が映っているのを見つけだした。キーンはさりげに視線を流して、水晶の反射面と思わしき一帯を眺め、そこに彼の姿がない事を確認した。
「水晶に影は映れど、本体は見えず・・・・・なら結果は一つ!本体も水晶の中か!!」
 言うが早いか、キーンはミラーの映る水晶柱に向けて、気孔弾を放った。
 気孔弾はまともに目標を直撃したが、水晶柱は全く変化する事なく、直撃した気孔弾を単なる光の塊だったかのように吸収してしまった。
 この事態は、キーンも半分予想していた事態であった。ミラーのこれまでの行動を見ていれば、この程度の現象は予想されてしかりの事だった。と、なれば、次に起きる事も彼には予想できた。
 周囲の水晶柱に気を配っていたキーンは、その内の一本が光り出したのを確認して、すぐさま回避行動に移り、自分の現在地を変えた。
 彼が行動を起こしたのとほぼ同時に、水晶柱から彼の放った気孔弾が飛び出した。
「くそっ、やっぱり戻ってきた!」
 唸りながら身を捻り、飛来した気孔弾をやり過ごすキーン。
 コントロールされていない気孔弾はそのまま直進し、壁や柱の障害物にぶつかれば、そこで爆裂して終わるはずだった。だが、今回の気孔弾の進行上には別の水晶柱が突き刺さっていた。
「あ、あれ?」
 流れ弾となるはずだった気孔弾が再び水晶柱の中に消えるのを見て、キーンは素っ頓狂な声を上げて、冷や汗をかいた。
 無限反射・・・そんな言葉がキーンの脳裏をよぎり、その直後、また別の水晶柱から気孔弾が飛び出し、再びキーンめがけて飛来した。
「なぁ!?」
 ほとんど本能的にそれをかわすキーンを後目に、飛来した気孔弾は再び水晶柱の中に消える。
 そして三度、水晶柱が輝き、気孔弾を放出する。
「冗談じゃない!」
 それは計算された物だった。気孔弾の出現は、必ずキーンの死角を突くような位置から行われ、かつ、その進行方向には必ず別の水晶柱が位置するようになっていたのである。水晶ごとミラーを破壊するつもりで放った気孔弾の威力を、受けるまでもなく知っている当人は、ピンボールのように飛来してくるそれを、受けて堪えると言う選択を良しとしなかった。受ければ相応のダメージとなるのが分かるだけに、彼は回避に専念し続けた。
 
 キーンはとにかく待った。回避に全神経を集中し始めた彼は、呆れるほどの反射神経を発揮して、ランダムに襲ってくる気孔弾の攻撃を回避し続けた。そして彼は回避の際、身体の態勢に余裕があると判断したその瞬間、床を思いきり踏み込み、今し方回避した気孔弾を追い、それが水晶柱の中に消える直前に槍を投擲して、水晶柱を破壊した。
 これにより、キーンの放った気孔弾は今度こそ本当に迷走して床に着弾すると、瞬間的な爆裂を起こし消え去った。
「あ~・・・・手こずったっぁ!」
「しかし、終わった訳じゃない」
「!!」
 ほうっと一息ついたキーンの背後でミラーの声がした。
 キーンが反射的に振り向くのとほぼ同時に、剣が突き立てられ、彼の腹を着実に捉えた。その瞬間、ミラーは己の勝利を確信した。
 -勝った!
 -剣先は確実に腹を捉えている。
 -このまま勢いで剣を押し込んでいけば、致命傷は必至
 -あの御方は対面を望んでいたようではあるが、ここで敗れ去るのであれば、その資格もない・・・・
 ミラーが勝利を夢想いる最中、死にコンマ秒単位で触れ合おうとしているキーンは、その絶望的な状況下においても、生の執着を捨てなかった。
「ぬありゃぁ!!」
 キーンは奇声ともとれる雄叫びを上げると、自分の身体に刺さり、徐々に沈み込みつつある剣を、素手で払いのけた。
 剣は両刃式で、横向きになって突き立てられており、それを彼は右手で強引に払ったのである。もともと身体に突き刺さっていた剣先を抜こうともせず払ったため、キーンは、腹の中央から左にかけて浅くない裂傷を負い、払った右手も若干、斬っていた。
 剣を押し込もうと体重をかけていたミラーは、突如力を加える抵抗が変化し、前のめりに倒れかかる。
「なっ!?」
 相手の暴挙に声を上げる間もなく、ミラーは倒れる自分の身体にタイミングを合わせて放たれたキーンの左拳をまともに顔面で受け、派手に転倒した。
「な、なんて捌き方をする・・・・・」
 ゆっくりと立ち上がってミラーは呻いた。フェイスガードの一部を砕いて顔面に受けたダメージよりも、キーンの行った行為に対しての方が関心が高い状態であった。
「あのまま貫かれるよりは、こうして斬られた方が、まだましだと思ったからな」
 腹に受けた傷を左腕全体で押さえつつキーンは言った。あまり利口とも思えない行動であったが、もし、あの場面でキーンが両腕で刃を挟み込み、押さえる行動にでたとしても、力のかかり方から言って刃の進行を止める事は出来なかったはずである。そう言った生死の分別で判断すれば、彼の主張は確かに一理あるかも知れない。
「そう思って、それを躊躇わず出来るとは大した奴だ。貴公のその判断で命拾いしたな」
