松本
皎 編
「懸葵」誌に登場した月兎・月斗句について
編者は、二〇〇八年四月中旬から七月初旬にかけて、京都の有力俳誌「懸葵」の全巻号を縦覧した。それは近年、調査を重ねてきた福田把栗という子規門俳人の事績を調べるためではあったが、同時に青木月兎・月斗(以下、月斗)と露月の句・文や、月斗・露月の事績・消息を確かめる作業でもあった。
俳誌「懸葵」は、明治三七(一九〇四)年二月一一日に創刊され、中川四明(創刊者)から主宰を引き継いだ句仏(第二巻から)が歿した(昭和一八年二月六日)のちも、昭和一九(一九四四)年の第四一巻四号(通巻四七四号)まで、連綿と刊行を続けた。戦時下の人材や用紙不足などに耐えて持続した同誌も、昭和一九年には、一月に第一号、五月に第二号、八月に第三号、そして一二月(いずれも二五日付け)に第四号を発行して、ついに終刊を迎えることとなった。昭和二四年八月から復刊されて三年間続いて、同二六年七月廃刊になったとされるが、その戦後版を除くすべての巻号から収集した月斗句は(編者の調査に疎漏がない限り)二七七句である。
以下の月斗句は、「懸葵」に掲載された順に、巻号・発行年月日および入集区分を示すとともに、会報に前詞が記されたものも収録する。また、ごく一部の句には、妥当であるかどうか訝しいが、語句の注記などを施した(題や前詞は句の前に、語句注記などは*印を付して句の後に記した。ただし、題や前詞に注記する場合は続けて*印を付して記す)。
署名は、明治四〇年二月一日(以下の句番号一三五)までが「月兎」で、それ以降(同年年五月五日)が「月斗」であるが、五巻四号(明治四一年六月一八日)の、句番号一五七から一八六の三十句は「月兎」となっている(目次も、「月兎」となっている)。また、青木月斗と表記されているものがある。これは該当箇所に注記した。
なお、本誌通巻七二三号で報告した「濱ゆふ」の句、同通巻七二二号および同通巻七二五号の「俳星」の句と、今回の「懸葵」の月斗句とを照合した結果、本誌通巻七二五号の句番号一二五「筍につまづく夜の径かな」(俳星八巻一号・明治四〇年六月二六日・「逍遙遊」)と、今回の句番号一四一(懸葵四巻四号・明治四〇年六月一日・「満月会」)だけが同一句であった。
この他、「懸葵」誌上の月斗事績には、月斗文と、月斗関係の所論があるが、かなりのスペースを要するので、整理でき次第に分割して、別途報告することとしたい。(松 本 皎)
◇ ◇ ◇
◆「懸葵」月兎
〇〇一 背戸の雪に尿して来つ薬喰 01巻01号(明治37年02月11日)雑吟
〇〇二 薬喰紙衣に酒をこほしけり 同前 雑吟
〇〇三 窓越しに山茶花見ゆる暖炉哉 同前 雑吟
〇〇四 鴨浮ふ芦間の水や風白し 同前 潯陽庵偶会
〇〇五 里の子は日毎見に来て壬生念仏 01巻03号(04月11日)桃園小集
*四月初三の佳節、高津宮趾のほとり軍馬の嘶き聞ゆる草案に会す(大阪西区土
佐堀四丁目武田潯陽報)。
〇〇六 春の雨しばく急に風の吹く 01巻05号(06月11日)潯陽小集
〇〇七 夜の巣に帰る燕の鳴きにけり 01巻09号(10月11日)雑吟
〇〇八 燕や野山の錦は翔け帰る 同前 雑吟
〇〇九 春からのなじみを燕帰りけり 同前 雑吟
〇一〇 海に入つて雀の御宿御留守なり 同前 雑吟
〇一一 蛤となりて舌出す雀かな 同前 雑吟
〇一二 海荒れて入りずわづらふ雀かな 同前 雑吟
〇一三 大方は取り尽くす里の柿赤し 01巻10号(11月11日)雑吟
〇一四 きれくに夜汽車の笛や野分ふく 同前 雑吟
〇一五 筋壁の寺をのぞけば芭蕉かな 同前 雑吟
