「くすぐりの塔2」 -勇者降臨編-
-第十二章 精霊騎士-
キーンは今、塔内の隠されたフロアである地階に進出していた。
彼曰く『風俗フロア』を、恐怖の二文字で制圧したキーンは、状況によって背負った畏敬(悪魔の加護)を利用してモンスターを脅し、同フロアで弄ばれていた大勢の女達を開放した。
その際、囚われの身となっていた少女の一人が『地下』の存在を語り、そこで今だ囚われている仲間の救出を求めてきたのである。
彼はその願いを請け負った仕事の一環と判断し、それを承諾したのである。
教えられた隠し階段を利用して、地階へ直行したキーンを迎える者は居なかった。ただ、地下特有のカビと湿気の臭いが微かに鼻を突き、不気味な静けさが彼を取り囲んでいた。
今までとは異なる緊張感に、キーンは剣を抜いて、まだ気配すら感じない敵に対しての即応態勢を取り、洞窟そのままとも言える通路を進んだ。
ややして、緊張状態にあった彼の聴覚は、通路の奥から何やら絞り出すような、掠れた声がするのを聞き取った。
「何だ!?」
自問する彼に返事をする者はいない。
先に進むという選択しかあり得ないキーンは、ゆっくりと歩を進め、誘っているかのような一本道を進む。
声は先に進むにつれて鮮明となり、やがてそれが笑い声の類だと言う事を彼は知る。
だがそれは、魔女あたりが定番で笑う、掠れきった笑い声であり、無理に絞り出したような不自然さを感じる笑い声であった。
疑問と不信感のみがふくらむのを感じながらキーンは歩を進め、自然にその答えが得られるであろうポイントまで歩み続けた。
そうして歩くこと数分。彼は開けた大きな空洞に辿り着き、『それ』を目撃した。
『それ』の鎮座する空間には『光』があった。今までも不自由になるかならないか程度の光源が最低限あった塔内であったが、この空間だけは更に光量が増しており、外界の曇り空程度の明るさが保たれていたのである。
そしてそこには、かなりの樹齢があるだろう樹木が床から天井を貫いてそびえ立ち、そこから伸びたのだろうツタらしき物が周囲に生い茂っていた。
「・・・・・・・・・・・?」
もともと非常識が満載されている塔なので、それだけならキーンもさして驚かなかっただろう。問題だったのは、その部屋の主役と思われる樹木に何人もの少女達が、全裸のままツタで縛り付けられていたのである。
そして身動きの出来ない少女達の一人を、若い女がしなやかな指で優しく、しかし容赦なく、くすぐっていたのである。
「うくっ・・・・うひっ・・・・いひひひひっひひひひひひひひひひひひひひ」
くすぐられている少女は腹をヒクヒクと痙攣させながら笑っていた。その声は掠れ、笑い疲れた様子であったが、責める女の指は容赦なく少女の身体を蠢き、限界を超えた笑いを絞り出させていた。
少女が限界なのは一目瞭然だった。それでも女の責めは彼女に休息と言う慈悲を与えず、強制的に笑い声を引き出させ続けている。そのため既に彼女には笑う事は苦痛になっていた。それでも彼女は、身体の奥から沸き起こる笑いを抑える事が出来なかったのである。
「くひぅっっ・・・・・ひっははははははははは・・・・はぁぁぁん・・・んんっくふぅ」
少女は笑う事によって生じる腹部の痛みを感じながらも、笑いを堪えられない自分を呪った。その一方で、先程から僅かではあるが快感を感じ始め、心の片隅では更なる責めを望む自分がいる事に戸惑いを感じていた。
「ど、どうして・・・・・くっっくくっ・・・・あぁ・・・」
悶え続け、思考能力が低下していた彼女に、沸き上がった疑問を考察する余裕はなかった。だが、目の前の女が指を這わし、自分を拘束しているツタが脈動するたびに性感は高まり、理性が望まぬ刺激を激しく求めるようになっていた。
少女は我が身を襲い続けるたまらないくすぐったさと、その中に見え隠れする快楽に囚われ身悶えた。そして少女が悶えれば悶える程、巻き付いているツタの量が増え、身体を包み込んでいこうと蠢いていた。
少女に絡みつき収束していくツタは、まるで太い木の枝のように変化し、その中に少女を取り込もうと活動を続けている。
その事実を少女は気づかなかった。それどころか彼女の脳は、身体が樹に取り込まれて行くにつれて快感を感じ、激しくそして淫らに身体を震わせ、股間から抑えようのない快楽の液を漏らしていた。
責め手の女は、少女の脚を、そしてツタを伝って流れる愛液を恍惚とした表情で眺めながら、手を横に振った。
それが合図だったのであろう。また別種のツタがどこからともなく伸び、溢れる液に群がった。それはまるで樹液に集う昆虫を連想させる光景であった。
その間にも少女の身体は樹の取り込まれて行き、やがて両脚は付け根まで、両腕は肘まで、上半身は前半分、つまりは背中のほぼ全面を取り込まれて、さながら巨木に少女の裸体を浮き彫りにしたような光景と化していた。
ここまで来ると、例え少女が正気を取り戻したとしても、自力脱出は不可能であった。四肢は完全に樹の中に取り込まれてピクリとも動かせず、残された顔から上半身の前面と下腹部一帯は、突き出されたような体勢になっており、無抵抗さを際立たせている。
責め手の女は、樹に取り込まれかけている少女に顔を近づけ、指でそっと顎を持ち上げて視線を合わせた。
そして何やらぽそぽそと語りかけたが、その内容はキーンの位置からでは到底聞き取れる物ではなかった。何と語られたのか?知る方法はなかったが、それを聞いた少女は、首を激しく振って、拒絶の意志を示していた。
少女にとっては不利な条件が出たのであろう。その表情と首の振り方から、決して譲歩も受け入れたくない意志が見て取れた。だが、基本的に少女の側に反抗の意を唱える機会はあっても、抵抗を実施できる状況は存在しないのである。
「きゃぁああああっ!!!!!!あっぁっあ~~~~~~~~~~っっっっははははははははははははははは!!や~っはははあはははははは!」
突如少女が激しい勢いで笑い出す。少女の周囲に展開していたツタが、抵抗も逃げる事も出来ない状態となった彼女の身体にまとわりつき、先端部分や生えて間のない柔らかい若葉部分で撫でるようにくすぐりだしたのである。
「いやっははははははははっはははははは!あっははははははっははきゃぁああっっあはははあははははははははは!!!」
少女の首は激しく振り乱されたが、それに反して身体は殆ど動かず、触手の蹂躙を許していた。とても弱い部分を責められ、とにかく逃げたいと願う少女であったが、その儚い願いは受理される事はない。
しかも今、彼女を責めているのは目に見えている部分だけではなかった。四肢をがっしりと捕らえている部分も小刻みな振動を放って全体に刺激を送り込んでいたのである。そのパターンはさほど複雑ではなかったが、集中的で的確な刺激は、太股や膝や膝裏、そして足の裏一帯にかけてに対し、かなり激しいくすぐったさを感じさせていた。
固定されている部分とそうでない部分の、異なる二種類のくすぐり刺激は、互いが互いの感覚を助長し、少女に体験したことのないくすぐったさを与え続けた。
その刺激に対して少女は逃げる手段どころか、身体を捩る事さえままならず、ただ首だけを狂った様に振り乱し、自身の苦しさを表現するしかない。
僅かでも身体が動かせれば、ほんの一瞬でもくすぐったさが軽減するものであるが、それさえも許されない少女の苦しみは、他の者には決して理解できるものではない。だが、他に捕らわれている少女達・・・・・少なくとも彼女達には、これからそれを体験させられる事は確定している。
「はぁっっははははははは・・・・はっ・・・はっ・・・・はぅっ・・・はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!・・・・あ~~~~~~っっ!」
もともとキーンが到着するまでにかなり嬲られていたのかも知れない。
その上、耐えようのないくすぐりを受け、遂に少女は絶叫を上げてうなだれ、ピクピクと痙攣しながら気絶してしまった。
女は自分の指の動きに顕著な反応を示さなくなった少女を一瞥すると、その場から離れた。それと同時に、ツタがまた活動を再開し、少女の身体を更に取り込んでいく。
顔以外の部分を薄く包み込んだツタは、時折、小さく震えて取り囲んだ女体に刺激を送り込む。少女の身体は気絶していながらもその刺激に反応し、涎を垂れ流している口元から吐息を出させるのであった。
そうして取り込まれた少女は彼女が最初ではなかった。樹一帯を注意して見てみると、彼女の様に全身を取り込まれ、顔だけとなった少女が何人も伺えた。それでも、女はまだ女体を嬲り足りないのか、くるりと方向を変え、木の実のように吊されて並ぶ他の少女達を見やった。
視線を向けられた少女達は、今し方繰り広げられていた光景が、我が身に来る事を悟り揃って怯えた。
心底怯えて身体を捩り、逃げだそうと試みる者もいたが、全ては無駄な足掻きであり、逆に『次は自分に』と、求めているようにも見えた。
女は色っぽい笑みを浮かべると、次なるターゲットを、最も怯えている少女へと定め、歩み始めた。
「あっ・・・あぁ・・・い、いやぁ・・・・」
狙われた少女は身動きの出来ない身体を必至に揺すって、か細い悲鳴をもらし、女が一歩一歩近づくにつれて顔色を青ざめさせていた。
じゃりっ!
