久世車春

 

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久世車春句抄(明三九から昭九まで 季別年代順 島春編)

 

 夏之部2

 

 

羅や女ざかりの一家内

袷着て少しの寒さ亦よろ

謡で嗄れしのんどに熱き新茶哉

海原を叩きて雹のつのりけり

梅雨の海油の如く動きけり

梅雨空に月を見せたる夕かな

忽ちに間近くなりぬはたた

籐椅子や眼前の島仙酔島

(鞆)観音へ舟で詣りぬ青嵐

島山の若葉に暮色迫りけり

端居して蚊に食はれたる不覚哉

はしゐすや月の出おそくなりにけり

端居すや漸くにして島燈る

朝鮮の蠅にもなれて住みにけり

短夜の月照る庭の湿り哉

梅雨の山黒々として迫りけり

甘酒屋荷の燈よすが帰る也

甘酒を竹の床几にすすりけり

明易き水に散りけり花柘榴

青芒端山に残る朝の月

青芒川の瀬迅くなるところ

上り切ってゆるき下りや青芒

若竹の庭に面しぬ銀襖

日盛の車に油さしにけり

裸なる書斎へ人の来りけり

汗の裸油浴びたる如きかな

湖の水の暑しや油照り

かりそめに出て雷に逢ひにけり

雷や茶の間へ寄りし一家内

棕櫚の花島の南の潮風に

秋近き竹は根あけぬ縦横に

秋近し芭蕉の幹のつやつやと

人通り途絶えし午や棕櫚の花

しげし人来ては去る野の木陰

蝉鳴くや庭の芭蕉にはたと来て

家内中昼寝しゐるに参りけり

午すぎて天気落ちたる牡丹哉

門の井に崩れかかりし牡丹哉

一園の牡丹傾き終りけり

此あたり門辺門辺の牡丹かな

藪表暑さよろこび棕櫚の花

起き起きの眼が菖蒲湯に醒めにけり

菖蒲屑玉の肌へにつきにけり

燈火の白く明るき薄暑かな

大寺の薄暑の庭や一花なし

梅干すに邪魔な紫陽花括りけり

して建たぬ家や草茂る

ずばと剪ってくれし牡丹に圧されけり

牡丹の庭に下り立つ皮草履

牡丹生け女の顔を髣髴す

逸早く着て朝寒き袷かな

袷着て新茶の走り煮たりけり

植ゑし田の水徐ろに澄みにけり

ふところに雨徹りたる田植哉

若竹や雨の障子をしめてある

六月の山黒みたり南に

柘榴咲いて雨続きなる五月哉

朝少し降りたる山の若葉かな

紅罌粟の坊主の中の一花哉

簗上げてある叢や花茨

甘籃に朝の小雨の溜りゐつ

馬鈴薯の花や社宅の裏畑

叢に蛇の尾ちらと見たりけり

白き蝶庭はなれざる薄暑哉

夕つくや薄暑の藪の竹の艶

行水に子を捜しけり蚊喰鳥

蝙蝠や夕やけの空さめて行く

岡山のお城は黒し蚊喰鳥

梅を干す匂ひ涼しや夜の庭

干梅に筵のかたがつきにけり

遠山は雨降れるらし心太

街道を葭簀に蔽ひ心太

心太熱あるのどへすべり込みぬ

心太ものかげもなき行手かな

午飯はぬ慣ひや心太

青すだれ山遠のきて見ゆる

一瓶の軽き草花や青すだれ

夏木立出でて湖水を見はるかす

夏木立雲の飛ぶこと迅き

石尻につめたし夏木立

御先祖は医者の画像や土用干

土用干庭の毛虫も焼きにけり

曝書風松の木の間を冷めて来る

曝書人庭の石榴を食らひけ

炎天の町見下ろすも一景趣

炎天に逆ら快や歩きけり

夏山へ日の出づる頃かかりけり

明方の水々しさに夏の山

納涼床枝豆売を待ちにけり

青蔦のつやつや光り這へりけり

青蔦や日も透さざる深さに

なり汗流るるに任せつつ

青蔦に乱れ飛びゐつ雨蛙

夏深き空の色か暮れかかる

久々の雨や山野の夏深く

蜜豆を子に誘はれて食うけり

蜜豆のあとのねばりを疎みけり

酒のあと蜜豆はれ食らひけ

羽抜けて悄然とある鸚鵡かな

曇りつつ夜となりぬれば夏の月

石つけて瓜沈めある泉かな

真面目なる顔がをかしや羽抜鳥

皆昼寝してゐるらしし戻りけり

道に水のり夕立やまぬか

茄子汁寝てからのどが渇きけり

来るぞてふ声より早く夕立す

松林の風に日傘をたたみけり

姉妹対の日傘を廻し行く

温泉の町を歩きつくせし日傘哉

夕空の静かに映り水馬

水馬暮色這ひ来る水の上

水馬繁くなりたる雨の脚

大粒の雨が落ち来ぬ水馬

此あたり樫の茂れる泉かな

鮮けき苔や泉のつめたさに

蝿打って腰の折れたる団かな

古団打捨てもせで嵩高な

客去りしあとの団の散乱す

夜芝居に団忘れて帰りけり

山風が行水の背に沁みにけり

の陰に行水の湯を鳴らしゐつ

夾竹桃夕日が殊に暑き哉

天瓜粉対の浴衣で遊びゐる

天瓜粉打って縁側汚しけり

天瓜粉真白く打って来りけり

藪の竹蟻上らぬはかりけり

瓜ばかり食う夏痩したりけり

夏痩の顔隈つくる燈かな

夏痩の肌に帷子ざらつき

都人茄子作り屋根の上

涼む燈に勢尽し来ぬ燈取虫

夕立や藪の動乱すさまじく

昼寝さめて庭にしたたか水打ちぬ

舌の上にとける茄子や茄子汁

 

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