風に揺れる野の花は
――かすみ草の章――

作・百道真樹さん  

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 帝国華撃團。
 陸軍対降魔部隊の任務を発展的に継承するものとして創られた秘密部隊。
 その任務は、帝都の地下に潜む『降魔』と呼ばれる魔物からこの帝都を守る事。帝都を脅かす全ての魔性を退ける事。通常の軍隊では対抗する事の出来ない魔物から帝都を守る事。
 帝都は魔に脅かされてきた。帝都がまだ江戸と呼ばれていた頃から。あるいはそれ以前から。それは決して荒唐無稽な迷信ではない。あの戦いで、それが明らかになった。降魔戦争と呼ばれた魔物との戦い。魔の侵攻に対し、警察も陸軍もまるで為す術を持たなかった。ただ、対降魔部隊と呼ばれた「力有る人達」だけが降魔に対抗できた。そして、彼らが大きな犠牲を払って魔を地底の闇に封じた時、人々は――少なくともこの国の政治の中枢に位置する人々は――魔に対抗する為の戦力を不可欠のものと認識した。元老・花小路伯爵が中心となって組織された魔に対抗する為の軍団、それが帝国華撃團の出発点だった。
 実際に帝国華撃團の中心となった人物は陸軍対降魔部隊でも隊長を務めた陸軍の重鎮、米田一基中将閣下。そして、実戦部隊、帝国華撃團・花組の隊員を集めたのは…あの人だった。
 藤枝あやめ。対降魔部隊の数少ない、と言うより二人きりの生き残り。対降魔部隊は部隊と名付けられてはいたけれど、その実、隊員の数はたったの四人。内、一人は戦死、一人は行方不明(今では、彼がどうなったのかわかっている)。そして残された彼女は、生き残った自分達と失われたあの人達の志を受け継ぐ者を捜す為に、世界へ旅立った。
 帝国華撃團。私はこの中でも最も古い隊員の一人になってしまった。あの頃からここに残っている人は、米田司令と他数名だけ。決して多くは無い仲間達のほとんどが二度と再会できない人になってしまった。あの女性(ひと)も。
 およそ軍隊とは縁の無かった私、藤井かすみが帝国華撃團にやって来たのはあの女性の手助けをする為だった。あの女性、藤枝あやめの手助けをする、それが私の務めだったから。
 私の名は藤井かすみ。あの女性の名は藤枝あやめ。私たち二人の名字に「藤」の字が含まれているのは偶然、ではない。私たちは「藤に連なる者」と呼ばれる一族。藤を含む姓はその証のようなもの。藤の字が含まれている全ての家系が「藤に連なる者」に関りがあるという訳じゃないけど、「藤に連なる者」の姓には必ず「藤」の一文字が使われている。
 「藤に連なる者」は古い一族。古い祭祀と「力」を伝える一族。そしてあの女性は一族の祭祀の中枢を担う巫女の長となるべく、私はその介添え役となるべく生まれた者だった。彼女を手助けする、力有る者を手助けする、私はその為の人間として育てられた。
 彼女が帝都の魔との戦いに身を投じると決めた時、一族はこぞって彼女を止めた。いくら二剣二刀の継承者だからといって、降魔と――私たち一族は降魔の存在を知っていた――生身で戦うのは危険過ぎることだったから。それは彼女の務めではなかった。彼女には「藤に連なる者」の最高位の巫女として、他に果たすべき務めがあった。だから――降魔戦争の時一族は彼女に力を貸そうとは、しなかった。
 だけどその降魔戦争が、一族に彼女の決断の正しかった事を教えた。降魔は決して人間と相容れない存在。降魔の跳梁を許しては、一族の存続意義もまた危うくなる、と改めて思い知らされた。だから、降魔戦争が終わった時、私が彼女の下に遣わされた。彼女の手助けをするよう命じられて。
 その時から私はここにいる。この、帝国華撃團に。