靴が砂利を巻き込んで滑る音が、意図的に起こされた。
「お楽しみのところを悪いけど・・・・」
今まで思いっきり覗きを堪能していたキーンは、これが頃合いかと考え、姿を現し、間合いを保ったまま、その女に声をかけた。
女はそんな訪問者にさして驚くこともなく、むしろキーンが呼びかけるのを待っていたかの様に振り向くと、引き込まれるような笑みを浮かべた。
「いらっしゃい。ここに人間の男が来るなんて珍しい事よ。歓迎するわ」
「・・・・いや、お構いなく。長居をするつもりはないから」
キーンは女の笑みに、本能的に危険な物を感じて緊張を強める。
「あら、残念。実際、外からのお客なんて初めてなのに・・・・・・」
魅惑的で一挙一動が男を引き込む要素を含んでいる女は、キーンに向けて好奇心を隠そうともしなかった。
「そこにいる女達はどうなんだ?」
得体の知れない『女』の存在に、キーンの警戒心は高まっていく。
「これ?」
女は色っぽい笑みを浮かべて、手近な位置にいた、身動きの出来ない少女の、むき出しとなった腹の周囲を指先で軽く撫で回した。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
少女が悲鳴を上げ身体を震わせた。
「これは『上』から送られてきた贈物で、お客じゃないわ」
意味深な発言に、やっぱりかとキーンは思う。ルシアと王女、それに今まで救出した女達以外の面識がないため、この場にいる女達がこの国の者かどうかと言う確証がなかった彼は、今の会話で必要な情報を得た。もっとも、全く無関係な者が、この場にいると考えるのも不自然ではあったが・・・・
「あんたには物でも、俺にとっては依頼対象みたいだな・・・・・・出来れば連れて帰りたいんだが、引き取らせてくれないか?」
とりあえずは礼儀として、と言う意志を見せてキーンは言った。
「ん~~いい男のお願いは聞いてあげたいんだけど、駄目なのよ」
悪戯っぽく微笑みをうかべつつ、女は言う。
「何故?」
「彼女達は私の大事な栄養なのよ」
「栄養!?」
妙な表現に、キーンの表情が強張った。少なくても人間であればそんな表現は行わないだろう。見かけは美女であっても、やはり彼女も普通ではないと悟り、彼の身体は自然に戦闘に備え始めた。
「貴方、こんな地下で・・・・この程度の光量しかない場所で、どうしてこれ程の樹が育っていると思う」
急な話題ではあったが、言われてキーンは気づいた。その樹の異様な大きさに。自然界ではさして珍しくはないサイズであったが、陽の光のない地下空間と言う条件からしてみれば、確かにこの樹は不自然と言える。
「・・・・・・・大陽の代わりになる物があったって事かな・・・・」
言ってキーンは、初歩的な園芸の知識を思い起こす。
「植物には陽の光は当然として、あと水と・・・・・」
キーンはそこまで言って、女の言わんとしている事を察し、声を荒げた。
「栄養か!!」
「当たり」
女は嬉しそうに笑う。
「私は彼女達から溢れる女の密と、彼女達そのものを吸収する事で生きながらえているの。食虫植物と同じよ。不足している栄養を大地からではなく捕食によって得る。そうする事でしかこの空間では植物は生きられないわ」
「そう言う事か・・・・・・ん?私?私って言ったのか?」
キーンはまたも、女の言葉に含まれる重要な意味に気づく。
「そうよ・・・・・・この樹は私・・・・・今、貴方が見ている私は、私が作り出した一つの化身よ」
そんな女の自己主張に呼応するかのように、樹が震え、周囲のツタが波打った。
「つまりは生物に宿る精霊と話をしている訳か・・・・俺は」
周囲を警戒してキーンは言った。樹の枝や根、そしてツタは部屋全体に広がっており、言ってみれば彼は敵に囲まれているのと同じ状況であった。
「あら貴方、以外に物知りね。そう、私はこの樹の精霊。あなた達は『ドライアード』とか呼んでるみたいだけど・・・」
「俺の知っているドライアードとは少しばかり違っている様だがな。本来、ドライアード・・・樹の精霊ってのは、そんな栄養補給もしなければ、色男はともかく女に興味は示さないはずだが?」
「こんな場所に生をうけたら変わるのも当然でしょ。もっとも私も、生まれた時には何も出来ず、ただ死を待つだけだったわ。でも、あの人が私にこの力を与えてくれた。運命に抗う力を与えてくれたのよ」
「その力というのが、捕食か?」
「そうよ。動物が、そしてあなた達が日頃行っている行為と全く同じ。いけないとは言わせわよ」
「言わないさ。弱肉強食の論法から言えば間違ってはいない」
「あら、分かってもらって嬉しいわ。理解があるのね」
事実、キーンの同意はドライアードには意外であった。敵側に雇われている以上、理屈抜きに否定され、少女達を助けると言うだろうと思っていたのである。
「聖職者みたいな連中ならいざ知らず、俺は否定なんて出来ない立場の人間だからな」
過去に殺めて来た人間・動物の数は数知れず、御世辞にも天国へ召される可能性があるとも思えない自分を自覚すればこそ、そう言った意見が出るのである。
「貴方は正直ね。結構好きよ。そう言う人・・・・・だから聞いてみるけど、貴方、私の騎士になってくれない?」
「騎士?」
意外な言葉が意外な場面に出てきたものだと、キーンは内心思った。
「騎士とは、お前を守る存在って事か?」
「そう。私を守ってくれる騎士よ。その見返りは十分にしてあげるわ。望むなら私自身でも、その辺にいる彼女達でも・・・・ね」
ドライアードはゆっくりと語りながらキーンに近づき、その意味を意識させつつ、寄り添うように彼に触れて『交渉』を持ちかける。風俗店の客引きでもあれば、ヒット率は完璧に近い事が予想される程の、魅力的な様相であった。
が、客であるキーンの返答はシンプルだった。
「断る」
「あら・・・・私には魅力はない?」
「そう言う論点じゃないさ。美しい姫君の騎士となるのは男の本懐だろうが、残念ながら、あんたに仕えると自由がなさそうだ。状況から見ても一生この場に居座らなければならない事は明らかな上に、何より今は『先約』がある。契約は出来ないな」
「そう、残念だわ。貴方なら良い騎士になってもらえると思ったんだけど、仕方ないわね」
ドライアードは本当に残念そうに溜息をつくと、改めて視線をキーンに向けた。
「それで・・・・・・・どうするの?」
「悪いが、そこの女達を助けられる分は助けさせてもらう」
それがドライアードにとって何を意味するのか・・・・・それを承知した上で、彼は剣を抜いた。
「さっきも言ったけど、これは私の命の糧なの。譲れないわ」
そう、彼女にとっては死活問題。キーンにもそう言う返答になるだろう事は、分かりきっていた。
「分かっているよ。あんたも人間も、共にただ死を待つだけって言う運命に抗おうとする力を持ってしまった。だから、今ここで争いが起きる・・・・・それだけだ。闘う理由が生き延びたいって言うのは、欲求は何より純粋だと思うぞ」
「私はそうでしょうね。でも、貴方はどうなの?ここで争う必要なんて無いんじゃない?今、逃げればこの場に固定されている私は追うことは出来ないし、追う必要もない。それなのに何故、闘う必要があるのかしら?」
ドライアードにはその理由は分かっている。それが人間の背負う、自分以上の業だと言う事を・・・・
「言っただろ、彼女達は依頼対象だって・・・・自分だけの利益だけじゃなく、他人の運命にまで関与するのが人間なんだよ。もっとも、俺の動機は頼まれたから・・・・・それだけだけどな」
「他者の存在を守るために、他者の存在を脅かすのね。そんな事が許されるの?そこまでする程の『依頼』なの?」
「さあな・・・・・俺は宗教家じゃないし、なれるような資格もない。そして今言った命題には答えられないから、弱肉強食論を支持しているようなもんだ・・・・・本当に俺の行為が『悪』なら、いずれ裁かれるさ。俺を否定する何かにな・・・・・」
ほんの一瞬、キーンの瞳が陰った。ただ一つの、生涯を賭けての目的達成のため、自分の行為に正義がないと知りつつも闘う道を選んだ者の、僅かな葛藤がそこにあった。
「結局・・・・貴方も私と同じなのね。運命に逆らい続けて、その運命に裁かれる日を待つ哀れな存在」
「そうだな」
否定はなかった。
「私、そんな人・・・好きよ」
「さっき聞いた」
「でも私も生きていたいの。自然に土果てて大地に返るその日まで・・・・・だから持てる力全てを用いて貴方を倒すわ」
「ああ、当然の行為だ」
決して避けて通れぬ道に、キーンが剣を抜いて構えると、周囲のツタがざわめきだす。
キーンは樹全てが『彼女』の一部であることを自分に改めて言い聞かせていた。目の前の存在は会話のための媒体であり、その意志は樹に宿っているのだと・・・・
その時、そんな考えを肯定するかのように、ツタの茂みから何かがキーンに向けて飛来した。
「!」
キーンは剣を振るってそれを頭上へと弾き飛ばす。
目標を見失った鏃の様な飛来物体は、天井で跳ね返り、床に転がった。
不意打ちとしてはあまりにも中途半端な攻撃に、キーンは相手の意図が見抜けず、剣を構えたまま様子を伺った。
「貴方の相手は彼よ」
「彼?」
「異質な力を手に入れたとは言っても、しょせん私は樹の精霊。私の能力だけじゃ、貴方には勝てはしないわ。もちろん、他のモンスターの大半に対してもね。だから私は守ってもらっているの。頼もしい『騎士』にね」
ドライアードの言葉に呼応するかのように、キーンが注意を向けていたツタの奥から、一人の男が姿を現した。
一瞬緊張した彼であったが、相手に殺気は無く、その手に剣を持つだけで、鎧すら着用していなかった。おおよそ、今から闘う者とは思えないいでたちであった。
「紹介するわ。彼の名はマーク、つい最近私の騎士になってくれたの」
ドライアードは愛しそうにマークと言う名の青年に寄り添うと、その頬に軽くキスをした。
「マーク?」
「そう、単なる人間の男性だけど、知り合いの傭兵団からお裾分けしてもらったのよ」
「傭兵団?あの化け物に変わる連中か?言っちゃなんだが、あの醜悪な姿は人間の美的観念から言って、騎士ってイメージには程遠いと思うんだが・・・・・」
「僕は変身はしない」
キーンの言葉に、マークと言われた青年が口を開いた。
「正確に言うと、出来ない。詳しい事は知らないけど、体質がそうなんだって・・・・でも僕の存在は化け物になる為じゃない。彼女を守るためだけに存在するんだ。彼女を傷つける者は全て敵だよ」
「・・・・・・・・・魅了か?」
キーンはマークにではなくドライアードに問うた。マークの虚ろな目を見て、彼が自分の意識を持っているとは思えなかったからである。
