「くすぐりの塔2」 -勇者降臨編-
     



 -第十一章 塔内激戦-


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、満たされてどうするぅ!!!」
 いきなりキーンが自分に向けて突っ込んだ。
 男と言う存在は、興奮している時は前後が見えなくなり、それが冷めると急速に冷静さを取り戻す。
 もともとこの国の、男性に対する風当たりの悪さから、やや欲求不満であった彼は、このフロアの実体を知るなり暴走してしまっていた。表面上は平静さを保ってはいたが、全区画の催しを見学して回った辺りが、彼の『男』の本質が素直に発現したと言えた。
 ともあれ、やや遅いと言った感もあったものの、キーンは本来の落ち着きを取り戻し、主目的であった上のフロアへ向かう道の捜索に入った。
(門番のオーガーは専用通路を使えば・・・とか言ってたよな)
 前の記憶を呼び起こしながら歩くキーンは、ややしてからピタリとその足を止めた。壁=行き止まりに突き当たったのである。
「ミラー様、この様な所で何を?」
 不意に背後から声がかけられた。真正面が壁である以上、常識的には背後からと言うのは当然ではあった。キーンが不自然さを見せないように振り向くと、そこには年老いた・・・・と言う表現が似合うガーゴイルが佇んでいた。
 通常、ガーゴイルとは翼を持つ悪魔をモチーフに作られた石像が魔力によって動き出した物で、年老いたと言う形容詞が使用される事はまず無い。 
だが目の前のそれには、確実に人生の重みを感じさせるような雰囲気を持っていたのである。
「ついつい夢中になってしまった自分に嫌悪していたところだ」
 これはある意味事実であった。こんな時、ルシアでも同行していてくれたら、ここまで脱線はしなかったであろうと、単独行動の欠点を嘆いた。
「それよりお前は?」
「おお、そうでした。以前、頼まれていました発掘品の整理が出来ましたのでその御報告に伺ったのですが・・・・」
(発掘品?)
 自己紹介が無かった事から、このガーゴイルはミラーとの面識がある事がうかがえたが、それよりもキーンの興味を引いたのは発掘品と言う言葉であった。
 この塔の経緯は知りようもなかったが、少なくとも遺跡の部類に入る事はキーンにも予測できた。しかもそれが、かなり高レベルな物言う事も・・・・
 おそらくはそこから発掘されたのであろう品々があると聞かされては、キーンの冒険者魂に火がつかない訳が無い。
「御覧になられますか?」
「もちろん!」
 キーンは即答していた。


 キーンはガーゴイルの案内によって、同フロアの別区画にある、とある倉庫へとやって来た。
「どうぞ・・・・」
 ガーゴイルに促され入った倉庫はかなり広く、壁に立てかけられた棚に、大小様々の品が幾つも並べられていた。
「思っていたより凄いな・・・・」
「お申し付け通り、使用不可の物は全て廃棄しましたが、中には用途すら不明な物体もありましたので、それは残してありますが・・・・・」
「思っていたより凄い」
 キーンは同じ言葉を口ずさんでいた。
 無理もない、無数に並ぶ各種アイテム群の中には、キーンが文献でしか見たことのない物が数多くあったのである。
「こいつはマジカルブースターみたいだな」
 小さな宝玉のついた、小さなロッドを見てキーンは呟く。彼には利用価値はないものの、魔法使いが所持すれば、特に攻撃呪文の威力が増大するアイテムであった。
「こ、これは・・・・伝説のハートムーンロッド!?」
 真贋は定かではないが、妙に装飾の多いハート形のウエイトが先端に着いたロッドを眺め、キーンは驚いた声をあげる。これは伝説の王女が使用したアイテムとして知られ、魔を浄化する能力を秘めていると言われている。
「ん?これは?」
 無造作に置いてあった、古ぼけた麻箱を開けてみると、その中には、まだ研磨されていないのか形も大きさも揃っていない青い宝石の原石のような物が幾つも入っていた。
「ああ、これは・・・」
 ガーゴイルが説明しようとした矢先、キーンがそれを手で制止した。
「いや、分かる、魔晶石だな」
「左様で・・・」
 魔晶石、単体では何の価値もない石ではあるが、精神力を結晶化したと言う不可思議な宝石で、魔法を使う者が重宝する、いわば精神力の予備タンクであった。
「こいつはグレネードと呼ばれていたやつだな」
 ピンの着いた縦長の錆びた缶を手に取りキーンは言った。
 こんな調子で順に棚を眺め歩いていた時、彼の目に一つの物体が目に止まった。そしてその正体を思い出した時、彼は思わず口笛を吹いていた。
「こいつは拾い物だ・・・・・」
 棚の上にはそれの他に大きな宝石・水晶玉・宝玉が存在していたが、キーンは、それら一つでも軽く屋敷が建てられるだろう宝石類には目もくれず、それら全てを無視して、無機質な金属製の球体を手に取った。
 大きさは手に納まる程度の球体で、材質は何の価値もない金属質。表層に古代文字の刻印がなされているだけのそれを持っているだけでキーンの手は震え、興奮が止まらなかった。
「おい、これを貰うけどいいか?」
 喜々として言うキーンの手の物を見て、ガーゴイルは怪訝そうな表情をした。どの様な物でも、それの真価を知らない者から見れば、ただのがらくた同様の物としか見えないのである。
「そ、その様な物を・・・?」
「やっぱり、知らなかったか・・・」
 この場所に、無造作に置いてある事で、そうだとは思っていたキーンであったが、実際にそう言った発言を聞かされると、知らないとは恐ろしい事だとしみじみ思った。
「こいつは召還球だ」
「しょ、召還球?」
 ガーゴイルにはその名称すら初耳だった。
「召還術は知っているだろう。時間・場所・星の位置・その他条件・・・・・これらが一つになり、魔法陣と言う仮そめの門で異界の生物を召還する術だ」
「は、はい・・・・簡単な物では精霊魔法から始まり、条件さえ整えば悪魔をも呼び出すことも出来ると・・・・ですが・・・」
「ああ、悪魔クラスになると、その技術は高度で、完璧な条件が揃うのは数十年に一度しかないと言われている。普通、それを補うために、魔術や儀式や生贄が用いられる・・・いや、必要になると言った方がいいかな・・・・」
「そのための玉ですか?」
「そうだ・・・・だがな、こいつは少々出来が違う。こいつは古代文明の技術で作られたものでな、条件があるが、場所や時間なんか問題なく、好きな場所で召還が行えるアイテムなんだ。もっとも、一回限りの使い捨てだが」
「既に所定の条件を満たした魔方陣の小型版・・・・・と考えてよろしいので?」
「俺も詳しくは知らないから上手く説明は出来ないけど、そう言った物だ。これがどれくらいのレベルの物を呼び出せるかは分からないが、本来は低級タイプの物がたくさんあって、誰にでも簡単に精霊魔法が使える・・・・って、感じのアイテムだったらしいが・・・・」
 キーンは金属球の表面に刻まれている刻印を眺め、言葉を続けた。この文字さえ読めれば、もう少しその質が分かったであろうが残念ながら今の彼にその様な知識は無かった。