 降魔迎撃秘密部隊・帝国華撃團花組。降魔迎撃の実戦部隊。科学と魔術の融合した驚異の新兵器、霊子甲冑のパイロットとなるべき人たちを捜して、彼女、あやめさんは世界中を駆け巡った。アメリカ、ヨーロッパ、中東、インド、中国、そして無論のこと日本中を。 私はその間、彼女の代わりとして米田司令のお手伝いをしていた。
 そうして彼女に集められたメンバーが、帝国華撃團・花組の少女たちだった。
 そう、彼女たちは全員が私より若い「少女」だった。皆、それぞれ複雑な生い立ちを背負っているらしかったが、それでも彼女たちは皆普通の女の子だった。隊長を務めるマリアさんはロシアの革命軍で育ち、その後もかなり危ない仕事をしていたという事だけど、それも人間相手の戦に過ぎない。一番最後に入団したさくらさんはあの「破邪の血統」で、魔と戦う為の技をお父様から伝えられているとのことだったけど、やっぱり「この世のものならざるもの」と向かい合うことをほとんど知らない、普通の女の子だった。力は有る、力だけが有る、少女達。私の目には彼女たちがたいそう危うく映っていた。だから余計に、彼女たちを陰で支えていかなければ、と思った。私がそういう風に育てられた人間である、ということも反映していたに違いない。
 私はきっと、知らず知らずのうちに自分がしっかりしなくては、という「力み」に囚われていたのだろう。だからきっと、あんな事も起こったのだ。
 きっかけは些細な事だった、と思う。いつまでも花組に溶け込もうとしない、高飛車な態度を崩そうとしない――それは多分強がりなのだろうけど――すみれさんに忠告、したつもりだった。自分から相手に合わせることも必要ですよ、と。それだけの事だったのだ。それがなんであんな事になったのか……売り言葉に買い言葉、気がついてみたら私たち二人の手にはそれぞれ薙刀が握られていた。マズイ、とは思ったんだけどそれはほんの、頭の片隅に残された理性の声でしかなかった。彼女の神崎風塵流と私の大藤流、お互いの力が拮抗していてしかも――自慢するようだけど――半端な腕前でないのが幸いした。ちょうど相抜けの状態になり二人とも大した怪我はせずに済んだ。お互い軽い打ち身が4、5ヶ所というところ。…周りの調度品は酷い有様だったけど。ああ、思い出すだけで今でも頭が痛くなるわ。あの請求書の束……
 そんな事もあって、私の「力み」は相変わらず続いていたけれど、それでも少しづつ花組の皆さんともなじんでいく事が出来た。銀座本部で一緒に仕事をする事になった由里や椿とも上役、という感じではなくて自然と「仲間」としてやって行けるようになった。
 そんな時だった。「彼」がやって来たのは。


 帝国海軍少尉・大神一郎。花組の新しい隊長さん。男性でありながら霊子甲冑「光武」を操る事が出来る、嘘のような力の持ち主(「霊子甲冑」に使われている「霊子機関」は女性の方が動かすのに適しているらしい)。でも、初めて彼に会った時の印象は「好青年」だった。元々海軍士官は陸軍士官に比べて紳士だと言われているけれど、それにしても大神さんは軍人らしい厳めしさなど全く感じさせない人だった。生真面目は生真面目だったけど、土を耕し草花と語り合いいつも静かに笑っているのが似合いそうな、そんな人だった。身ごなしには確かに隙が無い。少し見ただけではわからないけど、引き締まった長身の体は確実に鍛え抜かれている。だけどそれでも、魔性のものと血みどろの死闘を戦い抜く事が出来る人にはとても見えなかった。
 私は正直、彼の事が心配だった。士官学校主席卒業、そのまま海軍にいたなら順調に出世を遂げて、目立った軍功は上げられなくても堅実な組織運営の手腕でそれなりの地位まで登りつめることが出来る人だろうに。こんな、ある意味何処よりも厳しい最前線の隊長にいきなり抜擢されるなんて。ただ、霊力があるというだけで。
 ……今から思えば赤面の至りだ。穴を掘って埋まりたいような気もする。彼は、違った。
 そう、彼は特別な人間だった。私よりも、花組の誰よりも、多分あやめさんよりも。初陣でいきなりその事を証明して見せた。何の訓練もしていないのに実戦でいきなり光武を使いこなし、数にして二倍以上の敵を全く損害を出すことなく殲滅し、敵の指揮官機も叩き潰した。鮮やかな指揮、鮮やかな戦い振り。この隊長があの大神さんだなんて半ば信じられなかった。
 有能な人には大体において棘があるものだ。人格的にも優れた人ならその棘で他人を傷つける事の無いように厳しく自分を律している。それはつまり、何処かで無理をしているという事。あやめさんですら、彼女は年齢から考えてとても「できた」女性だと思うけど、何となく無理をしている部分が感じられた。でも、大神さんには棘も無理をしている様子も見当たらない。本当に信じ難い事だけど、彼は「強さ」と自然に同居できる人らしい。
 私は、彼に興味を持った。