〇一六 木を伐りに入る朝山の添水かな 同前 雑吟
*添水(そうず)=鹿威し。
〇一七 長月の浪冷ましや竹生島 同前 雑吟
〇一八 霧吹いて目を細かくす海贏の盆 01巻10号 (11月11日)無名会
*天長佳節の前夜大阪巨口会の諸子来京菅大臣社に於て俳筵を開く(和田秋蒼報)
同号の消息欄(鱸江記)に「十一月三日の夜大阪巨口会の連中月兎、鬼央、北渚、
葉子、等の諸兄八人大挙来襲せられ、為に詩星会臨時会を菅大臣神社務所に開き
会するもの十九人、事突然にして通知ゆきわたらず、三日大原に遊はる、紀行は
いづれ諸兄の手によりていづれかの俳誌に光彩を放つことなるべし」とある。
〇一九 行く程に尚遠き山や枯野原 01巻11号(12月11日)雑吟
〇二〇 枯野行くに忽ち日落ち村遠し 同前 雑吟
〇二一 蠣船の灯うつる水や夜の雪 同前 雑吟
〇二二 柴漬に声なき雪や水に降る 01巻11号(12月11日)巨口会
*荒井蛙木の本より帰阪。月兎庵に小集を催ほす(大阪素石報)
〇二三 帳綴や灯す帳箱帳箪笥 01巻12号(明治38年01月11日)賀状
*帳綴(ちょうとじ)=帳祭(正月一一日または四日)商家で帳面を綴じあらた
めて祝うこと。…以下、「賀状」とする句は、「懸葵」発行所へ配達された年賀状
の差出人の俳号を「新年消息」として一覧するとともに、記された新年賀句を紹
介したものである。
春 野
〇二四 夕されは風冷ましき春野哉 02巻03号(04月11日 )選者吟
〇二五 春の野やふりさけ見れは夕なる 同前 選者吟
〇二六 春の野や家路に遠き戻り足 同前 選者吟
〇二七 春の野辺人行く方へ羽虫飛ふ 同前 選者吟
〇二八 春の野や小川の岸の片崩れ 同前 選者吟
〇二九 祭壇の梅灯に白し釈奠 02巻03号(04月11日)雑吟
〇三〇 釈奠ョ氏か家の諸俊才 同前 雑吟
〇三一 粛々と梅花に雨や釈奠 同前 雑吟
〇三二 行く水や日疎き草に冴え返る 同前 雑吟
〇三三 たきり初めし鉄瓶の湯や冴え返る 同前 雑吟
〇三四 雲雀野や霞の末に山一つ 同前 雑吟
傘を返しに立ち寄って、これから京へ帰ると云ふ木兎をしいて一題十句。寄つて来た
のは近所の素石と北渚折から来合してゐた井蛙に月村を加へて六人、閑談の裡悠々作
句したので、終列車に間に合はず、木兎と井蛙は余寒の布団ひき合ふ始末となつた。
〇三五 牡丹餅につかゆる胸やくれの春 同前 月兎庵偶会
*題は「暮春」。前詞は、「月兎庵偶会」と題して、無署名であるが、木兎・素石・
月村・北渚・荒井蛙の順に句が並び、最後に月兎のこの句が載っているので、月
兎文であろうと考えられる。(編者注)。
〇三六 初胡蝶宿の春過の眺め草 同前 鶯笛集
*これと次の句は、四明が「鶯笛集」と題し、四明の初孫誕生に寄せられた祝句
に対する礼文中に記されたもの。多くの俳人からの慶句を掲げ、それぞれの号に
は「月兎君」の如く「君」(句仏のみは法主と敬称)と称している。
〇三七 御産湯温み初めたる京の水 同前 鶯笛集
〇三八 夏芝居ひらめく扇草の蝶 02巻07号(08月20日)夏雑詠
*巻頭ページに「夏雑詠」と表記して、霽月・月兎・五工・四明の句が載る。
〇三九 のみの妻後れて人につぶされぬ 同前 夏雑詠
銀杏城(*熊本城の別称)
〇四〇 城頭の井を晒しけり兵等 同前 夏雑詠
〇四一 葛水や精舎の松に蝉時雨 同前 夏雑詠
〇四二 先生に土用見舞や鯉一尾 同前 夏雑詠
〇四三 遅ればせに深田うゝるや二三人 同前 夏雑詠
〇四四 風字硯鮓の圧にしたりけり 同前 夏雑詠
*風字硯(ふうじけん)=硯面が「風」字の形をした硯。
