裸の月斗先生

 

 

 

義弟碧梧桐宅にて 万十写

 

先生は裸がお好き (安田万十)より

 

句集「時雨」を拾い読みしていると

 アルバムの第一頁裸の師      正 氣

と云う句が目についた。裸の師か、我輩の撮った写真に違いなかろう。あの写真は余程お気に召したものと見えて随分焼き増しをしたものだった。たしか昭和八年か九年の春、牛込の碧梧桐庵で朝浴の後の一服というところを撮らせてもらったものだっけ。さくらの太巻が好きな斗翁。マッチは太い軸木のものが好きであった。何の愁いもなさそうに、これでええのかと仰って座ってくださった。

  先生の裸の前に我小さき     万 十

蓼井子を旗頭に集まるグループは先生を囲んでの酒座。裸、裸である。ところが凡水子だけは決して裸にならない。それを無理に裸にしようとなさる先生は声を荒げて、凡水、裸になれ。脱ぎんか。と幾度もなく云われるのだが、凡ちゃんは、先生、殺生でんがなあーの一点張りで押し通してついに肌を見せなかった。私は背中に大蛇の文身でもしているのじゃないかとまで思ったりしてみた。

先生のててらはいつも純白で清々しく、肌は餅のように白く柔らかな感じがするので見た目にも涼しい。今宵もまた、裸で冷やしビールを飲んやと芸者、舞妓が囃してくれる。

「さあ、桑名の殿様をやろう」先生のご機嫌は上々である。

  青簾灯下の酒座の白地     万 十

 

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北新地「伊勢久」?  

床に「秋の燈を一つとぼせる草屋かな」

後列 豊馬、二人置いて 雷音、初子

前列 方樹、凡水、月斗、蓼井、万十

 

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安田万十宛月斗書簡  昭和九年八月六日

 

  我裸晝の蚊に食はれ夜の蚊に食はれ  月斗

餘り写真が甘いので見る程の者がくれくれと申す也

雷音来報によれば露舐来阪万十来阪近々との事空襲に

つぐに句襲を以てす大阪陣の構へや如何

大阪暑気釜中にあるに等し 然し冷酒あり鱧あり鱸あ

り来阪を待つ

写真は如何ほど送るべきや署名は如何にすべきや貴書

几邊に見出でず更に来示待

                     月斗

  万十丈

 

 

 

 父月斗の思い出

             岡本百合子

 

 古いアルバムを開いて見ていると、珍しい裸の父の写真がありました。東京同人句会のために、上京して河東家に泊っていた時の事です。私は女学校を卒業して河東家に同居していました。父の上京して来るのが、とても嬉しくて待遠しいでした。

 ある日、安田万十さんが、父を尋ねて河東宅に来られました。「先生今日は写真を撮らせて頂きます」と言ってフンドシ一つの父を座らせて、シャッターを切られました。父は肥えて肌が白くて綺麗でした。碧梧桐に嫁している父の妹(茂枝)叔母は写真を見て、兄さんと私と代っていれば良かったと言われました。思えば父は夏は裸で暮す方が多いでした。(以下略)

 

「春星」昭和六十三年三月号より

 

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