「ええ、本来は外敵に樹を攻撃させないための、所謂、幻惑だけど、私はそれを応用したのよ」
悪びれもせず、マークの意志をその手に握る女は言った。
「質の悪い王女様だな」
皮肉を込めてキーンは言う。とは言え通常のドライアードも、美少年に対しては魅了の魔法をかけて、自分の手元に置こうとする習性があり、彼女だけの特質と言う訳でもない。異なる点は、手元に置いておくだけでなく最大限利用するかと言うところであった。
「あら、それは失礼よ。私は彼を奴隷にしてるんじゃないのよ。共に苦楽を共有してるし、何より騎士としての力も与えているわ」
「力?」
キーンの問いにドライアードは答える事なく、視線をマークへと向ける。それは今から実際に見れば分かると言わんばかりの行為であった。
「マーク、私を守ってくれるわね」
「・・・・はい」
マークは一歩踏み出すと、ズボンのポケットから小さな宝珠のような物を取り出し、頭上に掲げた。
「騎士・降臨!」
マークの言葉に呼応して、掲げられた宝珠が光を放ち、どろどろとした樹液のような物を溢れさせた。溢れた液は瞬く間に彼の身体を包み込み、意志があるかのように各所に移動して定着して行く。やがて液が硬化して形状を整えて行き、最終的には彼の身を保護する鎧へと変質した。
「何と!?」
「貴方には恨みはありませんが、彼女に危害を加えると言うなら、僕は貴方を殺します」
マークが手にした剣を構えて踏み、斬りかかった。
振り下ろされた剣を自分の剣で受け止めたキーンは、その一撃の意外な重さに驚いた。無造作に横降りされた剣は戦斧並の威力を秘め、キーンの構えを大きく崩させたのである。
姿勢の崩れたキーンに、マークは容赦なく左拳を叩き込む。咄嗟に右腕の手甲で受けるキーンであったが、加わった衝撃は彼の身体を後方へと突き飛ばした。
「つぅっ!何てパワーだ。これがドライアードの御加護だってのか?」
「正確には違うわ。私の、この力も貰い物だから」
「じゃ、誰がこんな尋常じゃない力を与える?」
痺れの残る腕を軽く振って、キーンは問う。
「あら、気づいてるんじゃないの?この塔の支配者。今は魔王を名乗るあの人よ」
「やっぱりな!」
再び振り下ろされた剣を、キーンは剣を横にして掲げ、更に腕を添えて受け止めた。
「人を化け物に変身させる技術といい、あんたの能力を進化させた事といい、魔王さんはかなり魔導に博識みたいだな」
マークが受け止められた剣を引き、更に力を加えた一撃で、剣ごと相手を叩き斬ろうとした瞬間、キーンは隙の出来たマークの腹に蹴りを加えて、再び間合いを開く。
「そうね。その上、私達より遙かに強いわよ。今ここで私達に勝てないようでは、彼には到底及びもしないわ」
「だろうな。最後に登場して、今までの敵より弱いんじゃ、笑い話だ」
キーンは改めて剣を構え、全身に気を巡らせた。
「まだ、闘うんですね」
マークが言った。これは今までの攻撃が、一種の牽制であり、相手に逃げるという選択を選んでもらえるように、手を抜いていたのだと言う事を暗に語っていた。
「これが俺の仕事だ」
「僕の仕事とは相容れない物ですね」
マークが剣を構え、キーンも同様の形をとる。
「「やっ!」」
二人が同時に斬りかかり、双方の剣が中央で衝突を起こす。
今度はキーンも相手の力を想定し、それなりの力を込めていたため、一方的に押される事は無く、両者の剣はほぼ拮抗して止まった。
手詰まり。この場、只一人の傍観者と言えるドライアードがそう思った瞬間、二人はその場で二撃三撃と剣を打ち合わせ、相手を押しやろうと奮起した。
「貴方、強いですね。精霊騎士の僕と、力で均衡を保てるとは思っても見ませんでした」
「闘気士の可能性は無限・・・・・覚えておけ」
激しい鍔迫り合いの最中、二人の言葉が交錯する。
「僕はてっきり、その鎧の助力かと思ったんですけど」
「鎧は鎧、あくまで防御のための物だ、サポート無しでも人間は十分に強くなれる」
「軽々しく到達できるレベルではありませんが・・・・・・貴方を見ていると、鼻で笑えないから凄いです。でもっ!」
マークが続けざまに剣を振り下ろす。
キーンは剣に気を込めてかざし、その連打を受け止める事に専念するが、数度の痛撃は強化されたはずの刀身に亀裂を生じさせた。
「!!!」
「やはり武具の差は覆いがたいようですね」
全ては定まっていたと言わんばかりに、勝ち誇ったマークは言った。
「武具の差?信じられないな。一体何なんだその剣は、尋常じゃない硬度だ」
自分の剣に入った一条の亀裂をまじまじと眺め、キーンは唸る。ある程度の使い手が気孔強化した剣ならば、金剛石(ダイヤモンド)ですら切断できる強度となるのである。その刀身にダメージを与えるなど、通常、考えられない事であった。
「ちゃんとした名称は無いけど、あえて言うなら、琥珀の剣・・・・かな」
マークは持っていた剣を掲げて、そう呟いた。
「琥珀ぅ!?」
「そう、琥珀よ」
キーンが内心で抱いた疑問にドライアードが答えた。
「琥珀は何で出来ているか御存知かしら?」
「樹液の化石みたいな物だろ?」
「御名答。樹液・・・・即ち、私の体液と言う所ね。それを魔力で生成して形成・硬化させ、単一結晶にしたのが、あの剣・・・・そして鎧よ」
「・・・・・・・なるほど、変異体ドライアードの特殊能力の一環か・・・・・相手を魅了して僕とし、その僕に剣と鎧を与えて闘わせる・・・・言葉にすれば従来のドライアードと余り変化はないが、いざ現物を目の当たりにすると、やはり異常だな」
言われてキーンは納得した。無論、それは事実を確認したというだけであって、状況のには何の変化もない。
「私の騎士の一撃で終わらない貴方も、十分に異常だと思うわよ」
キーンが妙に、自分の異質な面を強調した事に、内心が少なからず傷ついたドライアードはささやかな反論を行った。
「異常とは言っても、俺は突然変異じゃないぞ。日々の積み重ねによる結果さ」
「そこまでに至れるのが実に奇異だって自覚は、ある?」
「ないな!」
言い切った後、今度はキーンから仕掛けてきた。
剣を大きく振りかぶった彼は、相手が剣を頭上で掲げる形で受けに入ったのを見て、意味深な笑みを浮かべた。
バキィィィン!!
亀裂の生じていたキーンの剣が、剣と剣の衝突による負荷に耐えかねて折れた。
だが、キーンは構わず剣を振り下ろし、残った刀身でマークの胸を斬りつけていた。
「うああああっっっ!!」
胸を走り抜けた一条の激痛にマークが呻いた。身に纏う装甲のせいか、出血そのものは皆無であったが、フェイスガードからのぞく瞳が色濃く苦痛を物語っていた。
「くらえっ!」
間髪入れずキーンの左拳が繰り出され、予期しなかったダメージに狼狽えるマークを捉えた。命中直前、キーンの拳は、変形して腕を覆った手甲によってガードされ、その威力を増大させている。
その結果は、拳を受けたフェイスガードの一部が砕かれると言う形で現れた。
「相手は剣士じゃなく、剣が無くても闘える闘気士だって事を理解した方がいいぞ」
ダメージを受け、膝を着くマークにキーンは言い放った。さしものドライアードも、その光景には目を見張った。
「貴方、本当に尋常じゃないわよ・・・・・でも、私の騎士も、貴方が思っているほど甘くはないのよ」
「!」
ドライアードの意図を察した直後だった。膝を着いた状態で力を溜めていたマークが、キーンに向け、反動をつけて跳躍した。
「だぁぁぁぁぁ!!」
雄叫びをあげながらマークは突進し、その重厚な肩のアーマーを翳して体当たりを仕掛けた。
「っっつ!!」
まともにそれを受けたキーンがたまらず息を吐いた。見かけは人間でも、ドライアードの魔力の加護を受けているその肉体は強化され、その衝撃は大型モンスター並の威力を秘めていた。その不意打ちをしかけられては、いかにキーンでも耐えきれる物ではなかった。
キーンはハンマーに弾き飛ばされたかの様に吹っ飛ぶと、数メートル背後の壁に叩きつけられた。
「死ね!!」
半ば逆上したマークが、剣のグリップを捻り、剣の形状をV字型に変形させると、キーンに向かって投擲した。
「!?」
激突のダメージが残っていたキーンは、それを避けることが出来きなかった。
放たれた剣はキーンと壁を捉えた。V字型になった剣は、キーンを抑えつけるようにして壁に突き刺さったのである。
「しまった!」
動きが封じられたと悟ったキーンに向かって、マークが肉迫してきた。
「うおっ!」
マークは両腕を左右に振り、腕のアーマーに内蔵されていた刃を出現させた。そして動きの制限されたキーンに向かってその一対の刃を振り下ろす。
「ううっ!」
キーンは首を左右に振って、僅かな差でその刃をかわすと、再度の攻撃が来る前に、がら空きとなっていた腹に蹴りを入れ、マークを突き飛ばした。
それが僅かな時間を生み、キーンはその合間に、剣の戒めから力ずくで脱出することに成功する。
「往生際の悪い。幾ら剣なしで闘える闘気士でも、攻撃の間合いに差がある以上、勝ち目はないですよ」
マークは宝珠から新たに樹液を噴き出させ、それを剣に形成させて手に取ると、改めてキーンに向けて構えた。
「お前、とことん闘気士を甘く見ているな」
キーンは左手を突き出し、無数の気孔弾を放つ。マークは一瞬戸惑いながらもあえて身体を大の字にしてその全てを受け止める。
「ちっ、やはり放つより、叩き込む方が効果的か・・・・・」
もともと牽制のつもりではあったが、気孔弾の連撃に対して傷一つつかないマークの鎧を改めて見て、キーンは打撃に気を込めた攻撃でなければ相手を倒せない事を察した。
そんな意志が彼の気孔弾の連射速度を弱め、その隙を見逃さなかったマークは攻撃をその身にうけつつも間合いを詰めだした。
「その程度ではっ!」
マークが剣を振るってキーンと交錯した。
「っ!」
キーンが微かに呻き声をあげる。マークの一撃はキーンを捉え、左肩の一部をそのアーマーごと切り裂いていた。
だが、仕掛けたマークも無傷ではなかった。
彼もまた、重厚な肩のアーマーの一部を砕かれ、その下の肉体を傷つけられていたのだ。
「馬鹿な・・・・」
マークは驚愕して自分を傷つけた『光』の刃を見た。
それは、折れて刀身が半分以下になったキーンの剣から発生していた。彼の持つ、欠けた剣が光に包まれ、失った刀身部分を、その光が補っていたのである。
「言っただろ、闘気士は剣が無くても闘えるって」
折れた剣先を自分の気でカバーしたキーンが、気孔剣の一種とも言うべきそれを振るって構えた。
「気で剣を形成・・・・そんな事まで可能なのか?」