〇四五 じゞとなく夜蝉暑しや草枕 同前 夏雑詠
〇四六 下帯の女房花に灌ぎけり 同前 夏雑詠
〇四七 夕立の目ざめて夜の時計かな 同前 夏雑詠
秋 近(*月兎と四明の共選)
〇四八 よべの雨秋や近づく草の原 同前 選者吟
〇四九 梁苑の竹吹く風や秋近し 同前 選者吟
〇五〇 秋近き夜の板間や蜚蠊 同前 選者吟
*「蠊」の活字は、虫偏に鹿。蜚蠊=アブラムシ。
〇五一 秋を待つ夜風凉しや熨一重 同前 選者吟
〇五二 秋近き庭の樾のしげりかな 同前 選者吟
*樾(こむら)=木叢・並木。
〇五三 染殿の外面は風の小萩かな 02巻08号(10月01日)雑吟
〇五四 塔中の塀の内なり薄紅葉 同前 雑吟
〇五五 そゞろかに我前過ぎぬ月の人 同前 雑吟
〇五六 外障眼なる人悲しさよ暮の秋 同前 雑吟
*外障眼(うわひ・上翳)=ひとみの上に曇りを生じて物の見えぬ眼病。
〇五七 据風呂を日南に乾すや秋の風 同前 雑吟
〇五八 厠なる人待つ秋の灯影かな 02巻09号(11月01日)雑吟
〇五九 帆柱に帰る乙鳥や流人船かな 同前 雑吟
三十三間堂
〇六〇 堂の椽いたく痩せたり秋の風かな 同前 雑吟
〇六一 損なひし仏寝さすや秋の風かな 同前 雑吟
智積院
〇六二 番兵や俘虜を入れたる寺の萩 同前 雑吟
〇六三 老が目に見それし皃や十夜連 02巻10号(12月01日)雑吟
〇六四 鞍懸にたまる埃や冬籠 同前 雑吟
〇六五 埋火にとり出でゝ古き暦かな 同前 雑吟
〇六六 埋火や寿永の春を生き残り 同前 雑吟
〇六七 鶯や髪結ばする角力取 02巻12号(明治39年02月01日)雑吟
〇六八 水船の舳に鶯の下りにけり 同前 雑吟
〇六九 鶯を行水さする禿かな 同前 雑吟
〇七〇 稲荷山鶯人に遠きかな 同前 雑吟
〇七一 機下りて鶏に餌をやる柳かな 03巻01号(03月01日)春季雑詠
〇七二 月番の札かゝる簷や青柳 同前 春季雑詠
〇七三 青柳に二軒並び手「貸家かな 同前 春季雑詠
〇七四 柳黒く月や戸口に真正面 同前 春季雑詠
〇七五 判取帳泥に落すや門柳 同前 春季雑詠
〇七六 門柳角な行燈に影動く 同前 春季雑詠
〇七七 青柳につめたきものが降りにけり 同前 春季雑詠
〇七八 通運に用事の札や門柳 同前 春季雑詠
〇七九 青柳は人住まぬ家に垂れにけり 同前 春季雑詠
〇八〇 肴屋が裏戸を出る柳かな 同前 春季雑詠
〇八一 読書堂窓前の梅ほころぶる 同前 春季雑詠
〇八二 句の友を梅に招ずる寸楮かな 同前 春季雑詠
〇八三 つき上げ戸梅に灯火及びけり 同前 春季雑詠
〇八四 禅林や菩提樹蔭の梅の花 同前 春季雑詠
摂津岡本の梅林 五句
〇八五 麓寺梅見の席を設けたり 同前 春季雑詠
〇八六 灘近き梅の名所や酒甘き 同前 春季雑詠
〇八七 梅林に這入る処の小家かな 同前 春季雑詠
〇八八 よき人や供大勢に梅の蔭 同前 春季雑詠
〇八九 点々と帆見ゆる海や梅曇 同前 春季雑詠
〇九〇 壺焼や焼くる間貝を拾ひけり 03巻03号(05月01日)雑吟
〇九一 風呂を焚く煙匂ふや帰る厂 同前 雑吟
*「厂」は「雁」。
〇九二 磯の田に下りゐる厂の名残かな 同前 雑吟
〇九三 池ありて二手に野火や風強し 同前 雑吟
〇九四 遠山は昨日に焼きし霞かな 同前 雑吟
宇治行(*経路の記載のみで俳文とは言い難し)
初袷の袂も軽く十一人、宇治に赴く、汽車中所見。
〇九五 城南神麦浪に風渡るなり 03巻04号(06月01日)宇治行
*城南神は城南宮=平安遷都の際に都の南守護神として創建。
白河上皇の城南離宮。
木幡駅に下車、途上
〇九六 遊行の御徒歩に在はす麦埃 同前 宇治行
