久世車春

 

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久世車春句抄(明三九から昭九まで 季別年代順 島春編)

 

 夏之部3

 

 

黄な色が多く咲きゐる日照草

背戸の燈を目がけて来るや燈取虫

父の墓槇の若葉が囲みけり

帰るまで筍さげて歩きけり

筍を括る縄切れ捜しけり

蟇月下に背の光りけり

古庭の主とも見ゆれ蟇

咲き出でし松葉牡丹や黄が多く

葉桜にもちこたへたる雨落つる

浅々と重なる山や五月晴

をんこくの眠たうなりて戻りけり

大風に乳のちきれし幟かな

繭買が猫の太りをほめにけり

繭買や何処まで歩く身こしらへ

二煎目の早味気なき新茶哉

繭買を疎ンじつつも売りにけり

葉柳や汐が芥を上げて来る

さめがてに又酒呼びぬ花の冷

句に遊ぶ筍飯の出来る間を

掘りたての筍を煮てもらひけり

蚋にまけて遠足の子が戻りけり

蕗とりつしたたか蚋にくはれけり

岨道に水をふきをり五月闇

山の池鮒よく釣るる五月闇

商売を今日初めけり更衣

幕間に女の扇借りにけり

年々に貰ひたまりし扇かな

行燈の紙がたるみぬ五月雨

早々と店を仕舞ひぬ五月雨

若竹や水溢れたる手水鉢

麦刈ってはたりはたりと倒しけり

麦刈のがぶがぶ水を飲みにけり

麦刈のいらいらむれる日なるかな

麦刈や朝の涼しさ束の間に

麦刈や麦の間の風涼し

短夜や店を仕舞ふは一時二時

短夜の闇を作りぬ庭の竹

角帯に角の痛みし扇かな

五月闇瀧のかかれる向ふ山

五月闇水車へ水の走りけり

青白く紫陽花咲けり五月闇

百合の香の漂ふ野辺の五月闇

涼しさは草花描きしのれんかな

紗ののれん透して庭の茂りかな

青梅の落ちこみにけり蕗の中

雲の峰盥の水は湯の如し

平土間は扇を以て埋まりぬ

ゆらゆらと荷ひ来にけり忍売

吊忍世のつめたさに慣れて住む

一間あれば住むに足る也吊忍

門川に浸けて水しぬ吊忍

吊忍悲しまざれど淋しけれ

晩涼の一景趣たり吊忍

吊忍世の軽薄を疎ンずる

前の山に雲走る也吊忍

吊忍いづくに住むも独りぽち

嗤はれてゐると知りをり吊忍

縁側に吹き込む雨や吊忍

縁の日はすぐ移る也吊忍

吊忍待ちかねし雨来りけり

吊忍金魚の鉢にうつりけり

吊忍人があたりて廻りけり

吊忍しばらく朝日あたるなり

頭打つところに在りぬ吊忍

ほめく足縁に投げけり吊忍

吊忍梅焼酎を膳の上

母一人住んでゐましぬ吊忍

今年に入りての暑さ吊忍

大阪の祭はじまる吊忍

忍吊って古き船場の家のさま

竹縁の竹の青しや吊忍

麻のれん家古めけり吊忍

吊忍何處か降りし風の冷え

日中の水喜べり吊忍

吊忍雨戸を開けて寝たりけり

明方はさすがに涼し吊忍

吊忍夕立逃げてしまひけり

水打つに向ひ隣も水打ちぬ

水打ちし跣足風呂場へ廻りけり

水打つを待ちゐる庭の芭蕉哉

水打ちしあとより雨の来りけり

遠雷を耳にしつ水打ちにけり

にぎはしや風の立つ日の花石榴

甘酒を飲み重ねけり汗涼し

抱きし子の頭の下の暑さかな

庭暑し三年竹の枯れ見する

整然と帷子着たる涼しさよ

藺を刈るや息をつく間もなかりけり

藺田の泥鉛とけたる如きかな

藺を刈るに汗の焦げつく背中哉

広き藺田またたくうちに刈上げぬ

長々と刈藺振りけり日の光り

晩涼に刈藺すがしく匂ひけり

天瓜粉打ちたまりけり手足の輪

田の風に乗って来にけり燈取虫

帳つけをいやいやするや燈取虫

次々と人が来にけり昼寝時

誰か来て去にし気配や昼寝醒

暖簾の風が昼寝を誘ひけり

片陰へ昼寝そびれて出たりけり

片陰を鮎売急ぎ走りけり

塗床に埃の乗りし暑さかな

片陰に山梔子の花白きかな

