久世車春

 

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久世車春句抄(明三九から昭九まで 季別年代順 島春編)

 

 春之部4

 

 

蔭もちて塊乾く春日かな

春の日を一日浴びて戻りけり

一日の春日にやけて戻りけり

淋しさに堪へて住みけり松の花

松の花朝の寒さに障子閉づ

一喝を喫して帰る松の花

春泥に艾の葉裏白きかな

伐り竹引つりをりぬ春の泥

雨の日や人の門辺に鳴く蛙

鯛網を船傾けて見たりけり

艾摘むや前に摘みしは萎れを

霞みけり後ろ高みに小松原

黄昏の一時明き霞かな

炉塞ぎし上に机を据ゑにけり

出代りの其の日になり胸ふくれ

豆腐汁乏しき芹を浮かせけり

雑巾の数刺し置きて出代り

雑炊にたけしき芹の匂ひかな

若菜売つめたき雨に来りけり

一村の燈が列れる朧かな

畝の上に伸び上りけり春大根

町の燈に草摘みやめて帰るなり

ぼとぼとと沼に降りけり春の雪

宵の春皆酔へる坐にまゐりけり

火になりし粉炭うれしき余寒哉

春の雨花売の荷の木蓮に

雪解水野のあちこちに光りけり

湯気上げて乾く藁屋根落花哉

若くますすめろぎ仰ぎ紀元節

春雪に国旗掲げぬ紀元節

土砂降となりたる暮の桜かな

花散るや雨が洗ひし甃

一客に更けて燈せり花見茶屋

風折々花の篝を横なぐり

苔むせる太しき幹の桜かな

春眠の足一杯にのばしけり

春眠や誰やらが来て話しゐる

暖まる枕春眠誘ひけり

 祝蔦子娘結婚二句

東京に一人増しけり花の人

春霖も二人であれば好もしや

弁当の中へ雲雀落ち来れ

春惜む心に遊びつのりけり

惜春や囲ひの燈明るうす

園の塵掃くにも春を惜しみつつ

春惜む思ひぞ増され雨の日は

山吹の垣根に落花たまりけり

花の散る山田に水を入れにけり

桜鯛朱で面とりし魚箱

雨上り土の黒きに豆の花

車よけし人に踏れぬ豆の花

種卸しある田に浮ける落花かな

木の芽山風が渡れば光りけり

春昼の牛小屋暗し牛坐る

木の芽山へ柴しに牛を上げにけり

藤棚や里の小川の洗ひ場に

ゆたかなる腹のふくれや桜鯛

帰り来て国好もしや桜鯛

日当りの変りし庭や水温む

老いることも興なしとせず年の豆

初午や皆が泣きたる辛子和

春の雪侮り出しが困じけり

下萌の日南がぬくうなりにけり

下萌や風強けれど寒からず

春浅き溝を走りぬどぶ

闇の中野火を映せる池広く

消えがての野火の煙の旺ンなり

生けにくきやうに木蓮曲りけり

時に木蓮咲いてしまふかな

河尻の波も立てざる春の海

花過ぎて人は来ぬ也囀れる

古雛幾度移り住みにけん

春めくや去年継ぎたる柿の苗

黄昏に親が戻らぬ雀の子

南に傾く藪や風光る

遠くより目あての花を望みつつ

花の茶屋茶に酒の香の交りけり

雛の灯の人の出入にゆらぎけり

ほつほつと人がへりけり夜の花

野遊の遠きに水を汲みにけり

絵唐津の歪の鉢や蕨餅

ひるからは腹へること麗に

 

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