〇九七 げんくの畔超えて行く茶摘かな 同前 宇治行
黄檗山万福寺に詣づ
〇九八 花桐や黄檗山の塔中に 同前 宇治行
茶畠道を過ぎりて宇治に急ぐ
〇九九 五六日早き茶山や見て過ぐる 同前 宇治行
一〇〇 近道は竹の皮散る径かな 同前 宇治行
宇 治
一〇一 清流に対してさつき曇りかな 同前 宇治行
一〇二 茶舗の簷薔薇の赤き見ゆるかな 同前 宇治行
*簷(のき)=軒。
恵心寺に船を上る
一〇三 人丈の筍伸びし空地かな 同前 宇治行
一〇四 五位高く矢数の空をなきすぐる 同前 下萌会
*五位(ごい)=五位鷺。矢数(やかず)=射手が競って力の及ぶ限り多くの矢
を射ること。
一〇五 今更に矢数しぬびぬ堂柱 同前 下萌会
一〇六 浮島の茂りに一雨過ぐるかな 同前 例会(懸葵発行所)
一〇七 水善寺川下遠き茂りかな 同前
合歓花
一〇八 ねぶの花御霊の祭近づきぬ 03巻07号(09月01日)選者吟
一〇九 中々に蜘も巣かけず合歓の花 同前 選者吟
一一〇 西宮や柳にまぢる合歓の花 同前 選者吟
一一一 ねぶの花夕焼雲に葉をたゝむ 同前 選者吟
一一二 山脚に見えし小家やねぶの花 同前 選者吟
一一三 はびこりしねむや五月の庵の空 同前 選者吟
一一四 昼の月合歓の残花を見る梢 同前 選者吟
一一五 秋のくれ飯の半ばに灯よぶ 03巻07号(09月01日)雑吟
一一六 秋のくれ掃きし畳に煤のちる 同前 雑吟
一一七 軒きりし町の広さや秋の暮 同前 雑吟
一一八 秋の暮もの書く手許暗うなる 同前 雑吟
一一九 老人はことに残暑を語りけり 同前 雑吟
一二〇 地蔵会をよそに琴ひく隣かな 同前 雑吟
一二一 樽柿や皃の両手にもち添はす 同前 雑吟
一二二 粛々と烟ある渓や渡り鳥 03巻08号(10月01日)雑吟
一二三 渡鳥村のはづれに酒旗青し 同前 雑吟
一二四 秋風に竹刈る里や渡り鳥 同前 雑吟
一二五 藪入の船路の晴や渡り鳥 同前 雑吟
一二六 一雨過きて浥ほす空や渡り鳥 同前 雑吟
*浥ほす=うるおす。
一二七 渡り鳥群り下りる泉かな 同前 雑吟
十二月廿三日洛北金福寺に於て蕪村忌を修す、大阪より月兎鬼史二君態々来会せられ
たるに関らず、主人側の四明翁眼を傷きて不参せられたるを始めとして、行年の忙し
さにや同人の会するもの少かりしは遺憾なりし。*会報「蕪村忌」で、無署名だが、
鱸江報であろう(編者注)。
一二八 行年や江戸積の荷に船の難 03巻11号(明治40年01月01日)蕪村忌
一二九 酒くさき太魯に逢ひぬ年の暮 同前 蕪村忌
一三〇 藪入の我れに煙るや風呂の下 03巻12号(02月01日)雑吟
一三一 藪入に羽折の許りし我子かな 同前 雑吟
一三二 里下りや懐鏡出だし見る 同前 雑吟
一三三 藪入や晴れたる星も頼もしき 同前 雑吟
一三四 藪入や弟が使ふ我が机 同前 雑吟
一三五 元日の鐘瑲々と響きけり 同前 賀状
◇ ◇ ◇
◆「懸葵」月斗(*句番号一五七から一八六の三十句は「月兎」)
一三六 風呂敷に摘みて五形や胡蝶来る 04巻03号(明治40年05月01日)雑吟
一三七 春の野や羊の群に虹遠し 同前 雑吟
一三八 芝焼くや芝の落花も一煙 同前 雑吟
一三九 音なくて増す汐高き朧かな 同前 雑吟
一四〇 畑打の飯櫃にくるてふく哉 同前 雑吟
満月会(大阪東区道修町、青木月斗報)地方俳句会のそもく最古なる満月会を此度
再興なすことゝ為しぬ。露石氏の発議にかゝり我等その驥尾に附すことゝなりぬ(四
十年四月月斗識)…*この頃、満月会は雲に隠れ気味であり、その他の俳句会も生ま