「お互いにな・・・・」
 ミラーの言葉に、キーンは不敵に笑って応じた。
「さっきの一撃、本当は、拳に気を込めてやるつもりだったが、斬られたダメージで集中力が乱れて、上手く行かなかった・・・・本当なら、フェイスガードの一部だけじゃなく、顔面ごと吹っ飛ばしてやれたんだがな・・・」
 そこまで言って、キーンは傷の痛みに僅かに顔を歪めた。
 ミラーは目の前の男の強さの実体をようやく悟った気がした。それは、あらゆる異質な事態も、現実であればそれを容認する感受性、あらゆる事態にも反応し対応できる臨機応変さ、そして普通なら躊躇しそうな行為でも、天秤にかけて有効であると判断すれば、即実行する無謀とも取れる度胸、これらが備わった結果による物だと言う事を・・・・
「恐ろしい奴だ」
 ミラーは自分の心情を素直に口にした。だがその対象は、その言葉を誤って解釈していた。
「何を言う。あんただって、気配も空気の流れも感じさせずに、いきなり背後に出現しやがって、普通の人間に出来る芸当じゃないぞ。やっぱり外見は人でも、中身はとんでもないな・・・・・そう言えば、カエル見たいなモンスターも空間を自在に行き来してたな」
 キーンの評価に、今度はミラーが笑って見せた。
「評価は嬉しいが、私はそれ程に芸達者ではない。貴公の言う種族みたいに自在には空間を行き来は出来ない。私が出来るのは、予め設置しておいた水晶を『ゲート』にして移動するだけだ」
 言われて納得したようにキーンは頷いた。
「やっぱり全ての水晶が異空間に通じる穴だったか」
 だからこそ、気孔弾のピンボール現象が可能だったのだ。気孔弾はただ直進していただけで、水晶柱に接触する度に空間を渡って別角度を飛来していたのである。
「その通り、私は身を潜ませながら、どこからでも貴公を狙う事が出来ると言う訳だ」
 そう言いながらミラーは後飛びに退き、手近な位置にあった水晶柱の中に消えていった。キーンは追おうとしたものの、腹に受けた傷により、十分な踏み込みが出来ず、結果的にミラーの後退を許す事となった。
 キーンは、水晶の中に入り込み、徐々に小さくなっていくミラーの姿に注目していたが、やがてその姿が消えると、その意識を周囲に張り巡らせた。
 視覚も最大限に活用していたが、水晶柱は辺り一面に突き刺さっており、さしものキーンも、その全てをカバーする事など出来なかった。
「!」
 とある水晶柱にミラーの姿を見たキーンは、反射的に構えたが、その姿はすぐに消え、そうかと思うと今度は全ての水晶柱にミラーの顔が映し出された。
 明らかに隙が出来るのを誘っている行為ではあったが、それを承知でキーンは行動に移った。
 試しにとばかりに、キーンは手近な水晶柱を気を乗せた拳で殴りかかった。
 ひょっとしたら自分も水晶を介して、相手の空間に移動できるかもと言った考えもあったが、やはりそれは甘い考えで、水晶の壁は頑なに侵入を拒み、その結果、加えられた打撃に耐えきれなくなり、水晶柱は粉々になって床に散った。
「やっぱ無理か」
 そう吐き捨てながら、キーンは唐突に身を思いっきり屈めた。
 その下がったキーンの頭上を、ミラーの剣が通過した。
「!」
「こんな短時間に同じ手が通用するか!」
 背後からの不意打ちをあっさりと避けられ驚愕するミラーに、キーンの後蹴りが極まった。
「かっっっ!」
 身を蹴り上げられたミラーは、軽く息を詰まらせながらも身を翻して着地すると、素速く水晶内に逃げ込んだ。正面斬っての戦闘ではあまり勝算がない事を理解しての行動だった。
 キーンは再び周囲に気を配り、ミラーはその隙を待って不意を突く・・・・状況はそう思えた。
 だが、今度はミラーが意表を突くべく画策した。彼は退いた直後『移動』を行い、警戒様に天井に設置していた水晶から姿を現すと、間髪入れずにキーンの頭上背後から襲いかかった。
 今まで、相手の隙を待っていたミラーが連続攻撃に転じる。その事が不意打ちに成り得るはずだった。転移した先も申し分なく、彼の思惑は成功するかの様に見えた。
「今度こそ!!」
「させるか!!」
 ミラーが落下タイミングに合わせて剣を振り下ろす最中、まるで知ってたかのようにキーンが振り向いた。
「!」
 一瞬怯むミラーであったが、もはや攻撃を中断する事は出来なかった。タイミング的に迎撃される間合いでもない事と判断した彼は、そのまま勢いをつけ、その一撃に集中した。受け止められるにせよ、かわされるにせよ、その次の瞬間には魔法による牽制を行い、自分のフィールドへ逃げ込もうと思っていた。
 案の定、キーンは振り下ろされる剣を受け止める行為に出ていた。が、若干、予想外の事態も含まれていた。
 キーンは素手で剣を受け止めようと動いていたのである。両腕を使った、所謂『白刃取り』の態勢なのだが、その手は拳として固く握りしめられ、その上、気が込められているため淡い光を漏らしていた。
(何の真似だ!?)
