松本島春二十代句抄

 

松本島春の句帳より。大歯大在学中は、枚方市岡に下宿。昭和31年夏、三原市に帰郷、父正氣の許にて歯科医業に従事。松本正氣『春星』、菅裸馬『同人』にて指導を受ける。ここに抽出の句は、この両師の選に入った句である。

 

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                            2001.2 この項了

 

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島春二十代句抄(1)

 

 

昭和二十七年(二十歳)

 

魚の屍は冬浪たたく岩に反り

うねうねと寄す冬浪に見る態

ひたに世を怖る寒夜の玻璃透きて

枯野来て思はぬ水のかがやきを

蜘蛛這へる如池の面の蓮の骨

草の間の石ころのふと冬の色

窓開けて雪の白さは鼻襲ふ

黄昏の色は身近き枯木にも

マスクして硝子張の扉押して出る

想ひふと頬火照り来つマスク取る

マスクして来しゆえ暗き女の眼

北方の雲オリーブに水温む

雪晴れし朝山腹にひかる瀧

残る雪眩し働きたき身体

電線の輻輳よ雪嶺遠く置き

頂きの岩の蒼さや春の山

鶯やつつつと迅き雲頭上

鶯やゆたゆた水の揺れてをり

芽立ちたる小さな翳の震へ居り

渓沿ひに石積み春田支へたる

雲雀野や瞼おし開きつつ行く

雲雀野や遮二無二汽車の走るなり

しばらくの風打ち払ふ花一樹

げんげ野の窪みに清き水充たし

土を掘る機械が置かれ葱坊主

春昼を港の波のいそがしく

瞑りて真っ赤な天の雲雀聴く

憂ひ居れば五月の少女眩しかり 

蝿虎日に炒られたる身を弾く

せせらぎに影せし鳥も若葉照り

揚羽蝶二三度崖にすがり得ず

汗ばみて夜空の雲を遠く見る

蛇の衣吹かれては凭る石の角

葵より低き兵士の名の墓標

墓地広く梅雨の百虫集ひ居り

梅雨の灯に置く夕刊の大見出し

憧れもなし赤黒き夏夕日

短夜の土覚めてゐる道あるく

梟鳴く目覚めの夜空夏浅し

川蟹の砂を流れて来る黒さ

うつくしと空見てゐるや緑陰に

緑陰や雲の羅列が遥か行く

炎天の吸殻むせびけぶり居り

 

 

 

かうもりが出でて銅版画の月夜

夜の玻璃戸守宮のパントマイムある

炎天の電車スピードびんびん鳴り

扇風機赤ネクタイを弄ぶ

青竹を打ち割るごとく雷鳴す

石ころの道なり蝉が声浴びせ

ラムネ飲む空に疲れし目を凝らせ

大いなる潮に泳ぎ惧れなし

炎天を来て部屋に入りざまに座し

泳ぎ疲れて砂にじわじわ沈む足

小汽艇繋がれ夏の波集め

提灯に闇仄赤き踊りかな

法師蝉硬く曲がりて松の立つ

街なかの埃の松や法師蝉

吾が歩む方へ烈しきながれ星

カーテンの隙に秋立つ夜の黒さ

秋の日よ墓石の影の蹲り

坂登りつめ秋風の空展く

秋風の輝く坂を吾も行く

虫に似て女は梨を噛んでゐる

桐一葉駆けり来し犬駆けり去る

秋の湖曇りヨットに波重し

満月の森の暗さにこころ置く

飢えしごと月光に立ち呼吸せり

月明り音なくなれば冷えてくる

白き塀の中の樹硬き秋の風

屈託の歩み曼珠沙華折るべかり

曼珠沙華日の中に茎きよらかな

曼珠沙華少年いくさ呪へりき

墓地にても赤く色噴く曼珠沙華

地に近きあたりは濃くて冬の空

その果てを見しが枯野へ歩き出す

深秋の或る日夕焼狂へりや

肉親と行く木枯にじっと行く

木枯に立ちすくみても日は肩に

冬の雲赤きバス来て忘れらる

冬の空充たすものなし地は固し

自転車といふ機械にて枯野ゆく

冬山路来しが老いたる池を見る

空広くて涸れ沼に澱める黒さ

低き日の枯木の股を滑り居り

北風や黄ばみたる日を下半身

凍雲にただ長き坂下り来し

北風や勁き竹の根目にとまる

月寒く己蔑む舌を出す

 

 

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