「恐れないで!」
闘志の消えかかったマークに、ドライアードの叱咤が突き刺さった。
「確かにあの技術は驚愕に値するけど、不安定な気を安定させるために常に精神力を維持しなければならないわ。つまり、常時精神力を消費する欠点があるのよ。人間である以上、限界もある。攻撃をしのいで持久戦に持ち込むのよ」
「的確なアドバイスだことで・・・・・」
技の最大の弱点を看破され、キーンは苦笑した。こめかみに流れる一筋の汗が、その心情を的確に表していた。彼女の指摘する通り、動かずとも『剣』を形成しているだけで体力・精神力を消耗する。それが今の彼のアキレス腱でなのである。
「あとは俺の精神力の容量と、『お前さん』次第だな・・・・」
一言もらすと、キーンは意を決し、マークとの勝負に入った。
剣が幾筋もの軌跡を描き、弾かれる。時折、気孔弾の光状も走ったが、気孔剣にその精神力を割いているため、満足のいく破壊力が得られず、その全てがマークの鎧によって受け止められていた。
一方マークは、その攻勢に積極性が見られなかった。ドライアードのアドバイスに従い、キーンの消耗を待つ戦法に出たのが原因である。
彼は受けに徹っする形となるのだが、相手が相手だけに、それは言葉で言うほど楽な物ではなかった。
「でりゃぁっ!」
至近距離の間合いから繰り出された蹴りをマークは辛うじてかわす。かと思うと今度は拳が飛び出し、それをアーマーで受け流す。
そう、キーンの攻撃は気孔剣だけに頼らず、隙あらば蹴りや拳まで使用し、まるで統一性が無かったのである。防御する側にとって、これ程やりにくい相手もいない。
あわよくば反撃を考えていたマークではあったが、逆にそれが相手のカウンターを誘い、気孔剣の一撃を受ける要因に成り得るかと思うと、迂闊には手が出せない状況にあった。 そのやりとりを傍観していたドライアードは実際に闘っているマーク以上に焦燥感を感じていた。
「何故、こんなに保つの?」
彼女は一人呟いた。マークが持久戦を前提にした闘いを始めてそこそこの時間が経過している。相手に攻撃の意志がない以上、キーンの攻勢は当然であったが、一撃一撃に気を込めて攻撃しているキーンに、今だ明確な疲労の様子が見られなかったのである。
常識を逸脱しているため、その持続時間を常識外れな範囲で見積もっていたのだが、彼はその予想すらも上回っていたのである。
これには彼女の知り得ない、多少の秘密があった。
『魔鎧セイファート』である。
キーンの防具として命を受けた、悪魔『セイファート』が、消費されていく主の精神力を黙々と魔法で回復させていたのである。ただやはり、現在の消費と回復では、消費の方が勝っており、確実に彼の精神力は低下していたのだが、行動不能となるまでには、まだまだ余裕があったという訳である。
(それにしても・・・・・)
相手を押し切ろうと気孔剣を振り下ろしながらキーンは思った。
(何か・・・何か、違うんだよ)
数度にわたる攻撃を止められ、逆に突き飛ばされたキーンは、相手が次の攻撃に移る前に小さな気孔弾を連射して、牽制を行った。
気孔剣の形成に力を注いでいる事を既に知っているマークは、まるで避ける価値なしとばかりに、全ての気孔弾をその身に受けて、自らの頑強さを誇示する。
「小技は効かない・・・・・あれでも、並のモンスターなら効くんだがな・・・・」
自分の実力であれば、全力を傾けて気孔弾を形成すれば十分に相手を倒す自信はあった。だが、その時間を、相手が与えてくれるはずもなく、又、この戦闘空間のほぼ全域がドライアードの領域である以上、セイファートを倒した時のような目眩ましも成功するとは思えず、彼は正攻法を選ぶしかなかったのである。
「・・・・並のモンスターなんて、ここ(塔内)には居ないか・・・・」
自分の発言で苦笑するキーン。そう言う意味では、外界では気にもかけないドライアードですら驚異になっているのである。ここが異世界と言われても彼は信じる心情だった。
キーンは、眼前の『騎士』を操る王女たるドライアードを見た。
地下という、植物にとっては不的確な環境で生きるために、通常とは全く異なる物を糧とし、我が身を守るために他者を強化して利用する。
植物の能力としては驚異的な能力にも関わらず、その意志が具現化した姿はあくまでも清楚である事が皮肉であると、キーンは思った。
「・・・・・・・・!」
だがその時、ある事にキーンは気づいた。否、正確には思い出したと言う方が正しいであろう。そしてそれは先程から自分が感じていた違和感の答えを導き出す結果にも繋がっっていた。
「そうか・・・・多分そう言う事だな・・・・・考えりゃ当然か・・・・」
一人で納得したキーンは、一旦、マークとの間合いを開けるべく後方にジャンプした。
「逃がさないで!時間を与えては回復するかも知れないわ」
ドライアードが叫び、マークが同意して頷く。彼はすかさず後を追ってジャンプした。
「逃がさない!」
「逃げないさ!」
キーンがすぐ脇にあった石柱を蹴って壁の方向に急転換すると、その壁を両脚で蹴って反動をつけ、追ってきていたマークに突進をかけた。
「いりゃぁ!」
「てやぁっ!」
気合い一閃。二人が宙空で交差した。キーンは脇腹の一部が鎧ごと斬られて僅かに出血を起こし、マークは兜の一部が切断されていた。
マークは振り向きざまに肩のスパイクをニードルとして射出してキーンの背後を狙った。
一方キーンも、傷の痛みを無視して床に着地すると、気孔剣を大きく振り回し、剣として形成していた気を、振りの遠心力に乗せるよにして放つ。
剣として凝縮されていた気は莫大で、見た目よりも強大であり、マークの放った複数のニードルを簡単に弾き飛ばして、彼に向かって突き進んだ。
「!!」
迫り来る気の塊に、マークは防御の態勢に入った。
「やはり、それも受けようとするか!」
キーンが叫び、合図とばかりに指をパチンと鳴らす。
「!?」
マークは目を見張った。眼前に迫っていた気の塊が、キーンの合図と共に左右二つに分裂し、彼を避けたのである。
普通であれば、直撃を回避して安堵する所だが、彼、否、彼等にはそれこそが大きな問題だった。
ズドォーン!!!
「きゃああああああああああ!!!!!」
気孔弾が着弾したと同時に悲鳴が上がった。ドライアードである。室内全域に広がっていた本体(樹木)を傷つけられ、意志の具現化した彼女が、その傷みを現したのである。
「やはり、本体は只の木か」
今の一撃で確証を得たキーンは、マークが攻撃を仕掛けるも早く、気を周囲に放った。「爆・風・烈・火」
キーンを中心に気が爆発的に放出され、フロア全体に衝撃を与えた。気孔剣の形成で彼が疲労している事もあり、その威力は中途半端ではあったが、ツタや枝の細い物は全て四散し、樹木本体そのものにもかなりの亀裂を生じさせる事に成功していた。
「あっあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~!」
ドライアードが苦痛にのたうち回る。彼女の変調はマークにも及び、頑強であった鎧の結合に緩みが生じた。
「しまったっ!」
焦った時にはキーンの攻撃が繰り出されていた。
「二刀一閃!」
「うぁああああああああっ!!」
瞬時に生じた隙を逃す事なく、キーンが両手に持った大型ナイフで止めの一撃を加えた。その加重に耐えきれなくなっていたマークの鎧は粉々になって砕け、起き上がることが出来ない程のダメージを与えた。
「終わりだ」
倒れたマークを捨て置き、蹲り、苦痛に打ち震えていたドライアードにキーンの大型ナイフの切っ先が突きつけられた。
「・・・・・・何処で分かったの?」
憔悴しきった眼差しでキーンを見上げ、ドライアードは言った。
「最初っから知っていた。そう、気づいていた事さ。ただ、あんたの騎士が常識外れに頑強なんで、その事に気が行ってしまって、忘れてしまっていたんだよ」
ドライアードの言いたい事を察したキーンが答えた。
「ただ、馬鹿正直すぎたな」
肩をすくめてキーンは言葉を続ける。
「全ての攻撃をまともに受け止めるのは、鎧の強度に自信があっての事・・・・・かと思うが、牽制の気孔弾まで自ら受けに行ったら気づくさ。あいつは頑強さを誇示してるのでも、威圧を目的としているのでもなく、あんたの本体を守っているんだってのをな・・・・・」
キーンは掌底をドライアード『本体』に突きつけて言った。
「あまりに突飛な『騎士』の存在を見せつけられて、本来の要点を見過ごしていたが、やっぱりドライアードはドライアードだったって訳だ」
キーンは軽く同情の溜息をもらして肩をすかしてみせると、掌底に気孔弾を作り出して詰め寄った。
「・・・・・・さあ、生きている分だけでいいから、女達を開放してもらおうか。それとも今、確実に消滅するか?」
狙いはドライアードに向けられていたが、彼の注意自体は周囲全てに張り巡らされている。下手な行動はさせないと言う意志が、ありありと見てうかがえた。
「わ・・・・私は・・・消えたくない・・・」
か細い声でドライアードは言った。
「誤って根を下ろしたばかりに、すぐに消え去る運命だった私を、あの人は『力』を与えてくれて、生き延びる術を教えてくれた。そして私は生きる事を知ったのよ・・・・状況に左右されずに生きていける事を知った私が、今更、素直に枯れる事を容認できると思うの!?」
それは劣悪な環境で、何の助けもなかった悲運な植物の、悲痛な叫びであった。
自然に育成した樹のドライアードであれば、朽ちる事も運命として受け入れたであろうが、彼女はその運命を、異質な力を得た事によって大きく変質させてしまったのである。
「俺にはわからん。だが、別種の生物は、生存方法でなんらかの手段で相容れない限り。闘いになるのは当然だ。そしてどちらかが、あるいは双方が倒れるのは自然の成り行きだろう。だけど、知性を持つ種族は譲歩することで共存も出来る・・・・・はずだ」
「何が言いたいの?」
「つまりだ・・・・・・お前は根底は一応、植物だろ?自分の命を新たな『苗木』や『種』に凝縮して転生する事は出来ないのか?」
確証があったわけではない。ただ、人間にも数世代先の血族に『転生』と言う物が存在する以上、植物にも同様の事があっても良いと考えての事だった。その上、彼女は自己保存本能が突出しているため、その手の術が出来るはずだと想像したのである。
そしてそれは的を得ていた。
「できる・・・・・わ」
キーンの望む返答が返ってきた。
「なら、何故・・・・」
疑問の返答はすぐに返ってきた。