れては消える状況にあって、巨口会が辛うじて頑張っている様子であったらしく、満
月会を再興させようという月斗の呼びかけが他の号に載っていたが、そのメモを見失った(編者注)。
一四一 筍につまづく夜の径かな 04巻04号(06月01日)満月会
一四二 鉾過ぎて女の扇拾ひけり 04巻05号(07月01日)雑吟
一四三 瓜の露汚す扇の裏絵かな 同前 雑吟
一四四 塔の上扇使へる人少さし 同前 雑吟
花 火
一四五 揚花火競ふ斗綱のあたり哉 04巻06号(08月01日)選者吟
*北斗七星の第七星搖光(杓)、有斗綱之稱。
一四六 空に花火水に泗浜の浮磬有 同前 選者吟
*泗浜浮磬(しひんふけい)=唐の高宗から贈られた興福寺重宝の打楽器。
一四七 暮るゝ秋のそら冷まじき花火哉 同前 選者吟
*六号では「暑く秋の天冷まじき花火哉」を、七号で正誤。
一四八 長崎は盆を限りぬ投花火 同前 選者吟
一四九 花火消えて金砂丹礫眼に残る 同前 選者吟
一五〇 朝寒や枕握りて一と寝入 04巻10号(12月12日)桃栗会
*桃栗会報(大阪東区空堀通り坂井岸太報)
一五一 青竹の戸樋を通りぬ冬の雨 04巻11号(明治41年01月15日)選者吟
冬の雨
一五二 冬の雨助炭の中の鍋ぬるき 同前 選者吟
*助炭(じょたん)=枠に紙を張って火鉢や炉の上をおおい、火気を散らさず、
火持をよくさせる具。
一五三 人うとく行灯にゐるや冬の雨 同前 選者吟
一五四 冬の雨も寒からず韭剪る君よ 同前 選者吟
一五五 冬の雨海鼠かとれる海青し 同前 選者吟
一五六 通昔に糸をひく目や歌かるた 04巻12号(02月15日)年賀
*通昔=通夕(つうせき)よもすがら。
一五七 囀れは春の鳥なり鵅 (月兎)05巻04号(06月18日)春三十句
*「鵅」の字は「冬」偏=かいつぶり。
一五八 蓮如忌や拝見申す御文章 (月兎)同前 春三十句
一五九 蓮如忌の灯しめすや庵朧 (月兎)同前 春三十句
一六〇 明石湾漣麗や人丸忌 (月兎)同前 春三十句
一六一 桶の水に干鱈ゆるびぬ春日影 (月兎)同前 春三十句
一六二 曲水や燕々咫尺飛びめぐる (月兎)同前 春三十句
一六三 巴字盞を如意もて招く御僧よ (月兎)同前 春三十句
*巴字(はじ)=「曲水の宴」の異称。盞は「さかずき」。
一六四 食卓の足の揺きや暮の春 (月兎)同前 春三十句
一六五 雪汁は麓の庵を穢しけり (月兎)同前 春三十句
一六六 山鳥の尾は雪汁にぬれにけり (月兎)同前 春三十句
一六七 御影供の雨や北野の花盛 (月兎)同前 春三十句
*御影供(みえいく、ミエクとも)=一般に東寺や高野山で行われる空海の忌日法
会を指すが、この句は北野天満宮を詠み込んでいるので、祭神菅原道真の祥月命
日(二月二五日)に営まれる梅花祭であろう。
一六八 寒食や落日団々として赤し (月兎)同前 春三十句
一六九 糸遊に細き目したり孕鹿 (月兎)同前 春三十句
*糸遊(いとゆう)=陽炎。
一七〇 谷川に春月くらし孕鹿 (月兎)同前 春三十句
一七一 沈丁や障子に張れる寒冷紗 (月兎)同前 春三十句
一七二 花樒旧友の墓に知る名刺 (月兎)同前 春三十句
一七三 草若葉牛に口籠をはめにけり (月兎)同前 春三十句
一七四 船板で箱造りけり菊の苗 (月兎)同前 春三十句
一七五 踏青や一水二橋往来す (月兎)同前 春三十句
一七六 踏青や東塔の僧見知越 (月兎)同前 春三十句
一七七 山吹や魚浅水の鍋に寄る (月兎)同前 春三十句
一七八 山吹や寂びれゆく町水のよさ (月兎)同前 春三十句
一七九 春の宿ふとん積んたる一間哉 (月兎)同前 春三十句
