第3話「過笑評価」
     


「あ…俺は…。痛ぇ。」
賭の時に頭を打ったところが痛いらしく岳は頭を押さえようとした。しかし縛られているので手は動かせない。意識が次第にはっきりしてきて、今の不自然な状態に気づいた。
「な、なんやこれ?」
腕や足に力を込めて動かしてみようとするのだが、体は動かない。周りを見ると梨香、千鶴、智子の3人がいるのに気づいた。
「どうなってんねん、これは?」

梨香は頭の方から岳の顔を覗きこんだ。逆向きに見える梨香の顔を睨みながら、岳もこの状況を打破したくて、いつに無く雄弁になっていた。
「宮本くん、賭負けたやろ。私らな、宮本くんをくすぐることに決めてん。」
「はぁ? 何言ってんの? おごれ言うてたやん。」
「うん。体で払ってもらおう思って。」
「ふざけんなや。それに、俺をくすぐって勝ったんやろ。卑怯やで。」
「あんなん当たり前や。宮本くんだって勝てると思って賭にのったやろ。私らだって負ける賭にはせえへんで。」
「もう、どうでもいいから、いい加減ほどけや。」

岳が怒り始めたのを察知し、智子が右の腋の下、千鶴が左の腋の下を筆でサワサワと撫でるようにくすぐった。会話中で神経が梨香の方に集中していた為、岳は腋窩をくすぐられて、不意をつかれた形となった。
「や、やめろや、あかんて。」
いきなりくすぐられたとはいえ、笑いをこらえた岳は声は出さなかったが、顔は歪み、体をそのくすぐりから逃げようとクネクネと身悶えさせて反応していた。しかし、動ける幅が狭いので、体の位置を少しぐらいずらして逃げたところで、筆は正確に腋窩くすぐってくる。
「そこは…、あかん。か、勘弁して…くれや。」
その耐えている姿を見て、面白くなってきた千鶴と智子は、もう片方の手にも筆を持ち脇腹をくすぐり始めた。
「ぎゃははははっ。」
左右の脇の下、腋腹を責められた岳はさすがに我慢できなくなって声を出して笑いだした。
野太い岳の声が教室に響く。剣道の練習の時以上に声をはりだして笑っている。
動けないと分かっていても、腋を閉じようと引っ張り、腕に力がはいり硬直する。
「結構いい声で笑うやん。体は正直や、喜びは隠せないんやな。」
「梨香…その言い方オヤジくさい。でも、宮本くん、くすぐられるの弱いんやな。」
岳は怒りを覚えたが、本気では級友の彼女たちを怒ることが出来なかった。罵声を浴びせかけ、この状態を打破することも出来たかもしれない。ただ、本気で女性に対して怒るということは今までしてこなかったし、幼い頃のくすぐられた記憶と同じく多数の女性からくすぐられる状態になってしまって体が強張ってしまっていた。

くすぐりながら千鶴が梨香に尋ねた。
「このまま、ただ、くすぐり続けるん?」
「うーん。やっぱり、それだけじゃつまらんわな。じゃ、どうする?」
「1分ずつくすぐって、どこが1番くすぐったがるか、当てようや。」
「おもしろそうやな。なら、私は…。」
2人にくすぐられている岳の体を梨香は眺める。逆立ちの時もそこをくすぐられて倒れ、今もそこをくすぐられて笑いだしたのに気がついた。
「…脇腹にする。」
「私はな…、足の裏かな。」
「智子はどうする?」
「やっぱり、くすぐると言えば腋の下やろ。で、勝ったらどうなんの?」
「そうやなぁ、勝った人がくすぐる指揮をとることにしようや。」
梨香がそう言うと、2人は賛成し手を止めた。くすぐるのを勝手に決めるな、と岳は思ったが、くすぐられていて反抗の仕様がなかった。
「宮本くん、どこが弱いん?」
梨香が聞いても岳は答えない。幼い頃くすぐられた時は腋の下が一番くすぐったかったと岳は思い出したのだが、そんなことを言えば徹底的に腋の下をくすぐられることになるに違いない、と思い黙っていた。というよりも、くすぐられて笑いがとまらなくて答えることが出来なかった。
「答えられないのなら、体に聞いてみるで。」
「梨香…。」
千鶴は少しあきれた。

梨香と智子が横で見ている中で、千鶴は両足の裏をくすぐり始める。
足の裏の中心から上へ、そして下へと上下に筆を動かす。うずまき状にくすぐる範囲を徐々に広げていったり、指の股に筆を通したりする。
「いひ、いひひひひひっ。」
岳は息を殺した笑いをし始めた。少しでもそのくすぐりから逃げたくて、肘と腰を使って宙に逃げようと腰を浮かす。
くすぐったいのが波としたら大波小波とくるのだが、大笑いには結びつかなかった。岳も昔はもっとくすぐったかったような気がする、と不思議な感じがした。
長年剣道で裸足で練習をしていた為、岳の足の裏の皮が分厚くなってしまい、それが壁となって、くすぐる刺激が神経に100パーセント全てが伝わってはいなかったのだ。