 私はしばしば、と言うか頻繁に、彼に伝票整理を手伝ってもらっていた。何より人手が足りない、という差し迫った事情があったからなのだけど、彼のことをもっと観察したいという動機もあった。…いや、言葉を飾るのは止めよう。彼のことをもっと知りたいと思ったのだ。そうして間近で、あるいは遠目に彼のことを見ていて、彼のことを色々知るようになって、…ますます彼のことがわからなくなった。
 もちろん、わかったこともある。まず、彼は間違い無く「変人」だ。…身も蓋も無い言い方だけど。
 花組のみんなは、彼のことを慕っている。全員が、彼に好意を持っている。多分、好意以上のものを。最初は打ち解けなかった人もいたけど、半年も経たない内に大神さんは彼女たちみんなの心を掴んでしまった。まあ、それも当然のことかもしれない。彼は彼女たちを決して裏切らない。彼女たちを必ず護り抜く。時には、本当に命をかけて。我が身を盾にして。言葉だけならともかく、実際に命懸けで護ってもらってキュンと来ない女の子はいないだろう。柄じゃないけど、私だってそうかもしれない。それを大神さんは、当たり前の様に何度も、何時も実行して見せるのだ。惹かれるのも無理はない。
 彼女たちの彼を見詰める瞳には、好意以上の想いが宿っている。例えそうでなくても、これだけ選り取り見取りの美女、美少女に見詰められたら、若い男性なら自分勝手に舞い上がってしまうはずだ。普通なら。だが――彼は決して彼女たちに見返りを求めようとはしなかった。
 …偉いというより変だと思う。どう考えても。あれだけ綺麗な、可愛い娘(こ)たちに囲まれて、何の下心も持たないなんて。それがどう見ても「ふり」ではないのだ。強がっているようにも格好をつけてるようにも見えない。彼の目の中には、少なくとも欲情の色は見えない。おかしい。断じておかしい。私だって男性経験豊富、という訳では決して無いのだけど、どう考えてもおかしい。もしかして大神さん、男として何か欠けているものがあるんじゃないかしら?そう、思えるほどに。
 でも、そうでなければあれ程彼女たちの信頼を得る事は出来なかっただろう。若い女の子は自分に向けられる感情に敏感だ。特に、自分に向けられる欲望には。むしろ彼女たちの不満は、彼が全くその手の視線を向けない事にあったのではないだろうか?もし……そこまで計算してのことだとすれば、彼は空恐ろしい策謀家ということになる。私は一層注意深く彼を観察するようになった。
 でも、見れば見るほど彼は「策謀家」には程遠い人物だった。最初の印象の通り、「好青年」だった。劇場で見る、大神さんは。
 大神さんは私のことを「かすみくん」と呼ぶ。あやめさんのことは「あやめさん」と呼んだ。初めのうちは、事務だと思って軽く見られているのかしら?と思わないでもなかった。でも、大神さんからはそういう嫌な印象をまるで感じない。事務のお手伝いを頼んでいる時も、嫌な顔なんて見せたことが無かったし(疲れた顔ならしょっちゅうだけど)。それに、彼が私に「かすみくん」と呼びかける態度は、由里を前にした時や…さくらさんたちを前にした時と全く変わらないのだ。もしかして大神さん、私の方が年上だって知らないんじゃないのかしら?…未だに。あの対人関係の鈍感さならあり得ないことじゃ無いような気もする。
 とにかく彼は気さくでお人好しで、…嫌になるくらい、優しい。誰にでも優しい。世の中じゃ真っ先に騙されて損をするタイプ。でも、いつも周りから笑い声が絶えない、贅沢は出来ないけど楽しい人生を送ることの出来る、そんな人。およそ彼ほど、「エリート軍人」のイメージからかけ離れた人も少ないだろう。本当に、どうしてだろう?……どうして彼は、あんな戦いが出来るのだろうか?
 目をこすり、溜息をつきながら、それでも一所懸命伝票を捲り算盤をはじく大神さん。みんなに声をかけられてあたふたと劇場を走り回る大神さん。お茶を差し出すといつも大袈裟に、と言うより本心からすまなさそうに頭を下げる大神さん。好きな娘(こ)のことを尋ねられて――しどろもどろの言い訳しか出来ない大神さん。私の知っている大神さんは、そういう男性(ひと)だ。私が顔を合わせているのは、そういう大神さんなのに……違うのだ。戦場に立つ彼は。
 翔鯨丸に彼を迎え入れる度、私は思うのだ。この純白の霊子甲冑の中から出てくるのは、一体誰なんだろうと。本当に、あの大神さんなんだろうか、と。機関制御を受け持っている私は、霊子甲冑収容の操作係でもある。収容装置の腕で純白の光武を掴むたび、いつも感じていた。この中にいるのは、一体どういう男の人なんだろう、と。
 鈍感な人は戦いに向かない。お人好しは戦いに向かない。優しい人も、大抵の場合戦いには向かない。でも戦場の彼は、まさしく戦う為に生まれた生粋の戦士だった。戦場の空気を鋭く読み取り、敵を巧みに誘導し、情け容赦無く叩き潰す。きっと、相手が人間でないから、じゃあ、ない。私はプロの軍人という訳ではないけど全くの素人でもないから何となくわかる。多分、彼の戦い方は相手が生身の人間でも変わらない。恐怖に引きつる相手の顔が見えていても、絶叫で耳が、血の臭いで鼻が塞がってしまっても、彼は容赦無く相手を攻め立てるだろう。一切の妥協を見せず仮借ない攻撃を仕掛けるだろう。戦場の彼にはそんな凄みがある。厳しく口元を引き締め炯々と両眼を光らせ相手を睨みつける。霊子甲冑の中で、きっと彼はそんな表情をしているに違いない。劇場の彼からは全く想像も出来ない、そう、全く別人にしか見えない。
 あるいは本当に別人なのだろうか?そんな風に思ったこともあるくらいだ。彼は強い霊力の持ち主。戦場で戦いの神霊を我が身に降ろす=憑依させることも、出来ないことではないかもしれない。彼は「神懸り」――言葉通りの――になって戦っているのではないだろうか、と。
 無論、そんなことはあり得ないのだ。そんなことを考えるなんて馬鹿げている。大神さんは大神さんだ。純白の霊子甲冑に従う、彼女たちの態度でわかる。彼女たちにあれ程信頼を寄せられる存在は、彼しかいない。米田司令だって、多分ああは行かない。きっと彼女たちにはわかるのだろう。花組のみんなには実感できるに違いない。あれも――大神さんだということが。私には別人にしか見えない二人の大神さんが、彼女たちの中では違和感なく一つに納まっているに違いない。劇場の大神さんと、戦場の大神さんが。
 もしかしたら、私は彼女たちが羨ましかったのかもしれない。私にはどうしても近づくことの出来ない場所にいる彼女たちが。大神さんの横に立つことのできる、彼女たちが。