 ミラーが疑問に思ったその瞬間、キーンの両拳が彼の剣を左右からがっしりと挟み込んだ。そして同時に両手に込められていた気が重なり、それに反応して爆発的な光を放った。
「なぁっ!」
 その光量たるや、まるで太陽を直視したかの様で、その光をまともに直視してしまったミラーは一瞬で視界を奪われてしまった。
 一撃離脱・・・その繰り返しがミラーの唯一の戦法であったが、これによって彼はそのタイミングを乱された。実際には一瞬の乱れであっただろう。だが、キーンにはその一瞬を得られれば十分だった。
「いい加減、小技は止めよう!」
 キーンは眼前で両腕をX字に組み、それを勢いよく左右に広げながら、全身に込めていた気を全身から放出した。
「爆・風・烈・火ッ!!」
 キーンを中心に強烈な衝撃波が発生し、それが全周囲に広がった。魔法・気孔を問わずエネルギー弾に関しては吸収・反射・転移を容易に行える水晶柱も、衝撃波ばかりは対処できず、広がる衝撃波に触れては粉みじんとなって行った。
 無論、至近距離にいたミラーも派手に吹き飛ばされ、彼が衝撃波をやり過ごし、立ち直る頃には、周囲には一つの水晶柱もなく、今まで眼中に無かった魔獣すらも衝撃波に煽られて、離れた位置に転がっていた。
 見えない鈍器で全身はおろか、内蔵にまで衝撃を受けたミラーは、ダメージに喘ぎながらも、キーンの次の攻撃に備えようとした。
 だが、顔を上げた彼の視界に、キーンの姿は無かった。
「王手だ!」
 ミラーの背後でキーンの声がした。
 ミラーの額に冷たい汗が流れた。それは死を予感させる旋律。
「くっ!」
 焦燥感に囚われながら、ミラーが振り向きざまに剣を振るったが、全ては遅かった。剣はキーンが両手に握る大型ナイフの一降りで弾かれ、その反動で大きな隙が生じた。
「魔滅十字斬!」
 キーンの左右のナイフが煌めき、ミラーの胸板を捉え十字の大きな傷を刻み込んだ。『二刀一閃』のバリエーションの一つで、左右同時に放つ斬撃の一方を縦に、もう一方を横に振るう事で、十字の傷を与える技である。
「ぬはぁっ!」
 今までにない痛みにミラーが呻き声を上げ、その直後、キーンが駄目押しとばかりに、気孔弾を十字傷の中央に叩き込んだ。
 十字傷を中心に『傷』が鎧全体に広がり、何ヶ所かが弾け飛んだ。衝撃に突き飛ばされた形となったミラーの身体は、派手に床に叩きつけられて小さくバウンドすると、数メートルの距離を滑り、やがて止まった。
 ミラーは起き上がる事が出来なかった。
 自身の回復力を上回るダメージを受けた上に、内臓の重要器官の幾つかにも深刻なダメージを受け、彼の生命活動自体は停止しかかっていた。
 勝敗は決した。キーンはゆっくりとした足取りで仰向けに倒れたミラーのもとへ赴くと、吹き飛んだ鎧の中に潜む彼の本体を見て、僅かに眉をひそませた。
「やっぱり、人間じゃなかったか・・・」
 顔や体型は人間であった。だが、鎧に隠されていた部分は間違っても人間と言える物ではなかった。皮膚は黒に近い緑色で、その表面は両生類の様にのっぺりとしており、腹に当たる部分には、禍々しい異界の生物の顔が浮き出ていた。
「その台詞・・・貴公が言うべき言葉では・・・・ないな・・・」
 苦しげに呻きながら、ミラーが言った。その言葉一つだけでも、彼の僅かに残った命が減少していく。
「その身体、他の連中とは違うな。ひょっとして失敗作か?」
 ミラーの抗議を無視して、キーンは問う。
「いいや・・・・違う・・・これでも成功例だ・・・・ただ、連中とは思想が違っている・・・」
「思想?」
「そうだ・・・創造のな・・・・私の身体は、魔族と人間との合成によって出来たものだ」
「人間に魔族を憑依させたのか?」
「違う・・・『合成』だ・・・二つの人格と身体を完璧に融合させた・・・・その結果、新たに『私』が誕生し、私だけの能力を得た」
「水晶を介した転移や、相手の能力の模写か」
「そうだ・・・人間の持ち得ぬ能力・・・・そして、魔族すらも待ってはいない得意な能力・・・・人魔合成によって、始めて得られる力だ・・」
「とは言え、全員が全員合成に成功したわけでも、必ずあんたみたいな能力を得られる訳じゃないだろ?」
「・・・・・・知って・・・いたのか・・?」
 未知なる技術に対し、あたかも当然のごとく言い切るキーンを、ミラーは驚きの眼差しで眺めた。
「人には個人差って物がある。素質の無い奴がいくら頑張っても、闘気士にはなれないように、魔族と融合なんて、体質的にどうこう言う以前に、精神的に合わない奴の方が多いだろ。実用的であるなら、ここに来るまでに、そんな力を持った連中と何度か遭遇していたはずだ」
「流石だな・・・・・確かに成功例は私だけだ・・・だからこそ、選ばれたと思い、あの御方の為に闘ったが、力及ばずだった・・・・あえて問おう・・・・貴公、本当に人間か?」
「前に闘った奴の誰かに言ったと思うんだが・・・・・人間にもまだまだ可能性があるって事さ。その可能性を人為的にいじくったのが、変身する連中だろう・・と、俺は思っている。人間極めれば、まだまだ強くなるって・・・・・思わないか?」
「思えなくても、貴公を見ているとそう思わざるを得ない・・・・・」
 理論や常識より、現実・・・・それが真理であった。
「行け・・・・・・・」
 大きく咳き込みながらミラーは言葉を続ける。
「あの御方はお前を楽しみに待っている。私もそれを実感したよ・・・・」
「どういう意味だ?」
「我らの立場さえ無ければ、友人でいられた・・・・・・と言う所だ・・・・私はお前に敗れ、間もなく死ぬ・・・・だが、恨んではいない・・・出来れば、あの御方とは友人になってもらいたいが・・・・・」
「そうはいかない・・・・だが、条件次第だな」
「よい結果を・・・・望みたいが・・・見届ける事は出来ないな・・・・」
「融合した魔族の生命力でもか?」
 キーンの問いかけに、ミラーが首を縦に振る。