「それには、私の魔力全てを凝縮させる事を意味するのよ。全てよ!私は全くの無防備となり、呪縛から解放された騎士は正気に戻るわ。そうなれば、わざわざ足下に転がる種を誰かが外に植えてくれると思う?」
彼の指摘した方法は考えなかった訳ではない。だが、彼女の境遇と、生きるために相手を操っている(騎士)という認識が反動となり、容易く他者を信じる事が出来なかったのである。
「さぁ?騎士さんがどうするかなんて、俺は知らん。そんなに不安なら、頼めばいいじゃないか」
キーンの発言は唐突であり、実にシンプルな物だった。他人を頼る。その場で生き延びる事に執着するあまり、この単純な手法はドライアードの思考範囲から根本的に外れていたのである。異質な力を持っているとはいえ、この辺りが自由に移動できない植物としての枠から逃げ切れない、彼女の限界だったと言えるかも知れない。
「?」
「・・・・・・・俺は傭兵だ。報酬・・・つまりは相応の見返りがあれば、仕事を引き受けているタイプの人間だ。実際、あんたの種の植え換えなんて片手間仕事だが?」
「あなたが?」
キーンの意志を悟り、ドライアードが意外そうな声をあげる。
「そのつもりだが?それで丸く収まるなら安いもんだ。塔の外は森だし、木々の育成には何ら問題は無いだろ」
ドライアードの驚き方がオーバーに見え、彼も意外そうな表情を見せた。そう言う発送が出来る者と出来ない者の違いの現れである。
「・・・・・仮に頼むとして報酬は何?私には何も無いわよ」
人間の欲する物を思い起こし、それらが自分の手元にないことを思い出して、ドライアードは言った。
「謙遜するなって、こちらとしては、あんたの言う騎士殿が使っていたのと同種の剣を一本作ってもらえれば結構なんだが・・・・・あ、体力的に今作るのが無理なら、成功報酬としてでも良いが?」
「その程度なら簡単だわ。でもその程度を報酬なんて、人が良すぎるんじゃない?」
「価値観の相違だな。俺なら、あれだけの強度の剣と取引なら、植え換え先の周囲の雑草の一掃もおまけに請け負うぞ」
この発言は本気であった。実際、気で強度を上げた剣と競り合い、勝利する剣であれば特殊効果が付与されていなくとも、大勢の剣士・戦士・騎士・傭兵・武器商人達が欲して、大金が動く事になるだろう。
それが『植え換え』と言う依頼の報酬と考えれば、破格と言って良い内容であった。無論、この価値観は人間側に則してであるが・・・・・
「そう?それじゃぁ、依頼しようかしら」
ドライアードにはその思想は理解できていない。キーンが情けで自分を救済しようとしているのだろうと判断していた。だが結果として『取引』が成立した以上、双方の思惑がどうであれ関係はなかった。
「おう、それで、報酬は前払いか?成功報酬か?」
「前払いにするわ、後ろを見て。もう出来たわ」
「い?」
驚いて振り返るキーン。そこには、彼のサイズに合わせた剣が一振り、床の根に突き刺さった様な形で立っていた。
「魔力を固定させたので、自己修復機能は無いけど、強度は同じよ。先端部分の刃が二重構造になっていて、柄の捜査で分離させる事も出来るわ」
「そりゃどうも・・・・・それじゃ、早速始めるか?」
キーンは剣を見るだけで試し振りを行わず、ドライアードを見やった。剣の調子に関しては、仕事終了後に行うという意志表示のつもりであった。
「ええ・・・・」
ドライアードが静かに目を閉じる。その精神集中に合わせて室内が震えた。正確にはフロアに蔓延った樹が震えている訳だが、その振動は定期的な動きを見せ、周囲に不必要なほど広がったツタが徐々に収縮していく。
それに伴い、ツタや樹皮に呑み込まれた少女達が姿を現し、床に倒れ込む。やがて伸びきった枝やツタが一本の樹に戻ると、『本体』は更なる脈動を始める。
ドライアードが新天地へ向かうための儀式、自身を種に還元する行為を本格的に行おうとした時だった。
突如、激しく空気を焼きながら一条の熱線がキーンの身を掠めてドライアードの『本体』を直撃すると、まだ瑞々しさを残す樹を容易に燃え上がらせた。
「!!!!!!!!!・・・・・・・・」
ドライアードの具現化した少女も全身から火を噴き上げ燃え上がった。悲鳴は無かった。あまりに一瞬の出来事で、そんなゆとりも無かったのである。
ドライアードは僅かにもんどりうって倒れると、あとは燃えるに任せて動く事は無かった。『本体』である樹木も枯木に火が着いたかのように勢いよく燃え、もはや消火する余裕すらない。
「なっ・・・」
事の成り行きを絶句して、見守るしか出来ないキーン。
「どうした?たかが植物が燃えた事がそんなにショックか?」
突如の出来事に呆然とする彼の背に、嘲る様な声が投げかけられた。
「貴様っ・・・・」
キーンは本来『報酬』として用意された剣を引き抜き、不意打ちの相手に向かって構えた。
対峙した相手は実に軽装であった。先のマークもそうであったが、こちらはそれに輪をかけての状態であり、何の変哲もない着衣に、ナイフの一本も所持していない。ただの町民と言っても疑われないだろう出で立ちではあったが、その眼光は異様に鋭く、憎悪を滾らせていた。
「また会えたな・・・・」
実に挑発的な笑みを浮かべて襲撃者は言った。
「誰だ?」
今にも襲いかからんとする男の様相で、自分に只ならぬ恨みを抱いている事は容易に理解できたが、その容姿はキーンの記憶には存在していなかった。
「解らないか?」
言って男は自分の上着の袖を肩口から引き破り、両腕を露出させた。
「!」
キーンは見た。見せられた腕と、肩口が微妙に異なっているのを。簡単に言えば腕と身体の肌の色が異なっているのである。日焼けなどではなく、地色からして異なっている結果である。
だが、相違はそれだけではなかった。よく見ないと判別出来ないが、表皮の質そのものも、人間のそれとは異なっていたのである。
「お前に切り落とされた腕の再生と、新たな力を早急に求めた代償だ。どんな処置を受けようとも、もはや俺の両腕はこのままだ」
男は自分の腕を憎らしげに眺めると、その余波をキーンに向けて放った。
「何を言っている?」
「貴様に復讐するために、俺は完璧な人間である事を放棄したと言う事だ!忘れたとは言わせんぞ!」
直後、男の身体が脈動した。四肢そして身体がみるみる膨張し、新たな形へと変化し始める。頭部も例外なく変態を始め、原型を止めない形へと変貌した。チキン質の表皮に顔の三箇所に生えた触手状の物体。キーンには見覚えのある姿だった。
「・・・・・・・・お前か・・・」
確か名前はゼル・・・心で呟いたキーンは、厄介な相手が出てきたと内心舌打ちした。しかも、全身の形態が以前にも増して戦闘的になっていたのが一目瞭然だったのである。
特にその変化が著しいのが両腕であり、以前は左右対称だった形状は大きく変化を見せていた。
右腕の指は三本の鋭い爪となって伸びており、ミドルサイズの剣に匹敵する長さになっていた。その上、格闘戦に専念するためか、手の甲に備わっていた生体レーザーの発射器官は失われている。
その一方で、左腕は、手の甲の方が大きく肥大し、指は申し訳程度にまで縮小していた。こちらは生体レーザーの強化に力を入れたのは明白であり、その発射器官は直径50センチ程もある複眼状の形状へと変質していた。
そして能力を突出させた両腕を支える肩も、以前より大型化し、痛々しいスパイクが無数に突き出されている。
「今度こそ貴様を倒し、奪われた両腕の屈辱を晴らしてみせる」
類を見ない凶悪な生物と化したゼルが、新たな姿を誇示して言った。
「あんな短時間で腕を再生できたのか」
人間が各種多様な戦闘生物に変身できるくらいである。腕の再生も可能だと予想していたキーンであったが、その完成速度は予想以上であった。
「相当無理をしたがな・・・・その結果、俺の腕は人間の形態に完全には戻らない状態となった訳だ・・・・・小賢しい人間の所為で俺は完璧ではなくなったんだ!」
「自業自得だろう。腕が気に入らないなら、無茶な再生・強化をしなければよかったんだ。そもそも変身する人間の何処が完璧だ?戦闘能力を上げるために変身する必要があるってのは、変身しなければ闘えないって事じゃないのか?」
「貴様っ!!」
予期せぬキーンの反論にゼルが吠えた。
「この力は人間の新たな進化だ!人間の限界を超える力を得るための行為だ!それを理解できない者に、この能力の偉大さが理解できるかっ!」
「だが俺は、あんたの両腕を奪う事は出来たぞ」
「っ!」
「それに、あんたの数多くの同類とも闘って倒してきたし、最強の傭兵団を自称する連中もまとめて葬った。それはどう説明する?」
「単に虚を突いた攻撃で、翻弄しただけの事だろう。俺の時もそうだったようにな。だが、今回はそうはいかん」
「俺が思うに・・・・・あんたの言う『進化』とは、単なる肉体の変化でしかないんじゃないか?どんなに常軌を逸した変身を行おうと、中身が変わらず『人間』のままなら、単に強力な武器と鎧を持っているのと変わらなんじゃないか?そしてそれを進化と過信した心が自らの敗因となった」
「違うっ!俺は人間の限界を超越した存在だ。あらゆる攻撃に耐える表皮、鉄を容易く引き裂く爪、城壁を融解させ、魔法を凌駕する熱線器官、そしてそれを使いこなす感覚器官にパワー!これが俺の力だ!進化だ!この進化は人間の限界を超える物だ。その行為を認めない貴様や、体質的に適応も出来ず、この植物のガードしか出来なかったマークとは違って、優れた者のみが歩める未来への一歩だ!」
ゼルは僅かに残った樹の燃えかすを踏みにじり、既に事切れているマークを指さし力説した。
「もはや、ただの人間が勝てる存在じゃないんだよ!」
言い切ったゼルが、左腕の生体レーザー発射器官をキーンに向けた。
「だったら、人間なんて下等生物は無視すればいいだろう」
自分の立場に酔いしれているようなゼルに、キーンは冷たく言い放った。
「俺には関係のない話だ。俺とお前、立場的な問題で、どうしても闘う必要があるが、そんな自慢話なんか必要はないはずだ。何故そこまで己を誇示する?」
「貴様には個人的な借りがあるからだ」
「そうか?だが本当の所は、俺がおまえさんの信じる『進化の力』を、力で否定しているからだろ。人間には得ることの出来ない能力を得たにも関わらず、それを葬っている存在・・・・結局の所、恐れているんだよ。『人間』の持つ、未知なる限界と言う得体の知れない可能性にな・・・・」
「黙れっ!」
ゼルはいきなり突進し始める。自負するパワーに物を言わせ、力強いダッシュで、見かけよりも早いスピードで間合いを詰めた。
鋭い三本の爪が繰り出され、キーンを貫こうと煌めく。
ギィンッ!
