第1話「不笑の息子」

「シャワー浴びてくる」と岳が言うと「私も一緒に入る♪」と久美がついてきた。それは恥ずかしいだろう、と困っていると、それを察した久美は笑う。「いいよ、いい。」とあっさり引き下がった。

中学2年の頃からつきあいだした久美とは高校1年になった今でも続いている。別の高校に通っている上に、幼少から続けている剣道の練習で、夏休みの今でも週に1、2度にしか会えない。

浴室から岳が出ると、久美は続けて入っていった。ベッドの上で待っている間はそう長く感じない。久美がバスタオル1枚で出てくると近づいてきた。お互い分かっているので、口説き文句もなく優しくキスをして、岳は久美のタオルをはぎ取った。いつもように岳は久美の肌をまさぐり、喘ぎ声を出す久美の体を責め続けた。そして濡れてきたのを指で確認してから、岳は挿入して果てた。

ただの受け身でしかない久美を岳は攻め続けるといった、ワンパターンとも言える性行為、それはお互いの若さゆえの恥じらいと潔癖がそうさせていた。女性があまり攻めることを良しとしない潔癖さ、男性が受け身にまわるのを恥ずかしいと感じてしまう、そんな2人の性への偏ったこだわりが攻守をあらかじめ決めてしまっていた。

2人は並んで横になり、久美がいろいろと話していた。というよりも岳はあまり話す方ではないので、いつも久美の話を聞き役になっていた。ここではある意味、攻守が交代しているとも言えなくはなかった。

「あれ?」
岳の体を見た久美は何かに気づいたように、むくりと起きあがると仰向けで寝転がっている岳の横に座った。岳の剣道で鍛えられた太い右腕を掴むと持ち上げ、腋の下を観察した。
「毛が濃くなってへん?」
と久美が聞くと、わざと腋の下が見えるよう右腕を岳の頭の上の方へ置いた。

16歳にしては体格がいい発育した岳は、成人に劣らない、いやそれ以上に腋の下の毛が濃く生えていた。
「大人の体になってきてるんとちゃうか。」
と岳は当たり前に返答する。
「そうかな。」
興味を持ちながら久美の指が岳の腋毛を掴み伸ばすように梳かすと、時折、爪が腋の皮膚に当たり岳は少しくすぐったかった。
あまり久美は岳の体に直に触るといった行為はしてこなかったので、たまに触られてしまうと岳は敏感に反応してしまう。

その上、幼い頃、岳が町の剣道の道場に通っていた頃、その道場に同じく通っている2~3歳年上の女の子たちから、度々泣くまでくすぐられた経験がある。彼女たちにとっては遊びだったのだろうが、それ以来、岳自身くすぐられることに弱いことを自覚していた。
しかし成長してくすぐられることなど、そうあるものでは無い。岳はすっかり忘れていた。

腋の下を触られてピクリと動いた岳を見て、くすぐりに弱い方であると久美は確信した。
「万歳して。」
くすぐろうと久美は岳の左腕も頭の上の方に置いた。さらけだされた無防備な腋の下を久美の指がせまってきた。岳はくすぐられるのが分かり、腹筋の力だけで強引に起きあがった。
「あかんで。そんなんしたら。」
くすぐられることを拒否した岳は、それを避ける為に久美を抱きついた。
休憩は終わり、また久美の体をまさぐり始めた。久美も岳をくすぐることなど、もう興味が薄れていた。


「今度いつ会えるかな。」
帰り道、久美は尋ねてきた。練習日が多いので会える日が少ない為、会える時は会うことにしていた。
「明日明後日も練習あるしな、多分一週間後なら大丈夫やと思うで。」
日程表を頭で考えながら、岳は会える日を確認した。夏休みも終わりにさしかかっていたので、最後の追い込みで練習日も多くなってきていた。
「そうなん。しばらく無理なんや…。でも、練習終わるの夕方やろ。携帯に電話するわ。っと言っても、話すのはほとんど私か…。」