「こいつはそんな低級な物じゃないとは思うんだが・・・・」
「はぁ、ですが何を召還し、何をなさるのですか?」
 通常、飛び出したからにはそれに要求を求めるのが通例である。
「召還した物にもよるが、とりあえずは戦力にしたいな」
「戦力・・・・・ですか?」
 ガーゴイルには、そうまでして力を求める理由が分からなかった。
「ああ・・・・で、そんな訳で、使ってみていいか?」
「構いませんが・・・・」
 困惑した様子でガーゴイルは答える。説明を聞いても、あの掌に納まる程度の物体にそこまでの能力が存在しているとは到底思えなかったのである。
「それじゃ・・・・」
 キーンは金属球を頭上に掲げ、左右(あるいは前後)に僅かに出ていた突起を同時に押し込む。すると、金属球が上下にスライドし、そこから細身のワイヤーの様な物が飛び出し、直径五メートル程の円を形成する。
 キーンは円が完璧に構成された事を確認すると、それを前方の拓けた空間に投げつける。放り投げられた金属球は吸着する様に床に落ちると輝きを放ちだし、更に細かいワイヤーを出して床に魔法陣を形成しだす。
 金属球の放つ光は徐々にワイヤーにも広がり、ワイヤーの一本一本に刻まれた微細な刻印が浮かび上がってゆき、更には描かれた円内の床にまで浸透していくように広がっていく。その光が魔法陣全体に行き渡った時、全ての準備が完了する。
「いよいよだな」
 キーンは魔法陣の前まで近づき、息を呑んだ。
「異界に住む強き存在よ・・・・・」
 キーンが召還の言葉を放った時だった。全く同じタイミングで何者かの声が部屋に響き渡った。
『異界に住む高貴なる存在よ。古の盟約・我が呼びかけに従い、仮そめの門より姿を現し、我が声に耳をかたむけよ・・・・』
「!?」
 それは間違いなく召還に用いる言葉であった。どこからかは分からない。だが、キーン以外の何物かが現状を利用し、何かを呼び込んだのである。
 その言葉に反応し、魔法陣の中心であった金属球が更に光を放ち僅かに放電したかと思うと、突如一変して光を失った。光量が下がったのではない。魔法陣の描く円の内側全てが『闇』となったのである。
「来た!」
 緊張感に身を包み、冷や汗を流しながらキーンは言った。もともと呼び込むつもりではあったが、自主的であるのと他人に呼んでもらったのでは、心構えに関して若干の違いが生じる。
魔方陣に限定されていた『闇』が、部屋全体に溢れた。中から現れる存在によって、一定範囲の空間が異次元の結界に包まれたのである。
 その上、異空間へと繋がる『門』から溢れ出る圧倒的な気配に、キーンは気圧されていた。
 突如、魔法陣から闇が溢れた。それが煙なのか黒い光なのか全く判別のつかないまま、それは集約し、一つの形を形成した。
「・・・・・!」
 キーンが息を呑む。そこには異世界の秩序によって形成された全く異質の存在が鎮座していたのである。おおよそこの世界のどんな生き物とも酷似しておらず、モンスターを合成し一匹のモンスターを作る者ですら発想し得ない存在がそこにはあった。
 キーンは本能的恐怖を感じた。それは太古の昔、人類が遭遇した『彼等』に対する恐怖が遺伝子に記憶されていたのかもしれない。
『我を呼びだしたのは貴様か?』
 心と空気を振るわす声が部屋一帯に響いた。声帯とテレパシーの両方からの問いかけだった。
「厳密に言うと違うが、そうだ」
 キーンは辛うじて、いつもの調子で答える。
『何故、我を呼びだした』
「何でだと思う?」
『・・!!!』
 それはいきなりであった。突如、召還を受けた異生物が巨大な口を開き、衝撃波を吐き出したのである。
 キーンは槍を地面に突き立てて身体を支え、辛うじてそれを堪えた。だがその一方では衝撃に耐えきれなかったガーゴイルが粉々に砕けて散っていた。
「冗談は通じないか・・・」
 あまり度の過ぎた軽口は受け入れてもらえない。それを認識し、呟くキーン。
『改めて問う、何故、我を呼びだした?』
「・・・・古の盟約に従って取引を行うため・・・・」
 キーンは答える。その途端、異性物の目らしき物が大きく見開かれ、好奇の眼差しを彼に向けた。
『ふ・・・・・・ふぁっっははははははははははははははは』
 笑いという強大な声と思念がまとまってキーンの耳と脳裏を刺激した。
「何が可笑しい?」
『これが笑わずにはいられるか。数千年ぶりに我を召還するほどの門ができたので来てみれば、相手は身の程も知らん小僧とは・・・・・貴様、古の盟約の内容を知って言っておるのか?今なら特別に考え直すチャンスを与えないでは無いぞ』
「体力・知力・戦闘力・・・・・何でもいいから召還した相手と勝負を行い、その能力を認めてもらい、願いをかなえてもらう・・・・ってのが、こちらの世界とあんたの世界の、時の覇王が定めた掟だろ」
『それを知って尚、我に盟約の遂行を求か?』
「悪いが、小僧である俺が、あんたを知っているはずもないと思うが」
「なら聞くがよい。我が名は『セイファート』異界の闘神と呼ばれ、かつて貴様の世界でも猛威を振るった四大魔王の一人だ!』
「・・・・・そう言えばそんな伝説もあったっけ?四大魔王か・・・・量産品の召還球にしては、凄い物を呼び出したな」
『それを知って尚、我に挑むか?』
「挑まないと呼び出した意味がない」
『人間よ、我は寛大だ。故に忠告しよう。退く事も無意味ではない。我等に比べれば瞬き程度の寿命しか持たぬ身を自ら滅ぼす事もあるまいに・・・・』
 召還により呼び出した魔族との『古の盟約』による取引とは、一言で言えば博打である。召還者である人間が勝てば、人智を越える魔族の知識・魔力を始めとする能力を我が物として従える事が出来る。その一方で、敗北は無条件に死を意味するものとなっている。
「あんたの好意を蹴って悪いが、何の思惑か、折角、有数の実力者の力を得られるチャンスが来たんだ、やらせてもらう。俺の一番得意な実戦で」
『愚かなり・・・・』
 セイファートと名乗った魔族の『声』は震えていた。無意味で結果の見えている闘いを挑むキーンに対し、そして像が蟻に挑まれるような状況に、自分が拒否権を持てない現状に対し怒りを堪えているかの様であった。
「それが人間って生き物だよ!」
 キーンが床を蹴って跳躍し、連続宙転を行う勢いで槍を打ち下ろした。
『!?』
 蚊の一撃を受けるような物と、『腕』を掲げ槍の一撃を受けたセイファートが僅かに驚愕した。槍の刃を受け止めた腕に刃が食い込み皮膚を裂き、僅かながら体液が流れたからである。
 彼の皮膚の硬度は尋常ではない。人間界における過去の彼の歴史においても、一個人の攻撃によって傷つけられたと言う事はなかった。ある意味それが自慢でもあった彼は、気乗りもしていなかった相手に、早々に予想だにしなかった手傷を負わされたのである。
 油断もあったかも知れなかったが、それにもまして格下と決めつけていた人間に傷つけられた屈辱と怒りは並々ならぬものがあっただろう。
