久世車春

 

8

 

久世車春句抄(明三九から昭九まで 季別年代順 島春編)

 

 夏之部1

 

 

宇治の寺醍醐の寺の牡丹哉

老を鳴く鶯古き馴染かな

雷に竹の皮散る朝かな

井晒して西瓜燈籠に燈を入るる

裸身に団扇角なる亭主哉

植あまり束ねさしある早苗哉

植ゑ終へし田に夕焼の雲映る

田植女の田に居並べる斜哉

湯に連れて菖蒲に乗せる子供哉

蝸牛の卑怯を嗤ふ毛虫かな

墨つけて穂の太る筆風薫る

上り終へて下り路ゆるし風薫る

代々句下手伝はる季寄虫干す

虫干や山のお寺の毛虫時

蝉鳴くや簾おろして二三軒

施米する程は米あるうれしさよ

一樹あり飽く枇杷の庵哉

温泉の山もいやになりけり百日紅

脱ぎ捨つもゆる衣も古りにけり

あるを渡らで渉る夏の川

関原山の照射が見ゆる也

湧き湧きて此処に湧きよる清水哉

あぢさゐを圧して比叡の曇り哉

夏山や南蛮に備ふ城普請

長嘯す流浪の人や夏帽子

遠雷や庭木に白き蝶の飛ぶ

樟の葉をす矢数の篝哉

矢数すんで二日や京を見て巡る

石そぐわぬに雨を待つ庭蝉暑し

杉につく死雲や蝉の声

酔筆を洒々一蝶が袷かな

竹植て丹念描く鳳尾哉

社務所の玄関小暗し桐の花

同じもの二度着ぬ主の牡丹哉

宿酔の薬は酒や散る牡丹

溜め算の合はで更けるや燈取虫

晨星の四五も消えそや幟上

葛水や弟子僧と居間替へて住む

時鳥きき初めし坊の余花の昼

余花仄か懐郷の念そぞろ哉

薫風や砂に食入る波頭

罌粟散るやふと口に乗る忘れ歌

凪ごと吹く風浜畑の罌粟坊主

子を買はう売ろう遊びや蚊喰鳥

明易き夜の川尻の四つ手哉

常夏やずり登れぬ砂の山

立てる親の日傘の陰に子の遊ぶ

霍乱の人常夏に坐りけり

外柔内硬の文姿芭蕉の玉を巻く

師の獅子吼耳底に新茶すすりけり

雲栄えて舸子の宵明し蚊喰鳥

大船の玲ら入る日や富士雪解

 与市兵衛忌

年六十四苦八苦なる忌日哉

 青法師に

君が移居避暑にさも似て涼しさよ

葉柳や午憩みゐる石割女

雷やがて遠しただ降る雨となり

楠一樹蔭百畳や心太

鬼の雪隠鬼の俎青すすき

何掘りし土の匂ひや青芒

よき金魚我に飼はれて我淋し

燭消せば闇の花なる金魚哉

咲き盛る夾竹桃に夕日哉

 千里を隔てて住む

妻に如く女を見ざり袷かな

 自嘲

あぢさゐやなまじ文字知るならずもの

秋近き火に吹革する鍛冶屋哉

水打って今日暮れて行く市街哉

鶏描いて若冲住めり若楓

今日の日も山に入りけり百日紅

生きてゐることがおそろし百日紅

したたかに水打つ庭や若楓

袷着し膝なめらかに女かな

抛たん万金を抱く袷かな

いさぎよく金を費うて午寐かな

 深更句選を了

燈取虫一所に誘ふ燈を消しぬ

燈を消せば五月雨白む障子哉

五月雨の山へ道ある鳥居哉

船来り去る五月雨の港かな

おだやかに朝の日のある幟哉

山坊の余花に風雨のある夜哉

蝙蝠や黄昏に出る終列車

涼しさの山負うてゐる湯殿哉

涼しさに子を歩かせて見たりけり

青すだれ見るうちに浪高くなる

里人が筍くれぬ重かりし

あぢきなく乾く土産の筍よ

霧襲ひ来て寒うなる若葉哉

更衣少しく降りて埃なし

五月雨や黒々ぬれて牛戻る

五月雨に堪へて砂原広ある

袷着て酒飲むことのつづきけり

桶に挿す春も名残の草花哉

窓開けて五月の家や海に向く

だんだんとその険しさ桐の花

更衣町の高みへ歩きけり

夕立や山の燈殊に高々と

土曜の夜気安く更かす薄暑哉

時鳥小雨の空の深々と

澄み切りし薄暑の水の豆腐哉

草の庵一杯の蚊帳つりにけり

馬を洗う涼しく土手に追ひぐる

朝の雨早乾きけり乙鳥

笹敷きし鮎の光りや惚れて買

水乞へば筍うでる匂ひかな

蠅追ふや病不治とは告げも得ず

雨を趁ふ風の早さや花樗

涼しさの城正面や橋の上

若葉していよいよ暗し檪原

 六月三十日夜父危篤の電話あり

扇さへとりあへず汽車に乗りにけり

 七月三日午後十一時五十分父逝く

母なき子父にも別れ夏祭

大阪は雨の甍や幟竿

菖蒲湯や我子最もよろよろと

甘酒屋釡光らせて祭かな

筍を太しき縄に括りたり

若竹の葉の色を何といふべしや

望み行くや余花仄かなる嵐山

雨足りし山の青さや籐椅子に

足組みし裾のほつれや籐椅子に

燈火に遠ざかりたる籐椅子に

烈日の下に風ある蓮池哉

暁に大雨やみたる蓮池哉

家中でここが涼しき午寐哉

貧乏が煮る茶涼しや花樗

貧しき茶煮るや芭蕉の玉を巻く

極楽の風が吹き来る昼寝哉

夜の河に燈一つ浮かせ投網舟

夕凪や燈を斥けて縁にゐる

大雷雨からりと晴れし芭蕉哉

枇杷葉湯声爽に町の角

山の庵暗くなりたる若葉哉

眠られず籠の水蜜うれる香よ

 

次へ