残念がる久美の肩を岳は抱いた。岳の方が久美より頭2つ分も背が高いので抱きやすいが、腕の重さが久美の負担にならないよう、軽くのせた。
何も言わないが岳が慰めてくれることを感じた久美はいつものように明るく振る舞った。
「でも夏休みが終わってからの方が会えるから、ええわ。」
「そうやな。」
夏の終わりの夜の風は涼しくなってきていたので、暑苦しくはないだろうと久美は岳の体へ寄りかかった。


次の日。

「学校に忘れ物したのを、今頃気づくなんて鈍くさいなー。」
教室の机の上に座りながら梨香が智子に話しかけた。それに千鶴が追い打ちをかける。
「何で私らも一緒に来なあかんのん。」
2人に責められた智子は弁解を始める。
「だって数学の教科書ないと宿題出来ひんもん。」
千鶴は愕然とした。
「あんた、まだ宿題やってへんかったんか? もう夏休み終わりやで。」
「それに1人で来るの寂しいもん。」
机の中を探りながら智子は2人の方を見て、目で甘えていた。
「さっさか探して、帰ろうや。」
苛立ちを隠せない梨香が急がせる。夏休みとはいえ、高校に来る際は制服を着て来なければならないので、面倒くさいと感じていたので、早く帰りたかった。
「うん。ごめんな。でも帰りしに、何かおごるし…。」
教科書をようやく見つけた智子は、食べ物で2人をつろうとした。
「当たり前や。」
千鶴は当然の如く返事をした。梨香は何をおごってもらうか思案していた。

智子の数学の教科書を手に入れると、3人は下駄箱の所に来ていた。もう夕方なので、下駄箱のある通路は風が吹き抜け涼しく感じた。
「何におごってもらおうかな。」
制靴に履き替えながら梨香は千鶴に話しかける。
「そうやな。涼しくなってきたけど、アイス食べたいな。それもダブルで。」
おごる智子はお金が心配になってきた。おごるという事実は現実なのだが、それでも逃避する為、周りを見回して話が振れそうなものを探した。
「あっ、あれ。」
梨香、千鶴も智子が見た方を見た。
その先には剣道部の練習が終わり帰ろうとしている岳がいた。

追い込みということで練習量も多くなっていたから、普段よりも汗だくの岳は急いで制服に着替え、帰宅しようとしていた。シャツをズボンに入れなくても注意する先生がいないので出している。そうすることでシャツに風が通り、汗は乾き始めていた。

「宮本くん、何で来てるんやろ?」
と、岳を見て千鶴が言うと、梨香が笑いながら言い返した。
「私らだって今頃来てるやん。」
「剣道の練習違うの?」
3人は岳と同じクラスなのでお互いに顔は知っているが、まだ1学期しか一緒ではないのであまり深いつきあいはない。それなのに、登校理由が分かった智子を2人は驚いた。
「何で、智子そんなん知ってんの?」
「だって、始めの自己紹介の時、剣道してるから剣道部入るって言ってたやん。」
「よくそんなん、覚えとったな。」
梨香と千鶴は智子が4ヶ月も昔の小さなことを覚えているのにも感心した。

「でもさ、宮本くんってあんまり表情ないやん。だから話にくいと思わへん?」
物事を冷静に見る千鶴が、あくまで冷静に話した。
「そうやなぁ。そういうのに限って彼女の前やったら変わったりすんねん。」
梨香は千鶴の言葉に頷きながら、にやりと笑いながら返した。
「友達と話して笑っているところとか、あんまり見いひんな。」
何事にも呆けている智子の観察眼は意外と鋭かった。
「ほんまやな。」
確かに私も見たことが無いと納得しながら千鶴も相づちを打った。
「ちょっと見てみたい気がするな。宮本くんの笑っているとこ。」
何も考えず梨香は口に出した。
「そうか。別にええやん。無表情なんが、いいとこなん違うか? ん?」
千鶴が話しながら智子の方を見ると、智子は何やら考え込んでいた。