「よし、斬れる!」
 一方でキーンは確信めいた声を上げていた。世間一般には魔族に対しては、神の加護を受けた武具や、魔力の付与が行われたアイテムでなければ歯が立たないと言われている。そう言ったアイテムを過去の闘いで失っていた彼は、まず『気』を込めた武具の全力攻撃を試してみたのである。結果はかすり傷に終わったものの、全く歯が立たない訳でもない。この事実を知っただけでも収穫と言える。少なくても勝率0%ではないと言うだけ・・・
『貴様・・・・・一体何者だ!』
 セイファートが巨大な腕を振って強大な魔力をダイレクトに放出した。内容的には闘気士の闘い方に似ている。
「興味本位で『門』を開く好奇心の大きい、ただの人間だよ!」
 キーンは高密度のそれによって歪んだ空間を見定め、放出された魔力の軌跡を読みとると、身を翻してそれをかわし、再び槍を叩きつける。
 だが今度はセイファートの『手』が包み込むようにして槍を受け止め、その衝撃を吸収した。
『ただの人間ならば今の一撃で終わっておる!』
 槍の切っ先を包み込んでいた『手』が一気に縮んだ。
「!」
 柄を握るキーンの手に嫌な感覚が伝わった。槍の切っ先が砕かれたのだ。
 キーンは柄を離し、すぐに間合いを取ると剣を引き抜き、構えた。
『スピード・パワー・・・・どれも我の知りうる人間の上限を越えている。今の時代の人間は全てこうなのか?』
 残った槍の柄をキーンに投げつけ、セイファートは問う。
「いいや、多分平均的にはあまり進化はしていないさ。中には人為的に進化した連中や、逆に退化した連中もいるが、結局の所、何も大差ない」
 飛来した柄を軽く避けて答えるキーン。
『ならば貴様は何だ?』
「突然変異・・・・と言うより、最終段階にまで成長できた、ある部族って所かな?」
 キーンは再び打って出た。
 セイファートも両方の『手』を刃状に変化させ、迎え撃つ。連続して繰り出される突きをキーンは器用に避けながら、チャンスを見てはセイファートの身体に斬りつけるが、彼の一撃を警戒し硬化させた皮膚に痛烈なダメージを与えるには至らなかった。
 迂闊に近寄れば、敵味方関係なく切り刻まれるだろう両者の凄まじい応酬が続く中、キーンは徐々に押されていった。剣技のスピードに関しては若干彼が上回っていただろう。にもかかわらず彼が押され始めたのは、相手が二刀流から三刀流・四刀流と刃の数を増加させた為である。
『ここまで我とやり合うとは大したものだ。過去、我に挑んだ『勇者』共より、遙かに手応えがあるぞ』
「歴代屈指は確定かっ!」
 キーンは吠えて防御に専念し始めた。彼にとって不利になっていくのが分かる現状を維持するのは得策ではない。過去多対一の闘いが多かった彼は、不利な状況は早めに変化させるように努める傾向があり、その性格がこの場にも現れたのだった。
 そしてまたも彼は歴史を知るセイファートを驚かせる行為に出た。
 突き出された刃を左手で受け止め、残る三本の刃を右手で持った剣でまとめて振り払うとすぐに剣を手放し、左手で捕らえている刃に気を込めた拳を叩きつけた。
 その攻撃の効果は如実に現れ、攻撃を受けた刃は土のように崩れ去り、床に散って消滅した。
『貴様!我の身体を!!』
「どうせ再生可能なんだろ!その位の傷で怒るな!!」
 呻くセイファートをキーンが蹴り上げた。とにかく虚を突き、相手にペースを握らせない。伝説上の魔族が相手となれば、そうでもしなければ生き残る見込みさえ無い。そう判断しての攻撃であった。さもなければ、魔族に直接触れるなどといった行為など行うはずもない。
『小賢しいぃぃ!』
 セイファートの怒声と共に、彼の全身から魔力が放出された、否、溢れ出たと言う方が正しいかも知れない。爆発的に広がったそれは、キーンに逃げる隙も与えず彼を捕らえ、その動きを制すると、間髪入れず刃で斬りかかる。
 魔力に圧迫され、動きの鈍くなっていたキーンは回避もままならず、幾筋かの傷を体と鎧に負わされた挙げ句、壁に叩きつけられた。
「さ、流石に伝説に名を残す魔族さん・・・・・桁が違う」
 痛む身体に鞭を撃って起き上がりながらキーンは口の中に溜まった血を吐き捨てた。
 彼は考える。少なくても長期戦になっては、ただでさえ少ない勝ち目が完全無くなる。魔族の回復力は人間の非ではなく、ミラーとは比べ物にならない物であろう事くらいは予測できた。
『貴様も賞賛に値する。我が歴史において、ここまで手傷を負わせた人間は初めてだ』
「あんた、産まれた頃から最強だったって事かい?そんな長い間、生きていて人間の事をいちいち覚えているのか?」
『印象に深い人物はいつまで経っても忘れられるものではない・・・・・・・貴様もな。我に最初に手傷を負わせた人間として、永遠に覚えておこう』
「出来ればもう少し良い結果を残したいな・・・・最初に倒した人間とか言う歴史で・・・・・な!」
 キーンが気孔弾を連射する。並の闘気士では気絶するだろう数の気孔弾をおかまいなしに放ち続ける。
 セイファートも魔力の障壁で応じたが、数が結果に繋がったのか、数発に一発はその障壁を貫通し、その身体に着弾した。
《こんな人間が実在するとはな・・・・》
 命中する気孔弾は、セイファートにある程度の『痛み』を与える事には成功していた。だが、障壁により威力が減退していたそれは、彼自身の強固な肉体に効果的ダメージを与えるまでには至ってはいなかった。
 それでも、並の人間との力量差を熟知しているセイファートにとって、否、それ故、今自分が受けているダメージが、人間の定義を遙かに越えた物である事を実感していた。
 基本的に人間を格下以下に見ている魔族にあって、セイファートは実力主義者と言う傾向がある。強い者は強く、弱い物は弱い。過去、数例ある『人間に敗北した魔族』と言う事実に対し、大半の魔族の評価は、まぐれと言う定説がある中、彼は素直に事実を認めている。
 無論、彼自身が人間に負けるなどとは微塵も考えていないところが、彼の魔族属性の逃れられない性かもしれなかったが、キーンにとっての勝機はその一点にあるとも言えた。
『そろそろ無駄な足掻きは止めろ』
 今尚続く攻撃を平然と受け止めながら、セイファートは足を進めた。着弾による爆煙や、魔法障壁に弾かれて壁や柱に誤爆して噴き上がる埃と煙で視界は殆ど失われていたが、キーンの攻撃の射線がその位置を彼に教えていた。
『後、二度程、攻撃で我を驚愕させる事が出来たら、そちらの勝ちとしても良かったが・・・・やはり人間では、ここまでが限界か・・・だが、誇りに思うがいい。我の記憶から、貴様は永遠に消えることは無いだろう』
 ある意味、それは確かに光栄な事と言えたかも知れない。知る由も無い事だが、魔族達の中ですら、セイファートに名を覚えてもらうと言う事は、かなりの身分か実力がなくては適わないのである。
 彼を崇拝する者がいるとしたら、魔族・人間に関わらず羨ましがられること請け合いであった・・・・が、キーンにとっては何の感慨も湧かない事も事実である。