 彼が帝撃に来て、花組隊長としてみんなから慕われるようになって、強い信頼の心で彼女たちの支えになっていくのを見ていて…私の中から例の「力み」が少しずつ取れていったように思う。最初は危なっかしかった。軍人としては有能であっても(事務もだけど)女心はわからないようで、花組の皆さんを随分怒らせたりもしていた。でも、段々と、確実に彼の存在がみんなの支えになっていくのを見て、「自分がしっかりしなくちゃ」という思い込みが、何時の間にか消えていた。その代わり、私の中には別の想いが育っていた。彼の力になりたい、という想いが。
 それはきっと、恋とか愛とか、そういう感情ではなかったと思う。ただ、力になりたかった。もしかしたら、私が「力有る者」の介添え役として育てられた者だからそう思うのかもしれない。
 わたしはあやめさんの手助けをする為に帝撃へ派遣されてきた。思いもよらぬ形で彼女が私たちの許を離れ、二度と再会できぬ人となって、今度は彼女の妹のかえでさんが帝撃にやってきた。かつてはあやめさんの手助けをすること、今はかえでさんの手助けをすること、それが「藤に連なる者」としての私の務めだ。それを忘れた事は無い。疎かにしたつもりも無い。
 だけど、大神さんは何故だかより強く、「力になりたい」と私に思わせる。どんな絶望的な状況からも決して逃げようとしない彼。不利な要素が余りに多く、勝利の確率は余りに低い、そして彼が負けたら――もう後が無い。そんな、普通の、いいえ、余程優れた将軍でもプレッシャーに押し潰されてしまうような状況の中で、一度ならず二度までも奇跡のような勝利をもぎ取ってきた彼。一度目は日本橋の地下空洞で、二度目はあの聖魔城で。
 そこでどんな戦いが繰り広げられたのか、私には知る由も無い。ただ私にわかっていること。それは、彼が二度とも帰ってきたということ。勝利と共に。誰も犠牲にせずに。(彼はあやめさんの事を犠牲にしたと思っているようだけど、それは違う。花組のみんなが言う事が本当なら、彼はあやめさんの魂までも救ったのだ。)
 あの時、誰もが彼の力を必要としていた。そして、誰も彼の力になる事は出来なかった。彼の代わりを務める事は誰にも出来なかった。彼の重荷を分け合う事も、多分、誰にも出来なかった。彼を励ます事は、出来ただろう。彼女には。だけど、結局、あの状況を何とかする為には彼の力だけが頼りだった。私たちは皆、彼だけに全ての重荷を背負わせてしまった。未来に対する責任も、彼女たちに対する責任も。
 私はあの時の事を思い出すと今でもやり場の無い怒りを感じてしまう。
 誰に対して?
 自分に対して?
 それも、あるかもしれない。誰も彼の力になる事が出来なかったあの状況に、やるせない思いを抱いてしまう。あんな絶望的な状況になる前に、何故もっと何とかならなかったのか、と考えてしまう。彼だけに全てを背負わせてしまう前に、私たちにももっと色々出来る事があったはずだと思ってしまうのだ。
 私は、彼の力になりたかった。そして今も思っている。誰かの力になる事が私の務めなら、私は彼の力になりたい。それで、辛い想いを抱え込む事になるとしても。


