第5話「多笑の縁」
     


岳がようやく目を覚ましたのは、日が暮れてからのことだった。静けさで、もう学校には自分以外誰もいないことが分かる。教室にも梨香、千鶴、智子の3人の姿は無く、拘束も解かれていた。
頭が呆けてしまっていて、とりあえず全裸のまま拘束されていた机に上半身を起こし座った。
周りを見ると自分の衣服が綺麗に折り畳まれておいてあるのと、拘束していたロープと切り裂かれたトランクスが散乱していたのが確認できた。
ロープに縛られていた手足がズキズキと痛む。擦り切れていて血が滲んでいた。
自分の体を見るとティッシュペーパーが体の前面に貼りついていた。精液が乾いてしまい、ティッシュペーパーは体に密着してしまっていた。剥がそうとするとベリベリ音がし、軽い痛みを伴って、意識が正常になってきた。
下着は切り裂かれて無いのでとりあえず制服のズボンをはいた。胸の辺りには精液が乾燥状態でまだ残っているので、洗面所に洗いにいく。
洗面所で水を胸につけるとヌルヌルした感触が蘇った。それが嫌で、急いで洗い流した。
教室に戻るとツンとした臭いが充満しているのに気づいた。これが自分の臭いだと思うと、早くこの教室を元に戻さなければならないと考えた。
新学期にこの状態だと何があったのか想像する者が出てきてもおかしくない。それが被害妄想だとしてそんなことは無いにしても、岳は3人にされた行為を隠蔽したかった。
窓を全開にして、机を元の位置に戻し、ロープをベランダに結ぶ。自分の腋の毛が地面に散乱しているのに気がついて箒で掃いた。机に臭いが染みついているかもしれないと必要以上に雑巾で拭いた。
おそらく元の状態になったであろうと思い、カッターシャツを着て岳は足早に教室を立ち去った。一刻も早く立ち去りたかった。

家に着くと一目散に風呂に入った。洗面所で洗うぐらいでは精液が本当に落ちているのか自信が無かったので、早く体を洗いたかった。それ以上に、彼女たちに弄ばれた体をきれいにしたくて仕方が無かった。
体をタオルで洗うとくすぐられていた時の感触が蘇った。腋の下を触ると、昼間まであった剛毛が無くなりツルツルになっていて、明らかな証拠が自分の体に残されていた。
情けなくて、屈辱により誇りがズタズタに切り裂かれたようだった。

風呂から上がると、おそるおそる久美に電話をかけてみた。
留守番電話になっていた。おそらく、あの岳の笑い声の録音は消されたのであろう、録音可能となっていた。
どうしても久美に会いたかった。すがるものは久美しかいなかった。
明日会おうということを留守番電話に吹き込んだ。


次の日、岳と久美は会うことが出来た。久美は昨日のことを知らないので、岳に会えたことで、いつものように久美主導でいろいろ歩いた。そしていつもの如くホテルに入った。

岳はベッドの上に横たわっていた。今日一日中、昨日の出来事で頭がいっぱいだった。それでも気を逸らす為に久美に会ったのに、頭の中は3人に支配されていた。
久美も岳の横にそっと寄り添って座る。岳が今日自分の方を見ていないことは行動で分かっていた。
「今日はどうしたん? 剣道部練習違うの?」
「ああ、休んだ。」
それ以上追求してもしようが無い、出来ないと思ったので久美は話題を変えた。
「昨日な、イタズラ電話されてん。」
岳は一瞬ギクリとしたが、それを表に出さないように努めた。
「ムカついたで。ずっと笑っとんねんで。」
怒りを顕わにしながら、久美は岳にそのイタズラ電話に対する怨みを述べたが、岳は聞いてはいなかった。というよりも聞きたくなかった。
虚ろな表情でどこかを見ている岳にしびれを切らして、久美は岳の上に乗りかかった。
「重いって。」
「そう言わずに…。」
岳の上に座って久美がニコリと笑う。久美がリードすることなど今まで無かったのだが、あまりに暗く沈んでいる岳を見て行動に移すことにしてみた。
久美は岳のTシャツを脱がせようとした。岳もやっている間は忘れられるかもしれない、と思って自分から脱いだ。
久美は岳の体をまさぐった。いつもはシャワーを浴びてからするのに、今日は浴びていない上に、久美が攻めるといった、いつもと違う状況を久美は楽しくなってきていた。
「あれ? 濃いって言ったから剃ったん?」
久美は岳の腋の毛が無くなっているのに気づいた。自分が一昨日言ったから気にして剃ったのかもしれないと思った。
ビクッと反応して、岳は体を起こした。言われることは分かっていたはずなのに、どうして気づかなかったのだろうと自分がまだ冷静になっていないことが分かった。
「どうしたん?」
久美は何が起こったのか分からない表情で岳を覗き込む。
「ううん、何でも無いんや。」
岳は攻守を交代しようと思った。これ以上詮索されるのが嫌だったからだ。
しかし、そうすることで自分自身の欲望を自ら暴くことになるとは思いもしなかった。


「急に呼び出して何か用?」
梨香は少し怯えた表情を浮かべているが、自分たちが奥の手を持っているという自信があるので勝ち誇った構えをとっていた。
「そうや…。」
岳は小さな声で呟く。電話で岳が梨香を呼び出したのだった。クラス名簿があるのでそれは容易なことだった。
「何? 言っとくけど、私ら『クミ』ちゃんの電話番号も押さえてるで。」
梨香は敢えて切り札を出して岳が怒りで暴走しないよう牽制した。
「ああ。そやったな。」
何となくそれは岳も分かっていた。
「早く、はっきり言いや。」
梨香はこの気まずい状況にイライラしてきた。
「あのな…。」
恥ずかしくて仕方がなかった。あんなに嫌悪していて、あんなに屈辱的なのに、と岳の心の中で渦巻いていた。下を向いて梨香の目を見ず、岳は小さな声で呟くように言った。
「また…、くすぐって…くれへんか?」
「はあ!?」
梨香は思いもしない岳の発言に驚きを隠せなかった。
「あの後、久美とやったけど、あかんかってん。自分でもしたけど…。また、あの時の感覚、アレじゃないと…。」
堰を切ったように岳が告白をし始めた。
はっきりとは言わないが、岳が言わんとしていることは梨香にも理解出来た。
反撃されると予想していた梨香にとっては想像もしていないことだった。
しかし、梨香たちがこの前のことを利用して脅迫してくすぐるのでは無く、岳自身が望んでやってくるということは好都合でもあった。
落ち着け落ち着け、と梨香は深呼吸してみた。
岳の方を見ると、恥ずかしそうに下を向いていた。しかし梨香より背が高いので表情が分かる。
岳はこんなことを頼むのはくすぐられた時以上に屈辱的で、自分の誇りをかなぐり捨てて、この場所に来ていた。剣道で鍛えられた精神よりも、自分の肉欲には勝てなかった。
「いいよ…。」
梨香はゆっくりと岳の目を見て言った。岳と梨香の目があった。梨香は岳の目の前に手を開いて差し出した。
「ただし、今度は手も使うで。」
ニヤリと笑いながら、梨香は手を握ったり開いたりした。
「…望むところや。」
岳は笑みがこぼれそうになったが息を飲んでこらえた。喉がゴクリと鳴った。

終。



 第4話、「連戦連笑」



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