島春二十代句抄(3)

 

昭和二十九年(二十二歳)

 

昼冷むる湯婆の呟きなりし

吾が赤き口腔を雪へ欠び

懐手ポストの前に立ち解かれ

平明の眠りより覚め雪積みゐし

隙間風仏壇のもの鳴りしなり

隙間風家具の紋所の古りし

孤り行く枯野にてしきりに渇く

退屈な枯野や風に背を押され

月は色に出でて枯野は靄となる

酒燃えてゐる身体枯野の風に

つまづき行き枯野なる日の親しめず

夕雲の節くれだちて冬極む

冬の夕焼汚れ果てしが失せにけり

ものがたるラジオ息継ぐ夜の凍

何か賭けしごとくに雪崩来りけり

垣結び終へたる口のガム苦く

春寒を白衣の肩にして励む

松丸太明るく春泥に積まれ

春泥の仏具屋の前通りけり

ひたひたと日射に浸る梅震へ

雪明かり時計夕べをかすれ告ぐ

腕時計の刻活き活きと吹雪く中

数歩踏み込み夜の雪の鮮烈さ

変電所の構成春日チカチカす

春枯木一枝づつは力見ゆ

春は土の色斑にてタクシー光り

芦の角生ひ出し金属色の水

心弱る春の川波まことに豊か

宙に見ゆる春雨に無骨なる蘇鉄

雛の宿絵本のごとくありしかな

薔薇の園鼻腔に剰るほどの風

細き魚汀に死んで湖霞む

湖の果てよりの霞が城包む

水浅く鯉なまなまし竹の秋

春水の反映まとひつくべき樹

石の間に春明るさの風充たす

夕べ黄なる春の日射を砂ほぐす

春の日の常にくろぐろ石へ沁む

苔の地を抜け出でし幹春風に

苔の中に位置され石の春日淋し

池の石の芒一本春日景

天白し春風崖の上に鳴り

何となく見定めて居り霞める野

春風の紙片が吾へ逍遥ひ来

新樹積み重ねたる頂きに雲

発たんとす鴎に春の湖淡し

ぶらんこや展がる湖に酔へるかに

靴下を脱ぎてボートや旅にあり

杉菜むしるあまりに脆し人待てば

春の夜の甘いぜんざいにて別る

タクシーの灯は灯は春の夜のリズム

サンドウィチマン春日に泳ぎ遡る

鮎きらりと釣られ胸元に踊る

藤暮れる感じへ吾を溶け込ます

滴れる方に眩しき日ありけり

草笛の疲れたる音ぴいと鳴る

手の甲に夏の静脈浮きにけり

林立す墓石に雷の無策なり

梅雨の中戻って来しが昼寝せり

モーツァルト聴く梅雨の窓ずぶ濡れに

蝿一つしづかにも舞ふ梅雨の部屋

飛行機を嫌悪す梅雨の部屋に居て

蚊帳くぐり吸はるる如く眠りけり

別れ来て蛍冷たき闇永く         

蜘蛛の手は閑な男に見られ居り

 

ここの蜘蛛痩せて居り唾など吐かれ

梅雨明けの雲の余情も暮れてゆく

梅雨明けの眩しさよ思はず笑ふ滝壷のたぎつ明るさを掬ひたし

電車下りたる空へ汗逃げてゆく

帰省子の肩誰彼に叩かるる

炎昼の病に尾骨疲れたり

蟻の前に人差し指を聳たす

膝に扇子を立てて見るべきシネマなり

慨嘆の汗を啜りに蝿寄り来

炎天へ音太く背骨を伸ばす

髪照らす日を蟻の上にも感ず

露草やかなしきことに心張る

露草や鼻痛きまで朝清き

流れ星示ししときの言葉のみ

星流れてはしばらくの無を乱す

稲妻に抹殺されし路上の灯

車の灯星仰ぐ目をたたき過ぐ

八月の松傷ついて匂ひけり

露の野は純粋な空気を充たす

夜の秋鏡台のもの美しく

路埃新月鼻の先に暮れ

頬骨を新月照らすともなくて

人の眼鏡借りし目をふと新月へ

秋の灯や大きな影で人立ち去る

桐一葉地に影を得て直ぐ座る

窓の中で秋の雲拡散しきる

靴底の露にまみれて心足るも

鯊釣りの話となるテニスの疲れ

赤とんぼいくさでありし幼などき

赤とんぼ見上げて夢のような午後

枝豆を食ひ終へ何かやや荒ぶ

たはむれに十字切らるる秋入日

秋の雲天は地よりも豊かなる

憂ひありおどけ案山子を黙過する

秋風に小さな傷の血が丸い

曼珠沙華折り折り居るは淫ら也

顕はるる暁けの野菊の色尊と

沼の面にくっつく空気鳥渡る

秋深し何も産まない語り合い

天仰ぎ秋日輪に遇ひ怯ゆ

秋或る日河が見たくて風を行く

菊人形烈女といふはかくなるや

芒原西の芒は金色に

水涸れし沼の底にて見し笑ひ

少年の世界の喧嘩ポプラ散る 

ブランコに酔ひたる宙やポプラ散る

ポプラ散る友なき両手幹抱き

秋冷の金具一瞥ストーブに待つ

菊芳香痛みのうしおまだ寄せてゐる

黄菊色失せぬ独りでは灯ともされず

秋の灯といふべからざる手術の灯

ガラス戸の歪な鴉そぞろ寒

木枯や部屋にあかんぼ真珠色

懐手空しっとりと青くして

冬日の出今鶏どもが町占める

冬薔薇の一片拾ひ灰皿へ

枯草に耳の孤独を手で覆ふ

冬の月胃のコーヒーに偉大なり

北風や言交はすほどは知らぬ人

北風や理髪店出て硬き髪

どかちんの焚火大きく大きく輪

焚火煙もうもうと一人の幼女

隠れ読む本に冬の日絶えにけり

中年男こんな冬野を屈み行く

 

 

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