俳畫漫談
靑木月斗
俳畫とは俳句なり俳諧的興趣なりを表現した繪をいふのである。
南畫と文人畫と云ふのがある。それは意の十分ある文人達が描く專門的に習熟しない畫をいふのである。專門に習熟してない為に技巧的には缺けてゐるが、その文事によつて出來てゐる人格的な表現が窺はれて面白いものがある。
俳畫も文人畫と同じやうに、表現技巧の練習が專門的に足りなくても、俳句的に出來上つてをればある程度までは許される點を持てゐる。
子規全集の「靑梅」｢櫻んぼ｣の繪などは、子規居士が病床のスケツチであるが甚だ面白い。子規居士は俳句も客觀的に、和歌のほうも客觀的の量分が多く、文章の方も寫生文の一派を起した。子規居士の繪も全く寫生一本であるが、それが大方面白く出來てゐる。
寫生は繪畫の基礎と云つてよい。假りに子規居士の繪に就いて云ふが、居士は病床に就いてから繪を描かれるやうになつたので、その前は繪は描かれなかつた。(少年時代の竹の繪などは別として、)淺井忠、中村不折、下村爲山等の專門家が居士の病床に繪の話をしたのが、子規居士の繪の手引きであつたのである。病床の居士は枕頭の鉢植をスケツチするか、ガラス越しの庭をスケツチするより外はなかつた。それでも子規居士の繪は面白い。
一口に云ふと狹い狹い天地の中で、短い時間の中の子規居士の繪の面白いのは、子規居士の人格の表はれである爲めである。も少し具體的に云ふと、俳句で鍛へ上げた境涯は繪の上にも直ちに通ふ處があつて、枕上の小寫生にあつても、｢觀察―見方―｣と、｢省略―描寫の上にかかつて入用でないものを省く―｣と、｢筆觸―これは俳畫の如きものでは生命的な味である―｣とが、うまく出てゐるので面白いものが出來上つたのである。
子規居士の繪と對照的に漱石氏の繪に一言及ぶ。漱石氏の繪は、初めは津田靑楓などから聽いたので忠實な靜物の寫生などもあるが次第に支那畫などを面白がつて模倣してゆき、又古畫などの研究にも入り、寫眞版などで見ると、名人の域に入るものの如き繪を殘してゐる。漱石は子規の寫生に對して、古畫の粉本などに據つた作畫の面白い大作(子規に比して)を遺してゐる。
子規と漱石の繪を比べれば、或は漱石の創作と子規の墨汁一滴との比較にもはまるが、俳句的、俳句趣味、俳句觀察、俳句感情などは漱石より子規の繪により多く見出せる。故に俳畫としては子規居士の繪に左袒せねばならぬ。
不折と爲山兩氏の繪も子規と漱石の比較に當てはまる。努力がつくり上げた不折は日本的或は世界的の大家になりすましてゐるが、爲山は不折の勤勉努力が無い爲に、日本的にも名聲なり、作品を示してゐない。が俳畫として見れば、爲山の俳的情趣には不折は及ぶべくもない。洋畫家としては、爲山は作品を示さぬ爲め(明治大正名作展などに爲山の繪を見ると天才的な輝きを發揮してゐる。)不折の敵でない。不折は雪舟、雪村模倣の繪を描いて一世を風靡した。又俳畫も餘勢を以て世間を渦卷かしたが、不折の繪には俳的情味のあるものは稀であると云つてよい。それは不折が俳句を知らない爲めである。そこになると爲山は牛伴として子規傘下の立派な俳人である事と、爲山の趣味的な人格が俳畫を爲さしめてゐるのである。
子規・漱石、爲山・不折、俳畫の專門的と否とにかかはらず立派なものがのこされてゐる。繪として見て行く上に餘りに拙いが、俳趣の見るべきものが存する人をあげて見よう。
高井几董に小林一茶、几董は蕪村門の逸、句は俊敏なものだが、繪は關心しなかつたものと見える、がそれでも人に進められて描いたのであらう。秋草の繪を見たことがある。矢張りそれに句の贊があつて面白く眺められる。一茶の繪ときては幼稚園の子供のやうな人物(自畫像らしい)だの、山だの、犬だの家だのがある。いづれも句贊があつて初めて面白い。極端に云へば一茶の如き繪でも俳畫で通るのである。然し一言云つて置かねばならぬのは、一茶の繪はそれでも自分の創造である事である。
今一茶の繪をまねてそのまま描いてをれば、それは價値も何もない月並なものである。几董でも一茶でも自己を描いてゐる點と、必ず句がある點で面白さを見せてゐるものである。
繪を立派にやる俳人の中に創造の繪がないのは遺憾である。技巧の練習が無ければ、繪の表現が出來ないのだから入用な事は論を俟たぬが、習熟の味だけでは、繪職人になつてしまふ。四條風の呉春は、半切や小品に俳趣の橫溢したものを見せてゐるが、弟の景文になると呉春の模倣より一歩も出てゐない。たゞ習熟の妙を示してゐるだけである。芳園、完瑛となると彌々、習熟技巧だけに陷入つてゐるのである。同じ蕪村門でも月溪(呉春)は自己を出してゐるが、九老は近江蕪村など云はれてゐるが自分を出してゐない。月溪は句を作つたが、梅亭(九老)は句精進が足りないなどが因して居るのであらう。
畫家で句の贊を用ゐたものを世間では一概に俳畫と云ふが、川端玉章だの、今尾景年だの云ふのが、晩年句を弄んでそれを書いたが句が月並である如く、俳畫の趣が更に出てゐない。唯略畫と月並の句が併べ書かれてゐるに過ぎぬ。そこになると俳句の味解のあつた久保田米僊などの畫には俳畫として見て面白いものがある。
