第2話「魔笑の女達」

「ここにせえへん?」
4人は人目のつかない壁を探して歩き、体育倉庫裏のところに辿りつき、梨香がここに決めた。
地面はコンクリートで手が痛そうだが、おそらく逆立ちしたら手にくい込む小石の混じった土の上に比べたらなかなかの好条件とも言える場所だった。

「5分でええんやろ。」
と言って岳は肩に背負っていた鞄を地面に置いた。
「なら、やるで。時間見とってな。」
岳は地面に手をつけて逆立ちしようとした。背の高い岳が足を蹴りあげる際、近くにいると蹴られる可能性があったので3人は少し離れた。
よし、心の中で気合いを入れて岳は逆立ちをした。壁に足が寄りかかっているので不安定では無い。あとは腕の力で体を支えるだけで、剣道で腕力が鍛えられている岳にとって難しいことではなかった。

智子は腕時計を見て時間を数えていた。千鶴は傍らで岳の逆立ちを見ていた。梨香は岳のそばに座り込んでいた。
「くすぐったい?」
梨香は不意に人差し指を立てて、岳の左の腋の下をなぞった。
「くっ…くく、卑怯やろ、それは…。」
くすぐったいので歯をくいしばって、笑みを堪えるだけで、後の言葉が続かない、でも岳は我慢出来た。逆立ちしているので、カッターシャツが引っ張られていて、梨香の指はシャツをなぞっているだけで直接、岳の腋の下には接触していなかった。しかし、梨香はそれには気づかず腋の下で人差し指を上下に動かしている。
「1分経ったよ。」
時間を計っている智子が皆に告げた。
「梨香、それじゃあかんて。」
傍らで立っていた千鶴が岳の右の腋に触るため、近くに座り込んだ。
「つつかな。」
千鶴は右の腋の下を突っついた。シャツが指で押されて、皮膚にかすかに指の感触が伝わる。くすぐったくて岳は息を止めた。ここで笑うと、よりくすぐられると思ったからだ。
「こうすんの?」
つんと言いながら、梨香も左の腋の下をつついてきた。

久美に腋の下を触られた時はくすぐられない為の逃げる道があったのだが、今回は勝負、負けたくないという気持ちもあり、逆立ちをやめるということを岳としてはしたくなかった。

しかし、笑わないよう我慢していたが、無意識に梨香に左の腋の下がつつかれないよう右に岳は逃げていた。しかし、そうすると千鶴が右の腋の下をつつかれるので、左に逃げた。交互に指で腋の下をつんつんとつつかれるので、体が左右に揺り動かされた。
その動きを見て3人共、くすぐると反応する岳が面白く見えた。

そして、岳はシャツをズボンに入れていない上に、動くので、シャツがずり下がってきた。そのシャツは岳の顔を隠すかのように、めくり下がってきた。岳は目の前がシャツに遮断されて見えなくなってしまった。見えないことで、梨香と千鶴のつついてくるという感触だけが全てになってしまい、次に何をされるか分からなかった。

そして、シャツがずり下がった分、腹の部分が露出してきた。
「腹筋割れてるで。」
梨香は興味深げに岳の腹を見た。でもつつく指の動作は止まらない。
「ここは、どうやろか?」
左の腋の下をつつく動きを止め、千鶴は左右の脇腹に手を伸ばした。
何をする気だろうか、と千鶴の動きが見えない岳は恐れたが、逃げることは出来なかった。
汗が乾き始めているとはいえ、まだ少しぬめっている岳の脇腹を千鶴は揉んだ。
くすぐったい、岳は耐えようとしたが、腋の下をつつかれて、かなり弱まっているところに、不意打ちで脇腹を揉まれたので耐えられなかった。
「ふはははは。」

壁に足をつけているので、地面の方へ体をより戻すことは出来ず、壁の方に倒れることも出来ない。くすぐられて体の力が抜けてしまい、結局ひじの力が抜けてしまった。
つまり、逆立ちをしていた岳はひじが曲がって、ドスンと岳の倒れる音がして、頭から地面に激突してしまった。

「今、2分ちょっとやから、私らの勝ちや。」
腕時計を見ていた智子は、時間の報告と勝利の宣告を誇らしげに言った。
「…大丈夫?」
自分がくすぐってしまった為に、倒れ込んでしまった岳を千鶴は心配した。しかし、反応は無い。頭を打った為、気を失ってしまったのである。
「大丈夫ちゃうか。体…丈夫そうやし。」
梨香は楽観的にとらえたが、責任を感じ始めた千鶴はおろおろし始めた。
「でも、頭打ったしな。どうしよう。」
その時、岳は何か意味の分からない言葉を、寝言のようなものを口にし始めた。
「…なんか大丈夫そうやで。」
意識が戻りそうな岳を見て、智子は千鶴を安心させようとした。危険では無いと勝手に確信した3人に安堵の色が見え始めた。

「でもさ、くすぐるのって結構面白いと思わへん?」
話を変えようと梨香は千鶴に話しかけた。
「それは…確かにそう思った。宮本くんピクピク反応してたしな。」
さっきのくすぐった感触がまだ手に残っていた。
「でも、もうこんなことなったから、おごってもらうというのは無理か…。」
怪我をさせておごってもらうことは、さすがに智子も自分がおごるのを回避するのは無理だと悟った。
もともと逆立ち勝負は岳が勝てると思ってのってくるが、くすぐって自分たちが勝つというのが智子の提案だった。それなら、笑っているところも見ることが出来るし、智子がおごらなくても済むことになるからだった。
しかし、その提案は違う結末で終わってしまったので、2人は声をそろえて智子に返した。
「そういうわけで、今日おごるのは智子やで。」