一八〇 平城の一夜なつかし春の宿 (月兎)同前 春三十句
一八一 御忌の鐘雲雀は巣より聞くなめり (月兎)同前 春三十句
一八二 春銅の長き庇や春の霜 (月兎)同前 春三十句
*「春」は「青」の誤植であろう。ただし、次号以降に正誤記事なし。
一八三 偶然に古き文見て春惜む (月兎)同前 春三十句
一八四 女より春惜む男心かな (月兎)同前 春三十句
一八五 青湾の落暉にとべる胡蝶哉 (月兎)同前 春三十句
*青湾(せいわん)=旧淀川水面を指す。名水地の意。
一八六 雛据ゑて母も大方遊ひけり (月兎)同前 春三十句
一八七 大風の後青天に帰燕かな 05巻08号(10月18日)大阪満月会
*大阪東区大川町・永尾白花蛇報
一八八 笹嶋や火桶によれば火の気なき 06巻01号(明治42年03月18日)芋虫会新年会
*大阪道修町四丁目吉辰方、門脇昇波報
一八九 蒼穹や遠き昔も麗かに 08巻04号(明治44年06月)法楽俳句
*本願寺宗祖六百五十回忌大遠忌の集句。発行日は奥付を欠いて未詳。
藻の花(*罫線で囲んだ枠内に十句)
一九〇 亀取る子臍迄泥に花藻哉 09巻05号(明治45年07月12日)囲み記事
一九一 泥乾く太腿露はに花藻哉 同前
一九二 霖雨霽れ田川茂り藻花咲きぬ 同前
*霽れ(はれ)=雨があがること。
一九三 旧藩主の農園や花藻川を中 同前
一九四 此里の鰻名物花藻哉 同前
一九五 藻の花の川辺に家具や村掃除 同前
一九六 藻の花や狐化けんと水鏡 同前
一九七 蚊の中に馬洗ふ藻の花の白き 同前
一九八 犬のよりくる堤の茶店花藻雨 同前
一九九 搦手の木戸朽ち果てし花藻哉 同前
蛍
二〇〇 夏と秋に水つく蛍名所哉 同前 選者吟
二〇一 伏見舟鵜殿の蛍伝へけり 同前 選者吟
二〇二 野歩き来し雛妓が襟に蛍哉 同前 選者吟
*雛妓(すうぎ)=まだ一人前とならない芸妓。半玉。
二〇三 苗代寒出初めし蛍見ぬ夜頃 同前 選者吟
二〇四 鳥居洗ふ大潮祭蛍飛ぶ 同前 選者吟
二〇五 黒書院杉戸に灯す蛍かな 同前 選者吟
二〇六 丘の銀杏に夜風騒げば飛ぶ蛍 同前 選者吟
二〇七 闇の中に罾の灯一つとぶ蛍 同前 選者吟
*罾(そう)=魚を獲る四つ手網。
二〇八 藁屋根をしめす宵雨蛍哉 同前 選者吟
二〇九 夜店来れば香ふ女と蛍売 同前 選者吟
銀爛盆
二一〇 今日の月銀の盃酒冷えぬ 12巻08号(大正04年10月15日)
二一一 秋の雲風にふかれて薄き哉 同前 月斗吟
二一二 虫更けぬ樹樹に雨ふる音すなり 同前 月斗吟
二一三 藪尻の高木必ず百舌据うる 同前 月斗吟
二一四 露時雨芒で足をきりにけり 同前 月斗吟
二一五 方窓を東につけて月夜哉 同前 月斗吟
二一六 一番の角力の汗や夕日影 同前 月斗吟
二一七 落し水闇にいつ迄子守唄 同前 月斗吟
二一八 蟹の爪ほどな雁来紅の庭 同前 月斗吟
二一九 なつかしき朝日となりぬ葉鶏頭 同前 月斗吟
通草会(大阪青木月斗報)そのかみ夜半亭蕪村が「はくえん」のホ句を思ひ出ててと
前書きして、『小春凪真帆も七合五勺かな』と詠み出てし『浮ぶ瀬』もこのほとりなる
大阪は新清水寺の舞台より西を遥かに見渡せば煙の中の屋根の向ふに一条の光をのべ
しものこそ、小春凪ぎるは未だ早き秋の海にてあるぞかし。名も音羽亭といふ舞台茶
屋の奥座敷西みんなみを明け放したる高みの眺め、中々にあかず。山吹色の茶を汲み
出す此家の娘年十五を過ぎたる二つ三つ、色白く、肌細かに、紅き血を漲らしたる肉
つきの美くしさ、寸紅の主なんどに一目見せたらんには十三里の道はものかは、日毎