「融合は全てにおいて都合の良い事ばかりじゃない・・・・空間転移、能力模写・・・人間には不可能な力を手に入れた反面、双方の本来の人格が失われ、新たな人格が形成され、過去の記憶を失った。その上、魔族の驚異的な生命力や、本来、自在に空間を操れる能力も失い、半永久的な寿命でもなくなった・・・・魔族側から見れば、デメリットの方が大きい部分さえある・・・・無論、生命力は人間より高く、回復力も得ているが・・・・貴公に受けたダメージは、それを上回っているのだ・・・・人間なら一瞬で即死だ・・・・」
「手加減の仕方が分からないからな・・・・ここの連中は未知な所が多すぎる」
「気に病む事はない。闘いならば当然の事・・・・」
「なら、俺は行くぞ・・・・あんたの希望通りに行くとは誓えないがな・・・」
 それは、暗にミラーの主との闘いを暗示している。
「ああ・・・もう私には貴公を止める事は出来ん・・・・だがせめて、これを受け取ってくれ・・・・」
 ミラーは最後の力を振り絞って、右腕を差し出した。
「?」
 手には何も無いように見える。小さな物かと思い、受け取りに来たキーンの腕を、ミラーががっしりと掴んだ。
「何を?」
「危害は加えん。じっとしていてくれ」
 そう言うとミラーは、小さく呪文を唱え始める。
 最初は何の変化も起きなかったものの、彼の呪文詠唱が進むにつれ、粉々になって周囲に散っていた水晶柱の破片が光り出し、宙に舞い上がると、次第にキーンの方へと渦を巻くように集まりだした。
 無数のホタルにも思える水晶の破片は徐々にその数を増し、やがて光の『点』から『帯』になるとあっという間にキーンを包み込んだ。
 そして瞬間的に眩い光を放ったかと思うと、光は急速に途切れ、周囲はもとの状態に戻り、光の中心であったキーンは、クリスタル状の鎧に全身を包まれていた。
「これは、あんたの・・・・」
 自分の手足をしげしげと眺めてキーンは言った。
「特に名は無いが、フル・クリスタル・アーマーとでも言っておく。私の魔力で精製した鎧だ・・・・貴公の鎧は、もはや原型すらないからな」
「なぜ、こんな事を?」
「貴公を気に入ったからだ・・・・そしてこれは魔族部分の本能かもしれんが、私を倒した貴公に従いたいとも思ったからだ・・・だが生憎、それは無理な話なので、こうして最大限出来る施しをさせて貰った」
「好意は嬉しいが、敵に塩を送ってもらうってのは・・・・」
「私の唯一の自由意志だ・・・・それにそれは、私の装着していた鎧と同一の物だ。今後の活動も少しは楽になるだろう」
「それは俺が、あんたに成りすますって事か?」
「そうだ・・・・こんな身体故に、いつもその姿をしていたからな。その姿である限り、我が主や僅かな側近以外は気づかないだろう。そして少しはここの人間として動き、出来れば我が主の『友』となってもらいたい」
(新手の勧誘だな)
 内心キーンは思った。だが、王宮でスカウトしてきたラーベルクに比べれば、遙かに好感が持てるとキーンは思う。
 策謀を巡らせて来る相手や、傭兵を雇いながらその事を棚上げし、その存在を軽視し、必要以上に高飛車な態度をとる相手や、裏事情を隠して交渉してくる相手より、本心を隠さず語り、損得無しで語ってくる人物がキーンは好きだった。
 傭兵家業で生きてきた彼は、裏切り行為や行動の実体を伝えられずにいる事が多かったため、こう言う状況には手放しで好感を持つ傾向にあったのだ。
 そしてそれは、敵味方を問わなかった。
「その願い・・・いや、思惑かな?その通りに行くかどうかは保証しないが、行く先々での戦闘も辟易していたところだ。そっちの勧める様に、あんた、『ミラー』として歩き回って、少しは内情を見せてもらう事にする」
 キーンの返答に反応は無かった。ややして、あまりの間に不信感を感じたキーンがミラーに視線を移すと、彼は満足そうな笑みを浮かべて絶命していた。
 キーンは何も言わず、ミラーの亡骸に軽く一礼するとその場をあとにした。
 異種生命体の定めか、生命活動を停止したミラーの身体はみるみる風化が始まり、数分後には僅かな鎧の破片を残して全てが灰となって散っていた。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・そう言えば、こいつがいたんだ・・・・・・」
 背中に哀愁を意識して歩いていたキーンは、その進行上に巨大な生物が立ちはだかっているのを見上げ、たっぷりと時間をかけて思い出したように呟いた。
 名も無く、捕獲した相手をじわじわと快楽責めにして、その快楽による精神波動を糧とする、一種の愛玩動物とも言える生物、魔獣。
 ある意味では恐ろしい存在ではあるが、本来の『魔獣』と言う肩書きにはそぐわない存在が今、彼の目の前にいた。
 魔獣は、先のキーンとミラーの闘いの余波を受け、当初の地点よりも離れた位置に移動していた。あちこちが傷ついてはいたが、捕獲していた三人の少女はしっかりと捕まえており、その執着心の断片を見せつけていた。
「とりあえず・・・・依頼もされている事だし、野放しにしておいても利益にもならないから処分しておくか・・・・」
 キーンは被り慣れない兜を取って床に置くと、持っていた槍に気を込め、跳躍し、真上から触手に攻撃を仕掛けた。
 振り下ろされた槍は容易く触手に食い込み、それと同時に刃に込められていた気が広がり、槍刃の数倍の直径を持つ触手を見事に切断した。
「も、脆い!」
 手応えのあまりの軽さに、キーンは呆れた。断言されていた事ではあったが、本当に魔獣は脆弱だった。ただ、そのサイズに比例する生命力だけが、その名に相応しく思えた。
 凶暴化するでもなく、敵対者に対し牽制するでもなく、ただ、我が身に受けたダメージにのたうち回る魔獣を見て、早々に決着を着けようと考えたキーンは、とりあえず捕獲されている少女達を救出する事を考え、体内にエネルギーを蓄積させた。