「それはいいけどさ…、宮本くんどうするん?」
諦めた智子は残る問題を片づけようとした。
「多分、もう少ししたら目を覚ますやろ。」
裏付けの無い推測を述べ、梨香は芽生え始めた欲望を口に出した。
「もっと、くすぐってみたいと思わへん?」
その言葉に意表をつかれた千鶴は驚きを隠せなかった。
「何言ってんの。」
「さっき千鶴も面白い言ったやん。目が覚める前に動けんようにしたら大丈夫やって。」
3人は岳が気を失うという出来事で、動揺し興奮していたので判断力が鈍り始めていた。
おごることは決まってしまった、それならば、と智子も梨香の提案に賛同した。
「さっきは時間を計ってたし、私もくすぐってみたい。」
2対1という多数決と、確かにくすぐってみたいという感情もあったので、千鶴ものらざるを得なかった。
「…分かった。面白そうやしな。」

「それじゃ、もっと人目のつかんとこに運ぼうか。」
梨香を先頭に3人で岳を持ち上げた。体の大きい岳を女3人で運ぶのは大変だったが、背徳なことをする期待感からか、火事場の馬鹿力にも似た力が出て、何とか運ぶことが出来た。


夏休みもの終わり、校舎に人の気配は無い。夕方なので、運動部の部員たちが体育館や運動場にまだ少し残っている。
彼女たちは色々と考えた結果、自分たちの教室に行くことにした。

「机を集めて、宮本くんのせようか?」
床に未だ寝ているかのように横たわっている岳を一瞥して、梨香は机を寄せ始めた。床には、手足を拘束する為の固定されたものが無かった為、机に固定しようと考えたからだ。
人ひとりが机に横たわる為には、ある程度の広さが必要なので、千鶴と智子を机の移動を手伝った。
目的があり、行動も次にどうするか、お互い分かるので、まるで犯罪を犯している時のように、3人の口数は減ってきていた。
机で出来た横たわる台に3人で岳をのせた。

「やっぱり、思いっきりくすぐる為には脱がさなあかんやろ。」
千鶴も共同作業で結構やる気が出てきたので、そう言うと、シャツのボタンを外していった。腕にシャツが通っているので、上半身を起こして脱がしていく。汗がやっと乾いていたので、脱がしやすくなっていた。そしてズボンは梨香が脱がしていった。
「下着はどうする?」
傍らで見ていた智子が言うと、梨香が岳の股間を見た。
「さすがになー、トランクスは脱がせられへんで。」

岳はトランクス一丁で机の上に仰向けで横たわっている。幼い頃から剣道で鍛えられた体を見て、今からこの男をくすぐって思いのままにすると思うと、彼女たちは嗜虐性がくすぐられた。

「これで縛ったらええかな?」
教室のベランダにある、ちょっとしたものを干す用のロープを智子が持ってきた。
「ええと思う。」
そのロープを見て梨香が頷き、千鶴も納得した。
「宮本くん…力強そうやし、きっと暴れるから、かなりきつく縛らなあかんで。」
岳の両手を万歳にして、両足も開かせ、そして手足を机に梨香と智子が試行錯誤で拘束していった。かなりきつく何重にも、縛っていった。

ロープを縛り終える、千鶴が岳のシャツをクンクンと嗅いで顔を背けているのに梨香が気づいた。
「どうしたん?」
「臭いねん。宮本くん、むちゃくちゃ臭い気がすんねんけど。」
その言葉を聞き、梨香と智子も岳の胸のあたりに顔を近づけた。
「ほんまや。むっちゃ臭い。」
それもそのはずである。汗が乾くと臭い。その上、追い込み練習の為、運動量も増え、汗の量も増えていた。それだけでは無い。岳の体は剣道部で防具により蒸れて、かなりにおいがこもっていた。筆舌に尽くしがたい臭いが漂っていた。

「ちょっと、洗面所行ってくる。」
賭の際、直接脇腹を触った上に、今シャツを脱がした為に自分の手が臭いかもしれないということで、千鶴は手を洗いに行った。
「直接触るん、…嫌やな。」
臭いを嗅いでしまい気分が萎えてきてしまった梨香は智子に話しかけた。
「くすぐる…のは、筆じゃあかんの? 私、絵の道具置いてんで。」
「智子、偉い! …でも、なんで絵の道具があるの?」
「だって、持って帰るの面倒やん。」
「美術も宿題あるで。…ま、でも今回はそれで良かったやん。」
智子の忘れ物癖で功を奏したが、新たな忘れ物が発覚した智子自身は釈然としていなかった。

洗面所から帰ってきた千鶴に筆でくすぐることを告げて、準備万端となった。しかし、肝心の岳が未だ目を覚ましていなかった。
「くすぐったら、起きるかな。」
智子は右の腋の下を筆でくすぐった。岳はくすぐったいようだが、目は覚めない。右の腕をゴソゴソと動かすのだが、腕は万歳の格好で拘束されている為、くすぐられている腋の下を防御することは出来なかった。
「んっ、あかん…、そんなことしたらあかんて、久美。」
この前くすぐられそうになった記憶を思い出しているのか、岳はうわごとを発した。
「クミって、彼女かな。」
「そうちゃうか。」
身の近くで交わされた梨香と千鶴の会話の聴覚刺激と、智子のくすぐり刺激により、ようやく、岳は目を開けた。それを見て智子はくすぐるのを中断した。
しかし、まだ岳の意識は朦朧としていた。



 第1話、「不笑の息子」

 第3話、「過笑評価」



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