月斗の句

 昭和十九年一月號

『同人』第二十五卷第一號(昭和十九年)より。この卷は、二、三月合併號の後の四月號を以て廢刊となったものである。大坂府警察局の「俳句雜誌は悉く三月限り廢刊してくれ。但し、俳句、和歌、川柳の雜誌は大坂府に各一誌の發刊は承認する」の旨であった。統合俳誌『このみち』の編集長木月斗の名目を創刊號に記載のまま、發行前に『同人』は急遽脱退した。
廢刊一年後のころ、東京同人が、各地の同人選者級の廢刊後の句を三十句集めて句集(『野分』?)をと計畫したが、せっかくならば『第四句集』にということになった。それが、戰況急で内、外地も連絡が取れず、終戰を迎え、遂には『時雨』となったようである。東京同人による『同人』復刊に至るまでの期閨A三原の松本正氣による「中國同人會」の句會稿(これが現在の『春星』に續いている)のほかに、戰時下における印刷物の存在については詳らかではない。(松本島春)

 

正月句集

月 斗

*元日 五十鈴川の若水を竹の筒に汲み入れて持參。これは七堂の嚴父八十七壽の霞翁の御使ひである。年頭佳例。謹で拜受致すことである。句座。題者出題。破魔弓、富竹雨。凧、子角。初竈、苔水。(北山莊)

凧の少年吹雪を衝いて野に出づる

風陣々凧の少年勇み立つ

凧の少年寒風の野に終日す

八大童子朔風の野に凧飛ばす

凧點々春雲帶の如き哉

*二日 生國魂~社、大江~社、愛染堂と初詣をする。斗牛蔦子の長男新をつれて初詣をした事を偲んで老情の切なるものがある。正氣も同道した。句會。初凪、山夜。正月、戸千。初夢、萬十。(北山莊)

初凪の江山鶴の度るなり

初凪の江山莫色いたりけり

初凪や睡鴎豆を撒きし如

初凪や白鴎の夢日に麗

初凪の濱に漁翁の睡り哉

初凪の濱に浦島太カ哉

初凪の濱の浦島~社哉

*三日 高津舊址。眞田山を歩く。虫qつく少女、紋服の禮者、正月氣分。句會。惠方、呵成。三日、八尺。初鷄、雪閨B(北山莊)

菜畑麥畑生色滿てり吉方道

惠方道霜の麥畑ョもしく

霜白く氷固しや三

三ケ日自肅に力養ひつ

軍國日本初鷄凜々霜烈々

*年頭句筵 遠方の士は交通を慮って來ずであれ。とした。王樹家製の屠蘇も今年初て無い。田里家釀の菊白露に淑酒一巡は淑氣目出度し。月村の三ケ日皆勤に千燈の紋付の接待はよし。野呂玉碎快哉を叫ぶ。

新春淑氣然も戰爭第一義

三ケ日自らェうしてゐたり

伊勢の若水出雲の鯣初句會

*五日 同人本會。定風家釀に淑酒一巡霰止んで日昭々。

去年もあらず今年もあらず大戰果

(生玉大社)産業戰士の一隊整然初詣

(大江~社)隣組町内會の初詣

(愛染堂)十九參りの娘に虫q當り鳧

高津舊址霜柱立つ淑氣哉

妖雲をリらす急霰一射哉

天一碧急霰珊々日燦々

*十日戎 惜春會へ出席の途上、電車の中にも十日戎のmを持ったが多い。席上で、この戰時下に十日戎の賽者が笹を持ってゐるのは認識不足だとの聲があった。豫は世を擧げて戰爭の中に十日戎の笹を提げてゐるのは初春の風景が豐かに出てゐて餘裕のあるのを示してよい眺めだと觀じた。觀方による事で否定するに及ばぬと言った。

初霞朝暾上る伊豆の海

鎌倉の海凪ぎにけり初霞

山低く海にのびけり初霞

初霞孤松秀でし山の上

*時雨會 此頃の句會は火のなきが多い。昨夜の電氣倶樂部などは以前は冬でも暑くて困って窓を開けてゐたが現下は鐵筋コンクリートで寒さが入み込んで來る。今夜は寺座敷のよき茶室で爐には釜が鳴ってゐる。一央の心使で會社の茶の稽古の女子をして茶をたてさせてくれた。正月氣分である。

