改造社現代日本文学全集所載句

 

 

 新年

 元日や一舟行かず川静

初鏡五十の面剃りにけり

初芝居大阪が持つ鴈治郎

聖旦や蒼生の賀に

屠蘇の酔金短冊に覚束な

淀川や水の碧に初明り

 

 

 奈良一日寒き佛と梅の花

燈籠に残る鍍金や梅の花

山峡を朝に下る霞かな

峡中の遅日鶯鳴きにけり

春陰にかり寐さめたる欠

春暁や煉香匂ふ枕上

遅き日や机の前の川の色

城頭に大阪を観る霞かな

春晝や瀬につき立てし竹動く

囀って囀って野を曇らしぬ

昨日見し女に逢ひぬ花の旅

酔へば寐る癖を春夜の憚りに

連翹の覗ける塀や醍醐道

久方の月の仄かに春の雨

壺焼や云ひ脱ぐ旅合羽

 

舟中に山を仰ぐや青嵐

神楽歌聞ゆる宮の茂り哉

乍雨乍晴や今年竹

百合の蕾狐の顔に似たる哉

黴の香も物なつかしき佛間かな

梅雨茸や芝積み小屋の立ち腐れ

吉野川の落花ふくみし鮎なる歟

白雲の峯つくりすや月の前

若楓風雨の山となりにけり

夕立や夜宮の町の宵の程

大雨に濁りかへせし植田かな

ことりとも庭木動かぬ暑さ哉

夕凪のとけて来りし涼みかな

箪焜爐の灰を飛ばしけり

涼み寝や隣家の蟲のよき聲に

 

 

 天の川夜汐音なくなりにけり

萩の花畫僧久しく便りなき

朝顔やよべ焚きすてし花火屑

山の燈の消えてはとぼる野分かな

蟲の中に寐てしまひたる小村かな

雁鳴くや浦の泊りの波の音

稲の花朝日涼しくなりにけり

秋の夜や旅籠の硯中凹み

山本や露の燈の三五軒

蠟燭に佛拝むや秋の昏

粧ふ山峰より飛泉懸けにけり

落日が一時赤し稲を刈る

末枯や竹積む馬に道ゆづ

行秋や日々に瞑さの北の海

宮様の杜黒々と夜寒かな

 

春日野や留守も鹿のそぞろ哉

凩や日暮したる金福寺

朝寐よし庭の焚火を聞きながら

山深み幽禽鳴いて水涸るる

大風の日を曇らする枯木哉

まっ黒な小家解きゐる冬野哉

冬籠死灰に似たる心かな

冱にある草木にのぼる朝日かな

寒聲や目鼻そがるる向う風

蕪村忌や蕪村を知れる人や誰

風落ちしあとの寒さの年の暮

宮の枯木白な富士の見ゆる也

炭ついで主人見せけり翡翠環

霜の鐘芒が骨となる夜哉

飄々と風に一羽や寒鴉

 

 

 

   改造社 昭和四年九月十八日発行

 

 

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