 四月になって、大神さんが帝劇に戻ってきた。帝撃に。その途端、魔装機兵が再び現れ、黒鬼会なる新たな敵が現れた。そう、彼はその為に呼び戻された。また、彼の力が必要になったのだ。彼だけが持っている力が。
 頼りにしていると言えば聞こえが良い。でも結局、必要になったから呼び戻しただけ。その奇跡を起こす力を、利用する為に呼び戻しただけ。私たちはまた、彼に背負わせてしまうのだろうか?彼一人に最後の責任を押し付けてしまうのだろうか?
 私は、今度こそ彼の力になりたいと思った。
 私には、彼女たちのように彼と肩を並べて戦う事は出来ない。
 彼の目を引くような手助けは出来ない。
 だけど、私にも出来る事がきっとある。
 それで、いい。
 目を引く事が目的ではないから。
 「助力する者」「介添え役」、それが私の務めだから。


「大神さん、大変です!」
「かすみくん、どうしたんだ?」
「それが……帝撃に対する財界からの資金援助が一斉に打ち切られてしまったんです!」
「な、何だって!?」

 突如舞いこんだ凶報に顔を蒼ざめて考え込む大神さん。無理もない。米田長官が何者かに狙撃されて意識不明の重態、どういう訳だかかえでさんは未だ表だって姿を見せようとせず、花組だけでなく帝撃全体の運営が大神さんの双肩にかかっている状態だ。そこに、何の前触れも無く資金援助打ち切りの知らせ。(普段から裏帳簿の整理も手伝ってもらっているから)大神さんは帝撃の財政状態について良く知っている。正式な予算だけでは到底華撃團を運営して行く事など出来ない、ということを。