 キーンが体内で気をコントロールし、突き出した一方の手刀の指先から、無数の気孔弾が連続して放たれた。五指から放たれるそれは、直径が2センチもない小型の物であり、殺傷力は低かったものの、周囲に蠢く小さな触手を薙ぎ払うのには十分だった。  
連射されている気孔弾は若干のコントロールが加えられており、闇雲に見えて、その全てが囚われの少女達を避ける軌道をとっていた。
 しばらくの間、気孔弾の攻撃を続けていたキーンは、小さな触手があらかた引きちぎられたのを確認すると、床を蹴って跳躍し、彼女達が跨っている太い触手の前後を切り裂いた。
 いとも簡単に切断された触手は少女を乗せたまま落下した。助ける行為にしては、少々荒っぽい点が認められたが、触手がクッションの役割を果たし、実質的なダメージは彼女達には及んではいなかった。
 キーンにしてみれば、紳士的に振る舞っても、彼女達のほぼ大半が、男であると言うその一点が理由で、正当な評価を下さない傾向があるため、真面目に助ける気が今一つ起きなかったのである。そんな理由から、愛情のこもらない淡々とした行為で、彼は手っ取り早く三人を解放させた。
魔獣はその身に受けたダメージより、『食料』を奪われた事に反応し、それを奪還すべく無事な触手を伸ばして彼女達を取り戻そうと脈動した。
 既に触手による快楽を存分に受けていた少女達は、迫り来る触手に対し、逃れると言う行為を起こさなかった。意志はこの場から離れる事を望んでいたかも知れなかった。だが、快楽に呑まれた肉体は迫る触手を本能的に求め、抗うことをしなかったのである。
 キーンは三人と魔獣の間に立ちはだかると、両掌を相手に向け体内で気を練った。触手がキーンの眼前まで迫った瞬間、彼は両手から断続的に気孔弾を放った。それは先程、彼女達を捕らえていた触手を薙ぎ払った物とは大きさも威力も違った。
 遠慮する対象がない為の当然の結果で、この断続的な砲撃によって、一気に魔獣を抹殺する意図が明白であった。
 一発一発、確実に魔獣の身体である触手を貫通し、引き裂かれた触手は自重を支えきれず千切れ落ち、徐々に特大サイズのミンチへと変貌していった。
 その大きさ故、その全てを潰せた訳ではなかったが、攻撃はキーンの持つ常識が、「いくら何でも、ここまでされたら生きてるはずは無いだろ」と判断するレベルに達した後、ようやく終わりを告げた。
 後に残るのは、肉の塊と化した魔獣のなれの果てのみとなった中で、キーンは改めて囚われの身であった少女達三人を見やった。
 ここに落ちて来た時点ですでにボロボロに近かった着衣は、魔獣に嬲られる事により、更に状態を悪くしていた。ほんの僅かに残った布地は、魔獣の分泌した粘液と少女達自身の汗にまみれてしっとりと湿り、肌を透かしていた。
 その視線は呆然と魔獣の死骸を見つめており、魔獣を粉砕した事に対して驚いていると言うよりは、己に絶対の快楽を与えてくれる存在を失った事に戸惑いを感じているようでもあった。
 実際彼女達は途方にくれていたと言っても良かった。例えようもない快楽を尽きることなく与えてくれる存在、魔獣。危害も加えないそれは、慣れてしまった者にとってはかけがえのない快楽愛玩動物と言えた。ただ、主従関係に対して当人達に自覚があるかが問題視されるが、今、彼女達はお気に入りとなりかけていたそれを失い、二度とあの快楽を味わえない事に、言いようのない不安を抱いていたのである。
 場合によってはその不満はキーンに向けられてもおかしくはなかった。だが、囚われ、嬲られたのが初期段階だったおかげで、客観的に状況を見る判断力が若干残っており、このまま行った場合の自分の行く末を容易に想像できた少女達は、肉体的不満と欲求を感情に任せて爆発させるには至らなかった。
「あなたは何者?」
 自分達を見つめるキーンの僅かに含まれる好色の視線に気づいた少女の一人が、可能な限り両手で身を隠しながらキーンに問うた。
 敵の最高幹部クラスのミラーと闘っていた事から、少なくとも塔内の連中ではないと言う確信が彼女にはあった。だがやはり彼女達からしてみれば、『男』は得体の知れない存在なのである。
「あんた達に会う度に言っている事だけど、味方だ」
「その姿で?何か証明できるの?」
 ミラー同様の格好をした男を、少女は疑いの眼差しで見つめた。運良く、ミラーを倒し鎧を得た経緯を目撃していなければ、疑うどころか間違いなく信じなかったであろう。
 毎度の事ながらキーンは悩んだ。依頼主である王女と契約書をかわしたわけでもなく、証書を預かっているはずもないキーンに、口頭でのやりとりを第三者に説明し、信じさせる事は困難である。事に、相手が最初から不信感を抱いていてはなおさらであった。
 そもそもキーンは口頭での契約を交わす事が多い。自分自身の『逃げ道』の為もあるが、大抵は相手を『信用』しての事であり、それを一方的に反故した場合、手痛い報復を行っている。その様式が今回、裏目に出ていたのである。
 経緯をどの様に説明しようかと悩んでいたキーンは、ふとある事を思い出し、ポケットにしまっていた物を、少女に見せた。
「これ、判るか?」
「・・・・・封印の影響から身を保護する護符じゃないの?」
 差し出されたそれを見て、少女は言った。
「知ってるなら話は早い。今、あんたの国は結界を張っていてな、これはその入場許可証だ。当然、発行は王女だ」
「あなた、王女に雇われでもしたの?」
「御名答・・・・信じれるか?」
「いいえ」
 きっぱりと目の前の少女は首を横に振った。
「だろうな。出会った奴、みんなそんな風な反応だ。だからこれ以上の証明は不可能だ。城に帰って他の奴に聞いてくれ」
 ほとんど投げやりにキーンは言った。これ以上、彼女との会話を行っても、進展はないだろうと考えた矢先、彼は自分の背後で何かが動く気配を察し、反射的に振り向いた。
 そこは魔獣の死骸がある場所で、積み重ねられた肉塊の一部が蠢いていた。何かが中にいるのは明白だった。