キーンの得た新たな剣が横一文字に振られ、ゼルの爪を払った。無銘なれど、ドライアードの魔力によって生成された剣は、強度においても名刀に勝り、その上、キーンの気孔付与によって、相当の耐久力を得る事となった。
「いけそうだ」
剣の一振りでその強度を実感したキーンは、満足げに呟く。基本的に『優雅』と言う言葉とは縁遠い無茶な闘いを行う彼の武器は丈夫である事が前提となっていた。彼が古代文明の武器を好むのも、その頑強さからであり、付与されている特殊効果は二の次であったのだ。
現在の技術で作られる剣は、古代文明の物には到底及ばず、その寿命は一戦だけとも言われている。
一般人であればそれでも良かったが、キーンにとっては武器の耐久力の脆弱さは実に問題であり、並の剣では付与する気孔の量にも注意を払わなければならない状況にあった。
特に、この塔での闘いにより、キーンの闘気士としての力量は飛躍的に上昇し、今や伝説レベルに達しているため、相応の武器が必要となっていたのある。
そんな深刻な要求に、ドライアードの残した剣は見事に応えてくれていたのである。
「死ねぃ!」
猛ったゼルは払われた爪を引き戻す勢いで再びキーンを薙ぎ払おうとする。
キーンは身を屈めてそれをやり過ごし、頭上を爪が通過した刹那、床を蹴ってゼルの顔を蹴り上げた。
「ぐおっ!?」
既に人間とは程遠い顔の形状になっているため、苦痛に歪むという事はなかったが、数歩よろめいた様子から、多少のダメージは与えたことが伺える。
「貴様っ!」
人間による一撃をまともに受けた事に怒りを覚えるゼル。それと同時に彼は、焦燥感も感じ始めていた。
何故勝てない?
何故ここまで闘える?
目の前に立っている相手は、本当に『人間』と呼んで良い存在なのか?
『力』を得てからの彼は無敵であった。同じ傭兵団の仲間と行動を共にし、幾つもの戦場の運命を左右し、戦神の化身となった自負もあった。
そんな自分が、傭兵団が、たった一人の人間に大きく揺さぶられているのである。
人間の未知なる可能性とキーンは言った。ゼルも認めざるを得なかったが、それは彼のプライドが許さなかった。
彼は人間としての自分の限界を感じて、今の力を受け入れたのである。人間として得られるだろう能力を極めたと感じ、それ以上の向上が望めないと感じたからこそ、変身能力を受け入れたのである。
感じた『限界』が、人間の限界ではなく、己の限界だったと言う事実を彼は認めたくなかったのである。
「俺は・・・俺は人間を越えている!!」
己のプライドを満足させ、選んだ道が誤りでない事を証明するため、ゼルは闘うしかなかった。
激闘は数分に及んだ。両者は今だ健在であったが、状態に雲泥の差が生じていた。
キーンが無傷なのに対し、ゼルは全身至る所にダメージを負い、強固なはずの甲殻に無数の傷を受けており、荒い呼吸を続けている。
「馬鹿な・・・・馬鹿な・・・・馬鹿なぁーっ!!!」
ゼルは左腕から熱線を広範囲に放射すると、殆ど間髪入れず右腕の爪で斬りかかりに入った。
だが、熱線はキーンが装備している『鎧』から発する障壁で無効化され、繰り出す爪も軽くかわされ、合間合間に反撃を受けては、新たな傷を作る結果となるだけであった。
「くそっ・・・当たりさえすれば、人間ごとき一撃で・・・・・」
「・・・・・・・やっぱり、あんたは中身が人間のままで、何も変わっちゃいない」
吐き捨てるように言ったキーンの言葉は、ゼルの神経を更に逆撫でした。
「何だとっ!」
「あんたの現状は、強固な鎧を着込んで、強力な武器を持って、威力のある魔法を得たばかりの人間そのものなんだよ」
「違うっ!」
「違わないさ。その証拠に慣れてもいない力に振り回されているじゃないか。多分、突出した腕の能力のせいで、バランスが悪いんだろうな。これなら、最初に闘った時の方がよっぽど手強かったぞ」
「きっ、貴様に何が判る!!!」
「自分は判っているつもりか!」
キーンは剣を大きく振り回し、ドライアードが剣に備わらせた機能、『先端部分を切り離し』した。
分離した楔状の先端二つは、振りの遠心力によってまっしぐらにゼルを目指す。ゼルは爪を振って先端の一つを弾くと、もう一つは身体を傾けてやり過ごす。
(チャンス!)
ゼルは勝機を見いだした。
剣の先端を投げた事によって、キーンの剣は半分以下の長さになっている。例え刃が強固でも、短くなった分、その威力は落ちてしまい、甲殻を傷つける事はより困難となる。
ダメージを受ける可能性が減ったと判断したゼルは、一気にキーンを仕留めようと肉迫する。
間合いをつけて一気に・・・と言う矢先、ゼルは背中に衝撃と苦痛を感じた。今し方かわした先端がブーメランのように旋回して戻り、ゼルの背中を直撃したのである。そのポイントがたまたまダメージを集中して受けていた部分でもあったため、刃の先端は突き刺さる事が出来たのである。
「かはっ!?」
堪えきれない程ではなかったが、与えられた苦痛にゼルの動きが鈍った。
「!」
それを隙として見たキーンが間合いを詰める。
相手の接近に気づいたゼルは、爪を振り下ろしてカウンターを狙った。
「今度こそっ!」
半ば祈る様にして振り下ろされた爪であったが、その一振りは事もあろうか、キーンの左手によって、振り下ろされる前に受け止められていた。
「なっ!」
ゼルが驚愕した瞬間、キーンの剣が繰り出され、彼の右肘近くを捕らえた。彼の右腕は、キーンの一撃に耐えかね、本体と分離してゴトリと音を立てて落下した。
「くっ、くわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
再び味わう腕の切断という苦痛に、ゼルは悲鳴を上げた。
「今回は逃がさない」
前回はここで彼を逃し、今回のような遺恨を残したキーンは間髪入れず腰の大型ナイフ二本を引き抜いた。
「二刀一閃!」
左右から繰り出された同時剣撃がゼルの身体に炸裂した。
「続いて激流二刀!」
左右の剣から放たれる気は、ゼルの身体を文字通り押し流し、もの凄い勢いで壁に叩きつける。痛烈な岩の破壊音が響き渡り、鼓膜を刺激する。
ゼルの甲殻は壁に叩きつけられた衝撃で砕け、身体は深々とめり込み、もはや動く素振りを見せなかった。
「今度こそ死んだか?普通のフロアだったら、壁を突き破って地表に落下して、確実に逝っていたんだがな・・・・」
おそらくはここが地下迷宮の最外郭部だったのであろう。ゼルの身体が壁にめり込むに止まった事から、キーンはそう判断した。
ナイフを鞘に納め、転がっていた剣の先端を元に戻すと、キーンは相手の事をすぐに忘れ、殆ど炎上してしまったドライアードの本体を見やった。
「惨いな・・・・・」
炭化した樹皮に触れて、彼は呟く。通常の燃焼であれば、まだ消火の可能性はあっただろうが、強力な生体レーザーの掃射を受けては、その暇もない。事実、燃焼を起こしていたのは僅かな時間であり、キーン達の闘いの序盤には終息に向かっていたのである。
彼は大きな部分に触れては崩れる樹を悲しげに見つめながらも、生きている部分は無いかと探し続けた。
ドライアードの拘束から解放されていた少女達は、助けに来てくれたはずの男が、自分達を無視して、周囲の炭に触れて回っている事に異様さを感じたが、ゼルとの立ち回りを目の当たりにしているだけに、迂闊に声をかけて、下手に機嫌を損なうような真似はしないようにと、沈黙を続けるのだった。
幾つもの炭が無抵抗のまま粉になり、キーンが捜索を諦めかけた時、彼の感覚に微かに反応する気配があった。
「!いた。活きてた!!」
キーンは感覚を研ぎ澄ませて、微かに放たれる生の波動を辿り、根であろう太い部分の燃えかすに辿り着く。見た目は他と同様、単なる炭ではあるが、中心部が辛うじて残っているのであろう。
ドライアードをみすみす焼かれてしまった事に後悔の念を抱いていたキーンは、彼女が辛うじてでも活きている事に安堵した。
が、同時にある問題にも直面した。
「・・・・・・どうすりゃいいんだ?」
殆どが炭化した樹の固まりを目の当たりにして、植物学の知識の無いキーンは最善と思える手段が思い浮かばなかった。
「水をやった程度で復活できりゃ万々歳なんだが・・・・・なぁ、『セイファート』わかるか?」
『我にも突然変異種の生態は理解できん。だが、これまでの特色を考えれば、生命力に富んだ液体によって再生する可能性はある』
主の不意な問いかけに、魔鎧と化した悪魔は特に戸惑うことなく答えた。
「生命力に富んだ・・・・か」
漠然とした例えにキーンは思案し、程なくして一つの答えに辿り着く。
「・・・・・こんなのでどうだ?」
キーンは全身の気を高めると、大型ナイフの一本を引き抜き、自分の腕を軽く切った。
肌が裂け鮮血が滴り、僅かに活きているはずの部分に滴った。
本来なら早々に魔鎧の回復力で傷が修復されるところであるが、主の意志を理解したセイファートは、その能力を一旦停止させ様子を伺った。
ややして、彼の試みは正しかった事が証明された。炭化した樹皮を割いて、新芽が姿を現したのである。
「あ・・・・ぁぁ・・・私、まだ活きている・・・?」
か細い声が室内に響き、ドライアードがその姿を再びキーンの前に現した。ただ、回復は完璧では無いようで、その姿は幽霊のように半透明状態であった。
「俺の血で再生か・・・・・魔樹だな。ほとんど・・・・・」
言っておきながら、キーンの表情はどこか穏やかであった。
「あら、それだけ貴方の力が凄いって事よ。それより何故、助けてくれたの?」
「あんな後味悪い状況でそのまま帰れるものか。それに、あの剣を使ったからには、『仕事』は遂行しないと俺の気が済まない」
「馬鹿正直な人ね」
ドライアードには本当に理解できない理屈であった。
「相手によりけりだよ。それより、あんたはまだ完全復活した訳じゃないだろ?本体がその様子じゃ、樹の再生は無理だろうから、さっさと種になってくれ」
「そうしたいんだけど、種子化するにも、まだ力不足なのよ・・・・もう少し滋養が欲しいわ」