「資金の蓄えは確か…」
「財界の援助が無くなってしまうとあと一月程度しかもちません」
「くっ……!」

 苦しそうに顔を歪める大神さん。まるで、直接肉体的な苦痛を与えられているかのように。実際にそうなのかもしれない。彼の責任感は、現実の苦痛を彼の肉体に与えているのかもしれない。

「あの、大神さん……」
「?」
「今度の夏公演を成功させれば…ある程度何とかなると思うんです」
「……しかし、公演の収益程度ではとても財界の支援分を穴埋めする事など……」
「もちろん、切り詰められるだけ経費を節約しなければなりませんけど…とりあえず、三ヶ月程度は何とかなると思います」
「秋公演までは持ち堪えられる、か。そこまで計算が出来ているとは、流石はかすみくんだ」

 内心、冷や汗が出た。思わず口にしてしまった言葉。そこまで厳密な計算があった訳じゃない。でも、言わずにはいられなかった。彼の苦しむ顔を見ていられなかった。本来、前線指揮官である彼がこんな重荷を背負わなければならない道理は無い。またしても、責任以上の負担を強いられている彼を放ってはおけなかった。

「ありがとう。希望が湧いてきた。早速、みんなに話してみるよ」
「じゃあ私、皆さん声を掛けて来ます。大神さん、楽屋で待っていらしてください」
「あ、ああ。じゃあ、頼むよ」

 いざとなればいくらでも細工のしようはある。軍の物資管理なんて私に言わせれば穴だらけだ。そう、いざとなれば……私は彼の力になって見せる。
 お使いを装って彼の前から逃げ出しながら、私は決心を固めていた。失敗すれば犯罪者として追われる事になる。それでも、力になる事が私の務めだから。

 資金面の行き詰まりは、偶然知遇を得た山口大臣のお力添えで何とか解決できた。米田長官も奇跡的な回復で総司令に復帰された。そして遂にかえでさんも副司令としてみんなの前に姿を現した。今度は、彼が何もかも背負わなくても済んだようだ。私が「何とか」する必要は無くなった。それは喜ぶべき事だったけど…いや、そんな事を考えてはいけない。私は「助力者」なのだから。


「ごめん、せっかく誘ってもらったのにこんな話になっちゃって…」
「いいんですよ。大神さんにはいつもお手伝いしてもらっていますから。
 たまには…私も大神さんのお力になりたいんです」

 何かと慌しくなってきた12月のある日、私は大神さんと煉瓦亭に来ていた。伝票整理を手伝ってもらったお礼、という名目で半ば強引に私が連れ出したのである。
 私は相変わらず彼に伝票整理を手伝ってもらっている(手伝わせている?)。なんでもかんでも彼に押し付けちゃ駄目だ、と思っている割には我ながら現金なものだ。
 今日も、年の瀬で一際量を増した伝票の束を二人で整理していた。由里は由里でまた別の仕事がある。一人では到底処理しきれない分量で、しかもこれ以上処理を遅らせては劇場のみならず華撃團の運営にも支障が出てしまう段階に来ていたのでやむを得ずお手伝いをお願いしたのだ。
 おかげで整理も一段落ついたとき、彼が珍しく陰鬱な顔で考え込んでいるのに気が付いた。少なくとも、人前でこんな顔を見せるのは珍しい。何だか放っとけなくなって、話を聞いてみたくて、こうして今、半分無理矢理、煉瓦亭のテーブルで向かい合っているという訳だ。
 それにしても…たまには、か。自分の台詞がちょっぴり、可笑しい。他に言いようは無いのだけど。
 彼の悩み事、それはどうやら、クリスマス特別公演の主役選びを任された事らしい。確かに、大神さんにはちょっと辛いお仕事だと思う。だって、彼は優しすぎるから。彼に選んで欲しい、という花組のみんなの気持ちはわからないでもないけど…また、彼に負担をかけている。彼がどれだけ悩み苦しむか、果たして彼女たちは考えているのだろうか?自分の恋人を選ぶ訳ではない。帝劇の、舞台の事なのだ。優しくて、責任感の強い彼が悩み苦しんでしまうのは自明のことのなのに……