「実は中に小さな本体がいて、それがこの大きな触手を操っていた・・・・・とか?」
 キーンは現状で想像できた事を、疑問として少女に投げかけたが、問われる方もその実体を把握してはいなかった。
「わ、分からないわ」
 やがて、中から姿を現したのは、例のごとく見た事のない生命体であった。おおざっぱな例えとして、ハサミを失い尾が半分程度の長さになったサソリと言った所が一番イメージに近かったが、身体は平たくなく、厚みのある丸みを帯びており、サイズも子馬ほどの大きさであった。
 その上この生物は、身体全体はのっぺりとしており、馬の背を思わせる身体の所々に用途不明な小さな触手や突起物に近い触手が見受けられた。
「・・・・・・・これは、分かるか?」
 試みに問うキーンに、意外にも少女は頷いた。
「魔獣・・・あれの『分体』よ・・・」
「分体?」
 復唱しつつ彼は、ミラーがそんな事を言っていたのを思い出す。
「本体が移動できなかったり、行動不能に陥った時に代わりに『餌』を回収する魔獣の分身みたいな物よ」
「分身ね・・・・・・って、事は・・・・こいつはまだ生きているのか?」
 大きな肉の塊を指さし、キーンは問うた。その表情は信じられないと物語っている。
「本体の再生を試みて、分体が活動し始めたのかもしれないわ・・・」
 この少女がどこまで魔獣に関しての知識を得ているのか不明であったが、もし彼女の言い分が正しければ、魔獣は『餌』となる精神波が得られる限り、半永久的な生命力を持っていると言う事であった。
(魔獣の名は伊達でもないか・・・・)
 そんな事を思いながらキーンは魔獣の退治方法を模索したが、その答えは容易に出た。
 分体すら動かせない程にダメージを与える。もしくは、出てくる分体の全てを処分する。そして万が一を考慮し、精神波すら届かない結界を、物理的結界と複合して設置する。
 至って簡単な方法だった。だが、生命力の限界がどの程度かも分からない魔獣が対象とあっては、この方法も先の見えない作業に等しかった。それに何より、結果術に関してはキーンの技術は低かったのである。
 そうして考えると、ミラーがこのフロアに施している結界は、外部からの精神波を遮断し、魔獣が『餌』の所在を関知して勝手に移動する事を防いでいたのであろう。
 今も感じる空間の違和感から、結界は機能している事は肌で感じていたが、術者である彼が死んだ今、この結界が永続すると思うことは楽観的すぎると言える。
 結果、今、キーンが出来る事はかなり限られた手段しかなかった。
「仕方ない。もう数十発、技を食らわして瀕死になってもらった上で、今いる分体も処分して、簡易結界を張っておくか」
 キーンが槍を構え直した時、それは起こった。
 分体の先端の『目』と思わしき物体のある部分の脇から、二本の触手が飛び出し一番手近な少女を捉えると、外見からでは想像もつかない力で引き寄せ、あっという間に自身の上に跨らせる態勢に持って行った。
 そして次の行動を目の当たりにして、キーンは、目の前の奇妙な生物が魔獣の一部であるある事を改めて再認識した。
 捕らわれた少女は分体の上で『乗馬』をしているがごとく、跨った姿勢のまま自由を奪われたのである。両腕は、尾と思わしき部分から生えていた触手に絡まれて、その自由を失い。両脚も胴の両脇に不自然に生えていると思われた触手にしっかりと脛から足首までを固定された。
 それは丁度、馬の馬具が装着される部分が、そのまま拘束具になったような物で、SMの木馬の生物版と考えても良かった。一見、無意味とも思えた分体の触手配置も、この様な意図があっての事だったのである。
 この魔獣が、生物の環境適応の為の形態ではなく、あくまで人間の娯楽の為に産み出されたという、何よりの証拠と言えた。
 再び囚われの身となった少女は、藻掻いて見せたが、分体から降りる事は、やはり出来なかった。このままいれば再び始まるであろう肉体への陵辱に、内心では期待感を抱きつつも、少女は脱出を試みた。これは男であるキーンの存在があるからであり、激しく乱れた己を見られる事に対する羞恥心と、この国の女性特有のプライドがそうさせており、もしこの場にキーンがいなければ、きっと彼女は己の欲望に流されていた事だろう。
「ちょ・・・早く・・・・助けて」
 その言葉を放つ事に、僅かながら躊躇いを見せつつ、囚われの少女は言った。だがそんな懇願も、この直後に喘ぎ声へと変化した。彼女が心の奥底で期待していた事が始まったのである。
 内股が密着している部分が変貌し、幾つもの突起を突き出して、ぐりぐりと撫で回すように動き出し、股間が位置するポイントの周囲に生えていた小さな触手の群が、股間へと群がりだしたのであった。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!あ・・・あああぁっ!」
 少女は快感に顔を上気させながらも、必至になって頭を振り、送り込まれてくる快感を振り払おうと藻掻いた。
 だが、無様な姿を男に見せたくないと思いつつも、身体の奥底では刺激を求める欲求が沸き上がり、その意志は少女が自覚できるほど確実に、そして徐々に大きくなっていった。
「ああ・・・はぁっ・・・・んんん・・・んはぁあ」
 さほどの時間もかけず、少女から拒絶を思わせる声は聞こえなくなり、ただ刺激に対する素直な反応だけが表れるようになった。
 この状況を前に、一同はリアクションを控えていた。キーンはその淫靡な光景に思わず見入ってしまい、二人の少女は助けようにも、近づいただけで同様に捕らわれるのではないかと言う、一種の恐怖感によって助け出そうと言う行為が出来なかったのである。
 そうこうしている内に時間だけが経過し、それによる結果を、キーンが気づいた時には既に遅く、少女から得た『餌』によりある程度の回復を成した魔獣(の肉塊)が、新たに二体の分体を放ち、恐怖と羨望の入り交じった視線で仲間の痴態を見ていた二人の少女をも捕獲したのである。