 人の価値観は多種多様であると言う、良い見本であった。
『華々しく散ってみせよ!』
 間合いを詰めたセイファートは、彼なりの敬意を込めて、魔力放出による滅殺ではなく、腕を刃状に変形させての剣劇を繰り出した。
 ダイヤより硬く硬化させた刃を超振動させての一撃であった。地上にあるありとあらゆる物を容易に切断できる一撃は容易く振り下ろされた。
「!?」
 どの様な防御も物とはしない一撃が振り切れたのは当然の現象であった。だが、手応えが感じられないのは、あり得ない事だった。つまりは目標を外したのである。
 それでも、気孔弾は今も眼前の煙から繰り出されている。セイファートはその中の何処にいても斬れるように、刃を繰り出したにも関わらず相手を捉えられなかったのである。
 セイファートは全身から軽く魔力を放出し、周囲の視界を遮る煙を一斉に吹き飛ばした。
「!」
 半分予想していた事ではあったが、セイファートが目標としていた位置に、キーンは存在しなかった。ただ気孔弾が別方向から飛来して直角にカーブし、発射地点を誤魔化していたのである。
 それを瞬時に理解したセイファートは、気孔弾の軌跡を逆に追って、キーンの姿を見つけた。その時の彼は、左腕を突きつけて気孔弾を連射しつつ、右腕はしっかりと拳を固め、腰の辺りで構えられていた。
『貴様、時間稼ぎか!』
『御名答!』
 セイファートが吠え、次のリアクションに入るよりも早く、キーンが右拳を突き出した。そして、右手が前に伸びきる寸前、彼は指を拳の構えから、人差し指・中指・親指を突き出す構えへと変化させた。
 突き出された指先を中心に、蓄えられていた『気』が圧縮されて放出された。通常、掌から放つ気孔波の放出面を最小限にして、貫通力を持たせたのである。
 簡単に言うと、水道ホースの先端を押し縮め、勢いを増しているみたいなものだったが、今回に至っては、それが高圧放出されている事に問題がある。
 つまりは、この方法にはかなりの負担がかかる事となるのである。先の例の水道ホースにしても、放出口を小さくすれば勢いは増すものの、ホース全体に負担がかかり、ホースが外れたり、場合によってはホースが裂ける事態が生じる。
 気孔波に関してもその理論は同様であり、ただでさえ凝縮されエネルギー弾化している『気』を更に凝縮させる事は、無茶と言うよりは無謀と言う方が適切であった。これは並々ならぬ闘気士であるキーンにとっても該当する事である・・・・否、並々ならないが故に、生じる反動は飛躍的に大きい物であった。
「くっ!」
 キーンの顔が苦痛に歪んだ。気孔波圧縮放出の要である三本の指が、負担に耐えかね骨に亀裂を生じさせたのである。
 だが、その効果はあった。決死の意志を込めた光の矢は、まっしぐらにセイファートへ伸び、ものの見事に彼の最も分厚い胸板を完璧に貫いた。
『おおおおおおおおおっ!!!』
 セイファートが驚愕と苦痛を一纏めにして絶叫した。
 本来なら、気孔波が食い込んだ時点でそれを自爆させ、相手を内部破壊するキーンだったが、指に受けたダメージの痛みによって、そのタイミングを外してしまっていた。が、それでも彼は次なる手をうつべく、行動に入っていた。
『よ、よもや我が最大の装甲を貫かれるとはな・・・・・賞賛には値するが、それ故に許せん。何があっても貴様を滅する!』
 かつて味わった事の無い痛みと屈辱に、セイファートが唸る。魔族でも屈指の実力者と言われても、人間に多大な手傷を負った事を知られれば、その実力に関わりなく嘲笑される事は目に見えている。そんな現実問題が彼から冷静さを奪った。
 セイファートが一時視界から外したキーンを再確認した時、彼はまた位置を変え、闘いで散乱したアイテム群の中から、一つの麻袋を拾い上げていた。
『今更その程度の武具が我に対する道具となり得るものか!』
 セイファートは既に周囲のアイテム群の固有波動を確認し、武具にしろアイテムにしろ、その中に自分に害をなす類の物が何一つ無い事を知っていた。
 したがって、彼が注意すべきは敵対者キーン自身の能力のみであった。しかもそれが人間の精神力のみに頼る物だと言う事を既に悟っているため、勝利自体は確信していた。
 今の最大級であろう一撃が連射されれば、あるいは自分の『生命核』を砕かれ、死に至るかも知れなかったが、あれ程の行為が人間の肉体的・精神的に可能であるはずが無い。
 つまりは本当の限界だと言う事である。そう判断したのであった。
 だが、キーンの言葉は彼の意見とは全くの正反対であった。
「物は使いようさ!」
 キーンが無事な左掌を突き出した。その掌に光が集中し、気孔弾を形成する。
 先程のような『圧縮』はほとんど出来ないやり方ではあるが、体内に『蓄積』しない分、負担は全くないと言って良い。この方法で威力を上げるとしたら、それに込めるエネルギー量のみとなる。
 セイファートは闘気士と闘うのは始めてであった。だが、遙か以前から生きていて蓄えた知識がその特性を見抜き、キーンのしている行為が徒労に終わると言う判断を下したのだ。
『無駄だ。人間の精神力のキャパで、我を倒せる程のエネルギー弾は形成できん。先程のように一点集中でもすれば話は別だが、『穴』の一つ二つでは、我は死なんぞ』
「点の攻撃では弱点でも貫かない限り勝てない事は判っている。だから丸ごと吹き飛ばそうとしてるんだよ」
『!』
 セイファートはここに現れて、自分が驚きの連続に直面している事を実感し、今も新たな驚愕を感じていた。キーンが作り出しているエネルギー弾=気孔弾が、際限が無いように高密度・高照度を維持したまま巨大化していくのである。単純計算してもそのエネルギー料は、先の一点集中をも上回っているだろう。
『貴様!本当に人間かぁ!』
 セイファートも、今までの敵対者が抱いた疑問を本気になって唱えた。
 その瞬間、キーンが歴代最大級の気孔弾を放った。
 セイファートの全長よりも大きい気孔弾は、完全に彼を捉えた。
『!!!!!!!!!』
 彼の身体は眩い光に呑み込まれ、絶叫すらも呑み込まれて行った。そしてその直後、残りの気を左拳に込めたキーンが、セイファートに殴りかかった。
 この戦闘空間がセイファートの作り出した物でなければ塔はその衝撃で倒壊していた事だろう。それ程までと思える衝撃が発生した。


 周囲が落ち着きを取り戻し始めた頃、ようやくキーンは身体を動かした。
 自分が射出者であったため、受ける衝撃は最も小さい位置にいた彼ではあったが、常識を越えた気孔弾は、凶悪的な衝撃波を周囲に振りまいていた。さしものキーンもその煽りを受け、鎧の大半を破壊されて倒れていたのである。
 彼は周囲の気配をたどって、まだ完全に視界の回復していない中を進み、やがてある場所で立ち止まった。
 そこには、正確にはキーンの足下に、大ダメージを負ったセイファートが床に倒れていた。
 高硬度誇った外皮はボロボロになり、四肢も大なり小なり引きちぎられ、細身の触手は全て消滅していた。