に通ふ深草の君が故るごとを大正の世に演じ出でんも中々に哀れ深き事にぞありける。
少し前迄若旦那にてありし素石が幹事とやらんにてこゝにてホ句の会を催す。鬢に白
髪、頂き禿げし人など見べうもあらぬ若々しき人のつどひ、アケビ会の句莚、ひそか
に通じ申すになん。*柏莚(はくえん)=二代目市川団十郎の俳号。七合五勺は、大
盃の容量で帆の張り具合を掲揚したことを形容。それに準えて、大盃を飲みほそうと。
酒豪月斗の好みにぴったりの引用。なお、「少し前迄…」は改行(編者注)
二二〇 京七野内のいづれを花野哉 同前 通草会
*京七野(きょうしちの)=京都の北野を中心とする七つの野。北野・紫野・平
野・蓮台野・嵯峨野・大原野など。文献により異同がある。
二二一 早稲の黄に鳥除け縄の稲田哉 同前 大阪子規忌(菊太郎記)
二二二 阿蘇五峰晴れて低しや冬の雲 12巻11号(大正05年01月23日)住吉俳句会
春 雷
二二三 春大雷驚きの色市人に 13巻01号(大正05年03月27日)選者吟
二二四 ガラス窓を破るかの雨の春の雷 同前 選者吟
二二五 七面鳥は頻りに膨れ春の雷 同前 選者吟
二二六 鵜の眼蛇より光る春の雷 同前 選者吟
二二七 教会堂の尖り屋根より春の雷 同前 選者吟
二二八 日時計の花に曇りや春の雷 同前 選者吟
二二九 鳩部屋へ鼬入りし夜初雷す 同前 選者吟
二三〇 東山の麓の栖ひ夜長かな 14巻05号(大正06年07月23日)四明翁追悼文中
二三一 大牡丹崩るゝ時に驚きぬ 同前 四明翁追悼句抄
二三二 歳旦や覚束なくも年不惑 15巻01号(大正07年01月01日 新春吟
*署名は青木月斗。
二三三 歳旦や川舟行かず濃き緑 同前 新春吟
二三四 貘敷て錦のくゝり枕かな 同前 新春吟
二三五 枕外す女夢なし貘の札 同前 新春吟
*貘の札=バクを描いた札。悪夢を避けるとして、節分や大晦日、また、初夢
の夜ななどに寝床に敷いた。
二三六 初凪ぎに泛べる浜のちゝり哉 同前 新春吟
*ちちり=松笠。
二三七 初凪や五六遠き帆日を受くる 同前 新春吟
二三八 貰ひ水仙賀客皆水仙の句をし去る 同前 新春吟
二三九 賀客落合うて俳諧半歌仙 同前 新春吟
二四〇 鴨川石を一つ配しぬ福寿草 同前 新春吟
二四一 根岸庵暖炉のもとの福寿草 同前 新春吟
若 葉
二四二 谷若葉鳶鳴きつるに暮藹哉 15巻08号(08月01日)選者吟
二四三 雪痛みせし大楠若葉枝をあらみ 同前 選者吟
二四四 仏灯の輝きにつれて梅寒し 16巻05号(大正08年05月01日)追悼句
*故大谷政子姫追悼集句(上)
二四五 佐保姫となり給ひぬる霞かな 同前 追悼句
二四六 四方拝乾坤闇に澄み渡り 17巻02号(大正09年02月01日)賀状
二四七 水鳥は皮剥の子を見知り顔 17巻03号(03月01日)乙字追悼文中
二四八 凧如何なる風に破れしか 同前 乙字追悼句抄
二四九 浪化忌や時雨れて昏き有磯海 18巻10号(大正10年10月01日)浪化忌
*署名は青木月斗。浪化(ろうか)=江戸時代中期の浄土真宗の僧・俳人。越中
高岡・井波瑞泉寺の住職。父は東本願寺十四世法主琢如。芭蕉最晩年の直弟子。
逮 夜
二五〇 浪化忌や砥並の山の八日月 同前 浪化忌
二五一 予が父も越中高岡の産にてありけり 同前
二五二 浪化忌や越の訛のなつかしく 同前
二五三 鎌鼬にしてやられたる大事かな 19巻02号(大正11年02月01日)
*枳南主人評として、「同人」新年号に、「十一月四日原宰相刺さる」と前書して
載ったこの句に、「なくもがなと思ふ」と評。
三幹竹兄の亡兒百ケ日に