「・・・・・・・それは、俺限定か?」
ドライアードの眼差しに潜む意志に気づいたキーンが問う。
「いいえ、もう少し『密』を吸収させてもらえればいいんだけど・・・・・」
彼女は何かをねだるような眼差しをキーンに向ける。
「やめろって!」
慌ててキーンは左手で自分の目を覆った。
「俺に魅了をかけるな」
「あら、残念」
ドライアードは本心からそう思った。自分の本体消滅の要因でもあるキーンであったが、彼女は彼を気に入り始めていた。自分のガードでもある『騎士』としての役割を担わせるに十分な実力に、律儀で理解力のある存在。
出来れば自分の物にしたいと思う彼女は密かに、魅了の魔法を使用したのだが、いち早く気づかれた事で、彼を虜にする事には失敗に終わった。
『魅了』は対象者の欲望に絡む部分に作用するため、人間には聞きやすい魔法であったが、同時に魔法の心得がなくても、強い意志だけで妨げられてしまう欠点もあった。
単純な例えをすれば、魔法をかける相手が妻帯者でも、妻に満足しておらず、少なからず浮気をしたいと考える者には効果があり、例え自由な独身者でも、心に強く誓った様な人物がいれば効果が薄い。この場合、恐妻家の類も後者に該当するが、要はそう言った物なのである。
キーンの様子と職業から考えて、生涯の相手がいないだろうと察したドライアードは、だからこそ彼を自分の物にしようと試みたものの、別の形で彼の心に強く存在する『モノ』に、妨げられてしまったと言う訳である。
「全く・・・『騎士』なんて必要のない環境に住まわせてやるんだから、余計な事はするな。それで、密を吸収するってのは・・・・・ひょっとして?」
「そう、貴方の察するそれよ」
「それは許可・・・・・」
「大丈夫。今までみたいに全てを吸収はしないわ。ただ少し・・・・私が種子化できるだけの力を回復したいだけよ」
「本当に死なないだろうな」
念を押すキーンに、ドライアードは思わず吹き出す。
「ええ。ただ少し疲労するだけ。あら、悶絶するだけ・・・って言う方がいいかしら」
「まるで好き者だな」
「あら、貴方も期待してるくせに。ちゃ~んと、ここの趣向に合わせてあげるから」
「・・・・・・手早くやれよ」
いかにも興味なさそうな素振りで言ったキーンではあったが、内心、期待感が無かったわけではない。命に関わらないと言った言葉が、彼の警戒心を緩和させていたのも要因だっただろう。
承認を受け、ドライアードは早々に行動に移った。
キーンの血による回復は思いのほか強力で、少量でありながら彼女の行為に必要な形態に変質するのに十分な力が回復していた。
彼女はまず僅かに生き残った細胞を再生させ、『行為』に必要な容量を確保し始める。新芽が急速に成長し、ちょっとした苗木の様な大きさにまでなると、枝の先端をツタ状に変化させ、今まで事の成り行きを見守っていた少女達の方に向かって伸ばして行った。
「ひっ・・あ?」
突然の事に不意を突かれた少女の一人が、ツタに手足を絡め取られると、再生した樹に引き寄せられた。
ツタは少女を手繰り寄せ終わると、しなやかな物から丈夫な枝へと再変質し、全裸の少女を更に辱めるかのように、X字の体勢に拘束した。
「ひあっ・・・・や・・・やめっ・・」
今まで散々と嬲られていた少女は、これから何が起きるか瞬時に悟り身を捩った。だが、樹の拘束を解くことは適わなかった。
そんな少女を尻目に、樹は枝を伸ばし新たな若葉を続々と発生させ、無防備な裸体の周囲に群がらせた。
「はっ・・・・くぅっ!」
無数の柔らかい葉先が身体の各所に触れ、少女はピクリと身体を強張らせる。これが一斉にワサワサと蠢き始めれば、耐え難いくすぐったさとなって彼女を襲い、笑い狂わせる事だろう。
少女は無駄とはわかりつつも、来るべき刺激に備えて手足、そして腹などに力を込めて少しでも耐えようと心に決めた。
だが、彼女の想像した刺激は襲いかかっては来なかった。葉と枝は膠着したまま動きを見せず、従来あるただの樹の様に、意志による動きを見せることは無かった。
「・・・・・・?」
不信に思う少女ではあったが、状況が状況だけに気を抜くことが出来ず、緊張した状態は急速に彼女の精神と体力を消耗させていった。
あるいはそれが狙いかとも思えた矢先の事だった。
「くひゃっ!」
少女がたまらず吹き出し、僅かに強張らせた表情を歪めた。
特に枝や葉が動き出したわけでは無い。刺激に備えるため、全身を緊張させていた少女が、長時間の姿勢の維持に耐えきれず、楽な姿勢へと僅かに身体を動かした際、触れていた葉がスッと移動し、又、触れていなかった葉先が触れて優しく撫でるような動きをし、その刺激に思わず吹き出してしまったのである。
それが始まりであった。
僅かな身体の移動で微動を始めた葉と枝は、風に吹かれるかのようにユラユラと揺れて、少女の敏感な柔肌を撫でた。
「はくぅっ・・・・くっ・・・っひ・・」
過敏な肌は、そんな僅かな刺激にも反応し、プルプルと身体を震わせる。そして彼女の身の震えが大きくなるほど他の葉や枝との接触が起き、刺激を受ける範囲が広がって行く。「やだっ・・・は、葉っぱが・・・あぁ・・」
最初はムズムズとした感覚だったが、徐々に、そして確実に大きくなっていく刺激に少女は身を捩らせる。
藻掻けば藻掻くほど、その刺激は激しさを増す。一度動き出してはもう止める術はなく、彼女は自らの動きでその身をくすぐってしまう結果に至ってしまった。
「も、もういやぁ!・・・あっ・・・はぁん・・・や・・やはっ!くふぅぅぅぅ!!!」
苦悶の表情を見せて身悶える少女。分かってはいても、そのくすぐったさから逃げたい一心の身体はほとんど勝手に反応して身を捩らせ、その結果として新たなくすぐったさを発生させていた。
彼女の動きの激しさに比例してくすぐったさは増大し、揺れる葉・枝の動きも活発となるが、それはあくまで彼女の招いた結果なのである。それが分かってはいても、彼女にはどうすることも出来ない。もはや、受けている刺激は彼女がじっとして堪えられる範囲を超えていたのである。
そして、笑いを堪えるレベルにも限界が訪れた。
「はひっ・・・・い、いやっっははははははあはっはははははは!もうだめぇ~~!!あ~っっははははははははははっははは!!」
遂に少女は激しく笑い出し、より一層激しく身体を捩らせる。
「はひひゃははははははははははははは!いやっっははははははは!!はっはっはっはぁ~~~~~っっっっっっっっははははははははははははははは!」
くすぐったさに耐えきれず悶えれば悶える程、彼女の裸体は周囲に配置された葉や枝に触れて更なるくすぐったさを呼び、その刺激に少女は更に翻弄される。見た目はシンプルな状況から始まったくすぐりも、こうして見ると永久機関の地獄に等しいと言える。
「ひゃはっ、ひゃはっ、ひゃっははははははははは!お、おね、おねがひぃ!も、もぅ、やめてぇ!!あっあぁぁぁぁぁぁぁ!」
他人に頼まずとも、この地獄を終了させる手段を知る少女ではあるが、それを実行できるまでの耐久力が無いのが不運であった。
そんな切実な悲鳴に、他の少女達は、また自分達も嬲られる恐怖を感じ取り、たまらず逃げ出した。
「『セイファート』牽制しておいてくれ」
少女達の動きを感じ取ったキーンが、今行われているくすぐり責めを真剣に眺めつつ言った。
『御意』
不平不満はない。主に絶対的に従う盟約を交わしている悪魔セイファートは、その一言で主の求める事を把握し、それを実行するために鎧の擬態を解き、この部屋唯一の出入口に移動すると、恐怖感を煽る魔獣風の姿に変身して少女達の前に立ちふさがった。
「!!」
少女達は見た目も恐ろしい怪物の出現に、思わず足を止める。複数の戦士達の集まりとは言っても、全裸な上に武器もないのでは闘うことは出来ない。無論、武装していても、彼女達ではセイファートの相手にはなり得なかったのも事実である。
退路を断たれた少女達は絶望したが、中の一人だけは反応が違った。
勇気ある彼女の名はロザリー。かつては騎士団の実力者の一人であった少女である。彼女は立ちふさがる怪物の正体を悟り、相手に出来ないと判断するや否や、今だ行われている樹のくすぐりショーを見物しているキーンの背後へと駆け寄り、彼の腰に納められていた大型ナイフの一本を引き抜いて、その刃を彼の首筋にまわした。
「随分過激な御挨拶だな」
喉元にナイフが突きつけられているにも関わらず、キーンは動揺した様子を見せていなかった。
「あの化け物、あなたの使い魔でしょ。どけなさい」
「助けてくれてありがとうじゃなくて、いきなり命令か?」
「どこが助けたって言うの?今もこうして魔樹にリリアを襲わせているくせに!」
「リリアって、あの娘か?命には別状ない・・・と、彼女は言ってるんだ。それに俺がいなければ、今頃あんた達は全員魔樹の滋養になっていたはずだがな・・・」
「こんな辱めを受けるなら状況はたいして変わらないわ!とにかく、私たちを解放なさい!」
「俺はその為に来たんだがな・・・・・状況を丸く収めるために、少し我慢するつもりは・・・」
「ないわ!」
そう言いきってロザリーはキーンの首筋にあてたナイフに力を込め、最後通告の意志表示をした。
「なら仕方ないが・・・・後ろ・・注意しなくていいのか?」
意味深な笑みと言葉に、ロザリーは本能的な危機感を感じた。退路を塞いでいる使い魔と、植物モンスターとは別物である。それを思い出したロザリーではあったが、その時にはもう手遅れだった。
背後のいたドライアードから伸びた、触手の様なツタがロザリーの四肢を絡め取り、動きを抑えたのである。
「つぅっ・・・」
手首を締め上げられる苦痛にロザリーが呻き声をもらし、手に持っていたナイフを床に落とす。
キーンは何事も無かったかのようにそれを拾い上げると、軽く先端の刃こぼれをチェックして鞘に戻した。
「まぁ、一人より二人の方が早く終わるのも確かだ」
ドライアードがロザリーも一緒に嬲ろうとするのを悟り、納得した様に呟く。
「はなせぇ!」