 かなりの重傷ではあったが、生きていれば魔族になら再生が可能なダメージではあった。
「生きてるよな・・・・当然」
 屈み込んで軽くセイファートの顔をつつくキーン。
『当然・・・だ。しかし・・・・・暫くはまともに動けん』
「良かった・・・・これ以上は俺も闘えん・・・・・今回は引き分けで終わろう」
 相手が素直に動けないことを認め、キーンは安堵の息を漏らす。
『引き分けだと?』
 その申し出はセイファートには意外なものであった。過去の召喚においても結果は勝つか負けるかであり、引き分けと言う例は存在しなかったのである。
「状況を見れば、そう判断しても良いんじゃないか?」
 キーン側にしてみれば、その提案は取り立てて異例とは思っていなかった。
『・・・・・・・・・・・・一つ聞きたい』
「?」
『最後の・・・あの尋常ではないエネルギー弾は、間違いなく精神力による物だったはずだ。何故、先の闘いでも精神力を使った闘いを続けている現状にも関わらず、あれだけの物が出せる・・・・人間にあれだけの力があるとは到底思えん。貴様は何者だ?』
「人間だよ。名前はキーン・・・・・でも、その指摘は間違っていない。俺一人の力では、最後の一撃は撃てなかった」
『ではどうやって?』
「これだよ」
 そう言ってキーンは痛む右手で持っていた麻袋を見せ、中身を床に落とした。
『灰?・・・・いや、魔晶石のなれの果てか』
「御名答。ここにこれがあったのを思いだして。こいつに封入されていた精神力を利用したんだ。おかげで貴重な魔晶石全部が砕けて灰になってしまったよ」
『その中にあった魔晶石全てを?』
 正確な容量は不明ではあったが、キーンの持つ麻袋の大きさと、落ちた灰の量から想像すると、大国の魔法使い一同の精神力をカバーできるだけの量はあったであろう事を察し、セイファートは目の前のヒューマノイドが、自分の知る範疇の人間でない事を完璧に悟った。
 あれだけの量の魔晶石でエネルギー弾を精製すれば、人間であれば、まずその反動に耐えかねて四散しているはずである。
『貴様は絶対に人間では無い!』
 状況を総合した結果、彼はその答えに辿り着く。
「失礼な奴だな・・・・・変身もしない純度100%の人間つかまえて、その一言は無いだろ」
『人間では無い!でなければ、敗れた我のプライドが保てん』
 これは本音であった。人類を遙かに凌駕している魔族にあって、そのトップクラスに位置する自分が傷つき、倒れた。その相手がただの人間であってはならないのである。
「こだわるなって、人間は今でも億単位、あんたの生涯には兆を超す程に存在してるんだ。たまには変わり種も出てくるのさ。少しばかり種明かししてやろうか?」
『願わくば・・・・』
「闘って気づいたとは思うが、俺は魔法使いの類じゃない。気・・・つまりは精神力を破壊エネルギーに変えて肉体を強化し、衝撃波として放つ事が出来るタイプの人間だ」
『それは分かる。過去、似たような闘い方をする人間と幾度か遭った』
「で、俺はその闘い方が飛び抜けて上手かったって事さ。最後の一発は納得できないって事だったけど、あの一発、精製時こっちには負担は殆ど無かったんだよ」
『何?』
「あれは気のエネルギーを凝縮して放つ技で、気孔弾って良く言われるけど、撃ちやすいけど威力に難がある。一方で気を放出し続けて相手にぶつけるのが気孔波。破壊力は相当だけど、気の消費力が激しいし、放出する気のコントロールが難しくて、精製した威力に自分がついて行けなければ、腕が吹っ飛んでしまうことだってある。あんたの身体を貫いたのが、この方法だった訳だ。破壊力から考えれば後者の方が、倒す条件としては良かったんだけど、生憎俺の身体はこの魔晶石全てを使った気の精製に耐えられる物じゃなかった。だから俺は体内に蓄積した気を放出する気孔波ではなくて、体外で精製した気を放つ気孔弾の方を選んだんだ。あれなら気を分散させないようにさえすれば、例え自分の身体が耐えきれないほどの容量を持った気孔弾でも、精製する事が出来る。あとはその威力が、あんたに十分に通用するかどうかだったけど・・・・・上手く行って良かった。これで大したダメージじゃなかったら、もう、攻撃力の残っていない俺は殺されている。そんな訳で、引き分けとしたいと思っているんだけど・・・・・・・受諾してくれるか?」
 こう言う申し出は、セイファートには・・・・否、魔族の歴史にも始めてであった。古に行われた魔族と人類の魔力的契約においても、この様な事例は想定されていない。頭脳勝負等ならいざ知らず、戦闘において魔族と人間が引き分けるなどと行った事を、当時の者達も想定できなかったのである。
 そうなると、決着は当人達の意志でつけなければならない。
『引き分けなど無い!』
 セイファートが言い切ると、彼の身体が黒いスライム状に変質し、その中から新たな姿となってキーンの前にそそり立った。
 それは人間側で言うところの執事にも似た格好をした、人間型の生き物の姿をしており、大きさもキーンと大差なくなっていた。
「!?」
 瞬時に身構えるキーンではあったが、ろくな体力もない以上、光明は無い。そう思った矢先、魔族の雰囲気を残す執事は、片膝をたてて彼に跪き、その頭を下げた。
『古の盟約に従い、我、セイファートは汝に仕える。そして汝の命尽きるその日まで、忠実な僕としてその意志に従う』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・いいのか?」
『これは我のけじめだ。我が主よ、我に何を求む?』
 キーンは躊躇したが、セイファートの性格そのものには好感を持てた。高位故のプライドがそうさせたのであろう。もっと下位の魔族であればこうは行かなかったであろう事は疑いない。
 それを察したキーンは、相手の心情を受け取る決意をする。
「我、キーン・ファストに仕えし僕に命ず。失われた我の鎧となりて我が身を護れ。そしてその力の及ぶ限り、我を補佐せよ」
『御意!』
 もはやセイファートに不満はない。瞬間的にでも力で自分を凌駕した相手と行動を共にする事は、自分の住む世界で燻るよりは余程ましだったと言える。それに彼の加護によりキーンの寿命が延びたとしても、彼の寿命からすれば一瞬にも似た一時でしか無いのである。
 セイファートの身体は再びスライム状に、そして霧状へと変化すると、殆ど鎧を失ったキーンの身体にまとわりつき、彼の新たな鎧へと変貌した。
「・・・・・・・・」
 キーンは自分の身体に視線を向けた。
 それは鎧と言うよりはプロテクターと言った方が適切とも思える姿で、胸・肩・上腕~肘・脛~膝・両腰をガードする様に、厚手の革の塊のような物が装着されている。
 材質は不思議な物で、触れると像の革のような厚みのある、それでいて若干の柔らかさを感じさせるものの、強く叩くと石の様な硬度を持つのである。その上、装着者のキーンにはその重さが殆ど感じられず、全く動きの妨げにならなかった。
「凄いな・・・・セイファート?聞こえるのか?」
