「梅が香」より 昭和十八年の三原俳壇

 

戦時下の昭和十八年、芭蕉没後二百五十年を記念して、一人十句の句集「梅が香」を企画、三原図書館編集により、翌十九年発行した。若い出征兵士は含まれて居ない。いわゆる旧派、「同人」系、「ホトトギス」系、「石楠」系、新興俳句系等の各句会に属するものと見られる。この小冊子の中より、町内別に分類し、春季各一句を挙げてみた。 (町名、氏名、俳号、俳句)

 

旭町

木の芽凪ぐこの大空の町に住む            田中 善一  静山

東町

父病みて早二年の蝿を追ふ              村山 繁一  不見尾

桜鯛しめらるる尾や天を搏つ             松本 正喜  正氣

春陰や長き鞭持つ案内僧               浅井 龍雄  青螺

城跡の師団の桜咲きそめぬ              田中 斐太郎 柳隖

俳聖の遺跡尊し梅畑                 行武 則正  寛斎

館町

浮鯛の神を祀るや海麗ら               竹部 秀松  半夜

漕ぎ出でて空に続ける桜かな             砂崎 一夫  白洋

藤咲いて夕月の空遠のきぬ              大貫 俊雄  白柊

春の夜や頬杖つきし手の痺れ             井上 政子  涼沙

山寺や鶯鳴いて人あらず               山脇 行平  玉壷

絵具錬れば画室の牡丹揺ぎけり            近藤 益一  蟇怒

本町

風も無く朝の香りや丘の梅              楢原 松三郎 雪羽

掃部ノ頭の登城や春の雪               岡崎 行男  芝蘭

早春の水たばしれる巌かな              田中 幸造  広月

囀りや明るき日射し野に山に             尾田 政一  泰月

国境線大地の春を河ながる              梶田 稔典  大輔

満ちて来る潮先白し朧月               徳原 幾太郎 月舟

白梅の如き男の子や呱々の声             宝子丸 萩代  萩女

霞めるは滋賀の都のあととかや            高下畑 斉    斎

囀りや風鐸錆びし岡の塔               山名 俊一郎  湖月

春泥に下駄取られたる児を抱き            藤井 豊一   巴波

百錬の勇士還りし野辺長閑              岡 正治    翠月

この齢の無病の父母や畑を打つ            楢原 芳松   大佛

寝心地や何処ともなく春来たり            瀬畑 博志   弘志

信濃路の伊那の狭間の椿かな             稲泉 量四郎  仙峰

真直ぐに生きて悔いなし春の星            今西 憲一   茜子

緇衣の袖かかげ眺むる落花かな            三好 軍次   澪子

紅梅や砂にしみ入る雨の色              磯田 年恵   湘月

ガラス戸に突き当たりけり猫の恋           森 三郎    三樹

梅幾日咲くや見ぬ間に散る時局            井本 彦太郎  玉林

梅の香や足をそろへて階上る             吉井 末雄   藻石

梅に立つ頼山陽と玉薀と               宇都宮 良介  大塔

遠山の皺に残れる春の雪               稲田 達三  仰天子

母の茶の客は帰省子桜餅               神原 英男   木瓜

西町

雀チッチッ芽吹くは榎のみならず           有政 憲造   壷城

野の起伏早春の雲遠く光る              森末 武史   武史

青葉光観音画像と相対す               橋本 勇    玉壷

芝道に蝶案内や旅淋し                伊達 恵教   一空

一筋に野路横はり揚雲雀               中島 義夫   松光

岩を噛む早瀬間近に河鹿聴く             篠崎 博    鴨村

盲爆日々寝釈迦は笑みておはします          平山 隆太郎  隆太

嫁ぐ日に窓明るしや梅匂ふ              豊島 春吾   吾春

いづれ征く身なり静かに夕桜             浜口 亮一   紫陽

山藤のかかるかなたの朱の門             増原 恵    五川

花曇重き頭を本に伏す                橘高 正夫   菊十

西宮

紅梅や妃の内侍おはしませ              平賀 四郎  紅柿園

城町

梅の香をはなれて白き日にあたる           房野 鉄夫   青雨

神棚やこなから枡に年の豆              斉藤 脩二郎  春畊

港町

春光や土の温みに触れてみる             近藤 重夫   召風

人形を抱いて白酒汲みにけり             原田 寿枝   松琴

豊穣や農を国是の大日本               藤本 信雄   子仰

探梅や遂に芭蕉の碑に到る              岡坂 正信   雪汀

宮浦

照り温し木々の芽生えの匂ひして           村上 健夫   藻城

帝人

豊頬は笑みて春日のおほらけく            大橋 保男    踏青

一人行く裏参道や落し文               松川 志雲    志風

和田

一望の尾花に朝の風ありぬ              竹本 一三    酉水

おきよ丸仮泊の浦の朧かな              鳩野 照夫    田々

大地打つ雪崩の音や山の宿              広中 文雄    一穂

ほの匂ふ岬廻れば梅の島               源間 芳夫    不一

沼田東

神威身に迫る九段の桜かな              池田 鹿次    静波

魚見台古りし砂丘や桃の花              岡本 天秀    蘭

本郷町

聴講に間あり池畔の青き踏む             森田 坂次    燈古

春霜の大き朝なり火を焚きぬ             清水 義壽    流泉

市外

山笑ふ下悠久の流れかな               桧山 正志    渓月

竈出しの炭積んであり春雷す             中谷 喜太郎   潮音

茶室古りし白々梅の咲き匂ふ             川口 益吉郎   松籟

一村は梅の林に埋もれけり              川口 国次郎   栖隺

春泥に雀かがやき降りにけり             中島 透     南颸

 


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