「どうしたん?」
気づいた千鶴は物思いにふけっている智子に尋ねた。
「あのさー。こうすれば笑うんとちゃうか、それに…。」
私がおごらなくても済む、とは口に出さなかった。智子はある考えがひらめいていた。
「賭すんねん。こうやって…。」
智子は小さな声で二人の耳元に囁いた。
「そんな賭、のるか?」
半信半疑で千鶴は答えた。
「でも、宮本くんは絶対勝てると思うから、のってくるって。」
自分の考えは正しいと主張しながら、智子は反論した。
「うーん。でも、何事もやってみいひんと分からんしな。」
あっけらかんと梨香が言った。梨香も智子の考えが成立すると思ったからだ。それにやらないよりも、やった方が可能性がある。そんなことより面白そうだったからだ。
わざわざ夏休みに学校まで来たのだから、何かしらのイベントが起こった方が楽しいというものだと、梨香は思って2人を引き連れて、岳の方へ歩みだした。

「こんにちは。」
夕方なのでまだこの挨拶は通用するので梨香は岳に後ろから話かけた。
「あ、…同じクラスの篠原さんと…、野口さんと…、織田さん?」
名前を思い出しながら岳は3人の方へ振り向いた。
「ねぇ、何で学校いんの?」
自分の言った理由が正解かどうか知りたくて、智子は待ちきれず話始めた。
「クラブの練習があったから。」
あまり話したことが無い人と話しているので、ぎこちない話し方に、愛想のない話し方になっているなと岳は気づいた。無愛想な自分を知っている岳は、なるべく愛想よく話そうと思っていた。そうしないと、本当の無愛想になってしまうからであった。
「剣道の練習?」
「うん、そうやけど。」
「ほら、当たったやろ。」
智子は自分の言ったことが当たっていて、得意満面の笑顔になって2人に自慢した。

岳はマイペースに疑問をぶつけた。
「そっちこそ、何で学校おんの?」
「智子が宿題の教科書忘れたから、それ取りに来たんやけど。」
1人、悦に入っている智子をほっといて、梨香は話を続けた。
「今から帰るだけやの?」
「そうやけど。」
特に今から用事が無い岳は、普通にそう答えた。
「あのさ。私たち3人今から、智子のおごりで何か食べにいくんやけど一緒に行かへん?」
智子の教科書を一緒に取りに来たから、2人を智子がおごるんだろう、と岳は気づいた。そして、とりたてて家に帰っても、することがないから別に行ってもいいと思った。それに女の子たちに誘われるのも、そう気分の悪いものじゃなかった。
「別に構へんけど。俺もおごりなん?」

喰いついた、3人は心の中でほくそえんだ。
「私が全員おごんの?」
少しすねて見せながら智子を横に、千鶴が口を挟んだ。
「確かに宮本くんはおごられる理由無いわな。」
梨香はすかさず岳の方を見た。
「賭せえへん?」
「賭?」
「もし宮本くんが勝ったら、智子が全員をおごって、宮本くんが負けたら、私たちにおごってや。」
負けたら俺が全員をおごるのか、でも別に女の子3人ぐらいおごれるぐらいの金は今持っているから…、と思い岳はやってもいい気分だった。

「で、何で賭すんの?」
「何にしようか? 何にする?」
賭の内容を決めていながら梨香は、さも考えている風に智子に話しかけた。
「私たちが普段出来ないようなもんがいいな。」
「それやったら、壁使っての逆立ち5分はどうやろ?」
今思いついたかのように千鶴は提案した。
壁無しの逆立ち5分ならバランスとってするのが難しいが、壁使っての逆立ち5分ぐらいやったらバランスもとりやすい出来るだろう、と岳は確信していた。つまり負けの無い賭だとにらんでいた。
「ええで、それでも。」
「なら、そうしようか。」

3人はもう自分たちの勝ちを確信していた。
岳は負ける賭にのっているとは知る由も無かった。



 第2話、「魔笑の女達」



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