『もちろんだ我が主よ。いかに姿を変えようとも、意識が消えることは無い』
「で、鎧化したこれにはどんな御利益があるんだ?」
『物理的打撃に対する防御はもちろんの事、並の魔法攻撃では、我の発する結界に阻まれ、主の身に届くことはない。それに、心身の回復にも関与できる。もっとも、鎧と言う形態になっている分、本来の姿の時に比べて、若干効率は悪いがな』
「十分だ。命懸けで得た甲斐があるってものだ」
 キーンは軽く飛び跳ねて、新たな鎧の調子を見た。軽く、運動の妨げにもならず、セイファートが彼の闘い方に適した形状となってくれた事を物語っている。
 それと同時にキーンの体力と精神力がみるみる回復していくのも実感され、鎧が早速その特殊能力を発揮しているのだと実感された。


 その後キーンは愛用の二本の大型ナイフの鞘を背中に装備し直すと、主武器として唯一残った剣を拾い上げ、激闘を繰り広げた空間をあとにした。
 新たな力を手に入れ、意気揚々としていたキーンであったが、一歩部屋を出た瞬間、その表情は強張った。
 出口の周りにかなりの数のモンスターが待ち受けていたのである。
「・・・・・・ばれたな・・・・」
 既にミラーと言い張るための鎧はこ粉々となり、いまは全く違う形状の鎧に身を包んでいる以上、確実に全てのモンスターに敵と認識されているであろう。
「あれだけ派手にやり合えば当然か・・・・・結界が生じていなかったら、塔なんて今頃瓦礫の山だろうな」
「貴様っ!どうやって侵入したかは知らんが・・・・・」
 衛兵であろうトロル系のモンスターが、職務的台詞を言いきる前に倒れた。引き抜かれた剣が、トロルを両断していたのである。
「どうせ闘うのだろ?だったら面倒な前置きは無しだ!」
 剣に付着した血糊を振り払い、その先端を、モンスター達に突きつけでキーンは怒鳴った。
「てめぇ!」
 モンスター達が咆哮をあげ、同時にキーンも床を蹴って相手の真っ只中に飛び込んで行った。
 たちまちキーンを中心に乱戦が始まった。彼は状況に合わせて剣を捨て、二本のナイフを両手に取って、前後左右から繰り出されるモンスター達の攻撃を巧みにかわしながら着実に、先頭に位置する相手を斬り、時には殴りそして蹴って、仕留めて行った。
 今やセイファートの『鎧』のおかげで体力の充実している彼は、一撃一殺でモンスターを仕留め、圧倒的数の不利をものともせず、邪魔な敵を除去しつつあった。
 数分もすると、所狭しと集まっていたモンスターの密度も薄くなり、数の上での優勢を信じ切っていた低脳なモンスターにも敗北の色が読みとれる事態に至っていた。
 そしてそんな気負いによる隙をキーンは容赦なく突き、戦闘か逃走かを迷う集団に対し、刃に乗せた気を叩きつけ、まとめて粉砕する。
 雑魚は敵となり得ない。そんな思いが彼に油断を生じさせたのか、キーンの繰り出した左右同時攻撃(二刀一閃)をかいくぐり、一匹のモンスターが間合いを詰め、刃状になっている右腕を突き出し、彼の眉間を狙って来た。
「!?」
 技の間隙を突かれ、一瞬の隙を見せるキーンであったが、大きく体を仰け反らす事で、その一撃をやり過ごした。
「こいつっ!」
 それが雑魚とは異なる存在であることを悟った瞬間、突き出されていた刃が降ろされた。弧を描くように仰け反っているキーンを、そのまま縦に切ろうというのである。
「くっ!」
 またも間一髪、キーンは身体を右に捻って寸前のところで刃をやり過ごすと同時に、捻った体の勢いに合わせて左足を振り、相手に蹴りを繰り出した。
 しかしそれは、相手が僅かに身体を引くことで避けられ、またも攻撃の間隙を縫う突きが繰り出される。しかしそれは、キーンの予想範囲内での事であり、彼は左足が空振りしたと同時に今度は右足を繰り出しており、時間差で放たれた彼の右踵が、突き出されようとしていた刃の腹を捉え、その動きを牽制した。
 蹴りの勢いの分キーンの方が勝り、両腕を刃状にしたモンスターの姿勢が崩れた。
「もう一発くらえっ!」
 着地したキーンが間髪入れず床を蹴り、今度は下から突き上げるような蹴りを繰り出し、その態勢が不利と悟ったモンスターは一旦間合いを取るように後ろへとバックステップした。
 キーンも、蹴り上げた勢いのままバック転を行い、相手との間合いを取った。そこで両者はまともに対峙する。
「雑魚の中に隠れていたか・・・・少しはましなのが・・・・」
 ナイフを十字に構え、キーンが呟いた。
「今の攻撃が掠りもしないとは思わなかったぞ。あの二人を退けたのは偶然では無いと言う事だな」
 同じく刃となった腕を構えたモンスターが言った。
「誰の事を言っているか実感は無いが・・・・・察するに、あんたも変身タイプの化け物か」
 言いながらキーンは両手に持ったナイフの柄の底同士をカチリと接触させた。
「化け物とは随分な言い方だな。れっきとした人間さ。戦闘種としての本来の姿を得た・・・・な!」
 モンスターが床を蹴った。
 見かけより遙かに俊敏なスピード迫る相手に、キーンは一度接触させていた柄を外す。すると双方の柄の間に細い糸が垂れ、二本のナイフを繋げていた。
「生身でも人間は強くなれるもんだ!」
 キーンは右手のナイフを手放し、左手のナイフを振るった。それによって、糸で繋がれたナイフが弧を描いて、相手の予想しなかった角度から飛来した。
「!?」
 モンスターは戸惑った。ヌンチャクに似た使用方法は、今し方とは全く異なる戦闘スタイルである上に、リーチも逆転しており、完璧に虚を突かれた形となった。
 モンスターは辛うじて身を傾けてそれをやり過ごす事に成功したが、そこへキーンの右拳が追い打ちをかけた。もともとこちらの攻撃が本命であり、不意打ちに慌てたモンスターは、初手をかわすことに囚われすぎて、この一撃に対応できず、まともに吹っ飛ばされ壁に叩きつけられた。
「止めだ!」
 今の一撃は、並のモンスターであれば痛打になっていたであろうが、あの手の特殊変身型に対しては決定打に欠けていた。手応えでそう判断したキーンは、すぐさま突き出したままの右拳に気を込め、それを放った。
「ひっ!」
 死をもたらす光弾の接近を目の当たりにして、モンスターは小さな悲鳴を上げた。双方が不可避と認める一撃であったが、それは本来の目標に命中する直前、横合いから出てきた大きな影に遮られた。それは、新手のモンスターであった。パワー重視のスタイルに昆虫のような甲殻を持ったモンスターが、盾となってキーンの一撃をその身で受け止め、無傷な状態として立っていた。
「えらく頑丈だな」
 不意の乱入者の襲来そのものより、その頑強さに興味を示すキーン。
「貴様の一撃が脆弱なんだ。その程度では、俺の装甲に傷一つつけられんぞ」
「別に、あんたを倒そうと思って放った訳じゃないさ」
「なら俺と砲撃戦と行こうか?」
 突如、甲殻モンスターの装甲の隙間の各所が開き、中から無数の球体が姿を現した。
「!?」
 毎度変身系の特殊モンスターには驚かされる事ばかりであるが、キーンにはそれが何か見当がついていた。
(生体レーザー!)