逞しき犬を連れけり日焼人

朝顔に丹精するや日焼人

むら雲に土用の月の上りけり

舌頭に崩るる味や冷奴

強き酒好む主人や冷奴

冷奴水に蓼の葉浮かせけり

噛みあてし苦き柚の香や冷奴

冷奴紫蘇を過分に刻ませぬ

掌中に焼けたるのどや冷奴

雲湧きて涼しき月や冷奴

平八の清水つめたし冷奴

思ふこと云はで酔ひけり冷奴

昨日より今日又暑し冷奴

北山は夕立すらし冷奴

思ふこと云ひてあとなし冷奴

盃をさせば辞せざり冷奴

老い初めし心に似たり冷奴

冷奴男所帯に慣れにけり

幾度も水を替へけり冷奴

冷奴崩れて水の濁りけり

ひがみたる心悲しみ冷奴

修竹に床几置きけり冷奴

冷奴切子の鉢の露曇り

ぬける程降ってやみけり冷奴

此程は食に欲なし冷奴

冷奴瑠璃の鉢銀の網杓子

疎くなりし友どち思ひ冷奴

冷奴魚を食へば鮎をこそ

湯上りの汗納まりぬ冷奴

凌宵の色がうつりぬ冷奴

燈火の色ちらつくや冷奴

冷奴頓に酒の手上りたる

おほかたのものに飽きけり冷奴

冷奴月の出おそくなりにけり

淡々と腹ふくらせぬ冷奴

冷奴風が芭蕉を煽ちけり

冷奴冷え切って水の薄濁り

縁端の薄くらがりや冷奴

腹立てしあとの淋しや冷奴

燈火に風流るるや冷奴

明日もまだ降らぬ空やな冷奴

冷奴酒の長きを疎まるる

冷奴再び庭に水打たす

紙魚打って表紙汚しぬ寒山詩

窓外の日南へ紙魚を払ひけり

大阪の生へぬきにして夏祭

竹床几京の飛脚が持って来し

竹床几夜露下りると仕舞ひけり

竹床几都門の塵の収まりぬ

竹床几起居に竹のきしみけり

竹床几入れて框を卸しけり

竹床几隣の娘来て去りし

甚平を着たるあろじや竹床几

打水にぬれてゐたりし竹床几

揚げ店へ子等集ひけり立版古

夕立のしぶきかかりぬ立版古

立版古油が飛んで汚れけり

立版古門は夜店の人通り

立版古町内一と誇り貌

立版古阿波座烏が見て通る

立版古雨の降る日もともす也

くつろぎて茶を煮る雨や若楓

若竹の頭茂りて撓ひけり

若竹や雨の降る夜の薄明り

親竹に撓ひかかりぬ今年竹

日は午に若竹の葉の躍り合ふ

五月雨の夜の沈々と港町

水打って雛罌粟の花散らしけり

竹藪にざぶざぶ水を打ちにけり

の花にすがしき雨の降りにけり

酔醒めて蚊屋に寝てゐるを怪しみぬ

久々の一日旅やひとえもの

遊ぶ子の単衣すら暑がりぬ

緑陰につめたき水を汲みにけり

久々の日本服や新茶煮る

石卓の切子の鉢の苺かな

語り耽る苺の砂糖流るるも

青竹の爐屏囲ひつ新茶煮る

やはらかに伸びたる歯朶や梅雨の庭

短夜の庭を洗ひし一雨かな

短夜の月がさしけり枕上ミ

子の飼へる蚕繭しぬ二十ほど

短夜の枕に頭痺れけり

たまたまに田植の留守へ来りけり

田植人湿りし莨つよく吸ふ

田植の手草に拭うて莨かな

起きてより寝るまで麦茶がぶがぶと

麦茶冷し釣瓶をあてて凹ましぬ

麦茶冷しと西瓜の綱と井戸側に

麦茶冷し上ぐれば飲んでしまひけり

ひる過ぎに又沸したる麦茶哉

一釜の麦茶尽きたり朝の間に

白玉の水くさくしてつめたけれ

来し汗にざぶざぶ水を汲みくれぬ

油虫畳の焦げが走るかな

蜂来るや盆に捨てたる枇杷の皮

枇杷の種指の間を辷りけり

 八月十一日横島行(十句)

島の蚊は蜂ほどあって噛みつきぬ

濱納涼のどの渇きに西瓜割る

向ひ島の燈更けたり濱納涼

杜涼し昼の梟鳴きにけり

満ち潮に椅子すさらしぬ濱納涼

人のなきあたり喜び泳ぎけり

雨晴れて又一泳ぎして帰る

泳ぎ人につめたく雨のかかりけり

ぎす鳴くや暑中休暇の小学校

濱納涼海に西瓜をひやしけり

 

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