大伴大江丸(舊國)が畫贊ものを、ちょいちょい見るが、大江丸が北陸道の寫生帳を見て驚いた。(同人、昭和二年七月號に五十ページ以上にわたつた縮寫がある。)實にうまいもので、嘗て大觀、觀山、未醒等の東海道繪卷を見たが、決して大江丸のものが、それに劣つてゐない。忠實な寫生畫である。大江丸は俳句より文章、文章より繪がうまいと云へよう。
俳畫と云ふものが嚴格に云つて獨立し得るか否かとも思はれるが、大江丸の北陸道畫圖などを俳畫と見れば堂々たるものである。一般俳畫と云へば量に於て倭少なもの、又月並の句がいつの時代でもはびこつてゐる如く、風流風雅などと稱へて低級な繪を俳畫として流布されてゐる爲に畫人などには俳畫を認めてゐぬ向もあるやうだが、我輩などは量が小さくてもひびきが大きければ尊重して行くのである。徒らな勞作などは見てゐてわづらはしさがあるだけである。極彩色の六曲一双、かつては文展に出たものなどの無感激なものより、小品の墨畫で氣品生動の俳畫を見ると、たまらなく動かされる。量の問題でない、質の問題である。
俳畫と云はず日本畫は小さいものの方が適してゐるのではなからうか。繪畫の本能から云つては間違つてゐるのだが、日本の建築から云つて床の間に掛けるもの、壁間に掲げるもの、部屋の隅に引くものになつてゐる繪畫の鑑賞區域から云つても、量の小なるものになつてゐる。俳畫はカンバスに油で描くより、紙に墨と水繪の具で描く方が適してゐる。六曲より二タ折、尺八尺五より半切又は三つ切り、或は橫ものの小品の方が俳畫には適してゐるやうだ。色彩より墨畫の方が、絹より紙の方が適してゐるやうだ。
俳畫は傘一本でもよい、筍一つでもよい、木の葉を二三散らしたのでもよい。それが端的に觀られ、描かれてあれば俳趣は出る。と云つて俳畫はそんなものが全部ではない。油繪でも水彩繪でも鉛筆畫でも、俳味の出てゐるものは俳畫と云つてよい。が紙に墨の方が表現の眞髓に觸れ易いのである。
この間丹後時代の蕪村を見歩いたが、與謝村の某家で、聯落に彭城百川が鵲が一ぴき樹にとまつてゐるのに、蕪村が對を強ひられて、梶の葉を五枚描いてゐるのを見た。三枚を上から下へ同じ間をおいて描き、二葉を重ねるやうに描いてゐるが實によかつた。百川にも蕪村にも句が添へてあつた。
俳句が餘韻とか餘情とか聯想とかに侍つあるが如く、俳畫も端的に描寫してあれば、必ず餘韻餘情がともなつて來る。花甁に二三本の芒と根じめに桔梗の花一二、蕾一二が入れてあれば、秋の野を直覺し、聯想して爽涼の氣を覺えるが、芒も桔梗も甁一ぱいに插し込んであれば蕪雜で暑くるしくてものにならない。これは省略のあるなしによるのである。俳畫が端的にあらねばならぬと云ふのは、この省略を十分用ゐなければならぬと云ふのである。
大阪の三越で、靑郊、靭彦、麥仙等の橫もの小品が展された時に、彼等が俳畫を目がけてゐる、と直感した。ある繪は川海老が三匹描いてある。二ひきは中央やや左よりに接近さして描き、一ぴきは上部左よりに橫に描いてある。それだけであるが、海老の姿體が十分に觀てあり描けてあるので、水中と水の上層にある事が直覺されて生き生きとしてゐる。これが普通であれば必ず藻を描き、水を描き、海老も三びきに止めないで或は紙中一ぱいに七ひきも十ぴきも描いてゐるであらう。さうすると感激も何もなくなるのである。只三びきの海老だけを描いて紙中に多大な餘白を殘してある處に苦心が拂はれてゐる。この繪は實に省略の妙を示してゐた。又瑠璃鳥を松の太い幹に一ぴき描いたものもよかつた。松の幹を下部に一本橫へてその上に紫のよい色のるり鳥をとめた。その位置は左下部であつた。これも普通なら松の枝を描き或は葉まで丁寧に描き添へるのである。それをしないでゐる處に淸新味がある。よく觀察して端的に描く。云ひかへれば十分寫生してその印象を失はないやうに省略して描く。俳畫の眞諦は此處にある。
新聞の插繪にでも、石井鶴三君のやうなのは俳畫と見られるよいものがある。岡本一平君が眞摯に見てゐる中にはユーモアの噴出があり、俳畫と見られるよいものがある。鶴三君には描寫の上に、一平君のは觀察の上に傑れたものがある。
大觀の繪には才を包んだ拙があつて俳趣がある。廣業には拙を包んだ才筆が見えて俳的の澁味がない。
俳畫には俗な間違つた風流心やおどけた略畫などは斥けねばならぬ。眞面目であらねばならぬ。山陽の耶馬溪繪卷を見たが、眞面目過ぎて硬くて渠の書に及ばなかつた。眞面目といふ事と生硬とは違ふ。仙厓和尚の繪は瓢々乎として法中の狂言のやうだが眞面目がある。瓢逸も眞面目だからよいので、つくりものの瓢逸は醜體である。漫畫でも樂天や一平のには一生懸命の處が見える。不眞面目では描けるものでない。
俳畫は俳句を知つてゐる者、俳句の味解が十分でなくては描けぬ。これが根本問題である。俳句が解らぬ者に俳畫は出來ない。形の似たものは描けようが、本統のものは出來ない。俳畫がわかつた上で、十分な觀察をし、寫生し、そして寫生を脱却する迄に省略して端的に描く。これが俳畫である。