千鶴が1分間くすぐった後、次に左側に智子、右側に梨香が立ち、腋の下をくすぐり始める。腋の下の剛毛の隙間を筆が進入していき、到達するとそこで微妙につつく。もしくは、腋毛の上から筆で腋の下を撫でている。腋毛に触られるだけでくすぐったかった。
「んんっ、ん。」
最初に千鶴と智子がくすぐった時と同じように体をそのくすぐりから逃げようとクネクネと身悶えさせて反応していた。
1番くすぐったいと思っていた場所がこのぐらいなら耐えられるのではないか、と岳は少し安心した。

腋の下を1分間くすぐると、次は2人はそのままの位置で、脇腹をくすぐり始める。脇腹は常に伸びている状態なので、またもや逃げられず、くすぐったさが直に伝わってくる。筆でサワサワと撫でられる感触は、次第に脇腹の神経を鋭敏にさせていく。くすぐられればくすぐられる程くすぐったく岳は感じる。たまらなくなって岳は笑ってしまった。
「だ、駄目やって、そこは、ははははっ。」

「どう見ても、脇腹が1番くすぐったがってたやんね?」
嬉しそうに梨香が言うと、千鶴と智子は不満に思ったが、確かに脇腹をくすぐった時が1番くすぐったがっていたので仕方なく諦めた。
梨香がくすぐる指揮をとることになった。
「とりあえず、私と智子はこのままで、千鶴は足とか太股とか頼むで。」
千鶴は下半身、智子は左上半身、梨香が右上半身をくすぐることになった。
「全員で一斉にくすぐろうや。」

「ま、待てや…。もう気がすんだやろ。いい加減に…。」
今3人は話していたので、くすぐりが止まっていた。怒声を出すことは出来ないが、彼女たちが話ているうちに、言葉で止めさせるよう岳は説得しようと試みた。しかし話し始めるや否や、くすぐりは再開された。
「あははは、やめ…ははははははっ。」
「何言うてんの。今からが本番やで。」
彼女たちは両手に筆を持っているので、6カ所同時にくすぐられる。拘束された体は身動きできないので、抵抗することは出来ない。6カ所は定点では無く、たえず移動し、筆が体中を這い回る。いっせいのくすぐり攻勢に岳は堪えることが出来ず、大声で笑い出した。
「きひひひっ。ぎゃははははっ。」
いつしか、低い笑い声が甲高い笑い声へと変わっていった。それはまた、彼女たちの筆の動きを活性化させることとなってしまった。
体中がりきみ、神経が緊張していく、筋肉が強張り、腰が浮いて体が反り返った。くすぐられる程、岳はくすぐりに敏感になっていくのが分かった。
特に足の裏は、千鶴に先程くすぐられた時は分厚い皮膚が壁となり、くすぐり刺激が伝わるのが弱まっていたのだが、今はまるで皮膚に新たな神経がくすぐられる為に伸びていっている感じがした。言い換えれば、くすぐり刺激が完璧に伝わる足の裏に変化しているようだった。いつしか足の裏は痙攣し反り返っていた。
ただでさえ剣道の練習で疲れているのに、岳はくすぐられて笑うことで、体力がどんどん減ってきていた。
「情けないなー。女の子に弄ばれて情けなくないの?」
梨香は笑いながら馬鹿にする。
「は…はは、…は。」
岳は声にならない状態で笑い、まるで強制的に息を排出させられている。もう歯をくいしばることも出来なかった。

そのくすぐられる状態が10分続いた頃、智子が疲れたらしく左上半身の筆の動きが止まった。
「しんどいな、結構。」
「そうやな。」
下半身をくすぐる千鶴も手を止めた。しかし、右半身をくすぐる梨香は脇の下を集中的にくすぐっていた。それを見た2人は不思議そうに梨香を見つめた。あまりに梨香がくすぐり続けているからだ。
「どうかしたん? 梨香。」
「うん、ああ、えーとな。宮本くん、むちゃ腋の毛濃いやろ。ワサワサ生えてて、くすぐりにくいねん。」
筆で右の腋の下をいじくりながら梨香は答えた。確かに同年代の男として、いや成年男性として、それ以上に岳の腋毛はビッシリと硬く濃く生えている。
「そしたらさ…、邪魔やったら剃ったら?」
「私、安全カミソリ持ってるで。」
「何で持ってるの?」
智子が安全カミソリを持っていることに、何故今持っているのか、驚いてしまい2人は声をそろえて言い返した。
「いやー、よく外で無駄毛が気になった時、ちょちょっと使うねん。」
当たり前のように平然と語る智子に2人はあきれてしまった。その表情に智子は動揺する。
「えっ? 私、何か変なこと言った?」
「いや、全然。すごいよ、智子。」
なだめすかすように智子を褒めると、梨香は考え込んだ。
「でも…、カミソリだけでいきなり剃るちゅうんは…、肌に危険違うか?」
全身くすぐられている時は何も考えられなかったが、今、右腋の下だけがくすぐられているだけなので、岳はくすぐりの余韻から立ち直ろうとしながら、毛の剃り方云々じゃなくて、剃ること自体駄目だろう、と叫ぼうとしたが、まだ息も絶え絶え声も無く笑い続けているので、声を出して言うのは無理だった。
「あっ、洗面所に石鹸があるやん。」
先程、手を洗いに行った時、洗面所で石鹸で念入りに手を洗ったことを思い出しながら、千鶴は閃きを口にする。
「取ってくるわ。」
洗面所に石鹸を千鶴は取りに行った。梨香もくすぐるのを一旦中断し、智子と一緒に、千鶴の帰りを待つことにした。意外な形でやっと小休止がもらえた岳は、一息つくことができたが、これから起こることに抵抗する為に呼吸を整えた。