二五四 麗かな日影を急に冴え返へる 19巻04号(04月01日)追悼句
京の先斗町の床で昼寝をして
二五五 川床に日ある磧のほめきかな 19巻10号(10月01日)諸家近詠
*青木月斗と署名〜二六三まで。*ほめく(熱く)=ほてる。熱気をおびる。
二五六 川床に見てゐる橋のほこりかな 同前 諸家近詠
二五七 きくくと九官鳴くを川床に 同前 諸家近詠
二五八 下床やどこも浴衣を洗ひゐる 同前 諸家近詠
*下床「シタユカ」とルビ。
二五九 川床に横たふや比枝を目睫に 同前 諸家近詠
二六〇 川床の午睡覚めたり東山 同前 諸家近詠
二六一 川床や次きくに来る歌乞食 同前 諸家近詠
二六二 下床や人を待ちゐる妓一人 同前 諸家近詠
二六三 下床や隣とへだつ青簾 同前 諸家近詠
二六四 川床や燈火ついて絵巻物 同前 諸家近詠
二六五 初富士や茜含みし雲一朶 20巻02号(大正12年02月01日)賀状
二六六 山眠る如き仏母の御眠 26巻02号 (昭和04年02月01日)妙徳院殿追悼句鈔
*仏母=東本願寺前々住上人裏方。一月七日歿・七五歳。
二六七 仏海に寒き時雨の降りにけり 同前 妙徳院殿追悼句鈔
二六八 元旦や蒼生の賀に 26巻07号(08月01日)三幹竹の「消息」中
二六九 溌剌と言霊生きつ春星忌 29巻12号(昭和07年12月15日)蕪村忌
二七〇 百五十年の昔もかくや冬紅葉 同前 夜半会
*夜半会は、昭和七年九月、本山彦一(大阪毎日新聞社長)を会長に設立され、
同年一一月に金福寺で蕪村翁百五十年遠忌を修した(「懸葵」第二九巻一〇号に同
会会則と会員募集の記事がある)。
二七一 すくと立つ池辺の鶴や初東風す 32巻02号(昭和10年02月01日)諸家吟中
二七二 白百合の華と申さん御姿 32巻08号(08月01日)諸家祝吟
*句仏上人還暦祝賀句筵
二七三 石に矢のたつためし戦勝の春を謳ふ 39巻01号(昭和17年01月25日)賀状
二七四 冱返る四十年の黒書院 40巻02号(昭和18年03月25日)句仏上人追悼句会
二七五 御台所門を久々くゞる冱返る 同前 句仏上人追悼句会
二七六 句上人の事を申せば花冰る 41巻02号(昭和19年05月25日)追悼句
*(句仏)追悼句短冊抄中
二七七 一年は夢と過ぎけり梅冰る 41巻03号(08月25日)句仏上人小祥忌追悼句会
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◆「懸葵」以外に気付いた月斗句
別〇一 まろうどを二人据ゑたり菊の前 (『蜩を聴きつゝ』所収)三日月会
*三日月会(明治32年08月27日)=碧梧桐・露月来阪の歓迎句会
去年は二洵の滞京花もちり果てたり
別〇二 行春や十年見ざる東京へ (俳諧雑誌3-1所収・惜春帖)大正08年05月01日刊
大阪はまこと埃の都会
別〇三 荷造の縄の埃に春は行 同前 惜春帖
京の霞は紫に
別〇四 行春や洛北の山辺歩りきたく 同前 惜春帖
露石氏追悼吟
別〇五 美しき生活なりし春の露 (下萌02号・追悼句)大正08年06月20日刊
別〇六 青芒馬泳がして帰るなり (年刊句集1・懸葵発行所)大正15年04月刊
別〇七 今はたゞ年々寄する年始状 同前
別〇八 雲に駕して山人ゆきぬ秋の風 (俳星通巻145号)昭和03年12月01日発行
*「露月先生追悼号」悼句欄。「俳星」の巻号は再現第三巻一二号。
別〇九 雲漠々秋風吹いて尽くるなし 同前
*俳星「露月先生追悼号」消息(来簡)欄
別一〇 しめやかな一日暮れぬ秋の雨 同前
別一一 山人に酒を供へつ秋の雨 同前
(以
上)