 ゼルと名乗ったモンスターや、塔攻略初期に闘ったモンスター特有に彼が感じる嫌な雰囲気で事態を察したキーンは、ともかくも間合いを取った。
 と、その刹那、甲殻のモンスターが各所の球体から一斉に熱線を放出させた。それこそ熱線の雨とも言うべき物で、各所から時間差をつけての連射と想定していたキーンは面食らった。
 とっさに身をかわすものの熱線の一発が左腕をかすめ、激痛と共にその部分を焼き、炭化させた。
「うぐあっ!!」
 経験した事のない激痛にキーンは思わず呻き、蹲った。すぐさま鎧と化したセイファートがその特殊能力を発揮し、損失した主の腕の一部の再生に取りかかったが、彼が寸前に身を引いて間合いを開けていなければ、致命傷を受けていた可能性もあった。
「なんてデタラメなヤツだ、一度にあれだけの熱線を放つなんて・・・・・」
「少しは驚いてくれたか?こっちも人間がゼルとカールを退けたと聞いて驚かされたんだ、その位はなくてはな・・・・・」
 熱線を放った甲殻モンスターの脇に巨躯のモンスターが新たに現れ、勝ち誇った声を上げた。
「ゼル?カール?」
 聞き覚えのある名称を耳にして、僅かにキーンが反応した。
「お前等、何者だ?あの人とどこまで関係がある?」
 あの人とはカールの事を示している。その名が絡む時、キーンにとっては重要な意味が出てくるのである。
「奴はどこまで話した?我等は最強を自負する傭兵団の頭領を勤める者だ」
 両腕が刃のモンスターが言った言葉に、キーンの表情が如実に変わった。
「この塔の主は我等の依頼主でな。それに応じて派遣したゼルを退け、同朋のカールを倒した貴様に対し、仕事として死をもたらす為にやって来た」
 びしりと刃の先端をキーンに突きつけ、モンスターは言った。
「そうかい・・・・最強の傭兵団の頭領か・・・・で、名前はあるのか?」
「我が名はゼニス」
 甲殻のモンスターが言った。
「ザンバー」
 と、こちらは両腕が刃のモンスター。
「ダングス」
 最後に巨躯のサイを思わすモンスターが言い放った。
「そうか・・・・・会えて嬉しいよ!」
 不敵な笑みを浮かべて立ち上がるキーンに、ゼニス達は妙な威圧感を感じた。その感覚は主の治療を済ませる直前のセイファートにも感じられ、その手の感情のより強い感知力がある彼には、それが強烈な『憎悪』である事が理解できた。
「俺はあんた達を探していたんだ」
「何だと!?」
「お前等の売名行為のために滅ぼされた故郷の恨み、今此処で晴らさせてもらう!」
「何?」
 言うが早いか、キーンが気孔弾を連射した。その全てがゼニスを目指し直進する。
 ゼニスは自分の甲殻の強度に自信を持っており、その攻撃を真っ向から受けると、反撃とばかりに熱線を繰り出した。
 キーンもゼニスの攻撃パターンを知り、最小限の回避で熱線をかわし、気孔弾を連射し続ける。その間、ダングスとザンバーは左右に展開し、砲撃の応酬の死角へと回り込んで背後からキーンに迫った。
「死ねぇ!」
 俊敏力で勝るザンバーがいち早く接近・跳躍し、両腕の刃を振りかざした。
 キーンは三人の位置を素早く把握し、ゼニスが味方に命中させてはまずいと、熱線攻撃を中止した瞬間、ザンバーに向かって跳躍して彼との間合いを詰め、両腕の刃が繰り出されるより早く、相手の両腕の刃となっていない部分を殴り上げ、その攻撃を制し、動きの止まった相手に蹴りを入れた。
 ザンバーを蹴り飛ばし、自らもその反動で移動すると、今度はほぼ反対方向にいたダングスへ向かって駆け出すキーン。
「おのれっ!」
 ダングスは己の動きがメンバー中最低と知っていたため、無駄な回避を行わず、相手が来るのを待ち、間合いに入った瞬間、最強を自負するパワーを込めた右拳を突き出した。
 キーンにはオーガーすらも一撃で撲殺できそうな一撃を正面から受け止めるつもりは毛頭無く、身を屈めてやり過ごし、カウンター張りに自分の拳を相手の腹に叩き込んだ。
「!?」
 致命傷とはならずとも、多少の効果はあるだろうと想定されての一撃であったが、その目論見は甘かった。ダングスは、その巨躯に見合った、分厚く柔軟性のある表皮に覆われており、ゼニスとは違った形で物理的衝撃に対する防御能力があったのである。
 キーンがその事に気づいた時には、ダングスが懐に入った自分に左腕を掬い上げるように繰り出していた。
「くそっ!」
 キーンは右腕をかざしてハンマーのようなダングスの一撃を受け止めにかかった。命中の直前、腕のプロテクター部分が増殖して盾状になり、その一撃を受けた。これもセイファートの機転によるものである。
 彼の変形した盾は確かに痛烈な衝撃を緩和した。だが、その全てを相殺しきれたわけでもなく、抑えきれなかった反動が装着者のキーンに襲いかかり、彼の身体は数歩分後ろに後退した。
「しまった!」
 キーンは舌打ちした。身体に対するダメージは微々たる物であった。バランスを崩し数歩後退しても、ダングスの俊敏性ならば即応できた。だが彼は、今、一対一で闘っているのではない。ザンバーの突出もあり得たが、それよりも先に、現状は、少しはなれた間合いで待機していたゼニスの格好の標的になっていたのである。
 チャンス!とばかりにゼニスの球体が輝いた時、キーンは床を蹴って現状で進みやすい方向にいたザンバーに向かって再度駆け出して行った。
 その半瞬後、彼のいた空間を熱線が薙ぎ、移動する目標を追った。
 キーンは背後に迫る熱線を気にせず、そのままザンバーに対して二本のナイフを構える。そしてザンバーも、今度は不覚を取らないとばかりに、両腕の刃を小さく掲げ、小振りで攻める体勢をとっていた。
「今度こそ切り裂いてやる!」
 ザンバーも駆け出し、その間合いを詰めた。
 キーンの体が相手の間合いに入る寸前、彼は気孔弾を自分の足元に放って爆裂させた。その衝撃で床に穴が空くと、彼は迷わずその中に飛び込んだ。
「「何!?」」
 ザンバーの刃が目標を失って空を切り、ゼニスの熱線も味方に命中する恐れを感じて攻撃を止めた。
「逃げた!?」
「ま、待てザンバー!迂闊に近づくな!」
 ザンバーが言ってその穴を覗き込んだのを見て、ゼニスが慌てて制止したが、既に遅かった。
 ザンバーのすぐ背後に、直径1メートル弱程の気孔弾が床を突き抜け舞い上がり、そこに出来た穴から続くようにキーンが飛び出したのである。
「!?」
 ザンバーが異変を感じて振り向いた瞬間、キーンのナイフが振り上げられ、彼の両腕が切断された。
「があああああああ!」
 ザンバーが苦痛と驚きを含めた悲鳴を上げ、その間にキーンは天井近くまで上がったかと思うと、くるりと身体を反転させて天井を蹴り、落下速度を増してザンバーに向かった。