「私は…大神さんが一番好きな方を選べば良いと思います」
「誰が主役になってもモメる時はモメると思います」
「だから大神さんなんじゃない!みんな、大神さんを信頼しているんです」

 無責任な言い方のように自分でも感じていたけど、私はそれが一番良いと思った。彼女たちもそれを求めているに違いないのだから。
 そう、誰かが彼に選ばれる。選ばれるのは彼女たちの中の、誰か。それをハッキリさせたいというなら、ハッキリさせてあげれば良い。クリスマス公演がどんな形で幕を開けようと、幕を下ろそうと、大神さんが選ぶのはきっと「彼女」なのだから……

「そうだな…とにかく、誰かに決めなければ幕も開かないからな……
 ありがとう、かすみくん。相談に乗ってくれて」

 彼はまだまだ納得してはいないようだったけど、とりあえず「選ぶ」決心はついたみたいだ。その笑顔が例え社交辞令であったとしても、私はそれで良いと思った。

「いえ、お力になれて良かったです。
 それじゃあ、大神さん?今度は私に付き合ってくださいね。煉瓦亭の美味しいお料理を楽しみましょう?」

 それこそたまには、私が彼に付き合ってもらっても良いだろう。仕事抜きで。結局、彼に選ばれるのは、彼女たち。「彼女」なのだから。
 私には、戦場で彼と肩を並べて戦う事は出来ない。舞台の上で、彼の想いを現実のものとして描き出す事も出来ない。私に出来るのは、こうした、些細なお手伝いだけ。私と彼では、余りにも差がありすぎるから。


 私は「助力する者」、「介添え役」。「力有る者」を脇からひっそりと手伝いするのが私の役目。私はそういう風に育てられた。私にはそういう力がある。そういう力しか、無い。
 大輪の薔薇の花束を脇で飾るかすみ草。大輪の薔薇を引きたてるために添えられるかすみ草の花。だけど、それでも良い。かすみ草も、確かに花束の中で必要とされているのだから。
 風に揺られながら淡く群れをなす野のかすみ草は、その名の通りぼんやり霞んで人の目を引く事はほとんど無い。華麗な薔薇に添えられて、かすみ草は花束として人の手に取られる。
 でも。一緒に飾られる薔薇の花を、かすみ草が選ぶ事は出来ない……

<了>




※イ・イ・ワ・ケ(滅)
 こんなのかすみさんじゃない!とお怒りの貴方。はい、全く仰る通りです(汗々)。申し訳ありません。
 自分でもこんな暗いお話になるとは思っていませんでした。
 『風に揺れる野の花は』。これは、前回由里さんのお話を書いた時から、帝劇三人娘をモチーフにした三部作のシリーズとして書くつもりでした。三つの作品でそれぞれ視点を変えた構成にするのも当初から考えていた事でした。それで今回、かすみさん視点でかすみさんのお話を書こうとして…愕然としました。キャラが…掴めない!?
 思い出そうとすればするほど、彼女はキャラクターの手掛かりになるイベントが無いんですね。少なくとも、私には思い出せませんでした。出番が無いというわけじゃ有りません。大神さんを通せんぼしたり(地下への階段)、からかったり(受付)、重大なお知らせを持って来たり(2第三話)、ストーリーの進行上、キーになる場面に登場してきます。でも、彼女の役割はいつもストーリー展開のきっかけ、あるいは伏線で、彼女自身のキャラクターを描き出すものではなかったような気がします。
 さあ、困った。一旦始めてしまったからには止めるに止められないし…どうしよう?と、悩んだ結果がこれです。結局、キャラをほとんど作り上げてしまいました(爆)
 藤に連なる者の設定から始って、「助力者」、大神さんに対する気持ち、全て私のデッチアゲです。ですから、もしかしたら皆さんの「藤井かすみ」像をこの作品は損なってしまったかもしれません。もしそうでしたら、深くお詫び致します。それしか出来ませんが。
 ですから、この作品はもう一つのサクラ大戦世界の、「藤井かすみ」の物語として御読み下さい。こういう並行世界もある、と寛大なお心で眺めていただければ幸いです。


<by 百道真樹>



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