「ハァハァ…、もう…、気が済んだやろ。」
宙を見つめて岳は誰に対してというわけでなく声にした。意識も半ば朦朧としているので、頭の痛みも、くすぐられている怒りもはっきりとしない。ただ、このくすぐりが終わることを切に望んでいるだけであった。
「まだまだ、やっとおもしろくなってきたのに。」
梨香はニヤリと笑う。岳自身は限界に近いと思っているが、彼女たちがくすぐることに満足するまでにはほど遠かった。
戻ってきた千鶴はさっそく石鹸を筆で泡立たせた。腋毛を剃りやすくする為に、その筆が岳の左の腋の下に石鹸を塗っていく。ぬめりとしたその感触は、今までとは違うくすぐったい感覚を伝える。筆のカサカサとした感触がヌルヌルとした感触に変わる。その違う刺激は岳の意識をはっきりとさせる。
「な…何? なんや?」
「腋の毛、剃ったるわ。もっと良くくすぐられたいやろ。」
梨香が耳元で囁いた。安全カミソリを取り出した智子が千鶴と交代して、毛を剃りだした。ジョリジョリと少しずつ剃り落とされていく。
「ひゃっ…、あかんがな…剃ったら。ひ…ほんまに勘弁してくれや。」
腋の毛が剃られるのは、岳にとって初めての経験で恥ずかしくてたまらなかったが、抵抗出来ない。しかし、それよりも、鋭利な刃が敏感な腋の下が触れるのは、新たなくすぐったさを覚えた。
「動いたら、危ないで。」
動いてしまうと危険なことぐらい分かっていたが、智子が剃る刃が触れる度に、ピクリピクリがどうしても岳は反応してしまう。剃られるのは嫌なのに、体が刺激を受けると素直に反応しているのが、恥ずかしさを倍増させた。
「剃れたで。」
「なら次はこっちやな。」
智子が左の腋の下を剃り終えて、ティッシュペーパーで石鹸のぬめりを拭き取り仕上げると、さすがに剃り終える待っていた千鶴が右の腋の下に石鹸を筆で塗り始めた。ヌルヌルとした感触がして、次に毛が剃れれていく感触がする。
ぬめりも拭き取られてしまうと、腋の下には今まであった濃い毛は無い。くすぐってもらう為に肌が露出した腋の下があるだけだった。
「ツルツルになったけど、青いな。」
いかに濃かったか梨香は納得した。

「さてと。」
また3人は定位置につき、くすぐり始めた。しかし先程までとは違い、梨香と智子は勿論腋の下を丹念にくすぐる。毛という障害物が無くなり、筆がサワサワと腋窩を直に肌に触る感触は、そこだけで全身をくすぐられている時以上にくすぐったい。その上全身は同じくくすぐられているので、2倍3倍とくすぐられている感じがする。
「ぎひひ…、がはっ、…はは。」
岳は声も出なくなる程体力が消耗していたが、倍増するくすぐったさに声を涸らしてでも大声で笑わざるを得なかった。岳が話すいつもの野太い声でも、あまりにくすぐられて甲高くなった時の笑い声でもなく、叫びににも似た笑い声だった。
もし、くすぐったがりの岳の体がくすぐりに耐えうる為に防御壁を築くという対抗策をとりながら成長してきたのだとしたら、それらはもう全て取り払われたといっても過言ではなかった。
くすぐられて体を反り返したり、痙攣したり、少しでも逃げようとする体力など、もう岳には無かった。神経は敏感に反応するのだが、放心状態になり、筋肉は弛緩していた。もうただくすぐられると笑うだけの体になっていた。体中の穴という穴から、体液が垂れ流していた。目から涙がこぼれ、口からは涎を垂らし、そして、いつしか勃起をしていた。



 第2話、「魔笑の女達」

 第4話、「連戦連笑」



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