「「ザンバー!」」
 ダングスが駆け寄り、ゼニスが熱線を放とうとするよりも早くキーンはザンバー攻撃の間合いに入っていた。
「二刀一閃!」
 武器を失った相手に止めの一撃が加えられ、ザンバーは三枚におろされたように切断されて果てた。そしてキーンはそのままの勢いのまま、自らが開けた穴に飛び込み、再び敵の前から姿を消した。
「くそっ!ダングス、俺の背後についてカバーしろ」
「お、おうっ!」
 二人は背中合わせの体勢をとってキーンの奇襲に備えた。互いの死角を補うと言う形としては理想的であったが、襲撃される事が分かっていながらそのタイミングが分からないという状態での待機は、待つ側に急速な精神的疲労を強いる事となる。
 待つこと数刻、ゼニスに焦燥感が募り出した頃、彼は自分の知覚がある種のエネルギーの収束を感じ取った。人によって感じ方は異なるが、それは間違いなく闘気士の気孔の集中によるものであった。カールと言う仲間がいなければ正体の分からなかった波動を感じ、ゼニスは敵の位置を悟った。
「そこかっ!」
 ゼニスが左腕を突き出し、そこに設置されている全ての生体レーザー発射器官から熱線を一点放出させた。熱線は床石を貫き、見えない位置にいる相手に向かって突き進んだ。
 さすがに命中の有無は分からなかったが、リアクションは生じた。ゼニスが熱線を放った直後、彼が見当をつけていた位置の真上に当たるだろう床が崩れ、その中からキーンが飛び出したのである。
「モグラめ、出てきたか!!」
 待ってましたと言わんばかりにゼニスが残った発射器官から一斉に熱線を放つ。ドラゴンすらも灰に出来る威力を秘めた熱線がキーンを直撃したと思った瞬間、熱線は見えない壁に阻まれたように目標からそれて本来の目標物ではなく、床や天井を焼いた。
「何だと・・・」
 ゼニスは絶句した。いまの現象が気孔障壁の防御と判断した彼ではあったが、あれほど完璧に自分の攻撃が弾かれるとは思っても見なかった。だが実際には、今の現象はキーンではなく鎧のセイファートの能力によるものだった。
 魔法が関与した攻撃であれば、並大抵の攻撃は霧散させる事の出来る彼であったが、事、物理攻撃にはそう言った力場は働かない。だが、どの種の攻撃が来るかが分かっていれば対応する事が出来たのである。
 戸惑いを見せるゼニスに、キーンは右腕を突きつけた。
「望み通り砲撃戦だ!」
 そして気孔波が放たれた。
「何を!」
 迫る一発の気孔波に、ゼニスは直立して受けにかかった。自身の甲殻に対する信頼と、相手の攻撃が一発である事が彼に慢心を生んだ。
 彼はあまりにも闘気士の事を軽視していた。それは変身能力を得たために力を過信しすぎていたのかもしれない。気孔弾と気孔波の違いが理解出来ないままそれを受けたゼニスは、その時になって初めて気孔波の威力を思い知り、自慢の甲殻を破壊されて吹っ飛んだ。 
「ゼニス!!」
 キーンが現れた事によって戦闘体勢をとってゼニスの背から離れていたダングスは、その事によって気孔波の巻き添えを食らうと言う災難から逃れる事が出来た。彼は全身の甲殻を砕かれて床に倒れた仲間を見て、憤怒の形相となった。
「貴様っ!!」
 ダングスはキーンとの間合いを詰め、最も秀でている腕力を生かした右拳を繰り出した。一方でキーンも、今度は避けるどころか、逆に合わせるように右腕を繰り出していた。
「正気か!」
 そう思ったダングスであったが、彼は互いの拳が衝突する寸前、キーンの腕のプロテクターが拳を包み淡く光ったのを見た。
「!?」
 鈍い音と共に両者の拳が衝突し、威力で劣った側の拳が砕けた。
「あっ・・・ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
 ダングスが悲鳴を上げて砕けた右腕を押さえた。その眼差しは信じられないものを今、眼前にしていると言う色が濃く出ていた。
 キーンは鎧のサポートと気孔による強化で、相手を上回る破壊力を瞬間的に引き出したのである。
 彼はダングスが激痛にのたうつ間に構えを拳から手刀へと変え、そこに再び気を込めた。その容量は手を覆うにはあまりにも多く、溢れた気が術者の意思により指先へと放出され光の剣のような形状を形成する。
「はっ!」
 気合と共に手刀が振られ、気の刃に触れたダングスの身体はバターのように切り裂かれ、二つになって倒れた。
「馬鹿な・・・・・奴は、カールとほぼ互角な位の実力だったはずだ・・・・それが何故・・・・」
 横たわったままその光景を見ていたゼニスが、自分達の完全敗北を目の当たりにして呻き声を上げた。
「ほ・・・・まだ生きていたのか」
 その声を聞いたキーンは、既に戦闘能力を失ったゼニスの元へと歩み寄り、横たわる彼を見下ろした。
「貴様・・・一体・・・・」
「闘気士ってのは、闘う都度、強くなれるんだよ。変身して人間の持ち得ない能力を持った程度で人類を超えたなんて思っている連中には負けはしないさ」
 勿論それだけではなく、彼等と遭遇する前に得た新たな鎧=セイファートの能力にも助けられての事ではあった。
「とりあえず、積年の恨みをここで清算させてもらおう」
 キーンは倒れているゼニスに掌を突きつけた。
「何?何の話をしている・・・?」
「カールに手引きされて滅ばされた傭兵の村の話さ・・・・・そこの生き残りより、恨みを込めて!」
「!!」
 ゼニスが相手の正体を理解した直後、キーンの放った気孔弾が彼に止めを刺した。甲殻と言う鎧を失ったゼニスの身体は容易く四散してバラバラとなり、この瞬間、キーンの生涯をかけていた一つの目標が達成された。
 だが彼はそんな感傷に長く浸る事もなかった。彼にとっての復讐は、事の大本とも言えるカールを倒した事で決着がついていたに等しかった。
 キーンはそれぞれの亡骸を一瞥すると、闘う事でしか価値を見出せない存在の末路はこんなものだろうなと思い、自分の既にその一人であることを認識しつつ歩を進めた。

 もはやこのフロアで彼を止めようとする者は存在しなかった。ゼニス達の敗北を目撃したモンスター達の話がすぐにフロア全体に広がったのが原因で、彼等の力が知れ渡っていただけに、見かけが脆弱な人間だったとしても迂闊には手を出せない状況になっていたのである。
 彼等に出来る事は、せいぜい回りを取り囲む程度であり、それもキーンの動きに合わせて囲いを移動させると言う程度の事であった。

 そんな彼がこのフロアに囚われている女達を解放するのは容易な事であった。   


つづく






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