 そして同様の陵辱が始まり、艶めかしさを含んだ悲鳴が三つとなった。
「ね、ねえ・・・ああぁん、あ、あなた、んふはぁぁん、み、味方なら早く・・・あっああっ・・・たす、助けてよ・・・・はぁあぁぁぁぁぁ!」
 先程キーンと話していた少女が、激しく喘ぎながらも助けを求めた。本音としては、この快楽を失うことは惜しいと思っている事であろう。だが、得体の知れない生物に良いようにされると言う現状を認めたくない意志が、辛うじて理性的な発言を行ったと言える。しかしそれも後どれだけ保つかは疑問であるが。
 キーンも、このまま放置しておくのも一興と考えてはいたが、それによって魔獣が復活してしまうのも面倒と判断し、とりあえず『餌』を与えることを止めさせようと行動に移った。
 とりあえず分体を始末し、この三人を脱出させれば当面は急速な回復は行わないだろうと判断したキーンは、手近な分体(キーンと会話していた少女のいる)へと近づき、攻撃の間合いへと入った。『餌』採取のみの存在のためか、分体は全く警戒心を表さず、間近にキーンが立っていても何の反応も示さなかった。
(王女もこんな格好で嬲られた訳か・・・)
 などと考えつつ、早速、処分を行おうとしたキーンであったが、分体の正面に立つ事により、必然的に少女の方は下半身-尻を彼に向けた態勢となり、触手がうねる度にピクピクと身体を震わせ小刻みに尻を振る姿は、否応無しにキーンの欲望を掻き立て、更には煽った。
 少女が必至に拒絶の悲鳴を上げていれば、あるいは彼の理性も保たれていたかもしてない。だが、助けを求めながらも悩ましい声で悶える姿を見せられては、彼も正気を保つのは困難であった。
 そして結局彼は、一旦、己の欲望に従う道を選んだ。
「な、何してるの?あ、ああぁ~ん・・・・」
 自分の背後にキーンが来た事を感じていた少女だったが、その後のリアクションが何もない事を不審に思い、首を傾けて問いかけた。
「いや、助けろと言ってる割には、悦んでいるみたいだからどうした物かと思ってな・・・・」
 少女の状況を十分理解しながらも、あえてキーンは意地悪く言った。
「ば、馬鹿!そんなわけあるはずっ・・・・・ぅっ」
 真っ赤になったまま少女は言った。途中、送り込まれた快感に、思わず声を漏らしそうになったため、彼女は歯を食いしばり、必至で堪えるのであった。
「でも、この様子から察すると、かなり感じているはずだけど?」
 少女には、キーンがどこを見て何を言っているのか理解できた。意志は頑なに抵抗してはいたが、その肉体は快感に敏感に反応を見せ、股間を十分に濡らしていたのである。下着の布地に吸収しきれない淫らな涎は、股間から漏れ、分体の身体を伝って床に落ちていた。
「し、仕方ないじゃない!うぅぅん・・・・・こ、こんなのに耐えられるはず・・・・はぁぁああっ・・・あ・・ああっ・・ないじゃ・・・うっく・・・ない。は、早くしてくれないと・・・・あんっ・・へ、変になっちゃうわ・・・・あぁ~~ん!」
 少女は身をくねらせながら必至に抗議した。だが、身を捩る度に腰が震え、股間の敏感な部分が分体の表皮の突起に擦れて新たな快感を産み出す結果となり、その都度彼女は激しく身体を反応させては悩ましい声を上げていた。
「気をしっかり持て」
「そ、そんな簡単に・・・やはぁぁぁん」
「違う事に意識を向けるんだよ。感じまい、堪えよう何て思うから、余計に過敏になるんだ。全く違う感覚をイメージしてみればいい」
「こ、こんな状況で・・・出来るわけっ・・・・」
「じゃ、手伝ってやる」
「え?あ・・・・なに・・・・・!!っっっひゃあぁぁぁっっっっはっっはははははははははははは!!あ、あ、あ、あ~っっっっっはははははははははははははは!」
 少女は問いかけの返答を聞くよりも早く、自身の身体を突如襲ったくすぐったさに身悶えた。キーンが何の前触れも無しに彼女の両脇腹を揉み回すようにくすぐったのである。
「やはっ、やはっ、や~っっっっははははははははははははははっははははははは!あっははははははははははは!」
 少女は激しいくすぐったさに、反射的に脇腹を庇おうとしていたが、分体に拘束されている身ではそれもかなわず、良いようにくすぐり続けられ、何とか逃れようと腰を振る事しかできなかった。
「ほら、これなら快感に呑まれることもないだろ?」
 悪魔的な笑みを浮かべ、キーンは無抵抗な少女の脇腹をくすぐり続けた。彼の両手の指が少女の柔らかい脇腹を揉み回す度に、その肢体は弾けたような反応を見せ、その手から逃れようと、何度も身体をずらした。だが、行動範囲に限界のある彼女の身体は、その魔手から逃れることは出来ず、一時の安息もなくくすぐり続けられた。
「こ、こんな、こんな、あはっあはっ、あ~っははははははは!」
 確かに不意打ち的なくすぐりにより、当初の快楽は一気に吹き飛んだ。だが、くすぐりと性的快感は身体の敏感な部分を責めると言う点で一致しており、ちょっとしたきっかけで相互が反転する事もある。
Hの際、最初から性感帯を責めても、くすぐったいと言われる事や、くすぐりのつもりのソフトタッチで感じてしまった等なのが一つの例である。
 それに、もともと彼女は魔獣によって、相当身体が出来上がっていたため、キーンのくすぐりが快感へ変換されるのに、それ程時間は必要としなかった。
「ひっひっひっ、ひゃっっははははははははははは!あ~っははははははははは!」
 脇の下から腰までが完全に無防備な少女は、這い回り、揉み、突っつき回すキーンの指に対し、まるで防御できないまま、ただただ分体の上で藻掻き苦しんだ。普段では考えられないほど身体を捩らせてはいるものの、それでも分体の触手は獲物を逃がしてなるものかと、少女の四肢をしっかりと固定し、股間を中心とした密着面をマイペースで刺激し続ける。その上、彼女が暴れれば暴れるほど腰は激しく揺れ、それに伴って股間は刺激されて行く。
