化政期俳人短冊より

 

 

 

 

鯛腐る夜風吹なりほとゝきす      篤老

 

年木つむや隣へかよふみちをあけて 茶山

 

唐土の江もおもはるゝ柳かな      月居

 

菊の香をひき起したるしくれかな    長斎

 

 

篤老

篤老園、初め六合門、後ち闌更門、芸州広島人、医を業と、文政九年没。享年四十九。

茶山

菅氏(菅波を修して菅と云ふ)、名晋帥、字禮郷、称太仲、備後神辺人、黄葉夕陽村舎を営んで(山陽、塾頭たりしことあり)儒を業と、文政十年没、享年八十。

月居

江森氏、些居、竹巣と号す、蕪村門、京都人、化成度俳壇の牛耳を執り、道彦、士朗と共に三大家と称せらる、村田春門に学び和歌を能す、文政七年没、享年七十九、墓は金福寺に蕪村と並ぶ。

長斎

七五三氏、名公斎、字廷美、称作右衛門、放雀園、柿壺と号す、大魯門、大阪人、文政七年没、享年六十八。著「萬家人名録」。

 

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