初釜の湯氣暖かに句を思ふ

池畔亭の障子點りぬ鳰の聲

かいつぶり晩望雪となりにけり

かいつぶり湖上鳴き連れ雪曇

鳰遊弋す小雪ちらちらす

柴漬の柴積む舟や鳰遠し

古沼や急霰鳰を驚かす

*十五夜會 電氣倶樂部、日本發送電、宇治電と連夜電氣がつづく。

餠を盡して粥柱なし小豆粥

小豆粥三椀にして足るを知る

防空訓練耐寒訓練松の内

合戰の屏風立てたり松の内

諳厄利亞を伐つ東湖の詩幅松の内

               同人西句會 三百年の大銀杏の寺。摩利支天の寒行の太鼓を打ち鳴らす寺。今夜の寺座敷も靜かでよい。

大寒の街を霧の朧めかす

大寒や石組凍てし假山水

大寒の月凍て雲の凍てにけり

大寒の凍てたる墨と硯哉

鰤燒いて煙らす厨寒ぬくし

銀杏枯木の枝こまごまと寒の月

大寒は(ダイカン)と訓む。同じことのやうでも、大暑は(タイショ)と訓む。

*城北句會 建堂翁の校長校主の關西工業學校攝南高等工業學校のヘ授達の句會。

雪一夜伏見水ク粧ひぬ

帆柱に暮烏鳴く雪の泊舟

杉群を深く隱しつ雪の谷

雪の磧赤き朝日が走りけり

雪空の暗き障子や茶鼎鳴る

麥畑を染めし小雪や夕日景

*同人東句會 司會月村遲れて句なし。

曉の星瞬いて凍てにけり

曉を潤んで消えぬ冬の星

天地寂々星爛々と凍てにけり

颷々と風吠え星を氷らする

團々と白雲いて城の上

山屹ち水急にして星いて

星氷る穴より覗く狸の目

梟の目も杉の上の星も氷りけり

*松坂句會 凧は國字。紙鳶、風箏。

山中の爐に炙りけり肉一臠

雪中の爐にくすべけり鹽鰯

狐遠く或は近し夜半の爐

戸あくれば雪が吹き込む圍爐裏哉

爐の餘燼小豆の鍋を掛けて寐る

佛壇の燈が煙るゐろり哉

珍らしき一厘銅貨爐に得たり

凧の子に雪降り子等を勵ましぬ

山空の凧に心のなごみ哉

凧の空雷鳴て雪來る

中天に我家の凧の睥睨す

*壺中會 雪闖落j、味噌炊大根の馳走あり、大牢の美味。

膝布團の端を驅けく手爐哉

掘られたる泥鰌は桶に泳ぎけり

泥鰌掘小豆の飴を切る如く

泥鰌掘氷れる鰌筆の尖

鰌掘と蓮根掘と焚火哉

*菱花會 塘下提唱。蜜柑の皮ごと食ふこと。一座これに習ふ。榮養、消化滿點、食味よし。金柑は昔から皮を食ふ。蜜柑の皮は陳皮。橙の皮は橙皮といふて共に藥用。橙の皮の砂糖漬は、文旦漬というて、うまし。みかん皮ごと食ふこと奬勵してよい。

寒見舞金剛山の^の肉

^の肉一臠や寒見舞

螢籠のやうな星空寒の凍

風止んでぬくき日和や寒土用

大寒の凍極まりし月夜哉

火事跡は家建てしめず凍てにけり

町は宵より人も通らず凍てにけり

*同人北句會 (葱雜炊に好漢顏を集めけり、富竹雨)雜炊でない(河豚汁に)である。

家内して葱雜炊を盡しけり

葱雜炊宵より雪となりにけり

葱雜炊蜜柑の皮の香味よし

ョもしや葱汁の湯氣粥の湯氣

葱雜炊に千枚漬の蕪かな

寒林に家して葱を作りけり

車窓 車中の讀書は老眼うとましく、一切廢止してゐる。陸士志願の少年が近視の爲不合格であるのを、遠方を見る事と蜆を食うて立派に治したといふから、我等も遠方を見る事につとめてよい。東ク元帥も眼がよかった。肉眼で遠距離が利いたさうだ。

竹の垣結ひたり冬構

竹に垣結ふ庵や冬構

甚平着し老媼獨耕しぬ

三成の佐和山城址雪少し

雪の山遠きは煙る吹雪らん

雲とまがふ雪の遠山連れり

寒烏くくれる桑の畠の雪

天龍川の磧枯草寒烏

東京同人本會 景亭廣島に赴任し、人氣者の恭村再應召、一月場所いささか寂莫。滿州より睡艸、陽城來り合せて顏を出す。月三、壽江女久々出席す。今日雙葉、照國共にK星。

日滋々と野は枯色に凧上す

雪の伊吹と凧は高さを爭へり

凧點々遠山雪の煙りゐる

凧の影鯉の生簀にうつりけり

雜炊にぬくもり蓑をあみにけり

(昭和十九年)

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