 とは言え、身動きしなければ刺激を受けないわけでもなく、又、それも無理な話であるため、まさに彼女は快楽とくすぐりとのサンドイッチ地獄にあると言えた。
 だがやがて、身体の弱点を散々くすぐられ過敏になった少女は、股間の刺激とも相成って、軽いくすぐりの刺激も快感として受け止めるようになって行った。
「ひゃはっ・・・・あっ・・はぁぁぁ・・・ん、やっっははははははは・・・・あ・・・ああっ」
 キーンは、少女の反応に艶やかさが混じり、軽く撫でる程度の責めで身をピクリと反応させ、時には仰け反り出すのを見て、状態が末期に近い事を悟った。
「ちょっとした悪戯のつもりだったが、Hな反応をしてくれるおかげで、つい夢中になっったな」
 キーンの独り言に近い発言に対する少女の反論は無かった。既にそんな余力が残っていなかったのである。
「感じすぎて返事も出来ないか?ま、多少、予定が変わったが、魔獣に『餌』を与えないって方針は継続するから安心しな」
 それは少女の開放を意味してはいたが、今となっては彼女の身体がそれを望むかどうかは危うい所であろう。
「と、言う事でラストスパート!」
 言うが早いか、キーンの両手が再び少女の無抵抗な肢体を蹂躙し始める。だが今度は単なるくすぐりだけでは済まなかった。四肢の自由を奪っている触手から分泌されているぬるぬるとした物質を手ですくい、それを彼女の身体に塗り広げ、ローション替わりにして全身に指を滑らせたのである。
「あはぁっっっ!きゃあぁぁぁぁっ~~~っはははははははは!ちょっ・・・あっ・・・それダメッ!あっ、あっ、あ~~~~~~~っははははははは!あっ・・・はぁぁぁぁん!」
 少女は今までにないくらいに笑い悶えた。キーンの指先が胸を包み込み、撫で回し、その先端を擦り、背筋や脇腹から腰を何度も往復する度に、彼女は悩ましい声を上げ身体を弾けさせた。
 今までじわじわと嬲るような責めであったのに対し、今の責めは確実に彼女を絶頂へと追いやろうとする意志が明白であった。
 ただこれは、分体の意志とは異なっている。分体はより多くの『餌』を得るために長時間の責めを目的としている為、絶頂に至らせるつもりは無く、キーンの責めにより、分体の責めが相乗効果を現した結果であった。
 待ちに待った絶頂が目の前まで迫り、それを拒む理由が少女にはなく、むしろ悦んでそれを彼女は受け入れた。
 その瞬間、彼女の頭の中は真っ白となり、全ての思考が消え、ただ絶頂感だけが彼女を支配した。それは今まで彼女が体験した事がないくらい長時間続き、それが引き始めると、それに合わせたように彼女の意識も薄れていった。
 少女はこれ以上ない満たされた表情のまま気絶し、ぐったりと分体の上で崩れた。
 分体は、自分の獲物が瞬間的に大きな精神波を放った直後、それを途切れさせ、戸惑いの様子を見せた。
 捕獲した相手の気が狂っても嬲り続け、精神波を得ようとする魔獣には、相手が一気に気を失うと言ったケースは想定されていなかったのである。
 分体がこれをどう判断するのかと言う問題は一つの興味であったが、その判断が下されるよりも早く、キーンの気が込められた拳が分体の身体に沈み込んだ。
 内部で痛烈な衝撃を受けた分体は一瞬ビクリと痙攣したかと思うと、二度と動く気配を見せなかった。
「まずは一匹目・・・・・さて、お嬢さん方、次はどっちからして欲しい?」
 キーンはすぐ近くで同様に嬲られている二人の少女を見やって言った。
「どっちからって・・・・わざわざ・・あんな事・・・・す、する・・・必要なんて・・」
 すぐ近くで行われていた行為故に、おおよその経緯を知る少女の一人が身悶えながら抗議した。その四肢は今尚、分体によって送り込まれる快楽に、ピクピクと震えている。
「力ずくで引き剥がしたりしたら、魔獣にばれるだろ。ここはいきなり気を失って、『餌』が突然消失したと思わせるんだ。そのためのお楽し・・・いやいや、手段なんだ。不本意では・・・・ないだろうし、たっぷり楽しんで悶えて気を失ってくれ」
 キーンは今、この瞬間に思いついた理由を述べて、行為をそれらしく説明してみせる。欲求が先行しての理由付けであったが、ある程度は事実とも言えた。無論それは偶然ではあるが・・・・
「ちょ・・・ちょっと待って・・・いきなり言われても心の準備も何も・・・・そ、それに、あなたも下心見え見えよ!」
 当事者にとっては、簡単に了承できる内容でもなく、この指摘も当然の物ではあった。だがそれでも、キーンは動じた素振りを見せなかった。
「とは言え、お尻をこっちに向けて身悶えている君に、抵抗の術があるはずもないだろ」
 キーンは意地悪な笑みを浮かべると、少女にも見えるようにゆっくりと近づいて行った。その両手をわきわきと動かす『くすぐり態勢』のまま。
「い・・・いやぁあああああああ!!!!」
 魔獣フロアに又一つ悲鳴が起きた。


 数十分後、キーンのお楽しみの関与もあって、魔獣は肉塊から死体程度にまで再生していたが、当面の『餌』が全て気絶し失われた挙げ句、物理的結界を張られたため、その生体活動を休止した。だがこれは休眠状態であり、ある程度の精神波が得られれば、再び活動を再開する事となる。
 キーンは知る由もなかったが、これは当初、魔獣が封印されていた状態と酷似しており、自称魔王はこれに、おびき寄せた王宮戦士の一同をあてがって、復活させたのであった。
 僅かな肉片でも生きていれば再生が行えるこの魔獣に対し、キーンは現状で出来うる処置を行った訳だが、結果的にこれは過去に魔獣を封じた先人達と同様の行為だった訳である。

 キーンは三人の少女達を一旦、王国の結界まで運んだ後、再び上階への進行を再会する。騎士『ミラー』として・・・・・ 


つづく





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