キーンの言葉が何を意味しているか容易に理解できた。魔王に敗北して以来続けられた辱めがまた行われるのである。
ただ、先程とは若干状況は異なる。一度に数人を相手にするには、今のドライアードの本体は小さすぎた。
今、絡め取っているリリアだけで本体の周囲はいっぱいであったため、ドライアードは別の手段を選択する事になる。
「貴女にはこんな趣向はどう?」
ロザリーの手足を絡めているツタから葉が伸び始めた。
それは普通の葉とは異なり、異様に長い代物だった。言ってみれば、葉でできた包帯のように伸びたそれは、蛇のように四肢を這い上がりながら全身に巻き付いていった。
葉はあっと言う間に全身に至り、ロザリーはミイラの出来損ないの様な状態にされてしまった。
それでも、彼女に巻き付いた葉の包帯に、締め上げるような苦しさは無く、適度な密着状態を維持していた。
「さあ、貴女も悶え狂って、私のために美味しい蜜を流してね」
「な、何を・・・・っひっっっ!」
ドライアードの怪しげな笑みに不安感が募ったロザリーは直後、全身を駆けめぐった刺激に息を詰まらせた。
巻き付いた葉の内側、つまり肌の密着面に幾つもの瘤が浮き上がり、それがブルブルと震えだしたのである。しかもその殆どが彼女のくすぐったく感じるツボを抑えているのだから、彼女にはたまったものではなかった。
「あはっ・・・あははははは!あ~っっははははははあはははっはははははははは!!」
いきなり各所の弱点を押さえられてブルブルとした刺激を受け、ロザリーは堪える間もなく大笑いした。
激しく仰け反り、身をこれでもかと言う位に振り乱す。時には身体を丸めてガードを試みるものの、密着した葉の内側で責められては、どの様な行為も無駄でしかなかった。
そんな状況を愉しむためか、四肢を抑えていたツタは力を緩め、彼女に殆ど自由を与えていた。
本来なら、自由になった途端、逃げ出すのが普通であっただろうが、貼り付いた葉に全身を振動でくすぐられたロザリーにとっては、それどころではなかった。
「やはっ、やはははははははははは!だめっぇ、くすぐったぁい~~ひゃぁ~っっははははははははは!」
どんなに身体を捩らせようと、どんなに暴れようと、どんなに身体を隠そうと、駆けめぐるくすぐったさは一瞬も緩和する無く彼女の弱点を責め、絶え間ないくすぐったさを加え続ける。これが手などによる責めであれば、暴れ悶える事による一瞬の隙も得られるのであるが、密着した葉はそれすらも許さず、徹底的とも言える刺激を送り続けた。
「やめ、やめっ、やははははははははははは!」
ロザリーは床に丸まり、発作的とも思える勢いで床をばんばんと叩く。それによって少しでもくすぐったさが弱まれば良いのだが、全ては徒労でしかない。
暴れた勢いで肌が床に密着すると、その部分が圧迫され、内側の振動部分を更に肌に押しつける事となり、くすぐったさが増してしまう結果となる。
そう言った悪循環で新たなくすぐったさが加わる度に、ロザリーの身体は敏感に跳ね上がり、終わり無き悶えを披露した。
「きゃははははははは!あっ、あっ、あ~っはははははっははははははははは!」
この場から逃げたい。そう思うロザリーであったが、全身に受けるくすぐったさの中では立ち上がる事すらままならず、例え立つことが出来ても、数歩の距離を歩く事すら出来ないであろう。
いわば彼女は、留め具のない拘束具によって捕らわれてしまった様なものであった。くすぐり責めから全く逃れられない状況では、いかに身体の行動に関しては自由であっても、その実、全く意味の無い物であった。
リリアとロザリーがそのくすぐったさに悶えるにつれ、ドライアードの本体である樹の葉がざわめき、見る見るその数と大きさを取り戻して行く。
リリアを囲む枝葉やロザリーに巻き付く葉は、ほぼ全身を覆っているため純粋にくすぐったく感じるポイントへの刺激に加え、性感帯の刺激も同時に行っており、二人は激しいくすぐったさにのたうちながらも甘美な刺激に喘ぐという状況にも陥っていた。
「ひゃはっ・・・・・はぁっ・・・ふくぅぅぅ・・・ふひゃっっははははははははは!」
全身から送り込まれる刺激はくすぐったさと気持ちよさが混合し、今やロザリーはどこの刺激によって感じ、くすぐったがっているのか把握しきれない状態になりつつあった。
「や、やめっ・・・も、もう・・・はぁっっはははははははは!やめ、やめっ、やっ、やぁっはははははははは!もう、やめてぇ~!きひゃはははははははははは!」
くすぐったさを堪えようとすると性感が、性感を堪えようとするとくすぐったさが・・・と言うように、どちらかを必死に堪えようとしても、もう片方の刺激が巧みに身体を襲い、その精神的抵抗を維持させようとはさせなかった。
激しいくすぐったさと性感責めに、彼女達の身体は自覚も無いまま、淫らな反応を見せ、股間から滴りを見せていた。
そしてそれを一滴残らず残すまいと、触手状の細かな毛根が股間に群がり溢れる液をすくい取っていた。
「はぁっ・・・・はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
羽のように柔らかな毛根が敏感な股間を撫でる度に、ロザリーの身体はガクガクと震え新たな蜜を股間から溢れさせた。その凶悪な快感は彼女の思考を徐々に麻痺させ、逃げ出すどころか、堪えると言う思いさえ薄れさせていた。
それはリリアも同様だった。自らがもたらす蜜によりドライアードは徐々に活力を回復させ、行動を活発化させて行く。
「はぁっ!はひゃっっはははははははははははは!きゃぁっはっはははははははははは!いやははははぁぁぁ~~~~!!!」
今まで自らの悶えが自分自身を責めていたリリアであったが、二人から滋養を吸収して余裕の出来たドライアードは、自らの意志で枝葉を動かし始めた。
それは彼女にとって更なるくすぐったさを呼び起こす事となる。今まで触れていた枝葉が擦れる程度で笑い悶えていた彼女である。ドライアードの意志により、明確にくすぐり出されてはもはや耐えることなど完全に不可能であった。
「やはははははははははははははははは!あ~っっはははははははははははっっっ!!ダメダメダメダメッ~~~~っっへははははははっははははははは!!」
今まで可能な限り動きを抑えようとしていたリリアが、これ以上ないほど激しく身体を捩りまわした。自ら動き出した枝葉によるくすぐりが始まった以上、じっとしている事は無意味でもあり、また、不可能でもあった。逆に激しく暴れる事により、枝葉を振り払うことに望みをかけたリリアであったが、枝葉はそんな抵抗もあざ笑うかのように的確に彼女の身体に刺激を与えていった。
「やはっ・・・・きゃひひひっひゃっっはあはっははは、あっあっあっあっははははははははは!」
柔らかい若葉の群は、スイングを繰り返すリリアの身体に覆い被さり、彼女の動きを利用してほぼ全身を撫で回した。
彼女が右に左に身体を振る度に、無数の葉が肌を擦りくすぐったさと快楽を与え続ける。特にくすぐったく感じる脇腹と、性感帯の一つである乳首を葉先でなぞられた時には、彼女の身体はピクピクと激しく身震いしていた。
そしてリリアが自らの抵抗が逆効果と察し、動きを止めようとすると待機していた枝先が脇の下から腰を中心としたポイントを一斉に突っつきだし、彼女はその刺激に反射的に身体を捩ってしまうのであった。
「やぁ~~~っっはははははははは!も、もう、ゆるしてへぇっっっひゃっはははははははははは!!!」
リリアは激しくのたうちながら笑い悶え、許しを請うたが、ドライアードは悦に入った笑みを浮かべただけでその動きを止める事も、緩める事もしなかった。
やがて枝先は、彼女の動きが緩慢になった瞬間だけでなく、左右一杯にスイングされた際、動きが止まる一瞬もねらって突っつきだし、決して彼女に休むゆとりを与えないように動き始めた。
くすぐったさと快感に打ちのめされたロザリーとリリアの二人は、全身を上気させ与えられる刺激に激しく反応した。顔は汗と涙と涎にまみれながらも快感に悶える色っぽさを垣間見せる。
無論、本人達にそんな意識は全くない。今受けている刺激に対しての反応が、自然と斯様な結果を導いたのである。
二人にとって地獄同様の刺激は永久とも思えるほど続けられた。人外の快楽は幾度か二人を絶頂に追いやった。だが、人外故にそこで終わる事が無く、イッた直後に新たな快楽が押し寄せて、一時の間も与えられなかった。
その上、くすぐったい刺激も止まる事を知らず、二つの刺激のコンビネーションは、彼女達に気絶という逃げ道さえも断ち切っていた。
いっそ、果てて死んでしまう方が楽かも知れないと二人は思ったかも知れない。だが、それこそドライアードが最も注意していることであった。
殺さない。そうキーンと『約束』した以上、彼女はそれを守っていた。だが、責めを受ける者にとっては、それは『地獄』と大差ない。
やがて、激しいくすぐったさと快楽の大波を何度も受けた二人は、手加減にも関わらず激しい絶頂に達して、ようやくにして気絶した。それは二人が心底待ち望んでいた瞬間でもあった。
「・・・終わりね」
ドライアードは激しく喘ぐだけとなった二人をするりと解放すると、魔獣化したセイファートに牽制されて退路を断たれている残りの少女達を見やった。
「まだ足りないのか?」
樹自体の大きさはさほど回復していないものの、仮の姿である少女の姿は完璧に以前の姿となっていた。
それを見たキーンは、まだ物欲しそうな様子の彼女に問いかけたのだが、その目は呆れより、期待を含めた輝きの方が強かった。
「別に良いでしょ。結構回復したから、今度はあの娘達全員を一度に相手できるわ」
「わかってるだろうが、くれぐれも・・・・・」
「ええ、殺さないわ。あの二人同様にただ、悶え狂うだけ」
ドライアードの瞳に妖しい光が宿った瞬間、樹から無数のツタが少女達に向けて伸びていった。
-つづく-
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